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2011-11-21

http://anond.hatelabo.jp/20111121171336

フォレスト・ガンプ/一期一会』って映画わかる人いるかな?

主人公が知恵遅れだけど、ひょんなことからいろいろ活躍して人気者になったり金持ちになったりするコメディ

で、そのヒロインは主人公が小学校の時に、唯一主人公をいじめずにやさしく接してあげたんだ。

主人公バカだから、たったそれだけでぞっこんベタ惚れ。

で、月日は流れ、その女は普通に成長して普通に恋人を作るんだ。

でも、主人公がなにか有名になったり、社会的成功したりすると、ひょっこり連絡を取ってくるわけ。

そいつ恋人もちゃっかりいるんだけど、急に会いに来たり電話してきたり。

恋人は毎回違うのさ。

取っ替え引っ替え、非モテの俺にはそう見えたけど、時間的に数年経ってるわけだし、恋人が変わっててもそれが普通なのかな。

ごく普通の、当時の社会情勢とか流行とかを考えたら妥当な相手のように思うよ。

大学生になったら大学彼氏を作って、その当時平和運動とかヒッピーとか流行ってたからそういうところで彼氏を作って。

俺は見てて「殺すぞ」って気になったけどね。

自分に好意を抱いてるのを知ってて、わざわざ会いにきて、恋人とうまくいってない風のことを匂わせて、結局その恋人のもとに去っていくってことの繰り返し。

おい、キープ君を馬鹿にするにも大概にしとけよと。

まあ、最後は主人公とくっつくんだけどさ、胸糞悪くてしょうがない。

これがさ、女がみると、

ひたむきで真っ直ぐな主人公の愛にようやく気付いた!いろいろと道に迷ったけど、最後に愛したのは主人公!

みたいな感動の話になるらしい。

最後だなんてふざけんな。

最初から最後までずっと愛されたいんだよ!

最初最後かどっちかだけってなら、そりゃ難しいけどさ。

処女厨みたいに絶対に最初!っというふうなこだわりはしないけど、オーナーが5回代わって20キロオーバー事故歴ありの中古車とかは無理!

ヒッピーライフフリーセックスしてエイズもらってからどのツラ下げて、そう思う俺が頭がおかしい。間違いない。

2011-10-18

Steve Yegge の Googleプラットフォームに関するぶっちゃけ話を訳した(前編)

Google エンジニアの Steve Yegge 氏、Google+ への懸念を漏らす
http://japan.internet.com/busnews/20111013/8.html

で記事になってたけど、原文とちょっと要旨が変わっちゃってサービスへの警鐘みたいになってしまってたので、全文訳してみた。くそ長い。お暇な方どうぞ。

2011/10/19 08:14)ありがたい誤訳の指摘をいただいたので3カ所修正。



Stevey の Google プラットフォームぶっちゃけ

僕は6年半ばかり Amazon にいて、それから今はそれと同じくらい Google にいる。この二つの会社について強く感じることは(しかもその印象は日々強まるのだけれど)、 Amazon は全てにおいて間違っていて、 Google は全てにおいて正しいということだ。そう、やりすぎな一般化だけど、驚くほど正確だと思う。いやもうとにかくね。百、いや二百のポイントで二つの会社比較することが出来るだろうけど、僕が正しく覚えていれば、 Google はそのうち三つを除いて優れている。実にある一点に関してはスプレッドシートを書いたんだけど、法務部が外に出すなって言うんだ。リクルーティングは惚れ込んだみたいだけどね。

まり、まあ簡単に言えば、 Amazon の人事採用プロセスってのは基本的に欠陥品なんだ。だって、チームがチーム毎に、自分達のために人を採用するんだぜ。だから、色々平均化の努力はしてるみたいだけど、採用基準はチームによって信じられないくらいバラバラさ。そんでもって作業工程ってのも腐ってる。ソフトウェア信頼性工学なんてお呼びじゃないし、エンジニアに何でもやらせようとするんだ。コーディングする時間もないくらい。もちろんこれもチーム毎にバラバラで、要するに、運次第ってところ。施しやら困った人を助けるのやら、コミュニティに貢献するのやら、そんなのはもってのほか。ばかにしに行くんじゃなけりゃ、近寄るべきじゃないね。それにまた施設も染みだらけの壁に囲まれた箱みたいな家畜場で、装飾やらミーティングエリアなんてものには一銭も使ってない。給料やら福利厚生なんてのも最悪だ。まして最近じゃあ Google やら Facebook っていうライバルがいるのにね。社員特典なんてものも見たこと無かったな。採用通知の番号を照合して、ハイ終わり。コードベース悲惨そのものエンジニアリング基準ってものがないんだから。チームによっては個別にがんばっていたくらいかな。

公平に言えば、彼らは良いバージョン管理ライブラリシステムを持っていた。これは僕らもまねるべきだし、僕らのところには同様のものが無い、良い pubsub システムもあった。でも多くの部分で彼らが使っていたのは、ステートマシン情報RDBMS に突っ込んだり読み出したりするだけのくそみたいなツールの塊だった。僕らならただでも欲しくないようなね。

僕が思うにその pubsub システムライブラリ管理システムが、まさに AmazonGoogle より優れている三つのうちの二つだ。

早期にリリースして、狂ったようにイテレートするってのも彼らのうまいところじゃないかって言うかも知れない。けど逆もまたしかり。彼らは早期にリリースすることを何にもまして優先する。品質保持やらエンジニアリング規則、その他長い目で見たら重要になってきそうなものはみんな後回し。そんなだからたとえ市場競争相手よりアドバンテージがあったとしても、結局ちょっとしたことをやるのにも問題を起こしちゃうよね。

でも、一つ、そんな政治的な、思想的な、技術的なへまを補うだけの、彼らが本当に本当にうまくやってることがある。

Jeff Bezos は悪名高きマイクロマネージャーだ。彼は Amazon の小売りサイトの1ピクセルまで管理する。彼は以前 Larry Tesler を雇った。 Apple主任科学者で、たぶん世界で最も有名で尊敬される HCI エキスパートさ。そんでもって、 Jeff は Larry が言ったことを、 Larry が辞めるまで3年間無視し続けた。 Larry は大規模なユーザビリティ研究もやっただろうし、少しの疑いの余地も無く誰もそのひどいサイトを理解できないってことをデモしたに違いない。けれど、 Jeff は1ピクセルたりとも動かさせはしなかった。トップページにぎっちりつまった内容の1ピクセルたりともね。それらはまるで何百万という彼の貴重な子供達なのさ。けれど Larry はそうじゃなかった。

マイクロマネジメントAmazon が僕らよりうまくやっている三つ目ってわけじゃあない。つまり、まあ、彼らはうまくマイクロマネジメントをやっていたと思うけど、それを強みって言いたいわけじゃ無い。まずは何が起こっているかみんなに理解してもらうための文脈を準備しているだけさ。僕らはこれから、公衆の面前で、 Amazon で働きたけりゃ私に金を払えと言ってのける男について話すわけだからね。誰かが彼に反対したときは、彼は彼の名前入りの小さな黄色ポストイットを手渡して、誰が会社を動かしているかを常に忘れさせまいとする。思うに彼は全くの… Steve Jobs なのさ。ファッションデザインセンス抜きのね。 Bezos はとんでもなく頭が切れる。誤解しないで欲しい。彼の前じゃ、普通コントロールフリークなんてヤクが極まったヒッピーみたいなもんだよ。

それである日 Jeff Bezos が指令を出した。まあ彼がいつもやってることなんだけど。その度にみんなはピコピコハンマーで叩かれるありんこみたいに走り回るんだ。でもそのある一度、2002年かそのくらいのことだったと思うけれど、彼は指令を出した。とんでもなく巨大で、目の玉が飛び出るほど重たいやつを。普段の指令が頼んでも無いボーナスに思えるようなやつを。

彼の巨大な指令はこんな感じだった。

1)この時点より、全てのチームはサービスインターフェースを通じて全てのデータ機能を公開すること。

2)各チームは各々そのインターフェースを通じて通信しなければならない。

3)その他の全てのプロセス間通信は許可されない。ダイレクトリンク、他のチームのデータソースから直接データを読むこと、メモリ共有モデルバックドア、全てを禁じる。ネットワーク越しのサービスインターフェースを経由した通信だけが許可される。

4)使用する技術は問わない。 HTTP 、 Corba 、 Pubsub 、 カスタムプロトコル、何でも良い。 Bezos は気にしない。

5)全てのサービスインターフェースは、例外なく、外部に公開可能なようにゼロから設計されなければならない。すなわち、チームは全世界デベロッパに向けてインターフェースを公開することができるよう、設計し、計画しなければならない。例外は無い。

6)そうしない者は解雇される。

7)ありがとう!良い一日を!

ハハ!。ここにいる君たち150人ちょっとの元 Amazon 社員ならもちろんすぐにおわかりの通り、7番は僕が付け加えたジョーク。 Bezos は間違いなく君たちの一日なんかに興味ないからね。

それでも、6番は、本当だった。だからみんな一生懸命会社に行った。 Bezos は、さらに上級のチーフブルドッグであるところの Rick Dalzell に率いられた数人のチーフブルドッグを雇って、成果と進行を監視させた。 Rick は元レンジャーで、陸軍士官学校出身で、元ボクサーで、元 Wal(ごにょごにょ)Mart で拷問のような削減をやってのけた人物で、デカくて愛想の良い、「堅牢なインターフェース」という言葉を連呼する男だった。 Rick は歩き回り、「堅牢なインターフェース」について語り回り、そして言うまでも無く、みんなはいっぱいの進展をし、 Rick にそれを知らせた。

それからの数年間、 Amazon 内部はサービス指向アーキテクチャに姿を変えていった。その変化を形にしている間に、彼らは非常に多くのことを学んだ。 SOA に関する学問論文は当時もいくつかあったけれど、 Amazon のとんでもない規模からすれば、そんなものインディ・ジョーンズに向かって「通りを渡るときは左右をよく見るんだよ」って言うくらいの意味しかない。 Amazon の開発スタッフはその途上でとにかくたくさんの発見をした。そのほんの一部をちょっぴり挙げると、こんな感じだった。

  • ポケベル通知( pager escalation )はどんどん難しくなった。だってチケットの本当の持ち主がわかるのに、20回は往復しないとならなかった。もし一回のあるチームからの応答に15分かかったとしたら、正しいチームがそれを受け取るまでに何時間もかかってしまう。たくさんの前準備と測定としっかりしたレポーティングをやるようになった。

とまあこれらがほんの一例。他にもたくさんの、おそらく何百の、 Amazon が見つけた個別の発見や教訓があった。外部サービスにはおかしなところがいくつもあったけれど、君たちが考えるほどじゃあない。サービスに対して組織するってことは、外部のデベロッパを信用できないのと同じように、お互いを信用することなんてできないんだということを、チームに教えてくれたんだ。

中編に続く

2011-10-14

http://anond.hatelabo.jp/20111014131441

もともとはヒッピー向けの雑誌言葉だったわけだろ。

小賢しく保守的に生きるな、ってことじゃないの、単純に。

2011-10-07

http://anond.hatelabo.jp/20111007163632

そんな「みんなが幸せ社会」はぜったいに来ない

社会とはどういう形態であろうと「誰かの幸せ」が「誰かの不幸」によって

成立して動いていく仕組みだから

ヒッピーコミューンでみんながハッパでアッパラパーになってるような

世界でもない限り無理。

それを「幸せ」と感じるのならば、だけど。

2011-09-20

http://anond.hatelabo.jp/20110920125900

なんか鏡に向かって『お前は誰だ?』って言い続けると気が狂うって都市伝説想像してると思うけどそれとは違うんで心配しないでいいw

瞑想とかヨガっていうのは自分の体験だとか自己同一性を変容させることだから、もちろん絶対に危険性がないとか、安全とは言えない。

世の中には様々な瞑想法があって例えば激しい呼吸法とか精神の裏側を覗き込むことを目的にするとかマリファナやりながら音楽聞いて瞑想とかはそのリスクが高いと思う。

ここではないどこかへを求めてたヒッピー瞑想との親和性を考えるとわかりやすい。トリップにはバッドトリップが付き物。

でも、この瞑想法はそういう激しいやり方じゃなく、メジャー瞑想法でいわゆる宗教的じゃなくて科学的で安全でそれでいて効果があると実体験として思う。

瞑想にはパーリ語でサマタ(高い次元での集中)とヴィパッサナー(洞察、観察)っていう二つのやり方があるけど、

一人でやると危ないのは前者。もちろん、前者にもちゃんとしたやり方はあるんだけど、後者は「あっち側」に行くのを目的にしていない。

というより、その対極で、妄想に気づけってやり方だから安全だと99.99%言える。

何か認知療法に近いものがあるのではないかなと個人的に思ったら、こういうのがあった。http://www.wikihouse.com/cognitive/index.php?%C7%A7%C3%CE%CE%C5%CB%A1Tips%204

瞑想」っていう言葉ほとんどの日本人は知っているけど、禅の影響で空だとか「心を無にする」だとかい漠然とした理解で

その正しいやり方を理解している人はほとんどいないのがもったいない

もちろん心配なら俺みたいに自己流じゃなくて、しっかりした指導者の元でやるのがおすすめ

2011-09-16

意欲なんかぜんぜんないって人をこれからどうしていくのか問題

豊かな生活のような従来の形では、若者はもう未来への明るい希望なんていうのを持ち得ない。

じゃあ、40年前のヒッピーよろしく、物質的な豊かさよりも人間同士の精神的な繋がりでひとりひとりが生き生きとした喜びをみたいなのが実現するのかと言えば、そんなことはない。

ほとんど、とは言えないけれどもかなりの数の若者が、自分未来物質的な豊かさも人間的な豊かさも期待できないでいる。

この層の人たちの心の状態はホームレスほとんど同じだ。死なないから生きているというだけだ。なにをやっても報われないという意識が強いので、学習無気力なみの意欲の無さ。実際こういう若者学習無気力の状態なのだろう。よく考えてみればそれも当たり前のことかもしれない。今の30代、20代は、団塊世代バブルの親たちの生活が世間体のために幸せそうに繕ってはいるが、その実、ほとんど破綻している例をたくさん見て育った。仕事結婚も、こんなことをやっていたら自分は惨めで不幸な人生に塗れてしまう、と学習している。じゃあ違う道を選ぶことができるのか、というとそれもなんだかできそうにない。

行くも地獄退くも地獄、のような状況で立ちすくみ、ただひたすら意欲を失う。こういう人たちがほんとうに増えてきたのだと思う。

こういう人たちはどうすればいいのだろう。

ある朝、この無気力症に片足を突っ込んでしまったことを自覚したわたしは「なんだか、もういろいろとどうでもいいな」という気分に襲われた。そして、きっと若い人達の間でこういう気分が広がっているんだろうなと思って、なんだかとてもやりきれない気分でいる。

2011-07-25

もし「金の卵」と「ヒッピー」と「ニート」が同時代に生きていたら

現在日本高齢者というのは、「金の卵」世代といって日本好景気で(慢性的人材不足で仕事も有り余っていました)何の苦労もせずに就職できた世代なんです団塊世代という名称の方々が若者だった時代、こう呼ばれていました。

 

金の卵世代: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E3%81%AE%E5%8D%B5

 

周知の通り、彼らは今では考えられないくらいのボーナスを、退職金を、年金を享受しているのです。それはもう、現在若者達には味わえないんですよね。もちろん価値観も時代も違うでしょうから一概には言えませんが、それでも事実上、世代間の貧富差は顕著に表れているのです

 

金玉世代を支えるために若者が毎年嵩む負担を課せられている現状を直視してみていただきたい。街の空き地を、自然を、外で遊ぶ場所を取り上げて、幼少期から塾に通わせ、マニュアル通りに生きて人間的な何の楽しみも味わえず恐慌に放り込まれ、自殺してゆく若者達。我々は見ていられないのです、あまりにも可愛そうだと思うのです

 

自分の事しか関心が無かった金玉世代に子どものことをとやかく言える資格などないと、我々はそう思っていますテレビ受動的に40年も見て育てば、あのような親になるのもしょうがないのでしょう。思い出して下さい。「戦前」世代が何と言っていたか戦前世代「センゴ(金玉世代)はいまに報いを受けますよ」。

 

戦前世代の予言通りの状態になりました。突然死、怪死、孤独死、早死、この傾向が金玉世代に現れています。良いじゃないですか、それを反面教師にして若者は育てば良いのです。嘆いていてもストレス寿命を縮めるだけですよ。お年を召された方は特に金玉世代はそろそろ墓石を新調し仏塔にでも参られるのがよろしいかと思います

 

ご存じでしょうね、1960年代若者に起こった全世界的な現象を。「ヒッピーです

 

ヒッピー: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%83%E3%83%94%E3%83%BC

 

我々は現在若者を「第二次ヒッピー」と推定しています世界的な現象なんですよ、日本もそうです1960年代若者現在の大人)と違って現在若者大麻もやらなければタバコも吸わなくなっていますよ。彼らが車に乗らず化石燃料の消費量を落としてくれている現実を一度だって鑑みたことがありますか。

 

これらは彼らが旧世代より聡明になりつつある証拠だと思っています。大量消費社会に翻弄され洗脳された大人を見て、社会システムに危機感を持ち、能動就職ストライキを起こしている若者をなぜ励まさないのですか?哲学者フリードマンフーコーが心配していた問題を、彼らなりに解決しようとしている状況にまだ気づきませんか。

 

旧世代が自覚せず自己本位に生きてきた結果が今、社会に露呈しているのです東京電力九州電力はその良くも悪い見本でしょうね。旧世代を責める気はありません、長くはない寿命ですから大切にしていただきたい。ただ、若者自身の人生を賭けた社会運動を口だけで批難している小狡い嫌がらせは止めていただきたい。1960年代ヒッピー現象がフランスで「構造主義」を生んだことは勿論ご存じでしょうね。若者文化を語るのなら我々と同程度は学んでいるはずですヒッピー無くして今日国際社会存在し得なかったということです国際社会未来を切り開く第二次ヒッピーの評価について今一度再考願いたいと思います。芽を潰すのではなく、まずは、彼らの可能性と未来について、もちろん責任もあるでしょう、相互理解が大事ですよ。話はそれからです

 

応援されたら頑張ってみようかと思うのが人間でしょう。

今のように「お前らなんて駄目な奴だ」なんて言われてたら、何も意欲なんか起きないでしょう。

 

一緒に若者を励ましましょうよ。未来の萌芽を枯らしてはいけないよ。

もし「金の卵」と「ヒッピー」と「ニート」が同時代に生きていたら

現在日本高齢者というのは、「金の卵」世代といって日本好景気で(慢性的人材不足で仕事も有り余っていました)何の苦労もせずに就職できた世代なんです団塊世代という名称の方々が若者だった時代、こう呼ばれていました。

 

金の卵世代: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E3%81%AE%E5%8D%B5

 

周知の通り、彼らは今では考えられないくらいのボーナスを、退職金を、年金を享受しているのです。それはもう、現在若者達には味わえないんですよね。もちろん価値観も時代も違うでしょうから一概には言えませんが、それでも事実上、世代間の貧富差は顕著に表れているのです

 

金玉世代を支えるために若者が毎年嵩む負担を課せられている現状を直視してみていただきたい。街の空き地を、自然を、外で遊ぶ場所を取り上げて、幼少期から塾に通わせ、マニュアル通りに生きて人間的な何の楽しみも味わえず恐慌に放り込まれ、自殺してゆく若者達。我々は見ていられないのです、あまりにも可愛そうだと思うのです

 

自分の事しか関心が無かった金玉世代に子どものことをとやかく言える資格などないと、我々はそう思っていますテレビ受動的に40年も見て育てば、あのような親になるのもしょうがないのでしょう。思い出して下さい。「戦前」世代が何と言っていたか戦前世代「センゴ(金玉世代)はいまに報いを受けますよ」。

 

戦前世代の予言通りの状態になりました。突然死、怪死、孤独死、早死、この傾向が金玉世代に現れています。良いじゃないですか、それを反面教師にして若者は育てば良いのです。嘆いていてもストレス寿命を縮めるだけですよ。お年を召された方は特に金玉世代はそろそろ墓石を新調し仏塔にでも参られるのがよろしいかと思います

 

ご存じでしょうね、1960年代若者に起こった全世界的な現象を。「ヒッピーです

 

ヒッピー: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%83%E3%83%94%E3%83%BC

 

我々は現在若者を「第二次ヒッピー」と推定しています世界的な現象なんですよ、日本もそうです1960年代若者現在の大人)と違って現在若者大麻もやらなければタバコも吸わなくなっていますよ。彼らが車に乗らず化石燃料の消費量を落としてくれている現実を一度だって鑑みたことがありますか。

 

これらは彼らが旧世代より聡明になりつつある証拠だと思っています。大量消費社会に翻弄され洗脳された大人を見て、社会システムに危機感を持ち、能動就職ストライキを起こしている若者をなぜ励まさないのですか?哲学者フリードマンフーコーが心配していた問題を、彼らなりに解決しようとしている状況にまだ気づきませんか。

 

旧世代が自覚せず自己本位に生きてきた結果が今、社会に露呈しているのです東京電力九州電力はその良くも悪い見本でしょうね。旧世代を責める気はありません、長くはない寿命ですから大切にしていただきたい。ただ、若者自身の人生を賭けた社会運動を口だけで批難している小狡い嫌がらせは止めていただきたい。1960年代ヒッピー現象がフランスで「構造主義」を生んだことは勿論ご存じでしょうね。若者文化を語るのなら我々と同程度は学んでいるはずですヒッピー無くして今日国際社会存在し得なかったということです国際社会未来を切り開く第二次ヒッピーの評価について今一度再考願いたいと思います。芽を潰すのではなく、まずは、彼らの可能性と未来について、もちろん責任もあるでしょう、相互理解が大事ですよ。話はそれからです

 

応援されたら頑張ってみようかと思うのが人間でしょう。

今のように「お前らなんて駄目な奴だ」なんて言われてたら、何も意欲なんか起きないでしょう。

 

一緒に若者を励ましましょうよ。未来の萌芽を枯らしてはいけないよ。

もし「金の卵」と「ヒッピー」と「ニート」が同時代に生きていたら

現在日本高齢者というのは、「金の卵」世代といって日本好景気で(慢性的人材不足で仕事も有り余っていました)何の苦労もせずに就職できた世代なんです団塊世代という名称の方々が若者だった時代、こう呼ばれていました。

 

金の卵世代: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E3%81%AE%E5%8D%B5

 

周知の通り、彼らは今では考えられないくらいのボーナスを、退職金を、年金を享受しているのです。それはもう、現在若者達には味わえないんですよね。もちろん価値観も時代も違うでしょうから一概には言えませんが、それでも事実上、世代間の貧富差は顕著に表れているのです

 

金玉世代を支えるために若者が毎年嵩む負担を課せられている現状を直視してみていただきたい。街の空き地を、自然を、外で遊ぶ場所を取り上げて、幼少期から塾に通わせ、マニュアル通りに生きて人間的な何の楽しみも味わえず恐慌に放り込まれ、自殺してゆく若者達。我々は見ていられないのです、あまりにも可愛そうだと思うのです

 

自分の事しか関心が無かった金玉世代に子どものことをとやかく言える資格などないと、我々はそう思っていますテレビ受動的に40年も見て育てば、あのような親になるのもしょうがないのでしょう。思い出して下さい。「戦前」世代が何と言っていたか戦前世代「センゴ(金玉世代)はいまに報いを受けますよ」。

 

戦前世代の予言通りの状態になりました。突然死、怪死、孤独死、早死、この傾向が金玉世代に現れています。良いじゃないですか、それを反面教師にして若者は育てば良いのです。嘆いていてもストレス寿命を縮めるだけですよ。お年を召された方は特に金玉世代はそろそろ墓石を新調し仏塔にでも参られるのがよろしいかと思います

 

ご存じでしょうね、1960年代若者に起こった全世界的な現象を。「ヒッピーです

 

ヒッピー: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%83%E3%83%94%E3%83%BC

 

我々は現在若者を「第二次ヒッピー」と推定しています世界的な現象なんですよ、日本もそうです1960年代若者現在の大人)と違って現在若者大麻もやらなければタバコも吸わなくなっていますよ。彼らが車に乗らず化石燃料の消費量を落としてくれている現実を一度だって鑑みたことがありますか。

 

これらは彼らが旧世代より聡明になりつつある証拠だと思っています。大量消費社会に翻弄され洗脳された大人を見て、社会システムに危機感を持ち、能動就職ストライキを起こしている若者をなぜ励まさないのですか?哲学者フリードマンフーコーが心配していた問題を、彼らなりに解決しようとしている状況にまだ気づきませんか。

 

旧世代が自覚せず自己本位に生きてきた結果が今、社会に露呈しているのです東京電力九州電力はその良くも悪い見本でしょうね。旧世代を責める気はありません、長くはない寿命ですから大切にしていただきたい。ただ、若者自身の人生を賭けた社会運動を口だけで批難している小狡い嫌がらせは止めていただきたい。1960年代ヒッピー現象がフランスで「構造主義」を生んだことは勿論ご存じでしょうね。若者文化を語るのなら我々と同程度は学んでいるはずですヒッピー無くして今日国際社会存在し得なかったということです国際社会未来を切り開く第二次ヒッピーの評価について今一度再考願いたいと思います。芽を潰すのではなく、まずは、彼らの可能性と未来について、もちろん責任もあるでしょう、相互理解が大事ですよ。話はそれからです

 

応援されたら頑張ってみようかと思うのが人間でしょう。

今のように「お前らなんて駄目な奴だ」なんて言われてたら、何も意欲なんか起きないでしょう。

 

一緒に若者を励ましましょうよ。未来の萌芽を枯らしてはいけないよ。

もし「金の卵」と「ヒッピー」と「ニート」が同時代に生きていたら

現在日本高齢者というのは、「金の卵」世代といって日本好景気で(慢性的人材不足で仕事も有り余っていました)何の苦労もせずに就職できた世代なんです団塊世代という名称の方々が若者だった時代、こう呼ばれていました。

 

金の卵世代: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E3%81%AE%E5%8D%B5

 

周知の通り、彼らは今では考えられないくらいのボーナスを、退職金を、年金を享受しているのです。それはもう、現在若者達には味わえないんですよね。もちろん価値観も時代も違うでしょうから一概には言えませんが、それでも事実上、世代間の貧富差は顕著に表れているのです

 

金玉世代を支えるために若者が毎年嵩む負担を課せられている現状を直視してみていただきたい。街の空き地を、自然を、外で遊ぶ場所を取り上げて、幼少期から塾に通わせ、マニュアル通りに生きて人間的な何の楽しみも味わえず恐慌に放り込まれ、自殺してゆく若者達。我々は見ていられないのです、あまりにも可愛そうだと思うのです

 

自分の事しか関心が無かった金玉世代に子どものことをとやかく言える資格などないと、我々はそう思っていますテレビ受動的に40年も見て育てば、あのような親になるのもしょうがないのでしょう。思い出して下さい。「戦前」世代が何と言っていたか戦前世代「センゴ(金玉世代)はいまに報いを受けますよ」。

 

戦前世代の予言通りの状態になりました。突然死、怪死、孤独死、早死、この傾向が金玉世代に現れています。良いじゃないですか、それを反面教師にして若者は育てば良いのです。嘆いていてもストレス寿命を縮めるだけですよ。お年を召された方は特に金玉世代はそろそろ墓石を新調し仏塔にでも参られるのがよろしいかと思います

 

ご存じでしょうね、1960年代若者に起こった全世界的な現象を。「ヒッピーです

 

ヒッピー: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%83%E3%83%94%E3%83%BC

 

我々は現在若者を「第二次ヒッピー」と推定しています世界的な現象なんですよ、日本もそうです1960年代若者現在の大人)と違って現在若者大麻もやらなければタバコも吸わなくなっていますよ。彼らが車に乗らず化石燃料の消費量を落としてくれている現実を一度だって鑑みたことがありますか。

 

これらは彼らが旧世代より聡明になりつつある証拠だと思っています。大量消費社会に翻弄され洗脳された大人を見て、社会システムに危機感を持ち、能動就職ストライキを起こしている若者をなぜ励まさないのですか?哲学者フリードマンフーコーが心配していた問題を、彼らなりに解決しようとしている状況にまだ気づきませんか。

 

旧世代が自覚せず自己本位に生きてきた結果が今、社会に露呈しているのです東京電力九州電力はその良くも悪い見本でしょうね。旧世代を責める気はありません、長くはない寿命ですから大切にしていただきたい。ただ、若者自身の人生を賭けた社会運動を口だけで批難している小狡い嫌がらせは止めていただきたい。1960年代ヒッピー現象がフランスで「構造主義」を生んだことは勿論ご存じでしょうね。若者文化を語るのなら我々と同程度は学んでいるはずですヒッピー無くして今日国際社会存在し得なかったということです国際社会未来を切り開く第二次ヒッピーの評価について今一度再考願いたいと思います。芽を潰すのではなく、まずは、彼らの可能性と未来について、もちろん責任もあるでしょう、相互理解が大事ですよ。話はそれからです

 

応援されたら頑張ってみようかと思うのが人間でしょう。

今のように「お前らなんて駄目な奴だ」なんて言われてたら、何も意欲なんか起きないでしょう。

 

一緒に若者を励ましましょうよ。未来の萌芽を枯らしてはいけないよ。

もし「金の卵」と「ヒッピー」と「ニート」が同時代に生きていたら

現在日本高齢者というのは、「金の卵」世代といって日本好景気で(慢性的人材不足で仕事も有り余っていました)何の苦労もせずに就職できた世代なんです団塊世代という名称の方々が若者だった時代、こう呼ばれていました。

 

金の卵世代: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E3%81%AE%E5%8D%B5

 

周知の通り、彼らは今では考えられないくらいのボーナスを、退職金を、年金を享受しているのです。それはもう、現在若者達には味わえないんですよね。もちろん価値観も時代も違うでしょうから一概には言えませんが、それでも事実上、世代間の貧富差は顕著に表れているのです

 

金玉世代を支えるために若者が毎年嵩む負担を課せられている現状を直視してみていただきたい。街の空き地を、自然を、外で遊ぶ場所を取り上げて、幼少期から塾に通わせ、マニュアル通りに生きて人間的な何の楽しみも味わえず恐慌に放り込まれ、自殺してゆく若者達。我々は見ていられないのです、あまりにも可愛そうだと思うのです

 

自分の事しか関心が無かった金玉世代に子どものことをとやかく言える資格などないと、我々はそう思っていますテレビ受動的に40年も見て育てば、あのような親になるのもしょうがないのでしょう。思い出して下さい。「戦前」世代が何と言っていたか戦前世代「センゴ(金玉世代)はいまに報いを受けますよ」。

 

戦前世代の予言通りの状態になりました。突然死、怪死、孤独死、早死、この傾向が金玉世代に現れています。良いじゃないですか、それを反面教師にして若者は育てば良いのです。嘆いていてもストレス寿命を縮めるだけですよ。お年を召された方は特に金玉世代はそろそろ墓石を新調し仏塔にでも参られるのがよろしいかと思います

 

ご存じでしょうね、1960年代若者に起こった全世界的な現象を。「ヒッピーです

 

ヒッピー: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%83%E3%83%94%E3%83%BC

 

我々は現在若者を「第二次ヒッピー」と推定しています世界的な現象なんですよ、日本もそうです1960年代若者現在の大人)と違って現在若者大麻もやらなければタバコも吸わなくなっていますよ。彼らが車に乗らず化石燃料の消費量を落としてくれている現実を一度だって鑑みたことがありますか。

 

これらは彼らが旧世代より聡明になりつつある証拠だと思っています。大量消費社会に翻弄され洗脳された大人を見て、社会システムに危機感を持ち、能動就職ストライキを起こしている若者をなぜ励まさないのですか?哲学者フリードマンフーコーが心配していた問題を、彼らなりに解決しようとしている状況にまだ気づきませんか。

 

旧世代が自覚せず自己本位に生きてきた結果が今、社会に露呈しているのです東京電力九州電力はその良くも悪い見本でしょうね。旧世代を責める気はありません、長くはない寿命ですから大切にしていただきたい。ただ、若者自身の人生を賭けた社会運動を口だけで批難している小狡い嫌がらせは止めていただきたい。1960年代ヒッピー現象がフランスで「構造主義」を生んだことは勿論ご存じでしょうね。若者文化を語るのなら我々と同程度は学んでいるはずですヒッピー無くして今日国際社会存在し得なかったということです国際社会未来を切り開く第二次ヒッピーの評価について今一度再考願いたいと思います。芽を潰すのではなく、まずは、彼らの可能性と未来について、もちろん責任もあるでしょう、相互理解が大事ですよ。話はそれからです

 

応援されたら頑張ってみようかと思うのが人間でしょう。

今のように「お前らなんて駄目な奴だ」なんて言われてたら、何も意欲なんか起きないでしょう。

 

一緒に若者を励ましましょうよ。未来の萌芽を枯らしてはいけないよ。

http://anond.hatelabo.jp/20110725054647

お前らだって金の卵世代のやっかいになってるだろwとか言われたら確かに今の若者金の卵世代の恩恵は享受してるけど、金の卵世代も少なからずその前の戦前世代の恩恵を享受してきたわけで、もう少し前には高等遊民なんてのもいた。むしろ先人の遺産を分け合っているようなもんだと思う。戦前視点で見たら金の卵ヒッピーニートも当時の愚かさではそう変わらないはず。若者社会の鏡なんてよく言われるけど。

もし「金の卵」と「ヒッピー」と「ニート」が同時代に生きていたら

現在日本高齢者というのは、「金の卵」世代といって日本好景気で(慢性的人材不足で仕事も有り余っていました)何の苦労もせずに就職できた世代なんです団塊世代という名称の方々が若者だった時代、こう呼ばれていました。

 

金の卵世代: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E3%81%AE%E5%8D%B5

 

周知の通り、彼らは今では考えられないくらいのボーナスを、退職金を、年金を享受しているのです。それはもう、現在若者達には味わえないんですよね。もちろん価値観も時代も違うでしょうから一概には言えませんが、それでも事実上、世代間の貧富差は顕著に表れているのです

 

金玉世代を支えるために若者が毎年嵩む負担を課せられている現状を直視してみていただきたい。街の空き地を、自然を、外で遊ぶ場所を取り上げて、幼少期から塾に通わせ、マニュアル通りに生きて人間的な何の楽しみも味わえず恐慌に放り込まれ、自殺してゆく若者達。我々は見ていられないのです、あまりにも可愛そうだと思うのです

 

自分の事しか関心が無かった金玉世代に子どものことをとやかく言える資格などないと、我々はそう思っていますテレビ受動的に40年も見て育てば、あのような親になるのもしょうがないのでしょう。思い出して下さい。「戦前」世代が何と言っていたか戦前世代「センゴ(金玉世代)はいまに報いを受けますよ」。

 

戦前世代の予言通りの状態になりました。突然死、怪死、孤独死、早死、この傾向が金玉世代に現れています。良いじゃないですか、それを反面教師にして若者は育てば良いのです。嘆いていてもストレス寿命を縮めるだけですよ。お年を召された方は特に金玉世代はそろそろ墓石を新調し仏塔にでも参られるのがよろしいかと思います

 

ご存じでしょうね、1960年代若者に起こった全世界的な現象を。「ヒッピーです

 

ヒッピー: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%83%E3%83%94%E3%83%BC

 

我々は現在若者を「第二次ヒッピー」と推定しています世界的な現象なんですよ、日本もそうです1960年代若者現在の大人)と違って現在若者大麻もやらなければタバコも吸わなくなっていますよ。彼らが車に乗らず化石燃料の消費量を落としてくれている現実を一度だって鑑みたことがありますか。

 

これらは彼らが旧世代より聡明になりつつある証拠だと思っています。大量消費社会に翻弄され洗脳された大人を見て、社会システムに危機感を持ち、能動就職ストライキを起こしている若者をなぜ励まさないのですか?哲学者フリードマンフーコーが心配していた問題を、彼らなりに解決しようとしている状況にまだ気づきませんか。

 

旧世代が自覚せず自己本位に生きてきた結果が今、社会に露呈しているのです東京電力九州電力はその良くも悪い見本でしょうね。旧世代を責める気はありません、長くはない寿命ですから大切にしていただきたい。ただ、若者自身の人生を賭けた社会運動を口だけで批難している小狡い嫌がらせは止めていただきたい。1960年代ヒッピー現象がフランスで「構造主義」を生んだことは勿論ご存じでしょうね。若者文化を語るのなら我々と同程度は学んでいるはずですヒッピー無くして今日国際社会存在し得なかったということです国際社会未来を切り開く第二次ヒッピーの評価について今一度再考願いたいと思います。芽を潰すのではなく、まずは、彼らの可能性と未来について、もちろん責任もあるでしょう、相互理解が大事ですよ。話はそれからです

 

応援されたら頑張ってみようかと思うのが人間でしょう。

今のように「お前らなんて駄目な奴だ」なんて言われてたら、何も意欲なんか起きないでしょう。

 

一緒に若者を励ましましょうよ。未来の萌芽を枯らしてはいけないよ。

2011-06-13

「二代目ロストジェネレーションが失ったもの。望み。そして、僕らは何からはじめるべきか」に対して

どうも。こないだまで就職王って名乗ってましたが、今は無職です

で、前回書いたコレhttp://anond.hatelabo.jp/20110429004257

なんかすごい真面目なトラックバックが来てたので、なんか書かなきゃなーと思いました。

今日結構真面目に書くので文体は素で。ネタ無し。


二代目ロストジェネレーションが失ったもの。望み。そして、僕らは何からはじめるべきか

http://d.hatena.ne.jp/thinking-terra/20110529/1306640590


で、これ読んで思ったんだけれども。

ぼくが思うに、現代日本若者における問題ってのは最早「価値観」の問題ではないと思うのね。

いうなら、それは生存の問題だし、もっと明確に言えばいかにクサレ年寄りから椅子をムシリ獲るかってことなんだと思うんだ。

既存価値観に乗ることは出来ない」とテラケイさんは仰る。でも、ぼくはそれは違うと思う。

むしろ、現時点に於いても生存戦略としては「既存価値観にドップリ漬かる」は限りなくベストに近い。

「世代」のことを考える前に、「自分」のことを考えて、グダグダ言わずに東大を出るべきなんだ。

もちろん、東京大学というのはかなり極端な例だけれども。

ミクロで考えるなら、まだ現代日本は個人の力で「なんとかなる」社会だとぼくは思う。

ぼくの「就職王」コラムは個人化戦略の極地のようなものだけど、実際あの程度でなんとかなってしまう。



でも、もちろんマクロで考えるとこれは明確に間違っている。

だって椅子の数が限られているなら誰かは必ず負けるんだから社会には一定水準の競争が必要である、という

命題を真であるとした上でも、社会を構成する一定層はそれなりの職を得て暮らしていけなきゃまずい。

それに、ぼくのような口先だけで逃げ切るやつが評価される企業の土壌というのも、あんまりよくない気がする。

やっぱり、社会は少しずつでも変えていかなきゃならない。ぼくらの世代が楽しく生きるために。



社会を変える」って言いにくい世代だよね、ぼくらは。上の世代が派手にコケたから。

どうせ社会なんて変わらない、馬鹿どもの轍を踏んでたまるか。そういうところがある。

デモやる?って言われても「それ頭の悪い年寄り大分前に失敗した」としか思えない。

カウンターアクションは必要だけれど、それはやはり時代に即したものでなければいけない、と思う。

少なくとも「就職クソッタレ」って言って変わるものがあるなんて考えられない。そうじゃないか



ウザイ自分語りで申し訳ないけれど。ぼくが就職したのは「箔をつけるため」だった。

今、起業をするために色々じたばたしてるんだけれど、やっぱりカネを出して貰うにはそれなりのものが必要になる。

少なくとも、「真っ当に勤めていれば生涯年収4億近かったですよ」くらいのことは言えないと、

与えられたカネの代わりに差し出すものとしては、とても足りない。実はこれでも全然足りないんだけれど、

それでも何某かのバックボーンにはなる。使えるモノは、使わなきゃ損だ。就職して数年踏ん張るだけで得られる

ステータスって、実は結構お買い得な気がする。ある意味大学名前以上に。

この日本社会は実にクソだと思うけれど、使えるものを使わずに戦うのはいかにも勿体無い。

価値観を変える」なんてのは、ヒッピーになるのと同じだ。ヨガをやってもマリファナやってもロックフェスをやっても、

実はどーにもならない。それは、かつてアホな連中がもうやった。ぼくらがそれをやる必要はない。




ぼくは巷で見る就職活動批判にすごく違和感を感じていて、つまるところそれはどこまで言っても

負け犬の遠吠え」としか認識されないんじゃないか、ってこと。

かつての頭の悪い年寄りには「世界同時革命」みたいな強烈なイデオロギーがあったから、「就活バカヤロー」よりは

スケール感もまとまりもあったけれど、ぼくらの世代にはそれもない。あるべき社会モデルすらない状態で、

価値観を変えろ」って言われても、それは「解脱しろ」とか言われるのと一緒だ。シャクティーパッドとかポアとか

そういう語感にしかならない。そんなことにはほとんど何の意味もない。



まりところ、それがミクロの問題であれマクロの問題であれ、既存社会からの断絶というのは不可能なんじゃないかと思う。

テラケイさんは価値基準を語るときに「外部」と「内部」という言葉を使っているけれど、ぼくには価値観に於いて明確な

「外部」ってのがあるとは思えない。テクストに外部はない、みたいな学問を専攻してたせいもあるんだけど

それを差し引いても、既存価値観を排除して生きていけるなんてとても思えない。そんな強くないからね。

ロストジェネレーション世代にニーチェじみたものを押し付けても、それは「レッツ自殺!」って結果しかもたらなさないのではなかろーか。

我々が目指すべきものは、この社会から乖離したものではなく地続きにものでなければいけない、と思う。



じゃあ、どうすべきかってことなんだけど。

とりあえず、まずは団結すべきだと思うんだ。勝ってる奴も負けてる奴も。

世の中はクソで、なんとかしなきゃ楽しい人生は送れそうもない、って意識を共有することだと思う。

ぼくはかつて、ものすごく貧乏大学の学費にもメシ代にも汲々としてた時期があったんだけど、

その時、やっぱり同じような奴らと相互扶助的に生きていて、それは例えば部屋を分け合ったりとか

僅かなカネを分け合ったりとか、電気釜を共有したりとかそういう話だったんだけど、そういうところからだと思う。

例えば、イタリアの話。イタリアは、失業率がアホほど高いけど、自殺率は低い。これは何故かっていうと、一説には

一族主義が強く根付いているからだ、と言われている。縁のある誰かが食えてなければ、誰かが食わす。そーいうところがあるらしい。

じゃあ、我々悲惨な現状にいる連中も、そーしとけばいいんでないかな、と思ってる。



とりあえず、屋根とトモダチがいれば死ぬことはない。ぼくはそー思う。

こうすることで何が得られるかといえば、リスクを取るのが非常に容易になる。

「1人が1のリスクをとる」ことと「10人がそれぞれ1のリスクを取り、リターンを分配する」ことは大分違う。

もちろん、10人全員が敗れ去るパターンもありえるけれど、かなりのヘッジが出来ることになる。

そして、何よりだけど精神的にとても楽だ。ぼくは「起業」の道を選んだけれど、他にもロースクールに行ったりとか

そういう道を選ぶことにもやはりリスクはつきまとう。金銭的なリスクもそうだけれど、孤独化してしまうことが何よりヤバイ。

官僚から政治家目指すぜ、みたいな道にしてもやはり同じだ。そういうとき価値観を共有出来るつながりがあることは

何より強いとぼくは思う。いや、今んとこカネを得て起業に漕ぎ出したところだから、この先なんかわかんないけどね。

仲間にも全部見捨てられて、一人ひっそり首を括るって可能性も全然あるわけだし。



それで、社会批判の話に戻るんだけれど。ぼくが「就職王」でやりたかったことは

就職活動批判」のちょっとスマートな形を提示するってことなんだ。

確かに、マクロ的に考えると我々は既存価値観に乗っかることは出来ないかもしれない。

しかし新しいマクロ価値観ライフスタイル創造することも、おそらく出来ないだろうってこと。

その行き詰まりの中でクリティカルなクリティークを社会にカマすとしたら、

既存価値観に乗っかって踊り狂いながら、同時にそれ自体を批判として成立させるしかないんじゃないかと思う。。

ダンスパーティー台無しにしたいなら、まず誰より上手く踊らなきゃいけない。そうでなければ、誰も話を聞いてくれない。

やはり、我々はこのクソみたいな社会で戦っていくしかないし、クソみたいな社会を否定したところで

クソじゃない社会青写真を描けるわけじゃない。それは、大分昔に失敗した。

から、このクソだめみたいな社会の集団的蛆虫として既存価値観と地続きの世界をサバイブしていく以外に多分道はない。

そして、九人がダメでも、一人が生き残れればそいつが他を引き上げればいい。もちろん、現実的にこんなことが上手く行くか?

ってところはあるけれど、独力で社会と隔絶された「価値観」を作り出すよりは、十人で価値観を「共有」するほうがまだ成功率は高い。

悟りを得た」人はそんなに多くないけど、「宗教にハマって死んだ」人は腐るほどいる。

その程度の価値観共有なら多分できるんでないか、そういう風にして戦っていくしかないんじゃないか、と思ってる。

人間、上手いこと価値観を刷り込まれれば飛行機ビルに突っ込めるんだから、それくらいできるんじゃね?と。



まー、なんというか。

これはぼくの戦略っぽく見せかけた誇大妄想から、なんのあてにもならないけれど。

とりあえず、若い人間はもーちょい戦略的に生きるべきだと思うし、また同時に団結すべきだと思う。

個人の内面ナイーヴな話に閉じてしまうのは、なんかどーなんだろーな、とぼくは思うんだよね。

これから具体的にどーするか、どのようにして生き残ってリスクを取っていくかを論じるべきじゃないだろうか。

まだまだやれることあると思うんだよね、実際。



ところで、死ぬほどどーでもいいけど、「ロストジェネレーション」って若い頃第一次世界大戦に遭遇して、何か価値観クラッシュしちゃったよーな世代の作家達を指す言葉で、「二代目」っていうとちょっとおかしいことになるよね。ロスジェネの「二代目」世代ったら、ビートの時代でケルアックとかギンズバーグとかを指すと思う。

不況なんかにぶつかった「貧乏くじ世代」を指す意味で「ロストジェネレーション」って語を使うと、今の世代は何代目になるのか、すごくめんどくさい議論が要るね。個人的に、「ロストジェネレーション」を現代の「失われた世代」に当てはめるのは色々ムリがある気が。字面はいいけど、原義から考えるとスゲービミョーな感じ。ロスジェネ論争とか言われると、今更ヘミングウェイとか論じてんの?って思っちゃうのはぼくだけじゃないと思う。

エクストリーム世代」とかなんかそんな感じの新語を誰か考えるべき。

2011-05-05

女のソロキャンパー

軽井沢キャンプ場で女子会キャンプやるので参加者募集みたいな貼り紙を見た。

そこのキャンプ場のオーナーと話しをしたら近ごろ女のキャンプ流行ってるらしい

道具を一切持たずテントも張ってもらえる姫キャンプなる集いもあるそうな。


そんなイベントキャンプが行われてるのは整備されたキャンプ場だろうし、行動範囲とは被ってないんでまあ関係ないかなと思って無関心でいた。


だけど女のソロキャンって、どういうつもりなんだ?と思う。


山で縦走しててのテン泊ならまだ理解出来るんだけど、日程的にやむをえずとかじゃないのに、女がわざわざソロキャンプをする意味わからん

まさか「キャンプをする人に悪い人はいない」とでも思ってるんだろうか。


車中泊やユースハウスでも大して費用は変わらないだろうに、なんでソロキャンをわざわざすんの?

性犯罪助長するような行為にしか思えない。




一昨日、久しぶりのキャンプに行った。ツレと一緒だったんで、普段の行動範囲とは別の奥多摩のテン場に泊まったら、次の日の朝テン場がざわざわしてた。

連休中で家族連れも何組かいたし、ファミリックな雰囲気のテン場だったんだが、不穏な空気


様子を見たり他のテントの人に聞くうちに事態が判明した


テン場には女のソロキャンパーがいた。本屋で見かけたランドネの表紙に載ってそうな服で、目立ってた。頭にハチマキの巻き方でインディアンみたいな紐を巻きつけた。ツレが言うにはヒッピースタイルしいがよくわからん


騒ぎの中心はその女キャンパーで、前日緊張で眠れなかったんだと。そんで具合が悪くなったんだと。緊張で眠れなった理由は隣のテントの男(大学生ぐらい?)が怖かったんだと(実際は何も遭ってないようだがジロジロ見られたり、足を見られたりしたと言っていた)


不審者扱いされた男が実際のところどうだったのかは誰も知り得ないことだったので、女の証言のみで男が窮地に立たされていくのがわかったが、管理人が女をなだめてなんとかひと段落した

男はすぐに荷物をまとめて発った。



実際のところどうだったのかはわからない。でも彼女が怖いと感じる体験をしたのは事実だろうから、これに懲りてソロキャンやろうなんて考えないといいな。


濡れ衣ってこともあるしね。

2011-03-25

http://anond.hatelabo.jp/20110324234633

思想的にはヒッピーを昔やっていました普通に就職して働いてという団塊の世代男性かな。

あとは病気になって民間療法東洋医学で良くなった人だね。


健康というのはめぐまれた状態であるとか、

豊作というのは化学的なコントロールだけでは追いつかないって気付いた農家の人に多い。



どっちにせよ学歴としてはだいたい大学をでているような恵まれた人や向学心のある人であることが多い。

2010-07-20

To be or not to be

世間にはそうしたほうがいいっぽいってことがある。

そして、俺はそれに従って生きてきた。

会話が面白い人の方がいいっぽいからそうした。

優しい人の方がいいっぽいからそうした。

音楽聴いてた方がかっこいいっぽいからCDをめちゃくちゃ借りた。

運動はできたほうがいいっぽいからサッカー部に入った。キャプテンになった。

学歴は高い方がいいっぽいから、勉強した。東大に入った。

サークルは入ったほうがいいっぽいから入った。

家庭教師は割がいいっぽいのでやった。

やりすぎない程度にかっこいいっぽい服を着た。

彼女はいた方がいいっぽいから作った。

いいゼミに入ったほうがいいっぽいから入った。

英語はできたほうがいいっぽいから勉強した。

官僚になるのは今どき流行らないっぽいからやめた。

就職はいいっぽいところを受けて、そこに入社した。

俺は世間においていいっぽいことをやれる才能がそこそこあるらしかった。

いいっぽいことをやっているとそれなりに楽しいし、大抵すごいねと人に言われるのでそれなりに気分はよかった。

いい「っぽい」ってのはそれなりの理由と要素があって、いい「っぽい」とされてるらしい。

金やら経済システムやら人間の心理の仕組みやらその他諸々の条件から生み出される。

俺が生まれたころのいい「っぽい」ことと今のそれは違うだろう。

ただ、それはすぐにはそんなに変わらなくて、だから俺はそれを当てにしてきた。

そして人はその「っぽさ」で人を判断したりする。

しかし最近その「っぽい」ことに飽きた。というかだんだんアホらしくなってきた。

いろんな価値基準は全然確かじゃなかった。知ってはいたけど。

出世するのがいいっぽいらしいし、MBAとるのがいいっぽいらしいし、起業するのがいいっぽいらしい。

そんで結婚するのがいいっぽいらしいし、社会貢献するのがいいっぽいらしい。

で、子ども作って、その子どもに「いいっぽい道に進め」って言うんだろうなと思う。

でも、いっぺん頭の中の枠外しちゃうとストレートにその「っぽさ」を受け取れなくなる。

いるじゃん、ストレートに「っぽい」志向の人。

俺はそうじゃなかったらしい。

入社してすぐの会社をやめて放浪したいなんて訳もわからない衝動が出てきた。

それは世間ではダメっぽいから今のところ粛々と仕事をしている。

でも2010年現在に俺は生きてるから世間にある様々な「っぽさ」を肯定も否定もしない。

ヒッピーにもならないし、尾崎みたいに叫んだりしない。

ただその世間にある「っぽさ」を利用して、自分の自由をひっそり獲得したい。

それがどんな形をしてるのか今はわからないけど。

自分の好きなように生きろ」ってのも現代社会ではよさげっぽいらしいしね。

2010-05-22

http://anond.hatelabo.jp/20100521202539

それちょっとズレてないか?

カセットテープや、MDや、CD-Rに入れて、私にくれた。

つまりその時代の話なんだよ。

何も戦前まで遡っているわけでもない。当時の彼らの周りでは、

音楽青春を仮託していた人が大多数を占めていた、それだけの話。

もし彼らの周り”だけ”小説にそれを仮託していたのならば、小説の話になってたんじゃないかな。

確かに自分を含めて、大多数が音楽青春を仮託していた時代があると思う。

僕より一回り以上上のおじさん達なんか正に、フォークソングにどっぷりつかっちゃったりとか、

ヒッピーだの学生運動だの、それぞれがモヤモヤっとした下半身の思いを、

その時代の潮流に乗って仮託していたのだと思う。

流行に乗るってのは全然悪い事じゃなくて、むしろシンクロニシティとかナノかなぁとか思っちゃうんだけど。

ただその時代毎に台頭してくる、仮託する為のツールってのは違うのよ。

例えば今だと、それこそ分岐してきてるよね。インターネットで随分分れちゃった。

ある人達SNSにハマって、ある人達ニコニコにハマって…。ある人達音楽だし、またコミケでもあるし。

そういうわけで今は恵まれている時代なんじゃないのかな。

じゃあ戦前若者は何に青春を仮託していたのかって話になると、

僕は戦前の人の生活なんて殆ど知らないので何とも言えないけど、

ある人は小説だったのかもしれないね。

2010-05-04

ピンクフロイド夜の学校

ピンクフロイド夜の学校

マーク・エドマンドソン   (ほんやく、増田

http://www.nytimes.com/2010/05/02/opinion/02edmundson.html?scp=2&sq=pink%20floyd&st=cse



「じゃあ、学校を出たら、何をするつもり?」


卒業を間近にしたバーモント田舎大学で、少なくとも十数人のクラスメイトに、私はこの質問を聞いてまわった。友人たちの答えに、私はとても安心した。特に何もないさ。羽根をのばすんだ。ぶらぶらするかな。考えたいことが色々ある。まずはゆっくりするよ。1974年だった。誰もが、そういう風に話すのが当たり前の時代だった。


実際のところは、友人たちは本当のことを教えてくれなかったのだ。見方によっては、とんでもない嘘をつかれた、とさえいえるかもしれない。卒業式の日までに、同級生のほとんどは、ロースクール大学院に進んだり、ニューヨークサンフランシスコで、クールで貴重なインターンシップをはじめることがわかった。


でも、私の場合は、本当にゆっくりすることにした。5年のあいだ、私はあちらこちらを点々として、何もしなかった。正確には、どうしても必要だったとき以外、できるだけ、何もしなかった。タクシーの運転手、映画フリークコロラドの山男、バーモントにあったクレージーヒッピー学校の教師、映画館支配人(これは、ほとんど仕事がなかった)、船の乗組員、ディスコドアマン、そんなことをやっていた。


そのなかでも、ジャージー・シティの音楽プロダクションでやったステージクルー仕事が、一番思い出深い。職場ルーズベルトスタジアム、芝生席もいれると6万人を収容する、古い、化け物みたいな箱だった。トラックからアンプを引っぱりだし、ステージに設置する。6時間かそこらしたら、トラックに戻す。これを私は、グレイトフルデッドアリス・クーパーオールマン・ブラザーズのライブでくりかえした。クロスビー・スティルズ・ナッシュステージは、ちょうど、ニクソン大統領を辞めた日の夜だったのを覚えている。けれども、私にとって、一番思い出深い仕事での一番の思い出は、ピンクフロイドが出演した夜に起きた。


ピンクフロイドは、サウンドに相当のクオリティを求めていた。ステージ上のアンプは、縦にも横にも、周囲を威圧するほど積みあがり、パリ・コミューンバリケードのようだった。それだけでなく、スタジアムの高い位置3か所にも、ピンクフロイドアンプを集めて設置するよう要求した。それで、私は午前中ずっと、オンボロスタジアム階段で、どでかい木製のアンプやら配線機材を運びつづけた。


仕事はもうひとつあった。パラシュートの形をした絹製の白いキャノピーが、ピンクフロイドステージには必要だった。設置には6時間かかった。私たちが聞いたところでは、キャノピーを使うのははじめてで、ピンク側のスタッフも、どうしたらいいかよくわかっていなかった。設計図らしきものはあったが、あまり役にたたなかった。だが、「アメリカの知恵」をもってして、キャノピーはなんとか屋根の形に膨らんでくれた。「アメリカの知恵」とは、つまり、ロープをあちらこちらにひっぱったり、手当たり次第に結んでみたりした、ということである。


ピンクフロイドライブは夜10時にはじまった。ところが、私たちが死にそうになりながら運んだアンプからは音が出なかった。たくさんの人がアンプの上に座ったか、蹴ったか、配線を切ったかしたのだろう。アンプのタワーが沈黙をつづけるなか、ピンク自分たちの仕事をし、観客は公演の終わりでライターに火をつけた。そして、私たちは、3時間かけてアンプをバラして、トラックに戻した。階段上に残ったアンプは、私たちが作業を拒否したので、お互いをいくらか罵ったのち、ピンクスタッフが回収した。


あらためていうと、ツアースタッフステージクルーの間には、ほとんどの場合、何らかの対立があったのだ。あるとき、たしかクイーンライブだったと思うけれど、クイーン側のスタッフ5人と私たちのクルー十数人が殴り合いになった。すると、騒ぎを聞いて駆けつけたセキュリティまで、喧嘩にくわわった。だいたい、バイカーギャングだったり、空手黒帯だったり、そういう連中だ。ツアースタッフの方はそれなりにがんばったけれど、ついに勝てないとが分かったらしい。ひとりが、シャンパンをケースごと持ってきて、回し飲みをはじめた。それで、みなが酔っぱらい、幸福感にひたった。


ピンク側のツアーマネージャーは、キャノピーをそっと降ろして、きちんとたたみ、元の木の箱に戻すよう求めた。しかし、キャノピーにはヘリウムガスがたっぷり詰まっていたし、さらに栓がどこにあるのか、誰にもわからないことが問題だった。また、キャノピーをステージに固定した際、私たちがあらゆるところを馬鹿丁寧にきっちり結んだおかげで、それをほどこうとしたら、水夫たちの集団だって頭をかかえたに違いない。誰もが疲れていた。酒を飲んだ人間は、使い物にならなくなった。そして、もう朝4時になっていて、家に帰るべき時間だったのだ。


空飛ぶ枕をどうやって片付けるか、みなで作戦を練るうちに1時間が過ぎた。だんだん大学ゼミのようになってきた。そこに、私たちステージクルーチーフジムが登場する。ジムは、私たちはジンボーと呼んでいたのだけれど、お人好しのバイキングの親玉のような人で、どんなときも、何があろうとクルーを擁護した。ギターケースを落っことした私を怒鳴りつけるスティービー・ニックスに、エドマンドソンに怒鳴る権利があるのは俺だけだと、大声で抗議してくれたこともある。そして、ピンクフロイド屋根事件のときも、ジンボーは危機的状況で自分がいつも期待されていることをした。つまり、行動を起こしたのだ。


ジンボーはステージのすみに忍びより、ポケットから折りたたみナイフを取り出して、聖なる屋根地球につなぎとめているロープのひとつを切りはじめた。私たちクルーの3、4人も、同じことにとりかかる。「おい、なにをしてるんだ!」ピンクフロイド側のチーフが叫んだ。「お前らをぶちのめして…」そこまでいってから、かれはジンボーの手にナイフがあること、クルーの数人も同じだと気付いたのだった。2、3分後、私たちはロープを皆断ち切った。


最後の太いロープが切れたとき、大きなため息のような音がした。すぐには何も起きなかった。また少し待ったけれど、何も変わらない。


しかし、キャノピーはついに上昇をはじめた。白くて柔らかい、贅沢な雲のように飛んでいく。そのとき、地平線から太陽が沸きあがり、キャノピーの絹地も、薄く、柔らかな緋色にかがやいた。熊が腹の底から笑うような、ジンボーがいつも通りの笑い声をあげた。私たちも一緒になって大笑いする。ピンクフロイドスタッフも同じだった。私たちはまるで、終業式を迎えた日の、学校子どもたちのようだった。私たちは裸のステージから、大西洋の先へ静かに流れてゆく絹の屋根を見つめていた。何人かは手を振った。


「じゃあ、学校を出たら、何をするつもり?」35年が過ぎて、大学の教師になった私は、自分学生に同じ質問をする。今日学生たちは、あまり隠し事をしようとはしない。そして、ロースクールメディカルスクールジャーナリズムビジネスでの学位中国での研究留学日本英語教師をすれば相当のお金になることなど、いろいろと話してくれる。そういう彼らを、世間は肯定するだろう。


そう、私も学生たちにはとても感心している。だがその一方で、心配もしているのだ。かれらは、決心を急ぎすぎてはいないだろうか。もうすこし落ち着いてみたり、ゆっくりすることも、やってみたらどうだろう。私はそう考えずにはいられない。そして、空に消えた白い絹のキャノピーを私は思い出す。まだ今も目の前にあるかのように、私はそれを見ることができる。私は手をあげて、それを指し示したい。学生たちにも、見てもらいたいのだ。

2010-03-17

http://anond.hatelabo.jp/20100317195358

むー。そうした乱婚的なヒッピーコミュニティはあんまり持続しているという話を聞かないので、それでもやるというのなら大きなチャレンジになる。

あるいはこの前書いたけどイスラエルキブツなんかどうだろう。

2010-02-12

ソープ童貞を捨てたら、次は恋愛童貞を捨てる番だ

採点するなら120点だと思う。

http://anond.hatelabo.jp/20100211143209

 

増田は「ソープ行けメソッド」の効用を100%享受できている。

だから100点。

+20点は、後に続くべき童貞達に向けた、リアルレポートを残してくれたから。

 

 

・「挿入した・しない」だけでは人間は何も変わらない、という事実体感できたこと。

 

・今まで、女性セックスするために、多くの金や時間や労力をかけることには全く興味が

 無かった人が、女性と裸で接することに喜びを感じ、風俗に通うことまで検討し始めたこと。

 

・(例え仕事としてでも)自分男性として接してくれる女性を、特別な存在と感じ、

 可愛いと思えたこと。

 

これって大収穫じゃん。

 

これでわかったと思うけど、童貞なんて実態の無い、単なるコンプレックス

挿入したかしないかなんて、本当にどうでもいい。

男にとって、「恋愛童貞」こそが、本当に悩むべきポイント

だから次にすべきなのは、恋愛に向けた努力

 

この先、仮に金を払わずに女の知り合いとか出会い系で1晩だけのセックスが出来たとしても、

素人童貞卒業だが、恋愛童貞卒業にはならないから、気をつけてな。

男が本当に変わるのは、愛し愛される相手と、互いに全てをさらけ出して抱き合った時だ。

その時の幸福感、充足感、全能感たるや、ただごとではない。

 

相手や自分が、初めてだろうがやりまくりだろうが、そんなことは関係ない。

愛し合っている者どうしのセックスで得られる感動は、あらゆる障害や問題をやすやすと飛び超える。

素人童貞だろうが童貞だろうが1000人切りだろうが、そんなものは些細な違いだ。

ナンパだけで1000人切りした奴より、1人の相手としっかり恋愛した奴の方がよっぽど充実している。

 

それに向けた一歩を踏み出したんだから、増田を心の底から祝福したい。

童貞はキョドる。これが恋愛邪魔をする。

いざ本当に好きな相手といい雰囲気になった時に、経験不足で失敗して、チャンスを逃すことだけは避けたい。

だから、事前に擬似恋愛修行を積む。

これは、全く正しいやり方だ。

 

セックスだけじゃなく、デートや口説きの疑似体験こそ、たくさんやっておくべきだと思う。

実は、経験回数によるセックス技術の差は、ほとんど無い。個人差の方が大きい。

だが、デートだけは場慣れが大事だ。

増田は、今後まわりのちょっと気になる女の子と、恋愛未満の関係で食事に行ったり

映画に行ったりすることをぜひ練習してみて欲しい。

その際にも、自分はもう童貞じゃないということは大きな自信になるはずだ。

 

そもそも、日本人男性の多くが初体験を好きな相手と出来るようになったのなんて、ここ数十年くらいのことだ。

昔から筆おろしなんて言葉があるように、村のおばさんや商売の女性童貞達の相手をしてあげてたものだ。

昭和になってからだって、団塊の世代の前までは、初体験風俗で済ませるのなんて当たり前のことだった。

仕事で一人前になったら、上司風俗に連れてってくれる、なんてのも一般的だった。

 

多くの人が恋人と婚前にセックスをするようになったのは、ヒッピーブームと学生運動で、フリーセックス

同棲流行した、団塊世代以降の話だよ。

さらに誰もが「恋愛しなきゃ」「セックスしなきゃ」と焦るようになったのは、バブル期に消費を煽る

広告戦略としての恋愛至上主義流行してからのことだ。

そういう歴史引用してまで言いたいのは、「風俗筆おろしは恥ずかしくもないし、何の問題でもない」ってこと。

 

だから焦る必要は無いんだけど、やっぱり「恋愛×セックス」が重なった時の幸福感は、他の何ものにも代え難い。

人間として生まれたからには、できる事なら誰もが一度は体験して欲しいことだと思う。

25以上でかたくなに童貞を守っている人は、恋愛童貞を捨てる準備としても、早くソープに行った方がいい。

恋愛経験があるのに25以上で童貞のままの人も、恋愛で自信をつけるためにソープに行くのはいいことだ。

 

要は、25歳以上の童貞は、今すぐソープに行って、くだらないセックスをして来い。

本当に好き同士の相手とするセックス以外は、みんなそんなものだから。

2009-12-27

外資系Web開発エンジニアが考える未来Webニュース

外資系と言っても最近日本に進出したばかりの会社です。Gではありません、悪しからず。)


そういえば、最近ネット情報をそんなに追ってないなあ、と思って、だらだら過去はてブ人気エントリーを眺めた。あまりさかのぼっても、止め時がなくなると思って適当に10月初めくらいで終了。まるで水の泡のように、情報が浮かんでは消え、浮かんでは消えしている。そういえば、ハルヒバニーガール問題っていうのもあったな??、とか。北米サイトが無事開設されて何より。

情報の消費速度が速くなった」というのは、それを助長しているマスコミが(他人事のように)話題に上げる問題だが、ものすごい速度で消費される情報とそれを消費するブックマーカーたち(と他人事のように書いているが、それを読んでいる私も含む)は、瞬間瞬間でしか生きていないニワトリ連想させる。

なんというか、もう少し、「人間ライフサイクルを前提にした情報消費のスタイルの提案」のようなものがあってもいいのではないかと思わないでもないなというか。大体、PCは、人間が欲望のおもむくままに没頭・没入出来てしまうようなつくりになっていると思う。その結果、生活を破壊してしまう場合もあるわけで。まあ、「自由」を美徳としているような(ヒッピー文化-ハッカー文化的な文脈上での(?))思想的背景とかがあるのかもしれないけど。テレビゲームはその壁にぶつかった結果、「新しい生活スタイルの提案」のような任天堂のような答えを出したところもあったが。スローライフスローフード(違う)。

なんだか、昔、西部邁が比喩的表現として、「情報微分化と情報積分化」みたいな事を書いていたようなことを思い出した(ふと、日本左翼は、情報積分(=歴史的経緯)という視点が抜けているからダメなのかもなとか思ったが)。インターネットサービスとして考えると、「はてなブックマークは、情報微分化して、今一番話題になっている情報を割り出して、トレンド情報ユーザーに提供する」といった感じか。また、「Wikipediaは、情報を整理して積分化し、言葉定義ユーザーに提供する」といえるかもしれない。

いや、もう、ネット上では、頭の良い人が数え切れないほど議論した話だと思うし、「要はフローメディアストックメディアだろう?」みたいなツッコミがきそうだが、まあ、そうなんだけれども、そこで思うのは、はてブは近視眼的で、Wikipedia基本情報しか載っていない、というか、両者の距離が離れすぎであるという問題がまだ解決していない訳で、それに関して面白い意見の一つでも言えればなあ、と思う。

まず、「なぜ、それが問題なのか?」という意見もあるかもしれないが、要は、「もう少し楽に文脈(空気)を読めるようにならないか?」ということだと個人的にはとらえている。ある事柄の最新記事だけみても、その記事が出てきた背景を探るのがめんどくさい。どういう経緯があって、どういう文脈上から、この記事が出てきたのか?なぜこれだけ話題になっているのか?その辺が楽に分かれば、整理されていない膨大な過去ログを読めとも言われないし、空気を読む力も上がるし、スルー力もつくwのではないかというお話だ。

で、解決していない以上、少しは、面白い意見が言えるかもしれないと思うので、つれづれなるままに書いていこう。解決方法のアプローチとしては、ざっくり言うと、「人間を重視して解決する」か、「機械を重視して解決する」か、があると思う。

人間を重視して解決する方法。

前述の「情報消費のスタイルの提案」とかかわってくるけれど、個人ニュースサイトにしても、ほとんど日刊だったりするけれど、例えば、「今週を振り返ってみる」みたいな「週刊誌」的なアプローチもあっていいと思う。今週のネットの流れをサイト主の解説を交えながら振り返るみたいな感じで。

機械を重視して解決する方法においても、「週刊誌」的なアプローチを取ると、ITメディアの「Weekly Access Top10」のような記事をブクマ数で展開し、ユーザーコメント出来るようにしても良いかもしれない。

もう一つ。はてなブックマークストックメディアとしての面を強化するという手もあると思う。はてブでも、例えば、タグ検索すれば、過去の関連記事を見ることが出来る訳だが、(当たり前だが)文脈的には整理されていない。まあ、単純に考えると、「新着」順で見ていくという手もあるだろうけれど、意外と整理されていない。それでは、それをユーザーの手で整理できるようにしてみたらどうだろう?という考えが浮かんでくる。

個人的に最近、「FreeMind」に凝っているのだけれども、ああいう使い心地のアプリユーザーが共有できるようにして、ソーシャルマインドマップ的に記事をユーザー達の手で整理できると面白いような気がする(実現可能かは分からないけれど)。例えば、YouTubeマインドマップを見ると、中心から、音楽とか、スーパープレイとかの木がニョキニョキと生えている。同じ階層動画自体は時系列で並んでおり、ある動画にはさらに深い階層がある。よって、例えば、ある動画がどのような系譜でパロディ化されたのかなどが分かる。つまり、文脈が分かる。ネットからしばらく離れていても、ある日突然、ある事柄に興味を持っても、(文脈上の)過去記事をたどれる訳だ。(と、簡単に考えてしまうのは私の悪い癖かも知れないが)

でも、そういうツールが欲しいのは本当だ。ある記事だけ抜き出しても、要は、静止画のようなもので、文脈が分からなければ、その記事を単体でしかとらえることが出来ない。現状、関連知識のない人間がある情報を文脈をふまえた「動画の一部」としてとらえるには、関連情報を聞き出したり、検索したりして、いくつかの断片的情報から文脈を推測していくしかない。しかし、それは面倒なのも確かである。少なくとも、工学的なアプローチによって、「もう少し楽に今現在の文脈(空気)を読めるようにする」ことは可能だろうと思うのだが。

2009-12-03

つくるということ


「これはもしかして、

僕の欠点でもあるのかもしれないんだけれども、

大きな利益を得ようとか、

これでお金持ちになろうとか、

そういうようなことが念頭になく、

まず自分の好きなものを作って、

その「もの」に共感して

お金を出してくれる方がいるんだったらいい、

というスタンスで始まって、

きょうまでの40年間、いるんです。

素材が好きだ、色も好きだっていう、

やっぱり自分のおもむくままにやっている。」




「最初のベルトは、20本か30本ぐらい作って、

スイスのアスコーナという町で

あるお店に持ち込んでみたんです。

どうなるか分からないのでとりあえず見せてみようと。

今もそうなんですけど、スイス人ていうのは堅くて、

とても真面目でっていうイメージがありますよね。

なのでちょっと恐かったんだけれども、

まず行ってみようと。

それで行ってみたら、「じゃ、幾ら?」って。

まさか買ってくれると思わなかったので、

値段は決めてなかったんです。

じゃとりあえず1個25フランですって言ったら、

全部、買ってくれて。

「ああ、僕の製品お金になるんだ」って。

21歳のときのことです。」




「僕が続けて来たこと、

そして続けていきたいことは、

1つ、1つに魂を吹き込んでいくことなんです。

もちろん買ってくださることは歓迎なんですけれども、

僕にとっていちばん嬉しいことは

くすっと笑ってくれて、使って、

優しい気持ち、幸せな気持ちになってくれることです。

僕はそれをとても幸せに感じます.」




「自負してるわけじゃないんですけれども、

ユニーク(唯一無二)な、

どこにもないものをやってると思います。

自惚れではないんですけれども。

ニューヨークのバーニーズニューヨーク

長いこと、ぼくのつくるものを

扱ってくれているんですが、

彼らは、バーニーズの顔だと言ってくれるんです。」




メイド・イン・ミー(笑)

 ありがとう。」





ヒッピーの時代の子供たち   〜革職人アンリ・ベグランさんとの1時間

http://www.1101.com/henrycuir/index.html

2009-11-08

オタク腐女子関係の覚え書き

整頓はそのうち。

腐女子関係はもうちょっとかかりそうなのでとりあえずアニメ漫画オタク全体の話。

以下いろいろ分かったら徐々に書き足す。

読んだ本とか

コミュニケーション不全症候群中島梓 筑摩書房 1995

『「おたく」の精神史ー一九八〇年代論ー』大塚英志 講談社 2004

『異文化コミュニケーションオタク国家日本の危機ー』島田裕巳ほか 日本評論社 1991

天使王国ー「おたく」の倫理のためにー』浅羽通明 JICC出版局 1991


webのあれそれ

たけくまメモ』 http://takekuma.cocolog-nifty.com/

やおい少女の来し方行く末』 http://www.hmt.u-toyama.ac.jp/Socio/lab/sotsuron/98/yamane/


これから調べること

宮崎勤

ビーダーマイヤー朝

コミケの隆盛の話

同人誌」という言葉意味の変遷の話

受けが男である必要性


今のところ分かったこと

2009-11-03

つかの間の小旅行から...。

帰って来ました。因に京都へ行ってました。

今年は仕事が減ってしまい、暇が出来た(特に土日。如何なる業種も休日出勤ご苦労様ですが。)

という方は国内旅行なんか良いですよ。

ケチりゃあどうにでもなるってもんで、若かりし頃(とは言え4〜5年前)は都会に出て、

カプセルネカフェ泊でヒッピー寸前の遊びをしてました。

まぁでも都会に出ればそれなりにカネ使うんで、アウトドア流行るんじゃないですかね?

高速1000円だし。サバイバルゲームとて遊びのコツが大事ですぞ。

                        〜T.H.

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