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はてなキーワード: 荒木先生とは

2016-04-12

ジョジョ4部のアニメでなぜ仗助をタイムスリップさせてはダメなのか

タイムスリップ仗助説とは幼い日に仗助を助けたリーゼント男が実は未来から来た仗助自身だったという一部の人に信じられてる珍説です

http://anond.hatelabo.jp/20160408000358

 

お前のこだわりを押し付けんな

仗助タイムスリップ説は荒木先生によって明確に否定されています

荒木飛呂彦,北久保弘之対談

http://www.nicovideo.jp/watch/sm23997261 (12:45頃からリーゼント男について)

久保「4部ってかなり長い構成なんでしょ?」

荒 木「いや、全然構成とかしていないんですけど」

久保「ちらっとフリが有ったじゃないですか。仗助が過去自分に会うとか」

荒 木「ああ、あれは関係ないです」

久保関係ない!?」

荒 木「あれはただの仗助の思い出ですよ」

このように荒木先生リーゼント男が伏線などではなく単なる仗助の思い出だと断言しています

 

伏線だったけど回収を忘れたんじゃね?

そもそも、名もなき不良が何の見返りもなく子供を助けてクールに去ったからこそ良い話なのに

実は単に過去自分の命がヤバそうだったか必死になって助けただけで

自分勲章の学ランをためらいもなく車輪の下に敷いてズタズタにしたのも

あとでクレDで直せるからでしたなんて伏線は誰も得しません

 

アニメスタッフがそんなネタやるわけないだろ

もちろん、こんな原作者否定されている同人ネタ公式コンテンツがやる心配なんて普通はしないんですが

こんな原作者否定されている同人ネタ公式小説書に輸入した自称ジョジョ好き作家過去にいたんですよ

別にファン同人小説とかでタイムスリップ仗助ネタを書くとかなら全然かまわないのですが

公式コンテンツ原作者否定されている同人ネタ公式逆輸入とかやっちゃダメです

 

アニメ漫画と違って声とか出るので、原作者意向に沿ってちゃんリーゼント男と仗助がはっきり別人わかる描写がされると良いな

2016-04-08

http://anond.hatelabo.jp/20160408000358

昔の第3部OVAのオマケ対談で

久保監督「あれ未来の仗助ですよね? 伏線っすよね?」

荒木先生全然そんなことないです」

ってやりとりがあったので、少なくとも作者としては仗助のつもりで書いていないことは明らか。

2015-09-01

トレース警察だ!

例えばジョジョなんてトレースの嵐なわけだけど、荒木先生トレース警察に許されてるのはなんでなの?

佐野氏と一緒でジョジョが販売停止になるまで追い込めばいいのに。

結局「自分が好きか嫌いか」でしか動かないんだろうね、トレース警察の人たちは。

2013-05-12

http://animeanime.jp/article/2013/05/12/14022.html

結論から言うと、

アニメ漫画表現するのは不毛

アニメにはアニメ表現がある。

です。

先に言っておくけども、私はジョジョが好きです。

あの漫画ジョジョとして、1つのジャンル確立していると思っています

なんていうか、あのドドドドとかゴゴゴゴとかグッパオンとかの奇妙な擬音や、

コマを利用した絶妙な間なんかは、

2色で描かれた狭いコマの中で最高に生きるものだと思うんですよね。

で、アニメってアニメなりの表現てあると思うんですよね。

漫画でやっている表現をそのままトレースしてしてしまうと、

原作ファンの「ツボ」を刺激することはあっても、

漫画ストーリーというか、本当に伝えたいニュアンス

ストーリーシリアス感や空気感とは全くズレたノイズ視聴者に伝わってしまうのでは

いかと思うのです。

私が一番最初に感じたのは、

原作に対する敬意を履き違えてるな」

というものです。

しかしたら、荒木先生集英社がそうしろと言ったのかもしれませんけどね。

いちアニメ制作では難しいかもしれないけど、そういうものにNOといえるのが、

本当の原作愛なのではないかと思うのです。

2013-03-03

出版業界を嘆く

にしても、手っ取り早く売れそうなものははりきって出すのに、選集とか全集かいう売れそうにない話になるとみなそうっと抜き足差し足で逃げていくあの感じ。

それじゃあ、大発展の余地は生まれるはずがない。安全パイの中の小さな揺れがあるだけだ。「ワンピース」がそんなに人気なかったからって一巻で打ち切っていたら、「ジョジョの奇妙な冒険」が最初全然紙面になじまなかったからって第一部で終わっていたら、今頃集英社はどうなっていたのだろう?荒木先生東京に出てくるのを「リスクが高いからやめてください」なんて言っていたらどうなっちゃっていたの?

そんな手っ取り早くない判断&投資企業がしたから、今があるのかも…。











byよしもとばなな

2012-08-13

http://anond.hatelabo.jp/20120813004850

一方で「客観的な非がある」的な主張は論理的に論陣を張らなければ出来ないわけですが

あなたの話を聞いていくと結局「キモい」「自己チュー」という感覚的・感情的言葉帰着するので

あなたの主張は「感情的キモい」以上のものが出てきていません。

キモイ」は感覚なのは否定しないけど、そういえば「自己中」とか「身勝手」って非論理的な言葉か?

と思って辞書を引いてみた。そしたら謎が解けた。

み‐がって【身勝手

[名・形動]他人のことを考えず、自分の都合や利益だけを考えて行動すること。また、そのさまや、そのような態度。わがまま。「―な言い分」「―に行動する」

じこちゅうしん‐せい【自己中心性】

ピアジェの用語。乳幼児の思考様式の特徴で、事象自分立場あるいは一つの視点からしか分析認識できないこと。

これっていわば特徴の指摘であって、感情とか感覚とは別のものだよね。

私が気持ち悪いと感じるかどうかは、ある作品の自己中心的さとか身勝手さという特徴とは別のこと。

あなた

「私の感覚に合わない」以上のことを言いたいなら論理的な言葉を使ってください。

と書いておきながら、

ズラズラ非難の言葉だけを並べたてるのは「論理的」とは別のことです!

とか書いてるけど、まず他の表現を要求したのはあなただし、並べた言葉別に論理的な言葉ってわけじゃないんですけど。

あなたは身勝手ですね」というのは「あなたは私の権利侵害していますね」という意味じゃなくてあなた自分さえよければいい、他人のことは考えない人ですね」という意味ですよ。

あなたは専ら「身勝手」という言葉感情的・攻撃的な言葉のように扱ってるけど、それは普段あなたがそういう言葉で攻撃したりされたりしている(か、他人がそうやって攻撃し合っているのを見ている)が故の思い込みですから。「他人のことは考えない人だからこうやって私の権利侵害するような真似が出来るのですね」の略だからそれは。

そもそも「論理的」とはどういうことかってこと、あなた解ってないよね?

「この作品は男の内面を女の身体に語らせており、不当で不誠実で不正確でありかつそれに意図的に目をつぶろうとする身勝手自己中心性をそなえている。ゆえに批判から逃れられない」。AはB故にC。という主張に対して、それが論理的でないということを証明するためにはこの作品は不当でも不誠実でも不正確でもないしそれらに意図的に目をつぶってなどいないということを示さなきゃならないわけ。AはBでない故にCでない、という理屈

でもそのためには「この作品は男の内面を女の身体に語らせてなどいない」という証拠を出さなきゃならないわけだけど、あなた自分で「そこは間違いない、男の内面を女の身体に語らせている、女を被った喪男である」と認めちゃってる。だから、覆せない。はい論破。みたいな感じになってるんだよ今。

例えばイタリアに生まれ育ったイタリア人と言うだけで私達とは文化環境も全てが違います

彼等のイタリア人らしさと言うのはたまに「ナポリピザが食べたい」とか言い出すレベルしか実装されません。

殺し合いを日常にする犯罪組織の下部構成員の思考回路人生観なんてものも私達の理解や共感からは隔絶する筈です。

まり「読者が理解・共感できるから本物じゃない」っていう理屈なわけだよね。

その「本物」って何? って聞いてるんだけど。

例えばジョジョ5部のキャラヘタリアゴッドファーザーにでもより近ければ「本物」ってことになる?ならないでしょ。

実在のどんなイタリア人に近づけたとしても「本物」にはならない。何故か?

ジョジョ5部のキャラクタの「本物」は原作者でも典型的イタリア人像でもマフィアの実態でもなくて、ジョジョ5部のキャラクタ自身だからだよ。

あの人物像、あの性格設定、あの立場あの過去あの感じ方のキャラクタたちがあの状況に放り込まれたというのがジョジョ5部という物語であるわけ。

一方「私モテ」の「本物」は"智子"じゃなくて作者であり喪男だけどね。

そこがジョジョとは違って不誠実だし嘘と飛躍にまみれてるし、個人的な感覚としては薄汚い感じがするっていう人がいるのも解るんだな。

オリジナリティの有無とか架空性がどうこうとかの問題ですらない。コンセプトがうんこなの。

言葉ですが、すごく荒木飛呂彦っぽい思考のバリエーションに過ぎないと思います

モナリザの手がどうこうというのも荒木の関心の範疇です。

もし”リアル”に性的連続殺人犯を描くのであれば吉良のようにスマートな人物像にはなりません。

アンジェロみたいになるかもねw

私は絵面の話をしていましたよね。

作者の絵がかなり下手なのでわかりにくいですが、目をグリグリと大きく描いていて

これは「可愛い女の子」として描いていると思います

絵面の話としてもかわいくはないよ。「積極的に嫌われはしない最低限の程度の容姿女の子」として描いてるだけだよ。

表情もかわいくないし言動もキモいしw

かわいいのはもこっちの同級のリア充かいいにおいがするタイプ女の子でしょ。

こういうレベル必然性でいいなら『私モテ』について私がでっちあげましょう。

『私モテ』の主人公女性です。

なぜ『女性』なのか?そこの所なのだ問題は。

コミュ障オタクなのだから友達ゼロでも通学を続けるタフさが必要だ。

時には便所飯する可能性もあるし、

一人で声優イベントに出かけて気持ち悪い妄想にふけるかもしれない。

女性にはちょっとキツイ設定だ。

でもそのギャップが逆に考えてみるとおもしろいかもと思った。

しか女子高生のような、世間ステータスとしてはモテてもいい筈の人。

主人公女性しかないと思った。

なんて。

から、その「面白い」は「男がやるより女がやったほうがいいという面白さ」でしょ。

「男がやるのと女がやるのとでは描き出せるものが全く違う、女でしか描けない面白さ」っていう6部のそれと違うでしょ。

しかもその言に則ると私が実際に書いた「見苦しくないとかカワイイとか萌えるかい面白さ」より悪質だよね。

「女がやった方が見苦しいしキモチワルイしみっともないという面白さ」だよねあなたが提示してるのは。

それは喪男見苦しさキモさみっともなさからくる面白さなのに、何で女にさせてるの?

っていうあたりで大元増田ループする。

そしてそういう女をないがしろにして成立してる描き方は不当だし不快を誘ってもしょうがないので叩かれてしまうのよ、と繋がる。

・お言葉ですが、「女ではハードルが高い」みたいな弱さは6部の女性キャラにはあまり描かれてないと思います

・「ギャップ」「聖母マリアのような大きな人間愛」という女性イメージはそれこそベタで広義な萌えしかいかと。

JOJOと『私モテ』はむしろ例外的に変な共通点に満ちており、『私モテ』と異なる作品や作家もっとごまんとあったと思います

JOJOの話をしてるとJOJOについての見解の差まで話題に混入してきて論点が遠ざかる一方な気もします。

刑務所ブチ込まれてすぐの徐倫の翻弄されっぷりがその「弱さ」の描写です。まー登場早々例の発言だし1部ヒロインみたいな超おしとやかなお嬢さんの弱さほどは判りやすくないかもだけど。

・語義広げすぎ。コアで狭義な「萌え」がメインの作品を正当化するためにわざわざそんな無理矢理共通点作らなくていいですから

ジョジョネタ混ぜたのは私だがわざわざそれを拾って広げたのはあなたです。

漫画を描く上で必要なのはリアリティだって有名漫画家が言ってた。

そら荒木先生の話だと思います

・じゃあジョジョはこれで打ち止めとしとこうか。ジョジョ絡めてるくだりにはもう反論とか要らないからね。

「お前のこの部分の論じ方は詭弁です」という風に書いてくれないと

どこについて異議があるのかわかりません。

自分で書いたことくらい覚えとけw行き当たりばったりでいい加減なことばっかり言わないでくださーい。

萌えるように売れるようにするのが「超いい加減」であれば

世の中は「超いい加減」な作品で満ち溢れています

「満ち溢れているから私モテ正当化される」って言いたいみたいだけどそれ詭弁だよね。



あなたが「叩かれて当然」と力説することと、あなたが気に入らないと言うことは、実際問題イコールになっていると思います

いやいやいやいやwwその理屈おかしい。

まず、私があるものを叩かれて当然と判断するか否かと私がそれを気に入っているかどうかはイコールではない。気に入っているものを叩かれたらイヤな気分がするし気に入らないものを叩いてる人間には加勢したくなるかもしれないが、その感情的プラマイ叩きの土台にある批判の論理正当性保証しない。

「気に入っているものを批判されたのでその批判は不当」とか「気に入らないものを批判しているのでその批判は当然」という理屈ではないわけ。

そして、そもそも私はい意見を述べただけで力説はしてないしw、私が気に入る気に入らないの表明はしていない。

それを

あなたが「叩かれて当然」と力説することと、あなたが気に入らないと言うこと

という風に表現ちゃうっていうのはあなたが思いこみが激しくてちゃんと文章が読めていないからだよ。

っていうか、マジ何でそういう理屈が浮かぶの?自分が普段そういう考え方でモノ考えてるからつい他人にも敷衍して考えちゃうの?

それで結局、『私モテ』の話ではなくオタク向けコンテンツ全般の話にするんですか?

それで結局、『私モテ』の話ではなくオタク向けコンテンツ全般の話にしたいわけね?w

あなたは結局、『私モテ』が何故欠陥品であるかについては「感じ取れ」というスタンスです。

ですがあなたの感じ方を共有出来る人間は限られていて、そうでない人間がたくさんいます

そのような”他人”に広く物事を説明する手段が論理です。

違うよ。でも詳細はもう冒頭で述べたし大体いいよね。

論理は他人に物事を説明する手段じゃなくて思考の妥当性が保証される法則や形式のことだよ。

説明する手段として使えるとしたら、それは論理が思考の妥当性を保証する法則や形式に則っているからだよ。

そして元増田記事は則っているし、わたしの主張も今のところ則っている。

あなたが受け入れられないでいるだけなんだよ。

何度あなたに「論理を聞かせてください」と言っても

「明らかに不当、不誠実、間違ってる、何故わからない」みたいな論理性0の返答が返ってきたのは

自分の感じ方を強い言葉で繰り返すことが「論理であるあなたが誤解をしてたからです。

違うよ。あなたが不当とか不誠実とかの表現を非論理的な言葉だと誤解しているからだよ。

不当とか不誠実ということばは「男の内面女子高生の肉体に語らせている作品である、だから不当である」という用い方をされていれば十二分に論理的なんだよ。

あなたが目をつぶっているだけだよ。

何故そんな無意味な嘘を付くのかわかりません。

だってそこのところにこだわりがあるみたいだったからねw

から十まで全部私のトラバなんだってお墨付きがあった方が心地よくやりとりできるでしょ?

「ないがしろにする」の意味は不明なままでした。

読むところが違うのであれば具体的に抜書きで提示してください。

例は「大人をないがしろにする」っていうヤツだけど。

大人をないがしろにするっていうのは例えば、「この局面でこんな言動する大人いねーよ!」という大人を出すという事だ。

こんなに簡潔に書いてあるのに見逃すとか、見たくないもの見なさすぎでしょw

あなたが今肯定した論理であれば「基本ファッション雑誌なので」なんてことは言い訳にならないはずです。

CanCamは20代前半女性以外をないがしろにしてはいけないので、

中高年のおじさんが読んでも幼稚園児が読んでも有意義情報摂取できる誌面づくりを心がけるべきですよね。

有意義情報摂取できる」っていうレベルは要求が高すぎ。「有害情報は掲載しない」程度が妥当かな。

で、心掛けてるかはともかくまあまあそう出来てるかな、という意味で「すべて女性向けで不当っていう感じでもない」と位置付けたの。「つーかananのがひどいので例として適当」というのが本題なので、そこと繋げるためにね。

cancamの紙面構成は広告で4割、ファッションスナップスタイリング例で5割(逆かもわからんが)、読者ページが1割ってところだよね。有害な可能性が最も高いのは読者ページで、理想の男像とか男はこんな女が好みとかが結構偏ってる可能性があるのでNG。

…くらいまで書いて気がついたけどごめんアレだMoreとかnon-no勘違いしてた。ちょっとcancamのくだり全面的に撤回するわ。映画館が不当って話だけにしてちょ。

この基準に従えば確かに

『私モテ』はたくさんの人をないがしろにしていますね。

ただ、私はこの基準には不賛成です。

これを適用すると無傷で済む人や人工物はこの世に存在しなくなり、

結局無意味化するアホらしい基準だと思います

あなたが賛成か不賛成かはこの基準が論理的に適当か不適当かを意味しないです。

感じ方は否定しないけどそれで反論になってると思ってるならそれこそ無意味だよん。

1.女性向け雑誌女性向けの誌面を作って男性を読者層から除外するのが男性への攻撃だとは思えません。

2.男性女性向け雑誌を読んで、「つまらなかった」「買って損した」と感じるのはおかしくないと思います

3.ただ、それでその女性誌の悪口を言ったり、編集部に苦情の電話を入れ始めたら、頭がおかしいと思います

そうかあ

例えば一時期の○○男子叩きは著しいものがあったでしょ。眼鏡だの理系だの肉食草食だの。今でもイヤだと思ってる人結構いる気がする。

あれは男性へのレッテル貼りが不当だったか男性不快を誘って批判に至ったわけでしょ。

同じ事だよ。

あなたが楽しく笑ってるようには到底思えません。

無意味なやりとりはやめましょう。

まあぶっちゃけちゃうと、これまでのところ「(失笑)」って感じだからねえw

もうちょっと面白いこととか鋭い指摘とかしてくれればいいのに、滑ってばっかりなんだもん。

思い返せば作品に関する事実はいくらも語られて居ないんですよね。

作品について「これはもてない女性ではなくコミュ障オタク男性だ」と指摘したのは私で、あなた同意していると思います

いいえ同意してません。「これはもてない女性ではなくコミュ障オタク男性だ」と指摘したのは大元増田記事です。あなたじゃないです。

あなたの「奇形的だ」という指摘には私は賛成しました。

あなたの「嘘がある」「飛躍がある」という指摘に私は賛成しました。

作品についての指摘・認識あなたと私はほとんど一致してるんですよね。

ただそこから展開する、

「非である」「描き直せ」的な主張はなんでそうなるのか論理的な説明が無いのでわかりません。

作品についての指摘・認識は私とあなたほとんど一致していませんよ。

まず「描き直せ」とは誰も言っていません。あなたは私の批判をそういう方向の攻撃として捉えているわけですねw

描き直しは別に求めていません。「そういう描き方をしている限り叩かれるのは必至だよね」と言っているだけです。

「非である」という批判が生じることをあなたが理解できない理由は簡単です。

私が再三言っているこの作品の自己中心性とか身勝手さとか不当さについて、あなたは用語レベルで誤解していましたしスルーを決め込んできたからです。

「嘘」「飛躍」の有無や奇形性はその自己中心性や身勝手さや不当さの論拠であるというのに、なんでそこが認められないんですかねー。という感じです。

何故そう不毛なところで必死になるのか理解に苦しみます

力を入れるところが間違っている気がします。

えっ何?当たってた?当たってた?ww

だってすごい解り易いんだもんwww

あっごめんねwwこんなに笑ってるとまた傷ついちゃうよねww

2012-08-10

http://anond.hatelabo.jp/20120810163210

あなたの「何故女の子にしたのか」って質問

私が「その方が売れるからでは」って回答した

っていうやり取りだと認識してます

どこに批判があったんですか。

このやり取り以外で十分叩かれてるところ。

売れるから~っていうだけじゃ喪女で売り出すことの正当化にならないと思う。

そら荒木先生の話だと思いますが、

それはディテール妥協するなと言う話ですよ…。

違うよ岸辺露伴台詞だよ。荒木飛呂彦は確か大事なのは想像力って言ってた。

それはともかく、ディテールをちゃんと見てたらもこっちみたいなキャラクタ存在しえなかったのは確かだよね。

普通「もてない女」を想像してもこっちには行きつかないもん。

適切な処置が施された「欝」、致死量にならない「痛さ」ですね。

からみんななんだかんだ言いながら楽しそうに読んで語ってます

総合スレあるみたいだけど、主人公が攻撃的すぎて好きになれないとか、初期はともかく最近ダメかいろいろ言われてるみたい。「楽しそう」にもあんまり見えない。

というか、なんか普通萌えマンガみたいな受け取り方してるのあなたくらいじゃない?

ちょっと気味悪いw

問題があるのは内面だけ。

本当は上手くやれるのに!ヤキモキ!みたいな。

本当も何も、現に上手くやれてないじゃん。そりゃ内面に問題があればね…

http://anond.hatelabo.jp/20120810161242

でも売れれば何をしてもいいってものじゃないし、批判はしょうがないんじゃないかな。

批判なんですか?

あなたの「何故女の子にしたのか」って質問

私が「その方が売れるからでは」って回答した

っていうやり取りだと認識してます

どこに批判があったんですか。


批判なら批判点を直接的に書いてもらうほうがいいと思います

今のところ、「売れる為に主人公女の子にすること」が

どういう批判に晒されているのかよくわかりません。

漫画を描く上で必要なのはリアリティだって有名漫画家が言ってた。

そら荒木先生の話だと思いますが、

それはディテール妥協するなと言う話ですよ…。

嘘や空想や置き換え設定は荒木作品にもたくさん入ってます

現状のあなたの異議は「なんでJOJOイギリス人にするんだ」みたいなレベルです。

引用されたスレで「鬱漫画」で通ってたし、痛々しさを描いていて

適切な処置が施された「欝」、致死量にならない「痛さ」ですね。

からみんななんだかんだ言いながら楽しそうに読んで語ってます

華やかな友達嫉妬したりしてて全然かわいい女の子キャラじゃないと思う。

かわいいですよ。

かなり絵が下手ですが、眼をパッチリ大きく描いて、問題があるのは内面だけ。

本当は上手くやれるのに!ヤキモキ!みたいな。

むしろアナタが読んでるのは「私モテ」じゃないんじゃないかな。

というかあなたが何を言いたいのか、何について異議申し立てをしたいのかわからなくなりました。

言いたいことは直接的に書いてください。

2009-06-10

くぱぁ」について、妄想を膨らませてみた。

くぱぁ」って何なんだろうか。

はてなキーワードの説明だと、『「くぱぁ」とは、主にエロマンガ女性器を拡げた時に用いられる擬音』だとされている。

http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A4%AF%A4%D1%A4%A1

くぱぁ」・・・何「くぱぁ」って。

気になって仕方無かったので、妄想を交えつつ、テキトーに考えてみた。

(以下の文章は、面倒くさいのでネットで調べることもせず、思いつきで書いてます。増田のすることですんで、勘弁してやってください。)

擬音を、おおまかに分類すると、2つのパターンがあるんじゃないか、と思う。

(1)実際に発生している音に近づけるように、音を参考にして作る場合

(2)実際に発生している音とは別個に、独立して作る場合

とりあえず、この2つ。

まず、(1)実際に発した音を参考にして作るパターン

実際に発生した音を耳で聴き、それに近いと感じるカタカナを当てはめて作ってるっぽいやつだ。

たとえば、マウスクリックするときに発する音は、「カチッ」という擬音で表現したりする。

マウスクリックしたとき、本当にカチッという音がしているか、と聞かれると、微妙な気もするけれど、そう聞こえないこともない。

「カチッ」=「クリックする際に発する音を表す擬音」だというのは、たいていの日本人にとって、違和感を感じないのではないか。

馴染むというか、何というか。しっくりくる擬音なんじゃないかと思う。

・・・でも、女性器を拡げても、たぶん「くぱぁ」なんて音はしない。

くぱぁ」は、(2)の実際に発した音とは別個・独立して作っているパターンの擬音なんだと思う。

実際に発生している音とは、直接的な関係なしに、擬音を創作するパターンは、意外と多い気がする。

怒っている状態を「プンプン」などと表現したりするが、怒っている人は別にプンプンと音を発したりはしていない。

でも、怒っている状態を表す擬音として、プンプンを当てはめることに、何となく納得してしまう。

こういう擬音は、たぶん、日々の生活で、人と会話し、文書を読んだりTVを見たりして、繰り返し触れているうちに、いつの間にか、体に馴染み、腑に落ちるようになっているのだろう。

言語感覚として身に付いている、とでも言うべきか。

この(2)のパターンの擬音は、最初に、誰かが創作しているはずだ。

(1)のパターンの擬音も、誰かが最初に言い出したことに違いはないのだろうが、たぶんその人が言い出さなくても、いずれ生まれたんじゃなかろうか。

同じ言語を用いる地域内においては、実際に発している音は、みな、同じように聞こえるはずだから。

でも(2)のパターンの擬音は、そうはいかない。

音が実際に発しているわけではないのだから。

きっと、従来の擬音では表現しきれない感覚・思いを、誰かに伝えたくて、創作者が知恵を振り絞って生み出したものなのだと思う。

(2)のパターンの擬音は、実際に発する音とは、直接の関係なく生み出されるものであるとしても、既存の言語感覚とは無縁ではいられない。

社会で共有されている言語感覚と、まったく無縁の擬音を創作した場合、受け手にとって理解するための取っ掛かりがない。

TVのCMのように、繰り返し浴びせる手段があるなら、そのうち新しい擬音に馴染んでくれるかもしれないが・・・。

継続的に情報を刷り込むような媒体でない場合(小説漫画などの場合)、一回で意味を理解させなければならない。

瞬間的に意味を理解するためには、従来の言語との連続性・類似性が必要なのだ。

擬音がどんな行為・状態を指すものなのか、理解されなければ、共感されようがない。

(2)のパターンの擬音は、自己感覚・思いを他人に伝えるために生み出したものである、と先に書いた。

共感を生まない擬音は、この役割を果たさないものであり、ただの独りよがり、無意味存在でしかないだろう。

(あまりに奇異な擬音の場合、2ch等のネット上で叩かれ、注目の的になり、逆に広まったりすることはあるかもしれないが・・・。)

擬音の創作、と書いて思い出したのが、手塚治虫氏の例だ。

手塚治虫氏が、静寂を表す擬音として「シーン」を創作した話は、有名な話だと思う。

そもそも、静寂とは、限りなく音のない状態なのだから、その状態を示す擬音を作れと言っても無茶とも思われる。

それでも、漫画表現の新境地を切り開くべく、知恵を振り絞って生み出したのが、「シーン」なんだろう。

「シーン」も、まったくの思いつきで作られたものではなく、周到に、当時存在していた言語感覚を踏まえて作られたものだと考えられる。

静寂、つまり外部が限りなく無音に近い状態の場合、人間の耳は、体内の音を拾うらしい。

そのとき人は、耳鳴りに類する音を感じるようだ。

耳鳴り」は擬音としては、「キーン」などと表現されることが多い。

「シーン」という擬音は、この「キーン」との類似性を利用して、限りなく音のない状態を感じさせるために、作られたんだろう。

なんか、そういう話だった気がする(うろ覚えだけど)。

散々グダグダ書いてきたが、それでは、「くぱぁ」は、どうやって作られた擬音なのだろうか。

思うに、これは3つの段階を経て、形成された擬音なのではないかと思う。

【第1段階~反対語のイメージ利用~】

食べ物を口に入れ、「閉じる」ときの擬音として、「ぱくっ」「ぱくぱく」などがある。

逆に、「開く」動作の擬音として、「ぱかっ」、開いた状態の擬音として「ぱっくり」などがある。

だから、女性器を拡げる動作、拡げた状態を示す擬音として「ぱかっ」「ぱっくり」を用いることも可能である。

(現に、「ぱっくり」という擬音は、エロマンガその他小説等においても、時折使われている。)

しかし、「ぱかっ」では、女性器を拡げる動作、拡げた状態を示す擬音としては、軽すぎる。

どうにも、乾いた響きしかしない。

一部分、というより、足全体を拡げるときに使うほうが、しっくりくるだろう。

「ぱかっ」は、「粘着質な液体により接着された状態のものを開く」擬音としては、物足りない、どうにも力不足なのだ。

だから、新しい擬音を生み出す必要がある。この際、既に社会に浸透している擬音との類似性・連続性を利用しない手はない。

「ぱくっ」「ぱくぱく」「ぱかっ」「ぱっくり」など、メジャーな擬音のイメージが利用できるなら、するべきだろう。

「ぱくっ」は「閉じる」動作を示す擬音である。

「開く」のは「閉じる」の反対の行為だから、「ぱくっ」をひっくり返して「っくぱ」とすれば、開く動作を想起させる擬音として使えるかもしれない。

しかし、最初に小さい「っ」を持ってくるのは、発音しづらいく、擬音としておかしい。

小さい「っ」は、通常の擬音と同様、一番最後に持ってくるべきだろう。

だから、ここでは「くぱっ」となる。


【第2段階~語尾の変更~】

さて、その1の作業で、まず「くぱっ」という擬音ができた。

小さな「っ」が最後に来ると、小気味よいリズムが生まれる。

動作として素早い感じ、そんなイメージを持つ方が多いはずだ。

「くぱっ」でも、女性器を拡げる擬音として、用いることは可能だ。

だが、その用途は非常に限定されたものになるだろう(・・・勢いよく拡げるときとかだろうか)。

冷静に考えてみてほしい。

素早く開くなんて、如何にも味気ないのではなかろうか。

著名な仏閣の御開帳だって、数百年に一度だったりするではないか。

勿体ぶって、じっくりゆっくり開くべきだろう。

求められているのは、「粘着質な液体により接着された状態のものを開く」擬音なのだ。

そこで、「っ」の代わりに、「ぁ」である。

くぱぁ

柔らかくてゆっくりした、緩慢な動作・状態を感じとってもらえるのではないだろうか。

まぁ、なんで「ぁ」だとこういう感じになるのかは、説明しづらいのだけれども。

(段々、考えるのが面倒くさくなってきた)


【第3段階~ひらがな・カタカナの選択~】

もう、その2の段階で、「くぱぁ」は完成してしまった。

なので、その3は確認作業でしかないのだが、念のため一緒に確認してほしい。

日本語で擬音を表す場合、表記の方法として、2つの方法がある。

そう、「ひらがな」と「カタカナ」の2つだ。

擬音に込めた感覚・思いを、より正確に他者に伝えるには、「カタカナ」を用いた方がいい場面もある。

カタカナは、直線的であり、鋭角的である。

・ひらがなは、曲線的であり、鈍角的である。

この文字を構成する線の形状の違いから、ひらがな・カタカナ自体に、一定のイメージが生まれる。

たとえば、スピード感、緊迫感、硬度、強調を伝えたいときは、カタカナで擬音を表記した方が、適正なはずだ。

だが、今回のテーマくぱぁ」は、上のようなスピード感等を伝えたいわけではない。

一応、試しに表記しておこう。

・「クパァ」 ・・・やっぱなんか違う。

・「くぱぁ」 ・・・やっぱ、こっちのほうがしっくりくる気がする。

そんなわけで、「くぱぁ」完成。


今回「くぱぁ」について考えたことのまとめ。

くぱぁ」は、「反対語」の持つイメージを利用し、より感覚に近い「語尾」を選びつつ、「ひらがな」の特性を活かした、発明と評しても良いほど、優れた擬音なんじゃなかろうか。

・・・んなこたぁないか。

もしここまで読んでくれた方がいましたら、長文読ませて、すんませんでした。

6月10日追記】

意外に読んでくれた人が多いようで、・・・ありがとうございました。

TBで指摘されていた「擬態語擬声語オノマトペあたりを使えば前半の説明が楽になりそう」ってのは、まったくもってその通りだと思います。

その通りだとは思うんですが・・・。

そうすると、擬音語擬態語に区分する際に、「くぱぁ」を「擬態語」に分類せねばならなくなってしまう気がするんです。

う~ん・・・、上手く表現できないんですが。

何ていうか、「くぱぁ」は「擬態語」ではなく、あくまでも「擬音語」として扱いたかったんです。

先ほど見た、はてブコメントで、『「「くぱぁ」なんて音はしないとは、さては童貞だなっ』というのがありました。

これって、凄く重要な指摘なんだと思います。

童貞かどうかはさておき、「女性器を拡げ」たら「くぱぁ」という音がする、

醒めた頭で考えれば、これは一種の「ファンタジー」です。

クリスマスには、サンタさんが来てくれる。」

そう信じる子どもに、「サンタは来ないぞ」と告げ、ファンタジーを否定することはないんじゃないでしょうか。

時には、ファンタジーファンタジーのまま、留めておくということも必要ではないかと。

・・・やっぱり上手く表現できませんね。

自分で「くぱぁ」なんて音はしないと書いておきながら、擬音語として扱いたいとか、何が言いたいのやら。

自分でもわかりません。

他にもTBで、『その理屈で「ドッギャーン」とか説明できるんかいな。』 とありました。

荒木先生がどのように考えてドッギャーンを生み出したか。

その生成過程は、私などの知見の及ぶ領域ではありません。

ゆえに、説明は難しい、と思います。

あえて、妄想を膨らませてみるならば、こんな感じでしょうか。

「ドッギャーン」は、たぶん、爆発音を示す擬音語の「ドッカーン」、人の悲鳴を示す擬音語の「ギャー」を組み合わせて作った擬音語

まず、爆発音に対して、生物は、自己の身体を守るため、強い反応を示すだろう。

また、人の悲鳴に対して、人間は、自己の身体を守るため、強い関心を抱くはずだ。

創作者は、こうした本能に訴えかける場面を想像させる擬音語を、重ねて使用することにより、読者に、強烈な印象を与えたかったのではないか。

くぱぁ」が出来るまでを妄想した、3つの段階に照らし合わせると・・・

(1)既存の擬音語2つを、その擬音語が持つイメージを利用するために掛け合わせる。とりあえず「ドッカーン+ギャー」。

(2)音声化した際に、一番伝えたい感覚・思いに近いように、言葉並べ替える。この場合「-」のところが重なるようにするのが一番違和感がないはずだ。そうすると、「ドッギャーン」が出来る。

(3)この場合、強い衝撃を表現したいのだから、表記はカタカナのまま。

こんな感じに、似たような理屈で説明・・・できてるのかなぁ。

2008-06-29

折伏

自分が悪だと気付いていない奴が最もドス黒い悪だそうです。

荒木先生がそう仰っていました。

以前、聖教新聞の投稿記事で「私の誇りは折伏をたくさんしてきたことです」って書いてるのを見た。

これがドス黒い悪の正体ではないだろうか。

2008-06-25

ジョジョ3部で持ちたいスタンド

イエローテンパランスは最強なんじゃないか、って思ってる。

時を止めるのも実用的。

霧や炎を扱うのもいい。

車ってのも悪くない。

でも、でも、いつも思い描くのはエンペラー

右手を伸ばすと、そこに現れる銃身。

細身の煙草をくわえ、軽く後ろ重心で。

銃。あの銃がほしい。

いつだって僕は、エンペラーに憧れる。

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伊豆の踊り子イラスト荒木先生が手がけたって記事を読んだら、つい。。。

2008-05-22

http://sankei.jp.msn.com/world/mideast/080522/mds0805220813001-n1.htm

これで荒木先生に抹殺指令が下されたら・・・・

ガクガク(((( ;゜Д゜))))

2008-03-17

しょこたんって一部のオタ女子にはつくづく理想的なポジションにいる

と思う。

あくまで「一部の」だけど。

多分コスプレイヤーなんかの層にそれは多いと思う。(無論私も含まれている)

そもそもオタ女子ってのは基本的にコンプレックスがある場合が多い。一般女子に対しての。

これは一部というより大方がそうであると思う(今中学生の人とかは知らんけど)。敢えてそういわせてもらう。

それはまあ単純に、中学辺りでオタいマネをしてpgrされたり、いわゆるスクールカーストの底辺にいたりしたからというのが大きい。

そのコンプから、反発して、「チャラチャラ男受け狙った格好pgrwwwww」「流行に乗ってりゃいいとかダサwwwwww」という嘲笑・見下しへ流れ出すことが多い(そして後に一般女子より一段階遅れて高校あるいは大学生でオシャレ等にようやく目覚めたりする)。そして基本的に自意識過剰自己顕示欲が強い為、同い年の子よりも一層「人と違う私」に酔おうとする。そのため、「女なのに○○」などに流れ出す。そこから派生し男っぽいものを敢えて好んだりする(といっても、「わざわざいやいや」そうしているというわけでもまたなく、実際そういうのが好きというのもありつつ、事情は複雑なのだが)。

そして高校生くらいになると、その頃には既にオタ友達が皆そういう風なため、今度は逆に「女の子っぽさ」を自分のアイデンティティに付け加えるようになる(女の子らしくない要素はもちろん持った上で)。そうすることで今度は「オタクだけど女子としても普通に魅力的な自分」を作り出しその事によって差異化を測ろうとする。

そんなこんなをしているうちに大概は大学生くらいになると落ち着く。(もとからその境地に落ち着いている人も無論たくさんいる)

あるいはそれでも落ち着ききらない人たちは秋葉原あるいはコミケコスプレしたりして刹那の注目を集めてみたりするのだが。

要するに、「人と違う私、普通女の子が好まないようなものを好んでしまう私、でもそれでいて可愛くて女子として一般の女子と比べても全然魅力的な私」を、公が認めてくれていて、且つ、それを仕事にしている「しょこたん」は、おそらく一部のオタ女子にとって超超理想的ポジションなのである。彼女が、秋葉原地下アイドル出身とかじゃなく、真っ当に(?)ミスマガジンだかなんだか出身のグラドルであるということも大きい。あくまで「普通に可愛い女の子なんですけど、中身は普通じゃないんです」というのが一部の女子にとって超手に入れたい称号なのである。しかも彼女は歌がうまい(って聞いたことないがそういう評判なので…)。歌がうまいことはさりげにオタ女子にとって大きな魅力である。一般女子とは違いオタ女子同士のカラオケは皆ガチガチである。一般女子が二人でタンバリン叩きながら歌って盛り上がるとかやってる一方、オタ女子同士はそんなことは一切せずひたすら個人個人が自慢の曲の技巧を見せつけあうのである。(主にアニソンだが)

一部のオタ女子は自己顕示欲が強い。自分について(無論、いい方面でだが)騒がれたり、注目されたり、もてはやされるのが大好きである(まあ誰だってそうかもしれないが)。しょこたんブログを何度も何度も更新し、そのたびにファンに注目される。おお、これが理想的でなくてなんといおうか!しかも地下アイドルだったり自分自身でプロデュースしている有名コスプレイヤーでもないから、変なローアングラーやらキモ男がついて回ることもない(多分。その辺詳しくないけど有る程度事務所が守ってくれるんかなと)。

それでいてオタ女子のバイブルジャンプに連載を持っている(!)、オタ系雑誌インタビューされまくるわ、荒木先生に会えるわ、っていうか羨ましっ!マジで!なんだかんだいいつつ、「そんな自分」を受け止めてもらえるというのがやはり一番大きい。オタクな話題をしても痛いだとか思われることもなく、むしろ「そんなにオタクですごいね」とさえ思ってくれる。これだけ自分が認められる聖地……そこにしょこたんはいる。「二次元キャラが大好きです」と公言してそれを皆が認めてくれる心地よさ。自分の好きな作品・キャラについて語ってもそれが「オタクキモッ…」と思われず「ほんと詳しいんだねー、よく知ってるんだねー、そんなに好きなんだすごいねー」とやんわり受け止めてもらえる環境……う……らやましい!しかも最近じゃ理系番組ラジオもやってるとか聞くし最強だな(オタ女子は結構理系学問が好きな人が多い)。

2007-07-25

http://anond.hatelabo.jp/20070725101043

面白いマンガってのはあまりにも多すぎるので、話題の「熟練」も加味して。

面白い+熟練を感じる漫画で以下のマンガを挙げる。

よつばと!」(言わずもがな)

「ヴィンランドサガ」(プラネテスより熟練したと思う)

げんしけん」(8巻、9巻付近のネームの上手さはびっくりした)

仮面ライダースピリッツ」(アクションのコマ割超うまい!)

「エマ」(途中から精神と時の部屋に入ったみたく漫画が上達する。メイドの着替えだけでたっぷりページを持たせる上手さ)

フラワーブライフ」「大奥」「きのう何食べた?」(よしながふみの人物観察の深さは素晴らしいし、それをわずかなページ数に落とし込む技術がどんどん洗練されている。それの結集が「きのう何食べた?」だと思うが、まだ単行本がないので「大奥」「フラワーブライフ」ら近刊を補足としてあげる)

「STEELBALLRUN」(荒木先生はまだまだ上を目指されております)

ヘルシング」(これも途中で大化けした)

追加「夢幻紳士 幻想篇/逢魔篇/迷宮篇」(まず絵が熟練。線一本だけで妖艶。三部作通した構成の上手さもさすがベテラン

おおきく振りかぶって」も面白いんだけど、まだ「熟練」じゃないかなーって思う。どうでもいいが、よしながふみへの愛が長い。

あと最初から「熟練」はしてなかったんだけど、最新刊or最終巻では熟練したなーと感じる漫画って多いね。

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