はてなキーワード: 西又葵とは
取引先にアラフォーの女性部長さんが居る。三十代後半という若さでのスピード出世も納得の、大変仕事の出来る人だ。
彼女が最近結婚した。お相手はアラサーの自由業のイケメンらしい。とても羨ましいと思った。
年配の男性が容姿の良い若い女性と結婚する事や、周囲の男性がそれを羨望の眼差しで見る事が、以前はとても気持ち悪かった。
女性を物(所謂トロフィーワイフ)と見做し、人格を否定する行為だと思っていた。
でも、女性だって「若いイケメンと結構したい」という気持ちはある。社会的に成功してお金を得ればそれを叶えられる。西又葵とか宇多田ヒカルとかもそう。
賛否両論、美濃加茂市「のうりん」美少女ポスター。炎上は避けられなかったのか - エキレビ!(1/4)
これ読んで、これのブクマも読んで。
「住人以外の批判は控えめにすべき」とか
そういう反論はさ、ありだと思うんだよ。
「同じ理由でそのうち性別がわからないようにヒジャブ被らないといけないんじゃないか」
とか言ってる人に聞きたい。
えっ、それ真面目に言ってる?
フェミ女嫌いだとか
そういう理由じゃなく、
「女の子をエロく見せるために描いた絵」の区別がつかないかんじ?
たとえばこのパッケージ絵と
JAうご 美少女イラスト パッケージ商品 | 西又葵先生とのコラボ商品 お米 カレー
http://aoinishimata.jugem.jp/?eid=5064
問題になった絵と
この絵って、演出、とりわけエロさの強調技法としてまったく同じに見えてる感じ?
誤解しないでほしいが、
「エロさを強調した絵をポスターにしちゃいけないかどうか」とか
議論百出でいいと思うのよ。
ただ、「あの絵がダメならふつうの女の子の絵もそのうちだめになる」とか
絵を描くがわとしてもがっかりではねーかなと
そう思うわけです。
http://anond.hatelabo.jp/20100606171830
萌えアニメに適用すると、スカートめくりしてあんちゃんがんばれーしてくれる少年が出てこないってことか?
なるほど、興味深い視点だ。
西又葵原画のエロゲー(Nableの、と表現するより適切だろう)だと毎回出てくるんだよな。
エロゲだと肝心のパンツの中身は主人公(プレーヤー)だけのものなのだから、おこぼれとしてのパンツぐらいなら少年に見せてやっても許容範囲だ。
またエロゲユーザーは18歳以上の大人だから、エロを若い少年たちに分け与えてやるのが大人の役割だと認識している。
一方、萌えアニメならパンツの中身は本編には存在しない。同人誌では補完されるが。
せいぜいパンツか、パンツ放映禁止ならお風呂がサービスの本体なのだから、それを主人公(視聴者)以外に分け与えるなどとんでもない!
スカートめくりしてあんちゃん支援してくれる少年が萌えアニメに出ないのは無理もないだろう。
だが、スカートめくりしてあんちゃん支援してくれる少年がいたら厚みのある萌えアニメになるのだろうか?
えっちなことはいけないとおもいますと言って分かってくれない壮年層に圧迫される青年層の主人公とヒロインが、無邪気に曇りのない純粋なスカートめくりする少年層を見て自分も凝り固まっているのではないかと悩めば、みっしりした萌えアニメになるだろうか?
今思い返すとどうして自殺しなかったのか不思議なくらいだった。
今までいた田舎から東京に放り出されて一人暮らしを始めたことは、僕が過剰な開放感と万能感を持ってしまうのに十分だった。
自力でお金を稼ぐ快感に酔いしれた。大人だと錯覚した。家賃は仕送りしてもらっているのにも関わらず。
そしてパソコンを買った。免許もとった。バイクも買った。モノには困らなかった。
そうして自分の能力を錯覚した自分が次に手を出したのは、同人活動だった。
それなりに秋葉原に通ってはいたが、幼い頃から絵を描いてきて絵描きに憧れていたというわけでもなかった。
それは単純だった。クリエーターがかっこよかった。
というのも、周りの友人がヲタク的素養が半端無く、原画家やシナリオライターは神扱いされていた。崇拝されていた。
ヲタク世界で崇拝されることは世界の全ての頂点に思えていた。西又葵は日本で指折りの金持ちだと思い込んでいた。
知り合いの中にたまたま、コミケですんなり壁サークルに上り詰めた人がいた。
当時は無意識であったがどうも自分は顔を広げることは得意であったようだ。
その人にアドバイスを受けながら僕は元気よく描いた。
一応、高校の頃勉強がつまらないと落描きをしていたことはあった。とはいえその程度だったので最初の評価は酷いものであった。
それをバネにして、描き続けた。
ちなみにこのあたりで学校に行っていないのが親にばれ、退学してフリーターになった。
週6で夜勤に入り、日中は単発バイトがあるときはそれをこなし、ないと描いた。
そうして2年ぐらいしたところで、ふとある新商品を見て電撃が走ったのだ。
「これは流行る」
ずっと流行ジャンルに乗り遅れていたが、何故かその時は確信があった。
日中のバイトをしばらく減らして、描いた。
売れた。
そして僕は、部数にして4桁出せる同人作家になった。
相変わらず週5で夜勤のバイトは入れていたので収入はなかなかのものだった。
新しいバイクを買った。車が視野に入った。程度のいい中古のBMWすら乗り回せるんじゃないかと皮算用した。
いくつか商業の話は来ていた。
しかし、ラノベイラストやピンナップなどの単発仕事は何故か胡散臭いものだと当時の自分は考えて断っていた。
そうしているうちについに来た。
エロゲー原画。しかも自分を主軸に据えてくれるという。ふたつ返事でOKした。
そして、転落が始まったのだ。
待てど待てど上がってこないシナリオ。
自分を拘束するための「仕事のための仕事」、長ったらしい会議が繰り返された。
そうして消耗しきった頃、ついにシナリオが上がってきた。
イベント画の指定も一気にきた。
どう見ても絵にならなさそうなシチュエーション、どう見ても惹きつけなさそうなエロ分の少なさだった。。
同人経験をばかにするプロも多いが、その同人経験ですら、これは売れないと確信した。
そもそもシナリオに凝った結果、原画にしわ寄せが来るという状況が大間違いなのだ。
悲劇的なことに、プロデューサーはシナリオライターに心酔していた。
僕は描かなければならなかった。
明らかに売れないであろう失敗作とわかっていながら、描き続けなければならないことがどんなに苦痛か。
そうして、大失敗作はついに世に送り出された。
結果は散々だった。
自分たちのチームも加担したのかは不明だが、運悪く会社がちょうど傾いていた時だった。
社内はギスギスしていた。次の製作の予算がでるかわからなかった。
プロデューサーはだんだん「俺の言うことに口を出すな、気にくわないなら辞めろ」というスタンスになっていった。
相変わらず、シナリオライターには甘かった。
初めて人間に対する不信感が湧いた。
それがトリガーになって、今まで知らなかった他の世界に対する興味が湧いてきた。逃避の意味もあったんだろう。
お金を稼いでいる人や社会的に何か成し遂げている人のブログや本を、嫉妬心と不快感に苛まれながら読み漁った。
世界は果てしなく広かった。西又葵はそこまで金持ちではなかった。そして自分は仕事の本質を知りつつあった。
いつの間にか、生活リズムという概念は消え去っていた。なんども倒れた。精神科で薬を処方された。
毎晩薬を飲んで眠りに就く時間だけが幸せだった。数時間で目が醒めてしまうのだが。
突発性難聴を繰り返し、耳はもはやあまり聞こえなくなっていた。
しかし懲りずに自分の所感と成功者の言葉からヒントを得た、今後のブランディングをプロデューサーに説き続けた。
駄目だった。どころか、よりワンマンになっていった。
そして自分はひとつの疑念を確かめるべく、こっそり外注で他のエロゲーの製作を手伝いはじめた。だいたい予想通りだった。
時が経ち、作品が送り出されていった。もちろん、どれも売れなかった。
そして、僕はそっと、一つの夢の後片付けを始めた。
それからまた時が経った。
僕は年収4桁を数えられるようになった。
相変わらず忙しいことに代わりはないが、前向きに目標が立てられるいい業界、いい仕事だ。
仕事は突き詰めればつまりサービスであり、人に届いて初めて価値を生む。
そして、自分のした仕事の成果というのは、その仕事の品質とそれを受け取った人の掛け算だ。
エロゲー業界はあまりに受け取る人が少なすぎる割に、前者の品質だけは異常に求められる。
あまりにアンバランスな掛け算なのだ。
世界が見えていなかった過去の自分ということを引き算しても、まだまだ、後者の「受け取る人の規模」をしっかり理解して仕事を選べている人は少ないと思う。
資本主義社会が続く限り、この掛け算さえ忘れなければ、どんな状況からでも這い上がれると思う。
そして、絵描きさんへ。
本当に自分の描きたいものを描きたいのならば、プロにはならないことだ。同人の方がよっぽどピュアだ。
http://blog.livedoor.jp/seki_fujiki/archives/248702.html
常々思っていることだけど、自分のブログに書くと炎上間違い無しなので、匿名ダイアリーで書くことにした。
例外も多いが、同人的に大ブレイクするにはある程度の条件がある。
絵が「微妙」なことだ。
あえて下●とは言わない
ファミコン版のファイアーエムブレムや、ときめきメモリアルの第一作の絵はかなり野暮ったいものだ。Keyの「いたる絵」は、最初見たときには目を疑った。To Heart もPC版の作画は当時のレベルからしてみてもさほど良くは無いはずだ。月姫が出たとき当時のTypeMoonの絵は、素人臭いというのが第一印象だ。
そういった、ビジュアル的な弱点を持ちながら、ゲームシステムやシナリオが秀逸であることが同人活動の盛り上がりに関係するという感覚がある。
突っ込みどころの少ないスキの無い絵柄は、同人のネタになりにくい。リーフでも「こみっくパーティー」あたりとなると絵に関してはクオリティ管理が安定してくるが、逆に狂ったようなブームになることもなかった。判子絵と揶揄される西又葵にせよ「べっかんこう」にせよ、ある程度のアベレージは常にクリアしている。大槍葦人あたりになると、カユいところからパンツの中まで手がいきとどいていてやることが無い。
ひねくれた見方をすれば、「ゲームとしては良いんだけれど絵が駄目だね。俺ならもっと可愛く描けるぜ」といった歪んだ自尊心が同人の動力源なのかもしれない。(オリジナルの作家の心理は微妙だろうけど)完成度がある程度高いと、同人でやる意味が少なくなる。それは多くの作家の場合は劣化コピーになるだけだ。
「萌え米」高齢化の町救う、ひと月で2年分販売 秋田(1/2ページ)
http://www.asahi.com/business/update/1218/TKY200812180176.html
あくまで仮定だけど記事中にある2500件が2年分だとする
とすると今までは1月平均104件の注文があった事になる。
精米 5キログラム 2,730円(送料別)
精米 10キログラム 4,600円(送料別)
単純最低額 2,730円×2,500件→6,825,000円
単純最高額 4,600円×2,500件→11,500,000円
単純平均額 9,162,500円
104件時代…いや価格同じかどうか知らんので同じ値使うけど
単純最低額 2,730円×104件→283,920円
単純最高額 4,600円×104件→478,400円
単純平均額 381,160円
あー
地元の親父がコレ見たら悔しがるだろうな・・・