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はてなキーワード: ご近所さんとは

2011-10-10

子供に対して保護的な反応を示す社会に今更驚くのやめない?


【2ch】ニュー速クオリティ:女子小学生「〜でさぁ、マジでさ〜」 男「うるせーよカス死ね」→通報


 こういう話が出る度に「嫌な世の中だ」みたいな反応してる人がいるけど、「知らない人からしかけられたら注意しろ」とか「知らない人についていくな」みたいな教育って何十年も前からあったじゃん。お前らがどんな子供時代を過ごしたかは知らんけど、少なくも俺の時は常日頃からそう言われてたし、そもそも、知らない大人から声をかけられる事自体、俺自身が何か悪戯でもしない限り滅多にない事で、声をかけてくる大人なんて、ご近所さんや母とよく一緒に行ってた商店街の店主、塾の先生みたいな顔見知りの人ばかりだった。

 お前らは「普通に声をかけただけじゃん」とか言うけど、そこには「面識がない」っていうわりと重要な側面があるんだよ。もちろん、それで通報する事を肯定すべきかどうかは俺には分からんけどさ。とは言え、不審がられたくないなら、近所付き合いとか、あるいは地域的な活動にある程度参加して、親にしろ子供にしろ、顔を見ただけで「あ、この人はどこそこの誰々だな」くらいは判断出来る材料を普段から用意しとけという話だし、そういった地域ぐるみの生活が出来ないだろう都心部では、正直、一定過保護さみたいなものには不可抗力という側面もあると思うんだよ。

2011-08-26

http://anond.hatelabo.jp/20110826170220

ご近所さんと「原発嫌よねぇ」なんて井戸端会議したり、一人で脳内で憤ったりするよりは

匿名でもポエムでもネットで反対意見を述べてる方がよっぽどプラスだと思うけどね

2011-08-12

闇金の取り立て

昨日、親から「とにかく今すぐ来い」と呼ばれたので、実家に帰った。

実家の鍵開けたとたん、玄関に立たされたまま説教された。

借金作って夜逃げして親に押し付けるとは何事だ!」

けがわかりません。

怒られるなら理由くらい聞いてみようと思ったんだけど、激高しちゃって話にならない。

一旦外に出たら、ご近所さんが白い目で遠巻きにヒソヒソ。

引き返してよくよく話を聞いてみると、増田夜逃げしたので親が肩代わりしろと、闇金の取立てが押しかけてきたのだそうだ。

ありえません。

カフェでボーっとしつつ本を読むのが唯一の趣味な奴が、そんな大金をどこで使うんだ。

本人はずっと家にいるし会社にも行ってるから逃げてないし。第一、さっき連絡してきたのは当の親だ。

親は「そういえばそうだよな・・・」と呆然

ようやく家の中へ上げてもらい、冷たい麦茶を飲ませてもらった。ウマー。



しばらく待っていると、親の話のとおりコワモテの取立てが来た。

玄関先で「借金返せ」の大声・・・そりゃ近所も白い目になるわ。

しれっと出て行って、言いくるめて借用書のコピーを見せてもらった。

明らかに増田の書いたものではなかったので、「誰かが増田名前を騙った借金から、一切払わない」と宣言した。

「息子の不始末なのに責任逃れか、ふざけんな!」というので、「増田は私だ!」というと、鳩豆状態に。

増田名前、男でも女でもありな名前なのね。薫とか千秋とか圭とかそういうの。増田は女で、息子じゃない。

親は「子供がケツを拭けないなら親が責任を取れ」と言われたので気づかなかったらしい。

あわてたのは取立ての人。どこかへ電話をかけていろいろ説明してた。

「用事が済んだならお帰り下さい」で帰ってもらった。

野次馬に聞こえるように「騒いですまなかったな」とも言ってもらった。(警察沙汰にはしないということで)

塩撒いてたら、勇気のある野次馬が事の次第を聞いてきたので「なんか人違いだったみたいです」と言うと、安堵9割残念1割な感じでw散っていった。



結局、借金をした人の正体はわかってない。でも闇金の取り立てってほんとにあるんだねー。

2011-07-19

「こんな女と結婚しちゃならない@既婚男性板」 はどこがまずいのか

http://b.hatena.ne.jp/entry/2r.ldblog.jp/archives/5074554.html

叩かれまくっている。

だが叩く理由はなんだろうか。

y_u_s_u_k_e そもそもこんなに多くの条件を求める人間結婚向いてない 2011/06/20

これ系は論外。

減点方式の項目が多くなるのは当たり前だけど

イコール「多くを求めている」じゃない。



こういう人達

例えば「石原さとみそっくりの容姿」の1項目だけで終わりになってたら

項目が少ないから「多くを求めてない!謙虚!」と言わなくてはならない。

朝三暮四の訓話に出てくる猿よりアホである




sakura_123

これ、適合する女も、男も、ほとんどいないでしょ。

自分を含め、当該基準をクリアしない人間が身近に1人しか思いつかない。

この人とその周囲が全滅なら、どの項目に引っかかるのかむしろ聞きたい。

あとなんで、DV受けた経験NGになるのかね。レイプされたから石投げて殺せっていうのと同レベルだね。 2011/06/20

トンチンカン過ぎて話にならない。

本人のせいか違うかということを問題にしているリストではないはず。

「こういう女を見たらその罪を裁け」ではなく「こういう女を結婚対象からはずせ」。

rhatter この基準をクリアする女は、当然同じ基準のクリアを男に求めてくると思うが。完璧主義の女に厳正な基準で値踏みされることに耐えられる男っているの? 2011/06/20

当該基準のどこが「完璧主義」なのかまったくわからない。

減点方式で一定ラインを超えなければセーフ。

この人は「完璧」という言葉辞書で引くことからやりなおさないといけない。




そして同程度の基準のクリアが男に求められるのは当然。

というより年収とか身長とか学歴とかスポーツマンとか、すでに基準は色々提示されていると思うけど。

(女は基本減点方式で男は基本加点方式っていうのはちょっと面白いですね。

 不景気が進むに従って男にも減点方式基準があてはめられるようになってきてるような。)



goldwell 2ch, 結婚, ネタ

「こんなん気にしてる奴は結婚なんてムリだろ。」/結婚は買い物や試験とは違うんよ。/人を見ていきなりダメ出しするより良いところを見つけていかなきゃなぁ 2011/06/21

一見正しいけどずれてる。

企業採用と同じように考えればわかるけど

偏差値60以下のESゴミ箱ぽい」とか、基準は必要。

厳密に人を見ていけば偏差値50でも素敵な人材有能な人材が居るはず、っていうのは当たり前。

でも効率のためのふるいにそういう突込みをするのはずれすぎ。





と、ずれた批判や甘えた批判のなで斬りが終わったので

項目を個別に見てみたい。

「ふるいとしてこの項目は不合理」という批判は大いにありなはずだから

★大基準(1つでも該当すれば結婚不適)

母子家庭育ち●未婚の母●×1●借金歴・自己破産歴あり

風俗水商売AV援助交際不倫浮気中絶経験あり

家事が下手orやらない(専業主婦[志望者含む])

宗教熱心●メンヘルデキ婚狙い

これらは結婚生活の上での重度懸念材料なのは間違いない。

(個人的には「デキ婚狙い」は2人の関係や状況次第では小基準で十分だと思う)

★中基準(2つ以上該当すれば結婚不適)

●男からDVストーキングに遭った経験あり(1人につき1つ)

●浪費家(買い物・ギャンブル他)●人の善意を悪意に受け取る

●男遍歴が多い(5人+、短期、途切れないなど)●喫煙する●ひとり酒をする

専業主婦希望or当然視●正社員経験(除契約派遣社員)●一人暮らし経験

親族・姻族の誰かと極端に仲が良い/悪い(1人につき1つ)

これらも結婚生活の上での懸念材料になる。

(個人的には「ギャンブル癖」が大基準でないのは解せない)

★小基準(2つ該当すれば中基準1つ分の扱いとする)

わがまま・我が強い●病気がちの家系愚痴・中傷が多い

●車の運転が下手orできない(除く大都市)●貯金が出来ない(年収10%未満)

家事が下手orやらない(兼業主婦[志望者含む])●家族が大基準該当(1人につき1つ)

●他人の話やTVに騙されやすい/影響されやすい

出会ってすぐ不幸話/家族に愛された話をする

これらも(略)。

(「病気がちの家系」はもっと上でもいいと思う。)

★緩和基準(1つにつき小基準1つ分緩和扱いとする。但し大基準は緩和不可)

料理上手●やりくり上手or十分な収入がある●床上手or処女●友人が多い

●愛想が良い●夫を支えようという姿勢がある●子供に伝えられる技術がある

2ch大手小町Yahoo!掲示板SNSご近所さんを探せ・出会い系サイトを利用しない

正社員経験は無いがそれ以外の就労経験継続して1年以上ある

これらも(略)

収入に対する評価が甘すぎると思う。)

セックスを重視して楽しみたいなら処女は博打物件だと言うことをわかってないと思う。)

2011-07-17

近所の子どもが絶叫していたので

今年と去年、夏の過し方はどう違う?こう尋ねられたら、「今年は節電のために冷房をつけず窓を開けている」という人は多いのではないだろうか。

かくいう私もそうである。そして、私が住まうマンションの、私の部屋の真上の世帯もそうだった。

少し前、いよいよ暑さも本格化して、就寝時も網戸にするようになったところ、目覚ましよりも2時間早い7時に目が覚めた。暑さのせいではない。上の部屋の小さな子どもが絶叫していたためだ。月曜日のことだった。

絶叫は、困ったことにその後たっぷり10分は途切れず続いた。暑いわ蒸すわ睡眠時間は足りないわ、という状況で聞く子どもの絶叫は、なかなかに不快指数が高い。そして、同様の状況は金曜日まで休みなく続いた。

子どもの絶叫ってどんなの?」と思われた方もいるであろう。「そんな大したもんなの?お前が神経質なんじゃないの?」と思われた方も。ここで簡単に階上子どもの絶叫について説明したい。それはまさに絶叫で、恐怖映画しか聞けないような類の、「きぇー」ど「ぎゃー」の間を取ったような金切り声であるボリュームは極めて大きい。持続時間は短くても10分、平均20分程度、いちばん長いときは45分ほど続いた。驚くべき体力だ。合間合間に母親の「○○ー、やめなさーい」という低いテンションの注意が入る。その後数秒は声が止むが、基本的に注意は成果を上げない。走り回る足音結構に響く。

虐待ではないようなのだけが救いだが、どうにもうるさい。集合住宅で生活する上での騒音の上限を、遥かに超えている。

金曜の買い物帰りに、同じ階に住む若い女性と会った。挨拶を交わすと、彼女は眉根を寄せ声を潜め、「あの…お子さんの声、凄くないですか?」と尋ねてきた。「そうですよね、私もう毎日睡眠不足で…」と苦笑すると、彼女は苛立ちと疲れを滲ませながら、「私きらいなんですよ、子ども。ほんとイヤで。もう限界なんですよ。これって我慢すべきなんですか? 私が窓閉めたり耳栓したりしろっていう話なんですかね?」と吐き捨てるように言った。

絶叫は次の土曜日も容赦なく響き渡った。私は7時に目が覚めた。シャワーを浴びて汗を流し、もう一度ベッドに入る。今日くらい、目玉が溶けるほど眠りたい。もうフラフラだ。せっかくの休みに…などと思いながら眠り、そして子どもの絶叫で目が覚めた。その時は訳がわからず、自分24時間眠っていたのかと思ったが、時計を見るとベッドに入ってから1時間も経っていない。思わず舌打ちし、ウィークデーはバタバタして成せなかった不動産会社への電話をすることに決めた。

昼ごろ電話した。電話口で名前物件名を告げた瞬間、「恐れ入ります騒音の件ですか」と尋ねられた。担当氏いわく、今日になって何件も苦情が入ったらしい。小さな子どものことだし、と気後れしていたが、週末まで睡眠を妨害されては我慢ならない、と何人もが話していたという。ちなみに苦情は私で何件目ですか?と何気なく聞いたら、5~6件目とのこと。部屋数が15もないマンションとしては異例の数だ、よほどひどい状況だろうから午後に早速調査に行く、という担当氏の話を聞き、すこしほっとした。

階上子どもは出かける気配もなく、順調に騒いでいた。不動産会社が来たときだけすごく静かだったらどうしようかとの心配も、まったくの杞憂だったようだ。

午後3時ごろ、「だって子どもなんですよ!」「他の部屋が何時に起きるかなんて言われても知らないですよ!」「じゃあ節電節電言ってる中でうちだけ冷房つけろっていうんですか?うちだけ冷房代払うんですか?」といった内容の女性の金切り声が聞こえた。不動産会社が来たのだなと思った。それにしても、あれだけの騒音クレームがつかないと考えていたのなら凄い話だ。そもそもあの子どもは、歌うでもなく喋るでもなく、悲鳴だけをあげ続けているって…大丈夫なのだろうか。前にすれ違ったときは4歳くらいに見えたけれど。母親はなんか…ナチュラルっぽいスタイリングのわりにトゲのある雰囲気の女の人だったな…などとぼんやり考えていたら、浅く眠っていた。そしてその眠りは、階上から聞こえた「何であたしだけ…!」という凄まじい叫び声と、力いっぱい窓を閉める衝突音で破られた。

それからは静かなものだった。叫び声は聞こえるが、今までを10としたら1か2程度のボリューム。突き刺さるよう鼓膜を攻撃してきた音の質も、くぐもってマイルドになっている。これなら眠れる。それがただただ嬉しかった。

それからしばらく経った今、階上からは相変わらず、小さくくぐもった音で叫び声が聞こえる。前とは違う点は、母親の金切り声が聞こえるようになったことだ。たまに、父親の声らしきものも。

子どもが嫌いだ」と話していたご近所さんと顔を合わせたとき彼女は話していた。あの騒音のおうち、お母さん凄いこわいんですよ。すれ違うと睨んできたり。この前挨拶したら、なんか知らないけど鼻で笑われて。意味分かんないですよね。私が怒られてんの?はぁ?っていう。むしろご迷惑かけてすみませんとか無いわけ?みたいな。なんか完璧こっちが悪者だと思われてるっぽくて。

私(あるいは私たち住人)は、きっと母親を追い詰めたのだろう。いま、子どもへの虐待に発展する可能性を考えると恐ろしい。

では、私は不動産会社クレームを入れるべきではなかったのだろうか。私が窓を閉め耳栓をすれば万事丸く収まったのだろうか。もしかしたら、階上子ども情緒や発育に何かしらの障害があるのかもしれない。母親ギリギリのところで子育てに奮闘しているのかもしれない。しかし、その母親に「目が覚めるほどの騒音を立てないこと」を期待するのは間違っているのだろうか。

2011-07-10

http://anond.hatelabo.jp/20110710221852

論文でもなければ学会発表でもないただのブログに何求めているんだ…

ご近所さんを相手にした日常会話でだって医者の肩書きと、その専門分野の話は、説得力や信憑性が違うと思うんだが?

冗談として欲しいなら冗談だと断るし、会話で明示するだろ、専門家の専門分野についての話なら。


んで、学会発表論文でなければ適当に書いてるなら、「精神科医」なんて立場の表明はいらない。

肩書き無で素人の戯言とすれば良い事だ。


こうして、gdgdに擁護が必要な時点で、肩書き使ったdisりだと、認めるようなもんだぞ。

でなけりゃ、「論文でもなければ学会発表でもないただのブログ」なんて断りは要らない。

2011-07-03

http://anond.hatelabo.jp/20110703171450

嫌いだと思っても離れられない人間に直面したとき

それが友達なら刺激しないようにするし、

同僚なら愛想笑いを振りまいて喧嘩にしないようにするし

ご近所さんならゴミ出しのタイミングで一緒にならないようそれとなく注意するし

とりあえず喧嘩とか自分マイナスが大きすぎる事態にならないようやり過ごすしかない

それが自分子どもならやり過ごす期間がちと長いけど、それでもやり過ごせばいい、

いわゆる武術の心

ママンが愛情を注いでくれなかったせいで私の人生めちゃくちゃよ!!」とか

から言われたって

愛情がないんだからしかたない」って言うしかない

運がよければやり過ごしてるうちに愛情っぽいものも湧いてくるかもしれないし

てきとーに刑務所に行かないようにがんばれー

君を縛るのは愛情じゃなくて法だけだ

2011-03-15

ネットが繋がった

ネットが繋がってたんで情報集めてたけど、なんか今はどーでもいい話ばっかりだ。

しい話も泣ける話も怒れる話も恐れる話も、全ては今この状況を生き抜いて、それからでいいやと思ってるし、まわりの皆もそう思ってる。

ぶしつけだけど、地震発生から今に至るまでの流れを書いていこうと思う、こういうケースもあったよってことで、今後の参考になればいいな。色々ありすぎたんで、出来る限り簡潔に書きたいんけど、よくわからんかったらごめん。仙台在住の会社員場合

■3/11以前

地震発生の4日前くらいから、大小あれど地震が多発していた。地震にもだいぶ慣れてしまって、ちょっと揺れたくらいではなんとも思わなくなっていた。

■3/11

その日も忙しく仕事をしていた。14:46(らしいな)に大地震が発生。最初は「揺れる揺れる」とケタケタ笑っていたが、尋常はない揺れと長さに社長が「逃げろ!」と一喝、書類棚からは中身がぼんぼん飛び出している。あまりの揺れに立つことさえ難しかったので、手すりを使って飛び降りるように階段を降りた。会社ビルの6階にあるので、降りてる途中でビルが潰れて死んでしまうんじゃないか、と思った。ようやくビルを出て、市営バスの広大な駐車場に避難する。同僚たちと「やー恐かったねー揺れたねー」なんて言いながら笑っていた。辺りを見るとビルマンション、止まっていたバスがコンニャクのように揺れていた。新幹線は線路の途中で止まっていたし、SS30(なんか仙台では高い方のビルね)のアンテナがボッキリと折れていた。社長上司に「宮城県沖地震と比べてどっちがヤバい?」と聞くと「今回の方がヤバい」と言っていた。揺れが収まってから会社に戻り、防寒具、貴重品、飴玉やお菓子を運びだした電話も何も繋がらないので、お客さんと連絡が取れるはずもなく、津波が街まで到達するという知らせをパトカーから聞いたので、今日は解散ということに。社長の「明日はいつもお通り出社して片付け方すっとわ、そんじゃみんな気つけてけえってな」という言葉で僕らは散った。その日僕は車で出社していたので、車を停めていたヨドバシカメラの立駐に向かった。停電のために料金所が使えず、無料で出庫することが出来た。しかしながら、道路はかつて見たこともないような大渋滞で、とても車で帰れるような状況ではなかった。自宅の方向が一緒の上司と歩いて帰ることにした発電機が付いた信号以外は全部止まっていたので、輪をかけて渋滞がひどくなっていた。日本革新連合会という右翼街宣車が自慢の拡声器交通整理をしていた、ちょっと泣けた。やっとこさNHK前までたどり着き、街頭テレビをみると、津波漁村をさらう映像、製鉄所が轟々と燃えている映像、とても信じられない禍々しい映像が映っていた。この時はじめて自分たちがどんな状況かわかった。またしばらく歩く。歩行者の列の中、泣き叫ぶ赤ちゃんを抱えたお母さんがいて、周りの人が赤ちゃんに毛布を掛け直してあげたり、フードを深く被せてあげたりしてお母さんを助けてあげていた。仙台泉線という道路をひた歩いた。通りに面している建物は本当に悲惨だった、車屋の窓は割れ落ち、マンションのレンガ風の壁が崩れ落ち、歩道は隆起して歩くのが困難だった。ふと一人のおばあちゃんが、僕らに声をかけてきた。なんでも旦那さんがいる老人ホームに行きたいだが、道に迷ってしまったようなのだ。上司と僕で老人ホームを探して、職員さんに事情を説明しておばあちゃんを保護してもらった。またとぼとぼと道を歩く、その時はだいたい17:00頃で、場所は虹の丘というところを歩いていた。後ろから上司を呼ぶ声がする、上司の息子の同級生が僕らを見つけたので、車で送ってくれるということらしい仙台駅から8kmほど歩いただろうか、膝も腰も股関節ヘロヘロ、昼飯も少なかったから疲労困憊だったから、すごくありがたかった。上司の家に着いて、玄関を開ける。中は酷い有様だった。まず靴箱が倒れていて中に入れない。隙間をくぐり抜けて中に入ると、引越しでもしたのか?と思うほどにタンスはずれて、食器は床に散らばっている。家の中に奥さんがいないことを確かめると、周辺の捜索を開始した。もちろん携帯は使えない、仲の良いご近所さんのところにもいない、車もない。上司は途方にくれていた。避難所にいるのではないかと思って小学校に行っても、まだ小学校避難所としてすら使われていなかった。集まっていた人々は口々に「あんなに会議した予算割いたりしたのに対応が遅すぎるよ、なにやってるの」と不満を漏らしていた。いよいよ不安になって上司宅に戻ると、ご近所さんを見つけた。上司の奥さんや家族と一緒に駐車場の端っこで、車の中でエンジン焚いて非難している、とのことだった。再会した上司と奥さんは、やれ書き置きしろだの、そんな暇ねぇだのと喧嘩をしていた。まぁ生きててよかったじゃん。そこから上司の車で家に送ってもらった。車中で「明日仕事行けるっすかね?」と聞くと、奥さんに「なにいってんの!行けるわけ無いでしょ!」と言われた。続けて「仙台空港だって津波に飲み込まれてんだよ!」と。正直耳を疑ったが、カーナビテレビをみると、本当に仙台空港が飲み込まれていた。愕然としたが、今まず自分が生きることで本当に精一杯だ。この先何を食って、どう生きるか、そればかり考えていた。やっとこさ家につく。時間にして19:00頃だろうか。一寸先はどうなっているかからない最中に送ってくれた上司には頭が下がった。家も家族も無事だった。唯一、警官の兄が帰ってきていなかったが、無理もない。両親はろうそくを灯してラジオを聞きながらソファに横になっている。地震後すぐに片付けをしたらしく、家の中はそんなにぐちゃぐちゃになってはいなかった。この時までは、まだ水道とガスは来ていたが、それから2時間ほどでその2つとも供給は止まった。停電冷蔵庫が使えないので、残っていたアイスを溶ける前に全部食べた、この日の晩飯はこれで終えた。自分の部屋の本棚ギターパソコンモニターが倒れている。この部屋にいたらきっと怪我をしていたことだろう。今後高い本棚を使うことはやめよう、そう思った。当時情報を得る手段がラジオツイッターしかなかった。携帯は電池が切れるし、電気が来てないので、充電のしようもない。車なら充電できるし、テレビも見られるし、エアコンで暖も取れる。そうしてエンジンを焚きながら携帯電話を充電した。他の家でも皆そうしていたようだ、おそらく皆この日に結構な量のガソリン無駄したはずだ。車内でツイッターを使い、連絡が取れる範囲の人とは連絡をとった。十分に充電をしてから、この日はリビングに布団をしいて寝た。

■3/12

7:30ころ、両親たちの支度の音で目覚める。父は出勤で、母は介護施設に預けられる。父の車に便乗して出社することにする。この日は道もさほど混んでおらず、ストレスなく走ることができた。しかしながら道路の状態はひどい、アスファルトが隆起し、ひび割れて飛び出し、橋のつなぎ目は例外なくずれ、その度車を突き上げていた。周りでは緊急車両が忙しく走り回っている。街中の交差点では警官交通整理をしていた。父曰く倉庫しまわれていた新車両パトカーも投入されていたらしい。父が勤める署内も人員が遺体回収に駆りだされ、人は少なかったようだ。つまり、今の宮城県警は非常に手薄だということだ。程なく会社に着いたが同僚は誰もいない。上司に連絡するも「ん、こなくてもよくなったんだわ」とのこと。せっかく来たのに。。。と思いつつ、昨日置き去りにした車を回収する。すでにコンビニ携帯充電所には長蛇の列が出来ている。しかし、いずれのコンビニ開店している様子はなかった。開くかもわからないコンビニの前に、長蛇の列が出来ていた。ご苦労なこった、と思いつつ、家路についた。家に帰ると少し様子が違う。電子機器キーンという音がした電気が復旧したいたのだ。冷蔵庫電子レンジ炊飯器もポットもテレビも使える!そう思ってテレビをつけたが、我が家はケーブル回線を使っているため、テレビを見ることができなかった。まぁ、飯が炊けるだけ全然ましだ、と少し安心し、することもないので昼寝をする。昼寝から起きると両親が帰ってきていた。両親の晩飯は昨日ひねり出しておいた水で米を炊き、だるまストーブで温めた味噌汁を、僕は買い置きしてあったカップ麺を食べた。食後、会社カップ麺を備蓄していたことを思い出し、回収しに行くが施錠されてしまい、カードキーも使える状態になく中にはいることができなかった。そうしてこの日は終わった。


■3/13

この日はだいぶ暖かかった。月曜から出社する。という話になっていたので、社員間で連絡をとりあうという事になったが、やはり連絡が取れなくなる人がいた。取引先がパソコンと僕達ごと東京にさらって仕事をさせようとしている、なんて不穏な話があったので、どういう事なのか聞き出した会社に行くことにした。もちろん誰もいなかったので、近くに住んでいる役員の家に直接行くことにした。程なくして役員がやってきて、「○○さんと〇〇さんの家に行って出社の旨伝えてくる」「じゃあ俺は〇〇さんと〇〇さんとこ行ってくるわ」と打ち合わせをして、それぞれ足で人を探し回った。昨日とは打って変わって道路は大渋滞スーパーコンビニガソリンスタンドには凄まじい行列ができている、どんなに小さな店でも必ず人が並んでいる。幸いバイクで動いていたので渋滞に悩まされることはなく、それぞれの同僚の家を回っていく。家を訪問するたびに「水はあるかいごはんはあるかい?家にまだ水があるから持って行きなさい、お菓子もあげるから」といろんなものをもらった。物乞いするつもりは全くないし、荷物が多いと動きが鈍るので多少困ったが、ありがたくいただくことにした、非常にありがたく、申し訳なく思った。福田町、というところに住む同僚のマンションに行く途中、45号線を走った。テレビでよく見た七ヶ浜の石油コンビナートの煙が見える。下から見上げる黒煙は、テレビで見るよりもずっと巨大だった。結局その福田町に住む同僚は留守にしてあり、申し送りすることはできなくなった。バイクガソリンを使いきり、リザーブも残り僅かのところでぎりぎり帰宅することができた。下手にガソリンを使い切るものではなかった。。。電話回線は徐々に回復しているものの、自宅ではまともに受信できなかった。山一つ高いとなりの団地まで移動すると快調に電波が入ったため、そこの空き地でしばらくツイッターメールなどをして連絡を取り合った。その日の夜、高校の先輩からメールが入った。ガソリンが無いので余っていたら実家まで送ってほしい、ということだった。場所若林の古城、という所だったため、命に関わるかもしれない、と思い迎えに行くことにした。そうして国道4号線沿いにある先輩の住むマンションに到着した津波が近くまで到達したことを伺わせるように、外は磯の臭いをさせていた。マンションはところどころ天井が崩落しており、危険な状態だった。ひとまず先輩を預かり、実家である富谷町まで移送した。帰り道、片田舎にあるガソリンスタンドに目をやると、夜中の11時にもかかわらず2km程の渋滞ができている。みな翌日の開店を待って行列をなしていた。それほどまでに、皆ガソリンに困っているのだ。家に帰って程なくすると、兄が大地震以来はじめて帰ってきた。荷物をとりに戻ったのだという。どうやら兄は南署管内の本部にいるらしく、大変忙しいのだそうだ。「コンビニガソリンスタンドでは暴動、略奪が起きている。通報が無いだけでいろんなところで起こっているから気をつけるように」と言われた。加えて「テレビとかラジオでは荒浜に2~300死体って言ってるけど、そんなもんじゃねーからな、1000は余裕で超えるぞ」とも言われた。報道ネットでは綺麗な部分しか出ず、礼儀しい、とか、皆冷静だ、と言うが、実際はそうでもない。避難所では大人が子供の食料をひったくり灯油やガスボンベから目を話したスキに盗まれた、という話もこの日に多く耳にした風呂に入らぬまま3日目となり、体はベタベタ、髪にワックスも付けてないのに自由自在スタイリングが出来るようになっていた。パンツも変えていなかったので久々にパンツをかえることにした。不潔な状態でも大分慣れたが、さすがに辛い状況ではある。


■3/14

この日は出社日だった。2名を除く社員13名が揃った。それぞれ、家族の安否や地震後どのように過ごしたか、スーパー情報や給水所の情報ライフラインの復旧状況などを話し合っていた。それぞれ親類が漁村に住んでおり、連絡がいまだに取れないなどの不安を抱えながらも、冗談など言い合いって気丈に笑っていた。取引先との連絡も取れ始め、ほとんどの案件震災で中止になったが、スーパー広告だけは違った。3/25折込のチラシを打つとかなんとかで、制作することになったらしい広告なんて打たなくても客が来る今、被災者である僕らがこのチラシを作るのはおかしいだろ、そこに載ってる商品、ホントは俺達が欲しいのに、なんて苦笑いをしながら「ま、仕事仕事から」と言ってスケジュールを組んでいた。忍耐強いのか、ただの奴隷なのかよくわからないけど、この震災を生き抜いて、生活を立て直すには今の仕事を守るしか無いのだと、そう思った。職場の周りは電気水道が通り、そこかしこ炊き出しが行われていた。と言っても、もちろんお金はかかる。皆行列を作っておにぎりを買ったりしていた。上司たまたま仕込み中の店を見つけ、一番乗りで150円カレーを食べることができた。ルーがすごく緩かったけど、とても美味しかった。行列をつくっているとなりの店を尻目にカレーを食べていると指を刺されたり、じっと見られてすごく居心地は悪かった。ここ数日、袋を持って歩いているだけで、じっと見られることが多くなっていた。この地に住む誰もが行列や順番待ちに飽き飽きして、一様に殺気立っているのを感じる、もちろん、これを書いている今も。家に帰って、ダメもとでテレビをつけると、綺麗に映像が映し出された。ケーブル回線が復旧したようだ。あまりの嬉しさに僕は叫んだ。大地震があった日以来、大きな画面でテレビを観ていなかった。鮮明な映像で見る自分の住む街は、目を背けたくなるほど酷い有様だった。友人達遊んだ思い出の浜や、そこに住む人々も、家も、跡形もなかった。自宅から30分もない距離にある街が、ただの更地になっている映像を見て、一瞬息が止まったのを覚えている。繰り返し流れる遺族の叫びと、デリカシーのないインタビュー映像になんだかとても疲れたので、また昼寝をする。目を覚まして、今度はネット回線のチェックをしたネット回線も復活し、とにかく喜んだ。この数日何があったか無我夢中で調べたが、なんとも空っぽ情報で溢れかえっていた。「被災者のために歌を歌います、これしかできないけれど」みたいな話や「このツイートが感動した」とか「被災した人たちも頑張ってるんだ、私も頑張って仕事しなくちゃ」とか「東京のどこそこで買い占めが起きてる」とか、被災地の皆が今のいま命を長らえるための情報ほとんど無かった。人が死んでんだぞ、おそらく死者はこのまま1万を超えるよ。そんな状況で、なんで美談たいな話が出るのか全く意味がわからなかった。似たような話をテレビでも流すようになった。出来れば、そんな感動話みたいなものは震災から立ち直ってからにして欲しい、この震災過去の話ではなくて、現在進行中だ。

■3/15

そして今日も出社だった。取引先との話に決着がつき、必要な人員以外は招集があるまで自宅待機することになった。相変わらずの行列渋滞。未だ風呂にも入れていないしなか、東京では食料やガソリンの買い占めが起こっているという報道がずっと流れていた。おまけに噂の雨ときたもんだ。もし噂なのか真実なのかよくわからない話を信じるとすれば、僕は雨に打たれたのであまり健康上よろしくないことになるのではなかろうか。シャワーを浴びる環境などそうやすやすとはない。今被災地では口伝での怪しい情報に困り果ててる。どうすればより長く生きられるかシビアに考えている。手元にある食料や物資、燃料はひっ迫して、移動することひとつとってもリスクが高い、離れた親戚を引き取りに行けない人もいるし、安否確認さえ取れないでいる人もいる。出来ることなら、物資の補給場所時間、量についても出来る限り詳細に教えてほしいし、より苦しい人たちの所へ、より多くの物資を届けて欲しい原発に関する情報も、政府報道は本当に正しい情報を教えてほしい。この状況で命を長らえるために、正確に判断するための情報がほしい。どうか、どうかひとつ、よろしくお願いします。。。

2011-03-09

まあちょっと聞いてくれよ増田さんたち。

ネタ認定されても仕方がないと本人も思うようなネタだよ~。



昨日、仕事が終わって確認した留守電が5件入ってた。

全部同じ、知らない番号から

過去に「××君、なんで出てくれないの~(涙)」というのがあったので)

誰か間違った番号教えちゃったとかかなぁと思いつつも聞いてみると、

「○○でぇす!☆ 今度の連休東京に行くから、泊めてほしいですぅ☆」

頭痛をこらえつつ留守電を聞いた結果彼女は以前うちにおしかけてきたあの彼女で、

遊びに行ったら怒られた→先に連絡しなかったからだ!と変換して、

連休に上京して、TDRナンジャとオタショップを堪能するので宿と遊ぶお金交通手段よろしく☆

彼女の)妹ちゃんの卒業記念なのだ☆ だからおいしいごはんもね☆

今度はちゃんと事前に連絡したもん、お願い聞いてくれるよね?☆

というのを「お願い」したいと。

語尾の☆は、本人がかわいく「えへっ」とか「うふふ」と言っているつもりの音声を置き換えたもの。

二十代後半のそれは客観的に聞いてこれっぽっちもかわいくない。むしろキモイ



今回こんなにゆったりかまえているのは、すでに旅行に行く予定があるから

金曜の夜に出て月曜の夜に帰ってくる予定。

ご近所さんとも仲良くなったし、家で何かあったらすぐに通報してもらうつもり。

「妹ちゃん」にはかわいそうだけれども、既知外な姉を止められないのもそちらの家族から

この際ちゃんと被害を被ってもらおうと思う。

それにしても、長子と末子が20離れてるってすごいよなあ。お母さん頑張ったなぁw

http://anond.hatelabo.jp/20110308191042

同世代既婚女性

淡々した増田の文の行間から増田の痛みや辛さがリアルに伝わってきた。

文字を追いながらわが身に起こったことのような痛みすら感じた。

といっても自分妊娠経験がないので、増田の辛さは察するに余りあるが。。。



増田が植える桜が満開の花を咲かせて、沢山の人が集まってきたところを想像した

涙が止まらなくなった。

ご近所さん通りすがりの人みんなに愛される存在になると思う。



稽留流産のことも全く知らなかったので、勉強になった。

これから経験する人にもとても参考になると思う。



旦那さんが痛みを共有できる人でよかった。



とにかくゆっくり休んでください。

2011-03-07

http://anond.hatelabo.jp/20110306131733

またまた増田です



めがね王事件から大きく脱線するが・・・

(というかめがね王のはそもそも取材ですらなかったようなので論外として)



ふと思ったのだがはてなの皆さんは事件報道自体は否定しないんだろうか。

特に加害者実名報道は、取材時に敬意(定義は置いておく)を表し配慮に配慮を重ねたところで

場合によっては対象者の人生を終わりにする破壊力があるわけだが

(取材時の配慮は不要と言っているのではありません。念のため。)

匿名でも市町村まで言及すればご近所さんや知り合いにはバレるだろう。

加害者とすれば取材も報道もして欲しくないだろうし

するなら自分の印象を少しでも良くする方向のものを望むと思われる。

といって加害者意見を評価なし、あるいは加害者意見同調してダダ漏れすれば

そらの氏のUst状態になる。



あと事件報道公益という場合の公の利益って具体的に何なのか?

こんな事件がありました皆さん気をつけましょう、だったら実名要らないのでは?

社会的制裁?制裁は裁判制度の中でなされるものでは?



自分の足りない頭ではいくら考えても分からない。

敬意とか優しさとか公益とか、抽象的な言葉って難しい

2011-02-11

恋愛脳で非モテアラサー女が

バレンタイン付近なので、一応本命のつもりでチョコを渡そうとしています(= 私)。



相手は会社同期グループの友人グループの一人で、社宅のご近所さんでもあり

今まで何度かマンツーでご飯したことがある。

ただし、常に私が誘う(ので、相手は私の好意に気づいてるのかなとふんわり思っている)。



連休前日の晩に、金・土どちらかの晩で会えないかメールで聞いてみたところ

時間後、相手の返信 : 既に予定が入ってる。○○日に友人グループでご飯するのでそのときとかは?

時間後、自分 : ○○日は仕事の都合で厳しいチョコは濡れても大丈夫なようにしてドアノブに掛けとくよ

さきほど、相手の返信 : それなら土曜の晩なら何とか。ラーメンででどうでしょう



そんなに貴様はドアノブが嫌か。本命とも何とも(まだ)言ってないぞ。

つーか空けられるんなら先に言えよ。他の複数友人に女子会の誘いをさっきしたぞ。



と、本人に向かって言えない胸の内を増田に吐き出しております

2011-01-25

担当の〇〇は現在入院しておりまして・・・」の理由

昨日、会社鏡開きをやった。去年末から出張していた2人が帰ってきてプロジェクトチーム15人全員揃ったので、プロジェクトリーダーの〇〇が少し遅めの鏡開きをやろうかと提案してきた。〇〇の実家ご近所さんにもち米農家がいて毎年そこのもち米で鏡餅を作っているらしい。今年はチーム全員に食べてもらいたいと、〇〇が特製の大きな鏡餅を作って持ってきていた。

風呂敷から取り出した鏡餅はそれはそれは大きくて測ってみると直径で1mくらい、厚みも10cmほどある。それを見て皆大喜び、子供のような笑顔でおおーでかいーと感想を漏らす。

ここで〇〇が「ちょっとあそこの椅子二つ持ってきて」といい、目の前に隙間を開けて並べられた椅子鏡餅を置いた。

「よしっ割るぞ、みんなよく見とけ!」と〇〇が言い全員ざわつき始めた。いやいやハンマーやら包丁やら無いですよ、てかここまで大きいならノコギリいるでしょなどと話していると、〇〇は瓦割りのポーズでシューシューと息を整え「ぜいっ!!!」と勢いよく腕を振り下ろした

空手をやっていて細身だがかなり筋肉質な〇〇の腕がモチを二つに割った、本当に見事だった。

分厚い辞典を何冊もまとめて地面に落としたような低くて鈍いドゴッという音が響き渡る。

ゴトゴトと椅子から転げ落ちた二つの半円と飛び散るモチの破片。

そして同時に折れた〇〇の腕の骨。

だがその瞬間を見ていた人は全員、骨が折れたとは分からなかった。

あんなに大きく分厚い鏡餅が変わり果てた姿になったのを見て全員が驚きのあまり一瞬静まり返って、すぐ後に拍手喝采歓声の嵐になった。

昼ごはんは〇〇が割ってくれたモチを切り分けて、やはり〇〇がもって来た味噌野菜を給湯室で調理して雑煮にして食べた、美味しかった。

柔らかく口当たりはなめらか、でも餅の風味がしっかり感じられ味噌との相性もばっちり。

全員が絶賛していると〇〇が脂汗垂らしながら「よかったぁ、みんなに旨いもん食わせることができて・・・、じゃ、ちょっと病院に行ってくる、後片付けよろしく」とタクシーを呼んで出ていってしまった。

3時間後、〇〇から電話があり「ごめん入院だ、ポッキリ逝ってた。全治4週間。それにしてもモチを喉につまらす人はいるけど、モチで骨を折った人はいないだろうなハハハ」と冗談を言っていた。

まあ、元気そうでよかった。



追記 19:36

書き方が悪いようですいません。

入院自体は一泊です今日はもう退院しています。

あと骨折したのは腕だと聞いていますが具体的な骨の名称は聞いていません。

2010-12-26

VOCALOID曲と歌ってみたについて(感情論

http://komonodfkdfk.blog19.fc2.com/blog-entry-16.html

http://togetter.com/li/82444

こんな感じのことがあって

http://blog.livedoor.jp/taitiro/archives/1338049.html

こんな意見が出たりしてるんだけど

常々思ってることなんかをいい機会だから書いてみようと思う。

自分VOCALOID曲は聞くけど歌ってみたはまったく聞かない方の人間

元々、人間が歌う曲ってのもそこまで好きではない。

特に録音で感情溢れるっていうのがどうも気持ち悪い。

曲を聴いてる側の心情お構いなしに再生するたびに歌声として同じ感情押し付けてくるっことに

ある意味狂気を感じるわけだ。

そんな自分VOCALOIDをきっかけにVOCALOIDの歌(?)ものの曲を積極的に聞くようになった。

理由としては変に感情が入ってないので繰り返し聞きやすく、上記のような違和感を感じにくいということが大きい。

また、聞くようになった最初のきっかけとしては機械が歌うSFチックなところに惹かれた。

近未来というか、こういった技術がどんどん伸びてほしいと考えて

直接曲を作るわけではないが、それなりに応援なり活動なりをしてきたわけ。

2007年から聞いてるのだけど当時の理想としては、

VOCALOIDに注目が集まる→研究費なりの予算が増える→さらに技術が発展する

ということを考えていたのだけど、今のところそのような動きになっていて目論見通りというか個人的には嬉しいことになってる。

そんな側からみたニコニコ動画の歌ってみたについてなんだけど

VOCALOID流行りだした初期もカバーなりが多かったか

好きにすればいいじゃないってのが第一にはある。

しかし、少しは加減というかやり方を考えろよって面もある。

歌ってる方からしたら別にVOCALOID曲じゃなくてもいいかもしれないだろうけど

自分たい人間からしたら、数少ない人間以外の歌声の曲を供給してくれてる人たちなわけさ。

ボカロP(VOCALOID作曲者)をニコニコ動画から離れさせるような真似は止めてくれってのが正直なところ。

歌う側からすれば曲さえあればなんでもいいだろうし、極端な話ボカロ焼畑にしてもかまわんのだろう?

しかし、こっちとしてはやっぱり困るんだそれでは。

なんでニコニコ動画じゃなければいけないのかというと、3年もの蓄積があるから

今更それだけの量を移動させるってのは不可能だし、色々とニコニコ動画に特化してきた

VOCALOID関連のサービスもあったりで、現実的によそにってのは難しいから

あと、よく聞くのが過去ニコニコはn次創作で発展してきたのだからVOCALOID側も寛大になるべきってのなんだけど。

理念としてはよくわかるんだけど、過去ニコニコ動画に一次創作側はほとんどいなかっただろうってのを一つ言いたい

アニメMADとか流行ってもさ、アニメ制作側とかニコニコ動画とは離れたところにいたわけよ。

自分たちにとっても親近感も何もない赤の他人だったわけ。

でもVOCALOID曲の一次創作側ってニコニコ動画っていう同じ場所を共有してる。

VOCALOIDは聞かないって人にとっては依然として赤の他人だけど

VOCALOIDを聞く側としてはご近所さんたいなもんなんだよね。

VOCALOIDに限らずだけど、一次創作者が多分今後もニコニコ動画から出てくる。

でもそういった人がその度にいなくなってしまうという寂しい場にはどうかしないでください。

作った人以外はみんなニコニコだなんて場にはしないでください。

時間をかけて最初に作った人以外がニコニコだなんてしないでください。

どうぞよろしくお願いします

2010-12-14

http://anond.hatelabo.jp/20101213235828

いやー、母親独りで云々とかは関係ないぜ。

個人的な話で恐縮だが、うちの姉が過干渉型のママなんだ。

でも、田舎母親(孫から見たらお婆ちゃん)と住んでるから家事育児は分担。しか専業主婦

から趣味時間も持てる。なのに過干渉。

 

理由。母親が婆友達を引き連れて干渉するんだな。姉の子育てに。

 

別のツリーで塾講師を悩ませてる「自分勉強嫌いなくせに、勉強しろと言う母親」もそう。

一人で抱えてるんじゃないよ。何かと吹き込まれてるんだよ。親切なご近所さんに。

から焦りもするし、見栄も張る。本当に一人で抱えてたら、見栄を張る相手がいないよ。

2010-11-26

http://anond.hatelabo.jp/20101126163216

はてな腐女子はとにかく規制反対!BL18禁化も反対!と言う人が目立つけど、

目立つか?

どこで目立ってるんだ?

ソース希望

腐の中ではそういうのは少数派。

なんでヲタクは「自分が所属する腐と違う腐」ってライン引きをしたがるんだ。

増田は「自分が所属する腐」や「所属しない腐」がどんな割合で賛成/反対しているのか、どこで数字を拾ってるんだ。

ご近所さんだけか?

2010-11-24

アートで生きていくと決めた君のために。

やぁ、元気かな。全国数百万人の「アートで食いたい」みなさん。

今回はその中でもひときわ業の深い「アートで食う」と心に決めてしまった人達アドバイスだよー。

ちなみに私はアートで食っている(とはいえ、ファインアートではないが)人である。食っている、というのは三食食えているという意味であって「儲かっている」という意味ではない。それでも尚生きていくためのアドバイスだと思ってね。

ちなみに、このエントリで対象にするのは大学生活(あるいはそれに順ずるモラトリアム期間)のうちにそれなりの結果が出ていて

「それで食べていく」には不安が残るけれど、業界的にはそこそこの評価のあるアマチュアを対象とするよ。

なにかの賞を取ってたりとかそういうね。そこにたどり着けてない皆さんはがんばってそこまで行こう。大丈夫、その先の方がそこまでよりも大分いから。大抵の人は本気でやればそこまで行くよ!

①嫁(ダンナ

基本中の基本であり、王道。まずはこれだよ!

君の収入はかなりがんばっても「バイトの方がメインです・・・」ってレベルのはずなので、おそらく一人では食っていけないよ。

とにかく大急ぎでこれをゲットしよう。そして二人で暮らそう。生活費としては二人で20万円あればそこそこなんとかなるはず。ほら、デフレだし。とすると、一人十万円。一人13万円くらい稼げば年金とか保険とかも払えるはず。ほかに「親」ってのもあるけれど、あれはかなりの確率創作活動のとんでもない妨げになるのでオススメしない。君はなにせアートで食うと決めたんだ。親孝行しなきもゃ・・・なんて俗物の発想が出てきかねない環境からはなるべく遠ざからなきゃね。更に、「俺はアート以外の収入は手に取らない主義」とまで言うならこれはもう、さっさと結婚して扶養に入ろう。年収50万円を越すと無理だけど、君たちなら余裕さ。(昔はもうちょっと多くてもよかったんだけどね、民主党死ねばいいのにね)ちなみに、健康保険は一応『内縁』がOKのはずなんだけど、現実的には難しいよ!籍は入れたほうが便利!

大学院

もちろん、院という環境は夢を叶えるにはそれなりに便利だよ!

なにせコネもあるし友人もいるし、日々鍛錬に励むこともできる。しかし、ここで重要なのはそっちじゃないよ。「奨学金」のほうだよ。なにせ、現代日本奨学金というのは「こいつら脳にウジでもいるんじゃね?」ってレベルの壮大なるザル融資なので、借りれるものは全部借りよう。この時代にそれはちょっと憚られるって?じゃあ君の尊敬する人の経歴を見てごらん?アーティストなんて一部の例外を除いて、大体人間的にはゴミ以下のクソ野郎だよ!いつも心の石川啄木を持て!俺が言えるのはそれだけだ!

③木っ端仕事

世の中には創造性のカケラもないけれど、一応きみのスキルが活かせるゴミのような仕事、というのはあるよ。でもそれは往々にして無記名のもので君のキャリアにはならないけれど、とにかく何千円か何万円かのお小遣いにはなる。明日飲むビール代と今日煙草代が君にとっては一番大事なものだろうから、その程度にはなるよ。

とにかく、人に会ったら「こーいうことやっててこないなことが出来ますねん」と自己紹介をして売り込みをしよう。もし君にちょっとしたブ厚い面の皮があるなら名刺も作ってしまおう。「コピーライター」でもいいし『よろず雑文屋」でもいい、「メディアアーティスト」でも「アートクリエイター」でも肩書きはなんでもいい。とにかく渡しまくろう、ついでに君の過去の実績を上手くまとめたサンプルを作っておこう。すると、どっかの弱小出版社とかWEBな人とかが「あー素材足りねぇ・・・マジなんでもいいんだけどな」って時に君のことを思い出してくれるかもしれないよ!

④ともだちを増やそう

アートで食う、と自認してる君の周りにはほっといても胡散臭い連中がたむろしてることだろうと思う。その中でもひときわ、ちょっと面白い職についてたり面白いコネを持ってたりする奴、っていうのはいるもんなんだ。③の要領でそいつに売り込もう。また、君はアーティストだからちょっと気に食わないことがあるとすぐ大喧嘩したくなってくると思うんだけど、それはよろしくないんだ。もちろん君が一生アマチュアでいいっていうならそれでもいいんだよ。でも、もしも君がそれで食おうと思うなら、「頭を下げてカネになるなら最高!」くらいの気持ちになってプライドなんて犬に食わそう!

しかし、ここで一つ重要なことがあるんだ。なにせ、君はアーティストで、しかも「それで食う」と思っちゃう程度の実績は挙げたアーティストなんだ。つまりその・・・君のそのアーティスト(≒社会不適合者)っぷりを好ましく思っている人っていうのも決して少なくない。そんな人達に君が死ぬ気で仕事のおこぼれをもらおうと努力してる姿なんて見せられないよね!

この辺、アーティスト(笑)って奴の便利なとこなんだ。つまり私たちはね、たまには酔いつぶれてゲロをはきながら自殺未遂することだって仕事のうちなんだよ!この適度なバランス感覚を忘れちゃいけない。①の嫁、っていうのを書いたけれど、君と嫁は多分心理学で言うところの「共依存」の関係にあるはずなんだ。間違いなく。つまり、君はゴミ野郎(アーティスト)でなくなると嫁に捨てられるリスクがある。ここのバランス感覚だけは必死でやろうね!

⑤基本は東京

アート(笑)な人が生き残れるエリアっていうのは、実は少ないんだ。君は確かに高円寺にいれば、早稲田にいれば、吉祥寺にいれば、アートなのかもしれない。しかしね、岐阜にいたら、佐賀にいたらそれはただのキモい無職なんだ!ご近所さんのうわさになるのは避けられない!とにかく、君は上京しなきゃいけない。俺の知る限り、田舎にはマジでチャンスなんてないから急いで東京に出よう!うっかり大学選びで東京以外を選んでしまった君、急ぎたまえ。30歳になったらもう手遅れなんだよ。25歳でも相当ヤヴァイ。そして、東京デメリットである地価が高い」を①でなんとかして、アーティスティックな街(笑)に住み着こう!いいかい、確かに君は練馬区民かもしれない。それでも君の住んでるところは吉祥寺だよ!

バイト

君には創作時間が必要だし、酔いつぶれてゲロを吐く時間だって必要だ。つまるところ、バイトなんてしたくないはず。③の木っ端仕事でほどほどに稼げればまぁいいけれど、現実というのはそう甘くは無い。さて、どうしたものか。ここが難しいところなんだけれど、現実的にオススメなのは君の夢に直結する仕事。つまり、クリエイティブ(笑)なにおいのする職場だね!広告代理店派遣社員なんていいんじゃないかな!あそこは結構いろんな人に会えるしガツガツと人脈を増やすにはオススメだ。ほかに出版社」なんてのもあるけどこっちは極めて倍率が高いよ!しかし、マスコミバイトから首を突っ込むことが比較的容易なエリアなので、その辺りを重点的に探してみるといいよ!なにせ、君は「アートで食っていこう」と思うくらいの経歴を持ってるんだ意外と採用されちゃったりもするかもしれない。そこで君の才能を生かすとば口が見つかるかもしれない。まぁ、基本的には見つからないんで三日で辞めても気に病むなよ!よくあることさ!俺なんかバイトが一ヶ月以上続いたことないよ!

⑦つよいこころ

いかい、君がもし二十代の前半なら

それはきっと楽しいはずなんだ。何せ君の日々は若さに満ちている。しかしね、それも・・・まぁあくまで私の知る限り、ということだけど。26歳くらいで終わることなんだ。私はたまたま27歳くらいでちょっとした幸運とめぐり合って、とりあえず当面メシの心配はしなくて済むようになったし奨学金もコツコツと返済してはいるんだけれどね。でもね、そうなるとは限らない。残念だけどね。そんなときにどうすればいいか、俺にはわからない。しかしね、君はアートな人のはずだからいつだって自殺という選択肢はポケットに入っているはずなんだ。でも、それを行使するのはまだ早い。何故かって、君はまだしばらくダラダラ行けるはずなんだ。いいかい、どこにチャンスがあるかはわからない。たとえ若さが過ぎ去ってしまったとしても、いつだってどこかにドアはあるかもしれない。少なくとも無いとは限らない。もし君が、なんとか職をみつけてここから下りていくならそれは止めない。むしろ喜ばしいことだ。いいかい、生きていればそれでいいんだ。少なくとも君は、サラリーマンになるよりそっちがマシだとかつて人生のどこかで思ったはずなんだ。大丈夫、私が保証してやるよ。君はサラリーマンになったとしても今と同じくらい不幸だったことだろう。どうしようもないことだったろう。ほら、ここまで考えれば君に死ぬ理由はないよ。

つよいこころ最後にはそれだけが必要になるんだ。死ぬなよ!

2010-11-16

http://anond.hatelabo.jp/20101115172042

元増田です。



リアルの友達にも恥を忍んで相談してみた。

そしたらえらい怒られた。そんなもん相手にしても消耗するだけだと。

逃げられるならとことん逃げな! と言われて、ちょっと気が楽になった。


今回の狙いは、妹が「お金出せ」で、親が「お金出せ、ダメなら妹+子供引き取れ」で確定です。

親のほうは手紙にそう書いてあったので、間違いない。

妹はお金がなくて遊びに出られないのが不満らしい。またパチか。



実家ご近所さんに恐る恐る連絡してみたら、毎日ケンカでえらい騒ぎなんだって。

親が「ごくつぶしは出て行け!」で妹が「居座ってやる!」になっているらしい。

お騒がせして申し訳ありませんと土下座したくなる気持ちで謝ったよ。

恥ずかしくて穴がなくても穴掘って埋まってしまいたい。



お金についてはさらに情報があって、妹の元旦那さんに養育費の増額要請がきたそうでw

ベビーシッターを頼まないかわりに自分で面倒を見るから、その分の費用を上乗せしろと。

主婦が常時ベビーシッターを頼む理由がどこにあるんだか。

何を考えているんだかわかんないねぇと2人で笑ってしまった。

また、「家を売ったんだから半額よこせ」とも言われているらしい。

家を売るためにローンを即時全額返済しなきゃいけなかったし、

被害者への弁済をしただけでも足が出てるというのに。



いろいろ考えたんだけど、友達に借金することにしました。とりあえず200万くらい。

といっても本当に借りるのではなくて、便宜上借りることにするだけですが。

それで、一度実家に行ってこようと思います。借金の申し入れに。

「親子兄弟は助け合うものだって言ったじゃない!私のことも助けてよ!」って言ってきます。

今回貸してくれたら、もう一度借金します。それでもダメならさらにもう一度。

DQNな返しだというのは自覚しています。でもたぶん同じことしないとわからないと思う。

これで縁を切るといわれたらそこまでだし、とことん付き合ってくれるなら考える。

2010-09-04

大人気ない話

Twitterご近所さんを探してたらうちの目の前のファミレス

ランチセットを食べて店員が巨乳で大興奮みたいなの数日前に書いてた人いたんだけど、

そこのファミレスってもうだいぶ前に潰れてるんだよね。



その人アニメアイコンで、アニメキャラBOTたくさんフォロー、bioには同人アニメまいんちゃんエロ好きみたいなのがズラリ。

postも午前11時ぐらいから夜7時までBOTに向かってちゅっちゅみたいな内容なのがほとんどだったり。

偏見なっちゃうけども、この人ヒキコモリで昔の記憶を頼りにエア外出なのかなーと思って

ちょっと大人気ないけど「そこってだいぶ前に潰れた気がしましたけど、また営業はじめたんですか?」と

そこが現在はどうなってるか知らないけど、な感じでreply



多分スルーされるだろうなと思ってたけど律儀に返してくれて、「他のファミレスチェーンに間違ったかも」と。

でもそこで「間違ったかも」と二つ挙げてたファミレスチェーンのこの辺の店舗って、

駅方面にあるビル内の小さな店舗、もう片方のは隣駅まで行かないと無い。

最初ファミレス所在地(町名)まで書いてそこで食べたって書いてたし、駅の方のとか、ましてや隣駅の店と間違えるワケが無いし、

後出しで挙げたファミレスチェーンって基調全然違うから普通なら絶対間違えないし、そもそもランチセット自体無いんだよね。



あー絶対エア外出だって確信して、それ以上追求するのはさすがに可哀想なので

じゃあ跡地に他のファミレスチェーン入ったかもですねーみたいな感じでシメ。(本当は全然違う業種の飲食店が入ってる)



まあそんな感じのちょっと大人気ない話でありました。

2010-08-21

アホなことしてすごい恥かいた

その日、仕事が長引いて終電に間に合わなかった私は先輩に車で家の近所まで届けてもらった。

ここで大丈夫ですよ、と送ってもらったお礼も伝えて下りた場所は家までまだ少しある。

いつもの駅はちょうど反対側だったから最近あまり通っていない道だ。

川づたいに延びる土手をテクテク歩く、昔はよくこの土手で遊んだなあ。

坂の上から寝っ転がってクルクル回りながら「あ、あ!あ、あ!あ、あ!あ、あ!あ、あ!」とかしたっけ。

小さいの頃のことを色々思い出してノスタルジックな気分になる。

時刻は深夜、昔と何一つ変わらない場所に、夜ハイな私、水面は街頭を反射してキラキラきれいだ。

辺りをぐるりと見回してみたけど誰もいない、今がチャンスだとばかりにバックを置いて横になる私。

と、こんな風に書くとまるで生粋の頭の悪い子なのだけど、もちろんそこに至るまではためらいもあった。それもおおいに。

でも子供のころ楽しかったことが大人になるとできないのは何か嫌だというか、もう半ば意固地になってしまい暴挙に及んだ。

つまり「あ、あ!あ、あ!あ、あ!あ、あ!あ、あ!」である。

いざやってみると恥ずかしさもあったけれど、童心に帰れた気がして少しの満足感もあった。

河原の部分まで転げ落ちる。

そしてふと顔をあげ。

あ、人がいる。

寝転がる私とそれを見る男性というのは遠くからシルエットだけ見てみればさぞシュール光景だったろう。

私は光の速さで服を整えさっと起き上がったが何もかも手遅れだった。

どこかのスナイパーみたいに全身に草を散りばめた前衛的なファッションの私にその若い男性は明らかに笑いを堪えている。

もういっそ川に飛び込みたい、走って逃げたい。でもそうもいかず足の指先から頭の先まで真っ赤に染まった私はそこから動けずにいた。

いっそトコトコとすぐ側まで歩いて来たその人を川に突き落としてやろうかとも考えたけど、たぶんご近所さんだろう足が付く。

気まずい空気が流れる。

笑いながら通りすぎていってくれれば良かったものを変に律儀なのか

その男性は立ち止まって、さっきまでの吹き出しそうな顔はどこへやら今にもごきげんようなんて言いだしそうなポーカーフェイスを装っている。

髪に絡まった葉っぱをできる限りの上品な仕草で取り除きつつ私は「こんにちは、お散歩ですか、じゃあさようなら」なんて

適当に会話を済ませて一刻も早くこの状況から抜けだしたいと頭の中で会話をシュミレートしていた。

が、

「楽しそうですね」これが男性の第一声だった。

後から考えればこの人なりのフォローだったのだろう、でもこのときそれを言われた私は正直恥ずかしすぎて涙ぐんでいたと思う。

大の大人スカート履いてああああ言ってればそれは楽しそうに見えただろう、でもそこは武士の情けでしょう。

毛を逆立て顔を真っ赤にしながら押し黙ってしまった私に

少し挙動不審となった男性は、昨日引っ越してきたばかりで近所を歩いていた、そこの建物に住んでいる、近くにコンビニはないかみたいなことを身振り手振りで聞いてきた。

コンビニはあるけど駅の近くなので私の帰り道と同じ方向だ、ゆっくりと腕を上げ向こうの川岸を指して、私はあっちとまるっきりデタラメを言ってしまった。

そのままバックを拾って振り返らずに家まで帰ったけれど、あの人は橋の方までUターンして行ったのだろうか。

後日よくよく思い出してみると相手はいいお年頃の男性だ。恋愛上手なお嬢様ならこれも出会いのひとつにしてしまうのかもしれない。

でもやっぱりあんな出会いは嫌だなあ。

2010-08-09

祖母がもう嫌です

ときどきふっとやりばのない怒りが静かに湧き上がってきてどうしようもなくなることがあります。

焦点の定まらない分散した怒りで、かつ家庭内のプライベートな問題なので家族以外誰にも打ち明けられません。

文章をまとめるのが大変下手なので、非常に読みにくい長文になることをお許しください。ちょっとした短編小説くらい長いです。もちろん小説の足元にも及ばないほど読みづらくつまらないです。

最初にはっきり言っておくと、私の家族、主に祖母に対する愚痴です。読んでいて気持ちのいい文章ではありません。

ほぼ事実を書いていますが、特定されて困るようなことは変えたりぼかしたりしています。

それでもよければ、聞いてください。




私のうちは父・母・私・妹の4人家族です。

ものすごく仲が良いわけではないし、多少の家庭内事件などもありましたが、おそらく一般的な核家族家庭だと思います。

母方の祖父母と、父方の祖父はすでに他界しています。

父方の祖母は存命ですが、祖父が亡くなったのがもう15年以上前なので、それからずっと父の実家でひとりで生活していました。

父は3人兄弟の次男で、長男と三男はどちらも独身、かつ実家から離れた地域で暮らしています。

うちは父の実家から車で数十分ほど離れたところにあるので、祖父がいた頃からほぼ毎週末車で出かけるのが習慣化していました。

またほかの兄弟が遠方にいるので、墓参りや何かあった時の対処はすべてうちの父がやっていました。(祖父の葬式の際の喪主もうちの父)

幼い頃はそれを特に不思議には思っていませんでした。ただ、少なからず父に負担がかかっていることは薄々感じとっていましたが…

(母方の家族の話は関係ないので書きません)




私が高2の冬か、春になるくらいの頃だったと思います。祖母が転んで足を骨折しました。

その頃祖母はひとり暮らしなので、足を骨折した状態では日常生活に支障が出ます。治るまでうちに一緒に住むことになりました。

一時的なことですが、その間の部屋の割り当てが問題になります。

うちは一見ごく普通の2階建ての一軒家。しかし少し間取りが特殊で部屋数が少なく、ダイニングを兼ねた居間を除くと部屋と呼べるものは5部屋+1部屋しかありません。

2階が父の趣味部屋・父の寝室・母の寝室で、1階が居間と奥座敷、奥座敷と障子で仕切られたフローリングの部屋、その部屋の奥に、後から増築した離れ(物置状態)、となっています。

物置と書きましたが、離れはそれなりに広く、裏口から入るとすぐなので妹が自室として使っていました。

そして、奥座敷とフローリング合わせて12畳ほど?が実質私の居住スペースでした。

(小さい頃は2階の現父の寝室が子供部屋で現母の寝室が父母の寝室だったのだが諸事情によりこのようになってしまいました。別に父母の不和によるものではないはず…)

子供部屋ではベッドを使用していましたが、部屋と一緒に父のものと化してしまったので、私は普段座敷に布団を敷いて寝ていました。

しかし、誰かが泊まる場合は奥座敷がゲストルームになります。

祖母が座敷を使うことになるので、その間私は座敷ではなくフローリングの方で寝ることにしました。

薄情だと思われるかもしれませんが、私は祖母と本当にそりが合わないので一緒の部屋に寝ることなど考えられませんでした。

障子で仕切られただけの物音も明かりもダダ漏れ空間に一緒にいることすら嫌でした。

しかも奥の離れや座敷へ行くために通らなくてはならないところなので、部屋というよりは広い廊下のような空間です。プライベートなどとてもじゃないですがありません。

しかし何か月間かの辛抱だと思い我慢することにしました。




前置きが長くなってしまいましたが本題に入ります。

先にも書いたとおり、祖母が骨折したのは私が「高2の冬~春頃」の話です。

祖母はおよそ1年弱うちに滞在しました。

私が高3の冬までです。

高3の冬と言えば一番大事な時期。いくらマイペースな私といえど焦りには勝てず、根を詰めて勉強していました。

何もなくても、受験が近づいてくるだけでストレスが溜まる不安定な時期です。

そんなとき、先述の理由のために、私が自分ひとりだけになれる空間は家にはありませんでした。

妹が離れに行くたびに私の部屋を通ります。

座敷に行くために祖母が私の部屋を通ります。

私に用があるわけではないから、ノックなんてしません。

それは仕方ないのだと思おうとしました。

しかし、私にとって一番ストレスになっていたことは、祖母の存在それ自体でした。

祖母を邪険に思うなんて最低な人間だと思う方が多いと思います。

でも私は我慢できなかったんです。

夜中にぶつぶつと独り言のようにいろいろなこと(後述)を私に話しかけ続け、私が「もう寝たいから静かにして」と頼んでもやめてくれません。

むしゃくしゃすること(たいてい母との確執)があると、奇声を発し、ものにあたる(ベルトで何かを叩いたり)。

私に対し、母を鬼嫁と言い、またものを盗まれた、この家はとんでもない家だ、早く帰りたい、などとまくし立てます。(後述)

あまりの言い草に、私も少々かっとなりやすいところがあるので勢いで言い返してしまうと、

 ・あんなに『かわいがってやった』のに恩をあだで返すつもりか

 ・あの鬼嫁に似たのか。情けない。

 ・さては何か言われたのか。だから私にそんな口をきくのか。

しまいには

 ・孫にこんなことを言われるなんて、もう死んでしまいたい

こうです。

私も言い過ぎたなと思うことはありましたが、祖母の方が明らかに暴言を吐いているのです。

聴きたくないから黙ってほしいだけなのに、そう言うと「なぜ被害者の私が黙らなければならないのか」「言いたいことを言って何が悪い」と、聴く側の私の気持ちなど考えてくれません。

ちなみに、母の悪口は私が小学生のころからずっと愚痴られ続けてきました。

また、祖母が私に言ってくることは、母の悪口以外だと大体

 ・東京大学になど行くものではない。地元大学に進学して家から通うのが一番 ←私の意見(行きたい学部など)は考えていない

 ・私の就職について(公務員銀行員、もしくは祖母御用達デパートでなければ認めない) ←私が希望する職業など無視

 ・父が就職する際、祖父が反対して、採用されていたのに泣く泣く違う職についたという話 ←父をかわいそうだったという割には私をコントロールしようとしている。矛盾しないの?

 ・学生の男に引っかかってはいけない。働くようになってから結婚できる男を探せ。 ←話はわかるがまだ未成年なのにそんなに生々しいことを言われて気持ち悪い(19まで男女交際経験なしでした)

 ・お隣の国(お察しください)の悪口 ←昔(戦時中?)一緒に働いていたときよくない人が多かったらしい

 ・ご近所さんの悪口(わたしの家と、父の実家ご近所さんの悪口。庭の花を盗まれた、服を盗まれた、など)

でした。

私は人の悪口などを言うのも聞かされるのも好きではないので、このようなことを延々と話しかけてこられて精神的になかば参ってしまい、祖母が本当に嫌いになってしまいました。

言い返すと祖母が逆上するだけなので、無視をして布団にもぐりこんでも、布団を剥がしてまで話しかけ、それでも無言で抵抗していると孫にこんな風に扱われるとはなんてひどいあんまりだ、私は死にたくなった、の無限ループです。

しかも高3の冬です。ほぼ毎日それが続いたので、今思うとノイローゼになりかけていた気がします。

私は再三、祖母と隣の部屋で寝るのはいやだと言ったのですが、家族と言えど(母ですら)わかってくれる人はおらず、部屋はそのままでした。

年が明けると足が治っていた祖母はとりあえず家に戻っていったので、祖母が原因かはわかりませんが、センター試験の日に私は謎の胃腸炎を発症し、毎休憩のたびににお手洗いに駆け込んで戻しながらも(汚い話ですみません受験はしましたが結果は散々でした。

幸いなことに、志望は私立だったのでなんとかなりました。

それにしてもよく発狂しなかったと自分をほめてやりたいくらいです。




しかし、祖母との関係が、今の私の厭世的な性格を作り上げた原因となっていることは間違いありません。




すみません。まだ終わりじゃないんです。

長い飽きたという方はこれ以上お読みにならなくて結構です。




祖母についてもう少し詳しく書きます。重複してしまうところもありますがご容赦下さい。

先に、私が祖母を嫌いになったと述べましたが、受験前のこのできごとが原因で嫌いになったわけではありません。

これも先述しましたが、私が小学生の時から、母の悪口や近所の方の悪口を聞かされ続け、また親切の押し売りをされたためです。


祖母は私の母ともそりが合わず、お互いに毛嫌いしていました。

父と母はお見合い結婚、しかも晩婚です。家庭環境が違いすぎたこともありますが、祖母は母を育ちの悪い、性格の悪い鬼嫁と見下している節がありました。

母が結婚後も家庭に入らなかったことも原因の一つかもしれません。専業主婦だった祖母からしてみれば、父よりも帰りが遅く、夕飯を父に作らせている(実際には父は喜んで料理しています)母には不満がたくさんあったのでしょう。

(祖母は料理裁縫など名人級です。片づけ能力はありませんが)

一方の母も、いい大人の父をいつまでも子供のように過剰にかまう祖母の愚痴をいつも言っていました。

私から見ても少し異常なほど祖母は息子たちに過保護なのです。(40、50の大人に対してです…。)


それで、お互い相手のことをよく思っていないことは明白なのですが、表だっては言い合わず、二人とも私に対して互いの愚痴を言ってくるのです。

おそらく妹も同じだったはずです。しかし妹は要領がいいのか、淡白なところがあるためか、性格がいいのか、あしらい方がうまいのです。

私であればつい言い返してしまうところを、実にうまく受け流していました。

なんというか、正義漢ぶるつもりはないのですが、性格がきついとか、私自身を悪く言われるだけならばまだ抑えようもあるのですが、そんなときは必ず母のことも悪く言うのです。

祖母は痴呆とまではいかないのですが、結構昔から忘れっぽいというか、すぐにものをなくしたりしていました。

大体祖母が自分で置いた場所を忘れるからなのですが、祖母はそれを母のせいにするのです。

母が盗んだと言うのです。

私はマザコンではありませんしむしろ反抗期は母によくつっかかっていましたが、こればかりは母側に同情してしまいます。




これが母に対する集中攻撃であれば(実質そうなのは変わりありませんが)まだ問題は小さい範囲で済んでいたかもしれませんが。

祖母は祖母の家の近所の人との関係も最悪なものにしてしまっていたのです。

かなり前から、近所の誰々さんに何々を盗まれたとか、あげく留守中に家に入られてお気に入りの服を盗まれたとか言っていました。

そして、あまりうるさいので父は祖母の家の玄関と勝手口に監視カメラをつけました。

泥棒が映ったことはありません。

祖母は、私たち家族(というのも嫌ですが)に対してそう喚くだけではなく、夜中に窓を開けて泥棒ー!と叫んで警察沙汰になったり、近所の方の家へ行って、おたくの息子は泥棒だ、というようなことを言っていたらしいのです。

実は私はよく知らないのですが、他にもその地域にいられなくなるようなことをしたそうです。

いろいろなことが積み重なり、骨折が治ってまた一人で暮らしていた祖母は、再びうちにくることになりました。

今度は、前とは違います。半永久的にいることになります。

そしてあいかわらず以前と同じように母(酷い時にはついに父まで)を盗人扱いし、近所の人の悪口をわざと外で言ったりしているそうです。

私はすでに進学した時点で家を出ましたが、そのおかげで帰省するのが大嫌いになってしまいました。

帰ればまたあの悪夢時間が待っているからです。




『親切の押し売り』についてですが、

両親が共働きなため、手がかからなくなってくると私と妹は割とほったらかされて育ちました。

もっとも、幼い頃は祖母が毎日うちに来て面倒を見てくれており、それは感謝しているのですが、とにかく祖母は異常に過保護というか、かまってくるのです。

小さい頃から、なにか行事のたびに服を買ってきてはそれを着せてくれたり(それ以外の選択肢はない)していたのですが、物心つくようになってくると私は自分で選んだものしか着たくないと思うようになりました。

しかし祖母が(こう言っては悪いですが)勝手に購入してきた服を、このような言い方はしたくありませんが押し付けてくるのです。

祖母からしてみれば親切というか孫をかまいたいだけなのかもしれませんが、はっきりいって迷惑です。

祖母は買い物依存症といってもよく、服だけではなくバッグと帽子、それに靴は数えきれないほど持っていました。

祖父がそれなりに地位のある人間だったため、祖父が亡くなってからも年金があるので高級品も簡単に買えるらしいのです。

そして、何を勘違いしているのか、自分が着ようと思って買った服などを、自分には派手だから、などという理由で私に着させようとしたりします。

ミセス用の服を着られるわけはありませんし、着たくもありません。ですがいらないと言うと「なんで」なのです。

それ以上にひどいことに、洗ってはありますが明らかに着用後の下着類を送ってきたりするのです。

自分が何歳だと思っているのでしょうか。自分が着用した下着を、孫ならば身に着けると思っているのでしょうか。




また祖母は買い付けの百貨店以外は「安物だからよくない」と決めつけ、私に服を買ってやるというときはそこでしか買いません。

年2回ほど、セール?のようなものがあって、そのときに必ず私や妹に「服を買ってやる」というのです。

それはとてもありがたいのですが、いつも大量に購入した服を送りつけてくるのです。

服って自分のセンスと、サイズってものがあるじゃないですか…。合わなかったら着たくないですよね?

それが昔からずっとなのです。さすがに毎年口をすっぱくして言い続けてきたので、最近では「一緒に行って買ってやる」に変わったのですが…

それでもその時期に帰省できるとは限りませんし、まず大体にして一緒にいるのが苦痛です。

祖母は店員の前で簡単に「安物」「品が悪い」などと言うのです。(ちなみに少し話がそれますが、祖母は今まで自分が買ったものの値段をほぼすべて覚えており、このバッグはいつどこで○万円で買った、このスカートはいくら…というようにいちいち教えてきます。私はそれが本当に不気味です。私が安物のコートなんかを着ていると、ものすごい目で見られるんです。)

祖母に、いらない、と言うと、なんでと言われ逆上されます。

なぜと言われても、服くらい自分で自由に選びたいのだといっても通じません。

そしていい加減に頭にきて私が切れると、また「あんなに可愛がってやったのに」です。

そんな風に恩を着せられるような、そんな愛はいりません。

すぐに「私はお前のためを思って」「私は世界で一番お前を大事に思ってるからこう言うんだ、だから言うことを聞け」と言います。

もう頭がおかしくなりそうです。

今までずっと冗談くさくしか言えませんでしたが、この際父にはっきり言ってやりたいです。

あなたの母親は頭がおかしい。と。

いくら痴呆が進んでいるからといって、自分母親だからといって、自分の家に引き取って面倒を見ようと思えるのでしょうか。

ある意味尊敬しますが、母や私が受けてきた精神的苦痛は、祖母が家にいる限りずっと続くのです。

父の兄弟はたまに様子を見に来たりしますが、祖母を引き取ろうとはしません。

父はこんなに近くで、こんなに祖母に尽くしているのに、祖母はそんな父を(いつもではありませんが)「親不孝者」呼ばわりしたことさえありますし、たまにきてはまとまったお金を置いていくだけの、父の兄弟の方がかわいいようです。

何年も何年もうちと祖母の家を車で往復し続けてきた父よりもです。

私はそんな父のこともひどく哀れでなりません。




友人がいないわけではありませんが、友人にこんなことは言えません。

自分の祖母の悪口を言うなんて嫌な人間だとしか思われないと思います。

でもまだ実際ここに書いていない(書けない)ことがまだ山のようにあります。

私は故郷が好きなので、帰りたくないわけではないんです。

でも、家には祖母がいると思うと…

そんな風にみんなが苦痛を負いながら、むりしてうちで面倒を見る意味ってあるのでしょうか。

入院させてしまった方がいいんじゃない、という言葉が、何度私の口から出かかったことか。

でも父にそんなことをとても言えませんでした。




もしかしてこんな家庭はよくあるんでしょうか。

私のような思いをしている方は実はたくさんいるんでしょうか。




今はとにかく、帰省するのに気分が重いです…。




このような長文&駄文をもしもここまで読んでくださった方がいましたら、お礼を申し上げます。

ご気分を害された方がいましたらお詫びします。

これだけ書くのに、気づけば3時間も経っていました。

疲れましたが、ほんの少しだけ何か気が楽になったような気もします。ありがとうございました。

2010-06-25

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2010-05-24

レジ打ちのバイト専業主婦も出来ないよ

http://anond.hatelabo.jp/20100523201505

当たり前のように勉強して、当たり前のように総合職就職して、当たり前のように一生懸命働いて

当たり前のように恋愛して、当たり前のように男に養われて、当たり前のように自分が出来る仕事で満足する、のが、専業主婦パート主婦になる人間意識

正直言って「勉強すんのも就職すんのも仕事すんのも当たり前でしょ。で、仕事したらお金もらえるのが当たり前でしょ」って人は専業主婦には向かない。近所に共働きのご夫婦がいて、まだ子供はいないんだけどね。朝、6時に出勤して、帰ってくるのは夜の9時10時なわけよ。「ゴミ当番お願いします」って言ったら「えーーー? なんで、ただで作業しなくちゃいけないんですか? そんなの、ヒマな専業主婦でやってください」って、お断りされちゃいました。「じゃあ、ゴミ置き場、使わないでください」ってゴミの集積場使ってる世帯全員の意向で、ゴミ置き場を追い出したら、清掃所のほうから「しばらくは、個別に収集にうかがいますけども、特例なんで、ゴミを出させてくれる集積所を探してください」と念を押されたのだとか。

このように、専業主婦ってのは、家族からも行政からもご近所さんからも「タダで働いてくれる便利な人」なんでね。(なんで、私が、こんなくだらない仕事を)なんて考える人には向かない。

真面目な話、ほかの増田も言ってるように、会社にしがみついて、家庭生活は、適当に「ヒマな人」にやってもらって、作業レベルが低くても文句言わないってのが正解だと思うよ。

2010-05-19

実家が超ご近所の幼馴染に子供が生まれた、というので里帰りがてらお祝いを持って遊びに行ったら聞かされた、愚痴というか何というか。

 

「ちょっとさー、聞いてよぉ。Aからの出産祝、まだなんだけど。奴の子供が生まれたときさぁ、こっちはお祝い持って遊びにいったじゃん?奥さんもありがとーって喜んでたし。

あたしが子供生んだのはさぁ、知らないワケないじゃん?親からも報告いったと思うし、それより生まれたとき写メもしたし、そんでおめでとーって返事もあったし。

友達なのにありえなくね?」

 

Aというのは同じく近所の幼馴染。

 

自分は割と実家を出たのが早かったのだが、彼女とAは結構最近まで実家暮らしだったので、自分彼女自分⇔Aよりも接点は多かった、とは思うが。

 

……それは「友達」ではないからではないだろうか。付き合いは長いかもしらんが。

 

その昔、片思いの相手の彼女に「ガンつけられてる」「いじめられてる」などと思いこんでそこらじゅうで陰口たたきまくっていた(しゃべるどころか半径10mに近づいたこともないのに)ようなヤツなので、どうも「勘違いちゃんフィルター」が外せない。

 

……私も別に「友達」ではないのだよ。付き合い長いしご近所さんだからお祝いは贈るけど。

2010-05-17

猫の話

やっとびっくりした気持ちが落ち着いたので書いてみようと思う。




福島田舎集落に住む僕のばあちゃんは、猫を飼ってる。

もうすぐ30になる僕がものごごろつく頃には、

ばあちゃんの家にはいつでも2~3匹(ときにはもっとたくさん)の猫がいた。

数年前にじいちゃんが死んで、今ばあちゃんの家族は猫だけだ。



僕の両親は、同県内、ばあちゃんの家から車で2時間くらいの場所に自宅を持っている。

ここ2年ぐらいは一人暮らしのばあちゃんを心配して

月に2回程度ばあちゃんの家に行っているらしい。


長男の僕は東京ニート色違いみたいなことをしてる。



母とばあちゃん(嫁姑だ)は、小町で見かけるような嫁姑戦争はしてないけど、

「すっごく仲がいい」とは言えない。

でもまぁあたらず触らずの関係を築いているようだ。



母はよくばあちゃんについての愚痴を言う。

僕はそれをきいて育ったから、ばあちゃんを心から好きかって言われると、

僕と常識が違うなって思うことがあるけど、

なんたってばあちゃんの家には猫がいる。



僕は飼ったことはないけどネコが好きだ。

だから猫が好きなばあちゃんも好きだ。



母は猫があまり好きではないらしく、

(原因は子供の頃いとこの家に泊まった時、いとこの家の猫が母の布団におしっこをして、

それを母のおねしょとされたことだと言っていた。僕はそれを信じていた)

ばあちゃんちの猫ともあんまり仲良くしようとしなかった。


でも、テレビ写真の猫を見て「かわいい」と言ったり、

猫をモチーフにした雑貨を作ることもあって、

僕にはそれがちょっと不思議だった。




昨年の夏、母と電話で話していたら、ばあちゃんちの猫の話になった。



「また妊娠したらしいのよ」



両親がばあちゃんに旅行にでも行かないかと打診したら、

猫が妊娠しているから行けないと断られたらしい。



猫を飼っているといっても、地域猫とイエネコとの中間みたいな飼い方だし、

そもそも小さな集落ペットのお医者さんなんていない。

ばあちゃんは車の運転はできず、街まで買い物に行く時はご近所さんのお世話になってるぐらいだ。

去勢? なにそれ? チンコとる? かわいそうじゃんなんでそんなことすんの』な世界だから、

当然妊娠もする。

子猫は親猫が根性で産む(普通のことだろうけど)。



子猫楽しみだねー」

「全然楽しみじゃないわよ。またどれが親だなんだって適当な話し聞かされんのよ…」



母は憂鬱そうだった。



そこで僕は少し気になった。

ばあちゃんの家では何度か子猫が生まれている。

でも里子に出したという話は聞いたことがないような気がした。

田舎のことだし、自然地域猫野良猫になっているんだろうか。

僕は猫好きだけど猫を飼ったことはないし、詳しいことがよくわからない。



「そういえば生まれた猫ってどうしてんの?」



母は沈黙した。



「? 誰か引きとってくれてんの? それとも自然にいなくなったり死んじゃったり?」



「違うわよ!」



母は叫ぶようにいった。



「生まれたら川に流してんのよ!」



今度は僕が絶句する番だった。



「ちこちゃん、ちこちゃんなんて言って可愛がってるのに」

「あれが父親だー、子どもできたんだーなんていってさんざん可愛がって人に言っておいて」

「生まれてしばらくしたら家の前の川に捨ててんのよ!?」

「お母さんもう、お腹のおっきな猫を見たら気分が悪くなちゃうの」

「理解できない」



母はしばらくひとりで話し続けた。

僕はあ、う、とか声を出すことしかできなかった。



「あー、あんたにはずっと黙ってたのに、ついに言っちゃったわ!



その日、他に何を話したのかもうほとんど忘れてしまったが、

「ちゃんとご飯食べなさいよ」「服もまともなもの買いなさい」といつもの忠告をくれ、

そして母は「ごめんね」と言った。それで通話は終わった。



あれから約10ヶ月がたった。

子猫が生まれたのかどうか、母は話してくれなかった。

お盆にも正月にもGWにもにもばあちゃんの家に行ったが、

子猫の気配はなかった。




そういえば僕が子どもの頃、一度ばあちゃんちの家の前の川が大増水して、

2階建てのばあちゃんちの1階が半分ぐらい水に浸かったことがある。

子どもだった僕はには正確なところはわからないけど、

結構な被害があったようだ。

当日は母方を含む親戚総出の救援部隊が組まれたほどだった。



川は今ではすっかり整備されて、いつも低い水位で静かに流れている。

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