はてなキーワード: 遍路とは
イギリスのEU離脱問題で、Twitterとかで「スコットランドは日本でいえば北海道みたいなものだからー」という人が意外に多くてびっくり。
スコットランドは北海道と地理的環境は似ているけど、歴史的に言えば全然違うよ。
強いていえば、東北地方だよ。特にアイヌ文化がそこそこ残っている東北北部。
まあ、北海道こそアイヌ文化の本場だけどさ、スコットランド的な意味では歴史性が全然違うんだよ。
現代では東北も会津地方以外は「維新史観」に洗脳されて、他の地方との歴史の連続性を当然視する向きがあるけどね。
そんなわけで、イギリスの各行政区分「国(country)」を日本にあてはめると、
東北を除く本州の大部分。ロンドンは東京へ遷都されずに京都がそのまま首都になった感じ。
あと、カンタベリー大聖堂のあるイングランド南東部は、お遍路とか宗教的な聖地という意味で四国に近いかな。
でも、実はイングランド王室って、発祥がフランスだったりするので、日本に無理やりあてはめると
中国大陸発祥の一族が日本を征服したことになってしまうので、まるで騎馬民族征服王朝説ですね(笑)
ちなみに、イギリスとフランスの文化的な関係は、日本と中国の関係に結構似てます。
九州に近い。王太子が「ウェールズ公(Prince of Wales)」と呼ばれるように、他の地域に比べてイングランドとの一体性が強い。
九州(宮崎県)が皇室のルーツであるように、かの有名な「アーサー王の伝説」もウェールズに縁が深い。
ウェールズ人は怒りっぽいというステロタイプがあるけど、熊本人が怒りっぽい(肥後もっこす)というのとちょっと似てる。
上で述べたように、東北地方に近い。中央政府(イングランド)にずっと対抗してきた歴史があり、文化や(遺伝子レベルで見た)人種も結構違う。
東北地方の地名にはアイヌ語に由来するものが多い(気仙沼の「ヌマ」とか)けど、スコットランドも独自の語彙が少なくない(ゲール語)。
じゃあ、同じケルト文化圏のコーンウェールとかどうなんだと突っ込まれそうだけど、強いていえば北陸~東北の日本海側あたりですかね?
この地域こそ北海道に近い。でも、本当は朝鮮併合後に日本から独立しなかった朝鮮半島、というイメージが最も似ている。
カトリックを中心とした民族運動についていけなかったプロテスタント系の住民が多く、アイルランド共和国から分離したので、
無理やりイメージすれば、今の北朝鮮にあたる地域(平壌~新義州あたり)だけが日本から独立しなかったという感じ。
ほら、こう書くだけでどうしてテロを伴う激しい独立運動が起きたか簡単に理解できるでしょう? 最近はまったく平和ですが。
ついでに言うと、マン島とか王室保護領は、独自の文化圏という意味で沖縄および八重山諸島っぽい感じですかね。
<追記>
この前バラエティ番組で "United Kingdom" を「連合国」って訳したフリップを使っていたけど、
United Kingdom は「国連(United Nations)」とは違って、United が形容している名詞が単数形だから、
「(複数の)王国群の連合」ではなくて、「(複数の王国が)統合された単一王国」が正しいのね。
実は「連合王国」という公式訳はちょっと誤訳気味だというのは業界(何の業界だw)では有名な話。
このステッカー貼った人、普通に親日だろうに、めっちゃ叩かれてるね。こうやって味方になるかもしれない人まで排斥していって、いったい何が残るんだろう。
それに公式にお遍路さんに認められてる人に対して、部外者が「お遍路を汚してる」とかって言う資格あるんかいな。そもそも張り紙貼った人が、ちゃんとお遍路やってるとも思えないし。
件の差別張り紙には差別意識はないとか擁護してる人いるけど、誰がどう見たって差別意識満載でしょ。「無許可ではっちゃダメ」とか「間違ってはっちゃダメ」ってだけ文句を言うのならわかるけど、件の張り紙に書いてあったのは「気持ち悪いからダメ」だからね。言い訳のしようもないでしょ。それに無許可っていうなら、張り紙の方がよっぽど無許可。さらにそれが理由で世界遺産認定外されるかも、って話もあるとか。もしそうなったら、張り紙貼った人はどう責任取るんだろ。
こういう間違ったやり方で運動されると、まっとうに外国人問題訴えてる人の首まで締めて、発言力を失わせていくんだよね。あ!差別張り紙を貼った人とそれを擁護してる人は、それこそが本来の目的なのかも・・・?
さっきコンビニに行ったら、フィリップモリスの販促什器にあろうことか「景品用」シールの付いた豚キムチスーパーカップがズラリ。
煙草の販促用景品に、195円のカップ麺ってやりすぎじゃねぇの? まぁ所属店舗じゃないし、腹も減ってたから、買うけどさ……。
煙草を買うと一食浮かせられますよ、ってそれどうなのよ、とは思います。喫煙者としても。
さすが米系企業、俺ら喫煙者というものをよーくわかってんなぁ、と思いつつも、自分の所属店舗にもコレ、同じ便で来ちゃってるんだろうな、と考えると、ふたつの意味で背筋が寒くなりますよ。
なんで背筋が寒くなったかというと、ひとつめはニコチン中毒と食欲を同時に満たそうってオマケはホント非道だなぁ、ってのもあります。
プラス。
このプロモーション仕掛けたヤツは公取法も喫煙者の習性もある程度わかってるけど、コンビニのシステムはどっかのサプライチェーン本部で一通りの理想論講習受けただけじゃねぇの、って点でして。
わかりやすく普通のオフィスで喩えますとコレ、「あなたのデスクの上に取引先がでっけぇ正体不明な箱なんぞムリヤリ積み重ねくさって、いつ返送したらいいですかって訊いたら生返事しか返さねぇ」状態。それが全国のコンビニ(のバックヤード)で多々発生してる、っぽいんですよシステム考えると。規制緩和だか何だか知りませんけど、今年の春先あたりから、どうもおかしいフィリップモリス。
地域の煙草流通会社から押し付けられるタバコ販促什器(カウンター前に置いてある紙製のアレです)+プラスおまけ商品って、ぶっちゃけ邪魔なんですね。
個店舗単位でレイアウト計算して送ってくる程、流通さんには人数居ないし、とはいえタバコメーカー・流通・チェーン本部(場合によっては店舗経営してる法人)へとバックマージンなり何なり入ってるかもしれない状況では、無計画に送られてきてイーカゲンに回収されるタバコの紙什器+オマケの類が余りまくるんです。
ンなモン置くぐらいだったらコンビニ一番くじとかあのへんのほうを置きたいって本音もあります。あれなら小学生に売っても官憲に怒られませんし(二次元の中毒性について煙草と比較したいけど、これはまぁほっとく)。それに俺オタだし。
ただの紙什器に関しては店舗の売場管理という裁量でどかす事もできますが、問題になるのはオマケ(ライターとか小銭入れとか使い捨て灰皿)。これたいてい煙草流通会社の資産(景品だから商品じゃなく所有物)なんで、通常の返品処理でコンビニチェーンの集配センターには戻せず、確か紙の伝票書いて煙草流通会社の便で返送しなきゃなんねーんじゃないかと。
要するに、専従者(オーナー夫婦とかFC会社)の人間が寝不足オして紙の伝票切らないと、どかせない。よっていつまでもコンビニの倉庫で埃カブり続けたりも、する。喫煙者かつバイトな俺ですら、「邪魔だぼけぇ」と時折悪態をついてます。15年前にはじめてコンビニバイトした時代から、全然進歩してないんですよ煙草販促関係だけ(このへんは書店とよく似ている)。
そもそもジャストイン・ジャストタイムを是としているコンビニ取扱商品の中で、あの一区画だけ、昭和な酒屋と同じノリで押し付けられて、しかもヘンなとこだけ80年代レベルの電子化してるから、まーコンビニの超合理化済み運営システムとはソリが合わん合わん。
結果として犠牲になるのは、我々従業員のロッカースペース&限りなくゼロに近いオーナーの睡眠時間、っていう。
確か夏ごろから、フィリップモリスのおまけはネジが飛び始めた。予算ついた上にヘンな代理店の口車に乗ったんでしょうけどね。
KOOLナチュラルに付けた「景品用」シール付きの350mlエビアンボトル。オマケにしては余りにデケぇし重い。しかも臭い移りの危険性アリで気を遣う。
7月にバックヤードに置かれたアレ、ミニマムな話で言っちゃうと、今月に俺が自店で先輩従業員にPOS打って貰っててめーで買い上げて、ようやっとどかせたんですよ。あの煙草自体はマズくはねぇしどちらかと言えば好みの味だったんで、まぁいいですけど。
で、調子に乗って今月からカップ麺をおまけに付けてください、と押し付けてきた。
あのね、こんなでけぇモン大量に持ってこられても、置く場所は店頭にも倉庫にも、たいていのコンビニにはもうないの。通常のカップ麺と同様の取扱留意事項守りながら扱えって、そりゃぁ横紙破りですよ、店舗と営業マンの信頼損ねかねんですよあのシビアな集配スケジュールじゃ。
そんなワケですから、あのへん担当してる代理店かどっかの偉いさんは、そのお花畑な脳内をリフレッシュすべく主要コンビニ全チェーンをお遍路よろしく半年づつ時給780円で経験しやがってください。いいですね? ばかー!
「煙草なんて吸うのはド底辺だから『LARKを吸って一食浮かせよう』ってどうだねチミィ」
「素晴らしくエクセレントなご提案で御座います部長ォ! ご発言メモメモ靴ナメナメ~!」
ってなやりとりがあったんでしょうし、ブログ如きでグチってもなーんも変わらん、のですけどね。
こっから先、大昔日本では煙草にガンガン付けられたオマケ商法によって煙草の未成年ダメよ規制が始まったっていう歴史的経緯とかそのへんの話もしようかと思ったんですが、なんかこう販売店従業員レベルでの無力感とかアレ見た嫌煙様のエゴトークとか目にする事考えたらイラッときた。
最近「あーめんどくせー」を初めとした多種多様な仕事に行きたくない気持ちが出てきた。
僕はなんて言うかサバイバルとかに抵抗のない人間なんだ。
大学生のときには四国の遍路に行き、金のないふりをして遍路ホームレスについて各地を回ったり、都会のホームレスと一緒に杯を交わしたりしているぐらいに。
これにより仕事をしないことに抵抗が全くない。
その上、厨二病ぽいが生きてるのが面白くないのでいつ死んでもいい。
そんなことを小学校のときから思っている。
とくに趣味もなく、読書も三島風に言うと隠花植物な感じで世を斜に眺めている感じ。
小学生から続けるともう、何と言われようがこの考えを変えることはできない。
そんな僕が仕事をしている。
就職して約4ヶ月。
残り10万の使いあてはなく、すでに40万の貯金がある。
だったらフリーターの方が良いとも思ってしまう。
フリーターの人はどう思っているのだろうか、お金が無くて不運だと思っているのだろうか。
責任にがんじがらめになり、覚えなければならないことがたくさんあり、実態も理想像も曖昧なビジネスマンという型にはめられることを望んでいるのだろうか?
そんなことはないと思う。
隣の芝は青いと感じていると思うが、あえて言わせて貰うと、フリーターの位置が最高だと思う。
完全無欠だ。
ただ条件は言わせて貰う。
金の掛かる趣味無し、養う人間もなく、思想もない、そして何より早くに死ぬ人間。
この条件にぴったり合う人間なら、フリーターは素晴らしい職種となる。
つまり僕にぴったりの職種だ。
喉から手が出るほど僕はフリーターという職種を欲している。
しかし、現状がそれを許さない。
親、上司、その他諸々の理由があるがそれに辿り着けない。
豚箱に入った方が良いと思うほど辛いと思うにもかかわらずだ。
そこで僕は思った。
「豚箱に入っている」そう思えば良いんじゃないかと。
何故だか、これですっと心が軽くなった。
なんだろう、体験してないものに置き換える。
これが人生を生き抜くために一番必要なことなのではないだろうか。
そんなことを円形脱毛症を隠しながら思うのだ。
ttp://white0wine.blog10.fc2.com/blog-entry-998.html
1 :出世ウホφ ★:2010/02/03(水) 17:18:39 ID:???0
鳩山由紀夫首相は2日の衆院本会議での各党代表質問で、野田佳彦副財務相らが子ども手当の11年度以降の満額支給は困難との認識を示したことに関し、「基本的にはマニフェスト(政権公約)通りに行いたい」と述べ、満額支給(1人当たり月額2万6000円)する方針に変更がないことを強調した。
子ども手当は10年度は半額の1万3000円が支給される予定。菅直人副総理兼財務相は、同手当(給付総額2兆2554億円)の経済効果について「現行の児童手当からの上乗せ分1・3兆円のうち7割程度が消費に回り、10年度の国内総生産(GDP)を1兆円程度、成長率で0・2%押し上げる」と説明した。
納税者番号制の導入を巡っては、首相は「社会保障制度の充実、効率化を進めるとともに、所得把握の精度を高めるために必要不可欠なインフラだ。10年度税制改正大綱の方針に沿って、1年以内に早急に検討を進めて結論を出したい」と述べた。【谷川貴史、野原大輔】
ttp://mainichi.jp/life/edu/child/news/20100203ddn002010025000c.html
4 :名無しさん@十周年:2010/02/03(水) 17:19:49 ID:f+FxtzC60
しょぼ
9 :名無しさん@十周年:2010/02/03(水) 17:20:29 ID:xd2RpVjl0
2兆5千億撒いて1兆てアホかとw
16 :名無しさん@十周年:2010/02/03(水) 17:21:36 ID:a5BH6Kv80
>1・3兆円のうち7割程度が消費に回り、
つまり、ほぼ確実に親が遊興費に使い込むという予測にもとづいているわけですねわかります。
21 :名無しさん@十周年:2010/02/03(水) 17:23:32 ID:kxf8co9O0
ア ホ か w
23 :名無しさん@十周年:2010/02/03(水) 17:23:42 ID:sU/6R+NK0
例え嘘でも 「経済効果は3兆円以上」キリッ とか言っとけよ。
28 :名無しさん@十周年:2010/02/03(水) 17:24:28 ID:/dBjyTy9P
37 :名無しさん@十周年:2010/02/03(水) 17:26:03 ID:UOYvYDCG0
1兆円って言いたかっただけかな。
59 :名無しさん@十周年:2010/02/03(水) 17:28:37 ID:TVm4DoPZ0
92 :名無しさん@十周年:2010/02/03(水) 17:33:02 ID:N0BkPY4h0
一兆円(キリッ
114 :名無しさん@十周年:2010/02/03(水) 17:35:06 ID:vdDzCGYJ0
> 「現行の児童手当からの上乗せ分1・3兆円のうち7割程度が消費に回り、
> 10年度の国内総生産(GDP)を1兆円程度、成長率で0・2%押し上げる」と説明した。
結局、乗数効果を理解してないってことか
チラ裏の倉庫: 拉致事件で目標(被害者)を選定して北朝鮮側へ伝えていた人間が現与党にいる。
ttp://chiraurasouko.blogspot.com/2009/10/blog-post_8281.html
482 Trader@Live! sage ▼ New!2009/10/25(日) 20:41:02 ID:1NAyqK2j
»477
書ける範囲でだけな。
日テレは募金として受け取った金を民主党に渡す、大雑把にいうとこんな流れ。
ブリヂストンの方は鳩山献金問題に加えて、高速道路無料化でアウトになる可能性大。
490 Trader@Live! sage ▼ New!2009/10/25(日) 20:44:37 ID:SXyBEitj
»482
ああ!あのイオンから日テレに流れた1億がミンスにまで繋がってるのか!
493 Trader@Live! sage ▼ New!2009/10/25(日) 20:46:09 ID:fJ/OMhjF
»482
あー地球救う奴か
拉致はなんだろ
502 Trader@Live! sage ▼ New!2009/10/25(日) 20:54:35 ID:MmrYlBTQ
»482
拉致は既に出てるだけでもお遍路と最高裁無視が実行犯解放に署名してるからな
実行犯が内閣から出てこない限りおどろかない
497 Trader@Live! sage ▼ New!2009/10/25(日) 20:49:01 ID:1NAyqK2j
後ね、温室効果ガス25%削減問題で
近い内に色々と試算が出始めると思うんだけど
91 名前:名無しさん@十周年[] 投稿日:2009/11/04(水) 19:03:26 ID:c2NJYLWQ0
・菅「未納三兄弟って言うんですよ!」→自分も未納発覚、そしてお遍路へ
・菅「私の未納は厚生労働省の不手際」と言い訳→当時の厚生大臣は自分
・小沢、小泉の年金未納批判→自分も未納発覚、民主党代表就任直前で辞退へ
・岡田「小泉さんは兼職の疑いがある、国家公務員法違反だ!」→自分が兼職、国家公務員法違反
・永田「お金に魂を売ったのは自分(武部)じゃないですか!」→与党のスキャンダル欲しさに魂を売った永田、辞職⇒自殺
・安倍「外交とは日本の国益を守る事」菅「当たり前ですよ!」→シンガンス工作員の釈放嘆願書にサイン
・自民案を批判し、結果民主の教基法改正案で審議→「我々の提出した案には賛成できない!」
・菅が世襲議員批判→菅の息子(ニート)が出馬、ちなみに二回連続落選(菅曰く、優秀な人材を探したらたまたま息子だった)
・菅「ハマコーさんは金を配っていた」→ハマコーが配っていたのは小沢の金
・安倍内閣閣僚の事務所費問題追求→小沢はダントツの4億(全部あわせると10億)
・諫早湾の干拓工事を批判して「誰の許可でやってるんだ!」→自分が厚生大臣のとき許可
・小沢「ニートの親は動物にも劣るといっても過言ではない」→菅の息子はニート
・安倍がアパの社長と写っている写真があるとして批判→鳩山がアパの社長と写っている写真もあった
・安倍が統一教会に祝電を送っていると批判→鳩山は若手を何人も引き連れて出席
・小沢、非核三原則に触れた麻生の罷免要求→2002年に「日本は3000発から4000発の核兵器を作れる」と発言
・鳩山、非核三原則に触れた麻生の罷免要求→1999年に「こういう議論(核論議)をしなきゃいけない」と発言
・橋本元首相の女性スキャンダルを叩く→菅、戸野本優子との不倫が発覚、「一夜を共にしたが、男女の関係は無い」と発言
・小沢、小泉の靖国参拝を批判→過去に「所謂A級戦犯が祀られていても参拝に問題は無い」と発言
・鳩山「佐田大臣は辞めれば良いという問題では無い」→角田副議長、説明に答えず辞任
番外編
2年前、弟が自分のマンションの風呂場で死んだ。死亡診断書によると心筋梗塞だった。もともと心臓が弱かったらしい。
先月、父親の納骨に京都の墓にいった。弟の骨を入れた袋は、去年、納骨したばかりだったので、まだ、新しかった。
父親と弟は仲が悪かった。父親は飲んだくれで、昔、酔っぱらって自動車に轢かれたことがあった。警察から電話があってお宅の御主人が道で酔っぱらって道に倒れていますので救急車を呼んでおきましたと連絡があった。後日、近所のひとにきいたら、確かにその夜パトカーがその付近にとまっていたらしい。救急車が運んだ病院で父親は服を脱がされると、身体にはタイヤの跡がついていた。事故証明かなんかをもらおうと警察に連絡すると、その夜、だれも酔っぱらいを発見して救急車を呼んだ警官なんていないといわれた。そんなことがあれば必ず記録には残るそうだ。だれが父親を轢いたのかは謎のまま残った。
アル中気味の父親は家庭では尊敬されていなかった。妹や弟から馬鹿にされても父親は特にプライドがないのかいつも笑ってごまかしていた。
弟は難産だった。母親は医者に出産するとあなたは死ぬから子供は堕ろすようにといわれたそうだ。母親は子供を産んで死ぬのは親の本望だといって無理矢理に弟を産んだ。帝王切開だった。
どちらかは死ぬはずだった母と弟はともに生き残った。
母親が占い師にいわれたそうだが、弟の運命は僕を助けることだそうだ。
なので、ぼくはいつか弟は僕を助けてくれるんだろうとなんとなく昔から信じていた。
人付き合いが苦手な僕と違って、弟は社交的だった。中学時代から彼女はいたし、友達も多かった。
そんなにレベルの高い大学にはいけなかったが、楽しそうに生きていた。
僕は社会人になって27歳のときに勤めていた会社が倒産してヘッドハントとかされなかったのでやむなく仲間を集めて会社をつくった。
何年かして会社もなんとか軌道にのったあたりで弟が相談をしてきた。弟は大学を卒業した後、デジタルハリウッドにいってCGを勉強したらしい。友達と一緒に大阪の大手ゲーム会社の下請けの仕事をしたいんだという。ただ、仕事を貰えると決まった訳じゃなくて、まず、タダで仕事をして、能力を認められたら、きちんと発注してくれるらしいので、そしたら、弟の友達は会社をつくるという。で、弟はそこで働きたいそうだ。すごいチャンスだと思うと弟は熱心に説明した。
ちょうど、その数ヶ月前のことだが、ある別の大手ゲーム会社の重役に挨拶にいったことがある。そのときにこれからなにをしたいんだと尋ねられた。僕はネットゲームのシステム開発会社として日本一の会社になりたいと答えた。それってようするに下請けだろ、と目の前の重役にいわれた。下請けというと、つまりゴミだ、おまえはゴミになりたいのか、と重ねて尋ねられた。もっと目標を高くもて、コンテンツの世界は自分でコンテンツをつくらないと一人前じゃないと説教された。
そのことがすごく頭に残っていたので、僕も弟に同じことをいった。お前が掴もうとしているのはゴミになる大チャンスだ、と責めた。しかもゴミの一番下っ端になりたいのかと問い詰めた。
結局、弟は夢をあきらめて上京した。
何年かして僕の会社の取引先のひとつに弟は就職した。僕は縁故とかはあまり弟のためによくないと思っていたので、1年間勉強して、他の会社に移れといった。
しかし、2年たっても3年たっても弟は同じ会社にいた。
すくなくとも僕の前では、弟は仕事についてはあんまり自信がなさそうに見えた。でもプライベートでは友達も多く面倒見もよかったらしい。
ある日、弟に相談をされた。鬱病の友達がいて、頼られていて、ずっと相談にのっていた。1週間以上も家に泊まったこともあったらしい。ずっと話をきいていてあげたら、元気になったといって自宅にかえっていったんだが、すぐにその夜に、また、相談にのってほしいと電話があったので、いいかげんにしてくれと思って断ったそうだ。そうしたら、結局、友達じゃなかったんだね。これまでありがとう、恨んでないから、といわれて電話を切られたそうだ。その友達はその晩に自殺した。弟は自分のせいで友達は死んだと責任を感じているようだった。
僕はこれは笑い飛ばしたほうがいいと思って、たいしたことじゃないじゃん、しょうがないといって、あまりとりあわないことにした。
弟は不満げだったが、僕はこういうのは思い詰めるのはよくない、と思った。
そんな相談されたことも忘れたある日、僕は弟が勤めている会社の取締役と話をしていた。弟は結構会社では戦力として活躍しているそうだった。ただ、勘違いをする癖があって、ある時、社内で弟が、僕は一番重要な取引先の代表取締役の弟なんだから、それを生かして自分にしかできない調整をやるのが自分の使命だ、とか言い出したことがあるらしい。そのときは勘違いするな、生意気なことをいうな、と散々説教したそうだ。しばらくそんなことはいわなかったらしいが、おととい、また、飲み会のときに、ぼくがいなくなったら、みんな困りますよね、とか言い出したらしい。最近、仕事ができるようになったからといって、また、生意気なことをいいはじめたと、みんなでよってたかって虐めたそうだ。一人前になったのなら、最初の予定どおりに独立するなり、別の会社に転職すればいい。
おとといは遅くまでのみすぎたせいか、昨日から、弟は連絡もなしに会社を休んでいた。今日もきていないらしい。
弟は父親は嫌いだったが、母親は大好きでしょっちゅう母親とは会っていたし、頻繁に連絡をとっていた。
その夜、母親が弟といっこうに連絡がつかないことを怪しんで騒ぎはじめた。弟のマンションは僕のマンションのすぐ近くだったが、いったことがなかった。夜中だったので、どのマンションかどうしてもわからず管理人のひともいなかったので、その夜は諦めた。
ふてくされて部屋にひきこもっているんだったら、明日でも一緒だし、そうじゃなかったら、たぶん、もう…、おそい、となんとなく予感した。
翌日、会社の会議にでていたら、弟の自宅にいった母親から携帯に電話があった。会議中だったが、電話にでた。携帯電話からは、僕の名前を絶叫する母親の声がきこえた。
弟のマンションの部屋には鍵がかかっていなかった。見つけて欲しかったのだろう。弟の死体は母親が浴室で発見した。
弟の死因は死亡診断書によると心筋梗塞だ。もともと心臓が弱かったから寿命だったに違いない。
弟とはほとんど話をしたことがなかった。僕は弟のプライベートはまったくしらない。部屋には僕の知らない弟の趣味のものがあふれていた。母親はいろいろ知っているようだった。
母親も弟から友達の自殺の話を何度も相談されていたらしい。不幸にはなりたくない、でも幸せになるのもいやだ。弟はそういっていたそうだ。
台所に楽天の箱があり、中身を見ると練炭だった。期日指定配達で、ちょうど弟が死んだ3日前に届けられていた。
調べてはいないが、一年前に死んだ友達の命日なんだろうと思う。
弟が死んだ夜は東京に台風がきていて記録的な暴風雨がふきあれていた。その日の昼間には、権利者団体との和解後、暴騰をつづけていた僕の会社の株価が、その月に三度目となるストップ高を記録していた。
弟は服を着たままiPodだけもって浴室にはいった。窓とドアに目張りして明かりを消した浴室の中で、弟はなにを考えながら死を待っていたのか。コブクロからはじまっていた最後のプレイリストは、いったいどの曲まで聴いたところで、弟は息絶えたのか。
葬式は身内だけでやるつもりで、まわりに連絡はしなかったが、弟の勤務先にはそうもいかず、ぼくの素性をしった葬儀屋の薦める最低限の告別式は、ずいぶんと派手になった。弟は来週から出向する予定だった会社の副社長が通夜にも告別式にもきてくれた。嬉しかった。
弟の死で僕の家族の生活は一変した。結束は強くなったと思う。父親ははじめて酒をやめた。そのつぎの正月とゴールデンウィークにもひさびさに家族が集まって海外旅行にいった。
父親と母親は弟の死を弔うために四国八十八寺のお遍路参りをはじめた。乗り物は使わずに歩いてまわった。さすがに一度にまわるのは老人の足には無理で、2泊3日の旅をなんども繰り返した。徳島県からはじめて高知県の最後の難所の足摺岬をまわったところで、父親は何をおもったのか、帰りに高野山によった。
あとでわかったが、お遍路を全部まわったら、高野山に報告にいくものらしい。徳島、高知を終わったわけだから、ちょうど半分のところで最後のゴールにいってしまったことになる。母親はせっかちな父親らしいと笑っていた。
足に疲労がたまったのだろう、東京にもどってきた母親が駅で転倒して、足首を骨折した。
母親が入院したので、父親は僕が両親用に買った高層マンションの最上階の部屋でひとりで生活することになった。父親は入院している母親にぐちをこぼしていたらしい。早く退院してほしい、あの家はひとりだと広すぎるんや、弟の幽霊が現れて、こわいんや。
父親はやめていた酒をまた飲み始めていた。
ある日、母親から携帯に電話があって、父親が連絡つかないから家を見にいってほしいといわれた。またかと思った。
家の扉に鍵はかかっておらず、家中を探すと、父親は浴室で溺れていた。鼻まで水に浸かっていたので生きていないことはすぐにわかった。
父親は酔っぱらって溺れたのだろう。ちょっとだけ苦しそうな表情をしていたが、幸せそうな顔だ、と母親に告げたが、けっして遺体をみようとはしなかった。
きっと弟の死を発見したときの光景が目に焼き付いていて、そんな思い出を増やしたくないのだろう。僕も父親の死体を見つけたときの記憶はあまりにも強烈で、きっと死ぬまで忘れることはできないと思う。
父親が死んだのを発見した翌日には、JCBホールで会社の大きな発表会があった。父親の葬儀はその翌日になったので、やることもそんなにはなかったから発表会の現場には行った。葬儀屋も一年前と同じで、僕も葬儀屋も慣れていた。
葬儀が終わってから、僕はいつものさぼり癖が出てきて、会社へはほとんどいかなくなり、ずっと母親と一緒に暮らした。
なんのために会社をつくってがんばってきたんだろうと僕は思う。
会社をつくるときの資本金は親が出した。僕は貯金は1円もなかったからだ。後で聴くと、それは妹の結婚資金だった。米国の親会社が倒産したときには、倒産した親会社の持ち分を減らして独立した日本の会社にするために増資をした。僕が買い増した株の代金は、父親の退職金だった。父親は某大手スーパーの子会社で経理をやっていて、定年まであと2年あったが、父親の退職金が必要だったので辞めてもらった。僕の会社には経理の経験者もいなかったので経理もやってほしかったというのもある。
父親が30年以上勤務して、最後に得た退職金は、僕の会社の3ヶ月分の運転資金となって消えた。
僕の人生の中で後悔している最悪の決断は会社をつくったことだ。僕は人生最大のギャンブルを家族と両親の人生そのものに等しいお金を賭けて勝負した。本当は賭けていいようなお金ではなかった。本当はやっていけないギャンブルだった。
結局のところ、僕の会社は数年後に上場を果たしたから、賭けには勝ったことになるのだろう。だからといって卑怯なギャンブルの罪が消えるわけではない。起業した時に、結果的に成功するまでの道筋は、僕にはまったく読めていなかった。
会社をつくってまもなく僕は自分の判断の間違いに気づいた。生まれてこのかた好きなことしかやらず、努力なんてしなかった僕は、なにかを成し遂げるためではなく、会社をつぶさないためだけに睡眠時間も削って働いた。
自分ひとりのことだったら、どこかで投げ出して逃げていたと思う。でも、僕が失敗したあとの両親の悲惨な老後を考えるとできなかった。会社をつくったときに万が一失敗したときにだれにも迷惑がかからないように相棒と一緒に生命保険を掛けた。最初、1億円で翌年は2億円に増やした。日本では会社が大きくなればなるほど、借金やリスクも増えていく仕組みになっている。勝負に勝っても、そのままダブルアップで賭けつづけることを強制されているギャンブルのようなものだ。2億円あっても全然、会社を整理するには全然足らない規模に成長したため、上場できるか、できなければ、いずれ一家で破滅するか、そういうゲームになった。
上場の準備を進める中で、父親は仕事を外された。創業者の近親者が経理をやっているのはまずいと証券会社に指摘されたからだ。定年間際まで勤めた会社を辞めて息子の会社を手伝い資金まで提供した父親は息子の会社で居場所を失った。父親が勤めていた某大手スーパーは、いくつかの同族企業が合併してできた企業で派閥争いが絶えなかった。どこの派閥にも属さない父親はずいぶんと嫌な思いをたくさんしてきたようだ。ずっと傍流で冷や飯ぐらいだったサラリーマン人生の最後で、父親はやっと息子の会社で念願だったろう主流派の一員に加わることができた。それも長くはつづかなかったわけだ。
後ろ盾のいないサラリーマン人生で父親はきっと言い訳ばっかりさせられていたのだと思う。父親の話には論理的に一貫しておらず何を説明しているのか要領を得ないところがあった。能力的にもいまの会社にはふさわしくないと僕は判断し、父親を切ることに同意した。
父親はよっぽど仕事をしたかったのだと思う。やるべき仕事がなくなっても、一所懸命、自分でデータを集めてつくった会社の資金繰り表や損益計算書を僕のところにもってきては、会社の問題点を指摘しようとした。
僕は、もうそんなことはしなくていいと、父親がつくった資料もろくろく見ないで突き返した。
1年、2年たつと諦めて、会社にもあまりこなくなった。暇をつくるのが怖いのかのように隙間無くカレンダーを母親との旅行の予定で埋めた。
会社にあまりこなくなってからも母親には仕事への未練を話していたらしい。息子のために自分は会社に必要だから、また仕事をしようと思うと定期的に言い出す父親を、そのたびに母親は、もうやめなさい、と諫めていたそうだ。
お金の心配はせんでようなったけど、あんまり幸せにはなれんなあと、ことあるごとに父親は愚痴をこぼしていたらしい。
弟と父が死んで、母親と暮らすようになって、そういう話を何度も僕はきいた。
僕は両親の人生を担保にしてゲームをして、そして勝った。勝利の証しとして得た報酬はそういう現実だったらしい。
何のために生きているのか、何のために頑張って仕事をしているのか、自分自身のことだけでいえば、死ぬまでのたんなる暇つぶしだ。別になにか世の中を変えようとか、大きなことをしたいという使命感なんてない。ただ、僕のまわりにいる好きなひとたちが、僕を必要としてくれているから、自分ができる芸を精一杯見せているにすぎない。
僕の望みは、まわりにいるひとたちの幸せのなかで生きたいということだけだ。
でも、僕の一番の身内のふたりは死んだ。あまり幸福にはできないまま死んでしまった。
僕には他人を観察してすぐに値踏みしたがる癖がある。子供の頃から父親や弟と自分がどっちが優れているかを何度も値踏みした。最終的には大差ないという結論をだした。僕もだらしない父親が嫌いだったが、同じ部分は僕にもあり、父親と同じ人生を生きていたらやはり同じようになっただろう。弟も同じで頭の回転も似たようなもんだった。弟も「自分と兄は得意なものが違う。勉強は兄よりもできないがプライベートでは自分のほうが上だ」と高校の時ぐらいからいっていた。僕もそのとおりだと思う。そもそも人間なんて環境がつくるものだ。本来の素質に意味ある優劣なんてさほどない。
でも、現実の世界では、僕は弟の相談は上から目線で笑い飛ばし、父親の仕事は奪った。
弟のことはあまりにも知らなすぎた。何を考えて、何が好きだったのか、何をしたかったのか。
本当に死ぬしかなかったのか。たとえ時計の針をもどせても、なにをすればよかったのかまったく想像はつかない。
人付き合いは弟のほうがよっぽどうまかった。死を選んだ人間が最後の相談相手として選んだほど弟は信頼されていた。過去にもどれたとしても僕が弟に与えてやれるとしたら、仕事のアドバイスとお金だけだ。弟はブランド品が好きだったし、きっと僕なんかよりも贅沢なお金の使い方はしっていただろう。人間がダメになると母親は僕が弟や妹にお金を渡すことは許さなかったが、金まみれにしてダメ人間になっても生きていてくれるのならそのほうがよかった。そんな貧しい後悔しか僕には思いつかない。
母親は命をかけて弟を産んだ。占い師は、将来、兄を助けるのが弟の運命だと予言した。弟の存在は僕にとってなんだったのか。補佐してくれるんじゃなかったのか。
弟が死によって、僕を助けるのであったとしたら、そして、僕の仕事が世の中にとって意味があるものだとしたら、きっと僕は弟の死に触発されてなにかをしないといけないのだろうと思う。
父や弟には幸せな居場所を与えることはできなかったが、僕の仕事でたとえ赤の他人であっても、よりどころになる居場所をつくることができるなら、多少は心が救われる。
弟が死んだとき、親戚は、このことはあまり話さない方がいいと助言してくれた。話すべきことじゃないといわれた。
でも、たんなる感傷にすぎないのかもしれないが、僕のことをしっていてくれたり、僕の仕事を評価してくれているひとには父と弟のことを話したいと思った。そうして、このエントリをいま書いている。
死なんてものは世の中にありふれている。僕にとって特別なふたつの死も他人には関係のないはなしだ。
父と弟の話を書いても、ネットの中に埋もれて、僕のまわりのひとすら見つけられないのはさみしい。そう思って2ヶ月ほど前にブログをはじめた。僕に少しでも関心をもってもらえそうな話なんて、あたりまえだが仕事しかない。そもそも仕事の話以外に自分にはとりえもなければ、価値もない。弟のいうとうりだ。父親の納骨で区切りをつけてこのエントリをあげるつもりだったが、ブログに予定外の反響があったことや、僕自身のためらいもあって、それから1ヶ月以上たってしまった。
結局、いろいろ手垢のついてしまったブログに書くのも違うと思って増田にしました。
僕の仕事に興味があってブログを見に来ていたみなさん、最後にこんな文章を読ませてしまってすみません。でも、これが僕が聞いてもらいたかった話です。
最後まで読んでいただいて本当にありがとうございました。