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2024-05-07

日記

今日疲れた

毎日こんなことやってたんだな。

まあ気楽にやれば、それなりにできるのかな。

手を抜きながら。

個人的にはさ

年取っても働きたいか

働いてないと人間ダメになる

てか俺はダメなるみたいだ

楽してもあんまりいいことな

楽なだけだ

でも無理はしない

ほどほどにやる

そういう生活をしていきたい

あきらめずに、ほどほどに

anond:20240506225209

それだけ、と言うときは出してくる前提は一つじゃないとダメなんじゃない?

anond:20240507162201

から具体的な描写がどうとかいうのはぶっちゃけ問題じゃないんだよな

男(特に萌え豚)が群がった時点でだいたい全部ダメになるだけ

男が悔しがればエンパワーメントで、男が喜ぶ女体化ダメ

単にそれだけの違い

[] 2024-05-07

GWが終わってしまった。

いつもどおり朝の冷水シャワーを浴びる。

自作ポモドーロタイマーとTOOD管理ツールはうまく使えた。

仕事集中力は7ポモドーロ限界

5分休憩のたびに立ち上がり、リビングでぐるぐると歩き回ったり、コーヒーを注いだりした。

昼はコンビニサンドイッチを食べたが、手料理には劣る。

仕事中はイッヌがずっとそばにいる。ダメになるクッションでダメになっている。

午後はもう気力を使い果たしてしまって、何をしたのかすらよく覚えていない。

時間勤務にしているのがせめてもの救いだが、それでも仕事が終わってからは気力を使い果たしてなにか趣味をやることもできない。

うーん、なんというかこんな一日が続いて何が楽しいんだろうか。

ベーシックインカムまだ?

anond:20240507120753

車の基本機能は人や物をA地点からB地点へ移動させることなので、安全性とかよりまず

  • 両親乗せるなら足腰悪くなるだろうからフロアが低い車のほうが良いよね
  • 最大5人以上乗せることがあるなら3列シートじゃないとダメだよね
  • 荷物乗せること多いから荷室広くないといけないよね

って自分が何を運ぶのかニーズを整理してまず車型(セダンミニバンSUV、軽など)を決める

車型が決まったらその後、付加機能要件を洗い出す



で、要件が固まったらディーラーに行って「この要件に合う車教えて」といえば良い

ベニスの商人ってあるじゃん

シャイロック「金貸したるけど返せなかったら肉1ポンド渡すんやで」

アントーニオ「わかったやで」

アントーニオ「金返せないやで」

シャイロック「肉1ポンドクレメンス

裁判官「肉1ポンドとってもいいけど、血は一滴も流したらあかんやで」

シャイロック「肉だけ取ったら血はいらんから返してやるメンス」

 

これでよかったんじゃないのと思うんだけど。

なんで契約書に血の条項がないから1滴も流しちゃダメなんていう屁理屈を受け入れたんだろ。

条項がないから流しちゃダメとも言えませんよね、多少流れても別に血は持って帰らないので

それで良しとしませんかで押し通せそうなもんだけど。

たわわや宇崎がダメ

僕ヤバがオッケーになるフェミ倫理観わからん・・・・・・

anond:20240505125915

声優自体は詳しくないが、櫻木真乃の声がどうしてもダメだ。高すぎる。いわゆるあれがアニメ声

黄前久美子の声は確かに好きだな。

ラーメンハゲトラ

ラーメン赤猫みたいに、動物飲食店する場合は毛が混入しない様に剃らなきゃダメだと思うんだよね。 ラーメンハゲトラ店長

anond:20240507070001

叩かれるのが怖くて自分名前を出して文句言えないチキンで笑、ゥ

不謹慎ネタ面白いだろ?何がダメなの?一部の当事者やいい子ちゃん気取りが傷つくだけじゃん

anond:20240504181151

訪問リハビリの方に相談して、絶対必要だと回答あれば即小児科、あるいは他の病院でどうだろう

先にリハビリ先に言っておけば仮押さえの融通きいたり何かしら対応策ありそう

絶対必要ならば小児科医の方に相談して、書いてもらえればそれでいいしダメでも紹介状おすすめクリニックの紹介はしてくれるかもだし

2024-05-06

名前負けしている栄誉

モンドセレクションの金賞・・・金があればなんとかなる賞

吹奏楽コンクールの金賞・・・響け!ユーフォニアムしか知らないけど「ダメ金」とか言われている

ウインナーJAS特級・・・特別感のある名前にしては安いウィンナーでも余裕で名乗っている

anond:20240506171839

増田見てるとそこのサイト治安良すぎて刺激が足りない。俺はもうダメ

明日は何を振り替える?

今年のお正月三ヶ日を振り替えちゃダメでしょうか

フレックスタイムって子育て中の人のためにある?

ゆとりZ世代戯言を書き殴る。

最近テレワークとかフレックスタイムとか週休3日とか時短勤務とか、柔軟な働き方に向けて色々な制度が導入されている。

うちの会社にもそういう制度が導入されているけど、どうやら人によっては、「一般常識」として「理由」が無いとこういう制度は使ったら「ダメ」らしい。

例えば、「子供が熱を出してしまって…」「子供の送り迎えのために…」という理由だったらテレワークフレックスタイムOKらしい。

しかし、「朝もう少し寝ていたいから」とか「遊びに行きたいから」という理由だとダメらしい。

こういう制度って自分仕事効率を上げたりワークライフバランスを向上させるものだと思っていたけど、実際はやむを得ない事情対応するためのものなのだろうか?

仕事えこなしていれば制度自由に使って調整すればいいと思っていたけど、その考えは甘いのだろうか?

あとなんだか、子供いるかどうかでだいぶ変わってくるのは違和感がある。子供がいれば産休、育休、時短勤務とかもあるのに。

私の考えって甘いのだろうか…

もうだいぶまえからおっさんだけど、

タオルや服や食器とかのおっさん臭いダメやねん

あと、おっさんが怖いんや…

anond:20240505185638

同僚がどう見ても俺と同じ167前後なのに俺はギリ170あるとか主張しててちょっとかわいそうになった。どうやったらそんな身長劣等感出るのかなと思ってたけど170以下はダメって昔から結構公言されてたのか?

たぬかなの件は俺は知ってるが同僚は知らんと思う

いい加減国や世界が認めりゃいいのに

働いてないニート引きこもり、働いてるけど無能で生きてて辛い、そんな人たちは無理に生きなくてもいいってさ

ほんとはどいつもこいつもそう思っているはずなのに、誰も言わないのは気味悪いよな

国のためにならんから死なないとダメですよ、って政策がないのふしぎ

anond:20240506190251

ほんとこれ

身長なんか全然問題にならない

ダメなのは『低身長しぐさ』の方なんよね

そういうのが嫌で身長170cm以上でフィルタリングしてる

anond:20240506190510

ダメはいってないよ、指摘というか反論になってないというだけの話

anond:20240506190359

すり替えじゃなくてブーメランを指摘してるだけなんだけど。

なんでお前がしてる無能しぐさを俺がするのはダメなのって話だ。

anond:20240506115921

ここで俳句解説するとボロクソ言われるのが落ちなので、リアル相談した方がいいよ。

…というのは、俳句は滅茶苦茶コンテクスト文脈)に依存する芸術からだ。短歌31文字が対決的な文化(歌合せとか)を成立させてきたように「向き合う他者」に言葉を届ける能力もつのに対して、俳句は仲間内のような座の中で成立してきたように「コンテクストを共有する仲間」の間で盛り上がるタイプの道具であり、背景となる文化文脈を共有していないことが多い現代社会特にネット上)では、説明したところで、「そうとは限らないのでは?」みたいな突っ込みが山ほど入るのが目に見えてる。「なんでそう言い切れるの?」「必ずしもそうとは限らない」etc……いやうるせえわ。俳句ってそういうモンなんだから仕方ねえだろ。


それを踏まえた上で、可能な限りの解説をするぞ。長いので暇人向けだ。ちなみに、調べて作者名見て「あー」(嘆息)と声が出そうになってあと調べるのはやめた、から、ほぼ推測のみで書く。まあ、ちょっと古い昭和俳句だわ、くらいに思いながら聞いてくれ。ちなみに、俺はこの句、一読して「短歌的な俳句だ。それだけに、短歌増田が感心したのは分かる」と感じた。俺自身は、こういう俳句は作らないと思う。理由は後述する。

「ここで昼餉(ここでひるげ)」

初手から6字で字余りだ。字余りについては今更説明しないが、基本的にはあんまりやらない。なぜなら、基本的にはリズムを壊したり重たくしたりしてしまうからだ。わず17字でつくる詩で、およそ1/3のリズムが崩れかねないというのは、かなりオソロシイことだ。逆に言えば「その危険を押してでもやりたい」と作者が判断したときだけ、リスクを背負ってやる。素人にはあまりお勧めしない手法だ。さて、作者はわざわざ字余りをして、「さあ、この辺(の場所)で昼飯にしようかな」というメッセージを伝えているわけだ。何とも人を食った話だが、昼飯の場所が決まっていないということはこの人が日常の中にいるわけではないことを暗示してる。まあ、単に定年で暇になって毎日あちこち公園やらデパートやらで飯を食ってる爺さんという可能性もゼロではないが、後で出てくる夏という季節にそんなことをする爺さんもあまりいないだろうから、ここで作者はそれなりに若く、夏の最中に野山を歩き回っていると推測される。これで一気に「作者の年齢、場所、状況」に関する情報が得られるのだから、字余り使った値打はあると言えばあるが、それ以上に作者がここであえて句のリズムをもったり重たくさせたのは、「いい年したおっさんが夏の昼間にハイキングしてる」という「のんびり感」を演出しようとしたためであるかもしれない、とも推測される。その意味では、この初句、のんびりして見えて人を食ったような、それでいて計算もあるやり手の初句だ。ちなみに、この初句、体言止めで切れる。俳句はやはりどこかで「切れる」ことが推奨されるが、それは句の焦点をはっきりさせるためだ。句切れの前に焦点があるか、後にあるかはケースバイケースだとしても。

ただ、それにしても「ここ」が山とか自然の中、は分かったが、どんな場所なのか、また、ここで昼飯にしようと思ったのはなぜか、作者はいまどんな気分なのか、とかは分からない。それは、続く部分で種明かしされる。(よって、ここでは句切れの後、つまり「種明かし」パートが句の焦点だと考えられる。)

「真赤な夏の/花佇つゆゑ」

最後に「ゆゑ(故=理由)」とあるが、普通に考えたらこれまた俳句では普通やらないおきて破りである。句の中でこういう「理由の明示」みたいなこと、ダメだろ普通。なぜかというと、基本的にカッコ悪いからだ。たとえば「閑けさや岩にしみいる蝉の声」を、「蝉の声岩に染むゆえ閑かなり」とかやったら、なんかいろいろ台無しだろう? ネタ晴らしというかなんというか、たとえそういう意図を込めていたとしても、言わずにそこを感じさせて感心させるところがさあ、まあ句の仕掛けなんだから、答え言っちゃったらもう何かダメじゃね?とふつうはまあ思うんだよ。でもこの句はもう少し進化した句で、理由を言っちゃった上で「え?それが理由になるん?」と読み手に突っ込ませることを狙った作品なのだな。突っ込みさせた上で、「え……理由…?………になるんか、…ならんこともないか、うーん、なるほど」みたいな。最初のんびり路線がここで効いてくるわけだ。作者は「それが理由なん?」という突っ込みに対して"のんびり"という姿勢をとることで「それが理由ですが、何か?」と返してきているわけだ。そうやって自信満々に言われるとなんかこっちが間違ってる気もするし、そう言い切られたらそうかなあ、と少し納得感がないでもない……と思わされた時点でもう作者の術中に落ちているのだ。この作戦、小難しく解釈しようとする人であればあるほどハマる。

もっとも、そういう、突っ込みさせつつセルフ納得もできる「微妙な線」を狙うのはなかなか難しい。だから、それを実現させるために作者は2つほど仕掛けをしてる。

一つは「真っ赤な夏の花」だ。これ、普通なら夏に咲くそ花の名前を入れる部分だよな。たとえば朝顔ならアサガオ向日葵ならヒマワリ……だいたい花の和名なんてそんな長いものじゃない。少なくともただ花それ自体を指すのに9字も使うのって、俳句始めたての人の句なら真っ先に直されそうな部分だ。でも、その上でだ。聞いてみるけど、この花何だろうな? 日本の、ハイキングで行くような野山に、真夏に「真っ赤」な花なんて咲いてるか? あとで「たつ」という言葉がある以上、人の背丈程度には高さがあってすっと伸びた草花だ。さて何だろう? 作者の答えは「知らん!」だよ。知らないから「真っ赤な夏の花」なのだ。おいおい、そりゃねえだろ、と読者に突っ込ませておいて、そこで作者はぬけぬけと「だからここで飯にするんだ、悪いか?(ニヤリ」とやってくるわけだ。無責任適当にやってるように見せながら計算もあり、でも基本的楽天的天衣無縫な語り口の句だ。それが初句の「のんびり」加減と相まって、この句に独特の雰囲気を醸し出していることは否定できない。なんだったらここで笑い出しちゃうような面白みがある。

二つ目は「佇つ」だ。学のある人をこれで引っ掛けようという腹だ。この字、音数から考えれば「たつ」と読ませているのだろう。だがこの字に原則として「たつ」の読みはない(少なくとも家にある広漢和辞典(全四巻)でみる限りはない)。一般的な読みは「たたずむ」で、じーっと立っている、という意味だ。「たつ」に宛てたのは、その意味を合わせて感じさせたかたからであろう。花はいつまでもじーっと立っているのだから人間が「立つ」のと同じ字でない方がいいんじゃありませんか、というか、「佇む」には途方に暮れて立ち止まる、みたいなニュアンスも漂う。何か、その夏の花が所在なくじっと立っているので、仕方なくしばしのひと時を一緒に過ごす、みたいな感じだ。なんだろう、ひょっとしてこの「真っ赤な夏の花」というのは、山道を歩く途中で一緒になった、真っ赤なサマードレスを着た女性か何かの比喩なんではないだろうか、みたいな、そんなちょっと色気みたいな解釈深読みが(実際、俳句読みはその手の暗喩創作をよくやる)この「佇」一字から立ち上ってくるのである。そうなると、花の名前が特定できなかったことも、何だかそのための仕掛けであるようにすら見えてきて、うーん、と悩まされるのだ。当然、そこまで考えての、このルール違反用字である

結果、山歩きの途中花の下で飯食うかあ、というだけの句が、俄然ストーリー性、物語性、ロマンスの色彩まで帯びてくる。が、もちろん現実にはそんなことはないのであって、実際ただ飯をくっただけなんですけどねー、という緩い種明かし(そもそもそんなロマンスが勃発したら俳句なぞ作っている暇はないので)を前提に、その幻想を楽しむ、そんな句ということに落ち着くわけだ。

そんな風に、この俳句はなかなか外連味(けれんみ)のある、仕掛けとイメージてんこ盛り、物語調の俳句で、実に面白いと言えば面白い、一般的俳句の目指すところとはちょっと外れた句だ。一般的俳句もっと、瞬間的、即物的、断片的に風景を切り取るのが基本なので、まあ普通は「季語感情」でつくるとこから始めるのが適切だろう。この句も、山道で赤い花に出会った瞬間の感情を句にしてると言えなくもないが、それにしてはいろいろな仕掛けが人を食っていて、また、無用物語調で独特だ。一般的俳句なら、たとえば「握り飯ハイビスカスの色に染む」とかでいいわけだが、この句はその瞬間の風景以上に、遊び、のんびり感、山道を歩いてきてよいしょと腰を下ろすそのしぐさ…からああ花がきれいだな、という一連の感情を全てこの一句に込めようとしてるのだ。これを17字でやるのは、本来かなり無理筋なので、普通はもうちょっとワンショットに切り分けようとしたりするか、あきらめて短歌にいくかするだろう。その無理をやってる(そして、そこそこ成功もしてる)のがこの句の面白いところで、たぶん短歌増田が感心したところなんじゃないか

まあ、こういう句、狙って作るのはなかなか難しい(ちなみにこの作者・中村草田男は、こういうのをやたら作るのだが、ひどい失敗も多いので有名な人だ)。そういう意味でも、まあなかなかない句ではあると思う。あと、何も知らずにいろいろ書き飛ばしたので、もっと知ってる人から突っ込み入れてもらえたら感謝する。

属性全体のせいにしたらダメなんだったら属性関係なく全体のせいにするのもダメでは?

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