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2012-02-06

http://anond.hatelabo.jp/20120205211120

被害でも加害でも自然災害場合は仕方ないやってのが日本人メンタリティじゃないのかな。

住んではいけないエリアってさ・・・人間って自然の怖さを忘れちゃうじゃんw

それをいったら高層マンションってどうなんだろう

電気水道ガスなくなってどうやって生きてくんだろう

高層じゃなくても、6階や8階でも買い物がめちゃくちゃつらかったっていってた

って考えると、あまり気にしなくていいんじゃねーの。困ってるなら素直にこれが今困ってますって言ってくれよ

素直に、液状化したエリアって、避ける人はすでに避けてきてるし、地価もさがってるだろうし

行政に期待してはいけないかもしれないけれど、本来は住宅に適した区画かどうかって行政判断があってもいいと思ってる

少し力を抜いて、津波被災してどうやったら生き残れるのか、どうやったら生き残った後、皆が楽しく暮らせそうかなって話を聞かせてくれな

2012-01-18

自分過去を語るとき

自分過去を語るとき

小さな嘘をついてしまうのはその過去自分自分の中で消化しきれてないときだ。

今日もまた小さく嘘をついて、いろいろと話していることに矛盾が出てきて焦った。

嘘がばれるところだった。




要するに俺がどれだけクズかということをありのまま語ればよかったのだが

真実過去クズすぎてそれをそのまま語りだせなかった。

嘘が出てそして矛盾が出た。

焦った。

家に帰ったあともなんかモヤモヤが晴れない。




要するに俺はそのゴミクズとやらを自分の中で消化しきれてない。

そのことは今も何も考えたくない。

ただ今日があるのはあのときがあると言えるにはまだまだ時間と結果が足りない。

俺は今単なるサラリーマンだが

俺はあんなゴミクズの死にかけの過去から奇跡的にサラリーマンになった。

でもまだまだ結果が足りない。

おれはもっともっと上に上ったとき、初めてそのゴミクズ対峙できて

おれは正直におもしろおかしネタ調に自分過去が語れるだろう。

おれはまだまだ結果が足りない。

おれはまだまだ勉強が足りない。

土曜日日曜日勉強して平日は一生懸命限界まで仕事して

子育てもしながらおれはもっともっとにのぼらなくてはいけない。

今の段階ではおれは自分過去に誇りは持てない。

ニートひきこもりヒモ穀潰し高校中退、Fラン大学中退友達0、親戚付き合い0、

親への不義理、実の弟と15年しゃべってない、じいちゃん死んでも葬式出なかった、

奨学金大学入り直したと言ったが本当は親の金、行った旧帝大学院は実はロンダ大学マーチ

バイトをバッくれたこと2回、フリーターだったけど週3くらいであとは親の仕送り彼女の財布。

俺はまだこのゴミクズたちを咀嚼しきれてない。

から俺は上に上に上りたい。

上に上って高見からゴミクズたちを見下ろせばネタにできると思っている。

そして帰り道に高層マンションを見上げてはいつかここに住みたいと思っている。

おれは30になったがまだまだあきらめていない。




おれは自分過去を頑に語りたくない。

おれの原点はあの頃にあるが自分の中では常に対峙しているが

これは語るべきものではなく

この原体験アイデンティティそのもの

からおれは今がんばれるわけで

これは人に見せて聞かせるものではなくて

ましてや飲み屋興味本位に語らされるべきものではなくて

おれはこれから飲み会を断ってでも

このことはまだ話したくなくて

ここが原点となって死ぬほどがんばって

どうしても結果がほしい。

おれはどうしても上りたい。

そこから自分ので中で咀嚼して消化して最後ネタ昇華して自叙伝でも出すか。

最後ふざけてごめん、でもそんなところ。

今は何も語らない。明日仕事がんばるわ。

2011-12-05

億ションと毛玉ジャージ

街のヒエラルキーでいったら、最上級高層マンションが駅前にある。

いつかはそこで暮らしてみたいと思っていた物件だ。

庶民には夢のまた夢だ。



今日は、ドン・キホーテで、日常品の買い物をしてきたんだ。ちょっとした食べ物トイレットペーパーだ。

レジで並んでいるとき、毛玉のついたジャージを着た夫婦らしき人が前にいた。

並んでいるときは、気にしていなかったのだが、ふと気が付くとお店を出てからしばらくして、その夫婦の後ろを歩いていることに気が付いた。

帰る方向が同じようだ。

ドン・キホーテの黄色い袋を両手に持った夫婦は、どこに住んでいるんだろう。

服装から想像できるようなところに住んでいるんだろうなと勝手妄想していた。

しかし、この妄想はあっさりと裏切られて、私の夢は一気に崩れた。

毛玉ジャージ夫婦は、冒頭に述べた最上級高層マンション入り口に消えていったのだった。

あれだけの億ションに住んでも、ジャージドンキなんだ。デパートでお買い物ではないのか。

そんな生活はうわべだけであって、所詮人間が食べるものなんて大した差はなく、服としてはジャージが一番楽なのだ

ビル・ゲイツ氏は、

君が食べるマックハンバーガーとぼくが食べるそれは同じものではないか

と、言ったとか。

億ションビルさんのプライベートも知らない私がいうのもなんだが、

あらゆるものから見栄を取り除いてしまうと、人間が営む生活なんて大して変わらないのかもしれない。

2011-06-17

ヨガやってみたい

うちの高層マンションにもヨガ教室が入ったけど、女性向けっぽい。

男性でも参加できるガチっぽいヨガ教室、都内にないかなぁ。

目標は腕を伸ばしたり火を噴いたりすること。

2011-05-12

当事者意識

原発関連の話題になると必ず出てくる「こども」の話。

自分乳幼児の親で都内住みだが、この「こども」ということばが、どこかで逃げ口上として使われてないか?と最近疑問に思う。



普通に生活するには、放射線量も問題ないレベル。でも小さい『こども』のいる家庭は気をつけて生活したほうがいい。」

自分普通に生活しているけど、小さい『こども』のいる家庭はホント大変だろうなあ。」

自分独身だし『こども』もいない。本当によかった。」

結婚してるけど『こども』はいないし、この先も作るつもりはない。だってこんな時代に『こども』なんか持たないほうがいいじゃんJK




結構普通に耳にすることばだ。

『こども』とさえ関わってなければ、自分当事者じゃない、って言いたいようなことばに聞こえる。



妊娠中の女性、あと小さい子供のいる家庭は気をつけて生活すべし」みたいな但し書き、原発関連の情報でよく見るけど。

気をつけるってどの程度のこと?

マスクをさせたり、外遊びをさせないとか言うレベル

食事に気を遣うとか?

そうじゃなくて、西のほうに逃げろとか?

どこまですればいいのかはほとんど書いていないんだよね。親の責任ってことなのか。



親の立場だってそうだ。

「うちの子はマスクさせてます。させてない親ってなんなんですか?イライラします。」とか

「妻子は西に避難させてます。親として当然のことです」とか、

自分のところは』こんなに頑張ってますアピール合戦みたいになってる。頑張ってるから当事者じゃないって感じになってるようにも見える。



一方で、「当事者であることを否定されたりすることもある。


どこかのお偉いさんが、

東京人は、原発電気を使っていたのに被害もこうむらず、水や食べ物の心配ばかりしている。被災地はもっと大変だ」と語ったと言う。

とあるブログでは、

東京の親は完全に原発事故なんて他人事高層マンションの上から田舎の出来事だと思ってほくそえんで見ているだけ。」

なんて極端な意見も見た。

自粛ムード漂った時には、

自粛ってなんだよ。東京被災者ぶるな、経済を回せ!」

みたいな意見をもらったこともある。



自分は、この二ヶ月、この地震における「当事者意識」をどこにおいたらいいか、ずっと悩んでいたし、今も悩んでいる。

東京が汚染地域だなんて十分に理解しているし、だからさいこどもを持つ親として出来ることをするだけ。



でも、親でも親じゃなくても、関東民じゃなくてもそうじゃなくても、その「自分に出来ること」をやっている人を意見したり、批判したりはどうかと思う。

「何で避難しない?避難させない?」

「何でマスクさせない?」

「何で外国行かない?」

なんて、もはや個人のものさしで決められていると思う。自分がどうしたいか、どうするか。ただそれだけだと思う。



憎むべきは、何を信じ、どう行動するかを個人の責任にすべて委ね、はっきりとした判断をしない国の方針だと思っている。

道を指し示して欲しいなんて、そんな甘いことを求めてるんじゃない。

自分がどう動くか決めるには、あまりに情報が少なすぎるし、正確な調査もなされていない。判断する材料が、全く与えられないから苦しいんだ。



本当に、「こども」のことはその親がすべて責任を負うべきなのか。

将来のこどもの姿は、その親の責任なのか?

当事者意識って、なんだろうなぁ、と漠然と考えたりする。

2011-02-15

http://anond.hatelabo.jp/20110215174709

から一戸建てをつぶして公園にして、高層マンションに集約すべきと書いているのだが

別に戸数は減らせばよし。

東京はもっと高層化するべき

東京公園を増やすためには、東京をもっと高層化するべき

なぜ東京には公園が少ないか

東京には公園があまりありません。

東京都 5.3m2/人、

ソウル 14.9 m2/人

NY 23.2 m2/人

パリ 10.2 m2/人

ベルリン 29.5 m2/人

モスクワ 7.3km2/人

ソース:世界の中の東京東京都環境局) http://www.kankyo.metro.tokyo.jp/attachement/1-1.pdf

さらに、23区に限ると、さらに低くなります

東京都23区 2.96m2/人

ソース:東京都建設http://www.kensetsu.metro.tokyo.jp/kouen/kouenannai/image/22menseki.pdf

しかしながら、東京は狭い、というのは数字の上では間違いです。

むしろ、平面的な広がりでは、世界の中でも広い方で、現に人口密度でも、世界大都市の中では、むしろかなり低いほうです

(上記6都市の中でも、東京は下から2番目)

その上に、東京土地使用においては、住宅の占める比率はむしろ他の都市に比べても高い方です

それにも関わらず、一人当り公園面積が小さく、住宅は狭く感じるのは、なぜなのでしょうか。

それは、「低層の建物が多いから」です。特に、「低層住宅が多いから」です

森ビルHPによると、東京23区の平均の容積率は、僅か131%です

また、いか東京に低層の建物が多く、公園が少ないかGoogleマップでも確認できます

東京: http://goo.gl/maps/bm2N

ソウル: http://goo.gl/maps/mOc0

NY: http://goo.gl/maps/qV3H

パリ: http://goo.gl/maps/OGGn

ベルリン: http://goo.gl/maps/CvrH

シンガポール: http://goo.gl/maps/EUQR

他の都市では、航空写真で見ても、この縮尺でも確認できる建物が多いですが、東京では、新宿近辺などを除き、この縮尺で確認できないような小さい建物が広がっています。このような低層住宅が広がるのが東京の特徴と言えます

しかし、このような低層住宅が延々と広がることは、それほど良いものなのでしょうか。

低層住宅といえば聞こえはいいが、しかし、東京の低層住宅というのは、私には良いものだとは思えません。

庭などはほとんどなく、1階の日当たりもほとんどない。また、建蔽率が50%であっても、建物の他の敷地はほとんど駐車場…一般的な東京の低層住宅街と言うのは、このようなものではないでしょうか。

そうではないという人は、高い家賃を払っているか、駅からいか、あるいは、郊外に住んでいるような人でしょう。

日本地震であるため、高層建築が発達せず、多くの床面積を作るためには、平面的に広がるという方法を選択してきましたしかし、地震に強い建築確立されつつある今、もはや、僅かな人数しか居住させられないいにも関わらず土地を占有する低層住宅は最早害悪以外の何ものでもないような気がします。

少なくとも、狭い土地建っている木造3階の一戸建てなんかは、床面積に占める階段の比率が多くなってしまい、非効率この上ないのではないでしょうか。

加えて、平面的に広がる住宅街は、通勤時間を長いものにしてしまいます(家は駅から遠くなり、また、電車による移動時間も長くなります)。これらは、余暇時間家族時間の減少に繋がっていきます

東京は高層化さえできれば、広く、駅から近く、また職場にも近いゆとりのある住環境提供できるポテンシャルを持っているはずです

高層マンションに反対している人は、狭い家とか、駅から長い時間歩くとか、また長い時間電車に乗ってるのが好きか、ただゴネ得を狙ってるとしか思えません。

高層ビル景観を壊すとか言ってる人は、公園も庭もない家が延々と続く景観が好きという奇特な方なのでしょう。

シンガポールなんかは、東京より多い人口密度(6283人/km2)でありながら、緑が多くて「ガーデンシティ」なんて言われています。

それは長期的視点に立った高層化とオープンスペースのメリハリある配置によるものです

21世紀都市競争と言われていますが、東京はもっと高層化して、オープンスペースを作らないといけないと思います。

2010-12-09

公共的論理とは

東浩紀Twitterつぶやく「公共的論理」とはなんなのだろう。

以下思考実験

景観のいい自然風景のど真ん中に高層マンション建築の計画が上がっている。


この事例において、公共的論理、とはいかなものを指すのだろうか。

想定される論理

さて、上に挙げたものは「公共的論理」と呼べるだろうか?

上に挙げたものでないならば、今回の事例でどのような論理が「公共的」なものとされるべきか。

2010-12-07

http://anond.hatelabo.jp/20101207184344

まさにその東京の東側(日暮里)が地元なんだけど、ごく最近高層マンション建ちまくりで個人的に寂しい感じだよ。路地裏の駄菓子問屋とかがビルテナントに変わっちゃってたりするんだぜ?

同じように、南千住地区ショッピングモールっぽいものができたりマンションタケノコのように生えてきたり、急に景色変わりすぎ。越してくる奴らは、ここいらが下町だって理解してなさそう。

というわけで、まだまだ東京進化し続けるらしいぞ。

http://anond.hatelabo.jp/20101207183940

東京はもっと高層化するべきだよな…特に東側。

たまたま昔から住んでたというだけで、何の取り得もないのに23区のいい場所でウハウハしてる奴が多すぎる。

まとめてぶっ潰して高層マンション建てればいい。元々住んでた奴には1室ずつ与えとけばいいだろう。

http://anond.hatelabo.jp/20101207175537

皆今買ったマンション20年後も住み続けてるに決まってるだろw

なんとかニュータウンの末路みたいなもので、老人だらけの古い高層マンションとか山ほど出現するんだろうな。

建替えようとしても費用出せない人が同意しないから建替えられず、

金のある層は他に引っ越し、引っ越せないような人だけが老朽化したマンションに無理矢理住み続けると。

http://anond.hatelabo.jp/20101207175537

いや、もう23区は開発がほぼ済んじゃった。再開発するまでに、あと四半世紀は熟成させないと。団地潰して、とかね。

これからは郊外小手指とか住友西武系が高層マンション建設してるよ。

http://anond.hatelabo.jp/20101207175118

都市機能舐めんな。

そういうような無収入者は全員江東区とか足立区かに押し込めて、一部のエリートだけが港区とかの高層マンションに住むように自然と区分けされていくんだよ。

ちゃんと設計してる。角度とか。

2010-10-23

ヒキ歴3年の俺が外出してみた

事情電車に乗って外出をすることになった。

俺が引きこもってる間、駅周辺の大規模な再開発があって、ヒキの俺は当然そんなことも知らず。

数年前までは昭和って感じの個人商店が並んでた一角高層マンションが乱立していて

高校生の頃は毎日通ってたその駅はモダンでオシャレな駅へと変貌してた。


まるで浦島太郎のような気分だった。

時代の変化の速度が怖かった

2010-09-28

隣人が孤独死しているかもしれない時どうすればいい?

窓のないトイレ風呂場にかすかな異臭が漂っていると気づいたのは一昨日のことだ。

いや、トイレで異臭がしても全然おかしくないのだが、下水や排泄物吐瀉物の臭いではない。

牛肉の腐った臭いだ。

臭いは昨日今日と強まって耐え難いほどになりつつある。

で、肉の腐臭の強まっていく理由が牛とは限らないことにさっき気づいた。



臭気は換気扇から漂っているように感じられる。

ゴミ箱には何もない。下水から立ち上っているようでもない。

隣人といったが、高層マンションなので横ではなく上下階のどこかからの臭い。



ただ、向かいの棟で夏に孤独死が発生したので、ちょっと連想が働きすぎているかもしれない。

上下階と繋がったマンションの換気扇から漂う肉の腐臭が強まってきている」

これで実際孤独死の可能性はあるだろうか、考えすぎだろうか。

人が倒れてこの臭いに繋がっているならどうせ助からないので、今すぐ各戸訪問して回る気はないが。

2010-07-20

http://anond.hatelabo.jp/20100720015508

俺、Gが嫌で、実家出てから高層マンションしか住んだことがないくらい苦手な人なんだけど、もう日本では外食しないことにするわw

外食産業には悪いが、情報サンクス

2010-06-29

http://anond.hatelabo.jp/20100629085114

うちの地元には、まさにその都会の感覚で「駅から15分の好立地!」と銘打って、20階くらいある高層マンションがたった。

案の定空室だらけだ。15分なんてのは、車社会では遠い部類に入る。バスタクシー自転車を使う距離になる。車だったら自宅の玄関前から目的地の入口前まで直接移動できるんだ。わざわざ遠いところに車を止めて歩く人はいないので、徒歩を許容する距離はとても短くなる。15分も歩く人はいない。

そもそも周りの建物はすべてせいぜい4階建てである。もっと近いところに空き地も少なくないのに、なんであんな遠いところにわざわざ、と話題になった。

おおかた、東京不動産屋が、ろくに現地を理解せず、都会の感覚のまま地図だけ見て好立地だと判断し、建てたのだろう。

2010-02-25

ラジオリテラシー行政は関与すべき?

http://blog.livedoor.jp/kensuu/archives/51008538.html

>とある超有名な広告代理店内定が決まっている学生さんの一言にびっくりしちゃいました。

>「ラジオってどう聴くんですか?」

>そこの場にいた20代後半~30代後半の人たちは「いやいや、それはちょっと」

>と思ったのですが、周りの学生も「知らない」と口々に。

>これは衝撃的で。

ジェネレーションギャップなのかなあ、と思って、帰ってからオフィスの同じ歳の

>28歳女子に「ラジオの聴き方しらない世代が出てきてたよ・・・」と聞いたら、一言。

>「ラジオって無料で聴けるの?」

>その子も聴き方がわからない、とのことでした。これもびっくり。

(中略)

>だいたい30人くらいの学生さんとかに聞いてみたんですが、

>まあ、「ほとんど知らない」という感触でした。

そもそもラジオ受信機を見たことがない、という若者が多い。

ラジカセって、もう20年以上前の遺物でしょうね。

ケータイラジオ受信ができる機種ってあるんですかね?

ラジオを聴いたことがない、という若者の中では、

・そもそも、無料で聞けるということを知らない。

 (有線放送と勘違いしている人が結構いるのでは?)

・受信機があっても、「ダイヤルを回して周波数を合わせる」という作業を知らない、

 あるいは「難しい」と思っている。

 (テレビリモコンで最初から設定されているのが「当たり前」と思っている。

  特にVHF波の関東在住者は、UHFダイヤルで合わせることを知らない)

ということで「難しい」と思っているらしい。

また、「クルマに乗っていたら聞くでしょう?」という反論が地方在住者からあるようだが、

・都内在住者はそもそも滅多にクルマに乗らない。

若者は幼少時に親のクルマラジオを聞かされていたのかもしれないが、

 当時の方法を覚えていない。

・親によっては、カーナビラジオじゃなくDVDを見せたり、CDを聞かせたりしているケースがある。

 うちもそうです・・・

ということなので、都内在住の若者に対しては「クルマで聞いているでしょ?」という反論は通用しない。

加えて、都内の「電波事情」では、

RC造マンション内で、AMラジオを聴くのが難しい」という「ラジオ難民問題」が被さってくる。

http://www.business-i.jp/news/special-page/ronfu/200910210005o.nwc

都心にある高層マンションの室内でラジオスイッチを入れると、雑音ばかり。

>FM放送はなんとか受信できたが、AM放送は窓際やベランダでやっと聞こえてきた。

最近高層マンションビルラジオの受信状況を調べている。

ラジオが聞こえない高層階という空間に多くの市民は生活し、働いている実態が分かってきた。

東京名古屋大阪など大都市が巨大地震に遭遇すると、

>乱立する高層のマンションビルでは、「高層難民」という過去経験したことがない

>新しい災害が発生する、と筆者は警告してきた。

>実は、すでに平時から「ラジオ難民」が発生しており、災害時の有効な情報収集手段である

ラジオを活用できない。

>加えて、近年整備が進む地下鉄や地下街など増殖する地下空間でも、一部を除いてラジオが聞こえない。

つまり、東京住民のラジオ事情は、

若者を中心として、ラジオという媒体を使える能力がない」

ラジオリテラシーの欠如)

という問題と、

ラジオリテラシーがあったとしても、そもそも受信できない」

という二重苦の状況にあるといえる。

これに対して、日本防災行政は、

「大震災発生時は、まずラジオ情報収集」を進めているが、都内若者のこの惨状からすれば、

「極めて憂慮すべき状況」と言えるのではないか?

災害時に、ライフラインとしてラジオを有効に機能させるには、

1.RC造マンションにおけるラジオの受信状況の改善策を地道に行なう

2.その上で、ラジオ受信機能の付いた家電を普及させる。

  手っ取り早いのは、携帯全機種にラジオ受信機能を義務付ける。

3.その上で、定期的に、「ラジオの使い方」を若者レクチャーする。

という3対策を早急に行なわないとダメだ。

2009-07-19

弟の相談を笑っていたら死にやがったw

2年前、弟が自分マンション風呂場で死んだ。死亡診断書によると心筋梗塞だった。もともと心臓が弱かったらしい。

先月、父親の納骨に京都の墓にいった。弟の骨を入れた袋は、去年、納骨したばかりだったので、まだ、新しかった。

父親と弟は仲が悪かった。父親は飲んだくれで、昔、酔っぱらって自動車に轢かれたことがあった。警察から電話があってお宅の御主人が道で酔っぱらって道に倒れていますので救急車を呼んでおきましたと連絡があった。後日、近所のひとにきいたら、確かにその夜パトカーがその付近にとまっていたらしい。救急車が運んだ病院で父親は服を脱がされると、身体にはタイヤの跡がついていた。事故証明かなんかをもらおうと警察に連絡すると、その夜、だれも酔っぱらいを発見して救急車を呼んだ警官なんていないといわれた。そんなことがあれば必ず記録には残るそうだ。だれが父親を轢いたのかは謎のまま残った。

アル中気味の父親は家庭では尊敬されていなかった。妹や弟から馬鹿にされても父親は特にプライドがないのかいつも笑ってごまかしていた。

弟は難産だった。母親医者出産するとあなたは死ぬから子供は堕ろすようにといわれたそうだ。母親子供を産んで死ぬのは親の本望だといって無理矢理に弟を産んだ。帝王切開だった。

どちらかは死ぬはずだった母と弟はともに生き残った。

母親占い師にいわれたそうだが、弟の運命は僕を助けることだそうだ。

なので、ぼくはいつか弟は僕を助けてくれるんだろうとなんとなく昔から信じていた。

人付き合いが苦手な僕と違って、弟は社交的だった。中学時代から彼女はいたし、友達も多かった。

そんなにレベルの高い大学にはいけなかったが、楽しそうに生きていた。

僕は社会人になって27歳のときに勤めていた会社倒産してヘッドハントとかされなかったのでやむなく仲間を集めて会社をつくった。

何年かして会社もなんとか軌道にのったあたりで弟が相談をしてきた。弟は大学卒業した後、デジタルハリウッドにいってCG勉強したらしい。友達と一緒に大阪の大手ゲーム会社の下請けの仕事をしたいんだという。ただ、仕事を貰えると決まった訳じゃなくて、まず、タダで仕事をして、能力を認められたら、きちんと発注してくれるらしいので、そしたら、弟の友達は会社をつくるという。で、弟はそこで働きたいそうだ。すごいチャンスだと思うと弟は熱心に説明した。

ちょうど、その数ヶ月前のことだが、ある別の大手ゲーム会社の重役に挨拶にいったことがある。そのときにこれからなにをしたいんだと尋ねられた。僕はネットゲームシステム開発会社として日本一会社になりたいと答えた。それってようするに下請けだろ、と目の前の重役にいわれた。下請けというと、つまりゴミだ、おまえはゴミになりたいのか、と重ねて尋ねられた。もっと目標を高くもて、コンテンツ世界自分コンテンツをつくらないと一人前じゃないと説教された。

そのことがすごく頭に残っていたので、僕も弟に同じことをいった。お前が掴もうとしているのはゴミになる大チャンスだ、と責めた。しかもゴミの一番下っ端になりたいのかと問い詰めた。

結局、弟は夢をあきらめて上京した。

何年かして僕の会社の取引先のひとつに弟は就職した。僕は縁故とかはあまり弟のためによくないと思っていたので、1年間勉強して、他の会社に移れといった。

しかし、2年たっても3年たっても弟は同じ会社にいた。

すくなくとも僕の前では、弟は仕事についてはあんまり自信がなさそうに見えた。でもプライベートでは友達も多く面倒見もよかったらしい。

ある日、弟に相談をされた。鬱病の友達がいて、頼られていて、ずっと相談にのっていた。1週間以上も家に泊まったこともあったらしい。ずっと話をきいていてあげたら、元気になったといって自宅にかえっていったんだが、すぐにその夜に、また、相談にのってほしいと電話があったので、いいかげんにしてくれと思って断ったそうだ。そうしたら、結局、友達じゃなかったんだね。これまでありがとう、恨んでないから、といわれて電話を切られたそうだ。その友達はその晩に自殺した。弟は自分のせいで友達は死んだと責任を感じているようだった。

僕はこれは笑い飛ばしたほうがいいと思って、たいしたことじゃないじゃん、しょうがないといって、あまりとりあわないことにした。

弟は不満げだったが、僕はこういうのは思い詰めるのはよくない、と思った。

そんな相談されたことも忘れたある日、僕は弟が勤めている会社取締役と話をしていた。弟は結構会社では戦力として活躍しているそうだった。ただ、勘違いをする癖があって、ある時、社内で弟が、僕は一番重要な取引先の代表取締役の弟なんだから、それを生かして自分にしかできない調整をやるのが自分の使命だ、とか言い出したことがあるらしい。そのときは勘違いするな、生意気なことをいうな、と散々説教したそうだ。しばらくそんなことはいわなかったらしいが、おととい、また、飲み会のときに、ぼくがいなくなったら、みんな困りますよね、とか言い出したらしい。最近仕事ができるようになったからといって、また、生意気なことをいいはじめたと、みんなでよってたかって虐めたそうだ。一人前になったのなら、最初の予定どおりに独立するなり、別の会社転職すればいい。

おとといは遅くまでのみすぎたせいか、昨日から、弟は連絡もなしに会社を休んでいた。今日もきていないらしい。

弟は父親は嫌いだったが、母親は大好きでしょっちゅう母親とは会っていたし、頻繁に連絡をとっていた。

その夜、母親が弟といっこうに連絡がつかないことを怪しんで騒ぎはじめた。弟のマンションは僕のマンションのすぐ近くだったが、いったことがなかった。夜中だったので、どのマンションかどうしてもわからず管理人のひともいなかったので、その夜は諦めた。

ふてくされて部屋にひきこもっているんだったら、明日でも一緒だし、そうじゃなかったら、たぶん、もう…、おそい、となんとなく予感した。

翌日、会社会議にでていたら、弟の自宅にいった母親から携帯電話があった。会議中だったが、電話にでた。携帯電話からは、僕の名前を絶叫する母親の声がきこえた。

弟のマンションの部屋には鍵がかかっていなかった。見つけて欲しかったのだろう。弟の死体母親が浴室で発見した。

弟の死因は死亡診断書によると心筋梗塞だ。もともと心臓が弱かったから寿命だったに違いない。

弟とはほとんど話をしたことがなかった。僕は弟のプライベートはまったくしらない。部屋には僕の知らない弟の趣味のものがあふれていた。母親はいろいろ知っているようだった。

母親も弟から友達の自殺の話を何度も相談されていたらしい。不幸にはなりたくない、でも幸せになるのもいやだ。弟はそういっていたそうだ。

台所に楽天の箱があり、中身を見ると練炭だった。期日指定配達で、ちょうど弟が死んだ3日前に届けられていた。

調べてはいないが、一年前に死んだ友達の命日なんだろうと思う。

弟が死んだ夜は東京台風がきていて記録的な暴風雨がふきあれていた。その日の昼間には、権利者団体との和解後、暴騰をつづけていた僕の会社株価が、その月に三度目となるストップ高記録していた。

弟は服を着たまiPodだけもって浴室にはいった。窓とドアに目張りして明かりを消した浴室の中で、弟はなにを考えながら死を待っていたのか。コブクロからはじまっていた最後のプレイリストは、いったいどの曲まで聴いたところで、弟は息絶えたのか。

葬式は身内だけでやるつもりで、まわりに連絡はしなかったが、弟の勤務先にはそうもいかず、ぼくの素性をしった葬儀屋の薦める最低限の告別式は、ずいぶんと派手になった。弟は来週から出向する予定だった会社副社長通夜にも告別式にもきてくれた。嬉しかった。

弟の死で僕の家族の生活は一変した。結束は強くなったと思う。父親ははじめて酒をやめた。そのつぎの正月ゴールデンウィークにもひさびさに家族が集まって海外旅行にいった。

父親と母親は弟の死を弔うために四国八十八寺のお遍路参りをはじめた。乗り物は使わずに歩いてまわった。さすがに一度にまわるのは老人の足には無理で、2泊3日の旅をなんども繰り返した。徳島県からはじめて高知県の最後の難所の足摺岬をまわったところで、父親は何をおもったのか、帰りに高野山によった。

あとでわかったが、お遍路を全部まわったら、高野山に報告にいくものらしい。徳島高知を終わったわけだから、ちょうど半分のところで最後のゴールにいってしまったことになる。母親はせっかちな父親らしいと笑っていた。

足に疲労がたまったのだろう、東京にもどってきた母親が駅で転倒して、足首を骨折した。

母親入院したので、父親は僕が両親用に買った高層マンション最上階の部屋でひとりで生活することになった。父親は入院している母親にぐちをこぼしていたらしい。早く退院してほしい、あの家はひとりだと広すぎるんや、弟の幽霊が現れて、こわいんや。

父親はやめていた酒をまた飲み始めていた。

ある日、母親から携帯電話があって、父親が連絡つかないから家を見にいってほしいといわれた。またかと思った。

家の扉に鍵はかかっておらず、家中を探すと、父親は浴室で溺れていた。鼻まで水に浸かっていたので生きていないことはすぐにわかった。

入院中の母親車椅子のまま、家にやってきた。

父親は酔っぱらって溺れたのだろう。ちょっとだけ苦しそうな表情をしていたが、幸せそうな顔だ、と母親に告げたが、けっして遺体をみようとはしなかった。

きっと弟の死を発見したときの光景が目に焼き付いていて、そんな思い出を増やしたくないのだろう。僕も父親の死体を見つけたときの記憶はあまりにも強烈で、きっと死ぬまで忘れることはできないと思う。

父親が死んだのを発見した翌日には、JCBホール会社の大きな発表会があった。父親の葬儀はその翌日になったので、やることもそんなにはなかったから発表会の現場には行った。葬儀屋一年前と同じで、僕も葬儀屋も慣れていた。

葬儀が終わってから、僕はいつものさぼり癖が出てきて、会社へはほとんどいかなくなり、ずっと母親と一緒に暮らした。

なんのために会社をつくってがんばってきたんだろうと僕は思う。

会社をつくるときの資本金は親が出した。僕は貯金は1円もなかったからだ。後で聴くと、それは妹の結婚資金だった。米国親会社倒産したときには、倒産した親会社の持ち分を減らして独立した日本会社にするために増資をした。僕が買い増した株の代金は、父親の退職金だった。父親は某大手スーパー子会社で経理をやっていて、定年まであと2年あったが、父親の退職金が必要だったので辞めてもらった。僕の会社には経理の経験者もいなかったので経理もやってほしかったというのもある。

父親が30年以上勤務して、最後に得た退職金は、僕の会社の3ヶ月分の運転資金となって消えた。

僕の人生の中で後悔している最悪の決断会社をつくったことだ。僕は人生最大のギャンブル家族と両親の人生そのものに等しいお金を賭けて勝負した。本当は賭けていいようなお金ではなかった。本当はやっていけないギャンブルだった。

結局のところ、僕の会社は数年後に上場を果たしたから、賭けには勝ったことになるのだろう。だからといって卑怯なギャンブルの罪が消えるわけではない。起業した時に、結果的に成功するまでの道筋は、僕にはまったく読めていなかった。

会社をつくってまもなく僕は自分の判断の間違いに気づいた。生まれてこのかた好きなことしかやらず、努力なんてしなかった僕は、なにかを成し遂げるためではなく、会社をつぶさないためだけに睡眠時間も削って働いた。

自分ひとりのことだったら、どこかで投げ出して逃げていたと思う。でも、僕が失敗したあとの両親の悲惨な老後を考えるとできなかった。会社をつくったときに万が一失敗したときにだれにも迷惑がかからないように相棒と一緒に生命保険を掛けた。最初、1億円で翌年は2億円に増やした。日本では会社が大きくなればなるほど、借金リスクも増えていく仕組みになっている。勝負に勝っても、そのままダブルアップで賭けつづけることを強制されているギャンブルのようなものだ。2億円あっても全然、会社を整理するには全然足らない規模に成長したため、上場できるか、できなければ、いずれ一家で破滅するか、そういうゲームになった。

上場の準備を進める中で、父親は仕事を外された。創業者の近親者が経理をやっているのはまずいと証券会社に指摘されたからだ。定年間際まで勤めた会社を辞めて息子の会社を手伝い資金まで提供した父親は息子の会社で居場所を失った。父親が勤めていた某大手スーパーは、いくつかの同族企業合併してできた企業派閥争いが絶えなかった。どこの派閥にも属さない父親はずいぶんと嫌な思いをたくさんしてきたようだ。ずっと傍流で冷や飯ぐらいだったサラリーマン人生の最後で、父親はやっと息子の会社で念願だったろう主流派の一員に加わることができた。それも長くはつづかなかったわけだ。

後ろ盾のいないサラリーマン人生で父親はきっと言い訳ばっかりさせられていたのだと思う。父親の話には論理的に一貫しておらず何を説明しているのか要領を得ないところがあった。能力的にもいまの会社にはふさわしくないと僕は判断し、父親を切ることに同意した。

父親はよっぽど仕事をしたかったのだと思う。やるべき仕事がなくなっても、一所懸命自分データを集めてつくった会社資金繰り表や損益計算書を僕のところにもってきては、会社問題点を指摘しようとした。

僕は、もうそんなことはしなくていいと、父親がつくった資料もろくろく見ないで突き返した。

1年、2年たつと諦めて、会社にもあまりこなくなった。暇をつくるのが怖いのかのように隙間無くカレンダー母親との旅行の予定で埋めた。

会社にあまりこなくなってからも母親には仕事への未練を話していたらしい。息子のために自分会社に必要だから、また仕事をしようと思うと定期的に言い出す父親を、そのたびに母親は、もうやめなさい、と諫めていたそうだ。

お金の心配はせんでようなったけど、あんま幸せにはなれんなあと、ことあるごとに父親は愚痴をこぼしていたらしい。

弟と父が死んで、母親と暮らすようになって、そういう話を何度も僕はきいた。

僕は両親の人生を担保にしてゲームをして、そして勝った。勝利の証しとして得た報酬はそういう現実だったらしい。

何のために生きているのか、何のために頑張って仕事をしているのか、自分自身のことだけでいえば、死ぬまでのたんなる暇つぶしだ。別になにか世の中を変えようとか、大きなことをしたいという使命感なんてない。ただ、僕のまわりにいる好きなひとたちが、僕を必要としてくれているから、自分ができる芸を精一杯見せているにすぎない。

僕の望みは、まわりにいるひとたちの幸せのなかで生きたいということだけだ。

でも、僕の一番の身内のふたりは死んだ。あまり幸福にはできないまま死んでしまった。

僕には他人を観察してすぐに値踏みしたがる癖がある。子供の頃から父親や弟と自分がどっちが優れているかを何度も値踏みした。最終的には大差ないという結論をだした。僕もだらしない父親が嫌いだったが、同じ部分は僕にもあり、父親と同じ人生を生きていたらやはり同じようになっただろう。弟も同じで頭の回転も似たようなもんだった。弟も「自分と兄は得意なものが違う。勉強は兄よりもできないがプライベートでは自分のほうが上だ」と高校の時ぐらいからいっていた。僕もそのとおりだと思う。そもそも人間なんて環境がつくるものだ。本来の素質に意味ある優劣なんてさほどない。

でも、現実世界では、僕は弟の相談は上から目線で笑い飛ばし、父親の仕事は奪った。


弟のことはあまりにも知らなすぎた。何を考えて、何が好きだったのか、何をしたかったのか。

本当に死ぬしかなかったのか。たとえ時計の針をもどせても、なにをすればよかったのかまったく想像はつかない。

人付き合いは弟のほうがよっぽどうまかった。死を選んだ人間が最後の相談相手として選んだほど弟は信頼されていた。過去にもどれたとしても僕が弟に与えてやれるとしたら、仕事アドバイスお金だけだ。弟はブランド品が好きだったし、きっと僕なんかよりも贅沢なお金の使い方はしっていただろう。人間ダメになると母親は僕が弟や妹にお金を渡すことは許さなかったが、金まみれにしてダメ人間になっても生きていてくれるのならそのほうがよかった。そんな貧しい後悔しか僕には思いつかない。

母親は命をかけて弟を産んだ。占い師は、将来、兄を助けるのが弟の運命だと予言した。弟の存在は僕にとってなんだったのか。補佐してくれるんじゃなかったのか。

弟が死によって、僕を助けるのであったとしたら、そして、僕の仕事が世の中にとって意味があるものだとしたら、きっと僕は弟の死に触発されてなにかをしないといけないのだろうと思う。

父や弟には幸せな居場所を与えることはできなかったが、僕の仕事でたとえ赤の他人であっても、よりどころになる居場所をつくることができるなら、多少は心が救われる。

弟が死んだとき、親戚は、このことはあまり話さない方がいいと助言してくれた。話すべきことじゃないといわれた。

でも、たんなる感傷にすぎないのかもしれないが、僕のことをしっていてくれたり、僕の仕事を評価してくれているひとには父と弟のことを話したいと思った。そうして、このエントリをいま書いている。

死なんてものは世の中にありふれている。僕にとって特別なふたつの死も他人には関係のないはなしだ。

父と弟の話を書いても、ネットの中に埋もれて、僕のまわりのひとすら見つけられないのはさみしい。そう思って2ヶ月ほど前にブログをはじめた。僕に少しでも関心をもってもらえそうな話なんて、あたりまえだが仕事しかない。そもそも仕事の話以外に自分にはとりえもなければ、価値もない。弟のいうとうりだ。父親の納骨で区切りをつけてこのエントリをあげるつもりだったが、ブログに予定外の反響があったことや、僕自身のためらいもあって、それから1ヶ月以上たってしまった。


結局、いろいろ手垢のついてしまったブログに書くのも違うと思って増田にしました。

僕の仕事に興味があってブログを見に来ていたみなさん、最後にこんな文章を読ませてしまってすみません。でも、これが僕が聞いてもらいたかった話です。

最後まで読んでいただいて本当にありがとうございました

2009-04-19

http://anond.hatelabo.jp/20090419151156

逆に土地の値段下げて高層マンションを作りまくればいいんじゃねーかと思うんだが。通勤は徒歩で。

昔の人はそんな予想をしたんだよなーなんてことを思った。SF世界現実になったらわくてかすぎる。

2009-01-15

http://anond.hatelabo.jp/20090115145958

と言っても都心の高密度化には自ずと限界が出てきてるだろ。

それが

都心回帰ってのがここ数年の不動産業界トレンド

今でも湾岸高層マンションがぽこぽこ建設中なんだな。

都心の高密度化に限界はあっても少子化の進行速度の方が速いし

スーパーマンションが一体化した物件による

「移動しなくても生活ができる」ってスタイルが広がりつつある。


もちろん日本人全員を収容できる規模にはならんだろうがね

2009-01-06

http://anond.hatelabo.jp/20090106112140

自分の妻は都内のそれなりの大学卒で24歳で自分結婚

彼女が30歳まで共働きをして2000万ぐらい貯金して、出産を期に退職

都内の高層マンションを購入して優雅に育児して楽しそうだけど。

ええ、まあ自慢です。

2008-06-17

数ヶ月間日雇いだけで生活していたことがある。あの空間は異常だった。

時間勤務で八千円程度の仕事を二連続、下手したら三連続とか入れる癖に、

パチンコ千円札突っ込み続けることを全く疑問と思っていない人たちが居た。

そしてタバコを日に一箱吸い、酒を飲み、一食(コンビニ)で千円使うことを何とも思わない。

そして宿がないため派遣事務所の床で寝る。

将来に対してまともな計画を持っている人間は一人もいなかった。

 

 

肉体労働者が必要なのはわかる。

ビル解体したときの瓦礫を運ぶ人間が、必要なのはわかる。

高層マンション内装を、一階から階段で上げる仕事など普通内装屋がやるわけがない。

日に三件も回らなければいけない引っ越し屋が、社員だけですべてを回していくのは不可能だろう。

広大な倉庫で、無数の商品を、一つ一つ宛先に合わせて詰める作業は、未だ機械が代わってくれるものではない。

一晩で設営しなければならないイベント会場で、深夜働きづめでスケジュールを合わせるには人手が必要だ。

 

それら全ては、現実的にも誰かがやらねばいけない仕事だ。

そしてそれらは、今現在日雇い派遣労働者によって支えられている。

 

だがそんな劣悪な環境に慣れてしまった底辺労働者たちは、境遇の改善などを求めていない。

意外に思われるかもしれない。

他人から見たら底辺の彼らが望むもの、それは目先の一万円だ。

その金で安い風俗に行くのだ。それしか望んでいない。

本気で境遇を脱したかったら、半年で離脱できる道はある。

 

今、日雇い派遣規制するなんて案が出ている。

下らない。

だいたい二重派遣なんてどこでもやっている。

それに何か規制したところで誰かがやらなければいけない仕事だ。

まだ現実的に移民には任せられ無いだろう。いろんな意味で。

 

そして、ネットカフェ難民などという単語も発明された。

確かにそういった人間は居る。

だが俺の居た事務所ではネットカフェではなく派遣事務所に泊まっている輩の方が多かった。

ネットカフェには、シャワーだけ浴びに行くのだと言っていた。

 

そして俺は数ヶ月間一緒に働いて、こいつらを救う金など必要ないと思った。

教育に回すべきだと、思った。

こういう、大人なのに馬鹿人間たちが生まれないために、教育に金を回すべきだと、強く思った。

 

本来、肉体労働派遣がやらなければならない仕事ではないはずだ。

正社員の作業内容が肉体労働で何の問題があるのか。

大工棟梁、鳶といった人間肉体労働をしているという点で派遣たちと同じだが、

彼らは正社員というステータスを持っている。

 

今、派遣肉体労働を続けているような人間社会の底辺だ。

コレは断言しても良い。彼らはモラルも低く、犯罪者すれすれの存在だ。

事実軽犯罪ならほとんど毎日、日常茶飯事だ。

だが、そんな彼らも、「正社員」という肩書きと、ピンハネされないだけの給与を得られればきっと何の不満もない。

そして緩く雇用され、一定の自由な時間があれば、彼ら屑は屑なりに自分のために時間を使うのだ。

もとより週五日八時間勤務に耐えられないような人間たちだから、そこは仕方がない。

彼らが屑たる所以だ。「ダルい」だけで翌日の仕事キャンセルするような人間だ。

 

思うに、正社員をもっと緩く雇用できる制度があればよいのかもしれない。

正社員、というカテゴリに当たらない枠が必要なのかもしれない。そこはわからない。

だが、日雇い派遣労働者は必要だし、そこに企業は決して安くないコストを支払っている。

ならば、いっそもっと公的な機関が今の派遣会社の役割を担ってしまうのでも良いのではないか。

ハローワーク日雇い派遣の斡旋も扱えば、ある意味健全だと思うのだが。

 

 

俺が日雇い派遣で働いた理由は、ガチで「社会経験の一環」だった事を、何故か思い出した。

2008-03-23

元彼と別れを決めたのが二年前の春。別れ話をどう切り出そうかと考えながら桜を見上げていた。

環境が変わった一年前の春。一人で同じ桜を見上げた。高層マンション建設が始まった中で桜は淡い花びらを散らせていた。

そして今年。まだ一人。もしかすると二人?淡い予感の中でいつもと同じ桜を見上げる。工事の振動で弱ってしまった桜はそれでも蕾を膨らませている。

2008-03-21

賃貸と購入、どっちが得か

http://anond.hatelabo.jp/20080316144851

これはもう永遠テーマだよね。ただ、考え方は意外と簡単。

比較の全区間(マンション購入ローン25年なら25年間)で

(A)マンション所有総費用から残存価値を引いたもの =「(a1)マンション購入で払う全額」??「(a2)期間終了後のマンション残存価値

(B)賃貸時の支払い総額 = 「(b1)賃貸で払う総額」

とした時に、(A)と(B)のどちらが大きいかを比較すればいい。

ポイントは (a1) をどこまできちんと見積もれるか。マンション本体価格に加えて、ローンの利子、購入時の手数料固定資産税マンション管理費や積立金をすべて含むこと。多分その辺のマンション購入雑誌にチェックリストが載ってるので参考にしよう。

もうひとつの(a2)は、正直見積もるのが難しい。特に高層マンションの場合は土地の所有面積は無いに等しいから、単純に25年後のマンション一室の売却価値で量ることになるけど、日本マンションの耐久年数は比較的低い。それでも都心等の地下値上がりが見込めるところならまだいいけど、今後人口が減少していく時代に郊外ベッドタウンの将来価値はあまり高く見積もりにくい。ごく一般的に考えて、購入価格の 20% といったところかな。

一戸建てならまだ土地の値段は残るけど、逆に建物込みでは売りにくいし、分譲型一戸建てタウンは値下がりリスクも大きい。

もちろん購入した住宅の場合、自然災害や焼失によるリスクも生じる。これはまぁ保険カバーできるけど、その場合は支払い総額の保険の部分が大きくなる。

こうして比較していくと、多くの場合、(A)と(B)はそれほど変わらない(数百万程度?)ことが多くなる。対して所有リスクは明らかに購入の方が大きい。会社都合の引越しとか失業とか不景気とか家族構成の変化とか災害とか隣家におかしな人が入居してくるリスクとか、まあ色々(逆に固定金利ならインフレポジティブな要素ではある)。

住みたい都市ライフスタイルなんかの都合上、購入に倒さないといけない場合も多いだろうけど、その場合には自分が許容できるリスクと、最終的な残存価値については考えてから決断した方がいいと思うよ。

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