はてなキーワード: マスターベーションとは
今話題になってる
「セックスの予定ないのに生理する意味ってなんなんですかねw」
と返してる人がいて、まぁある意味では的を得ているんだけど、結構拡散されているようだったから、ちょっと心配になった。
もし…もしこれで「女の生理は男でいうところの射精」のように勘違いする人がいたらどうしよう…
そんな奴いるわけないよ〜!と昨日までは思ってたけど、「ナプキンはセックスの後に着けるものでしょ?」とかいうトンデモ意見まで見てしまって心が疑心暗鬼で染まったので吐き出す。
男性の射精にはマスターベーションや気持ち良さが伴う、かつ、ある程度本人がタイミングをコントロールできるのに対し、女性の生理は突発的な上、マスターベーションや気持ち良さとは一切無縁の、性的な色っぽさは何もないただの腹痛と出血です。
腹痛を伴って性器(内臓)から出血する現象。つまり内臓の出血です。
だから、男の場合に例えると「腹痛、吐き気、目眩などを伴って、毎月約1週間の間、チンコから常に血が流れ続ける現象」
が正しいと思います。
広まれ〜〜!
ってのがある。
映画を見て涙を流せばそれは「泣ける映画」だ。それは全く言葉の意味する通りで、正しい。
ただ、「映画を見て涙を流す」という状況に至る感情の流れは割と多様で複雑なもので、それを「泣いた」という映画に対するリアクションの一部でくくっていいものか、とも思うのだ。
例えば、「泣きたくて映画を見る」ってときがある。そのときの感情の流れはこんな感じだ。
「あ、感情を揺さぶる場面きた。あ、あ、あ、何かがこみ上げてくる。もうすぐ、もうすぐ泣けそう
あ、涙がでそう、でる、排涙しちゃう、でちゃう、でるうううううううううううううううう」
これは、マスターベーションを想起させる感情の流れである。泣くために自分を盛り上げる。そして泣く。大変気持ちがよい。
そうかと思えば、
「おれは今この映画のすごさをほんのちょっぴりだが体験した
い…いや…体験したというよりはまったく理解を超えていたのだが……
あ…ありのまま 今起こった事を話すぜ!
"おれは笑いながら映画を見ていたと思ったらいつのまにか涙していた"
な…何を言っているのかわからねーと思うが
おれも何をされたのかわからなかった…」
みたいなこともあるわけで、
これを「泣ける映画」としてひとくくりにするのはどうも釈然としない。
なお、当然ながら前者後者のどちらが「良い映画」かなんてことは別問題だ。見たら泣くかどうかなんてのは映画の価値にとって一部分でしかない。
レイトショーの回を観に行った。
まずとなりの席に座ってたババアが最悪。
七対の触手を落ち着くなくうねうね蠢かせて視界を塞ぐし、十七秒間隔で先端からオレンジ色の膿汁みたいなものを撒き散らす。
入場前に持たされた3DLSDを服用すると、光の世界へジャック・イン。
おれたちはもうゴジラだ。
アーチ型に列に並べられた、八十ほどあるパイプ椅子のうち、その日使われているのはたった五脚だった。わたしたちは互いに離れて座っていた。わたしたちは一人になるためにここに来たのだ。自己省察、つまりは失われた人生を結果論で批判したいという欲求。それは宗教の信者が抱く祈りへの欲求くらいにやむにやまれぬものだった。
シンゴジは昔の大作の映画みたいに、本編上映中に休憩時間が挟まっていて、そのあいだトイレにも行かず、ホットドッグを補充しようとしないやつは十五分間のニュースを観させられる。その一コーナーは株式市場報告だった。素人くさい二人の女の子が、熱心にその日の市場の動向を報告するのだ。
私は見て、聞いた。女の子たちは私の娘だった。オオクニヌシとアマツヒコネ、十歳と十二万歳。二人の母親が電話でぶっきらぼうに、娘たちがTOHOシンデレラに選ばれてこれこれの番組に出ることになったと教えてくれた。
二人は画面で無表情にアラブ首長国連邦で急速に進展している状況について報告していた。
「東京株式市場には深刻な影響は出ていないと政府はコメントしています」
「ドバイは国民ひとりあたりの負債が世界一多い」オオクニヌシが言った。「そして、建築バブルもはじけ、もはやドバイは借金を〜〜〜(聞き取れない)へ返せません」
「何十億かの誤差はありますが」
「負債を負ったこの都市国家は、六ヶ月の返済猶予を諸銀行に求めています」
「ダウ・ジョーンズが下がった」
「ドイツ銀行」
「下がった」
「また下がった」
「ホンコンのハンセン指数」
「どんどん下がる」
「下がった、下がった、下がった」
以前の人生は毎分のように自分を書き換えていく。四年後にも私はここにいて、この薄暗い客席で悲惨に座って石原さとみのルー語を聴いているのだろう。
自由になった未来などなかなか想像できない。信じられるものなど何一つない。
日本は立ち直りなどしない。
この二十数年、いや、この六十五年間、立ち直ってこなかった。
立ち直ったのは監督の鬱だけだ。
「恐怖は増すばかりです」
「数字の恐怖、拡大していく損失の恐怖」
「恐怖とはゴジラのことです。話題はゴジラです。ゴジラには収益性があります。五百八十億ドル、それとも八百億ドル?」
「速報です。ハリウッド版ゴジラを製作しているレジェンダリー・ピクチャーズが中国企業に買収されました」
「速報です。エヴァンゲリオンはもう誰も観ていません」
「なぜなら誰もが観ているからです」
戦争、休戦、無秩序に右往左往する群衆のインスピレーションとなってきたサッカーとゴジラと映画。どれも世界で熱狂的に愛されている。あるオブジェクトを追い回し、草地や芝生や都市で行われ、国全体が高揚や悲嘆に身を悶える。
もしゴジラがアメリカの発明品だったならば、古くからの清教徒的な本性に導かれて、マスターベーション禁止という原則にのっとった作品にならざるをえなかっただろう、とヨーロッパの知識人が唱えたりしないだろうか。
これはいま私が考えていることのうち、以前は決して考える必要のなかったことの一つだ。
肌が音を立てながらが溶けていくのを感じる。
性器が溶解していくのを感じる。
それがなぜか妙に心地いい。
白目で鼻の下超伸ばして首かしげたアホ面でお股シャッカシャカオナニー見せ合ったり
そんな異常性愛者2人のロマンチックなラブラブおちんちんタイム
誰か一緒に過ごさない?
基本靴下フェチだから、裸にナイソorビジソorサカストorアンストorスクソorスクハイ一丁で
がに股ガニッチョで爪先ピ~ン!ポーズでのおちんちんマスターベーション見せ合い、
ハイソックスあぐらのふくらはぎモミっこ、意味わかんない、ゾクッ寒くなるぐらいの
アホらし淫語、アホポーズ、アホ動き見せ合い発表会、黒パンスト被った変顔に益々惚れ合って
大真面目に愛の告白、誓いのヌチュキス唾キャッチボール何回も往復溜めごっくんちょ、
そんな靴下ワンダーランドに一緒に行けるアホらしおちんちんボーイいない?
すね毛もも毛ボーボーがに股のど真ん中に勃起おちんちんニョッキシさせたまま
愛のエロティック一発芸見せ合ったり、色んなちんぽっぽ遊び、編み出そう!
そして最後はベッドでアホ面ヌチュキスしながらがに股同時ガッチリ抱き締め合って
おちんちん同士グニュグニュ擦り付け腰クネクネで愛し合いながらイきたい。
171/63/40場所あり足あり、なし