と、言うのも苦学生だったので、生活費の工面のためにバイトをかけもちしており、疲れから寝坊ばかりしていたのだ。
資格取得などが成績に影響するものは、ぎりぎり、なんとか満たしていた。
最後のほうは一日でも休んだら単位を落とす授業がたくさんある状態。
その中の一つに、演技の授業があった。
元々私はこの演技の先生が少し苦手で、前期からさぼりガチではあったのだ。
先生に「とにかく来い。来てれば寝てても不真面目でも単位をやれる」と言われたぐらいだった。
それぐらい私はこの授業をサボる生徒で、おそらく不真面目な生徒だっただろう。
行けば単位をくれるというけれど、行くなら授業は受けなければならない。
前期でさぼりまくった私は、後期ではほとんどさぼることが許されず、しぶしぶ、いやいや、という形で演技の授業を受けていた。
さとうきび畑の唄の、ちょっとしたシーンをするのが最後のテストだった。
私はこの映画を観たことがないので、映画と同じ台本だったのかどうかは解らないけれど、私たち生徒がやる役は、女性教師の役だった。
あるのは教卓一つ。そこに立って、クラスメイトが順番に同じ役をやっていく。
教卓の正面に、演技の先生。
その左右には、既にテストを終えた生徒と、これからテストを受ける生徒が一列に並んでいる。
私の番が来て、教卓の前に立つ。
先生が、他の生徒の時と同じように「よい、スタート」と言ってパンと手を叩く。
ふぅ、と息をついて口を開こうとした瞬間。
教室内に、ピヨピヨピヨと鳥の鳴き声みたいな音が鳴った。
私も、クラスメイトも一瞬目を点にした。
それから、笑いを堪える生徒、何やってんの、と携帯の持ち主を静かに笑う生徒。
携帯の持ち主は、私に「ごめーん!」と言わんばかりのジェスチャーをして、鞄が置いている棚に慌てて移動した。
最後のテストにぴりっとしていた空気はなごんで、たぶん、私が「ちょっとー!」て言いながら笑えば、仕切りなおしされただろう。
他の生徒にそうしていたように、足を組んで、肘をその足の上に置いて。
両手の指を絡めて、そこに顎を乗せている。
まじめな顔で、そして人を見定める目だった。
教卓に両手を置いて、少し俯く。前髪が、私の顔を隠してくれた。
ここは沖縄!!
今の音は鳥の声!!!!
笑ってしまいそうなの唇を噛んで耐えた。心をリセットして、顔を上げる。
他のクラスメイトがそうしたように、私も女性教師として台詞を口にした。
なんとか詰まることなく、最後まで演技を終えて、先生がパンと手を叩く。
テストが終わった瞬間に私は「先生!!絶対あれ加点してください!!」と口にした。
私の声にクラスメイトが笑う。携帯の持ち主は「ほんとごめん!!」と軽いノリで謝った。
先生がいいよと言ってくれたことで、内心「おっ!ラッキー」「これで1は回避だろ!」と思った。
そんな私と、他の生徒たちに、先生がぽつりと喋る。
「静かな劇場で、舞台の最中に、あんなふうに携帯が鳴ると、本当に頭が真っ白になるんだ」
「今どこだっけ、どこまで言ったっけってパニックになるし、頭の中がぐちゃぐちゃになる。演技にだって集中できない」
「増田がやったことは、みんなができることじゃない。あれは、本当にプロでも難しいんだ。お前はよくやった」
若い子が見に来るタイプの舞台ではないけれど、もしかしたら、そんなことが過去にあったのかもしれないと思う。
その日の授業は終わって、しばらくてしてから成績が渡されたとき。
演技の授業に五段階評価の5がついていて驚いた。
他の生徒に、どんな数字がついていたのかはわからない。もしかしたらみんな5だったのかもしれない。
だけど、私が一番良く知ってる。
出席日数でも、授業態度も、それこそ演技の質だって、私は5がつくような生徒ではないのだ。
当時は「あれぐらいのことで5をくれるなんて、先生は甘いなぁ」と思っていた。
卒業してもう随分とたち、そんなこと忘れていたのだけど、少し前に見に行った舞台で似たようなことが起こった。
舞台の上の空気が一瞬止まった。だけどその場の役者さんたちはちゃんと本筋に戻っていった。
でも、空気が一瞬止まったことがわかってしまった。それを感じてやっと先生が言っていた言葉の意味を本当の意味で理解できた。
公演までの間に役者やスタッフが積み上げたものに、一瞬にして傷を付ける行為なのだ。
今までだって何度も舞台は見に行って、そのたびにスマホの電源は切ってきた。