はてなキーワード: 統一教会とは
実家に帰るといつも「~の背後にはCIAが」とか「地震兵器が!」とか「統一教会が!」とか「在日が!」とかいうの。
で、「その証拠は?」と聞くと、返答は以下のパターン
「証拠がないのがやつらのすごいところ」
「確定的な証拠を待っている前に状況証拠で判断して動かないと」
「証拠を求めすぎるのが現代の流行だな」
やってらんないのだが、家の設計上居間にPCが置いてあってその前に陰謀論者が鎮座してる。
でトイレ行くにも玄関行くにも風呂行くにもその居間を通らないとダメ。
「こないだ俺が言ったこと思い出していってみろ、テストだ」とか
「どうして俺の言うことがわからない。家族だったらわかるだろう」とか
別の家族は気が小さいので、俺みたいに時折反論したり
無視したりできない。
家族として、どうやって好きになってコミュニケーションとればいいのかわかんないところだよ。
俺がいろんなことに疲れて、実家で少しくつろごうとしてもそんなのに付き合わなきゃいけない。
こういう人ってどうすれば強引な陰謀論を人に伝えなくなるんだろうか。
関連書籍でも読んでみるか
NHKがプロジェクトXやってた辺りからおかしくなった気がする。
グルメと関係ない番組で「どこそこの〇〇はうまい」とか言ってゲストが「おみやげ」持ってきたり、
「楽天で売上1位の商品はこれ!」と言って訳のわからんものを紹介したり、
「〇〇は健康に良い」って紹介した翌日にスーパーで売り切れ続出とか、
やたらロケに行ってメシ食ったりする番組が増えてきたり、家電量販店で買い物だけする番組があったり、
最終的にはファミレスのメニュー全部食うとか、コンビニの新商品を評価(うまいとしか言わない)とか、
工場見学までやって露骨に特定の企業イメージを上げようとしたりしてる。
トーク番組のゲストは、ドラマか映画かCDか書籍のプロモーションで来てる奴ばかりだし、
ドラマも最終回で劇場版に引っ張るような終わり方をして、結末が気になったら映画まで見なきゃいけなくなったし、
アニメなんて本編がまるごとDVD、BDやキャラソンCD、原作のラノベ、漫画のCMみたいなものだ。
制作費が減ったせいなのか知らんけど、最近のテレビは1日じゅう芸人がコマーシャルやってるような番組ばっかりだ。
ステルスマーケティングというか、露骨すぎてステルスにもなり損なってる。
そりゃ番組単体のクオリティとか関係ないだろ、CMなんだから。
テレビが急成長って言ってると実は成長が鈍化してる ←中国のこと。
Twitterで一切ツイートしたりリツイートしなくてもお気に入りにするだけで相手に伝わる
Onliveでゲームをしてるとその様子を誰にでも見せることが出来るし誰のプレイでも見ることが出来る
K-POPの楽曲や振り付けを提供しているのは日本人 DAISHI DANCE
朝鮮半島南部と日本はイギリスと北アイルランドのように一つの国だったのかもしれない 「韓国南部の前方後円墳は倭人の墓か?」「ハングルと日本語の文法規則の一致」
個人的メモ
韓国人で日本人を嫌ってるのは日本で2chしてるようなネット原住民
自民党 統一教会 韓国の伝統の儒教を置き換えようとしている統一教会?
マヤ暦はアナログ放送が終わった日に終わった けれども新しい暦がもう始まってる
在日韓国人で日本国籍を取得出来る若いひとは日本国籍にする人が多い
1週間位記憶が曖昧になってようやくはっきりすると周りの仲が良かった人間が俺のことを嫌っていた このせいで人間不信になって大学を中退して2年以上引きこもってる やっと分かった 押さえ込んでいた自分の中の暴力性を最近見ている 自分では全くコントロール出来ない 閉じこもってる部屋の外で物音がするだけで「俺を殺そうとしてるのか?そうなのか?なんでぼくのこときらいなの なんで なんで なんでぼくのこと嫌いなの なんでなんでなんでなんで」
白目をむき出しにして相手の首に噛み付く 血が出る位歯を立てる 精神病院に無理やり入れられて両手両足をベッドに固定されて 殺される クスリを鎮静剤 殺される 殺される 叫ぶ 家の前を通りかかった 殺す 殺す なんでなんでおとおさんとおかあさんはぼくをおいていくの なにもしてないのに なんで ずっとくるまのなかにおいていくのなんで ころされる ネットに充満する狂気 キチガイ ガチキチ マジキチ 変態 狂気 狂気 月に住む
人より判断するのが遅い 学校で色々な調査を書くときにいつも一番遅い 真面目?違う 障害者?
キリスト教の次のスピリチュアル 幸福の科学 スピリチュアル 人間の体 炭素からケイ素
現金は価値が無くなる アメリカではそうなってる マクドナルドくらいにしか現金は使えない 「クレジット」 $の価値は下がり続けて無くなる 地域通貨 クレジット
ごめんなさい許してください
文藝春秋も産経新聞の黒田記者も、チャンネル桜も、小林よしのりも、統一教会を批判してきたよな。そういえば、日本テレビのザワイトも、統一教会を批判してたな。あれれ?統一教会を批判してきたのは、保守陣営ばかりですよ?
それで、サヨ陣営はというと?ネットでリベラルを気取ってるのが、変な漫画絵とかを描いて「安倍安倍」とか言ってるけど、それってただの偽善のポーズですよね?ネットサヨが言ってるのは、単に安倍叩きがしたいためのダシに統一教会を利用しているだけで、今まで保守陣営が統一教会を批判してきたのと比べれば非常に表面的だね。
表面的で何かの批判のダシに使いたいだけのサヨクの統一教会叩きと、統一教会の問題点を指摘する保守陣営の違いを見ると、サヨクと統一教会こそが仲良しさんの、お仲間だな。
これはタイトルからして詐欺だな。「はてなから真実を(キリッ!」のはてなサヨクが反対する側の意見を捻じ曲げることはよくあるが、法華狼の日記なるこの記事もまた酷いね。
チャンネル桜が漫画の性表現を全否定したことで、困った立場に置かれた漫画家が一人 - 法華狼の日記
http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20101225/1293296039
http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20101225/1293296039
YouTube - 【青少年健全育成条例】表現の自由と店頭販売の現状[桜H22/12/23]
http://www.youtube.com/watch?v=EeYTGkGvkzw
で、この動画のどこに「チャンネル桜が漫画の性表現を全否定した」根拠があるのか?「はてなで真実を語る(キリッ」のはてなサヨクの法華狼よ。むしろ、チャンネル桜のその動画では、漫画の性表現を否定しないと言っているのだが。全く逆のことを言って、はてなサヨクってバカじゃないのか。
チャンネル桜が言っているのは、漫画の性表現は否定しないが未成年にどきつい性表現の漫画を見せるなということで、これは一般感覚からそんなに外れてない。チャンネル桜は、成人漫画での性表現を成人が見ることには別に何も言ってないし。「こういう漫画はせめて中学生とか高校生以上」とか言ってるから、18歳以下でもなくて、小学生や中学生に見せるなということでもある。となると、チャンネル桜は漫画の性表現の未成年規制というよりは、小学生や中学生に対する販売規制の年齢制限をしろってことでもある。
法華狼は「はてなから真実(キリッ」の程度の低いはてなサヨクだから仕方ないが、チャンネル桜のその動画を見ればすぐに分かる嘘を付いて何を言ってるのだろうね?
で、このはてブがまたバカが揃ってるわけだよ。
http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20101225/1293296039
Gl17 対象先の米欄・・・保守系が一貫して規制主導してるのと、だから桜が擁護するのは明らかなんだけど、こういう時は魔法の呪文「左右に関わらず」が炸裂するので信条の守りは安心!だね。幸福にはなり難そうだけど。 2010/12/26
はぁ、またこの程度の低いブサヨのGl17が「ウヨクめ!」とかいう思想で意味の分からないことを言ってるよ。保守系が一貫して規制主導してるというのは違うしね。いやしかしね、一貫して規制主導してきたのは、APPとか、日本キリスト教婦人矯風会とか、ECPAT/ストップ子ども買春の会とかのサヨク側の連中なんだが。Gl17は、そういうサヨクが何を言ってきたのかも知らないのか。いやさすがに、このGl17はバカだろ。
サヨクのバカどもには、もう少し知識を付け加えてやろうか。日本キリスト教婦人矯風会はいつできたのでしょうか?日本の婦人団体のことを少しでも知ってる?いや実はね、日本キリスト教婦人矯風会は今ある婦人団体の中で一番古い歴史があるんだよ。半端なサヨクはそんなことも知らないんだけどね。サヨク界の重鎮が規制派の代表にいるのに、ウヨクを叩いているサヨク共はつくづくバカだね。チャンネル桜は最近できたのだが、矯風会はとっくの昔の戦前からあるんだよ。
そして、チャンネル桜とかの保守系は別に成人まで規制しろと言ってないし、チャンネル桜は、18歳未満でなくて、中学生以下ならいいとかまで寛容なことを言っている。しかし、APPとかのサヨク側の連中は、成人まで規制しろと言っている。サヨクのほうがひどいことを言って、まさに性表現を全否定のようなことを言っているのだから、APPのようなサヨクこそ批判するべきなんだが。APPとかって結論的には、結局のところ統一教会と似たようなことになってる。
はてなの頭の悪いサヨクはもう少し考えろ。チャンネル桜は、むしろ性表現には寛容だ。こんなチャンネル桜を見えない敵で叩いているサヨクは、世界の右翼と言われる層がどれだけのことを言っているのかも知らないよな。日本のサヨクって日本を批判しながら、結局日本から出られないで日本に蛆虫みたいに寄生するしかないバカだからな。
「はてなから真実(キリッ」の法華狼の日記に、「肉屋を支持する豚」とあるが、性表現規制問題で「サヨク様」とか言ってサヨクに頼るのは、まさに「肉屋を支持する豚」だ。まぁ、Gl17を見ても、サヨクはサヨクが何とかしてくれるというお花畑だからね。
サヨクを支持しても、APPとか矯風会とかECPATとかは、お前らのことをゴミクズサヨクと思っているから、お前らを裏切るという感覚もなく、ゴミみたいな扱いしかしないからな。
まぁ、肉屋を支持する豚サヨクは、性表現でもウヨサヨに必死で、サヨクにすがり付いて泣きを見ればいいのではないの?
いやしかし、法華狼の記事のレベルの低さには笑うね。これを持ち上げるはてなサヨクって、やっぱりはてなの癌だな。こんなアホな奴らがいるから、はてなはいつまで経ってもマイナーなんだよ。
子供っぽい、と言われるかもしれないが、
要は「痛いのはイヤ!」なわけである。
なので、法律で義務付けられている注射でなければ、できるだけ避けてきて生きてきた。
ホメオパシー狂信者のような「ワクチンに副作用云々、自閉症云々」の
ような迷信に基づく忌避じゃなく、
「単純に、痛いのがイヤ!なだけ」である。
もういい年こいたオッサンで、妻からは「家族のためにインフル注射を受けるように」と
言われているが、逃げ回っている。
さて、年末に読売新聞が「HPVワクチン接種で少女の失神多発」という注意喚起記事を
掲載したところ、医療リテラシーの高い「はてなー」の大ブーイングが沸き起こった。
「これはワクチンの毒性に起因する副作用じゃなく、痛みによる副反応で、別物」
自分も統一教会辺りの「HPVワクチンは日本民族絶滅を狙った陰謀」云々の陰謀論には
辟易しているので、「はてなー」の反論には「一理ある」とは、思う。
しかし、
「痛いの痛いの大嫌~い」な自分は、
はっきり言って、「失神するほどの痛さ」のワクチンを、接種しようとは思えない。
このワクチン接種で「子宮頸がんに掛かるリスクが有意に低減する」と「理屈で判っていて」も、
・・・「将来の100万円より、今日の1万円なんだな、お前は」と嘲笑する
「はてなー」の声が聞こえてきそうだが、とにかく痛いのはイヤなんだから、仕方ない。
こういう「痛いのイヤだから、忌避する」というのを、はてなーは嘲笑するのだろうか?
したり顔で「将来の感染リスク低減のために、接種を受けなさい」と「啓蒙」するのだろうか?
統一教会の「ワクチンデマ」は断固として糾弾されなければいけないが、
一方で、「接種年齢の少女」に対して
「これ位の痛みがあります、一方で、このようなメリットがあります」という
「インフォームド・コンセプト」をきちっと提示して、その上で
少女の「自己決定権の行使」によって接種可否を決める、というのが
もし「接種痛に対するインフォームド・コンセプト」の結果
「接種比率が大幅に下がる」ことがあったとしても、
それは「少女の自己決定の結果」として尊重すべきじゃないのか?
傍から見ると、統一教会のデマ攻撃に対するカウンター的意味合いもあるのか、
痛みに関する説明が不十分なまま、接種をどんどん勧めている印象がある。
これって、かえって統一協会等に「足元を掬われる」ことになるんじゃないか?
根本的には、もっと「痛みが少ない接種方法」、それこそ「経口ワクチン」なんかも
研究すべきじゃないのか?
はてなID:ykkjhrk
はてなキーワードに投稿しましたが、編集合戦を避けるため、こちらに転載します。
エホバの証人とは
● http://www.watchtower.org/j/ 雑誌のバックナンバーや聖書研究の手引き書などがいくらか読める。
● http://www.jw.org 機関誌のポッドキャストフィードの受診、書籍、電子雑誌などがダウンロードできる。
● http://www.jw-media.org 広報室の公式サイト
名称の由来は旧約聖書のメシア預言のひとつであるイザヤ43章10~12節に基づく。
エホバの証人についての解説(公式サイト): http://watchtower.org/j/jt/article_02.htm
(個人サイト): http://biblia.milkcafe.to/thesis009.html
「ものみの塔聖書冊子協会」は、彼らが用いる代表的な法人の名称である。世界本部はニューヨーク法人ものみの塔聖書冊子協会にあり、出版物の著作権表示はペンシルバニアのものみの塔聖書冊子協会となっている。(ただし、「わたしたちの王国宣教」は、2009年4月以後、著作権表示がエホバの証人のクリスチャン会衆"Christian Congregation of Jehovah's Witnesses"となっている。)
なお、ものみの塔とは1879年に創刊された雑誌の名称であり、ジェームズ王欽定訳のイザヤ21章8節などを由来としている。聖書預言と照らし合わせながら世界情勢を見張っている、という意味がこめられている。さらに、1884年、この雑誌の出版社として現在のものみの塔聖書冊子協会が米国ペンシルバニア州の非営利法人法に則って登録された。したがって、彼らは自分たちを「ものみの塔の信者」とは言わない。ものみの塔協会は法人名に過ぎないからである。
また、「エホバの証人」という語は彼らが構成する集団社会と、信者各個人の両方を指す。(英語などの場合、複数形と単数形で区別する。)したがって彼らは、「エホバの証人の信者」という表現は使わない。ちょうど、「クリスチャンの信者」とか「ムスリムの信者」などと言わないのと同様である。
1870年米国にて、チャールズ・テイズ・ラッセルらが聖書研究会を結成したことに始まり、1931年、米国オハイオ州コロンバスの大会で、「エホバの証人」という名称を採択する決議が可決された。この大会は短波放送で中継されており、日本にいた数名の信者も決議に加わった。(なお、戦前・戦中の大日本帝国下では、「灯台社」という名称で活動しており、天皇は被造物であるなどと主張し、本土および台湾・朝鮮において、治安維持法違反で検挙されている。―参考: 灯台社または燈台社または燈臺社を調べるぺえじ http://www.geocities.jp/todai_sha/)
聖句と聖句を比較しながら論題別に掘り下げてゆくという19世紀の聖書研究者ヘンリー・グルーの聖書研究のポリシーが、現在でも一貫して守られており、エホバの証人出版物の特色となっている。聖書は文字通り神の霊感(インスピレーション)を受けた神の言葉であり、普遍、無謬であって、絶対に矛盾していない、という前提で聖書を調べ、矛盾と思われる箇所がある場合には、ほかの聖句を持ってきて説明しようとする。聖書で聖書を説明するのである。(ものみの塔2006年8月15日号12~15ページを参照。)
((聖書は矛盾している、との主張に対するエホバの証人の反論については、「ものみの塔出版物索引」の「聖書の信ぴょう性」の項の「聖句間に見られる調和」という見出し以下から資料を探せる。))
信者数は日本で21万人ないし30万あるいは40万とも言われ、2009年現在全世界で731万余の伝道者が活動している。
全世界の統計(公式): http://www.watchtower.org/e/statistics/worldwide_report.htm
エホバの証人の実勢信徒数の数え方: http://jwpc.milkcafe.to/media03.html
機関誌「ものみの塔」や「目ざめよ」などを配っている。最近は雑誌の朗読版(mp3およびaac(m4b))やオーディオブックのポッドキャスト配信、アメリカ手話(ASL)や日本手話(JSL)をはじめとする手話版のビデオキャスト配信、オーディオドラマやPDFによる電子書籍のRSS配信も行っている。
「目ざめよ!」は2006年以後月刊誌となり、「ものみの塔」は2008年から一般大衆向けと研究用(信者向け)とに分かれた。
出版物のダウンロードサイト(公式): http://www.jw.org
モルモン教、統一教会と並び、カトリックの総本山であるバチカンの法王庁(教皇庁)からキリスト教系三大カルト(または異端)の一つとされている。
また、カトリックと対立関係にあるが、プロテスタントではない。プロテスタント諸派もエホバの証人との教理上の相違が大きく、エホバの証人自信も自分たちをプロテスタントであるとは主張しない。
http://www.watchtower.org/j/20091101a/article_01.htm
エホバの証人のスポークスマンによると、ときおり、日本基督教団の牧師が「保護説得」などと称してエホバの証人を拉致、監禁して強制棄教を試みるといった事例が生じており、アメリカ大使館は日本の警察当局に、これを事件として取り締まるよう勧告している。((なお、宗教監禁の実態(統一協会の信者)に関する情報は、こちらの月刊現代の記事を参照。))
参考:2003年 国別人権報告書 http://tokyo.usembassy.gov/j/p/tpj-j20050601-50.html
ただし、SDA―セブンスデー・アドベンチスト教会―はエホバの証人に比較的好意的であり、国によってはセブンスデー・アドベンチスト系の病院がエホバの証人の望む無輸血医療を積極的に提供していることもある。
神の名はエホバであり、敬意を込めてその名を積極的に用いるべきである。
http://www.watchtower.org/j/bh/appendix_01.htm
なお、「エホバ」であるか「ヤハウェ」あるいは「ヤーウェ」であるかは彼らにとって大きな問題ではない。マタイ福音書の主の祈りの冒頭にあるように、神の固有名を用い、それが神聖にされることが重要である、とする。(マタイ 6:9)
さらに、聖書を翻訳する際、神聖四字(YHWH(JHVH)テトラグラマトン)を「神」や「主」といった称号に置き換えると、読者は一般名詞としての神と固有名であるエホバとの意味の相違が識別できないという弊害が生じる。「神」(エローヒーム)と「エホバ」の違いについて、インペリアル聖書辞典(P・フェアベアン編、ロンドン、1874年、第1巻、856ページ)は次のように例証している。
「それ[エホバ]はどんな箇所でも固有の名であり、人格的な神を、そしてただその方だけを表わしている。一方、エローヒームはどちらかと言えば普通名詞の特徴を帯びており、確かに普通は至上者を表わすが、必ずしも、またいつも一様に至上者のことを指しているわけではない。……ヘブライ人はあらゆる偽りの神々に対立する方のことをthe Elohim、つまりまことの神と言う場合があるが、決してthe Jehovahとは言わない。なぜなら、エホバとはまことの神だけの名だからである。また、わたしの神とは再三言うが……決してわたしのエホバとは言わない。というのは、わたしの神と言う場合、エホバのことを意味しているからである。また、イスラエルの神について語りはするが、決してイスラエルのエホバについて語ることはしない。それ以外のエホバはいないからである。さらに、生ける神について語りはするが、決して生けるエホバについて語ることはしない。生きている方ではないエホバなど考えられないからである」。(訳文は、聖書に対する洞察、第一巻、「エホバ」の項より。)
ヘブライ語聖書中に「サタン」が登場するすべての箇所において、定冠詞が使われており、悪魔は固有の実在者であって、人の心に内在する抽象的な概念などではない。(ヨブ 1:6 脚注)
http://watchtower.org/j/20091001a/article_01.htm
神は愛の動機からすべての良いものを創造された。生きる喜びを分かち合うため、み使い(天使)や人間を、倫理的に自由な行為者、つまり神に仕えるか仕えないか、どのように仕えるかを能動的に選択できるものとして創造された。
やがて天使のある者が自由意志を誤用・悪用して神に反逆し、神の主権の正当性、妥当性、義にかなっているか否かに疑念を差し挟むようになった。その天使は、ヘビを使ってエデンの園にいた最初の男女アダムとエバ(イブ)を罪へといざなった。こうして、完全だった人間は不完全になり、原罪を受け継いで死ぬようになった。
悪魔となったその天子が投げかけた問いは、もっぱら倫理的な論争であった。つまり、悪魔は神の力を否認していたのではなく、宇宙の主権者としてエホバがふさわしいか否かを問題にした。したがって、悪魔と叛逆した人間を即座に滅ぼしても、この種の問題の解決とはならなかった。
神からの独立を望む人類社会には、神から倫理的に独立してやっていけるかどうかを試す時間が与えられた。そして、数千年の歴史の中で、君主政治、軍国主義、全体主義、共産主義、自由民主主義などあらゆる政治形態を試みることが許された。
神を愛する人には人間の政治に希望を寄せるのではなく、エホバによる神権政治を支持する機会が差し伸べられている。人間一人一人は、エホバの側につくか悪魔の側につくかを選ばなければならず、エホバの主権を受け入れることによって神の心を喜ばせることができる。―箴言 27:11。(←この側面は「忠誠の論争」とも呼ばれる。)
http://watchtower.org/j/bh/article_11.htm#q10_src
http://watchtower.org/j/bh/article_12.htm#q6_src
なお、悪魔の投げかけたこの論争は、当初から矛盾(論理破綻)していた。悪魔は、自分が論争に勝つなら、エホバは自分を生き続けさせる義務を感じるであろうと考えていたからである。神の公正に疑念を差し挟む一方で、神の公正をあてにしていたのである。(聖書に対する洞察、第一巻、「主権」の項を参照。)
イエスは、人類を罪と死から救済するために天から地に遣わされた。イエスの贖罪死と流した血によって、罪の許しの法的根拠が据えられ、人類には永遠に生きるみこみが差し伸べられた。
http://www.watchtower.org/j/bh/article_05.htm
http://watchtower.org/j/bh/appendix_04.htm
http://www.watchtower.org/j/20091101/article_05.htm
http://www.watchtower.org/j/20090401a/article_01.htm
http://www.watchtower.org/j/20091101/article_02.htm
http://www.watchtower.org/j/bh/appendix_07.htm
http://biblia.milkcafe.to/21-ec-12-07.html
クリスチャンは天に設立された神の王国の国民であるゆえ、地上の政治論争には一切「内政干渉」せず、神の王国の大使また公使として振舞うことが期待される。―ヨハネ 17:16。
http://www.watchtower.org/j/bh/article_15.htm#q12_src
神を愛する者は暴虐を憎まなければならない。―詩編 11:5。
http://www.watchtower.org/j/kn37/article_01.htm
(誤解されがちな点だが、彼らはいかなる戦いをも否定する絶対的平和主義者ではない。旧約聖書(ヘブライ語聖書)にある数々の戦いの記録は、将来神があらゆる悪に報復されることを表しており、「復しゅうは神のもの」と聖書にもある。また、クリスチャンは各自「信仰の戦い」をしなければならない。なお、戦争には不参加となるが、政治的な中立の観点から、戦争反対のデモなどの活動に加わることもしない。)
http://www.watchtower.org/j/hb/index.htm
地抜きされていない肉を食べてはならないという聖書の禁止事項は、イエスの流した贖罪の血に敬意を示すべきであるという考えを根底にしている。したがって、これはもっぱら宗教的な性質のものであり、物理的な意味で1ミクロンも血を摂取してはならないという意味ではなく、血抜きのための合理的な努力が払われていればそれでよしと彼らは考える。
日本臨床麻酔学会誌Vol. 26 http://www.jstage.jst.go.jp/browse/jjsca/26/3/_contents/
http://www.watchtower.org/j/bh/appendix_10.htm
エホバの証人はユダ王国の滅亡を西暦全607年に起きたと考えている。考古学の主流の学説とは意を異にしているが、この点は、「聖書に対する洞察」というものみの塔協会発行の聖書百科事典の「年代計算、年代学、年代記述」の項で、かなりのページを割いて論じられている。
http://www.watchtower.org/j/20051115/article_02.htm
http://www.watchtower.org/j/20051201/article_02.htm
裁くのはイエスであり、誰が救われ、誰が救われないかを決めることに、エホバの証人は関与しない。―ヨハネ 5:22。
http://watchtower.org/j/jt/article_08.htm#saved
週に2回ある集会への参加および非信者への証言活動が求められる。(ヘブライ 10:24-25; マタイ 28:19-20。)また、年に1回、地域大会、巡回大会、特別一日大会という、より規模の大きな集まりがある。(詩編 35:18。)
http://watchtower.org/j/rq/article_14.htm
唯一の式典として、年に1回、キリストの死の記念(主の記念式)が行われる。これは、いわゆる最後の晩餐(最後の晩さん)を記念するもので、カトリックのミサ(聖体祭儀)に当たる。―ルカ 22:19。
http://www.watchtower.org/j/bh/appendix_06.htm
彼らは「新世界訳聖書」という独自に翻訳した聖書を用いている。
オンラインバイブル(インターネット聖書)新世界訳: http://www.watchtower.org/j/bible/
「恣意的な翻訳だ」「自分たちに都合の良い内容に改竄している」という批判もある。
また、エホバの証人側はこれに反論している。
公式: http://www.watchtower.org/j/20080501a/article_01.htm
個人サイト: http://biblia.milkcafe.to/
機関誌・書籍などで、しばしば古今の有名人の発言・著作を引用するが、前後の文脈を無視して極めて恣意的な引用をする傾向にある。(例えば、有名な古生物学者であるスティーブン・J・グールドの著作を、あたかも彼が進化論を否定しているかのような形で引用する)
しかし、この点は近年改善されてきており、2010年に発表された創造を指示する小冊子では、相当の配慮が示されている。
近年では全人類の平等を謳っているが、同協会に批判的な主張によれば、ローマカトリックを始め、他のキリスト教諸派よりもずっと後(1970年代)まで「黒人は神に呪われた種族であり、知的にも劣っており、終わりの日に遂に彼らが救済される時、彼らの肌は白くなるだろう」と主張してきたという。(下部の参考リンク「エホバの証人情報センター」の記述による。同センターは論証的な立場に立っているが、エホバの証人に対する論調は全般に批判的。1970年代およびそれ以前の、エホバの証人における有色人種の扱いについて、より信頼性の高い情報源があればご教示ください。)
世界各国に支部があり、信者のうち白人は1/3程度と推測される。「統治体」と呼ばれる最高指導部は、設立以来多年にわたり白人男性のみで構成されてきたが、1999年にメンバーにサミュエル・F・ハードが加わったことにより、統治体にも有色人種が加わることとなった。
1933年、ドイツで政権を握ったナチスがエホバの証人の弾圧を始めると、協会のドイツ支部は大会を開催して(ベルリン大会)、ナチスの政策を支持し、自分たちとユダヤ人は無関係だと主張する「事実に関する宣言」を全会一致で採択した。この大会には、当時のものみの塔協会の会長ラザフォードも出席している。しかし、世界各国に支部があり、本部がアメリカにあるエホバの証人は、この「宣言」以後もナチスの弾圧の対象となり続けた。
しかし、エホバの証人側は、ナチスを政治的に支持していたわけではないと反論する。
公式: http://www.watchtower.org/j/19980708/article_01.htm
個人サイト: http://biblia.milkcafe.to/07-jg-11-40.html
1985年、ダンプカーに轢かれたエホバの証人の子供大ちゃんが、両親の輸血拒否にあい、死亡。輸血をしても助からなかったとの見解もあるが、マスコミに大々的に取り上げられた。大泉実成著「ASIN:4768455646」に事件の様子が描かれている。
1994年、過剰な体罰、虐待によりエホバの証人の信者の子供が死亡した。
参考:http://www.jwic.com/abuse.htm
エホバの証人である高専生が宗教上の理由で剣道実技を許否した結果、退学処分を受けたが、1996年3月8日、最高裁判所は、この退学処分は違法であるとの判決を下した。
判決文(PDF): http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319123008290359.pdf
なお、これは教育と信教の自由に関する日本国憲法下における重要な憲法判断である。
エホバの証人の婦人が、事前にいかなる場合においても輸血を施さないでほしい、なおかつ輸血しないことによって障害を負っても医師に責任を問うことは一切しないとの合意書に署名していたにもかかわらず、医師たちはひそかに、事前に示し合わせて、当初から輸血を断行することにしていた。手術後、内部告発によってこのことが明らかになり、裁判となった。2000年2月29日、最高裁判所は患者の人格権を侵害したと判決した。
ここでの問題は、強制的に輸血を施したことの是非ではなく、また緊急事態には輸血を施すというその病院の方針が裁かれたのでもない。むしろ、病院はそのような方針をもっているならば、密約をしたりダブルスタンダードをとったりするのではなく、誠実に病院の方針を説明し、患者の信条に沿う別の医療機関を紹介すべきであった、ということである。
エホバの証人のプレスリリース(英語): http://www.jw-media.org/jpn/20000229.htm
判決文(PDF): http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319120604218580.pdf
このほかにも、エホバの証人は国内外で、後に重要な判例となる裁判を起こしている。
参考:衆議院議事録―第159回国会 憲法調査会基本的人権の保障に関する調査小委員会 第2号(平成16年3月11日(木曜日)) http://www.shugiin.go.jp/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/010715920040311002.htm?
そりゃ単にお前が知らんだけだろ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%B7%9D%E7%A7%80%E7%9B%B4
主な所属議員連盟等
http://senkyomae.com/p/191.htm
http://ameblo.jp/amnesty/entry-10344533287.html
翌日に特別国会の召集が控える超のつく忙しさの中にも関わらず、参議院議長の江田五月さん、議連会長の中川秀直さん、議連事務局長の千葉景子さん、社民党党首福島みずほさんなど各党の国会議員たちが参加してくださいました。
ごめんなさい、元々自分が何に苛立っていたのかが、話題が発散してよくわからなくなってしまったのでもう一度整理しておきます。
私は元々、赤木智弘氏が「アグネス・チャンの『二次元』児童ポルノ規制論は、当の児童の『性的主体』としての権利を侵害している」と発言したことが、「フェミ」系の人を中心に批判されていることを中心に違和感を覚えたわけです。しかしながら、そういう批判をしている人たちは従来、「中高生はセックスするな」という意見があれば反発する層と重なると思え、どうしてそんな矛盾したことを主張できるのだろうという従来のイライラが噴出したということでした。「主体」に対して保護はあり得ないのだから、児童ポルノ規制と性行為禁止はセットであるべきだし、酒やタバコと同様の理由でこの両者はセットで規制すべきだろうというのが私の意見です。
あなたは七生事件をご存じであった、それどころか増田で書かれていたという記事を読みましたが、「知らなかった経緯」と書かれるのはなぜでしょう?
知っていたけれども、それが宗教原理主義(具体的には統一教会?)的な意味での「純潔教育」と結びついていたとは初耳だったということです。私は単に、身内に障害者がいたので、養護学校ではあのような試みがあることも知っていたから「糾弾動画」を見てああいう記事を書いただけです。そういう予備知識なしにああいう動画を見せられて「狂信的フェミニストによるやり過ぎの事例」とか言われればその通りなのだと思いこんでも不思議はないだろうと思いましたし、石原はそういう勘違いをしただけだろうと思っていました。身内のタカ派議員あたりからそんなことを吹き込まれたではないかと想像したわけです。それ以上の政治的背景には関心も知識もありませんでした。
しかし、例えばコンドームはなくてもセックスできます。わざわざ身分証明書を借りてきたり偽造したりしてまで(現状で高校生が酒を買う方法です)、コンドームを買うかというと疑問です。がんばらないと入手できない状況を作ることは危険です。できれば、未成年には無料で配布したいくらいですが、禁止されていれば無理ですね。
特にピルは処方薬ですので現状でも医師の診察が必要であり、入手は困難です。法的に禁止されれば入手は今以上に困難になります。
何度も言うように、「禁止されていれば入手できない」というのは飛躍が過ぎると思いますし、同じことをもう一度言いますが、現状ではポルノだって禁止されているはずですよ。必要なのはその程度のザルな「禁止」であって、それ以上でも以下でもないと思います。
ちなみに、酒なんて誰でも平気で買えるものだと思っていましたが、それは初耳です(そういえば最近、私も一度スーパーで年齢訊かれたことがあります。既に二十代後半なので唖然としましたが)。それは明らかに度の過ぎた過剰反応ですね。
あと、ピルは外国では処方なしで買えるものだと思っていましたが、調べてみてそうではないことがわかりました。そうだとすると少しそこは裏口を考えなければいけませんね。医者には守秘義務があることを強調するとか。
で、建前として18歳未満はセックスを禁ずるべきと言う論ですか。
18歳未満とは言っていません。年齢制限については低いに越したことはなく、たぶんあなたの言うように15歳ぐらいが適当でしょう(元々、議論の発端は「13歳」だったわけで)。要するに、体が未成熟で妊娠が生命の危険を生じさせ、また社会的に子供を育てる能力もない状態では保護が必要であり、その保護の一手段として禁止が必要であるという理屈です。義務教育が原則15歳で終わることや女性が16歳で結婚できることなどを考えても、それ以上の規制は現実的に有害無益だと思いますし。
また、私も「出来る限り人間の自由は制限されるべきではない」という原則を信奉しており、たとえば実際の行動に及ばない限りは小児性愛者も性的少数者の一種にすぎないという立場から「非実在」児童ポルノは絶対に規制してはならないという立場ですが、「自由」には必ず「自己責任」が伴うわけで、判断力が十分でない年少者にはこの原則を当てはめることは不適切だと考えます。
ソースは検索したけれど発見できなかったので提示ありがとうございます。しかし、この話にはキリスト教原理主義ないし何らかのイデオロギー性を読み取ることは不適切でないと考えます。成人が同じことをすれば、「猥褻物陳列罪」にしかならないはずで(しかもその成立要件は確実にもっと狭い)、それがもっと重罪で裁かれるのは明らかに法の濫用ではありませんか。
私はこの種の、「世の中が全体としてトチ狂ったことをする」ことが何よりも嫌いです。児童ポルノ過剰規制は反捕鯨運動や北京五輪の時の犬肉禁止運動、そしてスカーフ反対運動と並んで、現代西洋社会の最大の思想的恥部だと私は思っています。そしてここでも鹿鳴館根性が働いている日本という国が情けなくて仕方がありません。
元増田です。
そう思わないといった覚えはありませんが。
誤解して欲しくないのですが、性行為をすれば妊娠する可能性があるということから、避妊に関する基礎知識まで、そのあたりのことは当然教えられるべきです。
その上で、「20歳になるまで酒は飲むな」というのと同一線上の理屈で、「体が成熟して、子供を産み育てる覚悟ができるまで性行為はするな」ということを教えるべきだという話です。その意味で、石原が言った「中学生はセックスするなと教えろ」というのは全然おかしな話ではないはずです。むしろ、酒やタバコの害は基本的にほぼ本人のみだし、一杯や一本で健康を決定的に害することがないのに対し、性行為は一度でも妊娠することがあり得るのだから、リスクはよほど高いはず。そして、「酒を禁止する以上は『一気飲みをするな』と教えることはおかしい」なんていう理屈にはならないでしょう?
にもかかわらずこれはタブー視されている。それはなぜか、おかしくないかと言っているわけです。そして、これをタブー視するなら児童ポルノをそんな重大な児童虐待として扱うこと自体矛盾してないかということです。
知ってます。私は自分でこんな記事 ( http://anond.hatelabo.jp/20080523001935 ) だって書いたことあるぐらいですから。
私の知っている限り、13歳にセックスさせるべきというフェミはいません。
13歳もセックスする可能性を考えて教育すべきというフェミならいると思いますが。
そのあたり、フェミへの偏見から違うものを見てはいませんか?
いや、私だってフェミが「させるべき」と言ったなんて思ってもいませんし書いてもいませんが。
それに、別に13歳じゃなくて15歳でも17歳でもいいんです。要は、「児童ポルノはフィクションといえども女性へのヘイトスピーチ」というのと「児童の性行為を禁止するのは統一教会のキチガイ」という思想がどうやったら共存できるのかという話です。
それに、話をわかりやすくするために題名では「フェミ」と書きましたが、別にフェミでなくても構いません。世間の最大多数は、たとえば「中高生の性行動は割と普通のこと」と思っている一方で「自分から体を売った中高生を撮影してばらまくのは児童虐待、そんなものに興味持つ方が異常」とも思っていると想定されるので、自分で矛盾感じないのか、感じないふりしてるのかどっちなんだろうと思っただけです。