2024-03-24

イージーライダー』を観た。

ニューシネマの代表と名高くて破滅的な青春の話だと思っていたけれど、どちらかと言えばニコルソン曰く自由を語りながら自由を恐れる時代に捻じ伏せられた若者の話って感じだった。

プッシャーやって得た金でイージーライダーを始めて、時計を投げ捨てるのがかっこよかった。

パンク修理で寄った家の"L.A"も伝わらない主人に「田舎に根を下ろしたんだな」と含みありげに語る主人公は逃げ場を求める気持ちを感じさせた。

ヒッピー集落では、はぐれ者同士身を寄せ合ってみても砂地じゃ食べ物にも困るような逃げ場の無さをほんのりと感じた。切迫した生活での信仰の頼りなさだとか、無知に生きる気楽さとか世知辛さとかも。

街へ出ていきなり逮捕されて出会ったニコルソンはボンボン風で人が良い。自由体現者につられて、マリファナビビったりはしつつ自分も口先で語るだけではない自由に飛び込んでみるのが冒険という感じがした。

立ち寄った食堂では主人公達に憧れる若者もいれば、怪訝な目でジロジロ見たり罵声を浴びせる保守的な連中もいて、結局そいつらにニコルソンが殺されてしまうのが辛い。

通夜ムード娼館に行って、謝肉祭に繰り出してグッチャグチャになる辺りはよう分からんかった。「神が不在なら発明する必要がある」はなんか印象的だった。

ラストの突き放すような呆気なさと虚しく響くエンディングは嫌いじゃない。

場面転換や謝肉祭のシーンに挟まれる謎のモンタージュが印象的だった。

作中で語られる"自由"はよくアメリカのそれと言われる"liberty"じゃなく"freedom"なんだな。

自由とは責任であり、自由とは不断努力であり……とかそういうありきたりなの抜きで、おれもなんの束縛もしがらみもない自由を味わってみてえよ。たとえ世知辛くても……

でも出来ないからやっぱおれも自由を恐れてるのかもしれない。

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