はてなキーワード: 最上とは
http://blog.livedoor.jp/nicovip2ch/archives/1737372.html
「自分を腐女子」と自認している腐女子像:やおい(意味はggr)が好き。自分達の趣味が世間で受け入れられないのを理解しており、公共の場では慎むのが最上のマナーとされている。やおいやBLが好きではない(あるいは嫌っている)女オタは腐女子に含まれない。
まとめブログのコメント欄等で蔓延している腐女子像:気持ち悪いオタ女。腐女子はほぼ必ずホモ・BL・乙女ゲー・ドリーム小説(意味はggr)・テニミュに代表されるミュージカル系・ジャニーズ・その他男性アイドルが好き。
こんな感じか・・・。
元記事
http://yorogame.blog137.fc2.com/blog-entry-513.html
9条には問題があることを知っている人はいるだろう。だけど、税金を使った事業、公務員などがどのような理念の元に動けと書いてあるか、そのことを強く考え思った人は日本人全体でどのくらい居るだろうか?憲法には全体の奉仕者という言葉が使われている。私はトルストイに感化されてからこの文章を読んだので、とても美しい社会を善くする概念だと勝手に思った。そしてその全体の奉仕者という概念に多くの税金により給料を得ている人間はそれほど熱意をもった意識をしていないかもしれないと思った。
また、ネットとTVの間には断絶があると言うべきだろう。ネットの人間がTVで語ることはあるが、可能性の喚起という観点でみると、相互に繋がりを持たせることに、それほど効率的なやり方ではない。なんか知識人っぽいひとがごちゃごちゃ言う番組はみんないろいろ言うから、理解するコストが高い。これだ!という正解をしめすことよりはインパクトが無い。なのでネット人がTVにでても、ネット人に興味をもってネットのそんな情報を見るのは、もともとそういった資質の高かった人と言う事も出来る。
そして、日本を本当に良くする為に私は、ある程度国民に判断の指針となる理念をもってもらうため、近代国家の行動の拠り所である、法、をそれの最上位である憲法の重要さを多くの人に見られるように説くことではないかと思う。
現状の憲法の厳密な、正しい正しくないではなく、憲法の理念に基づいた行動というのを国民が意識するようになったら、憲法の解釈は人によって多少差はあるにせよ、ある政治問題について考えるための、体系的な前提を持つことになるので、それを前提として政治意見を言えば同意を得やすくできるのでは無いかと思う。
そのための行動として最も効果的だと私が思うのは、選挙で当選する見込みがあるか既に当選した政治家が、日本の様々な問題点を全て憲法に対する意識が欠けているということに帰結させるような理屈で、日本社会を善くしようという、国民にポジティブな意識、モチベーションを喚起する理念を語ることが良いのではないかと思う。現在は断絶的なメディア間の差異で国民は虚無感を抱く可能性がとても高いが、その理念に基づいてTVもネットも語るというある種の、政治意見がとるフォーマットを構築することが効果的では無いかと思う。
そしてネットとTVと新聞の世界を繋げるために、政治家はTVで希望を語り人気を集め、その詳しい論拠はネット上にあると示すという形をとるのは効果的ではないかと思う。
大阪の政治では根源的なありようのような希望を語ることによって支持をえてるように伺える。そういったやり方を模倣してその流れを促進すれば日本は今よりもっと良くなる可能性があるのではないだろうか。
また考え方をかなり飛躍させて言うなら、多少政治色をもった意味で、中国等海外で人気があり日本でも知名度の高いこの文章は雑感のまとめであり厳密性には欠ける。
私がこの文章で問題にしたいのは、日本におけるネットのTV、新聞がどのような役割を果たしているかということある。
TV・新聞といったオールドメディアと、それと比べれば、まだ若いメディアといえるインターネットが日本全体に相互に与え合っている影響を考察し、その問題点から、今日本にいる政治的影響力を持ちうる人間はどのように振る舞うべきかと言う事までを書く。
まず、社会に対して書かれた文章というものは、文章を書く人間が、抱いた、(社会を)こうしたいという意識を、書くという方法を選択した結果生まれた成果物である。
という見知でこの文章では、各メディア(主にネット・TV・新聞)の主張を捉える。
そういった視点として、メディアの主張の厳密な正しさより、そのメディアの志した方向性によって流れされた情報と、それによって喚起さうる国民の感情について考える。
まず、311の地震では、日本の各メディアはその問題に関して様々な意見が流れた。地震発生直後は地震その物の話題が大きかったが、原発の問題が発覚してからは少しずつ原発に関する情報が増えて行ったと思う。
この時とそれ以降に、私が感じた事を書く。
私が一番中もくしたのはツイッター上で様々な見解が流された点だ。私が一番印象的だったのは池田信夫氏である。彼は原発の取材をした経験があると語り、様々な自説を展開していた。それに対して色々な池田氏に対する意見が流れていた、私には批判的な意見が優勢にみえ、池田氏はあまり信用できないなという意識をもった。しかし、他の発言力の高かった人達の発言を見ても、実際どういうことなのかよくはわからなかった。
当然である。原発問題初期は原発について情報が不足していて、推理のような部分が多分にあったからだ。色々な人が原発で何がおこっているかについて色々な意見をいっているように見えた。
そして時間が進むと、放射能の問題がでてきた、それに付いても様々な意見が流れていた。
私は無職なので、一日中でもその情報を追う事もできた。だがそんなことをしたいとは全く思わなかった。色んな意見が交錯してかつ、正しい情報すら不確かな要素をもっているこの状況に情報を追うより、ある程度(半年~一年くらい)立ってからそういった過程を経て生まれた、纏まった情報、例えば新書などを見たほうが確実に問題が良く分かるだろうと思ったから。それに、私が原発のことを知っても、対して社会に意味は生じないという思いが意識の片隅にあった。
その間のTVと、ネットの関係はどうであったかは詳しくはわからないが、様々な原子力に関連のある組織が善意でネット上で公開したものにたいして、TV側が紹介をするということはあったとだろうと思う。それによって、日本社会に対する情報の取得源としてTVの比重が大きい人間に、ネットの情報を参照するための意識を喚起した可能性は高い。
だがこのことによって、日本社会は対して良い影響を受けなかっただろう。何故なら、一般人が原発に関して詳しい情報を知ること自体に私はあまり意味が無いと思うからだ。まず理解するのがコストが高い。そこで問題にたいする意識が削がれるだろうと思う。そして一般人は政治的影響力があまり無いので、厳密に正しいという情報をもっていても有効活用はあまりできない。そしてそれらの厳密な情報は政治的影響力の高い人間にとってこそ有効であることは云うまでも無い。だが日本のネット上では政治的な問題の意識の高い人間の間で、原発の科学的に厳密な情報を求める意識が高くなっていたと思う。だが現在から見て見ると、科学的な厳密さを考える事をもっと専門化にアウトソージングして、その原発問題の結果が与える影響とそれにより、日本社会が取り得るべき選択の可能性に、日本国民の意識というコストを割くべきだったと私は感じる。これはあくまでネットの情報をあまり熱心に追わなかった私の感じたことである。本当にどのメディアも積極的に見ていなかった難しくてめんどくさくてついていけないと思ったから。
原発の科学的情報を流すという方法とることの理由の根本は、日本社会を善くしようという物であると思う。その方法がもつ目的の効果を最大化させるために取り得る方法は何か。
国民に問題が起こっているが、対処にあたっていて良い結果を生むために努力をしているという姿勢を示すことである。それにより国民は政治に希望と期待などのプラスの感情、モチベーションが喚起される。よってあの次点で注目を集めるべき情報としては、正しいやり方でやっているという理念を示したものである。それにより希望をもてば人は情報を自分から進んで集めるか、焦りのような感情をもって科学的厳密さを追うこともなかっただろう。
当時にこういう指摘をしたひとはいたかもしれないが、正直全然探す努力をしていなかったので全く知らない。何か政治に語りたいなら積極的に情報をあつめるのが筋だろうけど、そういう動機付けが全然得られなかったんだ。そういった感情を掘り下げて得た見知で纏めているののがこの文章でもある。
それで原発初期から少しして以降の私の事を書く、私は精神病院に入院していた、院内ではTVしか見られなかった。3週間くらいで退院したが、TV軽くみたりネット軽くみても、原発に関しても地震に関しても似たような話というか、個人的に目に付く範囲で見た場合、個別の問題とでもいうべき問題について色々書いた文章ばかりにおもえて、はっきり云ってこういう物を私が読んで何か考える事に何の意味があるのかという思いを持っていた。そういう問題点を指摘したひとはあったかもしれない、だけど目に付かなかったのでどうでもよかった。
病院から退院してからは、大帝国とかランスクエストをやったりしてた、他に適当に本よんだり、読書メーターというのを初めて読書の記録をシステム的につけるようになって中々本を読むのが楽しくなったり、英語の勉強したりしていた、政治的なことに関してはそれなりに適当に見てたけどあまりよくわからなかった。だが10月02日にLeague of Legendsというゲームを始めて猿のようにやりまくっていた12月20日までやった。1試合平均35分前後かかる試合を900試合くらいしたと思う。その期間いつもみている政治的な主張の多いblogとか20サイトくらいいれているgoogle リーダーに全然アクセスしなかった。
それで、League of Legendsを止めてからまた本読むのが楽しくなってきて、色々と読んでいた。LoLで得られた経験から、本を読んで色々より強い影響を受けて、適当にblogにアホなおもいつき書きまくってた。どのような影響を受けたかというと、トルストイを読んで、社会全体の幸福を志向する事の美しさみたいなものを学んだ。
話を戻そう、つまり、色んな人が色んな目的でいろんなことを言っていたと思うが、私は2ヶ月もそれを無視してゲームやり続けても何とも思わなかったのだ。それがどういうことかというと、メディアは私の理屈で言えば、私の行動を変えさせる、メディアがしたい問題提起に私のモチベーションを喚起させる行動をとることは不可能ではなかった、何故なら凄い影響力の高い意見なら、私の見ている範囲のネットのblogにも情報は届くからだ。
そういう可能性をに影響を与える方法をとるということを考えることが大事であると思う。
その方法論を私なりに書きたい。
まず日本人には、共通のどういう社会を目指すべきかという根本的な理念が欠如しているように思う。たとえば憲法である憲法は理論上は国家のありようを書いた文書だ。9条には問題があることを知っている人はいるだろう。だけど、税金を使った事業、公務員などがどのような理念の元に動けと書いてあるか、そのことを強く考え思った人は日本人全体でどのくらい居るだろうか?憲法には全体の奉仕者という言葉が使われている。私はトルストイに感化されてからこの文章を読んだので、とても美しい社会を善くする概念だと勝手に思った。そしてその全体の奉仕者という概念に多くの税金により給料を得ている人間はそれほど熱意をもった意識をしていないかもしれないと思った。
また、ネットとTVの間には断絶があると言うべきだろう。ネットの人間がTVで語ることはあるが、可能性の喚起という観点でみると、相互に繋がりを持たせることに、それほど効率的なやり方ではない。なんか知識人っぽいひとがごちゃごちゃ言う番組はみんないろいろ言うから、理解するコストが高い。これだ!という正解をしめすことよりはインパクトが無い。なのでネット人がTVにでても、ネット人に興味をもってネットのそんな情報を見るのは、もともとそういった資質の高かった人と言う事も出来る。
そして、日本を本当に良くする為に私は、ある程度国民に判断の指針となる理念をもってもらうため、近代国家の行動の拠り所である、法、をそれの最上位である憲法の重要さを多くの人に見られるように説くことではないかと思う。
現状の憲法の厳密な、正しい正しくないではなく、憲法の理念に基づいた行動というのを国民が意識するようになったら、憲法の解釈は人によって多少差はあるにせよ、ある政治問題について考えるための、体系的な前提を持つことになるので、それを前提として政治意見を言えば同意を得やすくできるのでは無いかと思う。
そのための行動として最も効果的だと私が思うのは、選挙で当選する見込みがあるか既に当選した政治家が、日本の様々な問題点を全て憲法に対する意識が欠けているということに帰結させるような理屈で、日本社会を善くしようという、国民にポジティブな意識、モチベーションを喚起する理念を語ることが良いのではないかと思う。現在は断絶的なメディア間の差異で国民は虚無感を抱く可能性がとても高いが、その理念に基づいてTVもネットも語るというある種の、政治意見がとるフォーマットを構築することが効果的では無いかと思う。
そしてネットとTVと新聞の世界を繋げるために、政治家はTVで希望を語り人気を集め、その詳しい論拠はネット上にあると示すという形をとるのは効果的ではないかと思う。
大阪の政治では根源的なありようのような希望を語ることによって支持をえてるように伺える。そういったやり方を模倣してその流れを促進すれば日本は今よりもっと良くなる可能性があるのではないだろうか。
またこれらの考え方をかなり飛躍させて言うなら、多少政治色をもった意味で、中国等海外で人気があり日本でも知名度の高い蒼井そらが社会の理想と希望について語りながら、性的な事を行う映像を創ることもまた効果的であるといえる。
その理屈を使って、ネット上で論じられる著作権問題を憲法が持つ全体の利益という視点を重視して、多少厳密さを欠いたうえで語るなら、インターネット上の無料コピーは日本人が一般的に思っているほど、あまり悪いこととも言えないという理屈も導ける。
ネット上の無料コピーによる、著作権侵害が違法であるといっても、動画サイトで見るのは良いが、ツールを使って落とすのはよくないとかそういうのは根本的に考えたら些末な問題でやってることは本質的には同じとも云える。それを差異があるように演出しているのはあまり社会を善くするという意味は無いと云う事もできる。なぜなら、どのような方法であれネット上で無料コピーにより著作権を侵害するという行為によって逮捕される人は現状、全然居ないに等しいからだ。なのでこのような違法としていて一部はそれを遵守せよ!と感情的になっているがその視点は近視眼的ということもできる。そういったあまり根本的に考えなていない意見によって脅迫をかけるような同調圧力と化していると思う。全体の利益という視点を重視したら、違法としててもろくに取り締まりもおこなっていないやったもん勝ちみたいな、現状の無料コピーに対する意識というのは不自然です。赤信号は場合によっては無視してもいいという意識は誰でももっているように、無料コピーにしても、目立つ形でやった人間以外ととても運の悪い人以外には、取り締まりなど無いに等しいから、やるのは個人の判断で赤信号を渡ることと似たようなこと。という意識を多くの国民がもっていたほうが国家としては健全だと私は思う。その国民の意識に応じて法を変えれば良い。
そのようなそこの浅いときに、脅迫的ともいえる同調圧力意見というのはネットにはありふれていて、その思考方法を変化させるためにも、国家はどうあるべきかという形を分かり易く国民全員に伝えなければいけないと思う。
(終わり)
日本のメディア間の隔絶について 日本のおけるネットとオールドメディアの最適な関係の構築方法の模索
この文章は雑感のまとめであり厳密性には欠ける。
私がこの文章で問題にしたいのは、日本におけるネット、TV、新聞がどのような役割を果たしているかということある。
TV・新聞といったオールドメディアと、それと比べれば、まだ若いメディアといえるインターネットが日本全体に相互に与え合っている影響を考察し、その問題点から、今日本にいる政治的影響力を持ちうる人間はどのように振る舞うべきかと言う事までを書く。
まず、社会に対して書かれた文章というものは、文章を書く人間が、抱いた、(社会を)こうしたいという意識を、書くという方法を選択した結果生まれた成果物である。
という見知でこの文章では、各メディア(主にネット・TV・新聞)の主張を捉える。
そういった視点として、メディアの主張の厳密な正しさより、そのメディアの志した方向性によって流れされた情報と、それによって喚起さうる国民の感情について考える。
まず、311の地震では、日本の各メディアはその問題に関して様々な意見が流れた。地震発生直後は地震その物の話題が大きかったが、原発の問題が発覚してからは少しずつ原発に関する情報が増えて行ったと思う。
この時とそれ以降に、私が感じた事を書く。
私が一番中もくしたのはツイッター上で様々な見解が流された点だ。私が一番印象的だったのは池田信夫氏である。彼は原発の取材をした経験があると語り、様々な自説を展開していた。それに対して色々な池田氏に対する意見が流れていた、私には批判的な意見が優勢にみえ、池田氏はあまり信用できないなという意識をもった。しかし、他の発言力の高かった人達の発言を見ても、実際どういうことなのかよくはわからなかった。
当然である。原発問題初期は原発について情報が不足していて、推理のような部分が多分にあったからだ。色々な人が原発で何がおこっているかについて色々な意見をいっているように見えた。
そして時間が進むと、放射能の問題がでてきた、それに付いても様々な意見が流れていた。
私は無職なので、一日中でもその情報を追う事もできた。だがそんなことをしたいとは全く思わなかった。色んな意見が交錯してかつ、正しい情報すら不確かな要素をもっているこの状況に情報を追うより、ある程度(半年~一年くらい)立ってからそういった過程を経て生まれた、纏まった情報、例えば新書などを見たほうが確実に問題が良く分かるだろうと思ったから。それに、私が原発のことを知っても、対して社会に意味は生じないという思いが意識の片隅にあった。
その間のTVと、ネットの関係はどうであったかは詳しくはわからないが、様々な原子力に関連のある組織が善意でネット上で公開したものにたいして、TV側が紹介をするということはあったとだろうと思う。それによって、日本社会に対する情報の取得源としてTVの比重が大きい人間に、ネットの情報を参照するための意識を喚起した可能性は高い。
だがこのことによって、日本社会は対して良い影響を受けなかっただろう。何故なら、一般人が原発に関して詳しい情報を知ること自体に私はあまり意味が無いと思うからだ。まず理解するのがコストが高い。そこで問題にたいする意識が削がれるだろうと思う。そして一般人は政治的影響力があまり無いので、厳密に正しいという情報をもっていても有効活用はあまりできない。そしてそれらの厳密な情報は政治的影響力の高い人間にとってこそ有効であることは云うまでも無い。だが日本のネット上では政治的な問題の意識の高い人間の間で、原発の科学的に厳密な情報を求める意識が高くなっていたと思う。だが現在から見て見ると、科学的な厳密さを考える事をもっと専門化にアウトソージングして、その原発問題の結果が与える影響とそれにより、日本社会が取り得るべき選択の可能性に、日本国民の意識というコストを割くべきだったと私は感じる。これはあくまでネットの情報をあまり熱心に追わなかった私の感じたことである。本当にどのメディアも積極的に見ていなかった難しくてめんどくさくてついていけないと思ったから。
原発の科学的情報を流すという方法とることの理由の根本は、日本社会を善くしようという物であると思う。その方法がもつ目的の効果を最大化させるために取り得る方法は何か。
国民に問題が起こっているが、対処にあたっていて良い結果を生むために努力をしているという姿勢を示すことである。それにより国民は政治に希望と期待などのプラスの感情、モチベーションが喚起される。よってあの次点で注目を集めるべき情報としては、正しいやり方でやっているという理念を示したものである。それにより希望をもてば人は情報を自分から進んで集めるか、焦りのような感情をもって科学的厳密さを追うこともなかっただろう。
当時にこういう指摘をしたひとはいたかもしれないが、正直全然探す努力をしていなかったので全く知らない。何か政治に語りたいなら積極的に情報をあつめるのが筋だろうけど、そういう動機付けが全然得られなかったんだ。そういった感情を掘り下げて得た見知で纏めているののがこの文章でもある。
それで原発初期から少しして以降の私の事を書く、私は精神病院に入院していた、院内ではTVしか見られなかった。3週間くらいで退院したが、TV軽くみたりネット軽くみても、原発に関しても地震に関しても似たような話というか、個人的に目に付く範囲で見た場合、個別の問題とでもいうべき問題について色々書いた文章ばかりにおもえて、はっきり云ってこういう物を私が読んで何か考える事に何の意味があるのかという思いを持っていた。そういう問題点を指摘したひとはあったかもしれない、だけど目に付かなかったのでどうでもよかった。
病院から退院してからは、大帝国とかランスクエストをやったりしてた、他に適当に本よんだり、読書メーターというのを初めて読書の記録をシステム的につけるようになって中々本を読むのが楽しくなったり、英語の勉強したりしていた、政治的なことに関してはそれなりに適当に見てたけどあまりよくわからなかった。だが10月02日にLeague of Legendsというゲームを始めて猿のようにやりまくっていた12月20日までやった。1試合平均35分前後かかる試合を900試合くらいしたと思う。その期間いつもみている政治的な主張の多いblogとか20サイトくらいいれているgoogle リーダーに全然アクセスしなかった。
それで、League of Legendsを止めてからまた本読むのが楽しくなってきて、色々と読んでいた。LoLで得られた経験から、本を読んで色々より強い影響を受けて、適当にblogにアホなおもいつき書きまくってた。どのような影響を受けたかというと、トルストイを読んで、社会全体の幸福を志向する事の美しさみたいなものを学んだ。
話を戻そう、つまり、色んな人が色んな目的でいろんなことを言っていたと思うが、私は2ヶ月もそれを無視してゲームやり続けても何とも思わなかったのだ。それがどういうことかというと、メディアは私の理屈で言えば、私の行動を変えさせる、メディアがしたい問題提起に私のモチベーションを喚起させる行動をとることは不可能ではなかった、何故なら凄い影響力の高い意見なら、私の見ている範囲のネットのblogにも情報は届くからだ。
そういう可能性をに影響を与える方法をとるということを考えることが大事であると思う。
その方法論を私なりに書きたい。
まず日本人には、共通のどういう社会を目指すべきかという根本的な理念が欠如しているように思う。たとえば憲法である憲法は理論上は国家のありようを書いた文書だ。9条には問題があることを知っている人はいるだろう。だけど、税金を使った事業、公務員などがどのような理念の元に動けと書いてあるか、そのことを強く考え思った人は日本人全体でどのくらい居るだろうか?憲法には全体の奉仕者という言葉が使われている。私はトルストイに感化されてからこの文章を読んだので、とても美しい社会を善くする概念だと勝手に思った。そしてその全体の奉仕者という概念に多くの税金により給料を得ている人間はそれほど熱意をもった意識をしていないかもしれないと思った。
また、ネットとTVの間には断絶があると言うべきだろう。ネットの人間がTVで語ることはあるが、可能性の喚起という観点でみると、相互に繋がりを持たせることに、それほど効率的なやり方ではない。なんか知識人っぽいひとがごちゃごちゃ言う番組はみんないろいろ言うから、理解するコストが高い。これだ!という正解をしめすことよりはインパクトが無い。なのでネット人がTVにでても、ネット人に興味をもってネットのそんな情報を見るのは、もともとそういった資質の高かった人と言う事も出来る。
そして、日本を本当に良くする為に私は、ある程度国民に判断の指針となる理念をもってもらうため、近代国家の行動の拠り所である、法、をそれの最上位である憲法の重要さを多くの人に見られるように説くことではないかと思う。
現状の憲法の厳密な、正しい正しくないではなく、憲法の理念に基づいた行動というのを国民が意識するようになったら、憲法の解釈は人によって多少差はあるにせよ、ある政治問題について考えるための、体系的な前提を持つことになるので、それを前提として政治意見を言えば同意を得やすくできるのでは無いかと思う。
そのための行動として最も効果的だと私が思うのは、選挙で当選する見込みがあるか既に当選した政治家が、日本の様々な問題点を全て憲法に対する意識が欠けているということに帰結させるような理屈で、日本社会を善くしようという、国民にポジティブな意識、モチベーションを喚起する理念を語ることが良いのではないかと思う。現在は断絶的なメディア間の差異で国民は虚無感を抱く可能性がとても高いが、その理念に基づいてTVもネットも語るというある種の、政治意見がとるフォーマットを構築することが効果的では無いかと思う。
そしてネットとTVと新聞の世界を繋げるために、政治家はTVで希望を語り人気を集め、その詳しい論拠はネット上にあると示すという形をとるのは効果的ではないかと思う。
大阪の政治では根源的なありようのような希望を語ることによって支持をえてるように伺える。そういったやり方を模倣してその流れを促進すれば日本は今よりもっと良くなる可能性があるのではないだろうか。
また考え方をかなり飛躍させて言うなら、多少政治色をもった意味で、中国等海外で人気があり日本でも知名度の高い
この文章は雑感のまとめであり厳密性には欠ける。
私がこの文章で問題にしたいのは、日本におけるネットのTV、新聞がどのような役割を果たしているかということある。
TV・新聞といったオールドメディアと、それと比べれば、まだ若いメディアといえるインターネットが日本全体に相互に与え合っている影響を考察し、その問題点から、今日本にいる政治的影響力を持ちうる人間はどのように振る舞うべきかと言う事までを書く。
まず、社会に対して書かれた文章というものは、文章を書く人間が、抱いた、(社会を)こうしたいという意識を、書くという方法を選択した結果生まれた成果物である。
という見知でこの文章では、各メディア(主にネット・TV・新聞)の主張を捉える。
そういった視点として、メディアの主張の厳密な正しさより、そのメディアの志した方向性によって流れされた情報と、それによって喚起さうる国民の感情について考える。
まず、311の地震では、日本の各メディアはその問題に関して様々な意見が流れた。地震発生直後は地震その物の話題が大きかったが、原発の問題が発覚してからは少しずつ原発に関する情報が増えて行ったと思う。
この時とそれ以降に、私が感じた事を書く。
私が一番中もくしたのはツイッター上で様々な見解が流された点だ。私が一番印象的だったのは池田信夫氏である。彼は原発の取材をした経験があると語り、様々な自説を展開していた。それに対して色々な池田氏に対する意見が流れていた、私には批判的な意見が優勢にみえ、池田氏はあまり信用できないなという意識をもった。しかし、他の発言力の高かった人達の発言を見ても、実際どういうことなのかよくはわからなかった。
当然である。原発問題初期は原発について情報が不足していて、推理のような部分が多分にあったからだ。色々な人が原発で何がおこっているかについて色々な意見をいっているように見えた。
そして時間が進むと、放射能の問題がでてきた、それに付いても様々な意見が流れていた。
私は無職なので、一日中でもその情報を追う事もできた。だがそんなことをしたいとは全く思わなかった。色んな意見が交錯してかつ、正しい情報すら不確かな要素をもっているこの状況に情報を追うより、ある程度(半年~一年くらい)立ってからそういった過程を経て生まれた、纏まった情報、例えば新書などを見たほうが確実に問題が良く分かるだろうと思ったから。それに、私が原発のことを知っても、対して社会に意味は生じないという思いが意識の片隅にあった。
その間のTVと、ネットの関係はどうであったかは詳しくはわからないが、様々な原子力に関連のある組織が善意でネット上で公開したものにたいして、TV側が紹介をするということはあったとだろうと思う。それによって、日本社会に対する情報の取得源としてTVの比重が大きい人間に、ネットの情報を参照するための意識を喚起した可能性は高い。
だがこのことによって、日本社会は対して良い影響を受けなかっただろう。何故なら、一般人が原発に関して詳しい情報を知ること自体に私はあまり意味が無いと思うからだ。まず理解するのがコストが高い。そこで問題にたいする意識が削がれるだろうと思う。そして一般人は政治的影響力があまり無いので、厳密に正しいという情報をもっていても有効活用はあまりできない。そしてそれらの厳密な情報は政治的影響力の高い人間にとってこそ有効であることは云うまでも無い。だが日本のネット上では政治的な問題の意識の高い人間の間で、原発の科学的に厳密な情報を求める意識が高くなっていたと思う。だが現在から見て見ると、科学的な厳密さを考える事をもっと専門化にアウトソージングして、その原発問題の結果が与える影響とそれにより、日本社会が取り得るべき選択の可能性に、日本国民の意識というコストを割くべきだったと私は感じる。これはあくまでネットの情報をあまり熱心に追わなかった私の感じたことである。本当にどのメディアも積極的に見ていなかった難しくてめんどくさくてついていけないと思ったから。
原発の科学的情報を流すという方法とることの理由の根本は、日本社会を善くしようという物であると思う。その方法がもつ目的の効果を最大化させるために取り得る方法は何か。
国民に問題が起こっているが、対処にあたっていて良い結果を生むために努力をしているという姿勢を示すことである。それにより国民は政治に希望と期待などのプラスの感情、モチベーションが喚起される。よってあの次点で注目を集めるべき情報としては、正しいやり方でやっているという理念を示したものである。それにより希望をもてば人は情報を自分から進んで集めるか、焦りのような感情をもって科学的厳密さを追うこともなかっただろう。
当時にこういう指摘をしたひとはいたかもしれないが、正直全然探す努力をしていなかったので全く知らない。何か政治に語りたいなら積極的に情報をあつめるのが筋だろうけど、そういう動機付けが全然得られなかったんだ。そういった感情を掘り下げて得た見知で纏めているののがこの文章でもある。
それで原発初期から少しして以降の私の事を書く、私は精神病院に入院していた、院内ではTVしか見られなかった。3週間くらいで退院したが、TV軽くみたりネット軽くみても、原発に関しても地震に関しても似たような話というか、個人的に目に付く範囲で見た場合、個別の問題とでもいうべき問題について色々書いた文章ばかりにおもえて、はっきり云ってこういう物を私が読んで何か考える事に何の意味があるのかという思いを持っていた。そういう問題点を指摘したひとはあったかもしれない、だけど目に付かなかったのでどうでもよかった。
病院から退院してからは、大帝国とかランスクエストをやったりしてた、他に適当に本よんだり、読書メーターというのを初めて読書の記録をシステム的につけるようになって中々本を読むのが楽しくなったり、英語の勉強したりしていた、政治的なことに関してはそれなりに適当に見てたけどあまりよくわからなかった。だが10月02日にLeague of Legendsというゲームを始めて猿のようにやりまくっていた12月20日までやった。1試合平均35分前後かかる試合を900試合くらいしたと思う。その期間いつもみている政治的な主張の多いblogとか20サイトくらいいれているgoogle リーダーに全然アクセスしなかった。
それで、League of Legendsを止めてからまた本読むのが楽しくなってきて、色々と読んでいた。LoLで得られた経験から、本を読んで色々より強い影響を受けて、適当にblogにアホなおもいつき書きまくってた。どのような影響を受けたかというと、トルストイを読んで、社会全体の幸福を志向する事の美しさみたいなものを学んだ。
話を戻そう、つまり、色んな人が色んな目的でいろんなことを言っていたと思うが、私は2ヶ月もそれを無視してゲームやり続けても何とも思わなかったのだ。それがどういうことかというと、メディアは私の理屈で言えば、私の行動を変えさせる、メディアがしたい問題提起に私のモチベーションを喚起させる行動をとることは不可能ではなかった、何故なら凄い影響力の高い意見なら、私の見ている範囲のネットのblogにも情報は届くからだ。
そういう可能性をに影響を与える方法をとるということを考えることが大事であると思う。
その方法論を私なりに書きたい。
まず日本人には、共通のどういう社会を目指すべきかという根本的な理念が欠如しているように思う。たとえば憲法である憲法は理論上は国家のありようを書いた文書だ。9条には問題があることを知っている人はいるだろう。だけど、Permalink | トラックバック(0) | 04:44
http://anond.hatelabo.jp/20111112181142
とりあえずの感想を。当然だが私一個人のテキトーな感想なので、深く受け止めてはいけない。
私利私欲のためにやっちゃいけない融通利かせて逮捕される馬鹿もいるけどね。
マナーに厳しいのはマナーが守られる社会の快適さを感じている人が多く、ジョークやいたずらの不快感や損失、悪質さを感じている人が多いからかと。
とはいえジョークやいたずらに勤しむ人々がいないわけじゃない。
2.自分の気持ちに素直じゃない。損得で行動する(いつも本当の気持ちで行動しない)
損得の気持ちが他の気持ちを上回っているだけなんじゃないかと。
3.自分が成功しないんじゃなくて、他人が成功するのが悔しい(成功している人の悪口をいう。でも悪いことや失敗している人の悪口はいわない)
成功している人の悪口は結構ある。でも悪者や失敗への悪口も多いと思うよ。後者は表立ってはなかなか言われないだけで。
4.ブランド物など他人と比べる、相対的な方法でしか幸せを計れない(私の国では考えられないくらいみんなブランドものを持っている!)
この傾向は弱まってきてると思うけれども、一時期はすごかった。
差別は無意識中心に結構あるとは思うが、まっとうな指摘を受けたら問題ない程度まで修正する人が大多数だと信じたい。
あと、あなたが良い人に感じてても他の大多数はそう感じてないとか、誰かが誘導かけて追い込んでいるとか、そういうケースは多いかと。
要求が超ハイレベルなだけ。トイレで言えばトイレットペーパーに満足できずウォッシュレットや温かい便座を作ってしまうようなもの。
感情表現は奥ゆかしさが最上という、少なくとも平安時代以前から続く文化があるので、嫌とか言われようと変えるのは非常に困難。特に愛を告げる方法には、知性と感性がいかに優れているかが勝負どころだったという長い歴史がある。ストレートに愛を告げるのは「愛を告げる方法はストレートしかわかりませんでした」という敗北宣言になってしまいがちなのである。
8.性別の特徴をみとめない(男は強くて、女は弱い。そういうことをいうと怒る。でも女は男より綺麗でしょ?)
男尊女卑だった文化へのカウンター期という側面が強いかと。ただ今後落ち着いていくかはわからない。
主に発音がね…。RとLとか幼少の頃に訓練しないと耳も口も獲得できないという説が強かったはず。
大阪駅の一風堂当りで演説してる人からただでもらったので読んでみた。
ひとことで言うと「大人のためのセカイ系中二病のススメ」という感じ。
誤解がないよう、本の内容の前にwikipediaを引用しておく。
設立当初は霊言集の刊行などによる「霊知識」の普及を中心とした啓蒙活動が展開され、信仰に関することが説かれることはあまりなかった。後に、教団内で組織ができるようになるが、多くの会員は入会する前に持っていた信仰に従い、会を指導(支援)しているとされた「高級霊」(例:日蓮宗系の人は日蓮、浄土真宗系の人は親鸞)を信仰していた。1989年からは、「三宝帰依」など信仰心について説かれるようになり、1990年「信仰と伝道」の法話が説かれ、1990年からは組織的な伝道活動が開始されるようになった。また、宗教法人となった1991年には、『月刊Asahi』4月号で幸福の科学の紹介記事が掲載されたほか、東京大学での野外講演「黎明の時代」(5月)、東京ドームでの「御生誕祭」(7月)、講談社フライデーへの抗議行動(9月)などで世間の耳目を引いた。1992年12月には、会員でも代理本尊の一つである「家庭御本尊」を安置することが可能となった。1994年4月10日には、主宰により「方便の時代は終わった」と宣言され、根本経典や基本書の『太陽の法』が改訂され、教団の運営体制の整備が進むとともに、三宝帰依を中心とする信仰へと移行し、1994年6月からは三帰誓願式が始まっている。
現状は、仏教の中でもとくに浄土真宗をベースとした教義を説いている印象を受けた。
他力信仰、来世での救済をベースとした互助組織のようなカタチをとっている。
言ってみれば戦国時代における石山本願寺から、武力的要素を引いたようなものである。ってそれ引いたらもう別物か?
今までの宗教は、仏教しかりイスラムしかり、発祥した地域の束縛を受けているとし、
それゆえに争いが絶えない。特に旧いものを新しいものが倒そうとしてしまう傾向があるとして諫め、
そういったものを、より広い視野から、至高存在「エル・カンターレ」によって調和・調停させる。
これによって未来の最終戦争を防ぎ、地球平和を実現しようというのが最上の目的。
要するにセカイ系。
ただし、普通のラノベと違って、そこそこ現実感覚があるため主人公一人だけというのは無理があると理解している。
また、大人は若者と違って基本的に殺し合いや戦争といったものに憧れよりも嫌悪を抱く。
そのために補足が行われている。
・その一は「一人で戦わない」こと
「大勢の人間が一つに集まって、セカイ系の主人公の役割を一緒に果たそう。みんなでセカイの敵と戦おう」と促す。
・そのニは「武力を持って戦わない」こと。
平和を目的とし、手段にしても「争いの調停者」という形を取る。武力介入しないソレスタル・ビーイング?・・・うーん。
・その三は「支配するのではなく模範となる」ことを目的とする。
世界宗教によって世界を統合し、争いをなくすことが目的なのだが、自らが世界に広がろうとはしない。
あくまで日本に理想の宗教国家をたて、モデルケースとして運営することで、世界がソレに倣うように仕向ける。
なぜ日本にモデル国家を建国するかというと、日本は未熟ながら、最も理想を実現するのに適した下地だから、だそうです。
こうやって中途半端に自分のコトを賢いと思っている大人の心をくすぐるのが上手だな、と感じた。
何事も斜めに構えてケチを付けるけれど、ちょっと合理的な説明を返されるところっと信じてしまうタイプの人ははまっちゃうんだろうな。
成り立ちからして明確な教義を持ってスタートしたわけではないことから、信仰によって他者を排斥するということはあまりない。
唯一のルールは教祖である大川隆法を信仰することであり、ソレ以外を強要されることはない。かなり自由。
(逆に言えば、他の「個人崇拝」型の宗教や論理的に厳密な人間を極端に嫌う)
「幸福の科学」という言葉にあるように科学についても寛容、というより手段や戒律に厳格な要素は少ない
あくまでも幸福を実現することが目的であり、その目的にかなうのであればそれは全てエル・カンターレの意に沿うものである。
それは他者への愛(作中では「慈悲」)と大いなる存在への感謝(作中では「信仰」)によって成し遂げられる。
要するに目的が正しいならなんでもありってこと。
大事なのは「信仰心=大いなる存在を信じ、その愛に感謝すること」をもって生きることだけであり、
その基礎さえできていれば他の宗教についても非常に寛容。
社会全体の幸福を増大させる限りにおいて自由を尊重し、格差社会も肯定する。
彼らは「みんなで不幸になりましょう」という教義を持った異端なんだそうです。詳しい説明はなし。
セカイ系の文脈で見れば、明確に戦うべき敵が存在する。それは「世界の幸福量を減らす存在」である。
非常に漠然としているが、それだけ個人によって想像力を働かせる余地があるということでもある。
幸福実現党の人たちが、実にいろんなバラエティに富む政策提言をしているのはこのあたりのユルさがポイントか。
人間を霊的な存在と捉え、より高次な視点から世界全体を把握する
あくまで天上界から見ての善悪を重視する。一番大事なのは信仰を持つことであるとする。
ちなみに、人間が霊的な存在であるということを認識し、ソレを極めると過去の偉大な霊との交信なども可能になるらしいです。
世間一般では「幸福の科学=大川隆法が○○の霊との対話をしてなんかテキトウなこと言ってる」というイメージがあると思うが
あの対話はこの「人間は霊的な存在」=「霊的な存在には制約がない」=「現世と来世の境界も超えられる」という教義によるらしい。
現代の日本や世界情勢の分析について、中途半端に現実的で、そこからはじまる怒涛のオカルト臭い説明がなんとも言えない。
天才には二種類いる。
先天的な天才とは、能力が優れており、また、能力の成長率が著しい人間のことだ。もっとも純粋な意味の天才とはこのようなタイプの天才を指すだろう。
それは、凡人が獲得し得る唯一の天才だ。いわば後天的な才能の最たるものだ。
つまりそれとは、あらゆるものをトレーニングにしてしまうということだ。
あらゆるものをトレーニングにする、ということは、ありとあらゆる物事、そして全ての時間において、自らをトレーニングの場に置くことができる才能だ。
これは後天的に獲得できるものだ。このような才能を獲得するには、意識を変えるだけで事足りる。
この件に関しては無敗で五階級を制覇を果たしたボクサー、フロイド・メイウェザーJrが興味深い発言をしている。
『俺はハードに練習してるぜ。俺は寝ている間も練習している。お前らが寝ている時も俺は練習している。お前らが練習している時も、当然俺は練習している』
では、このような後天的な天才を手に入れるには、どうすればよいのだろうか?
言い換えるならば無理をしないということだ。
自然状態から自分を動かそうものなら、無理が生じ、その分ロスが生じるのである。
つまり、この後天的な天才――『常に自らをトレーニングに状態に置く』才能とは、自らを自然な状態においておくということなのだ。
そして、貴方が貴方たる最上の状態、つまり貴方の自然状態を見つけることこそが、この後天的な才能の最たるものを見つける手段に成り得るのである。
そしてもし貴方がもっとも貴方らしい状態、自然状態を手にしたならば、貴方はその時後天的に手に入れ得る才能のなかで最上のもの……最高の意味での努力の才能を手に入れるだろう。
「どうしても戦争が必要なら資源消費を最小限に抑えて目的達成せよ」
だったりする。相手を打ち崩すのは中策くらいで、ガード無しの殴り合いは下策の類。
上策は相手が戦争の意志を固める前に、その意志を霧散させること。
例えば孫子の冒頭は、
死生の地、存亡の道、察せざるべからざるなり。
故にこれを経るに五事を以てし、
これを校ぶるに計を以てして、その情を索む。
一に曰わく道、二に曰わく天、三に曰わく地、四に曰わく将、五に曰わく法。
とあるんだが、これを超訳気味にざっくり言うと(多少自分好みにアレンジした)、
したがって、死亡フラグ・生存フラグ、存亡のシナリオ、これを熟察すべきだ。
そのためには、敵味方の力量を5つの項目で測り、
5つの項目というのは、
となる。
つまり、
したがって、(恋愛における)死亡フラグ・生存フラグ、存亡のシナリオ、これを熟察すべきだ。
5つの項目というのは、
となる。
言い換えるなら、
恋愛するときは、恋敵と自分とのリーダーシップの強さ、置かれている状況の違い、
仲間の質、量、規律なんかを良く調べ、それらを与条件として、
死亡フラグや生存フラグを理解し、どう展開すると恋愛が破綻し、
逆にどう展開すれば恋愛が進展するのかを把握し、
勝算のあるシナリオや再起不能を避けるシナリオを見つけ出せということだ。
についてもvs恋愛対象ではなくvs恋敵として考えると、
『三角関係となって百戦百勝するのは最善ではなく、恋敵と戦わずに恋愛対象から手を引かせるのが最善なのだ』
できる限り、例えば外交戦を展開したり自分の勢力を誇示したりして、
相手に勝ち目を無くさせたり、勝ち目がないと思わせたりしてしまえということだ。
ちなみにこの続きもあって、同様に恋愛へ適用できるように解釈すると、
その次は、恋敵⇔恋敵の仲間・恋愛対象・恋愛対象の友人間の同盟(共謀)関係を阻止すること、
その次は自分と恋敵が直接対決する(つまり三角関係になる)ことで、
恋愛対象との信頼関係をガッチガチに固めているところを攻めに行くことだ』
と孫子は言っている。
http://www.youtube.com/watch?v=8AMlqRsHUXI
アナ 「ニュースにならない世界の大ニュース、編集長の裏話、杜の都の出版社『本の杜』編集長でジャーナリストの大沼安志さん登場です」
アナ 「先週大沼さんが紹介した三宅一世さんがニューヨークタイムズに寄せた文を大沼さんのブログで改めて読んでみたいという方がいらっしゃって、検索の仕方をご案内したんですが、ご覧になる事出来ましたでしょうかねぇ」
大沼氏 「ええ、オバマさん今“核の無い世界”って事を言ってるんですけど、核兵器っていうのは文字通り物理学兵器ですよね。でね、今核兵器以上にもっともっと恐ろしい物理学兵器の存在が世界中で疑われているんです」
大沼氏 「それはもう既にニックネームがついておりまして“HAARP(ハープ)”って言うんですよ」
大沼氏 「そうです、スペルが殆ど同じで、(中略)この統合地球物理学兵器ってやつは“HAARP”なんですね」
(中略)
大沼氏 「どんなものなのか簡単に説明させていただきますと“電離層ヒーター”といわれているんですよ」
大沼氏 「そうです。“電離層”って言うのは僕も素人なんですが調べて来ましたら、地球の成層圏の最上層部…」
大沼氏 「そう、高いところ。地上からの電波を跳ね返すところなんだそうです」
アナ 「電離層の反射で遠くの(ラジオの)放送局が良く聞こえたり…」
大沼氏「はいはい、そうです。このHAARPっていう統合物理学兵器っていうやつはこの電離層に向かって電波を発射するんですね」
大沼氏 「それを発射する基地がどこにあるかって言うとアラスカにあるんです。フェアバンクスとアンカレッジの間にあってですね、1990年代から建設が始まって21世紀、つい最近になって完成したと言われているんですね。これを作ったのはどこかといいますとアメリカの国防総省“ペンタゴン”ですね。空軍と海軍の協同プロジェクトなんですね。それに多分目くらましと言う事があるでしょうけどもアラスカ大学が絡んでまして一応学術研究であると。電離層を研究するという形をとっているんですけれども、そうではないんで無いかと、そういう見方が広がっているんですね」
アナ 「電離層に電波を当てて何をしようとしているんですか?」
大沼氏 「その電波なんですけどもアメリカ最大のラジオ局の出力の7万2千倍なんですよ。電離層の局地的に360万ワットといわれていますが、それを当てるんですね。照射するんですね。それをしますといろんな事が起きるんですが一つは電離層に穴が開くんですね。指向性の有る電波を出しますから例えば日本上空の電離層を狙ってそこに穴を開ける」
大沼氏 「そうすると宇宙の放射線が入ってくると。それが一つなんですね。それから色々有る、四つ位有るんですが、もう一つはこれが実は最初始まった理由なんですが電離層を押し上げるんだそうです。そうするとそこを通ってくる例えばソ連のICBMをプラズマとかで撃墜することが出来る。つまりレーガン時代のSDIですよ」
大沼氏 「その次に今一番問題になっているのがこれなんですけれども、電離層に低周波の電波を当てて跳ね返って地球に届くと。超低周波の電波は地中を限りなく通過していくんですね。地中の地震が起き易い活断層に向かって跳ね返した電波を当てると。」
大沼氏 「地殻変動を起こす、つまり地震を起こすと。“地震兵器”ではないかという、そういった疑いさえ有る」
アナ 「そんな事が出来るんでしょうか?」
大沼氏 「うーん、これはね、僕は科学者じゃないんで何とも言えないんですけどもただ一つ言えるのは、今90歳になられるお婆さんのロザリー・バーテルさんっていう世界的に有名な科学者の方がいらっしゃるんですよ。第二のノーベル賞といわれる“ライト・ライブリフッド賞”を取った方で日本の学術会を見ても共同研究なんかをなさってる大変な方なんですが、この方がおっしゃてるんですね。この方が統合地球物理学兵器が非常に怖い、情報を開示して欲しいと言ってるんです」
大沼氏 「もう一つですね、非常な低周波なもんですから、確か10ヘルツという数字が出ていましたけど、これが電離層で反射してある特定の地域に来ると我々の脳がやられちゃうんですね」
アナ 「えぇ?」
大沼氏 「我々の脳波と同じなんですね。今言った四つの非常に恐ろしいところがあるっていうことでロシアの国会の国際委員会って言う所で調査をしまして国連に対して何とかしてくれとアピールしているんですね」
アナ 「それはどういう事、どんな目的でしているのかっていうのをはっきりして欲しいですね」
大沼氏 「オバマさんは核って言いましたけど、核が広島・長崎に投下されるまでは何も分からない訳ですね。何をしているのか。軍事っていうのは秘密ですから。このHAARPにしても機密が守られているんでしょうけれどもオバマさんがせっかく大統領になって “核の無い世界”を言っているのであればもう一つのスーパー物理学兵器であるこのHAARPについてもきちんと情報開示して欲しいですね」
アナ 「そのオバマ大統領といいますとアメリカと中国の戦略経済対話というのがワシントンで始まっていまして、中国との新たな対話の枠組みを重視する姿勢を示したんですね。で、オバマ大統領、米中両国間の関係が21世紀を形作る、世界中のどの二国間関係よりも重要だというコメントを出しているんですね」
大沼氏 「現職の大統領が言い切ったのは始めてでしょうね。ヒラリー・クリントンさんが二年前に雑誌の論文に出して非常に大きな反響を呼んだんですけども。日米関係こそ世界で一番大事な二国間関係って日本政府がずうっと言い続けてきたんですね」
アナ 「今朝のゲスト、ジャーナリストの大沼安志さんでした。ありがとうございました」
これは可哀相w
女が用あるのはその男本人。
不細工でもカネ持ってるオスとつがいになって自分や生まれる子の保護を得たうえで
イケメンと浮気してイケメンの子を産む、不細工夫を騙して育てさせる、
最高のシナリオを遂行できなくても、行動や内心はこういう方向になる。
カネには需要あっても。
だから不細工オスがどんなにお金かせいでお金の力でメスをゲットしても
それはソープランド行ってるのと変わらないよね。
得られる恋愛もセックスも愛情も、イケメンが手にするクオリティが全然違うわけ。
元増田が欺瞞を述べに来た偽善メスなら喝破して心の痛みはないけど
希望を持とうとしていた不細工オスなら申し訳ないと思う。
上部の為政者(だけ)じゃなく(国民)総体が馬鹿なのだと判明した。
それ以外の総体(国民総体や社員総体)が馬鹿なのだと気付いた。
・・・東国原だぁ?実績は滅裂で、周りから言われて動くだけの、アンポンタンじゃないか。
・・・ドクター中松が10万票に届こうかだとぉ?政治などまかせられない変人じゃないか。
石原氏はともかく、後はただの知名度投票じゃないか。自分の賢明さで為政者を選ばず知名度で選ぶ大多数の都民。都民総体が、ただのミーハーに近い。
逆に、誰も口にしない本当の社会悪を突いてその改善を具体的に表明した素晴らしい候補者がいたのに、都民の殆どはその価値の1%も理解していない。
そうなのだ。都の為政者達が馬鹿なんじゃなくて、それ以外の都民総体が総じて馬鹿なのだ。
民主党が圧勝した選挙にしてもそうだ。インターネットにおいて民主党の売国状態の真の姿があれだけ明確に表現されて誰でも分かるようになっていたし・・・・・・インターネットを見るまでも無く民主党が「例えば会社で、実際には実行役になったことも無いクセに横から文句や否定ばっかりしてヒネくれている無能な年寄り平社員」のような存在であったことは一目瞭然だったじゃないか。
にも関わらず、国民の過半数・大多数が民主党に投票したのだ。民主党も馬鹿だが、それを選んだ国民総体も馬鹿の極地である、と言っても過言ではない。
ちなみに私は当然自民党に投票した。自民党は「実際に実行役になったことのある部課長やプロジェクトリーダーの経験をしてきた唯一の存在」であり、そのことによって「実行力が他の全ての党よりも1桁も2桁も高い唯一の存在」であることが明らかだったからである
横から文句を言うだけの無能平社員よりも、実行役経験の或る部課長やプロジェクトリーダーにプロジェクトを率いてもらいたい、と思うのは社員として当たり前じゃないか。
しかし、くだんの選挙では、そう考える社員が少数派だったのである。
今回の件(だけじゃなく以前の総選挙や諸々)によって、人の世を動かしている最上部の人間が腐っているだけじゃなくて、人の世の民そのものが殆ど腐っていて落ちるところまで落ちているのだと気付いた。いや、判明した。
人の世は一度、滅んでしまうべきだな。
ひどい度を勝手に最大3点として★=1☆=0.5でw
●分かっていること
・アドレス帳が本体の連絡帳と連動していない。独立管理型★★★
・件名を入れるのに一々ボタンを押して編集しなければならない★☆
・一部受信(件名と送信者のみ)すると二度とそのメールの本文は送られてこない。★★★
→次のメールはちゃんと届いていましたがそのメールは空っぽのままorz
・写メールを送れない★★★
→容量制限に引っかかるためで、撮影した写真を別アプリでサイズ加工等すればいけるだろう。
→受信メールを振り分けることは出来る。が、振分設定は直接入力のみ(アドレス帳指定や送受信メールから指定できない)部分一致の模様
・メールが遅延して送られてくる!(new)★★★
→16時間ほど遅れてメールが10通ほど届いた。密に連絡を取る必要がある時こそ「携帯メール」と思っていた俺はこれで完全に携帯メールから決別できるようになった。ありがとうIS04(ちなみにこの間何度も新着確認で「ありません」を見ている。)
・振分条件は「件名・from・to・本文」
→受信メール振り分けはメール専用アドレス帳をちゃんと作成していてもグループで振分は出来ません。
→ご存じ、フォルダ名は編集出来ない上に受信済メールを振り分けしてくれないので「フォルダ新規作成→手動で移動→フォルダ削除→振り分けルール再設定」という手順が必要。ありがとうauの庭へ
●困っている人がかなりいるようだ?未確認
・添付ファイル付きメールの場合正しく読めない場合がある。★★
→報告多数
・文字化けがひどい★★
→携帯とメールすると文字化けがひどい人がいる。再起動で治ったという報告も。
・書いている最中に受信すると書いているメールが強制終了で消える。★☆
→ご存じ、フォルダ名は編集出来ない上に受信済メールを振り分けしてくれないので「フォルダ新規作成→手動で移動→フォルダ削除→振り分けルール再設定」という手順が必要。ありがとうauの庭へ
●出来ること
●対策は
・無料で登録してEzMailと連携できるauoneメールを取得し、GoogleMailとして使う。(推奨)
https://cs119.kddi.com/au/query_au.jsp
●追記
・Cメールの送信がすぐ詰まるようだ。送信されたと思っていたらされておらず、あとで見たときに×が付いているという非常に困った仕様
→ガラケーではサーバに保存され、後ほど相手に届くなどの仕組みが用意されていたハズ
・EzMailは3Gで送受信している模様?
→ http://cs119.kddi.com/faq/1032/app/servlet/relatedqa?QID=006641
・メール受信不可について
・受信済みのメールが再度受信される
・同一のメールが同時に2通受信される
・アドレス帳の並び順について
au:我慢しろ。それか登録名の頭に1や2を付けて、自分で整理しろ
・変換候補一覧の最上位と送信ボタンが1mmしか離れていなくてすぐ誤爆する
( ゚д゚)ポカーン
・発売は2ヶ月docomoが先
・充電クレードル付き。
→防水だからパッキン傷んだら意味ないから当然だよね!byドコモ
・microSDHCは16GB付けちゃうぞ☆
スマートフォンでメール読むときに、未読99って表示されるのはカッコ悪いし気分良くないですよね。
届いたメールを概読にし、未読が増えないライフハックをご紹介します。
Gmail、Livedoorメールにしか使えないけど同じような動作が他のメールにもあると思う。それらにかなうのはgmxくらいしかないけど。
ログイン状態のGmailトップ→フィルタを作成→「To」欄に自分のアドレス「***@gmail.com」を入力して「次へ」→「概読にする」にチェックを入れる
でも、よそのメールから転送されたもの、BBCで届いた物を未読にするにはどうすればいいんですか?To欄に入れるすべてのメールを選択できる方法はないでしょうか。
教えて、偉い人。
検索欄でチェックボックス最上の、表示範囲全てにチェック→「このページ内のスレッド 100 件すべてが選択されています。 すべてのメールのスレッド **** 件すべてを選択」とでるのでこれを選択→「その他の操作」→「既読にする」→「OK」
ね、簡単でしょ。