はてなキーワード: 予言とは
そりゃ東電は原発事故の被害者を全力で救済すべきで、風評被害も含めて手厚く補償しないといけないと思うよ。予測できない事故だから免責なんて、そんな主張をするつもりはない。
でも俺がもし、決定権を持つ立場だったら、たとえば2006年の時点で福島第一の津波対策に予算をどのくらい出せたか?津波にさらわれない位置に予備電源を移動させる決断ができたか?自信がない。
今回の津波は、「過去にあのあたりで何度もあった」という人もいるけど、実際にどのくらいのがあったのか検索してみると俺の探し方が悪いのか三陸海岸の津波とか861年?のとかがヒットするだけだ。三陸海岸とはまるで地理的条件が違うし、過去最大の津波が38mだからそれに耐えられるようにしろって、福島第一に38mの津波が来るようなら三陸海岸は100m超えちゃうよ。1000年以上前の津波なんて文献が信用できないし(昔の人は何かと大げさだからね)逆に言うと1000年以上来てないのに対策するって決断できる?俺にはできない。
共産党が津波の危険を指摘していた(http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2006-03-02/2006030201_01_0.html)というのも、これ予備電源が流されちゃうよって内容じゃないよね。実際に起こったトラブルを予言しているわけではない。正直言ってアカの手先のおフェラ豚が訳のわからないことを言ってるぜ、と思ってしまいそう。津波が来るような地震ならどうせ緊急停止しているんだし、引き波なんて1時間もすれば収まるんだからそのあと取水しても間に合うっての。っていうかピンポイントで「地下に予備電源があると冠水したときやばいよ」って指摘だったとしても、どうかな、ポンプがあるから冠水なんてしませんpgrってところだろう。
これは俺の個人的資質に欠けるところがあるからかもしれない。想像力に重大な欠陥があるせいかもしれない。でも自分が東電の立場になったら同じ事故を起こさないと断言できるかどうか、自信がない。
まさかとは思ったけど、新暦の1月1日に地震が起きてしまった。
「八のつく日に気つけて呉れよ、だんだん近づいたから、辛酉(かのととり)はよき日、よき年ぞ。
冬に桜咲いたら気つけて呉れよ。
八月二日、ひつくのかみ。」
下つ巻 第三十帖
旧暦の日本の四季は大まかに分けて、1・2・3月=春、4・5・6月=夏、7・8・9月=秋、10・11・12月=冬となる
今年は10月27日が旧十月一日であり、今は冬に入っている
つまり神示で言う「冬に桜咲いたら」の言葉は既に日本全国で実現している
次に来る「八のつく日」の「辛酉」は旧十二月八日、新暦の1月1日、元旦になる
「よき日、よき年」とはそういう意味だ
資本主義は確実に崩壊することが判明:http://suiseisekisuisui.blog107.fc2.com/blog-entry-2045.html
わかってた。なのでちょっと乗って以前はてダに投下した文章をこっちにも投下。
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まぁネタってタグをつけましたけど、私は本気でそう思ってます。理由はたったひとつ、実際の富と市場に流れているお金が釣り合っていないから。
いや、今までだってそういう局面があっただろうしそれは戦争やらなんやらで解消されてきたんでしょうが、もう同じ手は通用しないでしょう。今は情報の伝達が非常に高速になされるようになりました。それは相場の急激な乱高下が非常に起きやすくなったということです。仮に何らかの方法で今の市場の安定を取り戻したとしても、次はもっと短い期間で不安定な状態に戻ってしまうでしょう。そんな危ない方法で富を管理するのはもうやめようという話になると思います。
大事なのはお金そのものに価値があるのではないということ。本当に価値があるものは富です。わかりにくかったら富≒現物と思っていいと思います。お金は富を交換するのに便利だから使われてただけで、他の方法で富の流通が円滑に進むならそれで間に合ってしまうと思います。
お金の最大の弱点は利子という仕組みです。借金の約束をする時には利子の約束も同時にします。これは今はまだ存在しない富に予約票を貼っておくものです。で、この予約票そのものにも価値があるなんていう誤解が蔓延しすぎたと言うか、みんなが未来を信じすぎたと言うか、とにかくそれが一番のガンです。
返済期日までに利子分の富が用意できる保証はないのに用意しろって言っちゃう。用意しますって言っちゃう。世界中でそんなことが行われて、返済用の富を用意できなくなった人が、やっぱり利子の約束をして他からお金を借りて返済に当てて、自転車操業が始まっちゃう。そうするともっとどんどん利子の約束が増えていく。そんなことが今世界中で個人から国家までありとあらゆる所で起きている。
でも世界の生産能力って限界があるわけで。その限界を越えて利子が増え続けたら、極端な話最終的には世界中の土地を売ったとしても返済できない額になってしまうでしょう。実際にはもっと手前でブレーキが掛かると思いますけど。
要約すると、お金は富を交換するためのツールでしか無いのに、まだ富のないところにお金があるとみんなが約束してしまったのがマズイってことです。
最近オカ板のまとめブログで、ばあちゃんの予言とか予知夢見る人の話とか未来人のカキコとか読んでみると、今まで価値がなくなるとは思わなかったモノの価値がなくなるとかあったりして、そうだよね、もうお金っていうシステムは長続きしないよね、なんてひとり合点してたりしてね。
予言はんぱないなまじで
東浩紀氏との決別の根はずっと以前から深く深くあったというわけか
http://www.nicovideo.jp/watch/sm11907279
「東さんは自分の欲望を他人の欲望として語る」
「それが今後どのように転ぶのか分からないが」
とかなんとか(うろ覚え)のくだり
だが代替エネルギーに何を用いればいいか、その代替エネルギーの長所は何なのか、そこまでセットで言ってくれる人はあまりいないような気がする。危ないからやめろだけ言ってるような感じ。反対オンリーというかまるでいきなり100をすぐ0にしろと言わんばかりの急進派しかいないというか。マスコミの偏った報道なんかもあるのかも知れないけれど。
とりあえず「脱原発 代替エネルギー」で検索をかけてみたらコンバインドサイクル発電というのが出てきた。コンバインドサイクル発電というものは液化天然ガス(LNG)を高温で燃焼させ、ガスタービンを回して発電するしてさらにその排熱を利用して水を蒸気に変えて蒸気タービンを回転させて発電するらしい。火力発電が100のエネルギーを持つ燃料に対して4割しか電気を取り出せないのに対してコンバインドサイクル発電は6割電気が取り出せるとも言われている。
それまでは代替エネルギーといえば風力発電や太陽光発電くらいしか思いつかず、それらはは天気に左右されやすくて安定性がない博打みたいなもんだと思ってたからへぇこんなのもあるんだと思った。
今度は「コンバインドサイクル発電 欠点」で検索をかけてみた。そしたら欠点として「また大地震が起きた時にガスタンクが爆発したら危ない」という危険性があるといった意見を見かけた。専門家ではないので原発事故とガス爆発事故どちらが危ないか、またそれを予防するためにかかる費用はどっちが上なのか分からない。さらに言うなら原発をなくすのにいくら費用がかかるのか、原発がなくてかわりの発電所を建てている間どれくらい節電しなきゃいけないのか、従来の原発でまかなってきた発電量を100として何割くらいをコンバインドサイクル発電にするのか、色々考えなきゃいかんことは多いと思う。ただ反対意見だけを言って代わりの案を考えてないようにしか見えない人たちはそういうことなんかも考えてくれたらなぁと思った。
最後に脱原発もそうだけどいろんな事に対して言えるのかも知れないけどただ反対してるだけの人って多いような感じがする。民主党叩きとか。悪いのは分かったからかわりにどの党の誰がいいのかもセットにしてくれたらなるほどねーって思えるのに。これは自分のTumblrに流れてきたやつなんだけど麻生太郎が今年の台風を予言・・・じゃないけど「名古屋あたりに風雨対策の公共工事した方がいいよ、公共事業にもいい公共事業はあるんだよ」みたいなこと昔言っててそれが今年来た台風と重なってやっぱあの人すごいねみたいな反応が起きてた。こういうのを理由に新しいかわりの人をセットにして反対するなら反対すればいいのかもね。まぁこんな理由だけで国がよくなるほど政治は簡単じゃないんだろうけれど
とにかくあれですよ、叩いて相手が謝るのを見て「俺達って正義」と自己満足に浸ってるオーラが漂ってていい感じはしないなーっていう。
昨日あたり麻生元首相の予言が当たったとかいう記事が人気になってたけど、みんな「遊水池」って知らないんだろうか?川から水があふれたような画像があってそれを見て「麻生元首相の予言が当たった」とかいってる記事なんだけど、読んでいてよくわからなかった。遊水池なんだから水量が上がって洪水が起こりそうになったら、その土地にわざと水を流して被害を軽減しようとするのが遊水池。だからあの画像は多分遊水池がうまく機能しているところを写したものだろう。それなのにうまく機能していなかった例として出されてもピンとこない。しかしはてブも含め、麻生元首相の絶賛の嵐。意味が分からない。「遊水池」って常識じゃないんだろうか?
(ぼくはきみと空を手にとるように)
偽りのない空を眺めては祈りつづけていた
きっと誰かにこの気持ちを伝えることができるだろうと信じて
手探りで何かおもしろいことを探しつづけている
変わったことをしようとひとり黙々と考えたりもする
誰かがぞくぞくすることを与えてくれるなんておもってはいない
自分で探さないかぎり見つからないのが少ない人生のなかで知ったこと
(ぼくは)
きみは何を求めて生きていますか
(予言 きみに届け)
虚言癖のある人
知りたかったこと
知ってしまったこと
教えてくれたこと
教えてくれなかったこと
白い椅子と白い壁
きみは退屈そうに窓に映る自分の姿を見ていた
垣根のなかに入ってしまったボールをぼくたちは見つけることができなかった
25mg と書かれたこの粒を飲んだら何かが変わるのだろうか
25mg でほんとうに幸せになれるのだろうか
誰かに言わせるとそれは毒薬らしいけど
こころの傷口から入った毒はどうやってとりのぞいたらよいのですか
消えてなくなるというのはどういう気持ちですか
おもう言葉は
あらわれては
消えていく
ひどく頭が痛むんだ
ふたつの銃弾は
(銃弾は)
ひとつはきみに
(ひとつはぼくに)
青い煙がとおり過ぎる
冬に枯葉が散っていくようにぼくらも何かから切り離されるときがくるのだろうか
ときどきおもいだしては消えてゆく
他人のふりをするのは
もうやめよう
これはきみとぼくの内緒にしておこうよ
神様って人なの
彼らの独占の仕方の前では、ウォルマートさえ街角の個人商店にすぎず、
そのような候補者は限りなくあるだろうが、
科学や最先端研究を理解することが望ましいということには、誰もが賛意を惜しまない。
最新の知識を欠いては安定した民主的決定は不可能だ。
タイムズ紙やサンデー・タイムズ紙をアクセスするのに24時間あたり1ドルという、
マードック流の購読システムには飽き飽きしている人も多いだろう。
しかし、少なくともその期間内はいくつでも記事を読めるし、ダウンロードしておくこともできる。
エルゼビアの出版する学術雑誌では、1つの論文を読むのに31.50ドルかかる(原注1)。
シュプリンガーは34.95ユーロ(原注2)。ワイリー・ブラックウェルは42ドルだ(原注3)。
1981年に出版されたレターを読みたければ、やはり31.50ドルだ(原注4)。
もちろん、(まだそれがあるとして)図書館で読むという選択肢もあるが、
図書館も多額の購読料に苦しめられている。
化学分野の学術雑誌の場合、年間購読料は平均して3792ドルだ(原注5)。
私が見た範囲ではエルゼビアの Biochimica et Biophysica Acta の2万930ドル(原注6)が最高額だ。
大学図書館は購読を打ちきることで帳尻を合わせようとしているが、雑誌購読費は予算の65%を占めている(原注7)。
そのつけは学生に跳ね返ってくる。
一方、学術出版社は論文と論文の査読と編集作業の大半とをタダで手に入れている。
コンテンツの製作に当たって支払いをするのは出版社自身ではなく、
そしてそれを読むために、私たちはもう一度支払うのである。
上がりは天文学的だ。
前会計年度のエルゼビアの経常利益率営業利益率は 36% (20億ポンドの収入中7億2400万ポンド)(原注
8)。
エルゼビア、シュプリンガー、ワイリーはそれぞれ競合企業を買収した結果、
研究者は最新の情報に追いつくためそれを読まなければならない。
多くの場合、出版者はたくさんの学術雑誌をパッケージとしてまとめて購読するよう、図書館に強制している。
この国の人々を食い物にした極悪人の一人、
ロバート・マクスウェルが学術出版でその財の大半をなしたことは驚くに当たらない。
製作と配布の費用をまかなうためにこれらの購読料を課さざるをえない、と出版社は主張する。
また(シュプリンガーの言葉では)「雑誌のブランドを築き、学術情報流通を電子的基盤で支援する」という付加価値を提供もしているという(原注10)。
「出版社が出版プロセスに与える付加価値は相対的にはほとんどないと考えられる。
もし出版社の反論するように出版プロセスがそれほど複雑で高コストだとすれば、40%の利益率は不可能だ」(原注11)。
大出版社は、投稿から出版までに1年以上の長いプロセスをかけることによって、
研究を伝播させるどころか研究を隠してしまっている(原注12)。
ここに見られるのは、公共の資源を独占し不当な価格を課す、純粋なレンティエ資本主義である。
その製作に当たって自分たちがすでに支払っている知識を得たければ、
これが学術界に対して害をなすのはもちろんだが、
世俗に対してはさらにひどいことになっている。
私は主張をするときは根拠となる原典をたどれるようにしておくべき、
だがその主張を私が公正に要約しているかどうか、読者が検証しようと思っても、
その費用を支払えるとは限らない。
数千ポンドを支払わなければならない(原注12)。
「全ての人は自由に……科学の進展とその恩恵を享受する権利を有する」とする世界人権宣言に抵触する恐れすらある(原注13)。
Public Library of Science (PLoS) や物理の arxiv.org などの優れた事例もあるとはいえ、
オープンアクセス出版は独占資本家を駆逐するには至らなかった。
「利益率40%の時代はまもなくロバート・マクスウェルと同様に終わりを迎えるかもしれない」と予言した(原注14)。
しかし2010年のエルゼビアの利益率は1998年と変わらず36%のままだった(原注15)。
その理由は、大出版社がインパクトファクター上位に来る学術雑誌を手中にしているからだ。
こうした雑誌で出版することは、研究者にとって、研究費を獲得しキャリアを積むためにかかせない(原注16)。
とっかかりとしてオープンアクセスジャーナルを読むことはできるが、
クローズドな方もけっきょくは読まなければならない。
少数の例外を除いて、各国政府は彼らと対決することができていない。
米国 National Institutes of Health は、自らの研究費を獲得した研究者がオープンアクセスのアーカイブに論文を置くように求めている(原注17)が、
英国の Research Council の公共アクセスについての宣言は無意味の極致である。
それは「出版社が現在のポリシーの精神を維持しつづけるという仮定」に基づいている(原注18)。
政府の研究費に基づいて製作される論文がすべて無料の公共データベースにおかれるよう強制すべきだ(原注19)。
また長期的には、政府は研究者と協調して中間搾取者を追い出し、
ビョルン・ブレンブスの提案に沿い、学術論文とデータの世界単一アーカイブを作る取り組みを進めるべきだ(原注20)。
いまは略奪を受けている図書館の支出でそれを運営することもできるだろう。
George Monbiot
http://www.monbiot.com/2011/08/29/the-lairds-of-learning/
こちらの予言通り
在日や中国人から駄目だしくらってもそこはシカトではてサのせい
一顧だに値しない言動はある
についてまったく反論ができないようだね。
そんなんでよくカキコしにこれたもんだ。羞恥心を知らないってのはすごいな。
>卑しい豚だの豚小屋で鳴けだのとidコールで執拗に差別発言を送りつけてくれましたので、ブログ名を豚小屋と一時変更致しました。
豚のように卑しい発言と考えたのでああ書いた。馬鹿に馬鹿といったり、豚に豚といったらどこが差別なの? 君の書いたものはどういわれても仕方のないくらいひどいものだったが、あんなゲロ臭いものを人前にさらしておいて、罵倒されたら「それ差別」って、どこの特権階級様?
あのな>馬鹿
僕がチミに対して、いかなる社会的・集団的カテゴリを否定的に使って罵倒したね?
僕はチミのタワゴトにふさわしい形容をしたにすぎん。
差別について少しでもまともに考えた者は、持論を罵倒されて「差別だ」などとはいわないのだよ。チミが差別についてまったくなんにも考えたことがない、ということを、チミはまた自分で証明してしまったね。ホントに馬鹿は可哀想。
チミはね、差別発言をしておいてそれを糾弾され「差別者を差別するな」とか抜かす、無知にして無恥な連中の手垢のついたやり方から一歩も抜け出せていない。
>一般人の目から可及的速やかに遠ざけ、喧伝を成功させないよう無力化すべきであることに変わりはありません。「画像を複製して広く一般に拡散してしまえ」とはなっていません。そんな差別の拡散は断じて許しておりません。
上書きうんぬんの議論は理解できなかったのかな?
それとも、都合の悪いことは理解する気がないのかな?
>あなたが「こいつの考えは全然定説を踏まえていない」と感じることこそ、俺がまともに考えた証拠です。あなたが「こいつの考えは全然定説を踏まえていない」と感じることこそ、俺がまともに考えた証拠です。それをあなたが「まともではない」と認定し、それゆえに「まともに考えたことはにゃー」と糾弾するのはトートロジーでしかない。
>「差別についてまともに考えたことはまったくにゃー」のは、あなたではないのですか?
で、チミ程度の馬鹿による「ぼくのかんがえたさべつ」に何か意味があるとでも思ってんの? ナニを自惚れてるんだ>この豚が
差別についてどう対応するかの「定説」は、基本的には被差別者が運動の中で試行錯誤しながら練りあげてきたものだ。それくらいのことは、最低限の想像力があればわかるはずのこと。それもわかんないで「あなたが「こいつの考えは全然定説を踏まえていない」と感じることこそ、俺がまともに考えた証拠です」だあ? テメエのような自意識で豚のように肥え太った馬鹿のタワゴトが、被差別者の試行錯誤しながらの運動からもたらされた方法論と比較にすらなるわけねえだろうが! 恥ってことばを知ってるか?>自意識豚
>差別落書きがtwitterで一瞬で拡散するといった、マニュアルの想定していないリスクについてまるで答えられていない。
差別落書のメディアとしての特殊性には触れてあるだろうが>馬鹿
ネットをつかうことの危うさについても述べてある。
>その副作用が告発によって獲得される利益より十分に小さいから、告発すべきである「とされている」。そうなのですね?
僕の書いたこととはちと違う。
>ですが、だからこそ、負の面には常に心を配らねばならないのですよ。「告発は正しいのだから負の面など差別主義者のいちゃもんである!」という態度は、弱者をふみつけにするものです。手段のために目的を忘れるものです。
チミがここでいっている「弱者」って誰だ?
チミのタワゴトは当の在日や中国系に駄目だしをくらったということを何度書けばいい?
「弱者を踏みつけ」にしているのが誰のタワゴトか、当人がどういっているかくらい参照しろよ。それをしないで自我肥大で肥太っているから豚といったんだよ>この豚。
うーむ、味わい深い。
別に予言者の予言の投資家に与える影響が極限的に0に近ければ、予言を当てられることはあるし
仮に予言者と投資家の行動が、相互に依存するゲーム理論的な状況であっても
「80パーセントの確率で80円に、20パーセントの確率で70円に」のように確率を導入すれば
投資家はリスクヘッジするから均衡して当たる予言が存在することもある
あと別に非合理的な投資家がいたとしても合理的に予測できないとはいえないよ
非合理的なプレイヤーであっても別に行動が完全にランダムってわけではなく
本人にとって利得最大化という合理的な行動をしていないだけで
観察者から見れば非合理的な行動もある程度はパターン化できる部分も存在するから
まぁ理論的には、だけれども
「絶対に当たる予想」が存在するとする。
1)であれば、「絶対に当たる日経平均の予想」なんていうものがあれば、それを前提に投資することになる。
「10時に現在100円の株が110円になります」という予想があれば、買いが殺到し、実際は110円より上になる。
ここで「絶対に当たる予想」が外れる。
2)投資家が非合理的であれば、「絶対に当たる予想」が当たる場合もありうるが、
それは別に合理的な根拠がある訳でなくて、たまたまあたっただけ。
経済をちゃんと勉強すれば、将来の予想はできないっていうことはすぐわかるから、
「ドル円=76円を○○は予言していた!」とか言われても、ねえ。
その裏には同じくらいの数、「津波で猛烈な円安になる!」と予想したアホがいっぱいいる訳でして。。。
「バブル崩壊を予測できなかった経済学はクソ」って言ってる奴って大抵経済のこと何も知らんかったリするんですよね。
ちょっと数式使ったからってそんな簡単に経済変動が読める訳はないってことは、
現在の日本の高齢者というのは、「金の卵」世代といって日本が好景気で(慢性的な人材不足で仕事も有り余っていました)何の苦労もせずに就職できた世代なんです。団塊世代という名称の方々が若者だった時代、こう呼ばれていました。
■金の卵世代: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E3%81%AE%E5%8D%B5
周知の通り、彼らは今では考えられないくらいのボーナスを、退職金を、年金を享受しているのです。それはもう、現在の若者達には味わえないんですよね。もちろん価値観も時代も違うでしょうから一概には言えませんが、それでも事実上、世代間の貧富差は顕著に表れているのです。
金玉世代を支えるために若者が毎年嵩む負担を課せられている現状を直視してみていただきたい。街の空き地を、自然を、外で遊ぶ場所を取り上げて、幼少期から塾に通わせ、マニュアル通りに生きて人間的な何の楽しみも味わえず恐慌に放り込まれ、自殺してゆく若者達。我々は見ていられないのです、あまりにも可愛そうだと思うのです。
自分の事しか関心が無かった金玉世代に子どものことをとやかく言える資格などないと、我々はそう思っています。テレビを受動的に40年も見て育てば、あのような親になるのもしょうがないのでしょう。思い出して下さい。「戦前」世代が何と言っていたか。戦前世代「センゴ(金玉世代)はいまに報いを受けますよ」。
戦前世代の予言通りの状態になりました。突然死、怪死、孤独死、早死、この傾向が金玉世代に現れています。良いじゃないですか、それを反面教師にして若者は育てば良いのです。嘆いていてもストレスで寿命を縮めるだけですよ。お年を召された方は特に。金玉世代はそろそろ墓石を新調し仏塔にでも参られるのがよろしいかと思います。
ご存じでしょうね、1960年代の若者に起こった全世界的な現象を。「ヒッピー」です。
■ヒッピー: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%83%E3%83%94%E3%83%BC
我々は現在の若者を「第二次ヒッピー」と推定しています。世界的な現象なんですよ、日本もそうです。1960年代の若者(現在の大人)と違って現在の若者は大麻もやらなければタバコも吸わなくなっていますよ。彼らが車に乗らず化石燃料の消費量を落としてくれている現実を一度だって鑑みたことがありますか。
これらは彼らが旧世代より聡明になりつつある証拠だと思っています。大量消費社会に翻弄され洗脳された大人を見て、社会システムに危機感を持ち、能動的就職ストライキを起こしている若者をなぜ励まさないのですか?哲学者のフリードマンやフーコーが心配していた問題を、彼らなりに解決しようとしている状況にまだ気づきませんか。
旧世代が自覚せず自己本位に生きてきた結果が今、社会に露呈しているのです。東京電力、九州電力はその良くも悪い見本でしょうね。旧世代を責める気はありません、長くはない寿命ですから大切にしていただきたい。ただ、若者自身の人生を賭けた社会運動を口だけで批難している小狡い嫌がらせは止めていただきたい。1960年代のヒッピー現象がフランスで「構造主義」を生んだことは勿論ご存じでしょうね。若者文化を語るのなら我々と同程度は学んでいるはずです。ヒッピー無くして今日の国際社会は存在し得なかったということです。国際社会の未来を切り開く第二次ヒッピーの評価について今一度再考願いたいと思います。芽を潰すのではなく、まずは、彼らの可能性と未来について、もちろん責任もあるでしょう、相互理解が大事ですよ。話はそれからです。
応援されたら頑張ってみようかと思うのが人間でしょう。
今のように「お前らなんて駄目な奴だ」なんて言われてたら、何も意欲なんか起きないでしょう。
現在の日本の高齢者というのは、「金の卵」世代といって日本が好景気で(慢性的な人材不足で仕事も有り余っていました)何の苦労もせずに就職できた世代なんです。団塊世代という名称の方々が若者だった時代、こう呼ばれていました。
■金の卵世代: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E3%81%AE%E5%8D%B5
周知の通り、彼らは今では考えられないくらいのボーナスを、退職金を、年金を享受しているのです。それはもう、現在の若者達には味わえないんですよね。もちろん価値観も時代も違うでしょうから一概には言えませんが、それでも事実上、世代間の貧富差は顕著に表れているのです。
金玉世代を支えるために若者が毎年嵩む負担を課せられている現状を直視してみていただきたい。街の空き地を、自然を、外で遊ぶ場所を取り上げて、幼少期から塾に通わせ、マニュアル通りに生きて人間的な何の楽しみも味わえず恐慌に放り込まれ、自殺してゆく若者達。我々は見ていられないのです、あまりにも可愛そうだと思うのです。
自分の事しか関心が無かった金玉世代に子どものことをとやかく言える資格などないと、我々はそう思っています。テレビを受動的に40年も見て育てば、あのような親になるのもしょうがないのでしょう。思い出して下さい。「戦前」世代が何と言っていたか。戦前世代「センゴ(金玉世代)はいまに報いを受けますよ」。
戦前世代の予言通りの状態になりました。突然死、怪死、孤独死、早死、この傾向が金玉世代に現れています。良いじゃないですか、それを反面教師にして若者は育てば良いのです。嘆いていてもストレスで寿命を縮めるだけですよ。お年を召された方は特に。金玉世代はそろそろ墓石を新調し仏塔にでも参られるのがよろしいかと思います。
ご存じでしょうね、1960年代の若者に起こった全世界的な現象を。「ヒッピー」です。
■ヒッピー: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%83%E3%83%94%E3%83%BC
我々は現在の若者を「第二次ヒッピー」と推定しています。世界的な現象なんですよ、日本もそうです。1960年代の若者(現在の大人)と違って現在の若者は大麻もやらなければタバコも吸わなくなっていますよ。彼らが車に乗らず化石燃料の消費量を落としてくれている現実を一度だって鑑みたことがありますか。
これらは彼らが旧世代より聡明になりつつある証拠だと思っています。大量消費社会に翻弄され洗脳された大人を見て、社会システムに危機感を持ち、能動的就職ストライキを起こしている若者をなぜ励まさないのですか?哲学者のフリードマンやフーコーが心配していた問題を、彼らなりに解決しようとしている状況にまだ気づきませんか。
旧世代が自覚せず自己本位に生きてきた結果が今、社会に露呈しているのです。東京電力、九州電力はその良くも悪い見本でしょうね。旧世代を責める気はありません、長くはない寿命ですから大切にしていただきたい。ただ、若者自身の人生を賭けた社会運動を口だけで批難している小狡い嫌がらせは止めていただきたい。1960年代のヒッピー現象がフランスで「構造主義」を生んだことは勿論ご存じでしょうね。若者文化を語るのなら我々と同程度は学んでいるはずです。ヒッピー無くして今日の国際社会は存在し得なかったということです。国際社会の未来を切り開く第二次ヒッピーの評価について今一度再考願いたいと思います。芽を潰すのではなく、まずは、彼らの可能性と未来について、もちろん責任もあるでしょう、相互理解が大事ですよ。話はそれからです。
応援されたら頑張ってみようかと思うのが人間でしょう。
今のように「お前らなんて駄目な奴だ」なんて言われてたら、何も意欲なんか起きないでしょう。
現在の日本の高齢者というのは、「金の卵」世代といって日本が好景気で(慢性的な人材不足で仕事も有り余っていました)何の苦労もせずに就職できた世代なんです。団塊世代という名称の方々が若者だった時代、こう呼ばれていました。
■金の卵世代: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E3%81%AE%E5%8D%B5
周知の通り、彼らは今では考えられないくらいのボーナスを、退職金を、年金を享受しているのです。それはもう、現在の若者達には味わえないんですよね。もちろん価値観も時代も違うでしょうから一概には言えませんが、それでも事実上、世代間の貧富差は顕著に表れているのです。
金玉世代を支えるために若者が毎年嵩む負担を課せられている現状を直視してみていただきたい。街の空き地を、自然を、外で遊ぶ場所を取り上げて、幼少期から塾に通わせ、マニュアル通りに生きて人間的な何の楽しみも味わえず恐慌に放り込まれ、自殺してゆく若者達。我々は見ていられないのです、あまりにも可愛そうだと思うのです。
自分の事しか関心が無かった金玉世代に子どものことをとやかく言える資格などないと、我々はそう思っています。テレビを受動的に40年も見て育てば、あのような親になるのもしょうがないのでしょう。思い出して下さい。「戦前」世代が何と言っていたか。戦前世代「センゴ(金玉世代)はいまに報いを受けますよ」。
戦前世代の予言通りの状態になりました。突然死、怪死、孤独死、早死、この傾向が金玉世代に現れています。良いじゃないですか、それを反面教師にして若者は育てば良いのです。嘆いていてもストレスで寿命を縮めるだけですよ。お年を召された方は特に。金玉世代はそろそろ墓石を新調し仏塔にでも参られるのがよろしいかと思います。
ご存じでしょうね、1960年代の若者に起こった全世界的な現象を。「ヒッピー」です。
■ヒッピー: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%83%E3%83%94%E3%83%BC
我々は現在の若者を「第二次ヒッピー」と推定しています。世界的な現象なんですよ、日本もそうです。1960年代の若者(現在の大人)と違って現在の若者は大麻もやらなければタバコも吸わなくなっていますよ。彼らが車に乗らず化石燃料の消費量を落としてくれている現実を一度だって鑑みたことがありますか。
これらは彼らが旧世代より聡明になりつつある証拠だと思っています。大量消費社会に翻弄され洗脳された大人を見て、社会システムに危機感を持ち、能動的就職ストライキを起こしている若者をなぜ励まさないのですか?哲学者のフリードマンやフーコーが心配していた問題を、彼らなりに解決しようとしている状況にまだ気づきませんか。
旧世代が自覚せず自己本位に生きてきた結果が今、社会に露呈しているのです。東京電力、九州電力はその良くも悪い見本でしょうね。旧世代を責める気はありません、長くはない寿命ですから大切にしていただきたい。ただ、若者自身の人生を賭けた社会運動を口だけで批難している小狡い嫌がらせは止めていただきたい。1960年代のヒッピー現象がフランスで「構造主義」を生んだことは勿論ご存じでしょうね。若者文化を語るのなら我々と同程度は学んでいるはずです。ヒッピー無くして今日の国際社会は存在し得なかったということです。国際社会の未来を切り開く第二次ヒッピーの評価について今一度再考願いたいと思います。芽を潰すのではなく、まずは、彼らの可能性と未来について、もちろん責任もあるでしょう、相互理解が大事ですよ。話はそれからです。
応援されたら頑張ってみようかと思うのが人間でしょう。
今のように「お前らなんて駄目な奴だ」なんて言われてたら、何も意欲なんか起きないでしょう。