はてなキーワード: 睡眠とは
ふーん
じゃあやっぱり金の話はいらなかったね
注意された後でまた
人に優劣をつけたり特定の仕事を見下す根性が漏れ出まくってるのはき・み☆
君が社会的ステータスとか収入の額とかに超こだわる性格だからじゃね?
慌てて人のせいにしてるけど、その手の話を口走ってるのはさっきから君だけじゃん
http://togetter.com/li/254721を読んで、ブコメにまとめるには量が多いので、こっちにまとめる
「生活保護受給者に「社会権」を持たせる必要はない」とか普通に若者が言うしTwitter外でも言う人いますからね。私の周りにも・・・。このような「生活保護バッシング」の今を見てると生活保護を受けてる人の就労は極めて難しいと思うよ。逆にこの状況をみると即時就労する気もうせるのも納得。
そういえば、pukumaだかなんだか忘れたけど、どっかの研究員だかが同じような主張してたなあ
誰かが何かの権利を持っていないことを指して、権利を「与えられていない」と言うか、権利を「奪われている」と言うかでニュアンスがだいぶ違ってきますね。
「権利と義務はバーター」っていう言葉、まあ間違ってはいないけど、「社会権や生存権は納税、勤労、教育の義務とバーター」っていうと変だよね
私ね、思うんだけど、生活保護って労働制にしたらイイと思わない? 1日自転車どれだけ片付けたとか、駅などの公衆の掃除とか。 病気で動けない人以外は参加させるって言うのかな。そしたらそこから社会復帰のキッカケになるかも。
これ自体はベーシックインカムあたりの落とし所のひとつにはなりそうだなあと思う。というのも、そういう制度を導入するにあたって、勤労の代わりになるものは何かさせないとたぶん反発する人は絶対に折れないから。
思い方の問題なので、その人間の生い立ちなどにも関係します。 そこから逃げて、痛い現実を受け入れられない甘えが思考にあるのです。
こういう思想って受験とか他のところでも散見されるよね。特にセンター試験を受けずに入ってきた人らに対しての見方は近いんじゃないかな。「俺たちはこんなに睡眠時間削って勉強して試験に臨んでいるのに、なんなんだあいつらは」みたいなね。ちなみに僕は部活して帰ってきてからの一時間ぐらいの勉強時間だけで旧帝入りました。でも今は親のすねかじりだけどね。甘え乙
というか、根性と気合がないと健常者にすらなれないジャパンマジジャップ。
真の健常な日本人ならB29見てから竹槍余裕でしたってことっすよ(16連射)
精神疾患は甘えって言ってる奴は会社で「なんであいつ休みなんだよ!何も進められないじゃねーか!」とリスク管理していない確率90%
甘えって言ってなくても今の企業ってそんなもんじゃないかなあ 僕がバイトしてた小売は夕方バイト一人とかザラ。代わりいないよ。インフルエンザでも出勤しよう
差別されるのは「される側が悪い」論ですな。
いじめられるのは理由がある。レイプされるような服装してるからだ。万引きされるようなザルセキュリティなのが悪い(ぷんすか
その人は病院ですよね?
僕はウナギだ
ってのはあほらしいけど、「日光を浴びてビタミンDを生合成しましょう!」というと違和感がない。違和感はないが、こういう勝手にできるものを「しましょう!」だなんて言われても鼻くそほじりたくしかなりようがない。そういえばこの人福山雅治が「生活保護は甘えじゃない」って言ったら折れるのかなあ。ただイケ壁殴
いるよ。というか100%除菌できないのになんで売り物にしてるんだ!という意見さえあるよ。小売怖いよ。
働くことに恐怖を感じてしまって全然進まない。日中は鬱っぽくなってしまって昼過ぎまでベッドから出られない。親と顔を合わせたくない。
せめて睡眠だけでも改善しようとしているけど全くうまくいかない。
今日も親に責められた。
反論できない。
”健康な体でとりあえず生きていられてなにもかも恵まれているし求職誌にもたくさん仕事があるのにしごとがみつからないなんておかしいんだ”
わたしはおかしい。
なんで親の言うとおりの人間になれないんだろう。
姉のように結婚して家庭を持って幸せな姿を見せるのがわたしのやくめか。そんなことはもうむりなのに。
言うとおりの人間になれていればこんなに苦しまなくて済んだんだろうか。
追いつめられた気持ちでも言い返せないので部屋で物に当たる。当たったら少しすっきりしたけどすぐぶり返す。
手元のコップ割りたい。
出願は金(15,000円)出してフォーマットさえ守っていれば誰でも可能。権利化するには審査請求といって出願してから三年以内に請求する必要があります。
一方で実用新案は出願されれば自動的に登録される14,000円+(2,100円+100円×請求項の数)×3[三年分の登録料]。
しかし権利を受けるに値するかどうかは判断されていないため、権利を主張するときは別の請求が必要となります。
ここでは今日一部で話題になっていた、ヤバい特許・実用新案を列挙いたします。他にもあったら教えてね。あると思うけど。
これだけ書いておきながらPDFをアップロードすることの是非がわからなかったので問題があれば即刻削除します。
http://webphilia.org/pat/JPA_2002238300.pdf
http://webphilia.org/pat/JPA_1995138598.pdf
"3ヶ月目満月に至る"
http://webphilia.org/pat/JPA_1995138599.pdf
"はて年金支払前で金はなし。"
http://webphilia.org/pat/JPA_1993171504.pdf
http://webphilia.org/pat/JPA_2001042765.pdf
"「黄金埋蔵はアッと言う間にされたらしい」"
http://webphilia.org/pat/JPA_2007233427.pdf
http://webphilia.org/pat/JPA_2002291299.pdf
素敵な読み物
http://webphilia.org/pat/JPA_2001057800.pdf
"世界じゅうの会社で、そのような能力者を、たよっているから、パソコンインターネットで、情報を、うながしては、ならない。"
http://webphilia.org/pat/JPA_2003033099.pdf
"自立用でする温度と時刻目盛の羅針盤の思考用ノート用具(1)に図星的用ノート(2)の星形の思考用ベクトル用具(11)を設ける。実体用ノートの温度(3)、睡眠時間(4)と日出没時方位角(5)です
る実態用ノート(6)を設ける、温度用ノートの風力(7)、気圧差(8)と等圧線距離(9)でする思考用ベクトル(10)を設ける"
http://webphilia.org/pat/JPU_1994005482.pdf
"パンとおにぎりの両方を食べたい時、パンとおにぎりを別々に買わずに済むためのパン。"
http://webphilia.org/pat/JPA_2005143294.pdf
"映画が、女優藤純子が主演または、準主演しているものであることを特徴とする、人格形成の方法。"
http://webphilia.org/pat/JPA_2007307046.pdf
絵
http://webphilia.org/pat/JPA_2011215148.pdf
なお、この内容は id:doublet さんの twitter を元に少しだけ文献を加えました。
休んだほうがいいよ。 いやさ私の会社にもほぼ同時期に休職した人がいて
まぁ、別の部署だけど見てて思うのは潰れそうになっちゃう人って基本「やさしい人」なのかな、って思うよ。
やさしくて、他の人の頼みとか、希望とか吸い上げちゃって君の仕事が増えちゃう。
で、仕事の量が増えて経験も増えるもんだからスキルも身についてしまったりして
頼られたりとか、自分が役になったりするのが嬉しかったりする。
普通はさ、業務内容って決まってて、それぞれの職域ってあるでしょう? でも実際の業務は、その職域はかぶってる事が多い。
そのかぶっている領域を担当しがちな気がするんだよね。そういう人いると効率が上がったりするし。
(本来はマネージメントの問題なんだろうが、そう上手く行ってる職場ばかりでもないでしょ)
『逃げた』って訳じゃないだろ。 悪いけど休職して2週間もしたら逃げたなんて誰も思わなくなるよ。
組織って他の人間がするっと職域に入るから。 つか1人逃げて会社潰れるようなら、その会社、先は長くないよ。
そういう思考する人間は嫌いじゃないけど、「逃げた」とか考えるのは無駄だと思うよ。
可能なら散歩するようにして、少し元気になったら運動するようにして
鬱の根本的な原因って、職場のいろいろもあるだろうけど、シンプルに睡眠不足が負のスパイラルを引き起こしてる場合もあるからさ。
あとこんな話はむしろ叩かれた方が健全な社会だとは思うんだが、
男の場合、1度は仕事で心が折れる体験をしてみた方がいいとも思う。
1度折れた人間は折れにくくなるので。 個人的には、なんらかの絶望を味わった人間の方がわかりやすいというか信用できるように思う。
入浴中も睡眠中もけっして外さない指輪に、ID番号を掘り込んでおいて、
津波で薬や処方箋がながされてしまっても、その患者がどの薬を使っていたのかわかる。
身内の連絡先なども関連付けておけば、ボケや痴呆や記憶喪失になった時でも
専門機関がその個人を特定することが出来る。
あるいは、専用のサイトを設けずとも、極小サイズのQRコードを掘り込むのでもいい。
(デジカメのマクロ撮影で拡大するなり、顕微鏡の類が必要かもしれないけど)
緊急時の生命維持に必要な最低限の情報を指輪に刻み込んでおくというのを徹底しよう。
・指紋だと、個人情報流出になりやすい。
・皮下埋め込みのRFIDは、逆に知らぬ間に盗まれやすそうだし、異物に抵抗がある人も多そう
http://opitziu.hatenablog.jp/entry/2011/12/14/220016
わかってないよ、おまえ。凡人であることを主張するあまり、自分が「虚栄心の奴隷」になることを恐れるあまり、おまえは大切なものを捨てようとしている。それは向上心や自尊心とかプライドとか誇りとか呼ばれるものだ。そしてこれらは、虚栄心とは異なるのだが、凡人にはすべて同じように見えるのだ。凡庸な人間の目には、すべて同じように見えてしまうのだ。自律できない人間の目には、虚栄心だと映るのだ。馬鹿だ。
向上心を虚栄心だと変換された人間は、どう思う。化粧をする人間は、「少しでも自分を美しくしよう」という向上心、もしくは自尊心を持っているのではないか。これは虚栄心ではない。見栄っ張りではない。現にそこには美しくなれる手段としての化粧があり、肌の手入れがあり、スキンケアがあり、美容のための、半身浴が、食生活が、睡眠が、存在する。これは虚栄心なり哉?
認めてもらいたくてお金を稼ぐのではない。お金を稼ぐことが人生の目的になっているのではない。お金が大切だという人間は、お金を使うことができないからその人生は不毛である。しかし、「お金がないけど楽しめる」というのは、まさに向上心の放棄であり、自尊心の欠落であり、プライドの自堕落である。誰がそんな人間を魅力的だと感じるのだろう。努力することをやめようとしている人間に魅力があるというのか。なぜなら、お金を稼ぐことが目的となっていないのであれば、お金を稼ぐことによって楽しめることが増えるわけであり、それは結果的に人生をより豊かなものにすることになる。
虚栄心の奴隷を扱きおろしたおまえの文章は、どっからどうみても、「向上心を捨てた人間による言い訳」にしか見えない。つまり、向上心の放棄に対する後ろめたさからくる、圧倒的な虚栄心によるものなのだ。誰の目から見ても、虚栄心の奴隷はおまえであり、おまえの虚栄心はそのエントリを書くことによって満たされたことだろう。虚栄心の奴隷はおまえの方だ。
自分がどう思うか、ということに焦点を当てて人生を贈ろうとしているぼくにとって、おまえのそのエントリは心にまったく刺さらなかった。虚栄心はコントロールできないのだ。好きな人によく思われたい。尊敬する人によく思われたい。不特定多数の人に共感されたい。全方位的にモテたい。人の欲望というのは際限がなく、まただからこそ生きる原動力になる。
果たして、本当に「自分」というのは存在するのだろうか。人間は関係性の中で生きている。「自分」というのは、その関係によってその都度その都度規定されていくものであり、枠組みが違えば変化するものである。会社では偉い社長でも、家ではクソダメな親父ということがありえるように、関係が違えばそこの論理だって変わってくる。人は、評価してくれる他人がまずそこに存在して、はじめて「自分」というものを見つけることができる。
だから、虚栄心はあって当然なんだ。自分が思っている自分というものが、そもそも虚構なのかもしれないと思いつく人ならばそうではないのかもしれないが、自分の持っている感覚を疑うことが出来る人というのはやはりどこか人間味があるとは言いがたい。だから不毛であるとわかっていながら、理解されないことを嘆き、「自分」探しの旅に出かけようとし、結果、「自分」が何であるのかわからず終いで終わる。
没個性化が進む大学生ども、自分の頭で考えろ。何のためにその企業へ行くのだ。何がしたくてその企業へ行くのだ。自分に正直になったとして、自分の感覚に正直になったとして、それは果たして本当の「自分」だと胸を張って言えるのか。目標を失った人間はおもしろいだろうか。夢を持っていないと公言する人間はおもしろいだろうか。
騙されるな!
こいつは、「理想なんかいらない、理想なんか捨てろ。人生の目標もいらない。それらはみな、叶えられなかった場合に自分を苦しめる原因となる凶器だ。」ということを主張することによって、虚栄心を満たしているクズだ。騙されるな。「俺はその辺の学生とは違う!俺はその辺のクソみたいな凡人とは違う!俺は自分が凡人であることに気付いている!」と主張しているクズなのだ。
凡庸であるということに気付くことと、そこから抜け出す意欲を持つこととは、また別の話だ。それは断じて虚栄心によるものではない。向上心によるものだ。そしてかの有名なKは、向上心のない者を馬鹿だと呼ぶ。これに従うと、馬鹿なのはおまえだ、opitziu. プライドを持て、自尊心を持て、向上心を持て。そうすれば、虚栄心は自ずと消えるのだ。自分を実質以上に見せようとするのではなく、現在の自分以上の存在になろうとするのだ。
「虚栄心の奴隷」で何が悪い おまえが捨てようとしているのは虚栄心ではなく、向上心だ。自分に自信を持て。そして、そのまま加速していけ。自信がないなら、「若さ」を誇ればいい。現状認識が済んだら、足を止めるな。一歩でも前に進め。
「虚栄心の奴隷」から逃れる方法があるとすれば、それは向上心によって常に実質以上の自分になろうとすることであり、現状認識と将来への努力とは別に語られるべきものである。最悪のケースを想定して、それに備えることができたのならば、進め。
おまえは他人の努力を揶揄するような人種になってはいけない。そうそれは、「意識の高い学生(笑)」と笑うことによって虚栄心を満たしている凡庸な学生と同じ人種になってはいけないということであり、おまえの書いたエントリに偉そうにコメントを書こうとするも考えをまとめることすらできない馬鹿な学生(そしてそいつらは総じて「意識の高い学生(笑)」である)と同じ人種になってはいけないということであり、海外の良いところと日本の悪いところを比べて日本オワタ論を唱える外国かぶれと同じ人種になってはいけないということであり、そして、こんなエントリを書くようなクズになってはいけない、ということだ。
幼少の頃からマトモな仕事がしたくなくて、サラリーマンはなんかヤダという不純な動機で美大に行ってみたけれど、才能と根性が無く、打たれ弱い僕は、アーティストにはなれなかった。少しでも批判されたり、反応が無いと嫌になってしまう。それに、自分を晒すのが恥ずかしかったんだと思う。何が良くて何が悪いのかわからない僕にとって、ゴールが見えない創作は辛いし、それを乗り切る使命感のようなものも無くて、なんかもう面倒くさくてどうしようもなかった。
大学を卒業してからは、週6くらいでバイトしてた。朝起きれないので、母親に無理やり起こしてもらった。忙しかったので没頭出来て、それなりに楽しかった。マジメにやってたのでそれなりに評判も良かった、と思う。バイトをしていると、色々な事を忘れられた。ヒマな時はゲームとかネットをしてた。これもまた集中出来て、色々な事を忘れられた。
三年ほどバイトしたあと、「ずっとやりたかったことをやりなさい」という本を読んで、本に書いてあるワークシート的なことをやったら、どんどん嫌になって、泣きながら通勤した後、バイトを辞めた。
それから、楽しいことを沢山してみた。楽しいことをしてみようと、本に書いてあった。温泉やイベントに行くと、貯金がどんどん無くなった。その瞬間は楽しいけれど、結局は満たされないみたいだ。
自殺するほど切迫できない僕には、よくわからないけれど、死を選択して、実行するのはとても強い決心が必要なんだと思う。なにせ、死んだら終わりだ。もう楽しいことは何も無いって気分になったら、実行出来るのだろうか。大半の人は死ねないし、だからこそ宙ぶらりんで苦しいのだろうか。
人身事故のせいでイベントに間に合わなくて、ムカついた。ネットで事故について調べていたら、「こういう時に苛立つ人になりたくないね」って書き込みを見て、さらにムカついた。最近、イライラすることが多くなった。
DTMの機材を買ってみたりもしたけれど、やっぱり面倒くさくて、なかなかはかどらない。
自己啓発の本をたくさん読んでも、インターネットでクソみたいな書き込みを延々と読むのはやめられないみたいだ。
朝起きれないので、睡眠外来に行ったら、認知行動療法のやり方を教えてくれた。自己啓発の本をたくさん読んで、「嫌な気分よさようなら」も読んでいたので、知ってたんだけど、とりあえずやってみた。今のところあまり効果は無いように思う。
アーティスト系をこじらせると、ろくな人間にならないという噂は本当みたいだった。そういうのは得意な人に任せて、市井の仕事に就けば良いんだろうけど、どうにも興味が持てない。それでも生活に余裕がなくなったら、お金がなくなったら、またイヤイヤ働いて、それはそれなりに楽しいのかもしれない。
父がくだらないことで母を怒っている声を聞いたらイライラしてきて、壁殴ったら手が痛いし、胃が気持ち悪くなって、自己嫌悪がきて、もう生きていたくない。僕には、年に1回くらい癇癪を起こす悪癖があって、壁とか殴ったあとに凄い自己嫌悪に陥る。父方の家系が怒りっぽい人達ばかりなので、それを受け継いでいるのかもしれない。僕は粗野な父が嫌いなので、それもまた嫌だ。そんな時は眠れないので、こうやって文章を書いて時間を潰すことにした。
文才もなくて本当にまいった。どうしたら面白い文章が書けるんだろうか。そもそも何が面白いのか、よくわからない。
父が嫌なのでとりあえず一人暮らししたいけど、朝起きられない僕はマトモに働けるのか心配だ。それに一人暮らししたら、さらにお金が無くなるんだろう。そしたらまた働くのか。そんなことを考えると人生めんどくさくて、生きていたくないなって思っちゃうけど、かといって、死ぬのも怖い。
僕はどうしたら良いんでしょうか。
あれは25歳の時だけど、当時童貞(彼女いない歴=年齢)だったときの話。
恥ずかしい話、彼女いない歴ryのくせして、そこそこに勝算があった。
自分に多少の自信があった。
いいとこのボンボンで、悪い遊び(酒、煙草、ギャンブル、女遊び)もしてない、しかも食うに困らないレア資格も手に入れていたし、定期的な運動とバランスのとれた食事で不摂生をしている周りに比べたら肉体だって自信があった。
学生時代のように、いけてるいけてないの二元論じゃない今なら、今なら、自分の評価も悪くないはずだ!っと思ってた。
一緒にいて、お喋りをして、あちこち出掛け、それなりの感触はあった。
繰り返すけど童貞のくせしてそう思った。
手をつないだり、ハグッたりして、キスしようとしてとき、やっぱ順序逆はダメかなって思って、「好きだ」みたいなことを言った。
たぶんそんなことを言ったはずだ。
で、それに対する彼女の返答は
「ダメ、付き合えない。」
みたいなことを言ったと思う。
やっぱり細かい所は憶えていない。
「…どうして?」
自分じゃいい感触だと思っていたのが、ぜんぜんそうじゃなかったことに気づかず、恥の上塗りを続けた俺。
「私は楽しい恋愛はもういいの。結婚したいの。結婚してくれるならエッチさせてあげるわ。する?それとも(結婚なんか考えてない)ただの体目当て?」
そこで俺は引き下がった。
怖くなった。
もし処女がだったりしたら、それも受け止められたかもしれない。
でも、俺は心のなかで怒った。
楽しい恋愛はもういいってなんだ?君の一番綺麗だったときは他の男に捧げて、俺に与えられるのは養う義務なのか?
彼女は僕より年上だったし、バツも同棲経験もあることを知っていた。
自分の汚い部分をさらけ出すと、俺も内心では
「30に足をつっこんだ女でバツもついてりゃ、今更恥ずかしがることもないしやらせてもらえるだろ」
と全く思っていなかったとは言いがたい。
さっきの、勝算というのは、それも多少含んでいた。
資格ホルダーとか、年収とか、それをひっくるめた俺に魅力があるかと思いあがっていた。
資格だとか年収だとか実家の資産だとかに価値はあっても、それは俺の価値なんかじゃない。
とはいえ、結婚しないと思っていたわけではなく、憧れが特にはないという程度で、嫌なイメージはなかった。
しかし、部屋を出て、彼女の言葉が脳内でリフレインしつづけ、次の日にはもう結婚に対して負のイメージしかもてなくなった。
結婚は、汚い。
結婚は、女が体を売って男の金を奪い取ることにほかならない。
そう思えてならなくなった。
昔はどうしてこうもと思っていたが、今ならわかる。
結ばれない恋こそ美しい。
その後しばらくして、童貞は風俗で捨て、素人童貞は人妻で捨てた。
途中に食事をはさみ、トイレをはさみ、睡眠をはさみ、半日やりまくった。
1年くらいやりまくり、彼女は旦那との間に子供ができ、自分とは終わった。
先がない恋だったわけだし、行くとこまで行かずに終わったのは幸運だったのかもしれない。
俺は彼女に愛されたりしたんだろうか?
そんな自問自答してる。
もちろん、人妻との恋愛を口外するわけにもいかないので、周囲にはまだ彼女いない歴=年齢の童貞で通してる。
次の恋人は、同性を狙ってる。
真面目な質問なようなので、真面目に答えます。
政府が「最終的にどうなるか」に関するレポートをもっているかどうかは「分からない」です。もちろん。一定のそれをもたずに一体どんな政策決定ができるのかは分かりませんが、もっていない可能性はもちろんあります。ですが、私が「算数の結果」と言ったのは、かならずしもそのことだけではありません。その点誤解があるように思います。
まず、はっきり言えることは、「ただちに」を聞かされる側は「ただちに影響があるかどうかについてのコメント」(国語)だけが関心事ではないことくらい、政治家なら分かっているだろうということです。最終的に何が起こるかが分からないとしても、分からないなりにどのような事態や対策を想定しているかについて(算数)説明するのが適切であり、たとえば企業がクレーム対応する場合などでも、そうした対応フォーマットが用意されているでしょう。そういった対応のことを「算数の結果」と言ったのです。影響が分かる場合も、分からない場合も、いずれの場合でも、「今後どのような予測があり、どのような対応が求められるか」についての説明が必要だ、ということです。
なぜ、そう言えるかというと、枝野さん自身が「ただちに」という言葉は、すぐ影響がでるかどうか(国語)、ということだけを言ったのではなく、将来的にはどうなるか分からないよという意味を込めていた(算数の結果も含んでいた)と後になって述べているからです。算数の結果を言わなければならないということは、当然認識しておられた。にもかかわらず、国語の結果に見せかけて、もう言ってましたよ、と言い訳してる。次の動画をご覧いただければ、本人がそう述べてます。リンク踏むのを警戒される場合は、youtubeで「枝野会見 直ちに影響」で検索し、5月20日付けの会見映像を探していただければオッケーです。
http://www.youtube.com/watch?v=jf_vxPJuMZc&feature=related
「国語の結果」だけ言ってすました顔をしてる。後から追求すると「国語のときに一緒に言ったつもりだったので」って、言う。そういう対応って、どうなんでしょうね。
国語とか算数とか言うとかえって分かりにくいですかね。たとえばビル一階で火災が起こったとする。下を見てきた管理人が、つめかける上階の住人に「ただちに火は回らないから」と説明する。それで説明になっているのか。「部屋でじっとしておっても直ちに影響はない」が念のため2階と3階の人は避難した方がよろしい、と。後から分かったことで、実は発生したガスで4階5階も汚染されてた、と。追求すると「ただちに影響はないと言ったが、それは、5分後とかにはまだ何も起こらないというだけの意味で、これからどうなるかは分からないという意味だった」と言う。
「ふざけんな!」とならないですかね。これでも「発狂してるのは放射『脳』だけ」なんでしょうか。
…とはいえ、私は枝野さんはそれなりによくやったと思ってます。あれだけの状況の中、責任あるポジションの人間として国民の前に立つ、それだけで、気の弱い人なら心臓麻痺起こしそうなシチュエーションです。それを、碌に睡眠も取れないような状況下で耐えきり、パニックも起こさずしのいだ。それだけで、賞賛してもいいくらいです。嘘の一つや二つついても全然許せるレベル。ただ、そのことをもって、批判者を揶揄するのも、どうかと思うんですよ。嘘は嘘だし不完全は不完全。そこは認めるべきでしょう。「ただちに」を繰り返しやがって、と怒る人がいるのは、当然だと思います。
http://anond.hatelabo.jp/20111112165926
http://anond.hatelabo.jp/20111112043751
トラックバックのやり方もよく解らないのに増田になってごめんなさい。これでええんかな。
あまりにも反応があって、いつも見るはてなの総合のところに載っててびっくりしました。
みんな人の不幸が好きなんですね。
そして優しいですね。
バイトはね、本当に27万稼いでましたよ。
1日11時間で10連勤位当たり前でしょう、と。
そんな生ぬるい生活してたら850万も貯められません。
で、まさかの展開というのは、親身になってくれた人達には悪い気がするのですが、
価値観の違いになってくると思いますが、私のバイトは「出会い系のサクラ」なんです。
一時期普通のバイト3つ掛け持ちで21万くらい稼いでた時期もありましたが、2時間睡眠になってしまったので辞めました。
「出会い系のサクラ」は法律には触れていませんがブラックなので、当時は24時間勤務しているツワモノも居たらしいです。
以前は13時間強制勤務・時給850円のところで働いていました。
バンドマン、お笑い芸人、ヲタク、普通の主婦、学生、旅人(お金が貯まったら辞めて旅立っていく)、等色々な人が居ます。
関西は時給が安いです。関東だと50万位稼いでる人も居ると思います。
話したくなければ無言でひたすらパソコンとにらめっこしてエロネタでも書いていたらいいので楽です。
成績悪いと上司がアレ(怖い人)なので怒られたり首になる会社もありますが。
これでも私が凄いとか偉いとか思うのでしょうか。
もちろん普通のバイトでも1日11時間、10日連勤させてくれるなら良いんですけどね、そんなところ無いです。
結婚したいとか大学行きたいとか矛盾してますよね、わかります。
この今の馬鹿さ加減で結婚したら、その相手も馬鹿だろうと、そう思うからです。
いや、高校程度でもいいんです。
人と喋ってても「何それおいしいの?」の連続で、会話が成り立たないのです。
日本海は日本の周りの海全部だと思っていました。友達に爆笑されました。
こういうところを直して、普通の会話が出来るようになりたくて、大学と書きました。解り難くて申し訳ないです。
私の所属しているある趣味の人達は昨日も書きましたが高学歴の男性が多いです。
お嫁さんは本当に綺麗な人ばかりです。学歴も良いし、良くなくても幼稚園の先生だったりとかして、可愛いです。
結婚するって決めてから、仕事の他にバイトを掛け持ちしたりして寝る間も惜しんで結婚資金を作っている其の人達を見て感動しました。
いいなー私もそれだけ愛されてみたいなー、と指を咥えて見ていました。
最後まで残っていた高学歴男性と私が結婚したらいい、と、あるお嫁さんが言いましたが、私は絶対に無理と言いました。
そんな凄い人と私が付き合っても続かないと解っているからです。
ですが先日殴られた時に、「ただ就職してるだけの人」とさえ結婚するのは高望みなのだと気付きました。
それには先ず就職が必要なのか?と悩みました。
良く女の人が「私は可愛いのに何で結婚出来ないの!男は見る目が無い!」とか言っていますが、
私も「私はこんなにも家庭的で倹約家なのに何で結婚出来ないの!」と言っているのと同じだと気付きました。
私は「ただ就職してるだけの人」とせめて同じレベルになりたい。
私も誰かに好かれてみたい、そう思っています。そしてあんなわけのわからない悩み相談をしました。
まだまだ私の見返りを求める癖は直っていないようです。
http://anond.hatelabo.jp/20111113010022
こちらに触発されて書いてみる。辞めてからかなり時間も経ったのでそろそろ書いてもいいかなと。
訓練内容はAdobeのCS4の操作方法→自主制作というのがだいたいの流れとなっていて、それぞれのアプリケーションのテキスト(フォトショ、イラレ、DW、Flash)とHTML+CSSの本という感じ。
このテキストを選定しているのは教室を運営している会社のようで、(伝聞で聞いたので定かではない)もし運営してる会社がWEB制作を知らないとか知っててもテーブルレイアウトだった場合にはあまりいい本は選ばれないようです。また運営会社同士でヨコの繋がりで話し合って本を決めてる部分もある(複数の教室で同じ本だった)のかな?と予想しました。
実際の訓練内容はハローワークで決めているのか運営会社で決めているのかは解りませんが、講師は訓練スケジュールやテキストに関してなにも言えない、わからないまま講義が始まります。
HTML5時代だというのにFLASHにえらく時間を割いたりするスケジュールで、受講生から「せんせーFLASHってどうなんすか?」と物凄く困る質問をされたりします。
また受講生はAdobe製品をアカデミックで買えるというナイスな特典があったりしますが、授業で使ってるのはCS4だけど買ったのはCS5.5みたいな微妙だけど重要なアクシデントが発生します。
HTMLの本もXHTMLならまだしもHTML4.01(しかもStrict)で書いてる本だったりすることもあります。
受講生はテキストを実費で購入しているため、ないがしろにするわけにはいかないので「これいらんだろ」とか思ってもとりあえず本の通りに進めなければなりません。(例えばHTMLの本を早めに終わらせてXHTMLの話をして余計混乱させたりとかあった)
ここで問題なのは受講生は基本的にお金に余裕がある人は少ないです。
AdobeのWebプレミアムがアカデミックで買えるとはいえ10万以上の余裕があるなら基金訓練なんかコネーよ!という人が半数以上いるんじゃないかと。
体験版はあるけど1ヶ月で終わるし、訓練自体は半年あるわけです。
なのでGIMPとかInkscapeとかもサラっと存在を教えておいたりします。
あとはフォームのHTMLだけ教えて肝心のPHPやらPerlやらには基本触れないのでそこも工夫が必要です。
教科書3冊くらいクリアするころには生徒からこれで本当にWEB屋さんになれるの?とか疑問を持たれますので、フリーでやっていく方法とか自分の経験談の話をすると人気の講師になれますが、会社からはいい顔されないかもしれません。職業訓練なのでどこかに就職するのが大前提なんです。
指導要綱みたいなものはキホンないので講師の思うとおりに教えられますが、上記のテキストの縛りとスケジュールの縛りがあるので本が変わる前にグループを作ってもらって共同作業させることを取り入れました。実際にWEB屋さんにいったら分業しますしね。
さて、各アプリケーションのテキストがいいものだったらよいのですが、そうでない場合は自分で課題とかを作る必要があります。
フォトショやらイラレはいいんですが問題はHTML+CSSとFLASH。FlashなんかはASがゴッソリ抜けてたりすると生徒から「やりたいことができない!」と嘆かれます。CSSなんかも「やりたいことができない!」と言われがちです。
実際は一人の講師が2コマやることがザラなんじゃないかと思います。
AM9時からお昼を挟んでPM3時まで+PM3時からPM9時まで。若干ズレはするでしょうがこんな感じなんじゃないかと。
これで課題を自作していたら睡眠時間は3~4時間くらいになっちまいます。ああ祝日ってステキ・・・。とか思い始めます。フリーランサーは普段の仕事は全部お断りしないとイカンかもしれません。
テキストの内容とスケジュール(x月x日からx月x日までFLASHとか書いてある)なんか完全に合わないので苦悩します。
事前に用意できればいいのですが先に書いたようにスケジュールやテキストは開講数日前にコレでヨロ!的に渡されますので初めてやるひとは対応難しいでしょう。
とりあえず今日はここまで。
(長すぎて続きが表示されなくなっていたので分けました。)
「死ねば?」
「何故ですか」
「だって生きていても楽しくないんでしょ?」
「大抵はそうですね」
「だったらなんで死なないの?」
「それはさっき言いましたよね」
「…人間生きるか死ぬかどっちかじゃない?早く死にたいんだよね?」
「どちらかと言えば」
「死ぬのは嫌なの?死にたいの?どっちなの?」
「じゃあなんで死なないの?どっちなの?わけわかんない」
「あの、一ついいですか?」
「なに?」
「あたりまえじゃん。死ぬか生きるかしか無いじゃん?他にあるの?」
「死ぬの反対は生きるじゃないですよ」
「じゃあなんなの?」
「生まれるです。」
「生まれる…」
「…死ぬ事の反対は生きるじゃないの?」
「そうです。"死ぬ"の反対は"生まれる"です。そもそも死ぬというのは出来事です。生きるというのは状態です。」
「え、なにそれ?」
「うん、学校で習ったよ」
「動詞の種類に、動作動詞と状態動詞というのがあったのを覚えていますか?」
「んーなんとなく」
「あれに近いです。つまり、死ぬというのは動作動詞です。生きるというのは正確には"生きている"という状態動詞です。」
「ほんとに?それあってる?」
「知りません。でも言わんとしてる事はわかりますか?」
「わかる。生まれるも、動作だしね。」
「そうです。死ぬと生きるという二つは対になるはずがないのです。生きるの反対は強いて言えば、死んでいる、でしょうか。」
「…それで何が言いたいの?」
「何が言いたいか」
「うん」
「私が言いたいのは、早く生を終えたい事と、今生きている事は両立するという事です。」
「え?両立?」
「おかしくありません」
「なんで?生きてるのに死にたいんでしょ?」
「そうですね」
「矛盾してるじゃん!」
「どこがですか?」
「どこがって、全部!」
「まず、生きているということ、の反対は、先ほど言ったように死んでいるということ」
「え?うん、そうだね」
「生きているのに死んでいる」
「なにそれ?」
「矛盾…っていうかわけわかんない」
「それが矛盾です。生きている事と対になっている死んでいるという状態が重なっている。これはどちらなのかわからない。矛盾しています。」
「そうだね、どっちなの?」
「だから矛盾しているのです。今言ってるのは生ける屍とか死んだように生きてるとかそういう話ではないですよ」
「それはわかってる!」
「では、死んだのに生まれた」
「死産?」
「いえ、出産のことではありません。言い直しましょう。死ぬ人が生を受ける」
「どういう意味?」
「ある人が、死ぬと同時に生を受けるってことです」
「生まれ変わるってこと?」
「転生の話ではありません」
「じゃあなに?どういう意味?」
「矛盾しているという事です。死んだのか生まれたのかどっちなのか」
「どっちなの?」
「ていうか普通間違える?」
「そういう話ではありません。」
「じゃあどういう話?」
「生きている人が死ぬ」
「うん」
「これは矛盾してませんよね」
「当たり前の事だよね。生きてないと死ねないし」
「そうです。」
「何が言いたいの?」
「わかんないって!」
「生を終えたいという思うのは、生きていないと出来ません」
「うん、それはそうだね」
「ですから、生きているという状態と、早く生を終えたいという気持ちは矛盾しないのです」
「私が死なない理由は先ほど言いましたよね?」
「うん、聞いた。親がどうとか」
「では、理想としてはなるべく早く生を終えたいというのも覚えてますか?」
「覚えてるよ。早くないけどね。」
「私は今、生きてますよね?」
「目の前にいるのが幽霊じゃなければね?」
「わかってるし」
「ではもう一度聞きます。私がなるべく早く生を終えたいけれど、今生きているということは矛盾しますか?」
「…んっと、君の場合は、親が生きている間は生きたいんだよね?親が死んだ後死にたいんだよね?だから今生きているのは生きたいから生きてるんじゃないの?」
「生きたい、ですか?」
「違います」
「え、なんで?死にたいなら死ぬでしょ?親が死ぬまでは生きたいから生きてる。間違ってなくない?」
「間違っています」
「どこが!」
「はあ?」
「生きようと思って生きているわけではありません。」
「じゃあ死ねばいいじゃん!」
「死のうとも思いません」
「わけわかんない!じゃあなんで生きてるの?」
「生まれたから?」
「生まれたから生きてるって、なにそれ?」
「生まれたって死ぬひとはいるでしょ?」
「います」
「それは自然じゃないってこと?」
「どっちだよ!生まれたから生きているのが自然で、死ぬのも自然って」
「どちらも自然です。ですから、その場合の死は、事故死であったり病死であったり自然死であったりします」
「全然わかんない」
「私は今生きてますよね?」
「さっき聞いたし言った!!」
「そう、それが自然です。今私が生きている事というのは、この世に生を受けて、それを維持している。自然の状態です。そこに私の意思はありません。」
「でもご飯食べたり寝たりするよね?」
「します」
「それは生きたいからじゃないの?」
「違います」
「じゃあなんで?」
「あたりまえじゃん!」
「生きたいからではありません」
「だーかーらー、お腹がすいてご飯を食べるってことは生きたいって事にならない?」
「なりません」
「なんで?」
「食べるよもちろん」
「生きたいですか?」
「私は生きたいよ?」
「では、食事をとる時に生きたいって思いますか?」
「…思わないけど」
「生きるために食事をとると毎回考えて食べてますか?」
「…食べてない」
「では、生きるために食事をとりますか?」
「そりゃそうだよ」
「考えてもいないのに?」
「考えなくてもご飯食べる事は生きるためなの!」
「本当ですか?」
「当たり前じゃん」
「え?」
「生きるためには食事をとる事が必要だと、後から教えられただけではないのですか?」
「そりゃー教わったよ?でも教わらなくても生きるためにご飯は食べるよ」
「本当ですか?」
「お腹がすく」
「そう、生きるためとか知ってなくてもお腹はすくでしょ?じゃあご飯食べるよ」
「そうだよ、お腹がすくからご飯は食べる。それが生きるためになる」
「生きるためかどうか教わっていなくても、お腹がすくからご飯を食べる」
「そうそう」
「そうだよ?」
「…ごめん、わけわかんない」
「例えば、ですよ。例えば、あなたは生きるためには食事が必要だという事を知らないとする」
「うん。知ってるけどね」
「例えです。」
「たとえね、たとえ」
「そう、例えです。例えば、あなたは生命維持のための食事の必要性を知らない。しかしながら、腹は空く。当然、食事をとりますよね?」
「うん」
「では、あなたが食事をとった事は、生きるためではないですよね?」
「でもあなたは生きるために食事が必要だという事を知りませんよ?」
「知らないけど、知らなくても生きるためになってるよ」
「生きるためになっている。」
「うん」
「私自身?」
「そうです。あなた自身は、生きるために、と思って食事をとりましたか?」
「ええっと、私はその時点では知らないんだよね?じゃあ思ってはいない。でも実際はそう。」
「そうですよね。食事をとる事は生きるためになっている。でもあなたにその意思はない」
「そう、なるね。」
「話を戻していいですか?」
「ごめん、何の話だったっけ?」
「違います」
「じゃあなんなの?」
「また自然…」
「言い換えましょうか?では、私が今生きているのは、私が生きたいという意思を持ち続けてようやく維持している状態ではなく、私が何も考えないところで勝手に生きてしまっているのです。」
「でもご飯食べないと生きていけないよ?ご飯食べないの?」
「食べます」
「じゃあ生きたいからご飯食べるんでしょ?勝手に生きてるなら勝手に食べるの?」
「生きたいから食べたいんでしょ?」
「腹が減るってことは生きたいって事じゃん?」
「そうかも知れません」
「でしょ?」
「でも、死にたくても腹は減ります」
「じゃあ食べなきゃいいじゃん」
「その時が来れば食べません」
「今は生きたいってこと?」
「違います」
「だってご飯たべるんでしょ?」
「私が食事をとるのは、生きるためではありません。腹が減るから食事をとるのです。先ほどの例え話覚えてますか?生きるという意思を持って食事をとるのではなく、腹が空いたから食事をとるだけなのです」
「そんなの屁理屈だよ!だってご飯食べることが生きるためになるって知ってるじゃん?」
「知ってます」
「じゃあ生きるためになってるじゃん。死にたいなら生きるためになる事を避けるじゃん」
「私は今は死ぬ事は怖いので避けています」
「じゃあ生きるために食べるんでしょ?」
「違います」
「いいですか」
「なに!」
「私の住んでいる日本では、そして私の今の環境では、幸か不幸か、食事に困る事はありません。」
「そうかも知れません」
「そうだよ多分」
「そう、食事に困る事は無いのです。そして、また幸か不幸か、私は病に冒されてもいません」
「そうなの?」
「はい」
「そうは見えないけど…」
「そうなんです。つまり、今現在私は、死の局面には晒されておりません」
「知ってる。私もそうだし」
「そうですよね。」
「うん」
「そう、そういった状況において、生命を維持する事は、果たして困難でしょうか?」
「んー、ちゃんとご飯食べて、寝て、運動していれば大丈夫なんじゃない?」
「そうですよね。」
「そう思うけど?」
「では、私の環境において、食事と睡眠と運動は阻害されるでしょうか?」
「されるの?貧乏なの?」
「されません。」
「そうだよね」
「では、私がただ生きるだけというのは難しいと思いますか」
「ただ生きるだけ?わりと簡単なんじゃない?」
「わりと簡単です」
「そうでしょ」
「では、私がただ生きるためだけに、生きてやる!!という強い意思は必要だと思いますか?」
「ただ生きるだけなら、なんとなく生きていけるんじゃない?」
「生きていけます」
「そうだよね?」
「つまり、私は生きたいという意思を働かせて生きているわけではなく、腹が減れば食事をとり、眠くなれば睡眠をとり、体を動かしたければ運動をし、ただなんとなく自然に生きているのです。」
「なんか、怠けてるね…」
「そうかもしれません」
「…」
「私は今ただなんとなく生きています。そして、なるべく早く生を終える事を望んでいます。ただし、それ以上に私が死んで親や妹が悲しむ事を恐れています。それらは順序はあったとしても、矛盾はありません。」
っつーのは
だね。
書き手の日本語を常識的に読めば、顔を出せば許して育児スキルなりサポートなりしてくれる程度の情はある親だったと。
日本語読解出来るようになってからキャンキャン言いなよ低学歴が。
・「和解しないこと」を選択したというより、選択から逃げてる間に親が死んだってだけだよね。
・過去の間違いを認識してない馬鹿には「間違いだったよねお馬鹿さん」て言ってあげないと成長できないよね。
・過去に間違えたのと全く同じ選択肢が今目の前に現れてるよね。「助けてくれそうな人に頭下げるかどうか」。
・過去の間違いと向き合わない限りまた同じ間違いを踏むからこそ、こうして複数の人にそこについて言われてんだよね。
和解しなかったことをこの母親が悔いた瞬間に育児環境が激的改善する状況だよね。まさに。ボーナスチャンス。そして瀬戸際。
全く反省できない馬鹿だから、このままだと退院した後また一人でやろうとするっぽいよね。
ほんとうに、生まれ変われるかどうかの正念場だよね。
実際に得られるのは、助けてくれようとしてる奇特で親切で有能な従兄弟達からの継続的サポートだよね。
実に下らん。
全くだ。
日本語読解すら不自由な人間に同じ話を何度も教え諭すこの時間と言ったら。
助けてくれようとする人に頼らないでこうなった。
一人で出来てやしないくせに。
本当に一人で歯を食いしばってる人間が大勢居る。
どっちが良いご身分か考えてみろバカが。
元増田の文からは問題の母親が子供のことを考えてるらしき部分がほとんどない。
でないなら周囲の親切な他人に頭下げて頼ってるよ。
…って何回同じ話をさせるんだ?
至れり尽くせり面倒見てくれてる従弟への感謝もなく
自分がかわいそうって泣く奴だけど
っへー。あほくさ。
新米母としてはよくやってる方だと。
これで「よくやってる方」だったら、「よくやってない方」ってのはどんな親なんだ。恐ろしいな。
あと、新米なんて書いてねえだろよく読めよ。
駆け落ちで作った子供で今30代なんだから、10年選手ぐらいじゃねーか?
駆け落ちなんてことを20代後半でやってるパーだったらしらんが、
普通はせいぜい十代か二十歳そこそこでやる愚行だよね。
あ、やっぱりきみにとってはこういうの「攻撃」なん?w
だってあんな発想、幼少期につらい目にでもあってなきゃ出てこないもん。すぐわかるさ。
優れたSFはいつも現実のデフォルメなんだって思う。つまり、現実の日常のある部分を取り出して、先鋭化して、戯画化して
そうしてできた空想の産物が、むしろ日常の異常性を自然に僕たちに理解させる。空想だから、リアルなんだ。そういうのがいいSFってもんだ。
『たった一つの冴えたやり方』は泣けるってことで有名なSFだ。でも僕はその本題より、むしろディテールの部分に感動した。
やった!これでようやく宇宙に行ける!16歳の誕生日に両親からプレゼントされた小型スペースクーペを改造し、連邦基地のチェックもすり抜けて、そばかす娘コーティーはあこがれの星空へ飛びたった。
イーアは彼らの星で、ドロンという非常に愚鈍な生き物の脳に寄生する。イーアは彼らに「罰」と「報酬」を与え、ドロンの行動をコントロールする…。
まあ一見すれば、SF的な突拍子もない設定だなって思うけど。よく考えれば、つまり、なんていうかな、これって僕たちじゃない?ってこと。それに気づく。気づきが大事だ。
僕たちは「体」からあらゆる信号を受け取る。痛みは「罰」だ。痛みを受けるようなことをしてはいけないのだと僕たちは僕たちの「体」に教育される。
快楽は「報酬」だ。セックスに快楽が伴わなければ、とうに僕らとの僕らの体は滅んでいるだろう。
まとめれば「精神が体を支配しているのではなく、むしろ逆なのだ」みたいな陳腐な結論に至るんだけど、それを自然に気づかせる力がSFにはあり、その気づきの瞬間を僕は愛してやまない。
あらすじとしては
主人公の夫が事故にあった。助かる見込みがないので夫のクローンを作り、その体に脳を移植することになった。しかしクローンを作るのにはちょっと時間がかかる。その間夫の脳を保存しなくてはいけないのだが、夫の元の体は殆ど機能していないので、これを維持するには莫大なお金がかかる。主人公はその経済的な事情から、夫の脳を自分の「子宮」に保存することにきめた。
まあこんな感じだったか。間違ってるかもしれない。大事なのは、「他人の脳を子宮で保存すること」この一点だ。
これは、随分ショッキングな想定だと思う。ショッキングであることは大事だ。だって、気持ち悪いでしょ。いくら愛する夫だからって、他人の、脳を、自分の腹に埋め込むなんて。ぶっちゃけキモイ。
でもさでもさ、それは大変素直な感想だけど、でも、考えてみてよ、これって僕たちじゃん。というか、彼女たちじゃない?
女の人は妊娠する。それって極自然で、すばらしいことなんだけど、でも「他人の脳を子宮で保存してる」のは上のことと変わりない。さっきショッキングであることは大事だといった。ショッキングであることがショッキングなんだ。だって、いえないよ。妊娠が気持ち悪いなんて。でも、でも、なんてったってそれは同じことで、だから、やっぱり気持ち悪いんだ。
これに「気づいた」とき俺はなんて非道徳的なんだろうて衝撃と、こんなものを書いたイーガンに尊敬を覚えた。僕の解釈が正しいとは思わないというか、多分間違ってる。つまりよくない解釈なんだけど、でもイーガンすげえって思った。