「蛍光灯」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 蛍光灯とは

2011-07-09

お前らも蛍光灯オナニーやれよ、セックス捗る

してた女が絶頂で力入りすぎて

膣内で破裂させちゃって

傷の縫合手術をしたら

すごい名器になったそうだ

2011-05-02

妻と結婚して3年以上過ぎた。

妻と結婚して3年以上過ぎた。

私たちは中学の同級生である。高校時代から付き合い、途中別れることもなく結婚した。そういう経緯であるから、私たちはお互いをよく知っているものだと思っていた。

結婚前に義母には「うちの娘は全く掃除ができません。それでもいいですか?」と言われていた。そうはいっても、いわゆる「しつけ」のちゃんとした家庭であったから「全く掃除ができません」は謙遜だと思っていた。たしか結婚前に妻の実家の部屋に行ったときは荷物が雑然と置かれていた。しかし、だからといって「全く掃除ができない」という事はないだろうと思っていた。彼女は高校時代から自分のお弁当自分で作っていたし、字も綺麗であったし、ノートも整理されていたから、「全く掃除ができない」は冗談だと思っていた。

 

だが、しかし、である

本当に掃除ができない。正確に言うなら、「物が捨てられない」。

私はその事実に気がつくまで、「物が捨てられない」人は2パターンに分けられると思っていた。「ケチ」と「優柔不断である。ところが妻はどちらにもあてはまらない第3のパターンだった。

「物を捨てるという概念がそもそもない、あるいは異常に希薄化されている」のである

具体的にいえば、ゴミゴミ箱に捨てるということすら、彼女にとっては努力が必要な行為である自分が鼻をかんだティッシュをそのまま床に置く。使用済み生理用品もなぜか、床に落ちている。

もちろん全くゴミゴミ箱に捨てないわけではないが、例えば、ゴミ箱がいっぱいになっていたとする。そこにゴミを捨てたら、ゴミ箱がいっぱいだから当然あふれるわけだが、そうしてあふれたゴミが周囲に散らばっても気にしないで、そのまま放置する。ゴミ箱ゴミ袋を交換するのは、いつも私であるが、必ずゴミ箱周辺のゴミを片付けなければならない。

このように「物が捨てられない」がために、掃除ができないのである。それ以外のことはできる。食器を洗うことはできる。食器を食器棚に戻すこともできる。それなのに、それなのに、納豆のケースとあの小さなビニールは流しにそのままだったりする。

これは学習障害のような、あるひとつのことが困難であるような障害なのだろうか?と思ったものである。何度注意しても、ゴミは床にそのまま放置しているし、使用したツナ缶を洗ったまま、流しに放置する。

同居人としては、不思議で仕方ない。なぜ「物が捨てられない」のだろうか。なぜ、ゴミゴミ箱に入れるということすらままならないのだろうか。

 

私は注意深く妻を観察した。

そして気がついたのは、妻の実家では、鼻をかんだりするときに、義父がゴミ箱を持ってくるか、義父がゴミを受け取ってゴミ箱に捨てているということだ。流しのゴミも義父が集めて、家の外のゴミ箱に持って行っている。

これで納得した。妻の実家では女は何も捨てないのだ。捨てるべきものは男が回収し、男が責任をもって捨てるものなのだ。そのように育ってきたわけだから、私の家では、私がその役目をやるのが妻にとっての普通なである常識としてゴミゴミ箱に捨てるということを妻は知らないわけではない。ただ、それはあくまで社会的な常識であって、家の中での習慣ではないのだ。

おそらく妻はこのことに気がついていないし、私もそれを言うことは、妻の育ちを否定することになるので言わない。少しずつ軌道修正を行うのみである

 

私も、蛍光灯テレビをつけっぱなしにするという癖がある。これは実父も同じである。この癖があるのは私の実家の中では、父と私の二人だけである。母はもちろんのこと、二人いる兄弟にもこの癖はない。

以前、そのことについて母からあなたたち二人は若い頃から一人暮らしをしていた。きっと寂しいから自然といろんなものをつけっぱなしにする癖がついたんだと思う」と言われたことがある。納得的な説明だった。

今では、自分のつけっぱなしの癖も相当改善されたので、妻の「物が捨てられない」も、時間をかければ改善できると思う。

 

====

どうも。

1ヶ月前に書いたときトラックバックの返信もできていたのですが、量が多くて手に負えないので補足書きました。

2011-03-31

忘れる前に君に伝えたい2011年3月11日金曜日に起こったこと

君にはどうか、忘れないでいて欲しいんだ。

2011年3月11日金曜日に起こったこと。

そしてその後に起こったことたちについて。


君はちょうど小学校下駄箱にいて、下校する直前だったらしいね。

ママはその時、会社会議室にいたよ。

揺れ始まってまず見たのは、時計だった。君が学校にいる時間なのか確かめたかたから。

だけど運悪くそれはちょうど君が下校するくらいの時間だったね。ママ不安不安で、揺れの恐怖よりも君のことばかり考えていた。

幸いにも君は学校を出る前だったみたいだけど。本当に、君が一人で道路の真ん中で怯えていなくて良かったよ。


揺れは、長かった。

建物はきしみ、壁にかかっていたものが落ち始め、天井プロジェクターは私の頭上で振り子のように揺れていた。

そして最後蛍光灯がジジジと不気味な音を立てて消え、とうとう揺れは収まった。

とにかく、長かったよ。

ママはこりゃ大ごとだなと思ってね。だって電気が消えちゃったんだもの。

ライフラインが断ち切られるなんて、初めての体験だったから。

揺れたこと自体はママはそんなに恐怖じゃ無かったよ。ずっと、見てた。

どんな風にどれくらい揺れるのか。

「いいから机の下にもぐれ」って、隣の先輩に怒られたんだけどね。

でも、見たかったんだ。世界を確かめなくちゃって思った。くっきりとそう考えたことを覚えてる。

目をこじ開けて、全部を、見たかった。

会議室にはその時職場の人全員がいて、誰からともなくみんなが声を出していたよ。

「まだ揺れてるから、動かないで」「上注意だよ。プロジェクターが危ない」「揺れ強いよ。まだまだしっかり」「続いてるよ。まだみんな隠れて」「みんな、大丈夫?怪我してる人はいないよね?」って

あちこちで声が上がっていた。ママは一番下っ端だから、じっと黙っているだけだったけれどね。

良い職場だな、と思ったよ。世の中の人たちはどんな感じであの揺れを耐えたんだろう。

君はお友達と一緒だったんだよね。良かった、一人じゃなくて。

お友達が「バスたい!」って喜んだそうだね。良かったよ、頼もしいお友達を持って。

あんなこと、きっと君が生きている間にはもう二度と起きないと思う。と、信じたい

から、覚えていて欲しいよ。大事な記憶になるはずだから



ママ会社から退社の許可が出て、一番最初会社を飛び出したんだよ。

ママ会社って何百人もの人が働いている工場なんだけど、一等賞だったんだよ。すごいでしょう?

だって、君が心配だったからね。

車に飛び乗って、車のナビでNHKチャンネルを回したんだ。どんな状態なんだろう、と思って。

その時に見たのは、街が海に飲み込まれていく映像だった。ハリウッド映画じゃないよ。生中継だ。

大津波警報って、なんだ?大津波?この映像は?現実なの?一体、どこなの?どこの海で津波が起こってるの?

さっぱり訳が分からなかったよ。だって、信じられるかい?街が海に浸かるなんてことを。

そしてそこは、君も知っている場所なんだよ。



一旦車を家に置き、自転車立ちこぎで猛スピード小学校に着いた。

最初ママも顔見知りの君の友だちに会ったんだけど、その子は顔を真っ赤にして泣いていたよ。当然だね。不安だっただろう。

でも君は不思議と泣いていなかったね。

硬い顔で

「さむさが限界だよ」

とぽつりと言った。ワンワンと泣いたのはママの方だった。

帰り道には冷たい雪が降ってきて、街がどんどん暗くなってきた。

街は不安に包まれていた。

あの時、不安は形になって、色になって、私たちの住む街に降りていていたと思うよ。少なくとも、ママにはそう見えた。

君の手を、痛くなるくらいぎゅうっと何度も握り返したよ。

これは大ごとだ、って。確かめるように何回も考えた。


かに大ごとだったんだよ。

ママテレビも見れず、知らない間に、津波宮城県の全ての沿岸部を根こそぎ持っていってしまった。

岩手も、福島も、青森も、茨城も海に浸かった。

でもママはそれを知る手段がなかったんだよね。

唯一手元にあったのはラジオだけで、でもラジオでは津波がどれだけの陸地を飲み込んだのかは想像できなかった。


君と一緒に何度も行った公園も、なくなったよ。

君と一緒に飛行機を見た空港も、ぐちゃぐちゃになったよ。

君と一緒に行ったことのあるショッピングモールも、水に浸かったそうだよ。

君と一緒に遊んだサイクリングできるあの場所も、なくなったよ。

君と一緒に船に乗ったあの港も、君と一緒に買い物をした市場も、みんな、みんな、波が持っていってしまった。

私がそれを知ることができたのは、それから何日も経って家に電気が来てからだったけど。

本当はね、3月12日土曜日には

君を仙台空港の近くの海のそばにある公園に連れて行くつもりだったんだ。

からもしもあの地震が一日ずれていたら、私たちは死んでいたかもしれないね

だってあの場所に、あん津波が来るなんて全く想像つかないよ。正直、今でも信じられない。

そしてその場所に私たちがいる可能だって大いにある。

そこは確かに、私たちの日常だった。


それが、一瞬でなくなってしまうなんて。

どうやって信じたらいいのだろう。


もう、あそこにはすべり台はないの?って君は訊いたね。

ないよ、ってママは答えた。

もう、あそこには公園作らないの?って君は訊いたね。

どうかな、ってママは答えた。

あの公園お気に入りだったのにって君は言ったね。

ママお気に入りだったんだよ。

でも、誰も悪くないんだ。あの公園がなくなったことも、何もかも、全部。


どうか、君には忘れないでしい

あの日あの時、起こったこと。

そしてこれから起こるであろう全てのこと。


ママたちは津波の影響がなかったから、家を片付けて、ライフラインが復旧すれば

とりあえず身近な日常に帰ることができる予定だった。はずだった。


でもそれを壊したのは、あの原発ニュースだった。

真っ暗な家の中で、唯一の情報源ラジオだった。

掌に収まるほどの小さなラジオが、大事な大事な全ての情報源だったんだ。

いや、新聞もあったか

こうやって考えると皮肉なものだね。

ママは普段からパソコンだの携帯だのって、デジタル漬けになって生きていたのに

結局あんな時に頼ることができたのはアナログだけだったんだものね。


ラジオから貰える情報は限定的だった。音声のみのデータでは、余りにも物足りなかった。

でもNHKアナウンサーは繰り返し、福島原発が良くないということを伝えていた。

最初は、電源が使えなくなって冷却ができない状態に陥ったこと。

次は、核燃料が溶けているかもしれないこと。

そして、爆発したこと。

ママ新聞ラジオしか、知ることができなかった。

情報が圧倒的に不足していた。

から、とにかく怖かった。不安だった。

からないっていうことは、不安ということなんだと、今回とくと思い知ったよ。

情報と知識があれば、何事にもそれほど恐れずにすむことを。

からやっぱり君にはしっかりと勉強することを勧めるよ。

知識は人を強くするから

知らないってことは怖いことなだって、気付いた時には遅いこともたくさんあるだろうから



何が起こっているか、分からないこと。これから先、どうなるか分からないこと。

それらがママをどんどん蝕んでいった。

不安は日を追うごとにどんどん大きくなった。

ラジオから枝野さんの声が流れてくるのが、怖かった。

彼が出てきて話すことといえば、やれ爆発しただの、やれ退避しろだの、やれ念のため家の中にいろだの、

そもそも原発事故ってだけでもとてつもなく恐ろしいことなのに、

その内容たるや、時間が経てば経つほどに悪化して行っている。

ママはね、自分が生きてる間に戦争が起こることって想像したことがなくて、

でもこれは、戦争だと思ったね。

その時はちょうど電気も無くて、買い物するにも屋外に商品をとりあえず並べたものを何時間も並んでちょっと買うしかなくて、

そして津波で被災した地域はそれはまるで焼け野原の様で、

ラジオからは日に日に悪くなる原発の様子を聴かされる。

ママは思ったよ。

これは戦争だ。ここは戦中なんだ、と。



そして、まだそれは続いている。

うちに電気がきて、ママはいつも通りにインターネットを使えるようになって、

スーパーも徐々に開いてきて、でも、

まだ何も解決はしていない。

日本は、混沌不安に覆われたままだ。



もうね、原発の悪いニュースが続いてばかりで

ママはある日泣いてしまったのだよ。

ラジオから二号機の核燃料棒が全て露出して、炉心が溶けたかもしれないってニュースが流れた時に

限界が来て泣いてしまった。

その時は、ママには君を守ることができないかもしれないって、本気でそう思ったんだ。

何があっても、ママは君を守り抜くって思って生きてきていたんだけれど、

うちにはパパって人がいないから、絶対に絶対にママが君をどうやったって守ろうって思っていたのだけれど、

どうも、ママにでもどうすることもできないのかもしれないって

その瞬間、身体の奥底から本気で絶望したんだ。

うちから原発まではたったの80キロほどしか離れていないからね。

原発に重大な何事かがあったら、多分我々も駄目になるだろうからね。チェルノブイリのようなことがあったらね。

すぐには死なないかもしれない。

でも、身体に影響はあるかもしれない。

君は子どもが産めない身体になるかもしれない。

いや、産めないわけじゃないかもしれないけれど

でも宮城県出身からっていう理由で差別されて結婚できなくなるかもしれない。

それ以前に病気になってしまうかもしれない。

病気で死んでしまうかもしれない。

君はたったの7年しか生きていなくてこれから先何十年も生きて幸せになるはずで、

ママ今日まで君に全ての愛情を注いで育ててきて、

でもその全てを原発に奪われるのかもしれない。



2011年3月11日まで、当たり前のようにこの先ずっと生きていくんだと思ってた。

ママ毎日会社に行って、君は学校に行って、

そうしてどんどん君は大きくなって、運動して勉強して、そのうち反抗期になったり恋したりして、

当たり前のように大人になるんだと思ってた。

でもそれは簡単に手に入るものじゃなくなった。

訳の分からないうちに。



福島原発の一連の事故に対して最初に抱いた感情は、絶望だった。悲しみだった。

次に浮かんだのは怒りだった。そして不信感だった。

ラジオ新聞情報のみの電気が無い状態では、自ら調べることはできない。焦燥感が募った。

そして、憎かった。原発が。東電が。政府が。そして、東京の人すら。



君はさ、まだ7歳で

今ここで何が起こっているかなんてことは、到底理解できないと思うんだ。

でもママには君に対して責任がある。

君の未来を守るという、責任があるんだよ。

多分君の未来には、日本未来も含まれているんだろうと思う。ひょっとした外国に永住するかもしれなけどさ。でも故郷は必要だろう?

からママ日本未来について考えなくてはいけないと思ったんだ。

調べたよ。たくさん。原発ことなんて、今まで気にも留めてなかったからね。

放射能放射線の違いすら知らなかったし、同位体って何のことだかもすっかり忘れていたくらいだったけれど、とりあえずいっぱい調べた。

ああ、余談だけど、やっぱり勉強は大事だよ。ママも昔、ちょっとはしたんだよ。化学物理もやった。そのベースがなかったら、ちょっとしんどかったかもしれない。まあそれはいいんだけど。



調べたからって正答を得られるわけじゃないんだよ、勿論。

考えなくてはいけない。どんなに困難でも、逃げるという選択肢はない。自分たちの問題だからね。

どこかで誰かが解決してくれるだろう、ってわけにはいかないんだよ。

から考えなくてはいけないよ。諦めずに、信念を持って、考える必要があるんだ。


でも一つだけ、ママには確かに分かったことがある。

人の命よりも大事なことなんてないんだってこと。

ましてや人の命よりも大事な電力なんてものもないんだってこと。

原発がなくなったら、確かにしんどいことが起こるだろうと思うよ。

とんでもなく不便で、そして貧乏になる。私が貧乏なのはまあ、いいけど、日本という国の全てが貧乏になるだろうね。

不便もどれくらい我慢できるんだろうね。今まで無尽蔵に電気を使ってきたからね。

とてもとても、想像つかないけど、どうにかできないこともないはずだと思うよ。


でも、仕方ないよ。

だって変わり始めはしんどいもんだよ。当たり前だよ。

ママ離婚したての頃はしんどかった。する前は不安だった。でも、どうにかなったよ。どうにか、したんだ。

でもこれは日本という国全ての話だからね。ママ離婚比較するのはおかしいだろうね。

国の全てがしんどくなるって分かってる方向に向かって、舵を切るのが困難だってことも分かる。

勇気がいる。痛みも伴う。そして、犠牲も。変化は怖いものだよ。いつだって、どんなことだって、そうだ。


だけど私たちは、ずっと先のことを見なくちゃいけない。これから先の、未来のことを。

今この瞬間が辛くてもいいんじゃないかな。十年後、二十年後、五十年後、百年後、いやそれよりもっと先でもいい。未来幸せになれるんなら、いいと思うんだ。

でも、原発を使い続けて、明るい未来はやってくるのかな。何百年後かの君の子ども子ども子どもだって、困るんじゃないのかな。


人間はさ、失敗するもんだよね。

でも失敗は成功のもとだよね。君にもいつも教えてるよね。

今回の失敗はさ、繰り返してはいけないことなんだよ。絶対に。

勿論、国だって馬鹿じゃないから、津波対策とかはするだろうよ。

だけど永久に絶対に安全な原発って作れるのかな。

多分、無理だよね。だって人間は失敗するんだもの。いつかは必ず、何かが起きるよね。

ママは何かが起こったときに、誰かが命張ってじゃないと止められない仕組みなんてあっちゃいけないと思うんだよね。

今もどこかの誰かが命掛けで、どうにもなんない原発をなだめようと頑張ってる。

どこかの誰かにそれを押し付けてる。

でもそれが、家族だったら?君だったら?


日本は変わるよ。変わらなくてはいけないんだ。ママにはそれがはっきりと分かったよ。

こんなこと考えたのは生まれて初めてだよ。でも必ずどうにかしなくてはいけない。

強く強く、そう思ってる。ママはなにができるのかな。きっと、何にもできないとは思うよ。

だってママ東北の片隅の工場でチマチマ働いてるだけの人だからね。政治家でも学者でもないからね。

だけど考えることはできる。そんなに賢くはなちゃらんぽらんで頼りないママだけど、君のためなら必死に考えるよ。

どうしたら、日本は良くなるのかってことをね。


2011年3月11日は、日本にとって重大な日になるはずだと思う。

君もママもこの瞬間に立ち会えたこと、そしてその渦中にいたこと、これはとてもとても貴重な経験だと思うよ。

人によっては運が悪かったって思うかもしれない。

でも、違うんだよ。

私たちはね、歴史の変わり目に立ち会えたんだよ。

2011年3月11日に始まった悪夢を、一つも無駄にしてはいけない。

私たちはそれを見てしまった。知ってしまった。

これを二度と繰り返さないために、未来に伝えていかなくてはいけないんだ。

私は君に伝えたいと思うよ。


から、どうか忘れないで

この全てのことを、忘れないで

2011-03-22

石巻ニュースは昔ながらの形でやってくる

http://www.washingtonpost.com/world/in-ishinomaki-news-comes-old-fashioned-way-via-paper/2011/03/21/ABPp8X9_story.html?hpid=z3

石巻ニュースは昔ながらの形でやってくる

ツイートブログも、メールもない。電話だって出来ない。電気ガソリン・ガスが失われ、津波に傷つけられた街では本当に昔からのやり方で物事が行われている -ペンと紙で。

コンピュータウェブサイト3G携帯はもちろん、20世紀印刷出版は利用できずに、街唯一の新聞である石巻日新聞では記事が大きな紙に黒のフェルトペンで書かれている。

現代のメディアとは思えないが、この方法は機能している。

「このような悲劇に苦しむ人々は食べ物や水、そして情報も必要としています」夕刊紙である石巻日新聞にて主筆を務めるタケウチヒロユキは語った。「これまではテレビインターネットニュースに触れていた。しかし灯りも電気もなくなって、彼らにはうちの新聞紙かないんです

近年のアラブ世界をまたがる政治的醸成が新しいメディアの持つ力を華々しく告げる一方、世界で最も「つながった」国である日本での悲劇は、時計の針を逆転させた。少なくともここ何日かは、印刷/手書きのことばが優位となった。

執筆編集が終わると、タケウチと同僚が手作業で複製し、史上最悪の地震とそれに続いた死の津波に生き残った人々がいる避難所へと配られる事になる。

情報を手に入れるのに必死なんです津波が自宅の一階に押し寄せて以来、10日間オフィスで寝泊まりを続けるタケウチは語った。

16万都市の1/3に電気教kっゆうが再開され、タケウチ新聞はペンを置き、印刷を始めた。ネットはまだ使えない。月曜の一面では「奇跡の救出劇」、80才女性と16才の孫息子が瓦解した石巻の自宅から日曜日に救出された物語を讃えていた。

海岸線仙台に下ると、かつて賑やかだった100万都市では、デジタルによる意見は停止している。「こんな状況では、紙(媒体)の力は他(のメディア)にはない」街を代表する新聞である河北新報社長でありオーナーでもある一力雅彦は語った。ほとんどの店が閉じた今では、ラジオの電池を買う事ができない。

この地域電気供給崩壊し、仙台コンピュータテレビシャットダウンされたが、一力が持つ仙台新聞はその間も発行されている。津波の日には1ページの号外さえ届けている。

情報に飢える住民は、(一力)社主に「生活を守るために私たちの新聞に頼っている」と話した。大災害についてだけでなく、毎日の生活に関わる情報提供される。どの店に食べ物があって、どの道で瓦礫が除去されたか、どの銀行現金があって、有名酒販チェーンのどの店が再開したかなどについてだ。

石巻仙台よりも小さく、被害は長引いており、日日新聞は津波の後の2日間は発行できなかった。6人いる記者のうちの1人は、仕事から戻る途中に車にのたまま飲み込まれた。彼は生き残り、数日を病院で過ごして現場に戻った。

主筆であるタケウチは、3月11日午後2時46分に地震に襲われた時にはオフィスにいた。その日の入稿を終え、紙面では1面には石巻の「隠れた魅力」についての記事が飾られ、役所の担当者病院やその他の施設を改善する約束をしていた。

地震は2階建ての新聞社社屋を揺さぶり、激しさのあまり蛍光灯天井~落ち、ファイルキャビネットは床の上で横滑りした

最初の手書き版は3月13日に準備され、「可能な限り正確な情報を得られるよう努める」誓いが特集された。日本から集められたレスキュー隊の到着と被災地域の広がりが伝えられた。石巻では海辺の家屋やビジネスはぶち壊された。3万を超える人々が避難所に逃げ込んだ。「今や被害の全貌が明らかになった」という見出しがつけられた。

明くる日、身元が確認された34地域の人々の名前年齢が載せられた。絶望の兆候でもある、スーパーでの略奪も伝えられた。

しかし紙面では、打ちのめされた人々の気持ちに拍車をかけるようなものよりも、明るい話題が努めて選ばれたとタケウチは言う。「希望につながる事を探しています。これが私たちの考え方です」 「数が増えるばかり」という理由で、死者名の掲載は取りやめとなった。1300以上の遺体が確認されている。

「こうした努力電子メディアの不在を補う上で役立っている。電気や水、十分ではな食べ物での生活はうんざりするくらい大変です石巻の25才になる、イシカワユタカは言う。「でも最悪なのは情報がない事ですメールネットサーフィンが恋しいと彼は語った。

http://www.washingtonpost.com/world/in-ishinomaki-news-comes-old-fashioned-way-via-paper/2011/03/21/ABPp8X9_story.html?hpid=z3

誘蛾灯


昆虫の走光性を利用して害虫を誘殺する電灯。昆虫は一般に短波長(300~400nm)の光に強く反応するので,この光を出す青色蛍光灯を点灯し,その下に石油などを添加した水を入れた水盤を置き,光を求めて集まった昆虫を水中に落として殺す。


蛾などの夜行性昆虫が正の走光性を持つことは、矛盾ないし、無意味であるように思われるが、これは本来は適応的な意味を持っているものである。この場合は、夜に月の光を頼りに飛行する際に、光に対して一定の角度を保って飛翔することで、地表から一定の高度で飛翔することができるようになっていたものと考えられる。これは月の光が平行光線であるから有効である。ところが、人工光の場合、光源から光が放射状に出る。これに対して体を一定角度に保って飛翔すると、らせん軌道を描きながら光源へと近づく結果になるのである。          

2011-03-05

時間残業が続いた昨夏の終わり、パニック障害と診断されて休職に入って半年が経った。

症状はしんどいっちゃしんどいけど、体の変化がおもしろかったので書き残しておきたい

・耳が敏感になる

民放バラエティ番組の音に耐えられず、テレビを見るときはなるべく音量を下げるようにしている。

どうしてもしんどい時には家族に断りを入れてテレビ消してもらう。

これまでイヤホン音楽を聴けていたのに、聴いていられなくなった。

高音がつらい。若い女性の甲高い声を聞くと血の気が引く。

・味覚が敏感になる

激辛どんとこいだったのに、全然ダメになった。

あと、お刺身やらレバ刺しが好物だったのに、ナマモノ全般を受け付けなくなった。

寿司屋さんの店内に一歩はいっただけで生臭さにまいってしまう。

家族が外出のおみやげナマモノの入っていない太巻きを買ってきてくれたことがあったのだけど、

「これ、太巻きを切るのにナマモノ切ってた包丁洗わないで使ってる!」ってわかった。

・皮膚感覚が敏感になる

苦しくてワイヤー入りのブラジャーをつけられない。

化繊の服を着るととても気持ち悪い感じがする。綿ばんざい。

・光に敏感になる

太陽光は大丈夫だけど、コンビニとかドラッグストアたい蛍光灯ビカビカがつらい。

日が落ちた後の普通の室内照明もしんどいので、スタンドライトとろうそくを使って過ごしてる。

・匂いに敏感になる

ボディショップやらロクシタンやらLUSHやらの香料がっつりのものに耐えられなくなって

純せっけんに切り替えた。コスメ類もすべてノンケミものに。

・これまで着れていた派手目の服や下着、ヒールの高い靴がはけなくなった。

気合いがないとオシャレってできないんだな。。と実感。

化粧も、コンタクトつける気も起らない。

毎日すっぴんメガネ、地味服でまたーり。

・髪の毛が伸びた

半年間ずっと引きこもって美容院に行っていないので髪の毛がだいぶ伸びた。

・肌がきれいになった

ノンケコスメに変えた&角質培養を初めてみたらこれまで毛穴ボコボコで肌理の粗かった肌が落ち着いてきた。

毎日化粧してクレンジングオイル使って、ってのは相当肌を傷めてたんだなあ。

2011-03-04

http://anond.hatelabo.jp/20110303085331

優先席付近で携帯をいじるな、とかいお馬鹿ルール、はやくなくなんないかな。

勘違いした正義感かられたマジメ君がどうでもいいことを言い出すから

地下鉄に入っている「ペースメーカーが入ってるのに…」ってポスター、見るだけでイライラする。携帯電話の出力ごときで誤動作する可能性が無視できないペースメーカーをつけてる人は既に全員死んでるはずだし、可能性の問題だけで言うならモーターからだって蛍光灯からだってFelica付き自動改札からだって出ている。

そういうのも含めてリスクとして無視できない、という人がいるんなら、コンビニの出入りとかも気をつけないといけないよね。あと、鼠捕りのレーダーとか。

馬鹿じゃないの?

2011-02-11

数学は方法

東大数学博士に学ぶ数学世界 - 「数学は方法である」をめぐる談義

http://t.hash.bz/archives/2526249.html

読んで違和感を感じたことをいくつか。

一応言っておくと、僕はだいぶ昔に京大数学博士をとった。

身内にばれるのがいやなので、ここで書く。

目次

まとめ
科学とは何か
数学とは何か
「沈没系思考」とは何を言いたいのか
数学は方法である」とは何を言いたいのか
最後

まとめ

しい人が多いだろうから最初にまとめを。

数学」に対しては、見る立場によっていろんな見方ができる。

しかしなぜか(どうしてなのかは誰も分からないはず)

数学という方法を使うと世の中はうまく理解でき、予測ができる。

このあたりの問題は数学をいくら勉強しても分かるようになるわけではなく、

どちらかと言えば科学哲学の分野。

科学とは何か

議論を始める前に、科学とは何かという基礎知識が必要だと思う。

科学とは何かという問いは難しい問いだけど、

などがある。

例えば、科学と聞いて原子爆弾原子力発電所パソコンテレビ蛍光灯などを思い浮かべる人もあると思う。

iPhoneを見て「科学ってすごい」と思ったりするかも知れない。

これは科学という言葉製品そのものを指したり、それを作るための技術を指したりする場合

科学はなぜかそれらの製品を作ることにも応用できる。

それがなぜなのかは誰も分からない。

しかし、科学目的はそれだけではない。

一時期、「科学技術」か「科学技術」かでもめたことがあった。

今もそうなのかもしれないけれど。

科学にそれらの「技術だけ」を求めている人にとっては、「科学技術」なのかもしれない。

しかし、繰り返すが、科学目的はそれだけではない。

いや、「科学目的技術はない」と言っても良いと個人的には思う。

技術屋さんは科学を利用しているのであって科学を学んだり研究しているのではない。

科学目的は別の所にあると思う。

では、科学目的は何か。

いろんな意見があるかもしれないが、ここではいわゆる「理論」を作ることとしておこう。

では「理論」とは何か。

それは「現象を理解する方法」である

例えば、万有引力法則を考えてみよう。

今、「りんごが木から落ちる」という現象がある。

それはなぜか、理解したい。

いわゆる理論提唱される。

それは正しいかもしれないし、正しくないかも知れない。

しかしその現象を理解する一つの方法を提案する。

その理論はいくつかの長所を持っている

その理論を使えば、どれくらいの早さで落ちるかという予測ができるようになる。

それだけではなく、「りんご地球がひきあっていると考えれば理解しやすい」ということも分かる。

理論がなければ「りんご地球を引っ張る」という発想は生まれにくいだろう。

そのような新しい見方ができるようになる。

繰り返すが、それは正しいかもしれないし、正しくないかもしれない。

しかし、一つの理解する方法を提供する。

では、どうした自然に現象を理解できるか、ということが問題になるだろう。

実験という方法や、検証という考え方も自然に出て来る。

それらの方法を指して科学と呼ぶこともある。

このようなことを繰り返しているうちに、理論には一つのパターンが現れていることに気がつく。

それが、論理である

そして多くの場合論理数学は同一視される。

宇宙数学言葉で書かれている」と言った人があるらしいが、

数学は多くの理論自然な形で現れる。

そこで、次に数学とはどのような形をしているかを見ていこう。

数学とは何か

ここでは、証明とは何か、公理定義定理の違い、などについて説明する。

三角形内角の和が180℃であることを証明したいとしよう。

証明とは何だろうか?

たい言葉で言えば「間違いないと確信できる証拠」ということだろう。

例えば「彼女浮気していた証明」など、その人は「確信」するかもしれないが、

本当にそうかどうかは究極の所分からないだろう。

例えば、AだからBで、BだからCだ。

と言っても、Cが本当に正しいかどうかは分からない。

そこにはいくつかの危うさがはらんでいる。

最初の例では、「論理」が正しいかという問題である

三段論法は本当に正しいのか?

しかし、これを疑い出すときりがない。

次に、「AだからB」「BだからC」「A」などは正しいか?

何かを証明したいのは、正しいかどうかがハッキリしないからだろう。

そこで、正しいことから論理」を使ってそれが導ければ正しい確信できるだろう。

では、何を持って「正しい」とすれば良いのか。

場合によっては「私が正しいと思えればそれでいい」かもしれない。

しかし、誰でも正しいと信じられるものはめったにない。

そこで、数学では「最初にこれを正しいと仮定しましょう」とする。

この最初に正しいと仮定するものを公理という。

そしてその公理から論理」を使って導かれたものが定理である

その中で名前をつけるそれが「定義である

時々「公理が正しければそこから導かれた定理は正しい」と言ったりするが、

厳密に言えば「公理が正しく、論理も正しければ、そこから導かれた定理は正しい」となるだろう。

しかし、そうやって考えている論理は正しいのか?という疑問も起きる。

そこで、最初に正しいとこれはしましょうというできるだけ公理を定める。

論理公理に含めて公理と思うのが良いだろう。

こうして、導かれた定理がどれだけ信じられるかは、

公理がどれだけ明らかであるかによることになる。

もちろん公理が少ないほど導かれた定理が信じられるだろう。

数学とはこういう形をしている。

そうすると、科学理論もそういう形をしているということである

現象を理解するために、何か仮定を置く。

それを数学公理と見なして、数学的にいろんな定理を導く。

その定理をまた解釈して予測する。

実験によって予測が正しければ、

「その仮定」も「数学」もきっと正しいだろうと信じられるわけだ。

数学という学問理論の中からそのような「仮定」「実験」「予測」を取り去ったものだ。

時々、数学者は全く役に立たないことをやっていると言われることがあるが、

数学という学問には「役に立たせる」という目的はない。

それを使う人が「役に立たせる」だけのことである

「沈没系思考」とは何を言いたいのか

ブログの記事に戻ろう。

「沈没系思考」という言葉でこの人は何を言いたいのだろうか。

「一歩目から躓く」という表現からして、

上で書いたような「仮定」「公理」の部分でつまづいているのだろう。

つまり普通感覚で言えば、「数学」というものを使って理論を組み立てようとは思わない。

数学はとても抽象的だから

しかし、様々な理論に共通に現れているため、その部分を抜き出し、洗練させてきたのが数学から

それを使う人にとっては、数学を利用することはある意味はとても不自然なことになってしまう。

最初はその不自然さを受け入れる勇気が要るだろう。

別の言葉にすれば「数学に対する素直さ」である

僕の周りの数学者はこれらにとても慣れているので、

しいモノを定義した時にも素直に受け取ってくれる。

数学とはそういうものであることを知っているからだ。

この時、僕はベクトルの使われ方、柔軟性に驚いた。

要するに、対称が何であろうとも「ベクトル」にしてしまえば後は「ベクトル」を扱う数学世界ルールで加工することができて、

そのアウトプットをまた現実世界に落とし込んでくれば、

現実世界の事象に関して何らかの知見が得られる、というわけだ。まさに数学は方法、である。すげぇ。

正直なところ、「何を今更」と言いたいところであるが、

しかしたら多くの人の理解はこんなものなのかもしれない。

数学は役に立たない」とか言っている人の理解もそうなのかもしれない。

科学が強力な力を持っているように、数学科学理論の中で強力な武器である

この重要性はもっと声を大にして叫ぶべきなのかも知れない。

一般に学習者の目に触れる「数学」は、これらの個別具体化された「数学理論」であり、

その奥底にある数学世界の深遠さ、柔軟さ、恣意性にはほとんど気付く機会がない!

かに数学についてある程度理解していて、それを客観的に見られるだけの余裕がないと、

数学の強力さはよく分からいかも知れない。

ふむ、これを、どうしたら伝えられるのだろうか?

数学は方法である」とは何を言いたいのか

しかし、いくつかの誤解もあるようだ。

公理はその内部で論理的に矛盾していなければ(たぶん)どのようなものを定めてもよく、一緒に使われない複数の公理が相互に矛盾することもふつーにあり得る。

そして「定義」は、これから議論しようとする具体的内容、適用しようとする世界に都合の良いものを定めることが出来る。

かに数学では、どのような公理を定めてもよい。

しかし、そこから導かれた定理およびその解釈が、現実予測に合わないのであれば意味がない。

数学そのものの正しさは誰も疑わないだろう。

ならば、もし予測に合わないのであれば、その最初の決めごとが不適切であったということになる。

最初に現象を数学的にモデル化する。

ここで「なぜ」と問うことは意味がない。

「そうするとうまくいくから」としか答えようがない。

逆に言えば「そうするとうまくいくことを示す」必要がある。

もう少し厳密に考えてみよう。

例えば万有引力法則では各惑星質量はあるが大きさはない質点と見なす。

「どうして?」と問われれば「そうするとうまく行くから」というのは一つの答えだ。

しかしもう少し言えば、

「そう仮定しないと計算が難しすぎる。そう仮定すると計算が簡単になる。

 そしてその仮定した結果でもそれなりに精度の良い予測ができる。

 ならば現実問題としてはそのように仮定するのは許されるのではないか。」

ということだ。

これは「数学からの要求」と言えるだろう。

数学」を知らないと、この「数学からの要求」があることが理解できない。

からまた、最初に「なぜ?」と問うてしまうのだと思う。

最後

数学は強力な武器ではあるが、習得するのに時間がかかる。

から、ある意味必殺技のようなものかも知れない。

そして、その個々の必殺技はかなり用途が限定される場合が多い。

しかし、数学モデルという抽象化という考え方そのものが、

もたらす恩恵は莫大である

それは「科学」を学んだ人とそうでない人の違いのようなものだ。

数学というと「ベクトル」とか「線形代数」とかそういうものを想像するかも知れないが、

抽象化した見方ができるようになるというのが、実は一番大切だと思う。

2011-01-05

蛍光灯

蛍光灯は白熱灯の6倍明るいという・・・

ただ・・・普段 白熱灯で生活していると

蛍光灯は暗い・・・ガンガンにつけても暗く(不便を)感じる。

単純にコントラストの問題。

蛍光灯は明るすぎて、コントラストが白飛んでしまう。そのために、陰影が見つけにくく視認に時間がかかる。

 

TVじゃないけど、黒が際立つのが白熱灯って売り方をしたほうが本当はいいんだろうね。エコじゃないから。

あぁ、まぁ、あと寒く感じる。冬は特に

2010-12-29

叩かれて叩かれて公務員

 公務員を叩く場合には事実に即しているか否かは問われないらしい

とある評論家いわく、いま日本で唯一給料が上がっている職業国家公務員なのだそうだ。

もちろん間違っているわけだけど、私の友人なんかもそう思っている人がいたりする。

 わたしは高卒程度採用の底辺国家公務員として何年か前から働いているわけだけど、毎年俸給表なり諸手当なりが

引き下げられている。俸給表については若年層は守られているのだけど、手当の削減が響き、私の場合は2年目の給料

一番高かったような状況。

 とある主任係長に昇進し、仕事責任範囲が広がったのに給料が下がり、昼ごはんうどん茹でて麺つゆ掛けただけ。

あんまりかわいそうだから、私もうどんナスてんぷら持ってって、いっぱいあるんでどうぞとか言って一緒に食べたりしている。

 そんな微笑ましくも貧しい話はどうでもいいのだけど、政権交代以来業務に係る予算も減り始めたのはこまる。

今まで、天井蛍光灯を間引いてみたり、エアコン設定変えられないようにリモコンを回収されたりとかで庁舎費を節約

してきたけど、それは本業で使う分を守るためだった。もう本業の分も削減されることが決まったので、うちの部門の行政サービス

質が落ちると思うよ。わたしたちが頑張ってもだめなの。あの機械を守るには一本1万円する缶スプレーが必要なの。

でももう買えないの。なぜか調達数よりも倉庫にある未使用品+空き缶の合計のほうが多いけどそれはきっとサンタさんプレゼント

2010-10-07

http://anond.hatelabo.jp/20101007211109

ちょうしに乗って採りすぎた部下が余ってるんで、それに対応させようかと思案中。

つか、もう住ませて「おまえがやれ」でいい気がしてきた。

なーんか母校に恩返しっつーか学生をちょっと楽にさせるようなことやりてーんだよなぁ。

その上で上ものがゴミになるまでの間、修繕費と固定資産税を相殺できれば最高だな。

建物は最低限の修繕でゴミみたいな状態で繰り回すとして、それでもいい学生っていまどきいるかい?

大分貧しくなってるからいるような気が最近はしてるんだけど。まだ苦学生いるだろ。

あるいは上位ローとかあの辺りの超リスキーな賭けに出てる学生に「将来的にはともだちになろう」みたいな

条件でタダで住ますのもありかなぁとか思いつつ。むしろ、そーいう奴に管理やらすか。

家タダにするから蛍光灯変えたりトイレ直したり掃除したりおまえやれや、みたいな。

2010-10-04

彼女と31歳ヒキニートの兄

俺…会社員。営業。26歳

彼女…俺の務める会社の取引先の事務員。24歳

彼女兄…31歳

 

俺が営業回りをよくする会社の一つに、彼女の勤める会社があった。

もともと俺の同僚(こいつも営業)と彼女の先輩が仲良くて

お互いの会社の若手何人か同士でランチをしようという話になった。

そこで知り合ったのが彼女

 

ぱっと見に目立つ顔じゃなくて地味で、悪く言えばモサいんだけど

絶対に人の悪口言わないし、ぼーっとしてそうなわりに

天然じゃない狙ったギャグが言える子だった。

頭の回転が良くてしゃべると楽しい子だったから

すぐ気に入ってメール交換し、しばらくは色気抜きで雑談メールのやり取りをしていた。

その間にも複数人で何度かランチはしていた。

 

彼女の話にはよく「おばあちゃん」が出てきた。

兄弟の話は全然出てこなかった。

「おばあちゃん好きなんだね」

と誰かが言ったら

「今、おばあちゃんと住んでるから」

と答えが返ってきた。

実家は遠いが、おばあちゃん家は会社から近いので就職してからは

祖母宅に住まわせてもらってる、という話だった。

その時は「ふーんそっか」で話が終わった。

 

気付くと半年近くが経って、俺はいつのまにか彼女が好きになっていた。

こういうツボにハマったメールを楽しく長期間続けられる子は貴重だと思った。

でも友達期間が長かったし、ここで色気出して嫌われたら

もうこの関係は終わりかと思うとなかなか誘えなかった。

 

でもまあ結局は勇気出して誘って

二人きりで会うようになってから三ヶ月後に

「つきあって下さい」と言った。

そしてOKがもらえ、俺たちは付き合うようになった。

 

彼女はおばあちゃんと二人暮らしだから、基本会うのは俺のアパート

彼女は俺が初彼氏だったからエッチなことは我慢して

初期には紳士的に八時までには送っていましたほんとです。

でも彼女とよく話しこむようになって気付いたこと。

実家が遠いという話だったが、彼女の出身中学(公立)、地元だ。

その中学に通ってたってことは、実家は遠くないどころか

たぶん近所。

でもなんか事情があるんだろうなと思ってその時は聞かなかった。

 

また何ヶ月か経って、初のホワイトデーを迎えた。

俺はまだ彼女メル友時代に彼女が欲しいと言っていた

とあるCDの復刻版じゃないオリジナル盤をオクでゲットして

ワクワクテカテカしながら彼女が来るのを待っていた。

ほんとうにテカテカしていた。

 

彼女時間どおりに来たが、暗かった。

プレゼントを渡す雰囲気ではなかった。どうしたんだろうと思っていると

「私、俺男くんとお別れしなくちゃいけないかもしれない」

と言われた。

「なぜ?なんで?」

「今まで内緒にしてたことがあって…」

「それは何となくわかってたけど、なんで別れるん?なんでなんで?

「……」

「ほら!CDあるよ、聴こうか!実は買ってたんだーははは!

俺もきみに内緒にしてたことがあったんだよーん!あいこあいこ!!」

「……」

「……」

そんで彼女がぽつぽつ話し出した。

 

おばあちゃんと二人暮らしなのはほんとうだけど、就職してからというのはウソ

実家が遠いというのもウソ

彼女が祖母宅に住み始めたのは高校生の途中かららしい。

 

理由は彼女の兄が登校拒否児のなれの果てのひきこもり

家庭内暴力+妹への身体的・精神虐待+自傷フルコンボだからだそうだった。

彼女の両親は彼女がかわいくないわけじゃないようなんだ

それ以上に兄を「かわいそうな子」と溺愛していて

兄を強く叱ることができないらしい。

 

もともと兄は子供の時から優秀で「神童」と言われたほど利発だったが

中学いじめに合い登校拒否になり

理不尽いじめにさえあわなければ」

「おにいちゃんは被害者

という感じでずっと両親は腫れものに触るような扱いだったらしい。

 

妹(彼女)への暴力があまりにひどい時に叱ったこともあるそうだが

叱られると自分の髪を大量に引き抜く、頭を血が出るまで壁に叩きつける、奇声、

食事をとらない等々の自傷行為があったそうで

それ以来親は何も言えなくなってしまったということだった。

 

以下彼女が兄にやられたこと。

  • 殴る、つねる。腕をねじり上げる。
  • 階段から落とす。
  • 腹や脛を狙って蹴る。
  • すれ違いざまに殴るふりをする(ほんとうに殴る時もあるし殴らない時もある)
  • ポットのお湯をカップに注いだ直後、彼女母親に向かってかける
  • 髪を切る
  • 夏休み宿題や、教科書ドリルを盗んで捨ててしまう
  • 家族の食事時に降りてきて(普段は部屋にこもりっきり)食事めがけてキンチョールを大量散布する
  • 唾をかける

などなど。

両親はやられた側の彼女のフォローより兄へのフォローが最優先で

彼女にはあとで「我慢してね」と言うくらいだったらしい。

骨折して病院に行った時も

「転んだって言いなさい」と固く言い渡されたそうだ。

 

しかし彼女高校生になったあたりから旗色が変わってきた。

兄が色気づいたのだ。

今まではすれ違いざまに殴るふりだったのが、乳を掴んできたり

無理やりキスするように顔を近づけてきたり

寝ている間に部屋に入って来るようになったという。

彼女は親に

「部屋に鍵をつけてくれ」

と訴えたが、

日常と変わったことをするとお兄ちゃんが動揺するからだめ。

お兄ちゃんを刺激しないようにして、ささいなことは我慢しなさい」とスルーされた。

 

その後彼女は家を出るまで、手製のつっかえ棒みたいなもので

夜中にドアが開かないよう自衛していたらしい。

高1の冬に伯母と叔父(父方)と伯母(母方)の協力があり

祖母宅(父方)へ避難。

ひきこもりの兄は自宅から一歩も出られないので追ってくることはなかったらしい。

 

そのうちに祖母が弱ってきたので

祖母を置いていくこともできず彼女は祖母宅から通える会社就職

現在に至る。

兄はどうせ家庭内のみの暴君だからあの家にさえ二度と戻らなければ、と思っていたが

最近母親から祖母宅に電話があり

油断と懐かしさで近況をしゃべってしまったのだそうだ。

 

彼氏ができたとはっきり言ったわけじゃないが

ニュアンスで伝わってしまったらしい。

そしてその話はそのまま兄にダイレクトに伝わった。

 

31歳ヒッキー兄、激怒。

彼女を「自分のもの」だと今でも思っているらしく

もう傷物だとかビッチだとか相当罵倒して家の中で暴れた。

 

そしてその激怒の勢いで10数年ぶりに家を出て、祖母宅でも暴れた。

その時彼女は留守だったが、彼女のおばあちゃんがやられたらしい。

さいわい途中で大声を出して、たまたま開いてた縁側のサッシから逃げたので

大けがにはならなかったが、目の周りや腕、腹にあざができるなど

軽い被害ではなかった。

 

彼女は「家庭内のみの暴君」だった兄がついに外にも出れるようになったことを知り

「このままでは俺男くんもやられる」

と悩んでいたそうだった。

 

「その兄貴は俺の家を知ってるの?」

「たぶんまだ知らないけど、時間の問題だと思う。だから早く逃げて欲しい。

こんなことになってほんとうにごめんなさい」

「でも俺、現役引退して何年も経つけどスポーツやってたし

まだ31歳ひきこもりに負けるほどじゃないはずだから、安心して」

「そういうことじゃない。俺男くんは他人を躊躇なく殴れるかっていうとそうじゃないでしょ?

でも兄は躊躇なくゴルフクラブで他人の頭を全力で殴れる人。

リミッターがない人と常識人とでは比較にならない。

とにかく兄は普通じゃない。普通じゃない人を相手にしてけがしないで」

と泣かれた。

 

そういう幼少期を過ごしたんだから無理もないだろうけど

とにかく彼女は兄を過大評価というか、大魔王みたいに思っていた。

いまだに顔を思い出すだけで足が震えるとか、高校生になっても口答え一つできなかった、と言っていた。

 

でも話を聞く限り、その兄は母親彼女、母方の叔母、彼女の祖母など

女にしか暴力をふるってなかった。

彼女の父親を殴ったという話は一回もなかった。

 

彼女にそれを指摘すると

「父は「お兄ちゃんを刺激してはいけない」説の信奉者で、兄を怒らせないようにいつも

一番気を使っていた人だからだと思う」

との答えだった。

ちなみにその「刺激してはいけない」は医者だかカウンセラーだかに言われたことらしい。

彼女物心ついた時にはもう家庭内に浸透してたそうだ。

 

俺は話を総合して、ヒキ兄が男には強く出られない奴だろうという方に賭けた。

部活やめてかなり経ってややビール腹とはいえ

体脂肪が13%より上になったことがない俺が、31歳ヒキに負けることはない…ないだろう…たぶん、と思った。

 

包丁でも持って来るかもしれないから、一応長物でも用意しておくことにして

彼女をちょっとでも笑わせたかったから

「俺はそっちに賭ける!きみは俺が負ける方に賭けて。商品はこのCDだ!」

ということにした。

彼女は「CD欲しいけど負けなきゃ」と言って、泣いてたけどちょっとだけ笑って、でもやっぱり泣いてしまった。

 

そして彼女が家を出る時に協力してくれた父方の伯母と、叔父とその奥さんは

信用置ける人そうだったから協力してもらうことにした。

彼女は渋ってたが、俺のほんとうの住所を知らせないということを条件に

まずおばあちゃんを父方伯母さんの家に避難させ、

彼女が祖母を追い出して、俺を祖母宅に引き込んで同棲してる」

という話を彼女の母に吹き込んでもらった。

母親から兄にすぐ伝わるだろうという予想で。

 

でも予想に反して、ヒキ兄はすぐ襲撃して来なかった。

やっぱり俺という他人の、それも男を襲撃するのはハードルが高かったんだと思う。

そこで諦めても良かったんだが、このまま彼女が一生ヒキ兄におびえたままじゃ

かわいそうだし、全部やり返すのは無理としても一発くらい殴らせたかったから

作戦は継続した。

なお何日も二人きりで過ごすうち、俺は紳士ではなくなってしまったが

それは仕方のないことだと思う。

 

驚いたのは俺が紳士ではなくなってしまったことがすぐ彼女実家にばれたことだった。

盗聴器でもつけてるのか?と怪しんだくらい早かった。

彼女の母から祖母宅電話に「あれほどお兄ちゃんを刺激しないでって言ったでしょ!」と

号泣しながら電話がかってきた。

ちなみに取ったのは俺。

俺がなにか言う前に切れた。

 

そして母親から兄に話が伝わったらしく、その日の夜中に兄が突撃してきた。

予想してたから彼女は一番頑丈な鍵のかかるトイレにいさせて

(もともとおばあちゃんの家なので和室づくりだから鍵かかる部屋が少ない)

玄関ドアは鍵しめてたが、縁側サッシの一番端のとこだけいかにもウッカリっぽく開けておいた。

 

時刻は零時ちょっと過ぎくらいだったと思う。

蛍光灯を消して補助の豆電気だけにして、俺は居間にいた。

手にする長物はバットとかゴルフクラブとかいろいろ迷ったけど

もしもの時もために正当防衛を主張できるものにしようと、おばあちゃんの杖を借りた。

杖とはいえ柿の木でできてるやつですごく固い。

 

最初に玄関をガチャガチャいわす音がして、その後サッシが端からガタガタ動かされる音がして

最後にわざと開けたサッシが開いた。

開いた瞬間にわざとパチっと電気つけたら

思った以上にはるかに弱そうな色白ピッツァが「ポカーン」顔で縁側に上がりこもうとしてるとこだった。

でも手には木刀持ってやがった。

 

さすがに杖と木刀じゃ長さが違うし、成人男子の力で殴られたら骨までいくんで

ピッツァがポカーン顔のうちに、木刀持ってる手を杖で叩きまくった。

「いたっいたっ」と間抜けな声をあげて木刀を落とすピッツァ

それを足で蹴って背後に回収してから

外に向かって

「ドーロボーーーー!」 と叫んだ。

ついでに「火事だーーーー!!」

とも叫んでおいた。

なにかの本で、これが一番効果的に通報してもらえるって読んだから。

 

得物を失ったピッツァの襟首を掴んで投げたら、ピッツァは畳の上に前のめりに倒れた。

トイレにいる彼女に「電話!」と声をかけた。

これは「泥棒を確保したから110番通報する」の合図。彼女携帯持ってトイレにこもっている。

 

俺はその間にピッツァが逃げないよう、押さえこむとか殴るとかする予定だった。

でも何もしてないのにピッツァは畳にうつ伏せになったまますすり泣きはじめた。

まだパトカーが来る気配はなかったからトイレ彼女

「おーい!ちょお、出てきて!」

と言った。

彼女は「いいからそのまま警察に渡して」と渋ってたけど、俺が何度も

「一発くらいやり返しておけばスカっとするから」と勧めて

やっと出てきた。

出てきた彼女を見て、ピッツァは畳に唾を吐いた。

たぶん彼女に吐きたかったんだろうけどそばに俺がいるからやめたんだと思う。

 

俺としては彼女デブにビンタ一発!という展開を望んだんだけど、結局彼女は何もしなかった。

だんだん外がザワついてきて、パトカーの音が近づいてきたから

「ビンタするとか、蹴り入れるとか今のうちだよ」

って言ったけど

「ううん、いい。そんなことしなくてもすっごく弱そうなのが改めて見てわかった。

それに汗かいてるのが気持ち悪くて、こいつに触りたくない」

と言って、

「私は奥にいたから兄だってわからなかったことにしておいて」

と寝室に入っていった。

侵入者が身内だとわかると、警察拘留してくれないことがあるらしいから。

 

その後はパトカーに引き渡して、素性が知れて身内だと判明したが

サッシから夜中に侵入したことや、木刀を持ってたことから

強盗未遂と判断された。

地元新聞に小さく乗ったけど

「孫が祖母のいないうちに空き巣狙いの家宅侵入」って感じの

全然違う内容の記事になってたのにはちょっと驚いた。

 

記事はそんなだったが

地元ではちゃんと「ヒキ兄が祖母のいないうちに妹を狙った」と

かなり正確な噂が広まった。

 

かなり長くなってしまったから、その後はざっと。

彼女の両親、噂に耐えきれず?なのか、事件後半年スピード離婚

彼女の父親が出て行った。

ヒキ兄と母親だけで二ヶ月ほど暮らすが、母親の姿が見えなくなる。

新聞新聞受けに溜まっているのを見て

近所の人が連絡すると

母親は心を病んで実家の人に引き取られていったとかいう話だった。

 

ヒキ兄は10日ほど籠城したらしいが

食糧と金が尽きて、地べたに座りこんでいるところをふたたび警察に確保された。

身元引受人として両親が指定されたが

母親は拒否。

父親が来たみたいだ。

その後は父親と、父親の社宅で一緒に暮らしているらしい。

まだヒキなんじゃないかと思う。

 

なぜか彼女携帯母親から電話があって

「ひょっとして、いい気味だと思ってる?」

と言われたらしいが、彼女が黙ってたら切れたそうだ。

でも直後に叔母(母方)から電話があって

「もう電話させないから」

と謝られて、それ以後連絡はなし。

 

手短にするつもりだったのに長くなった。

彼女はもうサバサバしたもんだが、たぶん俺の方がまだムカついてるんだろうなおわり。

2010-08-27

公共広告機構エコキャンペーンで「たまにはキャンドルナイトエコ」とフリップ出してどや顔してる女子大生っぽい馬鹿を殴りたい。殴り付けたい。小一時間殴り続けたい。

浪費生活を見つめ直すイベントとしてのキャンドルナイト意味がないとは言わんが、電気消して油燃やしてエコか?蛍光灯の代わり蝋燭を使ってエコか?

雰囲気でモノ言うな。理屈を考えないからホメオパシーにも走るんだよ。で、ちょっと理屈齧ると「カーボンニュートラル植物性の蝋燭だから二酸化炭素は出ません!地球に優しいです!」とか。出てるんだよ。まじ殴りたい。ファッションエコペプシロハース(笑)

2010-08-05

http://anond.hatelabo.jp/20100805210652

ありがとうございます




前の環境との変化に慣れてないだけの可能性もあるけどとりあえず。

ありますねえそれも

しばらくサブのノートパソコンの小さい画面を寝転んで眺めてました




もし部屋の照明に蛍光灯を使ってるなら、間接照明を使ったやや暗めの部屋にするべき。

その上でディスプレイバックライト輝度を下げろ。

それって逆に目にきついと思ってたんですけど違うんですか?

モニタの周りは結構暗めです ロフトベッドの下なので



そもそも目への負荷をきにするならIPSパネル液晶を買ってると思うが、そうじゃないなら知らない。

元々目は強いほうで

3Dゲーム以外なら目が辛いとか疲れると言うことはないんです

http://anond.hatelabo.jp/20100805204147

前の環境との変化に慣れてないだけの可能性もあるけどとりあえず。

もし部屋の照明に蛍光灯を使ってるなら、間接照明を使ったやや暗めの部屋にするべき。

その上でディスプレイバックライト輝度を下げろ。

そもそも目への負荷をきにするならIPSパネル液晶を買ってると思うが、そうじゃないなら知らない。

2010-05-20

MacBook一年間つけっぱなしにしても電気代は1万円程度

ノートPCでいちいちシャットダウンするのがいかに非効率的かがわかる。

ちなみにPC蛍光灯と同じく起動時に最も電力を食う。

2010-03-25

http://anond.hatelabo.jp/20100325193305

タバコ規制だって成り立ったのはタバコ吸わない人が増えたからだろうしね。

もし俺が蛍光灯の光を浴びただけで日常生活に支障をきたすほどの頭痛を起こすような特殊体質の人間でも蛍光灯規制されるわけじゃないしね。

結局は数の理論だよね。

2010-03-06

http://anond.hatelabo.jp/20100306211821

漏れも。

大して流行っていない、ゆっくりと経営しているカプセルホテル最高。

疲れた体で転がり込んでチェックインして、まず最初にぼったくり(笑)なカップラーメン食う。

大浴場は昨今あまり人気ないみたい。1人の先客が体を洗う音と、絶えず入れ替えられる湯の音だけが、浴場の中で反響している。

どういうわけかアヒルさん(2歳・職業おもちゃ)が泳いでいる。

深夜、誰も居ない暗い小さいホールで、少し大きめの音量で「NHKアーカイブス」とかを流してる。

隅には、何十年前に購入したんだっていうようなシンプルゲーム機が未だ現役で稼動。1台だけ。

全体的に薄暗いんだけど、自販機の前はめちゃくちゃ明るい。でも蛍光灯の質が悪いのか、明滅がはっきりと分かる。

ホテルの隅から隅までが、もう全力で「疲れたろ、ゆっくりしてけ」って言ってくれる。これが最強。

2010-02-17

今世紀に起こること(3)

2025年

2026年

2027年

2028年

  • 世界人口が80億人に達する
  • がん化の機構の解明に基づく治療が開始される
  • このころロシア月面基地が完成する(2028-32年)
  • 10/28 直径1.6キロの小惑星が地球をかすめる

2029年

2030年

  • 9/12 小惑星状物体が月までの距離の11倍にまで地球に最接近

2031年

2033年

  • インドの経済規模が、このころ日本を上回る
  • 中国の総人口が15億人に達する

2035年

  • ドイツ高齢者比率が人口の30%に達する
  • このころロシア火星の有人飛行を実現する(2035年以降)
  • 東アジアの人口が20億6300万人でピークに達し、その後は減少に転じる

2036年

  • この年までに南関東直下地震が70%の確率で発生
  • 黒澤明監督作品の著作権が、この年まで存続する(存続期間を死後38年間とする旧著作権法の規定)

2038年

2039年

  • 昭和時代に生まれた者が全員50歳以上に

2040年

  • 早ければこの年に夏の北極海に氷がほとんどなくなる可能性がある(米国立大気研究センター予測)
  • 東京都熱中症患者数が最大5000人に達する
  • 北極上空のオゾンホールが完治する(南極は2065年)
  • 中国の二酸化炭素(CO2)排出量が、この年までにピークを迎える(2030-40年)
  • 人口減少による貯蓄率の低下で、日本経済の潜在成長率がマイナスになる
  • この年以降、中国の1人あたり国内総生産(GDP)が3万ドルに達する
  • このころ葬儀ビジネスの規模が倍増する
  • 中国が人口ゼロ成長を達成する
  • 国内の年間死者数が166万人に達する(現在の1.5倍)

2041年

2042年

2043年

  • 10/1 日本の総人口が1億人を割る

2045年

2047年

2048年

  • 世界人口が90億人に
  • 乱獲と環境汚染による生態系の破壊が続き、食用になる魚介類のほとんどが地球上から姿を消す(対策がない場合の推計でFAO当局者は否定)

2049年

2050年

出典・参考資料

確定済の「予定」部分

Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/

未確定な「予測」部分

未来年表 : 生活総研

http://seikatsusoken.jp/futuretimeline/


調べたきっかけ

1901年未来予測

http://www.tanken.com/yosoku.html

みんなが望む方向に未来は変わっていくのかも、と思ったため。

2009-12-02

死を美しいように描く風潮は、もうおさまったのでしょうか。


今日のように、冷たい風が身体を切り刻むかのように、びゅうびゅうと吹き付ける日でした。

けれども、その報せを初めて聞いた時、剃刀のように頬を掠める風のことなどは気になりませんでした。

電話口から告げられた名前に、震えは止まりませんでした。

地震とも、雷鳴の後ともまるで違うその震えは、今も時折私の心を揺らしています。

そのたびに、瞼の内から沸き上がる熱いものを、私は止めることができません。


病気ならばまだ諦めがついたでしょうか。

あるいは、私たちがもっと歳を重ねていれば。

何もかもが突然でした。

しかし、人が生きる道の上に置いて、出会いや別れは、いつも突然に訪れるものです。

意識しないうちに準備をしているから、それらをすんなりと受け入れられるのだと、最近思うようになりました。


夢を追いかける、という言葉が薄く陳腐に聞こえてしまうのは、それだけ歳を重ねたからか、

それとも多くを諦めてしまったからか。

彼は夢を追いかけていました。そのための努力をいつでも喜んでしていました。

夢を叶えるために、彼は故郷から離れました。

遙か頂上を見据えながら、一段、一段を踏みしめて、彼は確実に階段を昇っていました。

幼い頃からの夢を諦めなかった彼には、階段を昇る資格がありました。昇りきる力をつけていました。

だけど、知らない誰かが横から彼を突き落としました。

全く知らない誰かです。今も誰も知らない誰か。あなたなんかいなければよかった。


様々な人に様々な目的で切り刻まれて、彼は故郷に帰ってきました。

その目に光は宿りません。瞼もどこも、動きません。

報せを聞いてからしばらく、私は鏡を見たくありませんでした。

元々好い顔立ちとは言えない、私の顔が、輪をかけて醜くなっていたからです。

瞼は腫れてしまって開ききりません。鼻水がだらしなく垂れていましたが止まりません。口は怒りにひん曲がり、眉は苦痛に歪んでいました。

だらだらと悲しみだけ流し続ける眼は、蛍光灯の明かりをいくつも反射していましたけれど、ちっとも綺麗じゃありませんでした。

それはみんな同じでした。みんな私と同じような顔をして、なぜ彼がいなくなってしまったのかと、何かに問うていました。

知らない誰かに顔があったら、名前があったら、余程よかった。

その場に綺麗なものはちっともありませんでした。

いつもは感銘を受ける大きな花束は、美しいはずなのにそうは見えません。

あそこに飾られた白百合に、どうしてあんなにも無愛想なのでしょうか。

綺麗なのは花束だけでした。美しいのは白百合だけでした。

あの場であんな顔をしていたのは、白百合だけでした。




出会いも別れも生き死にすらも、普通のことと思えれば、辛いことは何もないのに。

出会いや別れや生き死には、人が営みを続けるならば、そう特別なことではないでしょう。

そう思うのがとてもとても難しいというだけで。


どうかこれを読んでくださったあなたの心が、色鮮やかな花で満ちますように。

2009-11-19

私の行動原理

職場においてある植物は私が世話をしています

毎日始業開始の30分前に来て、水をあげて、ゴミを取ったり、埃を拭いたり

みんなからは緑があると違うねーとか、花が咲いた時はキレイに咲いたねーって

○○(私の名前)さんってしっかりしてるいい子だねって言ってくれる

植物があることで、みんなに喜んでもらえて、職場が明るい雰囲気になるのはうれしい


でもそれもこれも実はすべてM先輩のため

M先輩が植物があるといいよねって言ったから持ってきた

M先輩は仕事を頑張りすぎるから、少しでも癒されてくれればと思って、毎日毎日気を配る

蛍光灯が切れそうになっていたら早めに変える

ちょっと気になったら窓を拭く、ゴミを拾ったり、机を拭いたり、M先輩が気持ちよく仕事できるような環境を作る

M先輩のことを常に考えて行動してたら、職場のみんなが喜んでくれている

M先輩は気づいてくれているかな

2009-11-16

電球が切れた

ミニ蛍光灯にしようかと思ったが、そのわずかなサイズの差がクリティカル

ソケット周りにぶつかって入らない

萎え

2009-11-12

心も身体も寒いなんていうのとはかけ離れた掌編

重く圧し掛かってくるようなこの頭痛の原因はなんだろうと麗子は考えた。

ああ、先週訪問販売で安く買ったミネラルウォーターを寝る前に飲みすぎたのが悪かったのかもしれないし、深夜一時から午後十時までぐっすりと寝てしまったのがいけなかったのかもしれない。あるいはいやに肌寒い部屋の温度が血流を滞らせているのかもしれないし、どこかで誰かが麗子のことを思って祈祷をしているからなのかもしれなかった。

とにかく、麗子は頭が痛かった。宵闇に沈んだ寝室のベッドに横たわったまま瞼だけをぱちりと持ち上げて、かれこれ十五分ほど、何をするでもなく天井を睨み続けていた。

手を伸ばして、チェスタースタンドに明かりを灯す。突き抜けた眩しさに、思わず目を瞬かせてしまった。細く視界を狭めながら、無遠慮に光を放ち始めたスタンドに舌打ちをする。それから、自らが選んで灯したのだということを思い出した。

幼い頃から持ちえていた性質だったが、最近、麗子にはこれと似たようなことがよく起きている。つまりは、自身で望んだことであったはずなのに、現れた変化に対してどうしようもない苛立ちや不快感を抱いてしまうのだった。

その性質自体に対して、よくないことだとは思っていない。ある期間、そういったことが頻発することはままるのだろうし、人格の性質としてどうしようもなく取り込んでしまっているものなのだ、無理に矯正することよりも受け入れることを麗子は好んでいた。

ただ、折に触れて面倒だなと思うだけだった。朝食の時にバターを塗ったトーストを齧ってからジャムにしたらよかったと後悔したり、職場で休憩がてら自販機からコーヒーを買ってしまってからお茶に擦ればよかったと思い直したり、折角の休日絶望的に寝過ごしてしまってからやっぱり早起きしていればよかったと残念に思うだけのことだったのだ。

あるいは、付き合っていた恋人と別れてしまってから元に戻りたいと思ってしまったりすることも、あげたいくつからの例と同じことなのかもしれない。

ベッドから降りてキッチンへ向かい、お湯を沸かしてコーヒーの準備をする。灯したダイニングの蛍光灯は、やっぱり無遠慮に麗子の目に突き刺さってきて、不快感を募らせる要因となった。小さく舌打ちをして、乱れた髪の毛を更にぐしゃぐしゃと掻き毟る。湯気が音を立てたので、火を止めてインスタントコーヒーを淹れた。

食器棚にもたれかかりながら暑くなったマグカップを唇に近づける。咽喉が嚥下するのと同時に、不味いなと思った。寝起きにブラックなんぞを口にしてしまったのがよくなかったのかもしれない。砂糖を少し加えるとか、ミルクを足しておけばよかった。ずずずと、再び不味いインスタントコーヒーを飲んで麗子はぼんやりと部屋の中に目を向けた。

沈黙したままの液晶テレビが、まっすぐに顔を向けてきていた。下部に取り付けられたラックには、DVDレコーダーが取り付けられている。それから、それなりに揃った次世代ゲーム機とそのソフト。特等席として設けられたソファに腰かけて、二人並んで映画を見たりゲームをするのが楽しかったなと、失われてしまった日々を思った。

そういえば、陸夫はほとんど何も荷物を持っていかなかったなと考えた。停止しきった沈黙の中に、こつこつと時計の針だけが一定のリズムを刻んでいる。ショルダーバッグに数日分の着替えとお気に入り文庫本を数冊、CDも詰め込んで麗子の部屋からいなくなったあの男は、いまなにをしているのだろうか。

同棲などしているつもりはなかった。結果的にそれが同棲と呼ばれる生活になっていただけで、陸夫にも陸夫の帰る場所が他にもあったのだし、言うなれば遊びみたいなものであって、共にこの部屋の中で過ごしていた日々というのは一種のエンターテイメントでもあったわけなのだ。

それが、数日前に終わっただけ。娯楽が消失しただけなのだ。麗子の部屋に持ち込んでいた大半のものを残したまま、陸夫はあの日から戻ってきていない。

考えてみれば、飼っていた猫を持っていかれてしまっていた。半分ほどコーヒーを飲んだまま固まっていた麗子はその事実にはたと気が付くや、なにかとんでもない失態を犯したような嫌な気分を胸のうちに混みあがらせることになって焦った。

捨て猫だったわりには理知的で、とてもおとなしく物分りのいい猫だった。外出することを極度に嫌ったが臆病ではなく、麗子や陸夫のことをいつも気にかけてくれている猫だった。

まだ、麗子が陸夫と知り合う前に拾い、三年くらいふたりだけで過ごしていた。その頃の日々を思い出そうとして――麗子は観念したかのように頭を振った。

こんなことして、なんになるというのだろう。結果論として、陸夫がいなくなり、猫を連れて行った。それだけでいいではないか。

まだマグカップに残っていたコーヒーを流しに捨てて、麗子は申し訳程度につけられた小さなベランダにへと続く窓の前に立った。黒く染まったガラスに手を添える。冷たさに、ぞくぞくと肌が粟立ちそうになった。

どうしてこうなったんだろう。

考えてみたものの、ついに麗子には答えを見つけ出すことができなかった。

頭痛はいつの間にか消えていた。思えば、あの頭痛にしてみてもなくなってみると些か物悲しいような気分になるものだなと、麗子は思った。

2009-09-15

教えてください

 少し前から一つの疑問を抱き続けているのです。果たしてそれが常識的なことなのか、私が知らなかっただけなのか。そして、その疑問から浮かび上がる私の感情を、もしそれが嘘ならば、いったいどこにぶつければいいのか、全く判らないのです。

 自分の運営しているブログに書こうかとも思ったのですが、素性が知られているし、それまでのエントリーとはあまりにかけ離れた、異質な内容になってしまう。匿名で書きたいのなら、それこそ2ちゃんねるでも良かったのですが、茶化されて終わりそうな気がして、踏ん切りがつかず、迷った挙句、こうして匿名ダイアリーに書くことにしました。疑問とは妻のことです。

 二十歳のころに大学で知り合った彼女は、少し大人しめな印象を受けました。遊びが主体のサークルとしては珍しく、彼女はいつも部屋の隅で本を読んでいて、時折起こる笑い声に、長い黒髪の奥からチラリと目を向ける程度でした。

 ただ、他のサークルの仲間から疎んじられていたかというとそうでもなく、皆で何かを決めている時に、勢いだけでやってしまいそうなところに疑問をぶつけ、話し合いの方向性を正すようなところがありました。そんなことから、彼女は仲間内から「一目置かれている」という形容が一番似合うような立ち位置にいました。

 彼女と最初に話をしたのは、飲み会の席での事でした。私はあまり人付き合いが得意な方ではなく、騒ぐことが好きな仲間たちとはあまり上手く馴染めませんでした。

 しかし、たまたま隣に座った彼女の雰囲気。真綿で優しく包まれているような雰囲気にひかれていき、ぽつりぽつりと、私は彼女と話すようになり、彼女もまた、ぽつりぽつりと、私に話をしてくれました。

 以後、私と彼女サークル内で、二人だけで話すことが多くなり、自然と一緒に外出し、当然の成り行きのように付き合い始めました。

 初めて彼女セックスをした夜のこと。とても崇高な時間を過ごした後の、穏やかな流れの中で、彼女は私の顔を覗き込み、微笑みかけてくれました。枕元の照明から放たれる、淡いオレンジ色の光の中での彼女笑顔は、まるでこの世のすべてのようでした。

 卒業後、仕事も決まり、この不景気の中、何とかやり通せる見通しがついた時に、私は彼女結婚を申し込みました。彼女はそれを快く受け入れてくれました。文金高島田に髪を結った彼女は別人のようで、私は少し恐ろしくなりましたが、そのあとに投げかけられた水面のような目線に、私はすっかり取りこまれて、気が付くと式は終了していました。


 結婚生活は順調だったと言えるでしょう。郊外マンションに新婚が暮らすくらいにはちょうど良い間取りの部屋が見つかり、私たちはそこに住んでいました。やがて産まれてくる子供のために取ってある、がらんとした部屋も、私にはなんだか誇らしく感じられました。

 結婚生活に不満を感じていたことがあるとすれば、食事のことでしょうか。一緒に暮らすまでは判らなかったのですが、妻はあまり料理が得意ではないようなのです。味自体はとても良いのですが、なぜか毎回、食事を口に運び咀嚼していると、糸のような歯触りを感じてしまうのです。私はあまり細かいことにこだわらないタチだし、それを感じるたびに「糸くずでも入ってしまったのだろう」と、そのまま飲み込んでいました。

 そうした生活を続けていたある日の朝。いつものように糸を租借した私は、用意を整え、玄関で靴を履いていました。見送ってくれる妻を背中に感じ、立ちあがって振り返ると、妻の肩に妙なものが生えているのを見つけました。

 何かのトゲのような、爪のような。うっすらと毛が生えているようにも見えました。

 私の視線を感じ取ったのか、妻は恥ずかしそうに肩に手を置き、「もう、やだ」と笑いながら洗面所に向かっていきました。一人玄関に残された私は、先ほど見た妙なものを頭に浮かべながら、「行ってきます」と部屋を後にしました。

 電車の中、仕事中、あの爪のことが思い出されました。彼女の肩にひっそりと置かれていた、黒く光るその爪は、しかし私は見間違いだろうと、思い出すたびに打ち消しました。

 仕事から帰ると、いつもと同じ妻が出迎えてくれました。私は少し、ホッとしました。

 不景気のせいでしょう、その頃の私は毎日サービス残業を強いられており、彼女にはいつも先に夕飯を済ませるようにしてもらっていました。

 白い蛍光灯の下で浮かび上がる食卓に、電子レンジメロディーが流れるたびに、おいしそうな食事が運ばれてきます。私がレンジ特有の暖かさに満ちた食事を口に運ぶのを、彼女はいつもそうしているように、ほほ笑みながら見つめてくれていました。

 「おいしい?」

 と、彼女が珍しく聞いてきてくれました。彼女自分料理感想を求めるなど滅多にない事で、私はここぞとばかりに褒めちぎりました。テレビレポーターのような私の口調に、彼女は今朝玄関で見せたような、恥ずかしそうな笑みを浮かべてくれました。

 「いいもの、見せてあげようか?」

 芝居がかった口調で、彼女は言いました。予想外の言葉に私が戸惑っていると、彼女はおもむろに席を立ち、自分の着ている服を脱ぎ始めました。セックスを誘っていると思ったのですが、そのような誘惑を彼女がするとは思っていなかったので、私の戸惑いは増していき、思わず立ち上がって制止しようとしました。

 彼女は私を言葉だけで止めてしまいました。産まれて初めて聞いた、ハッキリとした否定の言葉は、私を母親に叱られた子供のような、とても悲しい気持ちにさせました。私は立ち止まり、ブラジャーを外す彼女をただじっと見つめていました。

 「あなただから、見せるんだからね」彼女は露わになった乳房を隠しもせずに、ついと私に背中を向けました。白い光に浮かび上がった彼女背中は、峰のように白く輝いていましたが、そこに私は八つの黒い点を発見しました。それは規則正しく並び、肩甲骨から尾てい骨に向けて弧を描き、背骨を囲むようにして左右に四つずつ付いていました。爪でした。

 私は、今朝見た黒い爪が彼女背中に並んでいるのに気付くと、目を開き、そっと近づいていきました。右手の人差し指で軽く彼女の白い肌に触れます。ビクンと体を震わせた彼女背中を伝って、私の指は爪に触れました。冷たくて、すべてを拒むようなその爪は、彼女の体の中から、新芽のように浮きあがっていました。

 「女の子はね」妻は説明をしてくれました。「女の子は、生理が始まると同時に、こうして背中から脚を出せるようになるのよ」

 「脚?」

 私が問い返すと、彼女背中にグッと力を入れました。すると爪は震えだし、ゆっくりと、彼女の肌を掻き分けながら伸びていきました。それには関節があるようで、二度ほど肌を隆起させ、折れ曲がった部分を現わしていきました。

 やがてできったそれは、彼女の言うように見事な脚でした。硬くて黒い外骨格は、表面に透明の産毛をなびかせて、彼女を包み込むようにして生えていました。

 彼女くるりと振り返り、優しく包み込むような、それでいて誇り高い視線を私に向けてきました。それに射られると私は、電気で打たれたように、彼女を強く抱きしめました。彼女背中の脚で私を抱きとめてくれました。


 以降、彼女は、マンションの部屋の中では脚を伸ばしっぱなしにすることが多くなりました。彼女によると、それを背中にしまっているのはとても窮屈らしく、私が仕事に出ている時などはそうして、足を伸ばして休めていたそうです。女性は皆そのような脚を持っているそうで、女だけの空間では、気が抜けて、爪がうっかり顔を覗かせていることもままあるようで、それを指摘すると大抵、笑いが起こるとのことです。

 「当たり前のことよ」と彼女は言いました。「あなたが知らなかっただけ。女の間では当たり前すぎて、普段話題にも上らないわ」

 ある日曜の昼下がりなど、私が個人的な買い物から帰宅すると、彼女上半身裸で、胸をあらわに、脚を伸ばし放題に伸ばしながら掃除機をかけていました。面喰っている私を見て、彼女掃除機を止めて「お帰り」と何気ない口調で云ってくれました。

 そして、彼女のことを知った日から、セックスがそれまでと比べて何倍も楽しくなりました。

 私たちはいつも正上位で事を為すのですが、私が上になって彼女の中に入り、覆いかぶさるようにして腰を動かしていると、彼女背中から伸びた足、その爪が、私の背中カリカリと引っ掻くのです。時に優しく。時に、傷ができるほど強く。私がその痛みに苦悶しながらも、セックス快楽を止めることができず腰を振っていると、彼女は上気した顔で、艶めかしく、嬉しそうに笑うのです。その顔を見た私はさらに興奮し、彼女の爪もまた、私の背中を強く掻き、いつしか快楽と痛みが混ぜあわされ、同一となったところで、私はいつも果てるのでした。そんな私を彼女は、脚と腕で優しく抱きとめてくれる。それはまるで、母の中にいるような気持ちでした。

 そうして私は、いつしか彼女の足に掻かれるだけで、ひどく興奮してしまうようになってしまったのです。

 私は床にひざまづき、椅子に座っている彼女に見下ろされながら、自慰行為にふける。彼女は私を見下しながら、背中の脚で体中を引っ掻いてきます。胸を、腹を、背中を。私の体は蚯蚓腫れだらけになり、会社トイレズボンを脱いだ時に思わずその傷を目に留めてしまい、興奮し、一人でしてしてしまったこともあります。

 ただ、私は彼女言葉に信じることが出来ない部分があります。それは、「女の子ならだれでも脚を持っている」という部分です。本当にそうなのでしょうか。今まで私は生きてきたけれど、そんな話は聞いたことがないし、もちろん見たこともありません。私はこれまで妻一人しか経験がないので、他の女性の肌を見ることが叶わなかったのです。

 「誰にも言ってはダメ」と、彼女は最初の晩、初めて脚を出しながらセックスした時に言いました。「これは私たちだけの秘密なの。もし男の人にバレたら、それを知っていると知られたら、大変なことになる」

 しかし、私はどうしても知りたくて、こうして匿名で筆を取らせていただきました。


 最近、朝の通勤電車に灰色のブレザーを着た女の子を見かけます。近所の女子高生であろう彼女は、毎回私のマンションの最寄駅から二つほど行ったところの駅で降り、私の会社の最寄駅から三つほど離れた駅で下りていきます。ある日、たまたま仕事が早く終わって家路についている時、彼女部活仲間らしき子供たちと一緒に乗ってきたことがあります。私はマンションの最寄駅から二つほど手前の、彼女の最寄駅で降りて、彼女の後を追いました。ボブカットの黒い髪と、健康そうな肌が私の目には瑞々しく映りました。彼女は私の見ている前で、自宅へと帰って行きました。

 彼女にも脚があるのでしょうか。妻の言い分が本当だとするならば、彼女もあの艶めかしい脚を持っていることになります。彼女の脚の爪に引っ掻かれることを思うと、私の体は火をつけたように熱くなります

 もし、彼女が脚を持っているなら、妻の言い分が本当なら、私は彼女に声をかけてみようと思います。

 教えてください。女の人の背中には、蜘蛛の脚が生えているものなのでしょうか?

2009-09-11

夢日記

 

ボクを含んだ十人ほどの大所帯で、その古びた旅館に訪れたのである。

一日目、ボクらは大広間にある机で談笑していると、誰かが、「 ・・・居るな 」

と呟いた。すると、何人かがうなずいた。白い洋服をまとった子供が、この机を囲むボクたちと共に、居る。

ボクには何も見えなかった。見えた者は十人中七人。多過ぎるだろ。苦笑

次のような会話をしたらしい。 「 キミ、誰? 」 「 あ、見えちゃった? 」 「 え? 」

すると、子供は消えてしまった。らしい。何だったんだろう・・・。

六日目、先程の見えてしまった七人は、或る決心をしていた。「 ちょっと封印して来る 」

何故。どうして。じっとしてようよ。残されたボクらは、彼らを見送ったが、彼らが戻って来ることは無かった。

十一日目、見ず知らずの十人が、ボクらが滞在する旅館を訪れた。先客が居たことを知らなかったようだ。

ボクらは、寂しさのあまり、ボクらに起きた奇妙なできごとを彼らに話さずには居られなかった。

彼らと打ち解けるのに、時間は掛からなかった。 「 もう大丈夫だ 」 「 安心して 」

その時は、また、あの大広間で、机を囲んで居た。笑う余裕すらあった。

だけど、ボクは、見えてしまっていた。白い洋服の子供が、居る。 「 見えちゃった? 」

「 え? 」 声が揃った。なんと、この大広間に居た者全てが、あの子供を見ていたのだ。

十六日目、ボクらは、相も変わらず、大広間に居た。何人か足りない。トイレにでも行ってるのだろう。

夜、その彼らが、戻って来た。空き缶で作られた列車のような形をしたものを抱えて。

「 何? 」 「 封印しといた 」 「 え? 」 何ともカンタンに云うなあ。

彼らは、それを、外に持ち出した。何処に持って行くのだろう。と思ったが、ボクらは見守るしかなかった。

すると、その列車のようなものが、木々の枝に引っ掛かってしまった! 音をたてて崩れる。

封印は解かれた。もわもわした紫色の光が中央から飛び出した。辺りの暗さも相俟って、幻想的な空間に見えた。

その光は、ボクらの居る室内に入り込んだ。室内では、蛍光灯の光に紛れ込み、その姿が見えなかった。

室内に居た仲間たちは、 「 刺された! 」 と叫んで、次々に倒れていった。刺すのか!

ボクは、 「 フラッシュ! 」 と唱えた。こんな力があったなんて。ボクは知らなかった。

このコトバを唱えると、見えない敵の姿を、数秒のあいだ、見ることが出来る。

ただ、これは、フリント式ライタアのように、なかなか成功しない。非常に差し迫ってるのに、なんだか笑ってしまう。

仲間たちは、 「 もう良いや・・・ 」 と諦めたようで、コタツに足を突っ込んで、眠り始めた。

どっちみち殺されるのなら、もう抵抗するだけムダだよ。ということだろう。仲間たちは、固まっている。

ボクは、独りだけで見えない敵と戦っていた。戦っていた、と云うより、逃げていた。 「 ふ、フラッシュ! 」

声が出なくなってしまった。ボクは、やっとこさ、諦めることが出来た。もう悔いは無い。

死んだ仲間たちの居るコタツに、ボクも足を突っ込んで、眠ろうとした。

ボクの足に触れたのは、彼らの足。交差する足と足。

生きている。彼らは、生きている。何故だか、そう思えて、ボクは笑った。

- 転職ならen
- 派遣ならen
3ページ中1ページ目を表示(合計:58件)