はてなキーワード: 道楽とは
「君たちは何のために学問をするのか 何のためにこの松下村塾に来ているのか?
日本のため人々のためといいますが、具体的にはどういう人々ですか?
的を見ずに矢を放っても的には当たりません 目的のない学問はすべてが無駄になります
何のために学問をするのか、それは学問をしたくてもできない人のためにするのです!
人々のためとはそういうことです 諸君が松下村塾に来るのは 松下村塾にも来れない人々のために来ているのです
それがわかれば一分一秒もおろそかにはできないはずです みんな私の代わりに力のかぎり戦ってください」
吉田松陰の講義は平地にありながら最新の情報に溢れており、藩校である明倫館をしのいでいたとされる。
(松陰と京都で知り合った勤皇思想家梅田雲浜=安政の大獄第一の逮捕者もこの頃松下村塾を訪れ各藩の政治状況を伝えたりしている)
とはいえ罪人の開いた私塾であるから白い目で見られ、上士の子である高杉晋作や久坂義助などは親の目を盗んで通ってくることになる。
(その他の生徒は貧農の子伊藤俊助、足軽の子品川弥二郎、中間の子山県小助など。)
松陰は一方的に教えるのみではなく、様々なテーマを与えて生徒に調べさせ、
順番に教えあい、その時は松陰も生徒となって学ぶ。これは野山獄時代と同じ。
学問といっても磁極を論じたりしているのであるから、しょっちゅう凄まじい議論となり、
先生も生徒も一緒になって朝まで大激論を戦わせたりするのであった。
したがって、松下村塾には遅刻も早退もない。各自の都合で来れる時間に来て、時にはその場で働きながら学ぶといった様子であった。
働きながら学び、学びながら働く。松下村塾は常に熱気にあふれていた。
物置を改造した松下村塾はあまりにせまく、毎日入りきれない生徒が庭にあふれていた。
(桂小五郎はこの時江戸にいて、吉田松陰とは往復書簡による師弟関係)
#薩摩 精忠組#
斉彬復帰後も、改革が第一優先であり
お家争いを防ぐため、「高崎崩れ」の犠牲者救済は、政治的バランスを考慮して後回しにされ、
結局流罪にされた者は2年以上放置されることになる。
この当時は、お家の安定が個々人の身分より優先されるのは、むしろ武士であれば当たり前、という時代だった。
斉彬は参勤交代から帰国し、洋式の事業も見通しがつき、斉興・久光派も落ち着きを取り戻してから
ようやく高崎崩れの流罪者が赦免され流罪からかえってくることに。
斉彬に直訴状を書いた。
書いているうちに、まず百姓の上に胡坐をかき、私服を肥やす役人どもへの怒りにうつり
さらに元凶たるお由羅派をなぜ処罰しないのか、という批判に及び、
勢いはどんどんエスカレートしてついには蛮学に湯水のごとく金を使う斉彬への彈劾となった。
(基本的にこの当時の武士というのは全員無知である。何も知らされていないから当たり前だが。
特に薩摩武士は武芸や忠誠がやかましく、下級武士である西郷は狭い学問でも実力は下の下であった。
だから、目についた農村の貧しさについて、その歴史も理解できず、目の前のことがすべてになってしまう。
西郷はこのあとも、斉彬の意図を全く理解できず、そのくせ忠義と称して暴走を繰り返している
しかしこれでも農村の痛みに気づいただけまだましな方というから、どれだけ当時の武士が
ものを知らされず、また忠義と称して暴走しやすい困った気質の持ち主であったかよくわかる。
江戸時代に行われていた偏った儒学や忠孝の教えでは、基本的にこういう愚か者を作ることしかできない)
→しかし、島津斉彬は彼を用いた。そのくらい「手駒としては仕える」人物だった
「考えは180度違っているが、それは今後の教育でなんとでも変えられる
おいそれと変わらぬのが、そちが持って生まれた無私無欲の心 そこを見込んだ。今日からわしの片腕となってもらいたい」
水戸斉昭さえ制御しようとしていた斉彬は、自分が死んだ時や、動きを制御しきれなかった時の危険については一切考えていなかっただろう。
→私はこの頃の西郷のような直情径行ガ忠義という概念とセットに成った、視野が狭くすぐに他人に攻撃的になる人間が嫌いだ。
西郷に関しては当時のことだから納得はできるわけで、現代でもたまにこういう奴がいるのを見ると吐き気がする。
「これといった目的もなく、落ちているものを探すのでもなくただなんとなく歩いているのですか?
我が国でも風流人はそういうことをしますが、それは楽隠居の道楽です。
あるいは無法者、ゴロツキ、怠け者のたぐいです。
江戸で何もせずに歩いているだけの人間など、挙動不審とみなされしょっぴかれても文句は言えませんな」
「日本の役人は世界最悪と言える 犬が何も考えられないのと同じ」
とまぁこれはいいけど、やれ風呂はだめだの山菜は食えないだの、ヤンキーはほんとにwww
「この1年は何だったんだ…国際社会の常識を知らぬ無知な国が相手だ。
彼らには経緯を持った対話を重ねて教えていくしかない。そう思い私は之までずっと耐えてきた。
しかし彼らは頑として心を開かなかった それがどうだ たった一艘の軍艦を見た途端
向こうは大砲に動揺した 私も相手が怯えるように話した
ハリスよりペリーが正しいのなら、言葉はなんのためにあるのだーーーー!」
#攘夷志士の怖い習慣#
男は若い女を求めて、女は金を持ってる男を求めるっていう構図はさ、新卒偏重の雇用情勢が変わったらずいぶん違うんじゃないかなぁ。
女は、出産と育児をしようとすると、現実問題としてほとんどは一度仕事を辞めないといけない。
一度仕事を離れた人間に回ってくる仕事が時給1000円以下のバイト、派遣しかない現代じゃぁ、そりゃ金持ち男性に人気が集まるのは当然だわな。
一見金が無さそうな学生だって、親の庇護にあるうちは経済的に困ってるだなんて言えないし、後先を考えずに金を使うことが出来るわけで。
昔っから貧乏人は、肌を寄せ合うように、一人で暮らすより二人で暮らすほうが安上がりだとか言う理由で、近くの適当な人間をみつくろって、適当に、仕方なくくっついてきたわけじゃん。
友人数人と都心の広めの物件(築浅ではない)でルームシェア、同居メンバーは全員未婚(恋人の有無はよく知らない)
職業はフリーライター、鍼灸師、大学講師(博士号未取得・非常勤)など(学歴は高い)
週末はほぼ確実にオフなので、広い家に友人知人(職業は編集者とか大手メーカー勤務とか公務員とか色々)を招いて飲み会をしたり、車で遠出したり
みんな顔が広くて、知り合いの中には道楽者の金持ち中年も混じっていたりするので、たまに高級な家具やら服飾雑貨やら酒やら生活小物やらがタダで貰える
俺の知ってる奴らはこんな感じ
書いてみて改めて思ったけど、コミュニケーション能力フル活用で生きてるな
いわゆる恋愛結婚というやつの歴史において、唯一無二の相手に唯一無二の自分を認めて欲しいという承認欲求が入り込んだのはつい最近のことのように思う。
庶民においては政略結婚でない今でいう恋愛結婚は普通だったのかもしれないが、農家と自営業しかない時代には嫁も子供も旦那も等しく労働力だったわけで、所帯を持ったほうが経済的に豊かになれるとか、労働が楽になるとか、そういう経済問題が先行してあったはずで、手頃な相手と手頃な生活を送るっていう以上のものじゃなかったように思う。
19世紀以前の恋愛小説の主人公は貴族や豪商の息子娘たちでしょ。
あるいは不倫か。
コミュニケーション力が低く、「名刺」や「時候の挨拶」「家柄」「スポーツ新聞」といった旧時代のコミュニケーションプロトコルに頼らないとコミュニケーションができない日本人の間にインターネットを普及させるために、彼らは何かしがの役には立ったのだろう。
彼らは率直に話し、お互いのプロフィールについては聞かなかった。よく冗談をいい、話のほとんどが冗談であっても、困っている仲間に金や食料を差し出したり、自分のベッドを分け与えたりした。非常にインターネット的だ。
選挙の人気取りで大臣がよくわからず決め、大学教授が道楽で計画を立てて半官半民企業が方眼紙エクセルで設計する日本のインフォメーション・テクノロジーのなかで、彼らは底辺のIT土方やコンテンツ土方を生業にしていたようだ。少ない給料から接続費を払い、せっせとコンテンツをダウンロードしたり、ニッチなコンテンツを制作したりしていたのだろう。それも非常にインターネット的だ。インターネットの片隅に、匿名とコピーと非合法の固まりのような場所があるのはかまわない。
facebookは学歴と職歴で相手を判断し、テレビを見てテロップの笑いどころできちんと笑う人に向けたサービスなのだ。
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/gaysaloon/1291970584/
9 :陽気な名無しさん:2010/12/10(金) 20:00:20 ID:yHfn9CYIO
腐マンコ規制は当然よ?
腐マンコは最大のゲイフォビアのくせに、ここでゲイを味方につけたいマンコはどういう神経してんのかしら。
29 :RF:2010/12/11(土) 13:51:28 ID:EjiXViR2Q
>>26>>27
この板のスレ「だけ」を見たら、ゲイ=女嫌い=差別に見えるかもしれないが、
腐女子や鬼女に長い間被害を被ってきた前提があるんだよな(現在進行形)。
「アッー」とか「ウホッ」を連呼してるアニオタももちろん同類。
41 :陽気な名無しさん:2010/12/11(土) 22:56:55 ID:a9Meu2ik0
ヤオイは男性同性愛をさらし者にして同性愛者の人権を脅かす存在だものね。
48 :RF:2010/12/12(日) 00:09:42 ID:Njssqd+DQ
いや、これ以上ないくらい見下してると思うよw
>>42
マジ?世界進出してるのか!嫌すぎるw
>>44
やっぱ万国共通なのか、腐れってのはw
成り立ってるってのに、どの面下げてゲイに
関わろうとするんだろう。しかも理解者面して。
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/gaysaloon/1272324717/
1 :陽気な名無しさん:2010/04/27(火) 08:31:57 ID:+zjUwFDb0
こうした小さな努力を積み重ねて、わかりもしない同性愛をオモチャにする危地害腐マンコが
一人も住めない社会へ一歩ずつ近づいていきたいですね\(^o^)/
79 :陽気な名無しさん:2010/04/30(金) 15:33:19 ID:s6iJcukU0
105 :風と木の名無しさん:2010/04/29(木) 23:08:56 ID:is3qmaGa0
>>85
間違えてBLを読んだ男の子が悪い攻に籠絡されるとでもいうのか
あと、別の個人サイトで「女子が集団でイケメン男子2名を誘拐して脅すなどして
無理矢理やっそんさせる可能性もゼロじゃない」って書いてあるのを読んだことがあるよ
ああBLを理解していない人が書いたんだなあと思った
173 :風と木の名無しさん:2010/04/30(金) 08:50:11 ID:8wvKUPEg0
>>105
ボーイズラブを読んだ中高生が同性愛に目覚める可能性があるから、
そもそも同性愛は絶対的に許されない行為なのであるから、表現すらも規制すべきだとかなんとか。
規制派は同性愛についてどう考えているか知りたいとか言いながら、
反発されていることが理解できていない。
腐女子が集まっている801板でも、頓珍漢なゲイ理解でBLを読んでいる。
そして、こんな↓腐女子がよくいる。
腐女子は、ゲイたちがBLや腐女子の態度になぜ反発しているのかを
少しくらい考えて、学ぼう。
【アニメ漫画規制】「納得できぬ」 東京都の姿勢に不満…角川書店が国際アニメ出展中止★
http://raicho.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1291910117/
672 :名無しさん@十一周年:2010/12/10(金) 03:34:43 ID:JKfuNzht0
>>663
判ってないな
735 :名無しさん@十一周年:2010/12/10(金) 03:51:55 ID:JKfuNzht0
>>706
文盲乙w
http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/801/1290621868/
681 :風と木の名無しさん :2010/12/02(木) 22:14:58 ID:HxMqEXX/0
>>675
こういうのは知ってたが、腐嫌いとか以前に規制の危険性わかってないね
別に重箱の隅をつついているつもりはないんだけど、漫画における組織ってのは、やっぱりある程度説得力がないといけないと思うんだ。そうでないと、どんな感動的なオチを用意しても、詰まんないから。基本的にはリアリティよりも、キャラクターバランスを作るための背景が「組織」なんだと思う。
釣りバカよりも、個人的には山口六平太かな。ねちねち嫌味ったらしい上司がいて、現実的にあんなのはいないけど、ああいうキャラクターがいるから、六平太の活躍が光る。もし、あの上司がいなかったら、六平太は単なる出しゃばり。もちろん釣りバカだって、スーさんといういかめしい社長が裏ではへらへらした釣り道楽、それも会社ではお荷物扱いの平社員に頭が上がらないという構図だからこそ、浜崎の活躍がスーパーヒーローっぽく映る。その二人の間には、いくつもの層があって、スーさんはその頂点と言う描写もそれを支えている。実際にスーさんがいたら、一歩間違えば背任容疑で逮捕されてもおかしくないかもね。
だけど、チルドレンのバベルはなんつーか、数十年の歴史のある組織とは思えない。マネージメント組織がなくて、局長の下にすぐ現場主任。受付嬢が急に現場で業務。意味わからんよ。昨日できたベンチャーじゃねえんだ。いくらギャグ作品とはいえ、説得力なさすぎ。椎名はそういう組織を描きなれてないんだよねー。
よく、武道の達人とか高名な芸術家とかにフツーのジャーナリストなんかがインタビューしたりするよね。
で、インタビューを受けた方は、自分が狭い専門分野に打ち込んできたことで得た知見を披露する訳なんだけど、
さすがに道を究めた人の言うことには重みがあるように聞こえる。
(ああ、この人は今武道について語ってるけど、人生も一緒だなぁ)
とか、
(なるほど、それは日本の政治についても同じことが言えるな)
とかいう具合にね。
だけど、それは聞き手が都合のいいように解釈してて、
そういう深みがあるように受け止めているだけというのが多いんじゃないかな。
だって、その達人はその道の第一人者になるために狭い島宇宙に閉じこもってきた訳だから、
常識的に考えてもあっちこっちに浅く広く関わってる人間の方が視野は広かったりしそうじゃない?
いろんな分野に広く関心を持ってる人間はゼネラリストになれてもスペシャリストには成れないんだよ。
例えば、武道の達人がニュースのコメンテーターになって、日経平均株価の見通しを語りだしたら違和感があるでしょう?
だから、その道の達人が専門分野について語ったことを、受け手がいろいろ解釈するのはアリだけど、
達人自らが他分野のことをしたり顔で話してるのをみても真に受けない方がいい。
たいてい浅いことしか言えてないから。
実例を挙げよう。
僕が住んでいるところは田舎なので、「自然と暮らす達人」とされている人がゴロゴロいる訳だけど、彼らが社会的なことを語ろうとするとだいたい間違える。
それはこんな具合だ。
○実在する自然農法の人
「私の農業は農薬に頼らない、環境に優しく持続可能な本物のスタイルです。工業や金融なんていうのは持続不可能なものでありニセモノです。」
⇒持続可能性を評価して、割高な野菜や米を買ってもいいというのは、工業や金融あるいはそういう産業の人たちが納めた税金で食ってる裕福な人。
だから、ニセモノの人たちがいなくなったら、そんな非効率な農法を道楽でやっていく余裕はなくなるでしょう?
自分の作ってる高い野菜を買ってくれる人がどんな人なのかさえ考えが及ばないんだから、せいぜい自分の周囲数メートルくらいしか想像力が働いてないんじゃないかな。
「自然の声、木の声に耳を傾けて彼らの魂と同化して作品を作ります。日本人はこの魂というものを失ってしまいました。政治外交も日本人の魂を忘れてはいけません。」
⇒2ちゃんねるなんかによくいる、ニート扮するネトウヨたちと同じレベルの発言をしていて、しかもそれを、自分だけが知りえた事実のように得意げにご高説を垂れてたりする。
ああ、この人たちの世間は狭いんだなということだけがはっきりと伝わってくる。
結局、バカに見られたくなかったら、
・自分の知ってる範囲だけについて、深く語る。
・どうしても自分の知らないことについて語りたくなったら、自信なさそうに語る。
というやり方が必要なんじゃないかと思う、自信は無いけど。
過去の歴史において、芸術的価値を重視するような謙虚な(?)パトロンはどちらかというと珍しいね。
それこそ一国の君主とか、道楽貴族とか。主流派ではなかった。どっちかっつーと
「(あらゆる経路で)承認欲求を満足させてくれる」
そして、彼らが作っていたのは『商品』ではない。
要求されていたのは雇用主個人への働きであって、
どっちかっていうと、そういう役割を負っていたのは教会だ。
現在のショービジネスの世界だけど、これはそもそも利益を上げることが大前提。
価値の無さの度合いは(見栄や外聞が関与しない分)もっと熾烈。
非常に即物的でカネに汚い世界だよ。
同時に、承認欲求にも汚いけれど、カネを生まない存在に価値はない。
過去の芸術家と、現在の「アイドル」「アーティスト」の違いは、
個人つきの執事と、回転寿司屋の店員の違いって言ったら分かりやすいだろうか。
>プロダクトが定期的に排出されるわけでもない歌手とかを従業員ないし「ファミリー」として迎い入れるっつーのは、
>ソロバン弾いてものを考える人からしてみたら本来ありえないことっしょ。
レコード会社はそうだね。そういう役割を(これまでは)負っていた。
沢山集めた「歌手」を支えることで、その中から所謂ミリオン歌手みたいな存在が出てくる。
そして、彼らの稼ぐ金で会社全体を支える。その余裕の中から次の稼ぎ手が出てくる。そういう産業構造。
ただ、ここでも、能力のある表現者を『保護』するのは、あくまで将来的に利益を上げるためだ。
今は産業自体が空洞化して、そういう役割を期待できなくなっているけれど。
既に雇ったミュージシャンや社員を支えるだけで精一杯で、新しい稼ぎ手を育成することが難しくなっている。
結果的に、今はインディーズなんかで「既に売り上げが見込める」商材を青田買いして売り捌くケースが多い。
でも、ジャニーズ事務所(というか、タレント事務所全般)はそういうカラーは薄いね。
稼げないタレントは即解雇。コネも無ければ、もしくはそれこそ枕営業みたいな方法で残してもらうしかない。
……ここまで来ると、個人に対する奉仕、という意味で、かつてのパトロン制に近いんじゃない。
でもまぁ取り敢えず、「プロデューサー」と「パトロン」はまったく別のものだ。
興行によって金と影響力を得た個人が、金と影響力を持った個人として、「パトロン」に近い振る舞いをすることはある。
「世の中に道楽で金をドブに捨てるやつなんていねえんだよ」
いくらでもいる。
日々の生活にも歴史上にも確固として居るんだからそのテーゼは明確に間違い。
プロデューサーと投資家は全く違う。パトロンとプロデューサー、パトロンと投資家もそれぞれ別のもの。
誤魔化すのはよくない。改善しなくなる。
ウォーレン・バフェット的な見地からものを言うと、「世の中に道楽で金をドブに捨てるやつなんていねえんだよ」ってことで、パトロンとプロデューサー(もしくは投資家)を同じものとした。基本的に偏見でそう扱っているだけの話だから、勉強も何もない。
パソコンの性能が限定されすぎていたがゆえに、無限の可能性を持っているように喧伝されていた時代だから――まあ大昔と言ってかまわないだろう。
俺はまるでチョコレート・バーを待ちわびるガキんちょのようにワクワクしていた。つまり、チョコレート・バーを齧る以外の道楽を知らなかったんだな。
「本名だけは伏せておけ。頭にwwwのつくキチガイ世界では住所と名前と性別と所属とクレカ番号は命と同等の価値を持つ。というか、それらはほとんどイコールで結ばれているといってもいい。だから、ガキども、何があっても自分を殺せ。生き延びたくば、な。ガチョウども」
教官が教練所で俺らを横一列に並べて、まず浴びせたセリフがこれだった。
正直なところ、そん時はまだ匿名でいることの重要性を俺たちはこれっぽっちも了解していなかったのだと思う。むしろ、教練所が『フルメタル・ジャケット』よりよっぽどお上品な事実のほうが驚くに値したし、記憶に残った。
匿名であることの重要性を心から理解しようがしまいが、俺たちはとにかく教官の命令に従った。第一に死にたくなかったし、第二に多少の危険をおかしてでもも俺たちはウェブの世界に居座りたがったからだ。初めてネットにつないで三日後には、もうチョコ・バーは俺にとって必須栄養素ではなくなっていた
ミッチェルが死んだのは、訓練も半ばに差し掛かったころだった。死因は炎上死。イナゴ共に本名を暴かれ住所を暴かれ姉を犯され両親を殺され家を焼かれ、ミッチェルはその中で灰になった。彼は自分から本名をイナゴどもに教えたりなどはしなかった。ただ、うっかり漏らした周辺情報からあらゆるプライバシーを同定されてしまったのだ。
教官はミッチェルの通夜で追悼の辞を述べた。ただ一言、「彼は運が悪かったんだ」と。そのとおりだ、とその場にいた俺たち全員は思った。ミッチェルは彼の「運」を己の力量で上げ下げする術を知らなかっただけだ。
訓練の終盤になると、もう一人残らず真理に到達していた。
「匿名であることが大事なのじゃない。俺たちが本名で活動するにはあまりに未熟だから、バカやってしまうからその自衛策が必要なだけだ」と。日本は未成年のありがちな若気の至りを笑って許してくれるほど、器の大きい社会じゃない。
それはそれでいい。社会ごと変革しようとしなくてもいい。まあ、たしかにいつか頭のイカれた改革者が出てくるかもしれない。だからソレは俺たちの役目じゃない。俺たちにとって重要なのは、そんな美しくも狭量な世界でどのように生き延びていくか、ということだ。
本当は、実名で活動してもいいのだ。住所や銀行口座を晒してもいいのだ。自分が守れるならば。失敗しないなら。仮に何かをやらかして攻撃をうけても、誰の助けも借りずになんとかできるなら。あるいは頼れる誰かがいるならば。逃げ切れるならば。
だが実際問題、俺たちの誰しもがそんな逃げ足がはやいわけでもないし、そもそもミスをおかさないわけでもない。一片のミスをおかさなかったとして、それでも食ってかかってくるキチガイはやはり一定数存在する。
ガキの未熟さの本質はミスの犯しやすさにあるのではない。打たれ弱いところにある。精神的に、あるいは社会における地位的に。そして、イナゴ共が大好物なのはまさにそういう、「やわらかい部分」なのだ。
教官についてある噂を耳にしたことがある。彼の息子はある有名私立大学に通う前途有望な文学青年だったらしいのだが、ふとした気の緩みでテストでカンニングまがいの行為をしたことをウェブで漏らしてしまい、運の悪いことにそれが当人の教授に捕捉されてしまった。
教官の息子はそれでその学期の単位を全部取り消され、自身は恥ずかしさとショックのあまり、大学を中退してしまったらしい。ひきこもりとなった彼が自室で首をくくったのは、それから半年後のことだ。息子の死がきっかけで、教官は若者たちにネットサバイバル術を教え込もうと決意したという。
今でもtwitterのTLを眺めるたびに、教練所を卒業した日のことを思い出す。
「貴様らはこの肥溜めを今日で卒業する! これからも匿名でいくか、それとも本名で生きるか、それは貴様らの自由だ! だが忘れるな! どちらの道を歩むにせよ……不運にあったときのためのリスクヘッジだけはやっておけ。死ぬな。生き延びろ。どんなことがあっても、だ」
53歳→38歳って感じ。すごい。母と私は感動しています。
父は食道楽の酒好きなので、食事制限は無理だなとわかってました。
でも元々運動好きということで(小学校~大学までガッツリ運動部)、私の行ってるスポーツクラブに一緒に行くことに。
私のやってるヨガクラスは「ぬるい」とお気に召さなかったようなので、格闘技とエアロビを融合したようなめちゃくちゃ激しいクラスに入ってました。
それでマイナス20キロ。別人。「小学校の頃のお父さんってこんな感じだったなー」と懐かしく思っちゃう変貌ぶりでした。
ハゲは全然居ないけど、若白髪な傾向がある家系。父も半分は白髪になってました。
そこで白髪染め。自宅で私が染めるので、まめにできるしお金もかからない。
これも印象激変。真っ黒より、一番濃い茶色で染めると浮かなかったです。そういう歳じゃないのに白髪染めに詳しくなった私w
35を過ぎたあたりから急に頬のヒゲが生え出したという父。
剃り跡で老けて見えるので脱毛しました。何回か打ちに行ってたけど、もうほぼ完成っぽい感じ。
全部のヒゲを脱毛すると老けたジャ○ーズみたいになっちゃうので、鼻の下とアゴは残してありますw
これもすっごく若くなった。
歳をとってから、なぜか村山元首相みたいに眉が伸びだしたという父。
私か母が定期的にカットしてます。母の方が仕上がりは若干上手い気がする…
眉が変わるのも大分若くなるよね。
痩せて服が合わなくなっちゃったので、新しい服を買いに行きました。母と私も同行。
父はサッサと買い物を終わらせようとするんだけど、私と母でギャーギャー言って試着させまくりました。
2ヶ月くらいの間ちょこちょこと買い物に行って、服15着くらいと靴2足を新調。
フィッティングがバッチリだと全然違います!あと父に似合う色とかも母と散々議論した。父はマネキンだったw目が死んでたw
床屋で切ってたのを、若い人も来る1200円カットに変えました。なんか美容院の雰囲気嫌いなんだってwww
安いんだけど悪くないよ1200円カット。カットする人が25~35の人らなので、若干おじいさん入ってた床屋の人とは感覚が違うのかも?
父が着々と変わって行くから、色々口出しながらすっごく楽しかったw
変わるたびに母と二人で絶賛です。「若い!」「めっちゃかっこいい!!」「やばい!30代30代!」
娘的に、父親が若くてスレンダーで元気でかっこいいのってすごく嬉しい。もちろん母親も若く居て欲しいけどね。
親が若いと、遠目で見たときとか、ついニヤニヤしてしまうんだw
で、最近母が父をやたら褒めるw「どこの旦那さんよりもうちのお父さんが一番かっこいいわー。何度見てもどう考えても一番かっこいい!」とか、
特に何も無いのに唐突に褒めだしたりするw
褒められると父はなぜか悪態をつきだすけどねwww
父もスポーツクラブ通いだすようになって姿勢もよくなったし元気だし、母もそんな父見て嬉しそうだし。
ほんとアンチエイジング最高wwみたいな感じですwww
今気になるのは弟の髪型が全然似合ってないこと。顔のタイプが違うのになんで藤原竜也みたいな髪型してんだろ。
服なんかも色々外してる感がある。まあ、本人がそれでいいっていうんなら何も言う権利無いんだけどさ…
あー、でもいじりたいなあ弟。
多分ね、そろそろ限界にきてるんだと思う。
だいたい芸術作品は金をとるようなものじゃない。主に自己満足でつくるものだし、粗悪なものは「タダでもいらん」でしょ?
それを、貨幣経済の社会で生きていくために無理に金と結び付けてきたから今の状況がある。
情報は劣化しない。これ基本。
いや、もっといえばデータは劣化しない、さらに無限にコピー可能。
自然物はコピーするのに時間はかかるけど、人工物のコピーは簡単に出来る。
ましてや、二次元的な広がりしかない映像データや音楽データならなおさら。
これらのデータで金とろうなんて土台無理な話。
ベーシックインカム、というか、貨幣経済が崩壊・または進化すれば、著作権だのなんだのと騒ぐ必要もなくなる。
重要なのはより多くの人にみてもらい、賞賛されること。金を稼ぐことじゃない、それは道楽で芸術をやっていた前世紀の芸術家たちが一番よくわかっていた。
金から解放されれば、真の意味で娯楽は娯楽となり、馬鹿な争いも消える。大体、自然物のコピーしか出来ない人間ごときが、著作「権」なんてものを主張するのがおこがましい。何の権利があるっていうんだよ。
なんかエヴァってダサくなったなって思った。
感性が古いのかな。これが年をとったってことか?高校生くらいなら楽しめるんだろうか。
でも、ネットの有名人の感想まとめとかなんか読んでたらみんな子どもみたいな感想で驚いた。なんでだろう、すごいのはすごいけど・・・
旧劇場版と比べてしまうせいなのだろうか。
あっちのほうは、絵的にすごいだけじゃなく、ちゃんとマッチしていて、少数の粗とか嫌な部分を許せるくらいの勢いだったんだけど、
こっちのほうって、なんか・・・勢いだけ無駄にあって、ひたすら「おらおら!すごいだろ新劇場版は!驚けやおらおら!」って感じで、気色悪いっつーか何こいつら?って思っちゃった。
序を見た時に、なーんか絵が綺麗になっただけなんだなーと思ってあまり感動しなかった。でも、見るとやっぱり絵は綺麗だし、一応しっかりとしてはいるから見れる。見たいと思う。
でもこっちは・・絵と勢いだけでゴリ押ししただけっていうか。感想見ても、デザインが~作画が~って感じで。
これって狙ってんのかなぁ。庵野信者だったら、狙っているに違いないって思えるけど、俺には「リメイクってやっぱうまくいかないわぁ。ちょっと狙って外した感を盛り込んで目くらまししちゃおう」って感じにしか見えない。
バリバリ外してるっていうか。マリとか・・何あれ。坂本真綾って聞いた時驚いたけど、それ以上になんでこの役引き受けちゃったんだろうかわいそうにって気持ちが。
うざいキャラをウザい感じで表現して何がしたいんだよっていう。浮きまくってるし。なんかすごいこんちきしょーみたいな感じで頑張ってるのに全然伝わってこないや。
まずね、マリがしゃべるだけで寒い。もうしゃべんなどっかいけって感じで。にゃ、とか狙っているにしても狙って外した感狙っているにしてもどっちにしてもありえない。
本当に、旧劇場版と新劇場版って同じ人がやってんの?って思ったくらい。センスなさすぎ。ていうか、やめとけばよかったんだよね。やっぱ。
庵野さんの自説すごい好きだったんだよ。庵野エヴァっていうのがなんでこうもすごかったかって言ったら、やっぱレベルが高くて感情移入も出来るってところにあった。
それが、そういう要素をなんか全部なくして、薄めて、新キャラとか作って、映像美と勢いとよくわからんショボイセンスで再構築して「これが新しいエヴァです」って、笑わなきゃいけないところ?
いやあのさ。エヴァってそもそも、絵だけじゃないんだって。絵だけだったら絵だけで全然ダメなロボットアニメいくらでもあるでしょ。
庵野さん自身が言ってるように、全てのキャラが自分の分身だったからこそのリアリティなわけで、そこを再構築して庵野から引き離してちゃんとした物語っぽくして、一体何がしたいのと。
なんか、相当金かかってるんだろうけど、金かけて道楽したかっただけ?リメイクって大体失敗するっていう法則めいたものがあるような気がするんだけど、リメイクすべきなのは失敗した作品だよね。
成功した作品をリメイクして何がしたいんだと。劣化させて道楽で作って「これが新しいエヴァです」ってか?恥ずかしいよ。恥ずかしすぎ。
童謡だの翼をくださいだの、笑う気も起きなかった。終始鳥肌立ちっぱなし。キモすぎて。
絶対さ、これクラシックの代わりに童謡流したらどうなるんだろうって考えでやったんだろ。本気でありえないから。本気で合ってない。合ってないとか通り越して嘔吐するレベル。
クラシックはやっちゃったからじゃあ次はそうじゃないものを、っていう視点にならざるを得ないからリメイクはダメなんだよ。どれだけクラシックが合っていたのか理解しているはずなのに。
リメイクだから同じような雰囲気にするわけにはいかん、って感じで次々よくわからんアイディアを詰め込んで自爆してんじゃん。何やってんだよ。
別に新しいエヴァみたいわけじゃないんだ。
エヴァなんてもう完結してるし、そのあと出たエヴァ2で公式設定で裏の裏まで見せられて「あ、エヴァってこの程度だったんだ」って失望したクチだし。
結局一部の人たちが主張していた「謎っぽく装飾して人気が出ただけのアニメ」だったんだよ。ただ、レベルが高かったり、感情移入しやすいように監督の魂がキャラの中に入っていたから、大ヒットしたというだけ。
設定そのものは何の面白みもない、しょぼーいものだった。それをいまさら、しかもその設定を再構築(?)して、あれがやりたかったのかよ。
めちゃくちゃ大体的に宣伝とかしてるけど、こっそりやる類のものだろあのレベルじゃ。
あ、あと全体的に声優がおわっとる。シンジ君とかミサトさんとかリツコさんとかあの辺。声出てないし、苦しい演技とか声でなくて苦しがってるじゃん。すいません笑っちゃった。もう無理だったんだよ。一瞬のきらめきっていうもんがあって、そういうきらめき(シンジ君やミサトさんのあのどうしようもない迫力)をフィルム(旧劇場版)に残せただけでも超ラッキーだったのに、よもや二匹目のドジョウを狙うとは。声優さん哀れすぎ
でも、ネット調べて同じような意見としては自分で記事を消しちゃった岡田さんくらいしかいなかったのが色々とショックだった。それ以外の人達、あんな褒めるほどのものか?それとも、ビジュアル面だけ見てすげーすげーって言う程度の映画に俺が肩入れしすぎなのか?