はてなキーワード: プライドとは
http://ameblo.jp/yokoyamakenken/theme-10037978410.html
横山健のメルマガ「不細工でも90でかわいい女を落とす方法」で紹介されているトリガーが気になったので上を参考にまとめてみた
父性トリガー
(金があるときはおごる、やさしくする、がっつかない=余裕を持つ)
心開かせるトリガー
(共感する、YES・NOでは答えられない質問をする、相手に興味を持つ)
楽しむトリガー
(一緒にいることを楽しむ)
ギャップトリガー
(チャットでまともでないと思わせておき、オフ会でまともにふるまったり、オシャレだと思わせる)
(相手をほめる)
(冷たい感じがし、カッコいい男になることで付き合いたいと思わせる?)
好意の返報性トリガー
(やさしくする)
頼りがいトリガー
(人気者になる)
カッコいトリガー
(筋トレやオシャレをしてカッコいい男になる)
はっきり言わせてもらうと、非モテ・コミュ障がこれらのトリガーを活用して女を落とすのは無理がある
#竜馬とたけち#
身分制度に疑いを持たないため、将来彼を自分の手足として使うことを当然と考える武市と
そもそも身分制度に頓着がないため、純粋な友人として見ている竜馬の違いは大きいのう
#大村益次郎の知恵#
「竹竿台場も江川台場も役に立たぬ意味では同じです。画餅にすぎぬ。
もともと実現不可能なものを命じられているのであれば、幕府に差し出さねばならぬ図面や設計書もうんと立派なものにする。
図面さえ出しておけば幕府は安心し納得する。5~6年以上かかる大工事の計画書でなければいけません。
なに、心配入りません、3年待たずして必ず状況は変わります。程無く幕府も砲台設置は無意味と気づくでしょう。」
「吉田寅次郎はアホな人ですね。
天下の佐久間象山に就いておきながら、なぜ蘭学を学ばない、なぜ科学を収めようとしなかったのか!
蘭書を読み科学を学べばわざわざ命を捨ててアメリカに行く必要はない。」
あの船の動力室を見れば、西洋の合理主義もオランダの国力も手に取るようにわかる。
→多分これが可能なのは佐久間象山と大村益次郎のふたりだけで、
吉田は日本の中ではとても優秀ながら、これが出来なかった、というか普通できないから海外に行こうとした。
子供の頃から山鹿流を極めて、外国と合戦するという視点に囚われていたから
逆にそれをUnlearnするのはなみたいていのことじゃ難しいというのもあったと思う。
大村益次郎や福沢諭吉レベルの合理性というのは、なかなか難しい。
しかし吉田松陰は合理性の鬼ではないどころかその逆に非常に忠義や友情と言った人間的なものに強かったから
教育者としては短い人生で歴史に名を残すほどに多くの人に影響を与えているというのが面白い。
大阪には、庶民のためにここまで命を投げ出す人がおったんか、と何やら胸が熱うなったな。
それまでわしにとって大阪は出世前の足場に過ぎず、いずれ若い頃学んだ江戸に戻って一旗揚げるつもりやったんやが
何やしらん、大阪の町と底で暮らす人々が愛おしゅう思えてきてね
「この土地に骨をうずめるのも悪うないか」と思って、大阪で異形を開き、適塾をスタートさせることにしたっちゅうわけや。
アヘン戦争が最も愚かな戦争であれば、こちらは戦争と呼ぶのもおぞましいヤクザのゆすりたかり。
アヘンで荒廃した国を蹂躙し、さらに絞り足りぬといえに土足で入り込んで略奪放火までしていくとか。
勝利後の条約がまたひどくて、お前紳士の国とかそれ歴史の教科書見ながらいえんの?レベル。
(ただ、当時の補給線・調達や、兵隊の編成事情を見ても多少は納得する部分もある。
アングロサクソン系はもともとどうしようもない野蛮人であり、それをよく知っているからこそ
自分を律する啓蒙主義みたいなのも流行ったんだと考えると、今やたら紳士ぶってるのもわからんではない
特にロシアの領土拡大・不凍港獲得は、開国後の日本を威圧することに。
→アヘン戦争とか見てると、本当にこの当時のゲスでヤクザなイギリスを相手にしないためにも
鎖国というのは全く不合理ではなかったかも、と思えてくるから困る。
当時のイギリスのゲスさ強欲さ残忍さなどどれをとっても、松前商人をはるかに上回るレベル。(ただし頭も良いから余計たち悪い)
(日本が侵略されなかったのはこちらを食べつくすのに忙しかったからと、日本はそれほど旨みがなかったから、なんだろうか)
→にも関わらず、イギリスはなぜか日本に対しては国と国としての対応をシてくれている。(フェートン号事件をはじめ3件くらい海賊行為があったけど)
実際オランダと同じように、軍艦を一隻無料で寄贈してくれたりとよくわからない。
オランダやロシアとことを荒立てないみたいな駆け引きがあったんだろうか・・・なぜ他の国も辛抱強かったんだろうか、とかいまだによく分からない。
夜中に泣きながらはらはら書いた記事でしたが,
コメントをいただき,読んで,少し気持ちがラクになりました.
>「一生懸命やるのはそもそもイヤだから、ダラっと働ける場所を目指す」
というのが,いまの気持ちには近い気がします,
ただ,もしもうまく行くなら,そのうち仕事が楽しく思えてきて,
>「自分の一番とんがった能力」を「自分のやりたいことの上で」
に近づいていけばなぁ,と,なんとなく思います.
公務員や学校教員になればよかったのかな,という思いもありますが,
「逃げかな?」「いまさら遅い?」と,真剣には踏み出せないでいます.
頭では,
「なんとかなる」「失敗する気でやればいい」
「なんとか卒業して,なんとか就職して,だめになって2年でやめたらいいじゃない」
と思うものの,
高いプライド故なのか逃避癖なのか,
「就活いやだ,研究いやだ,生きていけない,死にたい」と考えてしまいがちです.
(なんかまぁ,根本的に,考え方に難がある気もしますが...)
はぁ.生きるのつらい.
今までもてなかったわけじゃない。
何人か付き合ったこともあった。
でも、本当は好きじゃなかった。何となく付き合った。そして別れた。
もちろん、プロもない。純潔だ。
その女性は今までと違う。
めちゃくちゃタイプだ。いや、好きだ。
85kgらしい。うん、まぁデブだな。俺より重い。
もちろん体だけじゃない。性格も最高だ。
そのくせ打たれ弱いのにプライドが高い。我ながら面倒な人間だ。
でも彼女はそんな俺に、とにかく優しくておっとりしてて言葉が温かい。
独立の夢も応援してくれている。毎朝メールもくれる。5分で返事が来る。
丸くておしゃれで可愛い。めちゃ可愛い。ピアノも上手いし料理も上手い。
たぶん、俺のことが好きなんだと思う。分かる。これは間違いない。
でも正直言えば、体が一番好きだ。
っていうかやりたい。やりまくりたい。出来るか分からんがぎゅーしたい。
居ても立ってもいられなくて、毎日オナニーしまくってる。異常だと思う。
だから、一生一緒にいてほしいって言うことにした。
っていうか彼女は俺を幸せにできる。間違いない。そして俺は絶対浮気しない。
デートは再来週だけど、服買って部屋を片付けなきゃ。
なんだか緊張する。完全に浮かれてるな、俺。これが恋か。
とりあえずここで宣言しておく。
俺は生まれて初めて告白する。
・一見おとなしそうでマジメという印象を持たれている。本人はそれを好印象と思っているが、他人には変な人、挙動不審な人としか認識されていない。
・謙虚なのは最初だけで、気を許すと途端に攻撃的になる。会話が苦手なだけで、本当の性格は短気で傲慢、他人を見下している。そのため人間関係が長続きしない。
・プライドが高く「本当の自分はこんなはずじゃない」と常に鬱屈した感情を持っている。
・人との関わりを避け、ゲームやアニメ、マンガなど1人で没頭出来ることを趣味としている。
・子供の頃は親や周囲の大人の言う事をよく聞き、大人になってからも自立せず囲いの中で生きている。
・親との仲が良い。その日の出来事は包み隠さず親に話す。母親は息子を王子様扱いし、他人にはばからず話すので、周囲からは息子はマザコンだとばれている。
・論理的、合理的な思考を重んじる。
・女性にモテるイケメンやDQNに対して強い不快感と憎しみを持つ。
・恐怖心から他人を名前で呼ばない。タメ口や馴れ馴れしい言葉遣い、呼び捨てにされると強い不快感を示す。
・基本的に声が小さく、よく人に聞き返される。女性との会話は普段よりかん高い声になる。コミュニケーション能力も乏しい。
・人と交わらず苦労してないので年の割に顔にしまりがなく、ファッションに対する意識は中学生の時から進歩していない。
・淋しがり屋だが団体行動が苦手、ワイワイ盛り上がるのも苦手。逆にみんなが盛り上がってると妙に冷める。
・静かで清楚な女性が好き。これは好きと言うより、自分が主導権を握るためで我が強い。
・大事件や大災害が起こらないかなぁ・・・と毎日心の何処かで期待している。
・逃避するだけの毎日、過去の失敗を引きずっていてそのことを思い出す度に思わず声が出そうになる。
・容姿や身長、体格になんらかの強いコンプレックスを持っている。
・絶対に自分の非は認めず、何かあれば「他人が悪い、社会が悪い」と責任転嫁する。女性にモテない理由は「最近の女は男を見る目がない」から。
同じ刺激を受けても、文脈を推しはかる力がとぼしく、価値観の共有を前提としなければ会話ができない人は
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20120118-00000301-newsweek-int
どういう局面では「上から目線」と非難されて、どういう場面では「ドヤ顔」で済むのかというと、そこにはある種の条件がある
価値観が共有されていれば、ユーモアを込めて「ドヤ顔」という言葉でその「得意満面」な態度は承認されるわけです。一方で、意味もなく大きな態度を取っていたり、得意がっている背景にある価値観が到底納得できないものだと、周囲からは「上から目線」だという非難を受ける
例えば、芥川賞に4回候補になりつつも落選を続け、今回5回目で受賞した田中慎弥氏。部分だけ聞けば「新人作家の分際で『上から目線』もいいところだ」という印象になる。「文脈」が加わると話は変わってきます。「当然」というのは不遜でも何でもなく、田中氏なりの創作者としてのプライドを表現しただけという理解が可能になる。
アメリカの場合はどうしても平等思想などの「タテマエ」が強いので「上から目線」だという不快感を感じても、ガマンしてしまうことが多いのです。その点で、日本の場合は言葉そのものに「上下関係の規定性」がありますから、上下の感覚として一方的な価値観が出てくると相手には顕著な違和感が出てくるし、結果的に「異議申立て」も多くなる
ゲーセンで出会った不思議な女の子の話をめぐって、事実と創作の垣根についての議論があるようだけど、それに関して思うのは、かつてプロレス界で「ガチヤオ」議論が話題となったこと。そんときからモヤモヤしてることについてちょっと書いてみる。ガチとはガチンコ(真剣勝負)のこと、ヤオとは当然八百長のこと。
プロレスにおける「ガチヤオ議論」の中で、「いわゆる『リアルファイト』系をうたう格闘系団体は、本当はヤオなのにガチっぽくやってるから腹が立つ。ヤオなら最初からヤオと言え、その意味では開き直ったプロレス系団体の方がよい」と怒る人たちがいた。レッテルと中身が一致していないと、我慢がならない性格なのだろう。「プロレスは、楽しくするためにヤオだと分かった上で見る人も楽しんでるから、あれでいいんだ、素晴らしい」というプロレス擁護をするプロレスファンがいた。
そういうのを聞いて、とても悲しい気持ちになった。ガチかヤオかなんてレベルでしかプロレスを語れないプロレスファン、というものに。多分、プライドの高いレスラーは、傷ついていただろう。
トップロープからダイブしても、ヤオなら痛くないとでも言うのか? 開始5秒で体痛くなって、ホントは立てたかもしれないけどかっこわるいから寝てました…とかでもガチならそれで満足か? 格闘家とプロレスラーと平均すればどっちが長生きしてるだろうな? 試合に筋書があるって、筋書きがあるから誰でもできるとでも思ってるのか? 手に何も持たず、パンツ一枚の身一つで、30分で数万人の人間を沸かせる仕事、できると思うならやってみせてくれや。
プロレスだろうがリアルファイトだろうがリアルファイトのようなプロレスだろうが、それが人前で演じられるなら、問題は、見てる人間の心に刺さるかどうか、それだけだろうが。詰まらないリアルファイトは詰まらないプロレスと同じように詰まらないよ。心に刺さる試合の向こうには、リアルだろうがプロレスだろうがとてつもない苦労があるわけで、その集積が形をとって表れた奇跡に、見てるものはただ頭を下げるだけだろう。プロレスなら楽だろうって、ほんとに失礼な話だ。
だいたいなあ、事実か創作かという議論が、もうレベル低いんだよ。どこか非現実的でとてもありえなさそうな、それでいて今の時代のどこかにそんな話がありそうでやっぱりなさそうな話が、この時代のある一定数の人間の心に刺さったというのが、ただの事実なわけだろう。それ以上に何か確定して言えることなんて、最初から無い。もともと「小説」なんてシステムができるまで、「物語」というのはおおむねそういうものだったわけで、大多数の人の心に刺さり言い伝えられていく中で変質してやがて固まっていく昔話や神話がそうであるように、大げさに言えばそれは民族の記憶みたいなもんだったんだよ。それで何か問題があるのか? 沢山の人が、こういう話があって欲しいと思い、誰かがそれを形にした。それが奇跡なんだ。
ゲーセンに書かれた話が事実かどうか、当然オレは知らない。ただ、書き手が人間性のある面をとてもよくつかんでいて、それを文という方法で形にする能力に長けているということ、今という時代の空気をよく吸っており、ある方面のサブカルチャーに十分な造詣があることはよく分かる。……たとえばデビューした頃の村上春樹のようなもんだ。そして、それが仮に創作だとしても、そのレベルの創作は、書き手の人生の幾ばくかを注ぎ込まないと生み出すことはできない、ということも分かる。書き手は、自分の書きたいことを、一番読み手に届くだろう方法で世に出した。素晴らしいことだよ。よく書いてくれた。それだけで、オレは充分満足だ。書き手自身は、書きたいことの10分の1も書けなかった、届けたい言葉を書ききることができなかった、などと、いま嘆いているかもしれない。それもいい。どれだけ生きても、ことばなんてそもそも100分の1も他人に届かない。そんな中で、あいつは自分の人生を絞り出しながら、100分の2か3か、誰かに届く言葉を生み出すことができた。よかったじゃないか。「彼女」も「どこか」で喜んでいるよ、きっと。
あれが事実であろうがなかろうが、オレはアレを批判する人間よりは、アレを書いた人間と一杯やってみたいと思う。絶対その方が面白い、それは断言できる。少なくとも、ああいうものを読んだ人間の取るべき態度というのは、事実かどうかを論じるとか、創作ならそう書かないと卑怯だと匿名批判するとか、そういうことじゃないだろうと思う。大体、そんなやり方で人の心を動かせると思ってるなら、やってから言え、と。
それとも「オレにはできないけど、そこそこの書き手なら誰でもできるレベル」とでも言うか? それなら、できるという「そこそこの書き手」に頼んでもいい。そういう人間を探して、試しに書かせてみてから言ってくれ。そんな書き手がいればな。
だから、アレを読んだ人間が、書き手に届けるべき言葉は、次の二択だ。
・「チラシの裏に書いてろ」
それ以外には、ない。言うまでもないが、当然オレは前者だ。
…で、お前はどうなんだ?
そしてオシャレは悪だと断じたがり、オシャレをする人間に対して「商業主義に踊らされた馬鹿」「そんな暇があったら資格の一つでも取れ」「見た目ばかりに気を取られるのは中身に自信が無いからだ」と言いたい放題。
彼らに言いたい。ダサいお前やダサいお前の友達はそんなに自己研鑽に勤しんでいるのか?「ダサい奴ほどオシャレをする時間を削ることができるから有能で教養に溢れた人格者である」なんていう傾向があるのか?
俺は違うと断言したい。もちろん才能に恵まれ、研究や芸術などの世界に没頭した挙句、結果的に服や髪型がめちゃめちゃになっている人間は居る。だがそんな例は圧倒的少数だ。5%も居ない。
95%以上のださい男は、オシャレをしないことで浮いた時間をただ「浪費」している。アニメだかエロ動画だかを観てダラダラしている。長時間、無意味なネットサーフィンをしている。「暇を潰しているだけ」だ。
「オシャレをする奴は馬鹿」と主張しているださい男ども、聞け。お前は「俺はださいが、誇れる美点がある!ファッションセンスなどというくだらないものより遥かに優れたものを持っている!」と言えるのか?
「体型、髪型、服装を整えること」を丸ごと投げ捨てて生きてきた分、代わりの何かを得たのか?
正直、お前らの言い分は「オシャレな高学歴高収入男」や「オシャレなスポーツマン」、「オシャレで性格のいい人気者」が多数存在しているという現実を知っている身には、負け惜しみにしか聞こえないんだよ。
そもそも「オシャレはくだらない」って、一度オシャレな人間になってみてから「くだらねえな」と思って選択的に捨てた奴しか言えない台詞じゃないか?
「東大なんてくだんねー!」って言ってる低学歴、みっともないだろ?東大を「つまらない」と言って中退したホリエモンの言葉なら説得力があるけどな。
サラリーマンを「社畜」と馬鹿にするニート。「スタイルが良いからって何が偉いんだ!」とわめくデブ。「スポーツに意味なんてない!」と言い張る運動音痴。「若さに価値なんてないわよ!」と言うババア。
みっともねーだろ。鏡の中のお前だよ!
そうして一生自分の持っていないものを「あれはくだらないものだ」と文句つけながら生きていけよ。
楽しそうなリア充グループを見たら「どうせあいつらは馬鹿に違いない」、彼女持ちを見たら「オナホールで充分だし」、同い年の既婚者を見たら「ATMかわいそうだね」、同い年に子供が出来たら「ガキうぜえ」、
そうして一生、人の生き方や娯楽を否定したいだけ否定して暇つぶししながら年老いていけよ負け犬。実体の無いプライドだけ守りながら孤独に死んで行けよクズ。
Python vs Ruby vs PHP vs Haskell プログラミング言語バトル part1
http://anond.hatelabo.jp/20120118220204
Rubyistってなんであんな小学校の図書室で毎日読書してそうな
顔面オジサン、オバサンばっかなの?
Scalaer: 鼻持ちならない、モヒカン
Lisper: マジキチ
Rubyist: ネクラ、オタク、キモメン、いじめられっこネクラチビメガネ、色黒、キモオタ、顔面オジサン、オバサン
Rubyのブロックが便利すぎて、Pythonをやめたくなった。
いちいちtemporaryな関数を作成してから目的の関数に渡していたのがばからしくなった。
リストやジェネレータ式の内包表記が便利過ぎて
どうせ廃れる。
609
>リストやジェネレータ式の内包表記が便利過ぎて
おれもそう信じてたけど、Rubyの、メソッド呼び出しを続けて書けるほうが便利だわ。
まるでjQueryみたい。といってもjQueryのほうが後発だけど。
たとえば「xsから0以上のものを選んで、その二乗の和を求める」場合
sum([ x*x for x in xs if x > 0 ])
これだと、後ろから読まないといけないんだよね。でも
xs.select{|x| x > 0}.map{|x| x*x }.sum
これなら頭からひとつずつ読めばいいから、わかりやすいし、考えたとおりに書きやすい。
まさにスクリプトって感じがする。
Python: [[x,y] for x in xs for y in xs]
Ruby: xs.map{|x| xs.map{|y| [x,y] } }.flatten(1)
いっぽうメソッドチェーンは
orz.sage().hage().hoge().hige() タイプの問題には向いている
つまり向いている方向がちがう
(まあHaskellなら hige . hoge . hage . sage と書くだけだというのは置いといて)
強い弱いということで言うと、問題を解くのに必要な一番能力が弱い
(限定された)道具を使うという考え方があるようだよ
ベタ再帰は強い(汎用的)、がそれゆえ読むのに注意を必要とする
foldrは再帰よりは弱いが、foldrで表現可能な問題のクラス(原始再帰)はかなり
広いので、mapやfilterで済むならもちろんそのほうが望ましい
ではこの問題は弱いmapやfilterを結合させるほうがいいかというと、
俺はlist comprehensionのほうが集合表記そのもの=whatを表現していて好きだな
Pythonのlist comprehensionのsyntaxはあまり好きではないが
それは大きな問題じゃない
メソッドチェーンってバグをわかりにくくするだけだと思うなあ。もちろん性能面もあるし。linqとかは良いと思うけど。
同じメソッドチェーンでも、linqなら良いけどrubyなら悪い .....
一言で言うと「俺はRubyが大嫌いなんだぁーー」ということですな
内包表記は構文でサポートしないと難しい(マクロがあれば別だが)
メソッドチェーンが関数型の方法に比べて特に優れている点があるようには思えないが
パイプ順に書きたければ書けるし
680,663
Pythonには関数型として致命的な弱点があるから、メソッドチェーンでは簡潔なコードが書けない
たとえば「(1) Rubyは 条件判定が(文ではなく)式」だから以下のようなコードが書ける
if test
if test_1 then test_1_1 else test_1_2 end
else
if test_2 then test_2_1 else test_2_2 end
end
}
あるいは「(2) Rubyはブロック内で局所宣言が可能」だから上のコードを以下のように書き換えてもいい
cond_1 = if test_1 then test_1_1 else test_1_2 end
cond_2 = if test_2 then test_2_1 else test_2_2 end
if test then cond_1 else cond_2 end
}
関数型言語であれば「(1) 条件判定(if/case)が式」で「(2) 局所宣言(let .. in .. end)が可能」なの当たり前
ところが残念な事に、どちらもPythonには欠落しているから、上の例はストレートにコード化できない
だからPythonではメソッドチェーンは使われないし、「酸っぱい葡萄」に見える
Rubyでもリスト内包表記が言語として組み込まれてくれると嬉しい
だと思う
頭に浮かんだロジックをすばやくコード化するのはメソッドチェーンが適しているし、
じっくり腰を据えてコード設計するならリスト内包表記のほうが美しい
自分は、たぶんこのスレもRubyコアの中の人も見ているだろうから
そのうちRubyにもリスト内包表記が実装されるんじゃないかと期待しているw
メソッドチェーンは書き易い
内包表記は見た目が整ってて綺麗、最終的な型がわかり易い
いじょ。
『2ちゃんねるで一揆発生? 反アフィリエイトでニュー速民が大量移住』
http://internet.watch.impress.co.jp/docs/yajiuma/20120111_503495.html
>また移転後の嫌儲板では、これまでのニュース速報板で非常に多かった地域煽りや政党煽り、国籍煽り、
女性叩きなど対立を煽るスレッドや叩きスレッドが、嫌儲板に移転後は激減した。
このため、「これまでのニュース速報板では、アフィリエイトブログのネタにするために
煽りスレが多数立てられていた」という疑いを持った元ニュース速報板住民が多く、移民を結束させている。
単なるアフィリエイト、小遣い稼ぎの種だったのかもしれない。
http://anond.hatelabo.jp/20090525194058
仕事が忙しくて私のことばかり考えていられないというのもあるけど、
結婚=男が損をすることばかり、という2chで鍛えられた知識が躊躇させているらしい。
もう2年以上前の日記か。2chでおかしな知識を得てしまった彼氏と恋人、
その後どうなっただろう。
1.やたらプライドが高い。
2.やたら理想が高い。
3.女を見る基準が外見しかない。
女のことがよくわからないしわかろうともしないため、外見でしか判断できない。
さらに理想も高いからアイドルみたいな子しか目に入らなかったりする。
プライドが高いからか、自分から動いてメルアドを聞いたり、話しかけることすらしない。
向こうから話しかけて、メルアドを聞いてくれて、セックスに誘ってくれるのを待っている。
この世にそんな女は存在しない。
例えばこういう記事を見て自分が当てはまっていると気づいても、決してそれを変えようとはしない。
クリエイターが思い上がってるのではないか、という増田の意見には同意。
俺が異業種から出版業界に転職した時に猛烈に感じたのがその種の「思い上がり」。
「俺たちは雑貨を作ってるんじゃないぞ。文化を創造してるんだ。 舐めるなよ」
20代、30代はそこまでバカじゃないけど、やっぱりその手の根拠のないプライドがやたらと高い。
ただ、エントリの後半で、増田が今話題の自炊代行業者への提訴まで、思い上がりのなせる業だと判断したのには同意できない。
昨今の書物の電子化を求めるネット利用者からの声は、確かに大きい。
音楽のダウンロードが安易に出来るようになった結果、人々が音楽にお金を払うことをバカバカしく感じるようになった。
音楽業界にお金が落ちなくなり、業界人が食えなくなり、業界に余裕がなくなり、面白い新人が育たなくなり、大手の寡占化が進み。業界自体が衰退して、愛好家以外が音楽を聞かなくなった。
必ずしも安くて便利にすればいいというものではないのだ。
という理由で電子化が進み、出版業界にお金が回らなくなれば、良質な活字文化は崩壊する。
それは文化の繁栄に、結局は繋がらない。
なくて困る類のものではない。
市場の短期的なスパンと文化育成のために必要なスパンはあまりに周期が異なるからだ。
デ・ビアスという会社が世界のダイヤモンド市場を牛耳り、価格統制を敷いている。
しかしそのために、価格の値崩れが起こらず、業界全体は繁栄を謳歌している。
出版物を電子化から守ろうとするのは、業界にカネを還流させるために必要な行為であって、出版業界関係者の思い上がりとは分けて考える必要がある。
ただ作家達も、書籍の電子化自体に反対すればいいのに、そこに反対すると、頭が古いとか利己的だとか思われるのを嫌ってか、自炊代行行為にのみ反対し、その根拠を「書籍への愛」などという感情論に持っていくから、下心を隠しているようで、人々の支持を得られていない。
残念でならない。