はてなキーワード: ヒラコーとは
フェミだの弱者だの言う度に炎上しては発散してブコメ欄が自己紹介の嵐になるわけだが、一回整理したいと思う。
だからなんだという話ではなく、きっと言いたくなった「ソレ」がオマエの脳内の自己紹介になる。
全16セットだな。
もうこの軸で既に炎上しそうだが、「キモくなくてカネのある若い女性」は救われるのか、という話。
まあ、若者のほうが稼げることは少ない。
普通は年の功というか、年功序列でというか、スキルの積み上げというか、
就業年数が長くなればなっただけ、社会的な信用も、賃金も上昇していく。
日本はかなりハッキリ、賃金カーブで見て明らかに女性が冷遇されてる。
つまり、カネのあるオバハンってのは、かなり頑張ったか運が良かったか何にしてもレアだ。
そもそもカネの有る無しで言えば、圧倒的に男性は恵まれた環境だといえる。
これは逆に救いがない。
ワリと残酷なことを繰り返すが、女性の賃金カーブは、一般的に男性よりも低い。
つまり、統計的にみると、年上の方が給料増えたり、しない。年功序列効果薄い。
有り体に言えば、女性は若かろうがオバハンだろうが、給料に差がつき難い。
おもしろ経済学系のセンセが論文書いてたりするが、容姿によって賃金格差がある。
で、統計的に処理したデータみると、全般的に女性ってのは男性よりも給料が低い。
つまりだ、コムスメがオバハンにジョブチェンジしても、給与の変化は微々たるもんだ。
とは言え、どの年代のどんな属性であっても、賃金は常に男性よりも低い。
子供>>>>母子家庭>>>>(超えられない壁)>>>>単身女性>その他
カネがあっても幸せにはなれんかもしれんが、カネがなきゃ死ぬんだよ。
そうすると、「カネを稼ぐ能力が低い」方から、社会は福祉を始める。
まあ、こういう順序で救済されることになる。
つまり、恵まれた境遇に居ながらにして「カネのないオッサン」というのは、努力してないと看做される。
(本当は、個別個別に事情があるかもしれないのにも知れないのにな)
で、何度も繰り返すが日本はまだまだ女性の賃金が低いし職も薄いし、女性の管理職は超レアだ。
すっと、ワリとカネのないオバハンっていうのは、コモン扱いで、それがフツー。
世間の目もまあそんなもんだよね、程度。
あのな、カネ稼ぐ能力のないガキが寒空の下放り出されてるわけじゃない。
キモくてカネのないオッサンとは言え、大抵の場合、「生きていく程度のカネは稼げる」程度には恵まれてる。
ヒラコーがドリフターズで描いてたがな、人間は尊厳がなくても食えれば生きていける、食えなくても尊厳があれば生きていける。
この「食える」っていうのは、時代によって違う。
まさに餓死一直線の文字通りのレベルから、「周りに比べて」という時代まで。
個人の人格を誇りに思えるかどうかのどこまでいっても「自己判断」だ。
「自分がここにいていいんだ」と思えない時に、ヒトはワリと病的になる。
「ああ、カネのないオバハンって、アタシの他にも沢山いるわフツーだわ」と思えるかどうかが、ポイントだったりする。
すると、
その「キモくてカネのないオッサンだと自覚している男」は、それよりも恵まれない境遇の人間がいようがいまいが関係なく、病的になる。
奇抜なファッションはブスの逃げ道と、その昔伊集院光は喝破した。
じゃあ、キモくてカネのないオッサンの極端な逃げ道は、どこに行くんだ?
これは福祉の問題じゃないんだよ。別に食えてないわけじゃないわけだし。優先度低いし。
どちらかというと、治安の問題で、キモくてカネのないオッサンの矜持を保てる程度の世間の目というのをつくり上げるのが重要なんだと思う。
が、まあ、子供の居ない夫婦というロールモデルですら拒否しかねない日本社会で、そんなオッサンは放置されては極端に走って逮捕されるのかねえ。
ミストバーンと暁美ほむらと鷹野三四という愛着障害者が物語における敵になる理由 - tyokorataの日記
http://d.hatena.ne.jp/tyokorata/20140209/1392025251
邪悪とか漆黒の意思とかそういうちゃちなもんじゃねえ……もっとドス黒い吐き気を感じるッ!
ブコメを見てみるとあの人の事をどんな奴なのか知らない人もいるようで纏めてみる。
名前の由来はジョジョ第五部のゲスこと「チョコラータ」が元ネタだって昔バカッターで言ってた。
原作ジョジョを知らない人に説明すると虐殺を楽しむクズ野郎であって、こいつの数ページにわたって無駄無駄ラッシュがかまされタコ殴りにされるというキャラ。
でも結局は自分に自信がない現れらしい。
口を開けば母親への恨みをしょっちゅう吐いてる。あの人と少しでも絡んだ人なら「母親を憎んでいる人」という事はよくわかるんじゃないかな。
ぶっちゃけまどかマギカ(特にほむら)に執着してるのも、その碌でもない母親を投影してるらしい。溜まったもんじゃないけどな。
そのせいでミソジニーもこじらせてる。昔の作品に拘るけど「強い男、弱い女」がいいらしい。
今までよくTogetterとかで炎上しなかったなこの人……。
最初に言っておくけど、あいつの見てるほむらは原作のほむらじゃない。
「ゼロ年代セカイ系的な糞ヒロイン」としてのテンプレを詰め込んだモノらしい。
だから叛逆で見せたマミさんや杏子に対する捨てきれない情とか、さやかやなぎさを蘇生させた部分があるという「功利」はない。
からくりサーカスやフェイスレスみたいに改心して反省して後悔のままくたばらないと許せないらしい。
その一方でまどマギ以外の虚淵作品にはどうもそれほど執着してないらしい。
Phantomや鬼哭街、沙耶の唄やFate/Zeroとかもそれほど執着してない。男が活躍するから。
サイコパスの槙島の方がよっぽど「愛着障害者」だと思うんだが、多分あいつクレイジーサイコホモだし。
でも狡噛からある種の友情みたいなもの向けられてるからどうでもいいらしい。
それが多分見てないか、ぶっちゃけあいつが見てるのは「俺の理解出来るもの」であってそうしたものから逸脱してる作風にも興味ないんだと思う。
ちなみに彼にとって虚淵は藤田和日郎先生に似てるらしいが、俺は全く思わんけどな。
少年漫画は大なり小なり「悪い奴は反省させるか後悔させるかして負けなければいけない」という要素があるのもわかるし、荒木飛呂彦先生や藤田先生がそういう人なのは分かる。
別にそういう作風が好きでもいいさ。問題はそれを虚淵に押し付けるのを当然だと思ってるからその妄言に吐き気を催すわけで。
母親ほどではないけど父親やお姉さんにも複雑らしい。
姉だか忘れたけど(もしかしたら母親かもしれないけど)「ナウシカ原作は気持ち悪い。アニメの方が好き」という家族の意見に対してキモオタ的な蔑視のコメントを吐いてたと思う。
他に好きな作品はジョジョ・ダイの大冒険・藤田和日郎作品・荒川弘作品・トライガン・ヒラコー作品あたりはよく引き合いにしてるね。
あの人どうも最近の作品についてこれない節があって、作品の引用は70年代~90年代が多い。
別にジョジョネタや懐古ネタだけに特化してれば結構面白い人だと思う。そこは彼の強みだと思うし、ほんと勿体ない。
問題は嫌いなキャラはかなり多い。
まどマギキャラ全般(特にほむら)・ドラゴンボールの悟空はしょっちゅう叩いてるし、絶対に彼らを認める発言はしないどころかジョジョや藤田作品の下衆キャラと同類扱い。
エヴァのアスカを初めとした暴力ヒロイン全般・母性キャラ全般もしょっちゅう叩いてる。怖いらしい。
嫌いなものに対して絶対に認める事とかしない。(例に出すなら、彼がほむらや悟空に抱いてる「憎悪」はエターナル東方が艦これに対して抱いてるような「憎悪」に近い)
しかもエヴァ時代のノリをまどマギに投影しちゃってて、しかも虚淵とかシャフトとかと全く無関係の「俺が好きな作品の方が作風は上なんだ!」「虚淵先生だって俺の好きな昔の少年漫画と同じなんだ!」って偏執性がある。
虚淵が昔の少年漫画好きなのはわからんけど(多分好きだと思うがわからん) それが作風に投影されてるかっていうとね。
「悪いことした奴は苦しむか反省しなきゃいけない」という倫理に囚われてるんだと思う。
そういう善悪も結局は流動的なのにね。
『ドラゴンボール』の悟空と碇ゲンドウの共通性について - tyokorataの日記
http://d.hatena.ne.jp/tyokorata/20100512/1273598659
こんな記事描いてたけど、こういう時期はまだ楽しめてたよ。
あんまゲンドウの事触れてないけど、少なくとも悟空のキャラ性はあながちブレてなかった。
問題は彼の思考は90年代くらいで止まっちゃってる所でね。
ただ今思えばあのマンガの「正義」「邪悪」の倫理が彼が頭おかしくした原因なんだと思う。
まどマギ10話ですごい勢いでぶちギレたらしくて、その日に「ほむらはキュゥべえの同類だった」とか言い出してすごい剣幕でほむら叩き出してなんだったんだと思った。
賛否分かれるのは分かるけど俺はあの話すごい好きだったし、何言ってんだこいつと思ったよ。
しかもどんどん「邪悪なほむら」像が蔓延して行って、「まどかがほむらをキモがってる」とかそういう前提でね。
ほむら=フェイスレスという説 - tyokorataの日記 - はてなダイアリー
http://d.hatena.ne.jp/tyokorata/20110313/1300032043
いやほんとこの人何言ってんだろ。
つーかこの人まどかも嫌いなはずだけど、エレオノールと一緒にしていいのだろうか。
だからほむらは「反省するか倒されるしかない」と思ってるのかもしれんけど、それキャルとルイリーと沙耶と切嗣と槙島とシドさんの前でも言えんの?
別にほむら叩いてもいいんだけど、あの人のほむら像って「自分の中で知ってる作品で培われたもの」だからな。
叛逆ほむらが民間人に直接的な危害を加えることしなかったし使い魔にもさせなかったこととか都合の悪いものを無視してるでしょ。
そして織莉子さん(スピンオフ「おりこマギカ」の主人公)を引き合いにしてほむらdis(笑)か、織莉子さんも可愛そうだな。
>ジョジョや少年漫画に埋め込まれた意図や作者の描いた哲学を掘りだすことがモットーです
要するにtyokorataに感じる「吐き気」は「邪悪」なんかそんなものでもない。
ですよ。
> 自分しかここにいないのよ! その自分も好きだと感じた事ないのよ!
ほんと、この人はまどかマギカに触れておかしくなったと思うのでそういう意味ではすごい同情してます。
別にほむらがどうとかじゃなくて、彼の言う「暁美ほむら」への自己投影がうんざりするというだけです。
「碇シンジは俺なんだ!」的なそういうノリなのかもしれませんけども、あれは自己投影するようなキャラでもないし、
そもそも「自己投影しやすく屈折したほむら」なんですよね。ヘイト創作でキャラをゆがめる手法そのもの。
他の漫画は見れてるけど、まどかマギカに関しては間違いなくあの人作品を見てないし、自分しか見ていない。
もうちょっと他人を認めてもいいのに。
艦これが爆発的にヒットしたのだけれども、それがガールフレンド(仮)のような大々的宣伝でなく、口コミによって客足を伸ばしたものだったというのが驚きであったのは周知の事実。ま、その口コミっていうのもヒラコーショックとまとめブログのおかげなんだけども、ヒラコ―が発信したのは偶然だったとしてもその拡散はDMMの狙い通りであったというのが今回の記事の趣旨。
まず、艦これサービス開始にさかのぼること1年前にDMMがちょっとした組織変更を行っているのが重要で、2012/4/1からDMMは「ネット事業広報・協力部」なる組織を発足させている。広報の方はぶっちゃけ元からあるに決まっているだろうが、協力というのがみそでこの部署が出来てから、ツィッター上でのDMMの言及数が2012年3月1比で、2013年6月1日には2倍の11293ツイート、9月には3倍の16862ツイートなっており、何をしている部署かは明白だろう。DMMという会社名をツイートすること自体がある種不自然なわけで、ここからステマの実態ぽいものが見え隠れする(発言したアカウントが新しいものかそうでないものか確認作業できる方いらしたらお願いします)。もともと、ヒラコーショックが起こる前から艦これはブラウザーゲームではヒットしていた部類であり、もともとツィッターで(じわじわ)広げていったゲームが平野氏の発言に爆発的にというのがヒットの実態で、平野氏の発言によって「ネット事業広報・協力部」の真価が発揮されたとみえる。
さて、ヒラコーショックでの真価の発揮というのが、もともとあったツィッター工作とまとめブログ工作によるもので、前者は上記のごとくだが、後者においても2012年3月31日に主要2chまとめサイト50サイトの内、DMM関連の広告を出していたものが8サイトしかなかったのが、6月31日に、23サイトとなっているのが興味深い。もっともそれらのブログが不自然な艦これ推し、あるいはDMM関連商品推しをしていたかは怪しいところなので、これはどっちかというと「広報」の域を留めるものなのかもしれないが、ヒラコーショックでの「協力」ぶりは半端なかったのも事実である。
とここまで書いていて、所詮陰謀論だろと疑われること間違いなしなようなので、もっと直接的に書くと
「…(中略)…弊社のネット事業とネットユーザーから認知されている事業に乖離があり…(中略)…こうした認識のギャップを埋めるネット事業の広報、そのための各種協力団体・個人との連携が必要である。…(中略)…①より効率的な広告活動の実施、②SNS、Twitter等の利用による各種連携…」
がネット事業広報・協力部の設立趣旨で、これを基に工作を行っていったわけです。
ま、それでも艦これがここまで成功するとは夢にも思いませんでしたが、ネット事業広報・協力部の一助よって艦これがヒットしたということで、「艦これがヒットしたのはDMMのネット戦略の転換があったから」というややミスリーディングなエントリを閉じたいと思う。
理由は4つある。
もうそれだけでどーしようもなくマイナーで、馬鹿みたいにちっぽけな話だ。誰も話なんか聞かない。
ところ変わって宮城県は気仙沼。「かつおフォーラムin気仙沼」が11月28日に開催された。
気仙沼港のカツオの水揚げ量って昨年比で半減してんだよ。で、外国の巻き網漁船を規制するように国に求めてる。
で、知ってた?
日本の文化としては大和朝廷からスタートして、鰹節は言うに及ばず、初鰹なんて小学生でも俳句で知ってる。
エロ漫画が規制される?いやー、日本のカツオを守るための規制ロビー活動の方がどう考えても重要度高いだろ。
とはいうものの、お上の規制(ただし東京都)とは穏やかではない。こりゃマズイのでは。
ゴルゴ13が好きで、1児のパパで、残業が多いけどそれなりに幸せに暮らしている。(北斗の拳が好きなママでも良い)
よーしパパちょっとだらだらネットで情報でも仕入れてみるぞとか(ry
そうしてググって出てくる書店で普通に買えるアレな漫画の数々。
「我が子と同じような年代の少女が(自主規制)されてる……!!」
実際には自主規制されてないというのは、ブラックジョークとしては質が悪くてどうしようもないな。
「ゴルゴとか北斗の拳がこれから読めなくなってしまうのは辛い。でも我が子のことを思えば……我慢するか」
まあ、普通はそうなるだろうな。
いや、普通という言い方は良くなかった。たしかに俺が悪かった。言い直そう。
日本が世界に誇る漫画という文化を理解せず、体制側が恣意的に運用可能な条文を読みもせず、ただ感情にまかせて判断するどうしようもない非文化的な社畜の父親であれば、愚かにもそう結論づけてしまうだろうな。
全く嘆かわしい限りだな。そう言う輩が都民有権者の大半を占めるとは!
「政治とは感情を操ることだ」と喝破したのはソノケンだが、まあそうだろうな。
といってもゾーニングとか自主規制とか窓口とか、落としどころはたくさんあるだろ?
いやね、ベトナム戦争をアメリカは結局のところ勝てなかったと言って良いと思うよ。
でもこれって悲しいけどゲリラ戦じゃなくて大義名分の戦いなのよね。
業界団体でもあれば「俺ゴルゴ読みたいけど娘も心配だから」と説明会だの決起集会だのに顔出したりするだろう。暇で情熱があれば。
ないよね。
言ってることまちまちだし。
「表現規制はお上の規制も自主規制もすれば表現が萎縮して面白くなくなるから反対だ!」
とか言われたらそりゃ親父さんは心配するだろう。
「アレやコレやソレは流石にマズイから規制、でゾーニングを徹底して」
とか言ってるのは良いけど、それ書店とか出版社に話し通してます?ああ、稟議書のフォーマットはこちらです。
ロビイストの方々が「頼むから何もしてくれるな。俺ら動くから」というのは、当たり前のことだろう。
だって仕切る人が居なくてわちゃわちゃだから、じゃあ東京都が規制するか、って話の流れなんだし。
わちゃわちゃっぷりを見せつけてどうする。モネラ界ですらS・セレビシエが仕切っただろ?
御輿が無く、集合場所が無く、各々勝手なことをすることで知られる広島のお祭り騒ぎ。毎度警察密着24時で見かけますね。
俺らがトッコー服着て夜店で買い物も出来ないってオカシクね?るせーよ迷惑とかかけてねーだろ。お祭りだろ。
とはいえ、そのへん判った上でみんな活動なさってるんでしょ?
だってヒラコーのあのコナミとかナムコとかの珍名おっぱいが出てきてクビがボーンの大同人って続き書かないの?諸君私は漫画が好きだ。
を、裏ルートで警察に怯えながら表書きには「文房具」って書いてもらって通販するとか面倒だし。
コレに関しては、どうかなあ。判ってる(人も居る)ような気もするけどなあ。
さて、話変わって同人誌の苛烈な自主規制の件、知ってる?奥付超重要とか。
http://internet.watch.impress.co.jp/cda/event/2007/05/21/15765.html
いやー、国民の常識っしょ、知ってるっスよ俺らでも。みたいなことは誰も言わない。
そんなの気持ち悪いだろ。
それをコミケ準備会も虎の穴もメロンブックスも骨の髄まで理解している。
俺ら日陰者で、何時潰されるかも判らない。お上の規制はイヤだ、だからそうならないように活動します。
本当に自覚している。
その自覚が、今回東京都の表現規制条例反対と主張する人たちに、はたしてどれだけあるだろうか。
マイノリティが、マジョリティに何かを訴えかけるときに、オマエラは愚かだと言っても鼻で笑われるだろう。
社会通念を作り上げるのは普通のオッサンオバチャンであって、LO読者じゃない。
少数派は諦めろって事か!