2019年12月05日の日記

2019-12-05

明日の朝起きるよ

明日の朝起きるよ

今日の夜眠ったら

明日の朝起きるよ

明日の朝起きたら

明日の夜眠る

anond:20191205194407

いきなり地味なとこからきやがったぜ!!

anond:20191205220348

うちの祖母ミスコンにでたことを父親(俺の曽祖父から「はしたない」と言われ抑圧され、喧嘩になり勘当されたって最近聞いた

関西人からなのか、いまでもデーハーな格好していて子供の頃から会うと身内として恥ずかしいと思っていたが

最近見方を改めたわ、祖母フェミとして戦ってきた人だったんだなと。

ほんと最近の抑圧的なフェミ詐称する集団を見ると、昭和おっさんだなと思う

anond:20191205220645

セキュリティーの問題に関して事実関係を聞いているのではなくてLenovo製品危険だと判断した理屈を(論理展開)を聞いているだけ。

きょうの50さいKKOの、ふぇ~

花くまゆうさく厚生労働省広告に描いてた!

(むかしはあん殺伐としたマンガかいてたのにね~)

anond:20191205220013

実際バックドアになりえる脆弱性のあるソフトをいれてたってのはあったけど元増田が言うような中国に送ってたってのは確認されてないよ。

そのソフト自体無効にするのも配布してる。

なんか中途半端記事でも読んだんじゃないのかね

個人的lenovo選択しないけどね

anond:20191205215339

解脱できたとき

まりはてなIDを消した時点でお前はここにいるやつら全員に勝てる

フェミサンタコスをしてきた

女友達フェミ飲み会ミニスカサンタコスをしてきた。

男のサンタばかりいるのはおかしいって。

でも、

サンタコスってどっちかっていうと女のセックスアピールに使われるものじゃない?」

って指摘したらスカートを押さえて

「何? 私を見て性的な興奮をしたの?」

って睨んできた。

いや、だからその仕草もまた、、って思ったけどスルーした。フェミ可愛い

様式美 とは

手段目的に変質した事態を称賛し堅持維持愛好すること

例:街中の建物シャッター部分に執拗に狙いを定めて人目を避けて定型落書きペンキで行うこと

・・・おんなじことヤルんならソレ芸術ちゃうやん』

anond:20191205215339

死ぬときだよ。

最期の時に、ああ、幸せだったなーって思えたら勝ちだよ。

なんかまた、ごめんねーだけどおまえがわるいのひとがかえってきた

猫さがし

里親募集サイトから返事がきた。

週末にお見合いさせてもらえないか頼んでみた。

もし良い子がいて、飼えちゃったらすごいな。

どんな名前がよいか呼び方モーソーしてる。

どういうのが良いかな。

”てっかてっかホイ”

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ゴツゴツのアハンと一緒に‼️ - 海苔へのボケ[63407312] - ボケて ...

https://bokete.jpボケバカ

2018/06/21 - ほくたろう ムッキムキのオカマだねw. 世界ボケて そう言うことねwwwwww. アレンアイバーチョン 梅男. 篤人 これはこれで文章として成り立ってそう. girico コメ欄で、スネークマンショーの「やんこまりたい」思い出した. 無言 てっかてっかホイ.

負けた

サボりまくった授業で成績表に5を貰った話

学生時代、とにかく授業をサボりまくってた。

と、言うのも苦学生だったので、生活費の工面のためにバイトをかけもちしており、疲れから寝坊ばかりしていたのだ。

 

資格取得などが成績に影響するものは、ぎりぎり、なんとか満たしていた。

最後のほうは一日でも休んだら単位を落とす授業がたくさんある状態

 

その中の一つに、演技の授業があった。

元々私はこの演技の先生が少し苦手で、前期からさぼりガチではあったのだ。

先生に「とにかく来い。来てれば寝てても不真面目でも単位をやれる」と言われたぐらいだった。

それぐらい私はこの授業をサボる生徒で、おそらく不真面目な生徒だっただろう。

 

行けば単位をくれるというけれど、行くなら授業は受けなければならない。

前期でさぼりまくった私は、後期ではほとんどさぼることが許されず、しぶしぶ、いやいや、という形で演技の授業を受けていた。

 

そうしているうちに最後テストがやってきた。

さとうきび畑の唄の、ちょっとしたシーンをするのが最後テストだった。

私はこの映画を観たことがないので、映画と同じ台本だったのかどうかは解らないけれど、私たち生徒がやる役は、女性教師の役だった。

 

いつもの場所で、セットも何もない。

あるのは教卓一つ。そこに立って、クラスメイトが順番に同じ役をやっていく。

教卓の正面に、演技の先生

その左右には、既にテストを終えた生徒と、これからテストを受ける生徒が一列に並んでいる。

 

私の番が来て、教卓の前に立つ。

先生が、他の生徒の時と同じように「よい、スタート」と言ってパンと手を叩く。

ふぅ、と息をついて口を開こうとした瞬間。

教室内に、ピヨピヨピヨと鳥の鳴き声みたいな音が鳴った。

 

クラスメイトスマホが音を立てたのだ。

 

私も、クラスメイトも一瞬目を点にした。

それから、笑いを堪える生徒、何やってんの、と携帯の持ち主を静かに笑う生徒。

携帯の持ち主は、私に「ごめーん!」と言わんばかりのジェスチャーをして、鞄が置いている棚に慌てて移動した。

最後テストにぴりっとしていた空気はなごんで、たぶん、私が「ちょっとー!」て言いながら笑えば、仕切りなおしされただろう。

 

でも、正面の先生けがから目を離さなかった。

 

他の生徒にそうしていたように、足を組んで、肘をその足の上に置いて。

両手の指を絡めて、そこに顎を乗せている。

まじめな顔で、そして人を見定める目だった。

 

教卓に両手を置いて、少し俯く。前髪が、私の顔を隠してくれた。

ここは沖縄!!

ここは木造教室!!!

今の音は鳥の声!!!

笑ってしまいそうなの唇を噛んで耐えた。心をリセットして、顔を上げる。

今日は、みなさんに大切なお話があります

他のクラスメイトがそうしたように、私も女性教師として台詞を口にした。

 

なんとか詰まることなく、最後まで演技を終えて、先生パンと手を叩く。

テストが終わった瞬間に私は「先生!!絶対あれ加点してください!!」と口にした。

私の声にクラスメイトが笑う。携帯の持ち主は「ほんとごめん!!」と軽いノリで謝った。

そんな中で先生が「わかった。いいよ」と静かに言う。

 

先生がいいよと言ってくれたことで、内心「おっ!ラッキー」「これで1は回避だろ!」と思った。

そんな私と、他の生徒たちに、先生がぽつりと喋る。

「静かな劇場で、舞台最中に、あんなふうに携帯が鳴ると、本当に頭が真っ白になるんだ」

「今どこだっけ、どこまで言ったっけってパニックになるし、頭の中がぐちゃぐちゃになる。演技にだって集中できない」

増田がやったことは、みんなができることじゃない。あれは、本当にプロでも難しいんだ。お前はよくやった」

 

先生は、何度も舞台に立っている人だ。

若い子が見に来るタイプ舞台ではないけれど、もしかしたら、そんなことが過去にあったのかもしれないと思う。

その日の授業は終わって、しばらくてしてから成績が渡されたとき

演技の授業に五段階評価の5がついていて驚いた。

他の生徒に、どんな数字がついていたのかはわからない。もしかたらみんな5だったのかもしれない。

だけど、私が一番良く知ってる。

出席日数でも、授業態度も、それこそ演技の質だって、私は5がつくような生徒ではないのだ。

当時は「あれぐらいのことで5をくれるなんて、先生は甘いなぁ」と思っていた。

 

卒業してもう随分とたち、そんなこと忘れていたのだけど、少し前に見に行った舞台で似たようなことが起こった。

舞台の上の空気が一瞬止まった。だけどその場の役者さんたちはちゃんと本筋に戻っていった。

でも、空気が一瞬止まったことがわかってしまった。それを感じてやっと先生が言っていた言葉意味を本当の意味理解できた。

 

静かな舞台で、スマートフォンが音を立てること。

それが、どれだけ役者邪魔になるのか。

舞台演劇という一つの作品の質を下げてしまことなのか。

公演までの間に役者スタッフが積み上げたものに、一瞬にして傷を付ける行為なのだ

 

今までだって何度も舞台は見に行って、そのたびにスマホの電源は切ってきた。

だけど、あの日の公演を観てから、二回も三回も確認するようにしている。

みんな、観劇中はスマホの電源を必ず切ろうな。

anond:20191205215340

なんだろう。釣り

LenovoIBM下請けだったこともよく知られているわけでLenovo危険だということはIBM時代Lenovo工場で作られていたもの危険という理論になるわけだがIBMがよくてLenovoダメだとする理屈いまいちわからん

初めて患者さんの前で泣いてしまった話

 突然だが、私は看護師をしている。同業者ならお馴染の入院期間が長く介護度が高いとされる内科の混合病棟。そこに私は新人で配属されてから今まで4年間勤務している。日々腰痛に悩まされ、終わらない業務に鳴り止まないナースコール土地柄なのか文句を言った者勝ちだとでも思っているかの如く多いクレーム。正直、毎日疲弊しているし帰っても何もする気になれない。

 そんな私が1年目の時、先輩看護師からふと「患者さんの前で涙を流してはいけないよ」と言われた。詳しい理由は聞いていないし、正直今でもあまりよくわかっていない。調べてもみたが、『時には涙を流すことも必要ですよ』なんていう謎のカウンセリング的な言葉最後に出てくるばかりで明確な理由はわから仕舞いだった。ただ、何となく自分のなかでは「私たちプロ医療従事者として、感情を露わにしてはいけないんだ」「患者さんやその家族の方には今まで歩いてきたその人たちの人生があって、私たちが関わっているのはそのうちのほんの数ヶ月。そんな短い時間関わっただけの看護師が、一番苦しくて大変な想いをしている患者さん、家族の方の前で涙を流すことはきっと何か違うんだ」と思ってきた。

 内科系、特に私の所属する病棟は残念ながら亡くなってしま患者さんが少なくない。4年間働くなかで看取りをした経験は数えきれないほどあるし、何度も「本当に私のしてきた看護は間違っていなかったのかな」と疑問に思うこともあったし、「もっとああしてあげればよかった」と後悔もした。自分母親と年齢の近い患者さんと、色んなお話をした夜勤明けに、「また明後日ますね」なんて言いながら別れたのに、次に勤務してきた時にはその人は亡くなってしまっていた、なんてこともあった。それでも私は涙を流さなかったし、どこかで自分に泣いてはいけないんだと暗示をかけていたように思う。

 そんなある日、ひとりの患者さんが検査目的入院してきた。

 ADLは自立、今まで入院経験もなく普通に自宅で過ごしてきた60歳代の上品女性。病室は詰所から一番遠い場所で、きっとそのうち検査が終われば退院するのだろうと思っていた。入院当初に発行する入院診療計画書にも、入院期間は2~3週間と書いていたように思う。

 けれど、検査の結果すぐに治療必要である疾患が見つかり、その患者さんの入院期間はどんどん延びていった。何号室の何番ベッドの人、と言えば全員が「ああ、〇〇さんね」とわかってしまうほど長い期間入院することになったその患者さんは、点滴、内服など様々な治療を代わる代わるうけていた。それでも文句の一つも言わず、「先生看護師さんには本当によくしてもらってるからね」といつも笑顔だった。

 その患者さんは、毎朝起きると持参の電気ケトルにお湯を入れるため給湯室までやって来る。夜勤だった私はその日、担当するチームではなかったものの偶然給湯室に居合わせ挨拶をして少しだけ給湯室前のソファで話をすることになった。

先生退院まだですか?って聞いたんだけどね、まだもうちょっと、って言われちゃった」

「色々と治療も頑張っていらっしゃいますもんね」

「もう一ヶ月になるかしら。そろそろ家に残してきた旦那のことも心配で」

旦那さん、いつもお見舞いに来てくださってますね」

「そうなのよ。何だかんだいって、心配してくれて。今までも色々と迷惑かけてるけど、まだもうちょっと、お世話になりますね」

 そんな会話をしたと思う。

 この頃、既に病名は本人にも家族にも告知されていたし、きっと自宅に帰るベストタイミングだったんだろうと思う。けれど、主治医はその決断を下さなかった。どうして、と聞きたかったけれど、それを誰も聞かなかったし、聞いていたところで教えてくれなかったと思う。

 それから更に一ヶ月が経って、その患者さんは酸素が手離せない身体になってしまっていた。疾患そのものではなく、合併症により呼吸状態が著しく低下したことは本人にも伝えられた。ただ一つ、予後があまり長くないことだけは、家族の方にのみ伝えられたらしい。急変時はどうしますか、という質問に返答はなかった。当然だ、ほんの数ヶ月前まで自宅で普通に生活をしていたのだ、入院だって自分の足で歩いて、普通に話ができていたのだ。

 合併症治療のため抗生剤が開始となった。すると、今度はその抗生剤の影響で感染症罹患。個室隔離することになった。

「こんなことになって、人にうつしてしましまうかもしれないなんて、孫にうつしてしまったらどうしよう。またみんなに迷惑をかけてしまう」

 そう言いながら涙を流す患者さんに、決してあなたのせいじゃない、あなたは誰よりも頑張っていますよ、としか伝えることができなかった。

 きっとずっと前から、心は限界だったのだろう。どんどん気力をなくしていくのが目に見えてわかったし、同時に、投与する酸素の量は増えて行った。

 そして、ある日の朝。その患者さんの担当だった私は、朝の内服薬を持って病室を訪れた。おはようございます、お薬を飲みましょうか。そう伝えると、閉じていた目がゆっくりと開いた。

「もう、いらない」

 そう返された時、私はすぐにどうして、と言えなかった。いつかこうなるんだろうな、とどこかで覚悟していた自分がいたのだ。

「ずっと頑張ってきたの。それでもこんなにしんどいの。どうして?もう疲れた今日死にたい。今すぐ楽になりたい。わかってるの、みなさんには本当によくしてもらってるの。先生にも、看護師さんにも。けど、もう疲れちゃった。もう何もしたくない。お父さんも、息子も、私に生きてほしいって言うの。でも、もういい。お願いだから楽にして」

 腕や足だけじゃない。指先、眼球にまで浮腫が及んだ身体で、整わない息で、そう伝えられた時、私は溢れてきた涙を我慢することができなかった。既に投与している酸素の量は限界、これ以上の酸素化を望むのであれば人工呼吸器をつける必要がある。逆に言えば、人工呼吸器をつければ身体強制的酸素を送ることはできる。今の医療は先を望めば生き永らえることができてしまう。家族から急変時の対応に関する返答はまだない。急変時の確認ができていない患者は、原則何としてでも助ける必要がある。けれど今、この患者さんは自分意思を私に伝えている。浮腫パンパンに腫れ上がった冷たい手を握った。

「今まで頑張ってきたんですもんね。しんどかったですよね。お薬は、今はやめときましょうか」

 そう言うだけで精一杯だった。

 しばらく何も言わず、ただ黙って付き添って、患者さんの息が整ったタイミングで病室を出た。その足でトイレに駆け込んで、心を落ち着けから業務に戻った。それでもその日、どれだけ他の患者さんと笑って話をしても、家に帰っても、あの患者さんと過ごした30分程度の時間が忘れられなかった。

 それから一週間後、その人は亡くなった。私は勤務時間ではなく、申し送りでそのことを聞いた。やっと楽になれたんだね、としか思えなかったし涙を流すこともなかった。身体を綺麗にして数時間後にはお迎えがきたし、その更に数時間後には新しい患者さんがその部屋に入院してきた。自分がどこにいるのかもわからないほど忙しい業務に追われ、代わる代わる入院退院を繰り返していく中で、それでもあの患者さんの言葉が忘れられない。あの時掛けるべき言葉が、すべきことがもっとあったように思う。けれど後悔している暇もなく毎日を過ごしていて、正解がわからないままここまで来てしまっている。

 私は、もうすぐ今の勤務先を退職する。理由は色々あるし、それはあの患者さんが亡くなる前から決まっていたことだった。新しい職場は決まっていない。けれど、きっとまた看護師としてどこかの病院で勤務しているのだろうと思う。私は、看護師仕事が好きだから理不尽なことを言われるし、後悔だって沢山する。それでも、看護師という仕事が、患者さんのことが好きなのだ。もしかするとこの先、同じように患者さんの前で泣いてしまうことがあるかもしれない。プロ失格だと言われてしまえばそれまでなのだけれど、でも、きっとその時も私は後悔して、また働き続けるのだろう。結局、正解なんてないと思うから。それでも自分にできることはあると思うから

真のサンタ コスKKO

白髪長髪(頭頂部は問われない)白髭腹出赤ら顔の中高年男性が中身であるべき

電車中吊り広告が低すぎる

身長180cm程度でもぶつかる高さって、ちょっと低すぎるよ。

満員電車でちょうど広告真下になってしまうと、紙のフチで頭切りそうだし本当に邪魔

つり革と違って掴んで退けるとかもできないし。

どうにかなんないのかな。

安楽死希望か?といわれるとそこまでではないけど

苦しみぬいて死ぬのは嫌だから、いざというときはたのむと約束した通り

人生の勝ち負け

人生の勝ち負けってどこできまるの?

受験

就職

結婚

人生の勝ち負け

人生の勝ち負けってどこできまるの?

受験

就職

結婚

この仕事は相当キツイといわれてなってみたら心底きつかった

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