はてなキーワード: 納税者とは
価値を評価する主体が違うだろ。「社会」が価値を評価する主体だ。
納税について、「納税者当人」にとっての社会的価値の話を、無条件に「ある」といえるなら、
出産について、「産む女当人」にとっての社会的価値の話を、無条件に「ある」として良いだろ。
ここで、「ある」、「なし」を逆にしても、「根拠」がないんだから文章は成立するよね。
個々人の価値基準で如何様にも変わる。
高額納税に見栄の価値を見出す人も居れば、社会奉仕に価値を見出す人もいるだろうし、納税なんか無駄だと思ってる人もいるだろう。
これは個々人の価値基準だ。
私が言ってることと、そう変わりないところに落ち着いてきてないかw
ちなみに。
強制できれば、価値とか評価の話が関係ないというのは、行為を強制できるのだから、価値が「あろうがなかろうが」関係ないって意味だ。
前提条件:親が裕福で生活に余裕があり、お金があるのになんで働かなくちゃいけないの?という高等遊民タイプのニート向けです。
年老いた両親が生活を切り詰めながら一生懸命パートで働いて生活を支えてるような家庭の場合は、つべこべ言わずに働いて両親を支えられるようになりましょう。
→遊んで食べて寝てるだけで、殺しも盗みもやってないよ?遊んで食べて寝てるだけで悪だと言うのなら休日の日曜日にゴロゴロしてるお父さんも悪になってしまいます。
→憲法解釈の問題になるので詳しくは割愛しますが、勤労の義務は国家が労働環境を提供する義務と捉えることが出来ます。
また、憲法には「全て国民は~」と記載されているので、定年退職したから、或いは主婦だから労働の義務は関係無いというわけではありません。
なので、これは会社勤めで働かなくては行けないと言う意味では無いのですが、若干の後ろめたさがある場合は家の家事でも手伝えば十分です。
→日本は累進課税の国なので所得に応じた納税をすれば義務を果たしていると言えます。所得が0円のニートの場合は当然課される税額も0円で問題無く納税の義務を果たしています。
→現在の普通選挙へ移行して来た流れを考えれば、低所得者・低額納税者だから政治的な意見を言う資格が無いということはありません。
これを否定することは昭和の時代に普通選挙の普及のために尽力した先人達を侮辱することになってしまいますね。
→親が子供の面倒を見ることの法的根拠は、教育の義務と扶養の義務が考えられますが、扶養の義務は未成年に限定などされていません。肉親である限り扶養の義務があります。
まぁ、一般的には年老いた親を成人した子供が支える義務ですけどね。
もちろん、親がもう義務を果たしたと考えてニートを放り出すのは自由ですが、それは他人が口を挟むことではありません。
一人ならまだしも人口を維持できる二人目、三人目なんか作って周りに迷惑かけないで正社員なんかしてられるわけない。家事だって仕事のせいでまともにできないから、子供はコンビニ弁当で散らかり放題の部屋でほったらかしにせざるをえない。結局仕事も家事も子育て教育もすべてが中途半端。
国だってまともに少子化対策考えるなら、お母さん(もしくはお父さん)が専業で家事子育てに専業できるような仕組みを作ればいいのに、産休育休取得率アップ、時短勤務、保育園の定員増加・保育時間延長とか、全体の効率落とすことばっかりに力入れてる。
少子化は移民でなんとかすればいいとか、頭が湧いてるとしか思えない。歴史上、民族の違いがどれだけ諍いになるかわかってるくせにやろうとする。
二人目、三人目作らない最大の理由が「経済的な理由」だってわかってんだから、それをなんとかしてやればみんな2,3人産むわけだよ。つまり子供に税金投入すればいい。
子無し納税者は税金を多く払うのが不満かもしれないけど、3,40年後働けなくなったときに自分が受けるサービスを提供するのは今の子供達なんだから、将来国内でサービスを受けるつもりならしっかり多目に税金払うのも納得でしょ。
本当に実効税率と名目税率は分けて考えたほうが良いと思うよ。
おそらく、富裕層の所得の殆どは金融所得や不動産所得だから単純に所得税の税率を比較
するだけでは本当に応能負担になっているかの判断は難しいと思う。
例えば、株式配当で1500万貰っている人と給与所得で1500万貰っている人とでは
前者の負担が圧倒的に低い。前者は10%しか負担していないからね。
それって、本当に平等なのかねって話。どう考えても株式配当で1500万もらっている
①納税者番号制度の導入+総合課税方式への以降によって、できるだけ税負担の公平性を確保
とかにしないと社会的に受容されるかという点から考えると厳しいんでないかなぁと思って
いるだけ。
あ、別に勘違いして欲しくないんだけど消費税の増税には基本的に賛成だよ。
社会保障費の増加に税収が完全についていけていないからね。それ以外にも政府の仕事は増え
ていきそうだし。
だけど、現行制度上の不足分を考えるだけでも増収分はまずは不足の解消に充当されてしまい
貧困層や中間層にとっては、負担が増えただけで終わってしまい、多くの不満が解消されな
いという懸念を持っているだけだから。
「学力がある」とは旧帝早慶一工ないしはそれに順ずる偏差値を有していた者とする。
「学力があるニート」とは要するにフミヒロ氏(参照1、参照2、参照3)のような人物である。
要するに人生において重要とされる時期に外的・内的な要因により大ゴケした連中である。本人は「こんなはずでは」と思っている。一大事である。そして、他人にとっては正直、別に珍しくもない。
多くのエリートが夢想する「汚点のない人生」への夢を挫かれた哀れな人種である。本人もさすがにそれは諦めている場合が多い。同窓会へも行けなくなっている。己の栄誉は既に失われた。
ならば彼らが次に望むものは何か。金である。最低4桁は欲しいと思っている。
だが親は、もっと諦めている場合が多い。どこでもいいから社会復帰してくれ、健康ならばそれでよい、と思っている。
その意識差に彼らは苦しんでいる。元よりそこを妥協できる人種ならばニートにはならず高学歴ワープアになっているはずなのだがそこは親には分からない。
あまり大きな声で言えないのだが、高偏差値ニートは彼の代から成り上がれそうだった、という場合が多い。
そこで私は彼らの夢を叶えるべく少しだけ知恵を絞ってみた。役立てば幸いである。
そのまんま。彼らが籠もっているのはプライドと現実と親の妥協した望みの間で動けなくなっていることにある。
家を出るには金がいる。ニートの家はたとえるなら、共産国家である。私有財産などない。小遣いもあってないようなものである。自室の物すら半分は親の物である。その情けなさが彼らをより卑屈にさせるのであるが、それは今はともかく、金がないと家を出られない。
もちろん仮病である。
代表的なSSRI(参照)とマイナートランキライザー(参照)の名前と薬効、副作用を一通り暗記しよう。wikipediaがあれば3時間も要らないであろう。
次にメンヘラの思考・行動様式を観察・模倣しよう。2chのメンタルヘルス板、メンヘルサロン板が最適である。そこで鬱になった人が投げかけている相談、日常でどう支障をきたしているか、どういう愚痴を言っているか、を徹底的に学ぶのである。3ヶ月も要せずにあなたは彼らの「理解者」となるであろう。
そして通院である。矛盾のないストーリーを雄弁に、しかし鬱々と語ろう。医者は関心なさげにするであろうが、人生の汚点についても延々と苦しげに自分語りをしよう。ひき篭もり始めたあたりからその兆候があったと述べるのがよい。そして診断書をもらおう。驚くべきほど簡単にもらえる。もちろん薬など飲んではいけない。病んでない者には危険である。
ハロワはロクに採用する気もない企業がたくさんいる。とりあえず受けてみて、4つほど落ちよう。面接時には必ず重度の鬱病であることを暴露することを忘れずに。万一受かってしまった場合、採用後鬱を理由に仕事をドタキャンしよう。数回ドタキャンすればハロワで就けるような職場なぞすぐにクビになる。クビになったという事実もかなり大事である。後々、必ず役立つ。
ナマポ申請である。親に見捨てられ、鬱で、仕事もできない。自治体によるが、楽勝である。おめでとう。
ナマポで生き残れとはもちろん言っていない。自力で経済的に成功しないと高学歴ニートは成仏できない。勉強しよう。
士業がよいだろう。東大行くよりはよほど楽である。なんなら国立医学部でもいいだろう。
理系高学歴なら3年24時間フル活用すれば地域を選ばなければ正直なんとでもなる。
高校物理など大卒には遊びであることはエリートニートには周知のことであろう。
ギャンブルや酒をしなければ勉強のための費用など簡単なものだ。勉強は近場の図書館でするといいだろう。
勉強していることは役所の連中には隠しておこう。参考書が見つかったら「しようとしたが鬱でまるで手がつかぬのだ、社会復帰したいのだが」と悲しげに言おう。
医学部の学費だが、長年ニートを養えるような家庭なら大丈夫だ。医学部なら学資ローンや奨学金も楽勝である。安心して偏差値レースに舞い戻るがよい。
以上である。やってみれば分かるが、勉強できる人間であれば驚くほど簡単である。
親と医者と役人と納税者を欺くことになるが、どうせ今のままでは余計社会のお荷物となるであろうし、
長期的に考えれば実利的には誰もが得をする。win-winである。
「医学部に受かるのか」という声が多いが、前提として当エントリの対象者は「勉強しかできぬクズ」であり、そのような方は残念ながら増田の念頭に初めから含まれておりません。
もう、だいぶ前から。医者には行ってません。いけない理由がありました。
生活保護が受けられたと思ったら、入ってから水際された。(入ってからの水際ってあったの知らなかったけど、あったんです。水際と言うのは比喩で嫌がらせだけど。北九州で餓死もそれ) 内科で体の痛みやだるさを検査したいと言って、申請時にはその方向で話は進んでたのに
他の事で上の課に苦情を出したら、民生の係長に「漢方のクリニックを止めないといけない」「内科の薬かもしれない」と言われ大変ショックを受け、そのままになっている。総務に苦情出さないようにとも。(強要罪?)
また総務に苦情を出したが、あたりは柔らかいが、意味が通じてなかった事にショックを受けた。全く知識がなかった。
漢方クリニックは心療内科で、薬は内科の薬ではない。処方箋みたらわかる。クリニック医師に言ったら、びびっていてあまり関わりたくないようだった。
ここでは、書ききれないくらいややこしい事情がある。
総務に電話してる時でも、普通忘れるわけないちょっと前に聞いた名前を忘れたりしていた。こうなったのはショックな事があってその後も色々あって体調も悪くて寝たきりで、異様にぼーっとしたり、とにかく動けないとか、パニック的に色々不安な事ショックな事が浮かんできて止まらないとか、眠れないとか・・・・・ ほんとに色々あったわけだけど
普通覚えてたものが出てこないとか、記憶がないとかそういうんじゃないけど、人の名前でも普通覚えられるのが覚えられないとか、テレビを見ていて知ってた芸能人の名前がわからないとか、その延長みたいなかんじで、総務の人が名乗った名前も覚えられなかった。こんなの怖いよね?
民生のCW(ケースワーカー)が来る前でも、人が来る不安感で眠れなくて、そのせいだと思うけど、見間違いが多くて、畳の目とか実際あるものだけど、ワーム状の小さい虫のように見間違えるというのが多発してた。しばらく見てたら、気が付くはずだけど、眠れてない時って、変な感じで虫状のものが動いてないのに動いてるように見えたりする事もあった。でも、気を取り直して見ると、見間違いだとわかるから、まだ大丈夫なんだろうけど
こういう状態が続くと、人は狂っていくのかな?と思った。寝たらその虫の症状はなくなったけど。
その後、結局役所との関係はどうもなってなくて、生活保護の支給が振込みだったのを、取りに来るようにという通知が郵送されてきた。
民生の人の事を思っただけで、パニックのようになるのに。(郵送の通知を見ただけで、その日は吐くし下すし大変だった。)
言われた事がずっと浮かんできて浮かんできて止まらないから、総務に言ったら、総務の人はこっちがそれは酷いとも何とも言ってないのに、それは酷いと言ったりしてきた事もあった。こっちはもうショックを受けすぎてて何が酷いのかの判断力もなかった。思ったんだけど他の人にも言っているけど、他の人たちは酷いのはわかってて、自分で判断できるから、苦情を出したりしないのではないかと推測。
それは、酷いと言われた事で総務の女の人が酷いと言った事で、年相応に、と言うのがあった。 生活保護のきっかけになった事が年相応の事ができないからなら、それもわからないではない。しかし、ある事で被害者になった事がきっかけなので、年相応でなかったから、そのような被害にあったわけではない以上、適切な指導とは言えない(犯罪被害ではない、一応民事。)
区役所に行く前に、ボランティア団体(と言ってもNPO法人化して公的な援助か何か受けてるかも。受けてなくても税金免除とか)(カトリック系)の人に、犬か猫にエサやるみたいな扱いを受けた、電話でだったけど。ネチネチとずっとやられて、怒ったら、チッと言って電話を切られた。 その人は震災ボランティアにその後行ったそうである。 ボランティアと言っても、カトリック系団体の下働きの職員。
事務局に電話したら、はっきり謝ったかどうか覚えてないけど、こちらの苦情は聞いていて、他の人を付き添い同行で送る事も提案された。しかし、もう信用できなかったので、自分でICレコーダーを持って区役所に行ったのだった。
何の団体の支援も無し、政党とも関係ない、という状態の人は足元見られるのだろう。特に最近メディアを見ていても、生活保護の予算をできるだけ減らそうとしている動きを感じるので、そういうお達しでも出ているから、大手を振っていびり倒せると思っているのかもしれない。
総務省の地デジ化の経済効果と、生活保護の経済効果、試算して欲しいものだ。地デジは要らないと言ってるのに、何度もチューナーを勧めてくる。IOデータをITデータといい間違えるコールセンターのねえちゃんは、自分で付けられないかもしれないが、端末の設定設置セットアップなど行政に潰された技術系の派遣でやってた事もあると言ってる人間にわざわざ勧め、設置する人が来てくれるとか言ってるのかわからなかった。
だって、おそらく私みたいな、手順書が読める程度の技術しかない派遣の人が派遣されてくるだけだと思うから。だいたいあんなの大手スーパーや家電量販店で5千円程度で売ってて、みんな自分で付けてるのに、わざわざ設置する人が派遣されてるなんて・・・。人件費どうする?! 経済効果があるという事でばらまいてるのなら、生活保護だって、経済効果あるはずだろ!
市役所に行政に潰された今はない大手派遣の技術部門から、行った人が言ってた。縦割りだから、違う課の倉庫みたいなところに行くと、使えるPCがずらっと並べてしまってあったりするって。それなのに新しいPCの設置の仕事で行ってるという矛盾。私は官公庁の仕事は嫌だから行かなかったので、行った人からの又聞き。仕事で知ったわけじゃないから、守秘義務無いよね?
今後、どうするか、告発も含め考えている。電話の会話は録音してある。「内科の薬かもしれない」と言った名言も。だいたい、ものすごく長い期間、医者で怖い目にあったから、医者に行けないという状態で、人が放置されているのがおかしい。行かないのはお前が悪いみたいに、放置しておくのがおかしい。怖がっている原因はあったのだから、不安を取り除くべきだ。
あぁ、こうやって書いても、反応は信じたり信じなかったりなんだろうなぁ。まあ、自分の日記だから。書きっぱなしというのでもいいし。
追記
憲法は国民の権利を守るもので、法律は国民を規定し語弊はある言い方だが、言ってみれば国や行政を守るもの
憲法の方が強いと解釈されるのか、これが主権在民とか国民主権というものなのか、と思う。
しかし、裁判の記録をみると、生活保護に関するものは、法律の規定の方が強い事も多々あって驚いた。これは国民の7割が享受してるものじゃないと贅沢と見なすとか、納税者感情を考えての事かもしれない。意外と抽象的な部分では基本的人権を主張した方が負けている。
抽象的な部分は、こうだけど、7割が長年医療行為を受けてないとか、体に痛みがあったり、冬場は体調が悪くて数ヶ月寝込むとか、慢性的なだるさがあるとか、こんな状態で暮らしてないと思う。
内科の薬かどうかもわからない状態で、係長なので直接薬を知ってるわけではないのに、医師に確認もせず、内科の薬かもしれない、と言ってきたというのは、抽象的な事ではない。この薬は内科の薬かもしれないしそうではないかもしれない、と言うような薬があるのだろうか?内科の薬という医師の文書でも取ってきて言うべき事ではないのか? こんなの、向こうは連絡がなかったという理由で保護を取り消す事もできると考えているのかもしれないが、信頼関係を破壊した行為をしたのは、どっちだろう? 生活保護者をナマポと呼び、叩くのが好きな人たちは、公務員を叩くのも好きな事を忘れてると思う。、公務員が国民の血税で威張るが嫌いな人もいる。
役所の一般窓口は、ものすごく気を使ってる。対応が行き届かないものの喩えとして、役所の窓口はもう使えないと思うくらい。窓口のデスクに職員に向けて「自然な笑顔で愛想よく」などの標語を書いたプレートが置かれている。 ちょっとしたサービス業より対応が行き届いている。不景気で公務員に風当たりが強いのを読んでの事なのだろうか?
中には、そんな風にできない人たちというのも居る。 居るけど処分するほどでもないというような人たち。民生課には役所が持て余しているような人たちが、吹き溜まっている印象を受けた。
http://anond.hatelabo.jp/20110816094649
http://b.hatena.ne.jp/entry/anond.hatelabo.jp/20110816094649
私はこの記事の正しさを判断するだけのリソースを持っていません。
なにより、2ちゃん同様、反応が一定の数を超えると「流れ」ができてしまいう。特にあんまり考えないで、この記事はすごい、と言ってみたりBIや生活保護を否定する意見が「数だけは多い」ことによってなんとなくそういう雰囲気が気持ち悪いと感じました。たぶん私の他にもそういう人いるでしょう。
今更「本当にこれって正しいのかなー」とか「セカンドオピニオンが読みたい」と思ってもそういうコメントだけ探すのも大変だろうから、自分がピックアップしてみた。
これはこれで偏っているので、読み手の人は上手にバランスを取ってください。
読むのが面倒なひとにはとりあえずコレだけ読んでください。
この意見が正しいとは言わない。ただ、直接ベーシックインカムの否定に繋がる話ではないってことだけは理解しよう。
まとまった批判をされている人がいるのでまずここから取り上げる。
・"イギリスにはホームレスが少ない"の段は一般化しすぎ。キャッシュマシンの脇に布団巻きつけた若い兄ちゃんがという状態が改善されたのは90年代後半の好況、ブレアの政策、ハウジングNGOの活動の賜物
・それと、ここで終わらせずに、昨日のエド・ミリバンドのスピーチを加えてほしい。
・それと、子供たちが「鬱屈した」理由を具体的に検討していないのは、それこそ片手落ち。昨年の政権交代後の緊縮財政で、「部活」的な活動を運営していた組織の予算が75%もカットされた http://t.co/ksQqiUV この現実をどう見るか
・さらに、ハックニーのペンバリー・エステートのようなところでは自分の住んでる街を歩いているだけで警察に呼び止められ所持品検査を受ける。警官は殆ど「白人」、止められる側は白人でないことが多い。その制度的不十分さにも「納税者」の憤りは向かうべき
・必読: 月曜の両党主スピーチ: http://t.co/okbhvh8
・シングルマザーの公団優先話でいつも不思議なんですが、彼氏はどこに住んでるんでしょう?実家?ウソついて同居?私が普段見てるメディア(BBC, Gdn)ではほぼ無視されている説で、統計数値も見たことないのです。
・「パートナーがいても敢えて結婚せず、シングルマザーになる母親が多い(当然の結果として、その後別れて本当のシングルマザーになる確率は高まる)」 "離婚率"の高さはスルーですかそうですか。「パートナーがいても敢えて結婚せずシングルマザーになる母親が多い」論、エド・ミリバンドとパートナー http://t.co/zBtBoeY に言えるほどの裏づけがあるのなら、それはそれでひとつの意見。ないのなら某メディア鵜呑みか個人的妄想
この意見を読むとかなり元記事の意見が相対化されるのではないかと。
元記事の人が、必ずしも正しく問題を理解しているとは考えないほうが良いみたい。
イギリスのメディアの方が日本のそれよりは少しレベルが高く、そのメディアの報道を見ているというだけという可能性もありえます。
その他の意見
・社会保障に暴動の原因があるとしたら、制度の影響でなく、不況等の理由で、依存していた制度が切られる不安と恐怖の方がなんだかしっくり来るし、それを「甘やかし」と簡単にまとめてしまうのも問題がある
・なんで同じように高福祉高負担のスウェーデンとかではこういった暴動が起こらないのだろう?
・本田勝一のアメリカ合衆国の黒人ルポルタージュとかいてあることがさして変わらない気がする
・(1)〜(3)に託児所の充実がないのはなぜだ
・一見、教育無策だったようにも思えるけど、元首相のブレアは、教育こそ政策の最重要課題として理解し実行していた。それでも結局イギリスを立て直すことが出来なかった
・この分析からは「階級」という社会的な鎖が抜け落ちている。前提として、英国には絶対的階級社会があり、しかし労働者階級=貧困層ではない点を理解しておくことが重要かと。同じような福祉社会である北欧やら日本との違いはそこにある
・よく読むと手厚い福祉が引き起こす矛盾というよりは、育児・教育の公的支援の不足の問題
・この文章の性格。それは向き合うか(与えるか)、さもなければ処遇する(奪う)というものだ。殺伐とした現状といいたいのかもしれないがそれに飲み込まれている感。分析から導き出される結論が歪みすぎ。吐き気がする。「暴徒達は何者なのか」「イギリス人はどう思っているのか」という見出しのつけ方からもクサい
・「中流社会を捨てた国」http://d.hatena.ne.jp/takahiro_kihara/20091121 の話と違うなぁ
・思想や状況が違いすぎるので日本と対比すべきではない。自分としてはhttp://blog.livedoor.jp/mikako0607jp/lite/archives/51802870.htmlに共感
元記事において、階級意識の問題、差別の問題、教育の問題、むしろ福祉が最近激減しているという問題、などがスルーされていることが指摘されています。
これらの問題のウエイトをどの程度評価するかによりますが、無視して良い問題ではないように感じますね。
ロンドンその他都市のあの「愚者の祭り」から1週間が過ぎて、あの月曜日の事情が少しずつ分かってきた。5年以上ロンドンに住んでいる者としてあれこれ考えることも多かったし、諸事情で「暴徒」のおかれた環境について少し知る機会もあったので、少し書いておきたい。
これについては、無軌道な若者の暴走と言うことで概ねコンセンサスは取れているように思う。以下のtogetterは現状ロンドンで理解されていることに近い。
警察が、最初の暴動の抑制に失敗したことで、「今なら何をやっても大丈夫」という無礼講的なお祭り騒ぎが一挙に拡大したと言うことなのだろう。周囲の興奮と燃えさかる炎に当てられて、「乗るしかない、このビックウェーブに!」とばかりに舞い上がってしまった子供が相当数いたであろう事は間違いない。(ロンドンで逮捕された暴徒の5割以上は18歳未満であるというニュースが出ている。)
もちろん、子供の暴走がここまで大事になってしまったのは異常事態であり、その裏側に社会的問題があると考えるのは当然だ。ただし、今回のように、当事者すら争乱の理由が分からないという状況は、「ぼくの考える社会の欠陥」的な牽強付会の自説を宣伝する絶好の機会だ。実際、イギリス社会の事情も知らず、勉強した形跡も全く読み取れないのに、適当なことを言って悦に入る類の人をTogetterで何人か見かけた(以下に一例)。このエントリーを書こうと思ったのは、その手の単純で非現実的な観念論ではなく、地に足のついた議論の土台を提供したいとおもったからだ。
http://www.guardian.co.uk/uk/2011/aug/09/london-riots-who-took-part
報道から明らかになっているのは、暴徒の大半が未成年であること、特定のエスニックグループが暴徒になったわけではないこと、そして多くがロンドンでも貧しいとされる地域の住人であること。加えてもう一つ言えるのは、彼らの多くがカウンシルフラットと呼ばれる、低所得者向けの公営住宅に住んでいると言うことだ。このカウンシルフラットというのは、イギリスの貧困を語る上では非常に重要な点なので、少し説明をしておきたい。
イギリスにはホームレスが少ない。ロンドンを歩いていると分かるが、駅の構内で段ボールを敷いて寝ている人が殆どいない。公園に段ボールハウスの村が出来ているということもない。どうやらロンドン全体で野宿人の数は500人に届かないようだ。イギリス全体でも1000人未満のようで、2万5000人のドイツと比べると圧倒的に少ない。
何故かというと、イギリスにはあちこちにカウンシルフラットと呼ばれる公営住宅があり、イギリス国籍さえあれば、家賃を払えない低所得者は優先的に居住が認められるからだ。このカウンシルフラットがどのくらいあるのかは自分には分からないが、イギリス中そこかしこにあると思ってもらって間違いない。下の地図は今回暴動の起きたHackneyのものだが、住宅の実に5割がカウンシルフラットとなっている。
カウンシルフラットの家賃は圧倒的に低く、ばらつきはあるものの相場の5分の1程度。それすら払えない人には更に住宅手当が下りる。光熱費やTV受信料も実質タダだ。そして、当然家があるだけでは餓死してしまうので、これとは別にpersonal allowanceと呼ばれる生活手当が出る(最近制度改革があったので名前などが若干違うかもしれないが、大枠は同じ)。25歳未満の単身で週に50ポンド。25歳以上なら60ポンド。外食さえしなければ十分食費と携帯代をまかなえる金額だ(円高の今だと8000円弱に相当)。イギリス国民には、食べるに困るレベルでの貧困は(概ね)存在しない。
ただし、これだけ「おいしい」カウンシルフラットは、当然人気も高い。ウェイティングリストの人数は500万人に達しており、それなりに困窮していないとフラットは手に入らない。下の掲示板では親とカウンシルフラットに同居している30歳女性が、一人で住めるカウンシルフラットを探しているのだが、「今現在無宿とかでないと難しい」と返答されている。
http://boards.gumtree.com/viewtopic.php?t=215432&p=2686792
ここで、イギリス人なら誰でも知っているトリックがある。子供がいて、しかも親がシングルマザーだと、フラットが優先的に廻ってくるのだ。こうなると、親から独立したい、しかし職がない子供にとって、手っ取り早い手段は妊娠と言うことになる。かくして、イギリスは先進国でも突出して10代の母親が多い国になった。しかも、子供が生まれると一人当たり週に12~20ポンドのChild benefitが支給される。また、シングルマザーだと上の生活手当も週に40ポンド前後は増額される。このため、パートナーがいても敢えて結婚せず、シングルマザーになる母親が多い(当然の結果として、その後別れて本当のシングルマザーになる確率は高まる)。母親ひとりに子供一人で月500ポンド(約7万円)あれば、正直生活には困らない。
とはいえ、貯金は難しい。それに、貯金額が6000ポンドを超えてしまうと支給額が減額されてしまうので、そもそも貯金する理由がないのだが。ちょっと大きなTVを買おうとすれば、夜遊びを楽しみたければ、その分働くしかない。問題なのは子供だ。託児所に預けたいところだが、ロンドンの託児所は1ヶ月フルタイムで1000ポンド。平均所得層ですら厳しいこの金額を彼らが払えるわけはない。その結果、子供は無人の家に置き去りでTVを見るかゲームをするかと言うことになる。言葉を学ぶには最低の環境だ。
その結果起こったのが、子供の識字率の低下。移民だけでなく、ネイティブの識字率が低下している。2007年に政府が行った大規模な調査によると、小学1年生の6分の1が自分の名前やmom, catといった3文字の簡単な単語を書くことが出来ない。当然、こういう子供は小学校のカリキュラムに着いていくことは難しい。その結果、無視できない数の中学生(数字は忘れた)が、「数学の試験問題の英語が理解できない」ために零点をとる、という現象が起きてしまった。こんな状況では学校に行くのは苦痛でしかない。カウンシルフラットの周りでは、昼間から特に何をするでもなくぼーっと座っている子供達をよく見かける。
この様な子供が成人して職に就くのは、非常に難しい。肉体労働系なら大丈夫だろうが、ポーランドからの出稼ぎ労働者の方が高いスキルと低い給料で働いている。それよりも低い賃金では、生活保障の支給額を下回ってしまうので、働く意味がない。こうして、カウンシルフラットで生まれた子供は、またカウンシルフラットで自分の子供を産むことになる。ちなみに、失業手当の受給者数は約150万人。人口が倍の日本では80万人だ(失業率は8%弱)。別制度のincapacity benefit(病気などで働けない人のためのもの)の受給者は250万人(人口の5%弱)を超えている。
結果、親子3代、殆ど働きもせずカウンシルフラットに住み続けている、という話は、もはやイギリスでは珍しいものではなくなっている。このような状況で子供が未来に希望を見いだせないのは当然のことだ。少なくとも彼らには、サッカーの才能に恵まれてプレミアリーグに行くくらいしか、この生活を抜け出る手段がないように見えるのではないか。これでは、リオデジャネイロの山肌に広がるスラムの子供にサッカー以外の未来がないのと大して変わらない(実際には、カウンシルフラット生まれでも頑張って勉強して、奨学金で博士号まで取る人もいる。そのための制度や組織もある。ブラジルのスラムに比べれば、カウンシルフラットの子供達は圧倒的に恵まれているという点は強調しておきたい)。このような状況で鬱屈しないでいられるのは、よほど心の強い人間だけだろう。
今回暴動でワイン1本を盗んで歓声をあげ、昨日裁判所で有罪を宣告された子供達は、多くがこういう鬱屈と共に生きているのだと思う。
カウンシルフラットの子供達が鬱屈しているならば、イギリスの納税者達は絶望している。イギリスの税金は高い。年収550万円以下なら所得税は20%、それ以上なら40%(しかも、社会保障関連の支出は所得税収総額を上回っている。なにしろ、上に書いたincapacity benefitだけで1兆5千億円かかっていたのだから)。消費税は20%。それ以外に地方税も取られるし、国民保険料も安くはない。通勤の交通費は自腹が原則だし、会社が住宅補助を出してくれると言うこともあまりない。そういう辛い家計をやりくりしながら、やたら高い家賃を払って暮らしている家のすぐ隣で、無職の人が昼間からぷらぷらしていたりするわけだ(カウンシルフラットは本当にあちこちにあるので)。
それでも、ブレアが政権を取った1997年以降、イギリス人は低所得層との格差を縮めるために税金を投入する政策を支持してきた。小学校低学年は30人学級となり、小学校入学前に児童の学力を底上げするためのプログラム(SSLP)にも1000億円の予算が付き、補習授業は大きく拡充され、挙句には、高校をドロップアウトする生徒を減らすために、出席率が高い貧困家庭の生徒に補助金まで出した。職歴のないシングルマザーにはコンサルティングから面接の訓練まで提供している(一人当たりのコストは10万円)。
にも関わらず、今回の暴動だ。これを「先進国とは思えない、途上国の光景のようだ」と思った人はイギリスにも少なくない。ブレア政権の教育改革がスタートしたのは99年前後だから、今回の暴徒の大半は改革された教育制度の下で育ってきた子供達である。これだけの負担をしていながら、なぜ途上国のスラムのような光景を見なければならないのか。これに絶望せずにいられるのは、やはりよほど心の強い人間だけだろう。
(1) 警察力の強化。これは言うまでもない。秩序を失えば人間は(誰であれ)動物になりうると言うことを、今回の暴動は証明した。ならば、秩序の維持は至上命題だ。先週キャメロンがアドバイサーに招聘したビル・ブラットンはニューヨークで例の「割れ窓理論」の実行部隊を指揮した人であり、警察官の最適配置システムの第一人者でもある。締め付けは厳しくならざるを得ない。
もしこの手の暴動を放置すれば、被害者は自警団を組織する。彼らは武装し、いがみ合い、それが新たな暴動の引き金になる。そうなる前にキャメロンには何とか手を売ってもらいたいと思う。もしかしたらもう手遅れなのかも知れないが。
(2) 社会保障制度の見直し。これは実のところ暴動前から進行している。上で書いたincapacity benefitだが、悪用して海外旅行まで楽しむ輩が多く出た上、一度受給者になると死ぬまでもらえるので、就労意欲がゼロになる。以前から批判が絶えず、キャメロン政権は廃止を決めた(別制度で代替)。ただし、これらの社会保障の削減が暴動の理由ではないというのはマスコミでも一致した見解だ(まだ削減は殆ど始まっていない上、暴徒の大半は親元で暮らしているのでそもそも受給していない)。
上でも書いてきたように、手厚い社会保障制度それ自体が受給者と、その子供や孫の未来までをも奪ってきたという側面がある。そして、この制度は格差の縮小どころか、治安維持という最低限の目的すら達成できなかった。何より、イギリス経済はこれ以上の負担にはもはや耐えられない。ならば、社会保障は削減しつつ、彼らに可能な限り働いてもらうしかない。Benefit Busters (興味のある人はyoutubeで検索すると良い)などを見ているとなかなかに大変そうではあるが、もう選択肢がないのである。
(3) 納税者の復讐。今日キャメロン首相まで”social fightback”と言う言葉を使っていて驚いた。具体的には、暴動に参加した子供がいる家庭に対する社会保障給付の停止。カウンシルフラットからも追い出す。少なくとも感情的には、そして理屈の上でも、そうすべき理由はたくさんある。それが更なる悪循環を招くとしても、あそこまでやられてしまっては納税者の側も収まらない(ちなみに、オックスフォードケンブリッジ卒のエリートはこの手の復讐にはあまり賛同しない。彼らはびっくりするほど穏健だ。怒っているのはむしろ小商店の店主のようないわゆる中産階級に多いような気がする)。鬱屈した子供の暴発を「社会の歪み」を理由に肯定する人は、絶望した納税者の復讐も肯定せねば片手落ちであろうと思う。
最後に、下のtogetterで見つけた以下のコメントについて。
火がつけば爆発するしかないほどの不満を溜め、失うものが何もない奴らがこれだけの数居るんだよ。社会がそれを生んだ。(中略)問題は目の前にそのままの姿である。こいつらのYouTubeを見ろ。音楽を聴け。睨みつけてくる視線に自分をさらせ。
この人の書いたラップの話は、今まで全く知らなかった分野な事もあって新鮮で、興味深く読んだが、このコメントには一言申し上げたい。無茶言うな。暴動明けの火曜日の朝にCamden Townの駅で暴徒の一人とばったり顔を合わせたが、彼の睨み付ける視線にどう応えろと言うのか。プラットフォームのあちこちにどかどか蹴りを入れながら、肩で風を切って周囲にガンをたれながら練り歩いていったが、一個人として彼を見れば、まだ自分を抑制できないただの子供であり、仮にポケットの中に盗品が入っていれば犯罪者に過ぎない。彼らをひとりの人間として直視するなら、そういう扱いにならざるを得ない。復讐の対象にならざるを得ない。むしろ、彼らを一個人ではなく社会現象の一部として扱った方が、まだ冷静な判断は下しやすくなるのではないかと思う。
一歩だけ先を読めばいい。「嫌だ」とわかっているのに、人にはやるんですよ、空気読めない人って。「ああいうことされるのは嫌だ」とわかってて、人のことはわからない。場が読めないではなく、愛がない。思いやりがない。自分を愛して、他人も愛す。「明るい色をきるといい」「笑顔にしているといい」「ついてる、感謝してる、幸せ、ありがとう」暗い顔して、「ついてない」だとか、愚痴、泣き言を口にしていると、人があなたを嫌うのです。あいたくなくなるんですよ。微差が大差。笑顔、肯定的、来てるものが華やかなだけで、掛け算になる。多くの人は思っていても黙っている。「いつも素敵ですね」というだけでいい。一番の人のちょっと上乗せで大差。返事が良くて笑顔で働けば、仕事が倍頼まれる。あの人すごいと思うから言うことを聞く。人がぱっと見て「この人カッコイイ」とか「ステキ」と思うようなカッコをしていないといけない。こういう人にお焦がれると思って初めて話を聞くものです。聞くムードまで作らなきゃだめ。自分のためだけ考えて、おしゃれしている人だめになる、人のためばかり考えている人もだめ。微差が大差にならなかったら、やり方に問題がある。改めればいい。
http://anond.hatelabo.jp/20110613202026
の続き。
この道徳授業、続きがあって、手紙授業の後に「あいさつで世間を明るくする協会」
だか何だかが仕掛けた「アスリートを呼んでの公開授業」が行われた。
現役引退した某スポーツ選手(詳しく書くと学校が特定されるのでやめておく)をわざわざ呼び寄せて、
その中で「スポーツにおける挨拶や礼儀の効用云々」を強調していた訳である。
一保護者として、というより、一区民、一都民として問題視したいのは、
このアスリートの講演料。
あれ学校の予算なり区の予算なり都の予算から捻出されているのか?
あるいは「あいさつで世間を明るくする協会」だか何だかの費用負担なのか?
まさか、アスリートに無料講演を依頼しているわけではないだろう。交通費もあるし。
ということで、一納税者として、「こんな道徳授業、税金の無駄遣い」である、と言いたい。
因みにウチの子供に「あの授業、どうだった?」と聞くと、「まあ普通じゃないの?」と
全く無感動な反応が返ってきた。
先述の通り「元選手」であり、小学校高学年なら現役時代も知っているのかもしれないが、
こんな授業する予算があるなら、その分義援金で被災地に回して欲しい。その方がよほど「生きたカネ」になる。
一納税者として、強く思う。
個人の所得は社会保障番号などの納税者番号で管理されているだけでなく、
事業者には事業者番号が割り振られており、
全ての取引伝票に、間接税の内訳を表示しなければならない。
全ての取引伝票をそろえて、売上時に預かった間接税から仕入れにかかった間接税を差っ引くシステムだから、
食料や日用品の税率と、一般消費財の税率を別にしても混乱は少ない。
原則として全ての銀行口座は納税者番号や事業者番号を正しく申告しないと開設できないし、
銀行は当局の要請があれば全ての取引情報を提出しなければならない。
http://www.taro.org/2011/05/post-1002.php
株主も国民だろ(外国人株主もいるけど、納税者や東電ユーザーにも外人いる)と突っ込みたくなるが、
それを抜きにしても株式減資でなぜ賠償の財源になるのかがわからん
東電の株の価値がなくなるだけで東電の純資産が増えるわけではないと思うんだが
借金棒引きやら広告費人件費削減しろとかも書いてあるけど、それしたら金融機関やマスコミの利益も減って法人税収も減るし株主や従業員の収入減で所得税も減ってその分余計に増税が必要になるから、「借金棒引き額+コスト削減額=国民負担減少額」にもならないんじゃないか
「国民年金税方式にすべき」というときは財源の批判に対して生活保護が減る分も考えろとか言うくせに、何でこの件では全体を見ないんだろうか
国有化のために減資して賠償や事故対策をやりやすくするというだけなら理解できるが、それで何兆も負担が減るとか煽るのはどうも胡散臭くて仕方がない
「俺だって生活苦しいのに、俺の税金からあいつらの生活費を出すなど許せん」という感情。
公務員叩きも「俺の税金から給料貰ってるくせに」という感情が原因。
しかし、所得税の税収の9割が年収500万円以上の人の納税によるもので、
500万円未満の人は、所得税を納めても納めなくても大して影響はない。
であればいっそのこと、年収500万円以上の人の税率を1割引き上げて、
これなら大半の人は納税者でなくなるから、公務員がいくら高給でも関係ない話になるし、
外国人にいくら給付しても、「別にいいんじゃない?他人の金だし」となるはずだ。
むしろ、公共サービスを受ける時も「無税でここまでやってもらって申し訳ない」という気持ちにもなり、
id:aionarapです.自分のブログがなく,ブコメじゃ情報を書き足りないのでこの場をお借りしました.
“徒弟制度”や修士論文の廃止求める 大学院博士課程で中教審答申 - MSN産経ニュース http://sankei.jp.msn.com/life/news/110131/edc11013122040003-n1.htm
はてなブックマーク - “徒弟制度”や修士論文の廃止求める 大学院博士課程で中教審答申 - MSN産経ニュース http://b.hatena.ne.jp/entry/sankei.jp.msn.com/life/news/110131/edc11013122040003-n1.htm
この中教審の答申に関して,ブコメでは否定的な意見が多数,というか肯定意見は皆無ですね.しかし,私個人はある程度この試みに賛成です.あ,先に書いときますが,完全肯定じゃないですけどね.修論は書いたほうがいいし,徒弟制の完全廃止もどうかとは思っています.
じゃぁ何が賛成なのよ,という話ですが,Qualifying Examの導入,及び広い範囲の教育に関してです.これは必須,と私は考えています.この辺りのお話に関するご意見を皆さんに聞いてみたいと思い,当エントリを書くことにしました.
今回の中教審の答申は,博士の現状の問題を反映した意欲的な取り組みに感じる.丸呑みにするには良くない部分もあるが,期待しても良いのではないのか.
さて,そもそもの出発点ですが,博士は「スペシャリスト」でありさえすれば良いのでしょうか?私は否と考えます.博士こそ「ジェネラリスト」にもならねばならない.…と書くと誤解を招きますね.要は専門馬鹿になっちゃいかん,ということです.
勿論,博士課程の人間は自分の専門分野に関して,国際的な第一線に立てるような知識と経験が必須です.一生懸命に自分の研究に取り組む必要があります.ですが,それだけではダメで,最低限隣接領域(まぁ定義が微妙ですが)に関して,可能であればもっと大きな枠組で知識を深めなきゃいけません.科学技術はどんどん煮詰まってきて,先に進むためには学際分野の融合による新しい概念の創出が必要です.それをイノベーションと呼ぶこともあるでしょう.それを生み出すためには,少なくとも2つの分野に関してよくものを知っていないといけません,そうですよね?
テクニシャンとして分野を極めるのもひとつの道かもしれませんが,博士に求められているのはそういうことではないと私は考えています.
加えて,博士が「スペシャリスト」のみを意識していると,博士課程の人材の活用先は研究者,それもかなり狭い分野に限定されます.
ここで,大学院設置基準が定めている博士課程の役割を見てみましょう.昭和49年の時点では,
「専攻分野について,研究者として自立して研究活動を行うに必要な高度の研究能力及びその基礎となる豊かな学識を養うことを目的とする。」
「専攻分野について,研究者として自立して研究活動を行い,又はその他の高度に専門的な業務に従事するに必要な高度の研究能力及びその基礎となる豊かな学識を養うことを目的とする。」
と,敢えて変更を行っています.差分は,
「又はその他の高度に専門的な業務に従事するに必要な高度の研究能力」
「社会の多様化,複雑化等に対応し,博士課程において,大学等の研究者のみならず,社会の多様な方面で活躍し得る高度の能力と豊かな学識を有する人材を養成する必要から明確化」
(以上,http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/05090501/021/003-3.pdfの2ページ目より引用.)
平成元年の時点で,大学院設置基準は博士課程学生に「社会の多様な方面で活躍しうる」人材たることを求めているのです.
「おいおい,博士が研究者にならなくてどうするのよ…」という意見もあるでしょう,それは理解します.ですが,包含関係を取り違えてはいけません.研究者として生きて行けるのは,博士号を取得したうちの一部の人間です.研究者になるのは博士号取得者でしょう.ですが博士号取得者は全員研究者にはなれません.国家として,限られた国庫の中から博士を全て取り込めるほどポストを恒久的につくるのなら別ですけどね….
それに,(ありえませんが)もしそうなったとしても,全員研究者になるのもどうかと思います.一人ひとりが研究テーマを持って,プロジェクトリーダー的な役割を果たしつつ,世界の最先端を突っ走ってきた人間が,その経験と知見を他の分野に持っていくことは非常に意義があるでしょう.ある意味,一人でプロジェクトチームに求められる役割を全て果たす必要があるのですから,その能力は推して知るべしです.是非,社会のあちこちで活躍するべきです.
非常にポピュラーなのは,専門を活かした職業でしょう.企業での研究開発を初めとした「明示的に博士を求めている」職業は多いです.…まぁ敢えて書く必要はないですね.
初等,中等教育の教師もいいでしょう.勿論高専も.起業もいいですね.
そして,本当はその他の「博士が求められていない」と考えられている職業にも行ったほうがいいと思うんです.だって,ずっと知的体力を鍛えてきたわけですから,同年代の博士号非保持者と比較してその辺りは大きくリードしているはずです.
彼ら/彼女らが持っている問題発見能力は,必ずや企業にとって大きな助けになります.
前節の内容に関して,同意して頂けましたでしょうか?して頂けた方も,そうでない方もいらっしゃるでしょう.
でも,同意/非同意にかかわらず,ほとんどの人は「夢物語乙!www」という感想を抱くのではないでしょうか.いえ,私もそう思います.
例えば,id:scicom 氏の快著,「博士漂流時代「余った博士」はどうなるか?」(http://goo.gl/Pd0ls amazonへのリンク)には現状の博士号取得者,特にポストドクター(PD)の状況が整理されています.
簡潔に言えば,現状は散々たる物です.企業は博士号に魅力を感じていません.これは伝聞ですが,採用担当者は「博士は当たり外れが大きい」と感じているようです.ハズレを引くリスクを恐れて採用を控えるそうです.
そもそも,皆さん,博士号をとっている人間が「最低限」「共通して」何を出来るか,分かりますか?
言い換えると,博士号が担保しているものは何か,知っていますか,ということです.
特に,博士課程では,①学生に特筆すべき顕著な研究業績を求める大学院もあるなど,博士の学位が如何なる能力を保証するものであるかについての共通認識が確立されていないこと,②博士課程(後期)の教育が,個々の担当教員がそれぞれの研究室等で行う研究活動を通じたものにとどまり,学位プログラムの整備という観点から不十分であること,③大学と産業界等との間において,大学院が養成する人材像と産業界等の評価や期待に関する認識の共有が十分でなく,修了者が産業界等の社会の様々な分野で活躍する多様なキャリアパスが十分に開かれているとは言えないこと,といった問題点が見られる
(http://goo.gl/Jq0LU, pdfファイル,5ページ目)
文科省は,博士号が担保するものに関する共通理解は無い,と述べています.また,教育の質もバラけていることを指摘しており,このことも共通理解の妨げになるかと思います.
個人的には,博士号は「専門知識」と「プロジェクト(研究)遂行能力」は担保していると思います.…が,サンプル数が少ないので断言はできません.
この「一般的な博士像の不存在」が,世間一般への博士の浸透を妨げていることは想像に難くありません.
当の本人たる博士号取得者は活躍の場が減る,すなわちたつきの道の選択肢が減ります.
納税者の皆さんは,せっかくお金をつぎ込んで育てた人材が有効に活かされず,「税金の無駄だ!」と感じるかもしれません.
後進の学生は,この惨状を見て博士に進まなくなります(というかそうなってます).
こうして,本丸たるアカデミックの世界ごとジリジリと衰弱し,…あとは言わずもがな.
勿論,「これさえやれば万事解決!」みたいな簡単な処方箋はないでしょう.でも,チャレンジは出来ます.
私は,そのチャレンジの一環が今回の中教審の答申だったのではないか,と考えています.(というか資料はそれを物語っています)
専門の知識だけではなく,基礎知識や計画力,語学力,倫理観などもちゃんと持っていることをQualifying Examで保証しましょう.
どこに放り出しても生きて行けるほど強くするために,総合的な教育もちゃんとしましょう.
そういった取り組みが,今回の答申の意図ではないのでしょうか.
この新課程を出た博士がその有用性をアピール出来れば,在野の博士号取得者にもスポットが当たり始めるでしょう.
さて,ここで,「大学院に進んでまで人に教育を受けるとかwww自分で学べよそれぐらいwww」という気持ちになる人もいるかもしれません.
正直,私も「それぐらいじぶんでするわい」と思ってたりします.
でも,主眼はやっぱり「質の保証」なんだと思います.ちゃんと大学院は「最低限」「共通して」一定の能力を持った博士を輩出しますよ,という保証.
さぁ,経営者の皆さん,安心して共同事業を博士が経営するベンチャーと行って下さい.
さぁ,保護者の皆さん,安心して博士の教員を迎え入れてください.
そういう事を,皆が自信を持って主張できるように,ということでしょう.
ええ,上記の効果を狙ったとしても,逆効果になる部分もあるでしょう.
徒弟制を完全廃止すると,一本軸の通った研究ができなくなって,結果として「スペシャリスト」にもなれなくなります.
(念の為に再度主張しますが,博士は「スペシャリスト」の能力を最低限備えてなければなりません,と考えています)
博士課程に進学希望の学生が修士論文書かないと修士/博士の間のフレキシビリティを損なうことになります.
なので,細かい部分は考える必要があるでしょう.
でも,今回みたいに,現在抱えている問題に対してちゃんとコミットメントしたということで,私は文科省をちょっと見直しました.
というかなんか雰囲気で「お役人は肝心なことに取り組まない」みたいな思い込みがあったのですが,やっぱりそんなこともないよなぁ,と思いました.
なんせ,前述の「博士漂流時代」を読んで気になったことを調べ始めたら,殆ど中教審の資料にまとめられていたのですから.
さて,長くなりましたが,これにて本エントリはお終いです.お付き合い下さり誠にありがとうございます.
学生の卒論とか読んだことないので、卒論の添削やってる先生がいることに驚く。学生が何やったのかは知ってるし、それをどういう言葉で書こうと彼らの自由。私はそこまで興味はありません。
卒論はしばしば100ページくらい書かれていたりするが、そのほとんどはどうでもいい無駄な記述。数ページで書ける内容が無駄な情報で水増しされている。論文というのは短ければ短いほどいい。5、6ページも書けば十分だろう。
学生は卒論を書くことにより未知の世界に立ち向かっているが、我々には彼らが研究を始めた時点で、それがどれくらい価値のあるものなのか、最終的にどこまでできるのか、何もかもすべてわかっている。答えを教えてしまうのは簡単だが、それでは勉強にならないので黙っているだけ。笑
学生の卒論や修論の発表会で、こんなの3日もあればできるだろう?というのがある。学生に考えさせるためにわざと回り道させたんだろうかというとそうではなく、実はたいてい学生がさぼっていたというケース。
吉村教授は博士論文を3日で書く天才らしいけど、俺は出来の悪い学生でのたうち回って修士論文を書いて、博士には行かずに就職した。卒論、修論の面倒を見てくれた指導教官には感謝している。こんな風に「興味ない」で済まされなくてよかった。論文を書いているときは心細くて、不安で、修了を逃したら内定も取り消しだし、大げさだけどそのときは人生を賭けて泣きながら取り組んだ。もしこんなDQN指導教官にあたったら大学院中退になって、内定も取り消しで職歴なしニートになっていたかも知れない。
この教授とは面識がない。だからこのTogetterのまとめがどういう意図でできているかわからない。博論を3日で書ける天才なのか、単なるビッグマウス野郎なのか、ネット弁慶なのか知らない。それで少しぐぐってみたら
と日常的にTwitterで乱闘している痛い人なのはわかった。
なぜ質問状を送ったか
返事が来たら増田でまた書く。
すまないが具体的に何を問題視してどういう想定をしているのか全く理解理解できない。
あなたが何を問題としているのか理解できないので
当然のことながら何の問題ががなぜ少子化対策が解決するのか理解できない。
できれば俺にもわかりそうな例をもう一つ出してくれないか?
繰り返しになるが少子化になるからといって
一人当たりが受けられるサービスの質や量が少なくなるという
論法が理解できない。
消費者減れば
それだけサービスの量を減らして
コスト下げればいいだけだろ
大体、消費者・納税者・労働者減るから人増やせ(子供産め)っていうけど
「BNNプラス北海道365」は、毎週新たなテーマを設け、読者のみなさんが参加する「365アンケート」を実施しています。
中国は、沖縄県石垣市の尖閣諸島沖で9月7日に中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突、船長が逮捕された事件を機に、東シナガス田開発に関する日中条約締結交渉を延期するなど、さまざまな「対日強攻策」を繰り出し、日中関係は一時"一触即発"の様相となりました。
しかし、10月4日、菅直人首相と温家宝首相がブリュッセルで会談、戦略的互恵関係を進展させることを確認、河北省で拘束されていた建設会社「フジタ」の現地法人社員・高橋定氏も10月9日に解放され、収束に向かっています。
船長の釈放は、中国の強攻姿勢に屈服した格好ですが、政府・与党は、漁船衝突時に海上保安庁が撮影したビデオを全面公開せず、一部の国会議員に限って開示する方針で検討しています。
365アンケートは、10月11日から17日までの1週間、「尖閣諸島の漁船衝突ビデオは公開すべきですか?」のテーマで実施しました。
アンケートの期間中、726人の方に参加していただきました。設問と投票結果は以下のとおりです。
・全面公開すべき 707票
・公開は一部の国会議員で良い 5票
・公開すべきでない 10票
・無回答 4票
(2)「全面公開すべき」と答えた方にお聞きします。次の中から最も妥当な理由をお選びください。
・非はすべて中国側にある 220票
・今後、同様の事件を起こさせないため 155票
・その他(自由記述) 291票
<「全面公開すべき」と回答した方の主な自由記述>
「何が起きたかを知ることがその後の対応の前提となる」
「なにが真実かを明らかにするため」
「非は全て中国側にあると思うが、そうなると話が終わってしまうから、そこはこらえてビデオに映った映像に冷静に語らせるべき」
「衝突の経緯を客観的に判断するため」
「特に現在の政府や一部の政治家の判断にゆだねたるべきでないと感じている。皆、真実を知りたいと思っている。広く公開し、専門家の映像解析結果や、国内外の人々の意見を問うべき。事実を隠蔽し議論を封じ込めるのでは、某国と同じになってしまう。より良い関係を構築していくためには、歪曲、推測ではなく、事実に基づいて議論を重ねることが必要だと考える」
「100パーセント非は中国にあり、我が国が中国に配慮する必要は、全く無い。ビデオを公開して、中国人にも真実を知らしめるべきである。数千人規模の国民が参加した中国に対する抗議デモを全く報道しなかった日本のマスコミ。一体この国は何時からこんな腰抜け国家になったのか暗澹たるものがある」
「今更ビデオを公開しても遅すぎだ! はっきり主張するところは主張しないと中国になめられる。しかし、遅すぎてもビデオの公開はするべきだ。今後の対中国外交のためにも、中国側が主張してきたことが間違っていることを世界に向けて発信する必要がある」
「チベット問題はもう忘れたのか?(黒を白と平気で言える国だぞ)賄賂と権力が蔓延する国です。自分の非を認めることはない。民主的思考が通じない相手に民主的解決など無理な話」
「恐らく公開したとしても中国は難癖をつけるか、もしくはビデオの件をスルーして領土問題に話を戻すだろう。けれども、公開しなければ後々に、ことあるごとにこの話を持ち出されるだろう」
「中国は勝手に、自分達を正当化する嘘の衝突を既成事実化しようとしている。自分達の論理が正義」
「ぶつけられた時直ぐに公開すべきであった」
「このビデオを公開したら。さまざまな事態が生じる。それに対して今の政府は責任逃れをしている」
「公開しない理由がわかりません」
「有利な外交を進めるためのカードだ。慎重論者は外交音痴はなはだしい」
「領土問題!国民には知る権利あるでしょう。次の選挙をきちんと考える上でも必須のアイテム」
「10.2尖閣渋谷2600人デモ当然や。なぜ報道しない大マスコミ」
「船長の逮捕した事が、体当たりし危険行為を犯したことを明確にすることにある」
「中国への配慮は必要だが、それ以前に、既知の内容が公開されないのは国民主権の原則からしてもおかしい。オープンな議論がなければくすぶりが増えるだけ」
「単に菅氏と仙石氏が自己保身を図っているだけ」
「全世界に同時発信してごらん!我国にそんな度胸無しと思っている敵は世界を相手に必ず困窮する」
「国民が判断してやるから公開せよ。反日民主党には任せられない!」
「海上保安庁が撮ったビデオは納税者である国民が見る権利があると思う。すぐやれ」
「前線で領海を守った正しい行動をなぜ隠すの?」
「国民に嘘をついて開き直る民主党、国民を愚弄するのもいい加減にしろ!」
「決断ができないんだ。グズグズしてる間に機会を失う」
「日本の領土・領海内での出来事でしょう。一刻も早く、国民に公開するべき!!!」
「政治の醜悪な部分ばかりを見せられますね。たとえ醜悪であっても、それが国民の利益になるような醜悪さならまだいいのですが、ただ低劣でみっともなく、みじめなだけの醜悪さなど、これ以上見せられるのは御免被りたいところです」
「市民運動出身だろうと何だろうと、要は社会常識、一般常識、世知の類があれば分かることが、現政権の上層部には全く分からないようだということが問題なのだと考えます。私はむしろ、外交は人と付き合う当たり前のルール、原則、姿勢を踏まえていればそれでできるものだと思います。要は、彼等はそういう社会人としての当たり前のことすら理解できていないのだろうと・・・」
「ノーベル平和賞のニュース、『ざまあみろ中国!』の気持ちで聞きました(笑)。中国に留まりながら現政府を批判するのは中々出来ることではありません。私は中国人があのメンタリティを変えない限り民主化も他国との平等な関係もムリだと思っていますが、今回のニュースは傲慢な独裁国家に鉄槌をくらわす良いニュースだと思います。仙石さんがどう発言するのか聞きたいですw」
「誰が問題を起こして、誰に責任があるかはっきりさせるため」
「情報を発信しないのは敗北と同じ」
「民主の発想の逆やっておけば間違いない気がするんだが」
「後ろ暗いところがないなら、さっさと衝突ビデオを出せ。事は民主党の党利党略を越えてるぞ」
「普段『権力のチェック機関』を自任してるマスコミの皆様はなぜビデオ公開を政府に要求しないのでしょうか?」
「民主党による日本の国益のバーゲンセールですね。実際はバーゲンどころかタダでやってんだけどw」
「この問題、不起訴不当って事で検察審議会に提訴出来ないのかな?」
「もはや民主主義国家じゃないね。国民の感情を、政府の都合でコントロールするために情報統制するなら、それは最早戦前の日本と変わりない。これに追随している大手マスゴミは、民主主義において、国民の知る権利のために戦うべきジャーナリストとして、最低限の矜持すらないのか。恥を知れ」
「支持率急低下→民主嫌々ビデオ公開。これが国民にとってのベストシナリオだと思う。保身の為なら中国とのビデオ非公開の約束も裏切りそう」
「ビデオを見せればますます支持率が低下すると思ってるから見せないんじゃないか?」
「犯罪者はどこにでもいる。日本にも中国にも。犯罪者が犯罪を犯すことに対していちいち国民感情が燃え上がるわけなどなかろう。国民感情は、犯罪者を釈放したバカな政府に対して『ふざけるな』と燃え上がるだけだ」
「日本国民の感情は、どうでもいいわけだ。民主党の政策スローガンは、中国国民の生活が第一なのね」
「ここまでの売国をやられちゃ、日中戦争より日本国民vs民主党の内戦勃発が先に起きるな」
「"非公開"じゃなく"隠蔽"って言葉 使っていこうぜ」
「劉氏をあえて選ばなくてもいいのに選んだノルウェーとえらい違いだね。公開しなきゃいけないのに中国様のために隠蔽するんだから」
「日本人に残されたオプションは政権転覆ぐらいしかないんじゃないのか。我々の意志とは異次元の政治だろ」
「早く公開しなさい。公開しないから中国があんな強引な態度とっているんだよ。ノーベル平和賞で追い詰められてる中国に追い討ちをかけるチャンスじゃないか。散々追い詰めといて、こちらに有利な外交を進めるのが賢いやり方だよ」
「どちらの言い分が正しいか見極める為、長くても全録画を公開するべき」
「ビデオで日本がぶつけたのか、中国がぶつけたのかをハッキリさせるため。今の時点で、中国が悪いとは言い切れない」
「中国の主張とビデオの内容を比較し、世界的に法治国家では無い中国に依存する危険性を伝えるため」
「民主党はビデオ公開とともに、中国人船長を釈放した理由を日本国民と全世界に対して明確に説明する責任があるから。『国民1人1人が自分の問題として捉え』るべきと首相が訴えるならば、その国民に事実を公表するべき。また、中国側の主張の正当性についても、ビデオ公開による事実の公表がなければ判断は不可能。現時点では中国のみが主張しているために、諸外国からも『日本に非がある』と受け取られかねない。この状況を一刻も早く脱し、日本側の主張に筋を通すべき」
「中国政府は日本の巡視艇がぶつけてきたと国民向けに発信し、それを信じた中国国民に反日思想が高まっている。全てを明らかにし、その上で日本政府の対応を含む全てを検証すべき」
「客観的事実を知らしめるため。政府は情報公開の責任がある。また中国側の主張に対して証拠を世界に示すことで西側を中心としたメディアを通じて中国の今回の対応がいかに異常であったかを知らしめる必要がある。結果彼らからの『中国脅威論』を中国自身が一番嫌うため日本に対しての態度や行動の抑制になっている事実は今回の件でも明らかである」
「菅首相は8日の代表質問では『最終的に外交の方向性を決めるのは主権者たる国民だ』と言いながら、ビデオ公開には後ろ向きの姿勢でした。これほどの欺瞞はありません。国民の目に目隠しし、事実を知らせないでおいて、外交の責任は政府と国民で分かち合おうと呼びかけるなんて、なんて厚かましくも卑怯なのか。『何でこんなに明らかなのに、今まで隠匿していたんだ』という国民の怒りが自分たちに向くのを恐れているとしか思えません。政府には前非を悔い改め、一刻も早く、ビデオを全国民の目に触れる形で公開することを望みます。それとも、また卑怯な手段でごまかそうとするのでしょうか」
「国民を信用するのであれば、ビデオを公開すべきです。公開すれば、全ての国民の正義が民主党に向かい政権が無くなるを恐れているとしか考えられません。日本国存亡の時、馬鹿な民主党の政治家なんぞに国の行く末を、曲げられてはたまらない!」
「のらりくらりと逃げまくった挙句、結局出さないでしょう。臆病で胆力のない人間が政治家になるのは駄目です。今の日本はそういう輩が官房長官と首相になっています」
「柳腰・・・民主党の外交政策を端的に表している言葉ですね。鳩山前首相のルーピーに続いてしっくり来ます。船員の解放で中国に媚を売ったつもりが、更に要求が強くなり、譲歩を繰り返す拙劣な外交を柳腰外交と称しているのでしょう」
「これまで万年野党で議員をやってきた者が、昨年から政権与党になったが、内閣あるいは政権与党の一員としての自覚など皆無という事ではないか。民主党政権は政権をナメているとしか思えない。かれらにこの国の現在そして未来に対して責任が取れるのか、あるいは責任を持つ覚悟があるのかどうか聞いてみたい」
「犯人を釈放し証拠として不要になった以上、原則公開すべき。これは見せるとまずいから非公開などと勝手に決め込んでるが、何様のつもりかと言いたい。それでも断固非公開にすべきという考えがあるのなら、その明確な理由を堂々と気概を持って説明すれば良い。それもしないでこそこそとお茶を濁すなら、卑怯者内閣と呼ばれても仕方あるまい」
「相手は無数の核兵器を保有した一党独裁体制であり、国境線すら認めず、他国には堂々と内政干渉をし、その一方で自国の批判は決して許さない、という我々が通常認識している『国家』の範疇には入らない『バケモノ』なのだということを、一人でも多くの人に認知して頂かねばならない。そして、そのバケモノの顔色を窺い、媚びを売る『柳腰外交』を信条としているのが、民主党内閣であるということを」
「何もやましい事が無いのなら世界に向けて日本の取った行動は間違いではなかったでしょう?と世界にアピールすべきです。同じ日本人でも政府の行動が理解できないのに外国人が理解できるとは到底思えません」
「尖閣ビデオの公開要求が衆院の予算委で決議されましたが、政府内ではまだ隠蔽の方向で検討がされているようです。公開するかしないかの判断権地検にあると思っていたのですが、最終権限は政府にあるのでしょうか。今回のようなケースは過去に前例がないので正直なところよくわかりませんが、捜査権や起訴権限を持っているのは地検であるのに、ビデオ公開の権限が政府にあるというのはおかしい気がします。仮に政府にあったとしても、首相でもない仙谷官房長官に判断を一任という対応も全く理解できません。政府内でも反日政策の急先鋒である仙谷氏に一任ということは、公開しないという判断とほぼ同意です」
「隣国には外交という概念が無い。当然、友好という概念も無い。あるのは、四方は全て獣であり、その『中』央に位置する民族だけが『華』である、という自己中心主義の極みともいうべき病的発想である。『中』『華』民族が、獣と交渉するはずがない。友好関係を持とうなどと考えるはずがない。彼等には、世界中の国々が認めている『国境』という概念すら無い。彼等は、国の境を『辺疆』と呼び、その独特の歪んだ発想を他国に押し付けている」