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2011-08-15

http://b.hatena.ne.jp/entry/twitter.com/highok/status/103026441830141953

同人会の男性向勢力と女性向勢力の格差は、ゴールデンウィークに開催されるCOMIC1(ほとんど男性向)とスーパーコミックシティ(ほとんど女性向)を比較すれば一目瞭然。男性向が東館半分しか埋められないのに対し、女性向は2日間全館。単純比較で、女性同人のほうが6倍の勢いがある。

小規模イベントネット同人女性向け比率も考えると6倍どころではないかと。

BLだけではなく「男女カプ」や「カプなし・健全原作の隙間埋め系ストーリーだったりギャグだったりする)」でも多くが女性作家だし、読者も女性が多い。

男性が多いのは「男性向け」ジャンル、つまりエロ萌えアニメエロゲなどの男性向け作品が原作ジャンルだけ。

それ以外の同人界は物凄い女社会

一次創作女性の方が多い。



なので「腐女子マイノリティから男に迫害されてる!」と主張する女が謎だ。

本当に同人知ってるの?コミケ行かなくても、ネットオタク世界を見ていれば

あの世界は女だらけで、腐女子はその中でも一番のマジョリティなのはすぐ分かるのに。

ニコ動まとめブログで取り上げられるようなネタしか知らないんじゃねーの?

そんなライトオタ向けではなくもう少し深い場所も見ていれば、限られた「男性向け」世界以外はどこもかしこも女だらけの女子校状態で

女だけでキャッキャウフフしたり喧嘩したりしまくっている、男の影響力なんて殆ど無い世界だというのがすぐ分かる筈だけどね。

2011-06-15

電力会社で働いていてごめんなさい

震災で被災した。

親も亡くなった。

兄弟避難所暮らし

停電復旧のため休みなしで働いた。

ゴールデンウィークにやっと家族と過ごせた。

 

電力会社に働いているとわかったら、お前らのせいで放射能汚染したんだと言われた。

事故ったのは、うちじゃなく隣の会社なんですが。

つい、勢いで、ごめんなさいと言ってしまった。

 

厚遇なんだろと言われた。

給料がいいのは、隣の会社なんです

田舎の電力会社は、そんなに高くないです

田舎では、地元大口の電力需要家と比べて同じかそれより低めなんです

ごめんなさい。

管理職ならそれなりかもしれませんが、ペーペーは低いままです

 

電力会社で働いていてごめんなさい。

もうダメだ。 

家族実家に避難させて単身生活。

明日が見えん。

2011-06-12

人生の経験値稼ぎ その後

この記事を覚えている方はいらっしゃるだろうか。

http://anond.hatelabo.jp/20091018173611

1年半前に「人生の経験値稼ぎ」と言う記事を書いた増田だ。


まず、それからの俺について簡単に。

2010年。この年は記念するべき1年となった。


・同期で2番目の早さで昇進した。日本人の部下が出来た。新人研修講師担当するまでになった。

・気付けば若手のリーダー格的ポジションを手に入れていた。海外出張前には、部署の仲間達が送別の飲み会を開いてくれるようになった。

・昔なら行く機会の無かったような場所で遊ぶようになった。六本木恵比寿赤坂

・車を買った。車を買ってから、行動の範囲がさらに広がった。車内でFMを聞く機会が多くなり、最近の曲や洋楽に詳しくなった。以前なら縁がなかったであろう夏フェスにも行った。



冴えない理系男だったおれは、いつの間にか社会人リア充とでも言うべき存在進化していた。

そして、意中の彼女とも、デートすることに成功した。




が、全てが順調に行く訳もなく。

この後、人生最大のピンチが訪れる。

2011年春、割と最近の話だ。




今年も新人研修講師をすることになった俺は、研修が終わると新人達をつれて飲みに行っていた。

新人の中にはもちろん女の子もいたわけだが、俺の同期の間で、俺がその子を狙っているという噂が流れていた。

さらに、新人達の間では、俺が狙っていた本命彼女を遊んで捨てた過去があるという噂が流れていた。

昔の俺なら、たいした噂にはならなかっただろうが、今の俺は好奇の目で見られる目立つ存在になっていた。

これらの話は、完全にでたらめなのだが、尾ひれがついて、既婚者の社長秘書にも手を出しているとか、

もう笑うしかないレベルにまで増幅されていた。人事の耳にも噂が入り、一時は社会的に死ぬ覚悟さえした。



後で聞いた話だと、俺と仲の悪い同期が、嫉妬に駆られたのか、俺をつぶそうといろいろ画策して、あること無いことを言い回っていたという。

当然ながら、狙っていた彼女とは疎遠になってしまった。



そして、悲しみと絶望と怒りの入り交じった、どす黒い衝動とでも言うべき感情が俺の中でわき上がってきた。

どうせ、変な噂をばらまかれるんだったら、本当に派手に女遊びをしてやろうか・・・



まず、こつこつと貯めてきた財形を全て取り崩して結構な額の軍資金を用意した。

そして、ゴールデンウィーク有給をつなげて3週間の休みを取った。

普段の仕事ぶりが評価されていたのと、噂のせいで俺が参っていることを知っていた事もあって、上司はすんなり認めてくれた。



地元帰省した俺は、使えるコネを使いまくって片っ端から女に声をかけまくった。

いまだに独身女友達、男友達姉妹、友人の元カノ、昔バイトしていた店のアルバイトの子。

学生や、安月給の連中には真似出来そうもない、財力に物を言わせた「遊び」を提案すると、大抵の子が、驚くほど簡単についてきた。

休暇が終わり、首都圏に帰った今でも、都心に来たらまた遊んでやるよと言うと、彼女たちは、喜んで上京してくる。




なんだ。女の子を口説くって、簡単な事だったんじゃないか



変わろうと決意してから5年。どす黒い衝動に駆られて2ヶ月。女に不自由しない環境を俺は手に入れた。

だが、日曜の夜に一人になって冷静に考えると、とんでもない状態であることに気づく。

最近の俺の振る舞いは明らかに狂気に満ちているし、倫理的に正しい事をしているとは思えない。

今でも、本命彼女には未練がある。

そして、今の社内での俺の立場はかなり微妙な物になってしまった。



とりあえず、自分名誉は回復させないとまずいのだが、実際に女遊びをしているため、

デタラメのハズだった噂は今や黒に近いグレーゾーンだ。

俺を陥れたクソ野郎はつぶさないと気が済まないが、状況的にすぐには手が出せない。

いっそのこと、全て忘れてこのまま堕ちていくのも悪くないかなと思ったりもする。



結局の所、どんなにあがこうが、恐ろしい運命が降りかかってくるのは避けられそうにもない。



これが不純な動機に駆られてあがき続けた経験値稼ぎ男の末路だ。

さあ、思う存分嗤ってくれ。

2011-06-01

ゴールデンウィークが明けてからというもの、災厄続きだ。

明けて早々、ゴールデンウィーク前にやった仕事ミスが発覚。

それにかかる費用を目の当たりにして陰鬱になりながら後始末

それから2週間後、何かの拍子でアバラの痛みが気になって

病院行ってみたら肋骨ケガ。今も胸にサポーター巻いて湿布貼り中。

そして昨日、前述の仕事が別のところでもミス発覚。

これからまた後始末作業が始まる。

2011-05-08

大学院をやめようか迷ってる

地方の下から数えたほうがはやい化学

欝気味

将来ほぼ確実に視力障害者(今も一応複数の病気を持っている+視野の範囲が狭くなるがどの程度かわからない)になる

↑の理由+自分性格もあり車が運転が怖いためできない

以上の理由から仕事先が限られる。

一年ときから大学をやめて、編入試験を受けたりしながら結局今の大学に残りつづけた。

留年したとき自分はまだやれるかどうか迷いながら結局そのまま

一留して大学卒業同じ大学に院に入る

去年、まだ勉強したりないと思って院試を受けてその後、自分自身が研究に向いてないことを悟ってしまった

もののなぜか大学院にいる。

意味がわからない

ゴールデンウィークに渡された課題が結局解けずに半分発狂してる

もう、だめかもしれない

あのとき、俺がまだやれるんだって思ってた心はどこにあるんだろう

こんな俺に就職先はあるんだろうか

公務員を受けるために大学を退学しながらがんばるか就職活動をするか・・・

わからん

かにどんな道があるだろうか

働くってつらいんだなあ

やってもやっても仕事が終わらない

仕事おえてもまたすぐ別の仕事がやってくる

打ち上げも次の仕事が忙しくていけない

毎日毎日しいから気が休まらない

ベッドに入っても、明日もまた忙しいのかなあとか思ってドキドキする

まわりが一生懸命仕事してても

ああそれ結局わたしが大幅に修正して出すんだよねとか思って卑屈になる

今日はあれを買ってかえりたいなあとか思っても

どーせ帰りにはお店しまってるよねとか思ってイライラする

ちょこっとでも旅行にいきたいけど

いつ休日出勤になるか分からいから諦める


今日ちょっと人に愚痴ったら「そんなのこの業界じゃ当たり前」って言われた。

ちょっと凹んだ。

自分が弱すぎて凹んだ。

当然のことに必要以上に凹んじゃうんだよ凹むなあ。



それに加えてせっかくの休みをうまく使えない自分イライラする。

ゴールデンウィークも結局ぐだぐだ

夕方近くまで寝て一歩も外に出ないとかざらだった。

仕事では持てる緊張感が遊びとなるといっきになくなる。

休み明け、余計仕事が嫌になった。

遊んでないか友達とあっても楽しい会話ができなくて

過去のこととか愚痴かばっかりになっちゃって

帰りの電車自己嫌悪 つらい

遊び下手になったらおしまい


結局仕事のせいにして私は自己実現を怠っているのかと、落ち込む

反省せずに、改めずに、落ち込んでばかりいるからだめなのか、、、


仕事は楽しくて、やりがいがあって、

プレッシャーもちょっと前までは新しい敵だ!わくわく!って思えてたのに

なんでだろうなあ


大学でて1年たった

働くってつらいんだなあ

改め、自分を律するってつらいんだなあ

2011-05-07

淫乱上等

彼氏がいるって両親に告白したら、父が盛大にファビョった。

父曰く

「娘が中古車になった!新車じゃないから嫁に行けんようになった!」

「もうヤリまくっておまんちょがぐちょぐちゃの汚い塊になってるに違いない」←おめーの妻のまんちょはどーなんだよ?w

結婚からいやらしいことするなんてとんでもない淫乱だ、親戚の〇〇(デキ婚者)の遺伝で淫乱になったに違いない」

結婚前にヤルと必ず子宮頸がんで死ぬんだ。あれは淫乱病気だ」

風呂場でチラっと見たとき乳首が黒かったか淫乱じゃないかと思っていたが、案の定だ!」・・ってオイ!!!!!!

さすがに温厚な娘もプッツンときゴールデンウィーク彼氏の部屋に入り浸って全然帰らんかった。

いっぱいセックスできた~w

しかった~w

2011-05-04

彼は仕事中の私が好き。

彼は仕事中の私が好き。

ゴールデンウィーク中、仕事以外でずっと一緒にいて気づいてしまった。

彼は私の優柔不断さにいらついている。

彼は私の甘えをうっとおしく思ってる。

彼は二人の時間を消費的に感じている。


本当は前から気づいてたけど、

から仕事を頑張るけれど、

したら彼は喜んでくれるけど、

そのたびに私は普段の私を蔑むことになるんだ



ほんとは、

散歩しながら雑貨屋をのぞいたり、

ちょっとサブカルっぽいDVDを見たり、

ヘッドホン爆音音楽を聴いたり、

二人で餃子パーティーしたり、

そういうことがしたい。

タクシースーパーにいって買ってきた食材を一人で調理して

二度と思い出さないようなテレビ番組を見ながら二人で食べて、

翌々日になっても洗ってない食器が流しにある。

そんな二人はい



大学生とか高校生のころ憧れてた未来がある

彼と一緒に2階建てとかの和風アパートに住んでいて

1Kとかの、魚喃キリコ漫画に出てるみたいなぐだぐだの部屋で

私は夏の昼下がりにじっとり汗をかきながら畳にぺたんって座って

折りたたみの鏡を見ながら化粧してアルバイトに出かけていく

貧乏で将来性もないけど、楽しくて

手を伸ばせばそこに愛がある生活


でもそんな未来こなかった

踏み外さずに生きてきたら、そんな未来こなかった



仕事楽しい

24時間働ける

徹夜だって平気

やりがいがあるから

認めてもらえるから



彼と会ったとき感動したのを覚えてる

こんなに私を前向きにしてくれて

向上させてくれて

たくさんのことを教えてくれる

こんな素敵な人はいないと


でもやっぱり、わたしの生産的じゃない部分が、ほんとうの私なんだ

そう思うとやるせない


お母さんは、たわいのない話も聞いてくれた

落ちがなくても

ネガティブでも

じっとずっと聞いてくれた


それが愛なんだって私は思っちゃったか

から二人はうまくいかないのかな



ブックオフで買ったプレステ2DVDをいれて、

ブラウン管テレビうつる荒い映像を見ながら

やばいアナログ終了したツタヤ代ばかにならんかもーとか言って、

いつまでもいつまでもテレビは新しくならない

そういう毎日が送りたかった

2011-04-25

ゴールデンウィークだけど

自粛自粛言ってたのに

もう2ヶ月すればテレビ、特に民法じゃ扱ってくれないの。

原発問題で東京が巻き込まれてなかったら、地震ことなんかすっかり

相手にされないのかもね。


私は、できる人がボランティアや支援、義援金とか

余力のある範囲でやればいいと思うし

花見とか、旅行とか大賛成です


頑張ろう日本とか日本は強い国のCM

なんであんCM作るんだろうと思った。見て嫌な気持ちにならんのだろうか。

応援してくれる人がいるのは嬉しいけどさー。

2011-04-21

双葉郡に住んでいた友人から電話

いまどこにいるの?」

実家。』

「あ、そっか。○○市だもんね。でもそっちも放射線量多いんでしょ?大丈夫?」

『下手に他ん所行くと県の情報なんにも入らなくなっちゃうのよ。あたしパソコン使えないし

 行くなら臨時町役場がある加須市だけど、遠いし避難所生活になっちゃうでしょ?旦那とも離れたくないしさー。

 とりあえずここには親もいるし、外出には気を使うけど今のところは気兼ねなく生活できてるからね。』

「ほんと…大変だったね。

 大変て言っていいのか…、私、ごめん、正直いうと、なんて声かけていいか、迷ってる。

 ごめん。」

『いやいや。あたしだって他の人がこんな状況ならあんたみたいになるよ。もうすごいびっくりよ。

 まさか自分の家に帰れなくなる事態になるなんて、誰も思ってないもん。』

「うん。うまく言葉にできなくて、無事だって確認できたあとは電話もかけられなかった。」

あんたみたいになんにも言ってこない人のほうが気楽だよ。こういうとき

 なんか知らないけどさー。あんま仲良くない人からいっぱい連絡きたよ。こんなときに限って。

 チェーンメールとか一時期すごかったじゃん?あれとかなんか知らないけど、送ってくるのはずっと遠くに住んでる人達ばっかだったわ。

 「危ないから今すぐ避難して!!」とか。あれ送るのでなんかやった気になるんだろうね。こっちとしちゃ迷惑極まりなかったけど。

 逆に被災地に近い友達から全然こういうのなかったんだよね。今宮城に○子住んでるじゃん?』

「うん。あの子多賀城の近くだったよね。」

『そう。○子もなんかずっと停電してて大変だったみたいね。

 あたし地震から1週間後くらいにmixiに1回ログインしたんだよね。したらその日に○子から「無事ならよし」ってだけのメールが来てさー。』

「ふふ。」

『○子かっこよすぎでしょ。旦那がいなかったら結婚申し込んでたね。』

「○子も車流されてアパートも傾いちゃってダメだって言ってたよ。」

『そうだってね。んだから落ち着いた頃に○子に電話したのね。そしたらそんときに「一緒にがんばっぺ」って言われたんだよね。』

「うん。」

『あたしもそんとき「んだねー!一緒にがんばっぺねー!」っつってさ。』

「うん。」

『でもさ。』

「うん。」

『あたし、心の中で、うちとは違うじゃん。って思っちゃったんだよね。』

「……。」

『いっぱいガレキ撤去してくれる車が来て、行方不明の人も自分達で探せて、今まで住んでた場所に行けるなんて、うちとは違うじゃん。て。』

「……うん。」

テレビでさ、家なくした人がガレキの上歩いて、ここが自分の家でしたとか言ってるの見ても、だめなんだよ。羨ましいと、思っちゃうんだよね。

 その人も絶対に辛いはずなんだよ、羨ましがる環境では絶対ないはずなんだよ。

 でも、なんかだめなの。あたしだってあの場所に行きたいのにって。旦那のじいちゃんとばあちゃん探したいのにって。』

「……。」

実家なくなってないし、頼る人もいるからあたしは恵まれてるよ。こんなこと、心の中でだって絶対思っちゃいけない。』

「……うん、そうだね。」

子供がまだ小さいときさ、夜泣きひどいときによく散歩行ったんだよね。防波堤の上歩いて、波の音聞いてるとよく寝てくれるから

 冬の海はすっごい寒いんだけど、だんだん夜が明けきて、空が紫から黄色グラデーションして、お日様が出てくるとさ、すごいよね、めちゃめちゃあったかいの。

 耳がちぎれそうなほど寒かったのに、一瞬であっためてくれるの。

 あの瞬間が大好きだったな。』

「……うん、うん。」

『ごめんね、なんか。こんな話するつもりじゃなかったんだけど。』

「ん。いいよ。」

『またみんなで集まろうよ。ゴールデンウィークは色々忙しくて無理だろうけど、お盆とかさ。』

「あーいいねー、お盆。」

『あたしそっち行くし。』

「あ、でもお盆はこっち停電してるかもよ?」

『あ、そっか。……うん。んじゃこっちくる?まあ気にしなければ、だけど。』

「いいの?行っていいなら行くよー。」

『来てきてー。子供も会いたがるだろうし。』

「やったー。んじゃ、またお盆ね。」

『うん。聞いてくれてありがとね。』

2011-04-14

叔父の無縁死

昨日、一度しか会った事のない叔父さんを荼毘に付した



朝一番の斎場はとても静かだった。

到着してすぐに、お父さんから状況を聞いた。



部屋に入ると、引っ越したばかりで物も少ない小さな部屋で

叔父さんは布団をかけたまま息を引き取っていた。



部屋はエアコンがつけっぱなしで

部屋には500mlビールの空き缶が百本以上もあった。

叔父さんは黒ずんで、ミイラ化が進んでいた。




息を引き取ってから約3カ月後の発見だった。

俗に言う、孤独死、無縁死。



叔父さんを見かけなくて心配してくれたのは

同じ建屋に住む、管理会社のおばさん。

たまに声をかけてくれていたそうで

最近見ないから、管理会社に連絡してくれたとのこと。



本当にありがたい。そして本当に申し訳ないとおもった。



叔父さんの部屋は最近の部屋で、

ポスト窓がなく、窓も占めていたから密閉空間

から、臭いで発見される、というケースではなかったわけだ。



部屋中の空き缶。


叔父さんは3日に一度は酒屋に連絡して

部屋の中で飲んでいたらしい

もとから馬鹿たいに飲んでたそうで、

日5合缶8本とかザラ、だったらしい


想像してみた。


66歳で仕事も定年になり、家族もいないから、

独りでお酒をひたすら飲み続ける。

テレビとか見ていたのかな・


そんな姿を想像すると

どんな気持ちでいたんだろうとか

寂しさとか悲しみとか絶望しかイメージできなかった。



携帯の発信履歴から、息を引き取った時期がなんとなくわかった。


検死の結果、叔父さんの体には生体反応があったそう。



それはつまり、瞬間的に命が絶たれたわけではなくて

一定時間苦しんだ後に引き取ったという事だそうだ。


その時に、誰かに、お父さんに連絡することも恐らくできたはず。



でもそれをしなかったということは

推測だけど、そういうことなのかもしれない。

できなかったのか、したくなかったのか、しないと決めたのか。

それはわからない。



ポストに残されていた、叔父さんの携帯電話の請求額は

生きている間も、一カ月に1000円に満たない。


携帯電話パソコン社会と繋がる事の出来る現代で

パソコンを持たない叔父は、仕事以外に外との繋がりは

ほとんどなかったという事が読み取れた。



私も独り暮らしをしているから、

叔父さんの過ごしてきた日常が生々しく想像できて、頭から離れない。




しかったんじゃないだろうか、一人で辛かったんじゃないだろうか。


生きる希望も見つからなかったんじゃないだろうか。

から、助けの連絡も入れなかったんじゃないだろうか。

死んでもかまわない、なんて思ってたんじゃないだろうか。


その辛さを想像して、そんな叔父さんに何もしようとしなかった事への後悔、申し訳なさ。



考えるだけで涙が止まらない。



同時に、そんな状態にしてしまったと後悔してるあろう

お父さんの気持ちを想像するだけで、涙が止まらない。




叔父さんには何をしてもらったわけでもないし

付き合いもなかったから、

正直なところ死んでしまった事が悲しいわけではない。




でも、それがそもそも間違っていて、もっと、歩み寄るべきだった。


死んでしまった事が悲しくないほどの距離感を、ずっと気にせずにいた事だ。




お父さんがお兄さんと疎遠なのも知っていた。


お父さんとの両親とは、物ごころついたときから希薄だったし

我が家ではそれが当たり前になっていた。

もちろん、叔父さんも然り。

正月に、新年あいさつはおろか

全く交流がないまま約30年が過ぎている。



私が生まれてすぐに父の父、

つまりおじいちゃんに当たる人は亡くなっている。

私の生まれた次の月に。



おばあちゃんに当たる人は生きてはいたけど

距離的にも遠くないのにほとんど交流がなかった。

母親いわく変わり者で、連れてくるなというらしい

中3のゴールデンウィークに、亡くなった。

初めて、顔を見たのが亡骸だった。

その時の叔父さんの写真が残っていて

結構鮮明に覚えている。

ただ、

覚えているだけだ。

叔父さんは独身だったか

痴呆のおばあちゃんの面倒もずっと見てくれていた。

おばあちゃんが亡くなったのが15年前。



叔父さんは50歳を過ぎて、

はじめて独り暮らしになった。



仕事も、うまくいかなくて

借金が膨らんでしまったらしい



で、去年。

立ち行かなくなって練馬の家と土地を売ったお金

借金もなくなり、住み慣れた実家の側に

家賃4万円ほどでアパートを借りて住んでいた。



そして、それから1年たらずで

叔父さんは、一人で亡くなった。

誰にも連絡せずに。

おそらく、飲み続けたアルコールが原因。



彼が拒否をしたのかもしれないけど

私たちはもっと、叔父さんに歩み寄る、とか

気にかけてあげるべきだった。


もっと小さい時から、叔父さんの事を

気にかけていてあげれば、

父も叔父さんにもっと連絡していたかもしれない。



わかったいたのに、他人事だった。

自分に関係ないからと言って他人事だった。

自分の手の届く範囲の人を

あんな逝き方をさせてしまったという事に

ひどく後悔している。罪悪感がある。

最低だ。

後悔なんてしたって、罪悪感なんて持ったって

もうどうなにもできないのに。

可能性があったのに、

こんなことになるまで誰ひとり、何もしなかった。

本当に、本当にごめんなさい。


そして、後悔や供養の気持ちが見えない

両親とは、心の距離ができた。

「かわいそうだったね」

他人事なんですね。


亡くなった人に優しくて

生きている人には冷たいと、母親に言われ

正直、人としてどうかと思った。

親を、本気で軽蔑した


そうやって、私は家族と距離を置き

叔父さんと同じ道を歩んでいる気がしてならない。


叔父さんの死によって

叔父さんの気持ちが、わかった

ほんとうに辛かったよね。

ごめんなさい。

そうやって

約一時間で、叔父さんは

ようやく荼毘に付された。

骨は大きく頑丈で、とび職の名残なのかななんて感じた。

膝に抱いた骨壷は、

ずっと温かかった。


きっと、最後に会いたかった人は

私たちじゃなと思う。

見送ってほしい人は他にいたと思う。


なのに、私たちが最後でごめんなさい。

最後にいけしゃあしゃあと出てきて

勝手に後悔してごめんなさい。



ただただ、

懺悔と叔父さんの冥福

安らかな眠り、

幸せな来世を祈るしか

私にはできません。



本当にごめんなさい。

叔父の無縁死

昨日、一度しか会った事のない叔父さんを荼毘に付した



朝一番の斎場はとても静かだった。

到着してすぐに、お父さんから状況を聞いた。



部屋に入ると、引っ越したばかりで物も少ない小さな部屋で

叔父さんは布団をかけたまま息を引き取っていた。



部屋はエアコンがつけっぱなしで

部屋には500mlビールの空き缶が百本以上もあった。

叔父さんは黒ずんで、ミイラ化が進んでいた。




息を引き取ってから約3カ月後の発見だった。

俗に言う、孤独死、無縁死。



叔父さんを見かけなくて心配してくれたのは

同じ建屋に住む、管理会社のおばさん。

たまに声をかけてくれていたそうで

最近見ないから、管理会社に連絡してくれたとのこと。



本当にありがたい。そして本当に申し訳ないとおもった。



叔父さんの部屋は最近の部屋で、

ポスト窓がなく、窓も占めていたから密閉空間

から、臭いで発見される、というケースではなかったわけだ。



部屋中の空き缶。


叔父さんは3日に一度は酒屋に連絡して

部屋の中で飲んでいたらしい

もとから馬鹿たいに飲んでたそうで、

日5合缶8本とかザラ、だったらしい


想像してみた。


66歳で仕事も定年になり、家族もいないから、

独りでお酒をひたすら飲み続ける。

テレビとか見ていたのかな・


そんな姿を想像すると

どんな気持ちでいたんだろうとか

寂しさとか悲しみとか絶望しかイメージできなかった。



携帯の発信履歴から、息を引き取った時期がなんとなくわかった。


検死の結果、叔父さんの体には生体反応があったそう。



それはつまり、瞬間的に命が絶たれたわけではなくて

一定時間苦しんだ後に引き取ったという事だそうだ。


その時に、誰かに、お父さんに連絡することも恐らくできたはず。



でもそれをしなかったということは

推測だけど、そういうことなのかもしれない。

できなかったのか、したくなかったのか、しないと決めたのか。

それはわからない。



ポストに残されていた、叔父さんの携帯電話の請求額は

生きている間も、一カ月に1000円に満たない。


携帯電話パソコン社会と繋がる事の出来る現代で

パソコンを持たない叔父は、仕事以外に外との繋がりは

ほとんどなかったという事が読み取れた。



私も独り暮らしをしているから、

叔父さんの過ごしてきた日常が生々しく想像できて、頭から離れない。




しかったんじゃないだろうか、一人で辛かったんじゃないだろうか。


生きる希望も見つからなかったんじゃないだろうか。

から、助けの連絡も入れなかったんじゃないだろうか。

死んでもかまわない、なんて思ってたんじゃないだろうか。


その辛さを想像して、そんな叔父さんに何もしようとしなかった事への後悔、申し訳なさ。



考えるだけで涙が止まらない。



同時に、そんな状態にしてしまったと後悔してるあろう

お父さんの気持ちを想像するだけで、涙が止まらない。




叔父さんには何をしてもらったわけでもないし

付き合いもなかったから、

正直なところ死んでしまった事が悲しいわけではない。




でも、それがそもそも間違っていて、もっと、歩み寄るべきだった。


死んでしまった事が悲しくないほどの距離感を、ずっと気にせずにいた事だ。




お父さんがお兄さんと疎遠なのも知っていた。


お父さんとの両親とは、物ごころついたときから希薄だったし

我が家ではそれが当たり前になっていた。

もちろん、叔父さんも然り。

正月に、新年あいさつはおろか

全く交流がないまま約30年が過ぎている。



私が生まれてすぐに父の父、

つまりおじいちゃんに当たる人は亡くなっている。

私の生まれた次の月に。



おばあちゃんに当たる人は生きてはいたけど

距離的にも遠くないのにほとんど交流がなかった。

母親いわく変わり者で、連れてくるなというらしい

中3のゴールデンウィークに、亡くなった。

初めて、顔を見たのが亡骸だった。

その時の叔父さんの写真が残っていて

結構鮮明に覚えている。

ただ、

覚えているだけだ。

叔父さんは独身だったか

痴呆のおばあちゃんの面倒もずっと見てくれていた。

おばあちゃんが亡くなったのが15年前。



叔父さんは50歳を過ぎて、

はじめて独り暮らしになった。



仕事も、うまくいかなくて

借金が膨らんでしまったらしい



で、去年。

立ち行かなくなって練馬の家と土地を売ったお金

借金もなくなり、住み慣れた実家の側に

家賃4万円ほどでアパートを借りて住んでいた。



そして、それから1年たらずで

叔父さんは、一人で亡くなった。

誰にも連絡せずに。

おそらく、飲み続けたアルコールが原因。



彼が拒否をしたのかもしれないけど

私たちはもっと、叔父さんに歩み寄る、とか

気にかけてあげるべきだった。


もっと小さい時から、叔父さんの事を

気にかけていてあげれば、

父も叔父さんにもっと連絡していたかもしれない。



わかったいたのに、他人事だった。

自分に関係ないからと言って他人事だった。

自分の手の届く範囲の人を

あんな逝き方をさせてしまったという事に

ひどく後悔している。罪悪感がある。

最低だ。

後悔なんてしたって、罪悪感なんて持ったって

もうどうなにもできないのに。

可能性があったのに、

こんなことになるまで誰ひとり、何もしなかった。

本当に、本当にごめんなさい。


そして、後悔や供養の気持ちが見えない

両親とは、心の距離ができた。

「かわいそうだったね」

他人事なんですね。


亡くなった人に優しくて

生きている人には冷たいと、母親に言われ

正直、人としてどうかと思った。

親を、本気で軽蔑した


そうやって、私は家族と距離を置き

叔父さんと同じ道を歩んでいる気がしてならない。


叔父さんの死によって

叔父さんの気持ちが、わかった

ほんとうに辛かったよね。

ごめんなさい。

そうやって

約一時間で、叔父さんは

ようやく荼毘に付された。

骨は大きく頑丈で、とび職の名残なのかななんて感じた。

膝に抱いた骨壷は、

ずっと温かかった。


きっと、最後に会いたかった人は

私たちじゃなと思う。

見送ってほしい人は他にいたと思う。


なのに、私たちが最後でごめんなさい。

最後にいけしゃあしゃあと出てきて

勝手に後悔してごめんなさい。



ただただ、

懺悔と叔父さんの冥福

安らかな眠り、

幸せな来世を祈るしか

私にはできません。



本当にごめんなさい。

2011-04-08

会津に行ってみた

会津観光旅行に行った。会津地方観光客が激減しているというニュース月曜日にみて、折よく暇だったため翌日朝一の電車に飛び乗り2泊3日の観光旅行、昨日7日夜東京の自宅に帰り着いた。せっかくなので、一観光客が見聞きした会津の現状や観光したうえで感じたことを書きたい。無計画性が災いし時間が足りず磐梯には行っていないので、会津若松喜多方のみの話となります



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1.地震の被害

会津若松駅前の地下道が冠水、未だに復旧せず通行止めであったり、マンホールが隆起していたり、蔵の土壁が壊れていたりと、地盤のよい会津地方も少なからぬ被害を受けており、極一部の観光スポットが休業している。とは言えその数は少なくまた有名どころはたいてい営業しているし、会津内での交通インフラも問題ないので、観光への影響は少ない。



2.原発の直接的影響

大気中の放射線測定値についてはさすがに東京より高く毎時0.2マイクロシーベルトあたり(健康には問題のないレベルだが野菜や水からほとんど検出されていない。

http://www.city.aizuwakamatsu.fukushima.jp/index_php/info_hazard/view.php

ちなみに、現地の某ラーメン屋に入ったら使用している野菜の原産地をしるす貼り紙があったんだけど、そのなかに福島産の文字がない。つまり暗に福島産は使ってないですよと言うアピールをしていて、なんかすごい切ない気持になった。



3.観光産業の現状

機会があればなるべく現地の人と話すようにしていたんだけど、異口同音さっぱりお客さんが来ないとのこと。前年比で95パーセント減と具体的に数字を挙げてくれた方もいた。これから景気は悪くなるだろうし、外国人観光客も減るだろうから地震前に戻るというのは何年たっても無理かもしれないが、さすがにこの減り方は異常事態。しかゴールデンウィークの予約もキャンセルが相次いでいるということもあり、その異常事態のおわりが見えないことが怖い。しばらく続くとバタバタとお店が倒れてしまうかもしれない。



4.今観光すべきなのか?

しかし、このような惨状を見聞きしながらも、会津を助けるために今すぐ観光すべしと人に強く勧める気に僕はなれない。理由はふたつ。今一番困っているのは被災民なのだから観光する暇と金があるならボランティアしろよ寄付しろよという正論がそのひとつ。そして会津地方は避難民を多く受け入れているというのがもうひとつの理由。関係ない所で自粛だの不謹慎だのと言うのはバカらしいが、さすがに避難民の目の前で呑気に観光と言うのは気がひける。じゃあどうすればいいのか? 現地の人にいろいろ話を聞いてみて思ったのは、今観光客が激減していることよりも、その異常事態のおわりが見えないというところに不安を感じている様子だった。ならば、被災者難民に配慮しつつ、会津人の不安を解消するには、この異常事態には終わりがあるんだよというメッセージを送ればいいのではないかと思う。それにはちょっと先、例えばゴールデンウィークホテルの予約を入れるというのがいいんじゃなかろうか。先が見えれば会津の人も安心すると思う。もちろんそこまで被災者難民に配慮する必要はないよと言う人は、空いている今が好機だと思うので、どんどん行った方がいい。じっくり見学ができるし、スタッフさんと話し込むことができるし、サービスしてくれる店もあったし、写真も撮りやすいし。酒造りはほとんど終わっており、桜はまだと言うことでオフシーズンなのが残念ではあるが。



5.アクセス

東北新幹線東北本線が運転見合わせで、東部鉄道だと時間がかかり、高速バスはキャパが少ないということを考えると、現状では車で行くのがベターかなという印象。車がなければバスにするか、新幹線東北本線の復旧待ち。郡山会津間を結ぶ磐越西線現在間引き運転中。まあゴールデンウィークまでには意地でも復旧するでしょう。



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以下蛇足ガイドブックではそれほど注目されてないが印象に残ったところをいくつか、ご旅行のご参考までに。



A.さざえ堂(会津若松

平面六角形の木造二重螺旋建築。前々から見に行きたいと思っていたもので、今回会津旅行即断したのもこれがあったから。世界に類をみない奇妙な建築物でありながら、中を廻れるというのが魅力。ずいぶん痛んでいるが、昔から多くの人が入ったという証左であり、歴史の重みを感じる。10年くらい思いを熟成させかなりハードルが上がっていたが、それをはるかに上回る感銘を受けた。



B.長床(喜多方

新宮熊野神社の拝殿。イメージとしては木造パルテノン神殿(ただし規模は劣る)といった感じの、壁のない建物70年代解体修理復元工事をしており、建材は再利用しているものの建物自体は古くはない。しかし、中にのぼれるという魅力には抗しがたいものがある。また木造大鳥居も時代がついていていい。



C.甲斐本家階段喜多方

蔵座敷で有名な甲斐本家だけど、注目は売店のなかにある螺旋状の吊階段。彎曲した側桁が一枚で、しかも曲げたのではなく削り出したのだという贅沢なつくり。店主が話好きのおじさんで、面白い話が聞けた。



D.割烹田季野(会津若松

名物輪箱飯(わっぱめし)の元祖。値段は高いが当然のようにうまいカウンターの隣には、とある形をした黒塗りの木造が鎮座ましましている。珍妙なことに、その木造には色々な国の紙幣が貼ってあった。訊くと、賽銭感覚外国人観光客が貼っていったものらしい。ちなみに、2泊3日の旅行外国人を一人も見かけなかった。

2010-12-25

10・11月生まれはクリスマスベイビー!

クリスマスといえば性夜の夜。

サンタが空を飛んでプレゼントを配るのは、みんながズッコンバッコンしすぎて地震が起きるのを危惧してるからだというのは有名ですが、まあヤることヤったら出来るものも出来るわけです

そう、クリスマスベイビー。

妊娠してから出産まではだいたい10ヶ月。もしクリスマスやらかしたら、10〜11月には子供が生まれます

どうりで周りで10〜11月に生まれたやつが多いわけです。というか俺がそうじゃん。よかった、クリスマスが中止してなくて。まあ、その時期に生まれたからといってクリスマスが原因とは限らないわけだけど、親に聞くわけにはいかないわけです

「母さん、やっぱ俺ってクリスマスに出来たの?」

「違うわよ。大晦日カウントダウンで生まれたのよ」

なんて会話はしたくない。できない。


だが、よく考えたら恋人イベントは他にもたくさんある。


1月生まれ(3月着床)

ホワイトデーママンがホワイトプレゼントを注ぎ込まれて誕生

2月生まれ(4月着床)

お花見で飲んだ勢いか、春の異動で出会ったか、あるいはゴールデンウィークの小旅行中にゴールデンしちゃったか

3月生まれ(5月着床)

こどもの日だね」

「そうだな」

「私たちもこども欲しいね///」

「俺の息子ならいるぜっ!」

「アッー」

4月生まれ(6月着床)

ジューンブライドベイビー。初夜ですね、初夜

5〜6月生まれ(7〜8月着床)

夏の開放的な気分で、お股も解放

7〜9月生まれ(9〜11月着床)

イベントしいイベントもないし、今度はわたしの家にこない・・・?」

10〜11月生まれ(12〜1月着床)
12月生まれ(2月着床)

バレンタインは私を食べて!




ってわけですぶっちゃけ途中で飽きた。

で、実際の話。クリスマスベイビーは多いのかと思えば、そんなことは全然なかった。

よかった、クリスマスにだけやりまくってるリア充はいなかったんだ・・・。年中変わらんくらいやってるみたいですね。クリスマス中止なんて無駄やったんや!

2010-07-24

http://anond.hatelabo.jp/20100721212917

自分女子社員にガン無視されています。

9月の中ごろに紹介予定派遣で働き始めて、6ヶ月間のプロジェクトの後、本年の4月に正式採用されました。

入ったときのチームは50代の管理職男性上司と40代のプロジェクトリーダー、20代の若手社員、30代の自分と全員男性でした。

リーダー指導の下、プロジェクトは順調に進み、自分も正式採用となり大変嬉しく思っていました。

しかし、次に配属されたチームが問題でした。

こちらは管理職上司(前回と同じで色々と責任者を兼任している)と、30代の女性リーダー、20代の女性です。

リーダーをRさん、20台の女性をNさんとします。

プロジェクトと同じように成功させるるぞ!と意気込んで取り組んだんですが、女性陣の様子がおかしいのです。



自分挨拶すると、Rさんはガン無視、Nさんは顔を背けて会釈(ショックというより器用だなと思いました)

・打ち合わせのとき、自分が発言しようとするとRさんに「後でまとめてメールにしてください」と遮られる

自分席替えで来る前は、RさんとNさんはデスクで食事をしていたらしいが、外に行くようになった

・休憩から帰ってデスクに付くと、隣の席のRさんがこれ見よがしに席をはずす、たまに向かいのNさんもいなくなる

・狭めの通路があるんですが、鉢合わせになるとUターンされる(お互いが壁によれば普通にすれ違うことができる)



自分では前プロジェクトでは成果を出し、上司にはそれなりに評価されているので、なぜ無視されているのかさっぱり分かりませんでした。

もしかして知らないうちにセクハラしてしまったのではないか、自分女性経験があまりないので知らず知らず怒らせるような事を言ってしまったのではないかなどの考えが、頭の中でグルグルしていました。


ゴールデンウィーク中は悩みに悩んで、休みが明けたら上司相談しようと決心しました。



そして出勤日、上司は午後からの出勤だったので午前中は悶々と過ごしました。

悩みすぎたのか、腹の調子が悪くトイレの大の方にこもっていたときに、とんでもない事が起こりました。

ちょっと汚い話ですが、そのときは下痢便で臭いもきつかったので、トイレの換気扇だけでは不安で窓を開けました。

そうしたら人の声が聞こえる。自分が滅多に聞くことの無いRさんとNさんの話し声でした。

おそらく給湯室か女子トイレの窓が開いていたんだと思います。

そこで初めてなぜ自分が無視されているかを知りました。



・口が凄く臭い、話しかけられたくない

タバコ休憩が多くてむかつく、しかも戻ってきたときに凄く臭い

喫煙後にコーヒーを飲まれると吐きそう



避けられている理由が「くさい」、しかも吐くレベルとは、とてつもなくショックでした。

歯科検診でいつも歯槽膿漏一歩手前と注意されるけど、まだまだ大丈夫だと思っていました。

話の中で「なんで喫煙者コーヒー飲むと、ウ○チの臭いするんでしょうね~(笑)」と聞こえてきたときは、自分の口は今下からでているこの下痢便と同じ臭いなんだ思えて泣けてきました。

あまりのショックに個室でボーっとしてしまい、「ずっと個室が埋まっている」と心配した他の男性社員に救出されて、体調不良と言うことでその日は帰りました。



次の日は芳香剤が置いてあったらどうしよう(『ブラック企業に勤めてるんだが限界かもしれない』でそんなのありましたよね)とか、前のチームのみんなもきっと臭いと思っていたに違いないなどと、不安いっぱいで出勤できる状況ではなく、もう一日休ませてもらう事にしました。

歯科に飛び込んで口臭の相談をしたり、ネット電子タバコは臭わないかなど必死に調べたりして過ごしました(ここで禁煙できない自分が本当に嫌になります)。



それからは、極力タバコ休憩を減らす(1日5~6回から2回)、コーヒーは飲まない、口頭ではなくメールで済ませるなどの対応にしました。

相変わらず女性2人は冷たいですが、自分にも原因があるので、なんとかして口臭も関係も改善したいです。

業務内容や待遇には不満は無いので。


すいません、なんだか長くなってしまいました。


元の増田さんは、口臭大丈夫ですか?

女性の方が、臭いに敏感だと思いますよ。

2010-07-11

思いの記録、あるいは「仕事人生とどちらが大事なの?」

「言ってることは分かるけど、でも、君の人生のほうが大事なんだから、今は休むことを考えなさい」

と言われた。つまり、休職しろという通知。人事より。



仕事パフォーマンスが落ちているな、と感じ始めたのは1月くらいからだった。社内に吹き荒れるリストラの嵐。部下が、同僚が次々と去る。そんななか、俺は超重要案件を独りで回してるという理由でそのリストラ対象からはノーマークだった。ただ、頼りにしていた仲間たちが消えていくことで、自分が指示者ではなく、作業者を兼任することを余儀なくされていることは感じていた。まあ、いつもの俺ならそのくらいはなんとかなる、ハズだった。

2月。社内政治は混乱を極め、俺は作業も指示も出来ず、ひたすら社内政治の調整だけを行っていた。ただ、その時はそれがこの先の仕事の成功につながると信じていた。

3月。協力して仕事をしている部署が、まるごと別の会社にたたき売られることになった。頼りにしている担当者も、辞めた。その頃から、焦燥感が強くなっていた。

「このままだとヤバい。確実にこのプロジェクトは沈む」

その言葉だけが、脳裏をずっと飛び交っていた。

4月さようなら協力部署。これからは君たちとお金の話をしなくちゃいけなくなった。とたんに増えるファクター。代替となった担当者の不理解。焦燥感はより強くなる。そして、人間リストラが一段落したあと、プロジェクトリストラも始まった。超重要案件とはいえ、バジェットがでかい。あいつらはいったい何をやっているのか。説明を尽くした。もはや会社上層部の意向一つで潰せる案件ではなくなっていること。いや、潰せはするが、その後の代償はどれだけのものなのか。一応PMの地位にある俺ですら、全容は把握できなくなってきていた。

5月になる直前。α版ができた。だが、中身はボロボロだった。それは当然だ。これだけ引っ掻き回されて、手戻りが大きく発生している。かつ、エンジニアへのディレクション不足が祟って、一番難しい部分は、まるまるリストラクチャリングが必要な状況にあった。ゴールデンウィークの間、「先生」にお願いしてリファクタリング実施してもらうことになる。「先生」も俺もこの時点で体調はかなり良くない。そして、関係各所へこの「不完全なα版」について、謝り倒し、内情をぶっちゃけ、頼むからプロジェクトを潰さないようにお願いして回る。そんな日々が続いた。

6月。なんとか軌道修正をし、スケジュールを引き直し、俺は指示者と作業者の地位に戻ることができた。しかし、この時にはもう遅かったのかもしれない。

まず、焦燥感で眠ることができなくなった。元々睡眠導入剤を飲んでいたのだが、全く効かなくなる。仕方なく、若干のOD普通に頓服として処方されるギリギリの量くらいまでで抑えた。薬とは10年来の付き合いだから、そこらへんは分かっている。それでも眠れなかった日は、一度だけお休みをもらうことにした。どれだけ無理を言ってるのかは承知の上だ。

次に、記憶がこぼれていった。症状は2つ。

1つは「仕事中にした作業や指示のことを覚えていない」。割と致命的だが、そもそも鳥頭だった俺は行動を頻繁にログとしてテキストファイルに書き出したり、バージョン管理ツールログを細かく書くよう心がけていたりしたため「記録」としては残っていた。それでも、記録に残さなかったささいなことは全て消えているし、自分の中で「それをやった実感」が全くないのが恐ろしかった。

もう1つは「自分がどこにいるのか分からなくなる」。よく「私は誰? ここはどこ?」っていう記憶喪失ギャグがあるが、あれに近いだろうか。自分が誰だかは分かっている。俺は、おそらく俺だ。しかし、俺がここにいるのは何故だ? そしてここはどこなんだ? そういう瞬間が訪れる。要するに以前の文脈がぷつんと切れてしまった状態。ほとんどが交通機関に乗っている時に発生しており、しかも日常の往復での出来事だったので、ケータイGPSなどを使って必死に推測することでオオゴトにせずに済んだ。ただ、一度だけ徒歩での移動中に発生したことがあり、その時は途方に暮れた。同僚と一緒だったため、なんとなく付いて行くことでなんとかなったのだが。

友人のライブに行っても、温泉に行っても、あるいはデカいホールでのコンサートにいっても、考えることは一つ。「今のプロジェクトは、大丈夫だろうか。俺がここで稼働して、先生にここまでお願いして、若手にここは任せて…足りるか? 足らないようならここも俺がやるしかなくて…」無限ループ。しかも、恐らくだがその要件には「記憶の穴」が多数存在していて、きっと何か大事なことを忘れている。

7月退職を決意した。ただし、このプロジェクトが無事離陸するのを見届けてから倒れたい。そう上司希望を出した。だが、上司は俺のことをかなり過大評価しており、切り札として残しておきたい気満々らしい。

「こんなにぶっ壊れている人間を置いておく余裕、あるんですか? 使えるところまで無理やり使って、その後希望退職すればあと腐れないんですよ?」

ダメだ、ボクにはそういう判断はできない。若いんだから、まだ生きて欲しい」

意味がわからなかった。さらに

「このプロジェクトより、君の人生が大事だ。誰か代わりの人間に任せて、休むことは出来ないか」

とも言われた。理解ある上司の、建設的な提案だと思うだろうか。一見、そう見えるかも知れない。だが、俺の視点から見ると、これは違うのだ。

そもそもこの不況下、これだけのバジェットをかけたプロジェクトを潰すには「物理的に」腹を切る人間が必要。だが、その結果がでるのはもうちょっと先のことなのだ。今、俺がこの会社から去ると「物理的に」腹を切る人間がいなくなるのが、困るのだ。

そして、代わりの人間。二重の意味で、代わりの人間を調達するのは困難だ。このプロジェクトはそもそも作業者、指示者、企画営業、そして政治的調整の全てを俺が担当している案件である。作業者になるつもりはなかったのだが、人減らしの結果、そうなってしまったというのが正しい。これを全部やれ、というのは、俺のコピーロボットを作る程度で済むのかどうか。それよりなにより「物理的に」腹切りするべき人間が増えてしまうことを、俺は危惧している。

だからこそ、立ち上がるところまで見守り、上手くいかなかったことを持って腹切り退職。それが俺の願いであった。その道を塞がれたのだ。

そもそも俺は若くはない。アラフォーで体中が悲鳴を上げている。ここらが潮時だと思っていたのだが。

もう一つ。たとえ休職して復活しても、戻るべき部署はなくなっている。かなり強い確信を元に、俺はそう思っている。戻るべき部署のない俺を抱えるこのお人好しな会社はなんだ? …うん、お人好しな訳はない。俺はどう利用されようとしているのか。そこまで想像して、吐き気を催した。




だけど。俺は今やってるこの仕事が好きだ。天職だと思っている。俺にしかできないことをやっていると信じている。ただ、体も心も全く追いつかなくなっているだけで。このプロジェクトを立ち上げて死ぬなら、本望なんだ。でも、それは許されないことだという。

自分人生なんて、何があるわけでもない。親の面倒を診て、死んだら墓の手配をして、親戚の皆様に「申し訳ないですが独り身のもので」と謝り、日々の楽しみはアニメ漫画程度のもので、それもホントに面白いなんて思っているわけでもなく。どちらにしても、仕事をしている限りは自分人生なんていうものはないも同然だな、という諦めの気持ちを持っている。

そんな人生と、体を心をこれだけ傷めつけて、まあ概ね再起不能から死の方向へ行く仕事の仕上げ。どっちが大事かと言われれば、俺に取っては仕事のほうがいい、死ぬまで仕事をやらせてくれ、と言いたい。

そんなに人間の命なんて大事か? 俺みたいな壊れかけのbotみたいなのでも大事なのか? 誰にでもリア充のような人生が待っているわけではないんだよ。




それとは別に、残り僅かな体調を整えるために早朝出勤、定時退社している俺に陰口を叩く連中もいるわけで…。そうだね、君たちも過労死ラインを優に超えていることは知っているし、俺もそれを何とかしようとかけずりまわったさ。でも、これだけ人が減らされちゃ、無理だよな…。

どうしよう。どうしようもないか。DEAD END

2010-05-11

初めて風俗へ行ったことの話 4(完)

風俗レポート

http://anond.hatelabo.jp/20100507012152

http://anond.hatelabo.jp/20100508083611

http://anond.hatelabo.jp/20100509150510

の続きです、うげえ長くなりすぎた



立ち前戯を終えると

今度はベッドに横並びに座った

座って、女の子の膝をマッサージしたり

スカートをまさぐったり

パンツ越しに膣を撫でたりした

座ってる女の子の太ももの中に顔をうずめて

鼻先でパンツ越しに膣を攻撃したりした



僕が膣を刺激する度に

女の子は感じているような、

あえぎ声を出していた

もちろん、それが演技だと分かっていたけど

でも演技してくれてありがとう、と思った



その1ヶ月前

僕には同じ職場好きな人がいた

僕はその人に近づくだけで挙動不審になり

会話をすると全身から汗が吹き出て

要するに何も出来なかった

その子が職場を離れるお別れの最後の時

必死で、生まれて初めて「今度一緒に飲みに行こうか」と誘ってみたが、

相手は無言で、僕は苦笑いをした

一緒に飲むほど親しくなかったので、当然だった



その好きな人に似ていた女の子の、ベストを脱がせた

女の子バンザイをして、僕が上からベストを引っ張って脱がす

上半身シャツと首元の赤いリボンが残る

僕は早く中を見たくなって

リボンを外そうとしたが、うまく外せない

パチッと外す構造だが、初見では難しい

女の子リボンを取ってもらった

女の子シャツも脱いだ

ブラジャーは付けてなかった

小さな胸がはだける

僕は胸元に顔をうずめたり、乳首を舐めたりした

なんだか落ち着く

胸を揉んでみる

柔らかい



しばらく座ったままイチャついていたが

今度はスカートを脱がせて、寝ころばせた

お互いに脚を絡ませて密着させ、再度イチャイチャする

女の子は僕の身体をくすぐってくる

僕はくすぐりに弱いので、笑ってしまった



その後、女の子パンツを脱がせた

パイパンだったので、恥丘がよく分かった

理科で習った孔辺細胞みたいだ

とりあえず、恥丘をぷにぷにしてみた

そのたびに女の子はあえぎ声を出す

なんとなく陰毛があると三次元的で

パイパンだと二次元的な気がする

その中間にいるような気がした

膣は臭い、という意見をよく聞いて少し覚悟していたけど

全く無臭だった



お店の受付の人は言っていた

「優しくでしたら、指入れの方もしていただいて構いません」

僕は指を入れてみたくなった

このとき、爪が長いと女の子が痛がる、ということを

事前にネットで調べて知っていた

なので、僕は自宅で事前に爪を切っていた

爪を切りすぎて僕の方が痛いぐらいだった

女の子の膣は全く濡れていなかった

「これを使って」

と、ローションを取り出した

ローションを膣近辺に塗る

しばらく膣内に指を出し入れした



裸でしばらくじゃれ合った

女の子が僕の首筋や胸元をチロチロ舐めてきたり

そのたびに僕はくすぐったくて笑ったり

こちらが相手をくすぐったり

僕の男性器を、ハーモニカを吹くように、はむはむされたりした

手コキで寸止めされたりもした



女の子が、仰向けの僕の上にまたがって、

僕の性器の茎の部分に、女の子は上から自分の性器を押し付けつつ、僕の性器を手で包んだ

素股だった

僕は、僕の生の性器に、女の子の生の性器が

直に当てがわれてることに感動を覚えたが

同時に少し性病の心配をしていた

……素股行為で性病感染するんだっけ?

……コンドーム付けなくて大丈夫なのかな?

……いや、コンドームを付けなくても、

素股ならローションを付けてれば感染予防になるんだっけ?

(実際、素又やフェラ性病感染します、気を付けよう http://www.rakueden.com/archives/244



僕は性病感染の心配をしてはいたが

もうどうでもよくなってきて

また、もう手遅れでもあったので、

そのまま水を差さずに、そのことは忘れて、快感に溺れていた

女の子は性器を僕の性器にこすりつけ、いやらしい声を出していた

そのまま3分ぐらいだろうか?

僕はそろそろ我慢できず、発射しそうな予感がした

「出そう」

「いいよ、出して」

たくさん出た

体位からして、僕の精液は僕のお腹にかかった

女の子はティッシュを持ってきて、拭いてくれた



女の子は僕に聞いた

「どうする?しばらくこのままでいる?」

ベタベタしてるし、シャワーを浴びよっか」

「分かった」

ここで女の子は、机の上のタイマーを止めた

タイマー切るね。私、計算が苦手で」

タイマーは、まだ鳴っていなかった

タイマーの残り時間はよく覚えていない

「???????????」

僕は想定外のことをされると、弱かった

なぜタイマーを切ったんだろう?

計算が苦手って、どういう意味

僕は途端にキョドった

シャワー室が遠く感じる

理解力、会話力が低下する

今思えば、「シャワー中にタイマーが鳴らないようにしたんだろう」

または、「少し時間サービスして、次も指名を取ろうとしたんだろう」

と考えるのが妥当だろう

でも僕はそれに気がつかず、たじろいだ



たじろいでいたので、

シャワー室で何を話したかは覚えてない

精液がねっとりしていて、

それを洗い落とすのに手間がかかった



僕は先にシャワー室から出た

しばらくして、女の子も出てきた

女の子タイマーをセットした

女の子は、最初に着ていた私服に着替え始めた

「後ろ向いてようか?」

「いいよ、こっち向いて」

「すごくよかった」

「ありがとう」

「この仕事はどれぐらいやってるの?」

最近始めたばかりだよ、5日目ぐらい」

「…!(あの技量、そうは思えない。いや、僕の技量が無さすぎるから?)」

「怖くないの?」

「お客さんが?お店の人が?」

「どっちもだけど…お店の人はどうなの?」

「お店の人は私たちに対してとても丁寧だよ」

「へえ」

「丁寧すぎるぐらい」

ゴールデンウィークはどこか行った?」

「私はどこも。どっか行った?」

「僕は東京に来たのが旅行ライブがあって」

ライブって何の?」

相対性理論

「知らないなあ」

「その髪型いいよね、それ大好き」

「これ?」

「そうそれ、何て言ったっけ」

ぱっつん?」

「それかわいいよね」

「これ自分で切ってる」

自分で切ってるのかよ」……

適当に会話をする



女の子パンティーを折りたたんで紙袋に入れた

パンティー持ち帰りオプションがあったのを思い出した

「紙袋を用意してくれてるのww」

「さすがにそのまま持って帰れないでしょw

 電車ポロッと落とさないでくださいね!」

「ありがと」

パンティー持ち帰りをしてくれたのは、初めてです」

「そうなんだ…」

複雑な心境だった

冷静に考えると

パンツ持って帰るのって相当な変態じゃないか

って思った


女の子は出勤日を書いたカードをくれた

「悪いけど、めったに東京には来ない」

「そっか、次の…身体検査だっけ?」

「身体検査?」

ライブの」

「いや、相対性理論だけど」

「またライブ東京に来たときは、指名してください」



ゲーセンで取ったアルパカの縫いぐるみ女の子に渡した

喜んでるのか、喜んでるふりをしているのか分からないけど

喜んだ様子だった

そろそろタイマーゼロになる

楽しかった

鞄の中にしまっていた腕時計を見ると

18時25分だった

10分サービスしてくれた



ラブホテルを出た

女の子は別れの挨拶をしてお店に戻っていった

「僕はそのまま帰っていい?」

「帰って大丈夫です、またね」

僕はそのままトンカツ定食を食べて、地元へ帰った

残ったのは、出勤カードとあの日のパンティ



普段、女の子と接するときにキョドったりするけど

お金を払っていたので、ほとんど緊張しなかった

僕に価値が無くても、お金には価値があるから安心できた

満足したかと問われれば

満足した



心境の変化として

街を歩いてリア充カップルを見かけても、

そのカップルの女よりも、

確実に可愛い女の子といやらしいことをしたんだよな僕は

ということを考えると

「ある面で」優越感を感じたりすることになりました

もちろん、僕はお金で買っただけなんだけど

リア充にも「ある面で」限界があるんだな、と思うことになりました



これから先

僕が望むなら、死ぬまで

例えば毎月1回、風俗に行くことが出来る

数の論理市場原理

僕はネット検索するのが好きだから

そのたびに、僕の好みの女の子を見つけられると思う

その気になれば、死ぬまで、

かわいい子と遊び続けることが出来る

そういう選択もあるんだ、っていう

選択肢が増えた、視野が広がったのは良かった



以上、誰からも愛されたことが無い

僕の精一杯の悪あがきでした

長くなってしまいごめんなさい

来月も行こっと

2010-05-07

初めて風俗へ行ったことの話

ゴールデンウィークを使って新宿へ行った

とにかく僕はどうしようもなく、オタクであった

それは別に良いんだけど、重度のコミュ障・非コミュだったのは辛かった

他人を思いやる能力と、他人に興味を持つ能力の2つが、欠けているのだ



妄想だけは人一倍の面食いだった

彼女なんてできるはずもなく、友達もいない

好きなゲームゆめにっき

好きなアニメセイントオクトーバー

どこにでもいる26歳の童貞



どんなお店が良いのか、ネットカフェでしばらく情報収集した

新宿って街には初めて来たが、なるほど、秋葉原オタクの街で

神保町古書兜町金融新宿風俗なのか

山手線秋葉原の正反対に位置するのが新宿だった

たしかに正反対なのかもしれない



異様にロリっぽい風俗店発見した

ウェブで見ると、女の子の顔にはモザイクがかかっているが

ちらほらいる、モザイクのかかってない子は

とてつもなく可愛かった



まず、電話で予約をした

こういう事務的な会話・コミュニケーションには一切緊張しない

淡々とそつなくこなすことができる

これはありがたい

少しでも、アドリブ的要素、友好的要素、非事務的要素が出ると、

とたんに何を話せばいいか分からなくなって

相手の言ってることも理解できなくなるのだが



「はいお電話ありがとうございます、○○○です」

こんにちは女の子の予約をしたいのですが」

お客様は会員様ですか?それとも新規様ですか?」

「初めてです」

「どなたをご指名ですか?」

「ユメさんをお願いします、17時から一時間で」

「ありがとうございます、ただいまユメちゃんの確認をしますので暫くお待ちください」

「はい」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お待たせいたしました、17時から1時間でユメちゃん、ご予約可能です」

「ではお願いします」

「当店コースの方ございまして、A夜這いコース B痴漢コース C恋人コースとありますが」

「Cで」

「ではCコース承りました。オプションはどうなさいますか?」

「では4番の制服で」

かしこまりました、では17時の一時間前に、もう一度この番号へお電話いただけますか

 またその後、当店のご説明をさせていただきますので、30分前にはお店へお越しください」

「わかりました、失礼します」



お金無駄にしたくなかったので、顔出ししてる女の子を選んだのだ

それがユメだった

しかし、何千人という風俗女の子(顔出し)の中から

自分の好みだけでナンバーワンを決めて、その子を注文したのだ

ネット検索すれば、本当に何千人という数の女の子から、自分の好みの子を選び出せる

確率の問題であり、大数の法則市場原理感謝する

情報強者万歳インターネット万歳グーグル万歳



さて、1時間前に電話し、30分前にお店へ着いた

途中で別のお店の客引きに出くわした

客引きなんてしたら、そのお店の評判が下がるんじゃないだろうか、といらぬ心配をした



お店の受付で予約していた旨を伝えると、待合室に案内された

ここで僕はびっくりした

待合室には男が4人いたのだが、

みんな気持ち悪いのだ

なんというか、生理的に受け付けない人がそこにいた

全員がタバコを吸っていた

髪の毛がくしゃくしゃで、ホームレス競馬場にいそうなおっさんを掛けて平方根のような感じの人たちだ

そして、みんな高齢だった

全員が40代以上なのは確実だった

僕は20代である



異様な雰囲気だったが、お店の中には、アルバム帳が置いてあった

ネット検索したときにモザイクがかかっていた女の子の、

モザイクなしの写真をここで見ることが出来るのだ

アルバムをめくってみる

とてつもなくかわいい女の子ばっかりだった

面食いの僕が言うのだから間違いなかった

明らかに標準以上の女の子しか、「存在しない」のだ



これは僕には衝撃だった

僕は当初、風俗嬢というのは、キャバクラライクな矢島美容室みたいなのを想像してた

が、実際は図書館とか本屋が好きそうな女子高生、という感じだった

(もちろん、いかにもな感じの子もいるけど)



受付に呼ばれ、説明を受け、代金を支払う

明朗会計この上なかった

ネットカフェであらかじめ印刷しておいた、風俗情報サイトの割引券も使えた

全部で17000円



ホテルはこちらで手配してます」

すみません、このあたりの地理に疎くて、ホテルの場所とか分からなさそうなんですが」

「その点はご心配ありません、お店を出て5秒で着きます、ここをこういってください」

「近っ!」

「その際、この紙をお渡しいただければ、通常より安く入れます」

といって紙を渡される

そのラブホテルも、この風俗店経営してるんだろうか

なんだかパチンコ屋と、商品交換屋のような分離体制だ

そこはいろいろ事情があるんだろう




つづきあります

http://anond.hatelabo.jp/20100508083611

2010-05-02

尊敬してたのに冷めた。

自分は今どき、インタビュアーとかライターに憧れてるんだけど、

ネットで知り合った人の中に、フリーライターやってるって人がいることがわかって、

文章書く仕事がしたいって打ち明けて、いろいろ聞いてみた。

どんな仕事しているのかとか、何でこの仕事始たのか、

ライターやってて楽しい時は何か、つらいときは何かとか、

学生のうちにスキルアップでできることは何か……とかけっこう話した。二週間くらいだけど。

「本気でなりたいんなら、一度会ってみる?」とか聞かれて、

仕事の手伝いとかさせてもらえるかも、って思って誘いに乗った。

渋谷の待ち合わせ場所にきて、教えてもらった番号に電話したら、

年齢に不釣合いな、若いOLが着るような服を着た女の人がこっちに手を振ってきた。

独立してフリーになってから10年近くやってるっていってたから、

30代後半ぐらいなのかな、って思ってたけど、まぁ、そのくらいの年齢の人だった。

なんかオシャレなパスタ屋に連れてかれて、食事しながら、

何でインタビュアーになりたいのとか、そんな話を一時間ぐらいした。

店から出て、駅に歩いている時に「ネットと違って大人しいね」って言われたから「緊張してて……」って言ったら、

「緊張で身体固くなってんじゃない?柔らかくしてあげるよ」って言われて、抱きしめられた。

「近くに仕事場あるんだけど、見に来る?」って聞かれて、頷いたら、手を繋がれて連れてかれた。

てっきりオシャレなオフィスなのかと思ったら、なんだかボロいマンションで、狭い1Kだった。

部屋にはパソコンと、雑誌となんかのコピーっぽい書類がいっぱい入ってる本棚だけがあって、

床には、敷き布団だけが置いてあった。抱きしめられてキスされて、寝かされて、エッチした。

挿入の時、ゴムを、食事の時に持ってきていたバッグから、取り出した。

正確にはゴムじゃなくて箱を取り出して、箱をバリバリと破って、箱の中からゴムを取り出した。

「近くにきたら遊びに来てもいいよ」って言われたけど、ボロい仕事部屋と、箱を開ける動作に、なんか冷めた。

ゴールデンウィークは、夫と温泉旅行って言ってたけど、今ごろ温泉入っているのかな。

お前らゴールデンウィークになにしてんだ?

仕事とか言ってる時点でお前の人生負け組

彼女同棲しようとして行き詰まった

彼女と「一緒に暮らしたいね」なんて言ってるうちはまだ気楽でよかったんだけど、

とりあえず試しに部屋見に行ってみるかと不動産屋に行ったら、

ゴールデンウィーク中にいい物件はほとんど決まってしまうと言われたり

わりと気に入った物件が人気物件で早く契約しろと迫られたりで、

まあじっくり探せばいいよって今回は突っぱねれば良かったんだろうけど、

半分勢いで新居を契約してしまった。

 

問題は、彼女の父親にまだ何も話を通してなかったという事。

 

彼女は父親と折り合いがあまり良くなくて、

彼女が何か決めようとする度に父親が反対するという関係らしい。

進学の時も就職の時もそんな感じだったとか。

そういう事があったから、自分とつきあい始めたこともまだ言ってなかったし、

同棲するなら挨拶に行かなきゃだろうなとは思いつつも、

気が進まなくて「まあ、そのうち」と考えてた。

 

それが、予想が外れて引っ越しの話の方が先に出てきてしまった。

 

彼女実家に連絡したところ、母親の方は特に反対はされなかったが、

案の定父親には反対されたらしい。

中途半端な事をするくらいなら籍を入れろ」という感じ。

その後父親は母親と話して説得されたのか何なのか、

今度は「どうとでも好きにしろ、もうお前のことなんか知らん」

という感じで不機嫌になっているらしい。

 

彼女は今、自分と父親の間で板挟みでナーバスになっている。

 

どうしても父親に認められてからでないと同棲はできないということなら、

自分は、新居の契約は白紙にしてもいいと思ってる。

先に話をまとめないうちに性急に動いてしまったせいでこじれているのだから、

かかった費用勉強代だと思って諦めるしかない。

 

同棲は駄目で籍を入れてからならいいということなら、自分はそうしてもいいと思ってる。

戸籍にバツが付く事や、色々な手続きの面倒さ、あと慰謝料

そういった諸々さえ厭わなければ、今時離婚は珍しくないし。

しかし彼女自身はまだ結婚までは考えていなくて、

試用期間のような感じでまずは同棲してそれから判断したいという。

 

もう自分彼女も30近いいい歳なんだし、母親には反対されてないし、

父親には反対されてても言葉の上では「好きにしろ」と言われてるんだし、

その言葉通りに好きにしちゃってもいいんじゃね?と自分は思うけど、

そもそも彼女自身、同棲結婚をそれほど強くは望んでいない。

 

しまいには

自分なんて生まれてこなければ良かったのかな」とか、

「迷わずに籍を入れられるくらいに信頼しあってる関係じゃないと、

こういう話はしちゃいけないんじゃないかな」とか、

「こうなるのが面倒だから人と付き合うのは嫌だったんだ」とか、

そういう風にまで言うようになってしまっている。

 

できれば彼女同棲したいし結婚もしたい自分

究極的にはべつに結婚なんてしなくても生きていけると思っている彼女

彼女がどんな決断を下そうとも必ず反対して不機嫌になる彼女の父親。

行き詰まってしまった。

 

続き:http://anond.hatelabo.jp/20100504203536

2010-04-30

俺の株

今日前場で俺の持ち株が勃起上げしていた。いろいろと材料を吟味した末に連休持ち越しを決めといて本当に良かった。やっぱりゴールデンウィーク前は個人投資家の行動が読みやすいから、仕手様も仕掛けやすいんだな。さて連休あけたらぼちぼち様子を見て収穫しようかな。

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