はてなキーワード: プライベートとは
本来店の中で写真を取るのってマナー違反だと思うんだけど、最近それを知らないらしくいひとにあってびっくりした。
いやいやいやいやきみねぇ、本屋で本の内容写メしたりしたら犯罪でしょ?他の品物だって同じだよ。食べ物屋が例外的に寛容なだけで、本来自分のものではないものを撮るときは一言断りを入れるものだろ。最近は肖像権とかだってうるさいんだから、通りすがりの人にレンズ向けちゃだめでしょ。
ということを一から十まで行ってそれでも暖簾に腕押しな返事が帰ってきた上に貸したレンズを服の裾で拭かれたりしたのでもう会いたくない。
一体何なんだあれは、宇宙人か。
しかも美術館でも写真撮りたいとか言っててもうなんというかダメダコリャってかんじ。
それ以外にも熱が出てるのに「お世話になった人が来てるから!」と特攻したり(それうつしたらどうすんだよ恩知らずめ)、
人んちに飯食いに来るのに全く材料費を負担せずにしかも手土産を持って来なかったり(かねだせとは言わないがせめてペットボトルの一本でいいから持って来いと思う…)、
病み上がりだというのにほぼ毎日飲み会に行ったり(死にたいなら一人でどうぞ)、
恋人相手にもひたすら受け身で相手がくれないからとかいってメールを一週間せずにキレてたり(だったら自分からおくれよ)、
旅行の計画を立てると全て開いての言いなりの割に行程ずっと上の空な感じで(ツマランならそう言ってくれたほうがなんぼかましだし、もしつまらんならお前も意見出せよと思う)、
挙句の果てに人のオーディオプレイヤーの中身勝手に見たりプライベートのブログを見せろと迫ってきたり勝手に人の写真撮って壁紙にしてたりなんつーかあんたストーカなんすか?
自分の快さと楽さしか追求してないんだろうなぁ。相手がどう思うかとかどういう労力が払われてるのかとか考えてないんだろうなぁ。ドン引きですよ。
少し昔の話だが、知り合いに唐突にブログのアドレスを送りつけられたことがあった。
まだ知りあって間もないころ、しかも異性だったもんだから正直戸惑った。
俺に教えてこの子は何を期待してるんだろうとか、俺が見るべきもんじゃないんじゃねとか
他の人には教えるなとか言われるし、そんなもんを俺に教えんじゃねぇよと思ったんだけど
色々考えた結果スルーすると決めた。
その後、ミクシィやらツイッターやらが普及しだして俺はそれについていけなかった。
日記を書いて、それに反応してくれるのを待つっていうのが
知ってほしいなら口で言えよと。言えないことなら抱えて生きろと。
なんというか、こういうことをやると人としてランクが下がるように感じた。
今まで社会が許してなかったであろうことを
いまや誰もが平然とやってるというのが受け入れられなかった。
でも、考えたら俺だって誰かが反応してくれることを期待しながらここに書き込んでるわけで
そうじゃなかったら最初からメモ帳かなんかになぐり書きするわけで
結局人は一人では生きていけんのかなぁ認めたくねぇなぁという身も蓋もないオチでスンマセン
私も昔無口で、人とあんまり話せなかった。テレビとか映画、音楽とか興味持てなかった。
でも、元増田みたいに「腹を割って話したい」という気持ちはすごく持ってた。
そう言う話ができる一番いい機会は、飲み会でみんなが寝た後に2・3人だけ起きてて、ゆっくり話をしてるとき。
世の中の人は結構優しくて、こういう機会なら話をよく聞いてくれる。
そういうときにどんな話をしたらいいかといいうと、ここで書いてることをそのまま話せばいいと思う。
「人と話せるようになった方がいいと思うけど、だけど、どうしてもみんなの会話に興味が持てない。自分でもよくないと思うんだけどどうしたらいいだろう」
って。
私はだいたい「モテないのが悩み、社会性が低いのが悩み」ってずっと人に相談してた。
そうやって信頼できる友達を増やして行って、そうすると、好きな人(男女関わらず)が増えて、その友達が好きなものに興味が出てきて、テレビや映画に興味持てるようになってきた。
友達に面白いテレビとか映画紹介してもらったらどうだろう。漫画とか音楽でもいいし。
ちなみにみんなが、自分が興味を持てない話題で盛り上がってるときは、体力があるときはニコニコしながら聞いてるし、体力がないときはそっぽ向いて考え事してる。
退屈なときもあるけど、別に黙っててもそういうキャラだって受け入れてくれるから気にならない。
お仕事で話さなきゃいけないときは、仕事だって割り切って、相手のことをよく聞いたり、その人に関する情報を仕入れたりしてがんばって話を合わせてる。それも仕事のうちだと思うから。でもプライベートでは気が向いたときだけ会話に入る。
無口だけど彼氏もおるし、遊びに誘ってくれる友達もおるし、なんとかなるよー
ただ、見た目は良くした方がいいと思う。
かわいかったりかっこよかったりすると、話さなくても許してくれる人が多い。
アメリカでは小学生の頃からディベートの授業があって、小さい頃から物事を論理的に考え批判的に見る訓練をしているらしい。
議論のテーマは子供のコミュニティ内での倫理道徳などではなく、具体的な環境問題や政治の問題。
自分で資料を集めて意見を論理的に構築し、クラス内で発表して批判を受ける。
ディベートはルールが体系化されていて勝ち負けを競う競技としてあって、高校では全国大会まであって、日本でいう甲子園のような盛り上がりらしい。
そりゃ学校でもプライベートでも「空気読んで思考停止」しがちな日本人は持ってかれますわ...
こんなまとめもありますよ。
ここ数ヶ月仕事もプライベートもうまくいかず、ずっとイライラしている。
かといってそんな荒んだ心を癒してくれる存在のはずの彼女(同棲中)は仕事の愚痴ばかり言い、詳細を聞いてもはっきり答えず泣くか当たられるばかりでこちらのストレスなぞ露知らず。そして性格がだらしなく、掃除が出来ない。物忘れも健忘症レベルで、小さいことも大事なこともすぐ忘れそれの尻拭いをさせられるので癒されるどころかストレスが増す。気分転換にと外を歩きゃ当たり屋紛いに絡まれ文句を付けられる。唯一安らげる通勤時や昼の外食時は金切り声で叫び暴れる子供とそれを全く注意しない親、音洩れ野郎、携帯大音量ババア、ヲタ話を大声で恥ずかしげもなく2ch語で会話するニコ厨、そんなのに毎日のように遭遇する。
そんなこんなで今日ついに限界が来たのか、立ってるのもキツイくらいの頭痛が襲ってきたのでちょっと早めに帰らせてもらい、彼女もまだ帰ってきていないので頭痛薬を飲んで横になった。少し落ち着いて、音楽でも聞こうかとプレイヤーを再生したらハイロウズの日曜日の使者が流れてきて、普段カラオケも行かない自分が大熱唱を始めてた。
追い込まれている自分の現状と歌詞が重なり、今まさに励まされているようで、歌っている途中で涙が溢れ声が詰まった。
ブルハの頃ヒロトは好きで、ハイロウズになってちょっと離れていって、クロマニヨンズはノータッチだったけど、色々聞いて見ようかな。
君が誰なのかは分からないが、人を傷つけているのは自分が相手している人の方からだよ。
というより、
これは只の状況対人論証だろう。
主張する相手が「どういう状況に身を置く人間か」で相手のしている主張が正しいか正しくないかを決め付けるような判断をしてはいけない。
それは誤謬に繋がる。
(信用金庫の営業課の課長だったらしいが、実際に「嫌な上司」だったんじゃないかと思っている。
笑ってしまうが、なんか会社の人から「死ね」という内容のイタズラ電話が掛かってきたり、プライベートでも何かとトラブルメーカーな人だったので……。)
中学生くらいの頃から家を出る時まで、毎日ネチネチネチネチと暴言を吐かれ続けていたことがストレスとなって精神を病んでしまった。
なぜそんなことをされる羽目になったのかと言えば、父親が別の仕事で失敗してしまって自己破産を起こした辺りから始まったことなので、それが原因なんじゃないかと思う。
それで自分をターゲットにして、八つ当たりをするようになったんじゃないかな、と。
本当の所はなにも分からないけどね。
どうであれ自分の感じた事を正直に言えば、辛かったとしか言えない毎日だった。
父親は自分にどれだけネチネチとしつこく嫌味を吐き続けても、それは全て「お前の為だ」とか「お前が悪いから俺はこうしてるんだ。別にしたくてやってる訳じゃねえんだよ。」というようなセリフで全て自分のせいにされてしまっていた。
というか、あの手の人間と対峙したことのある人になら分かると思うけど、ああいうタイプは基本的に「直接的な暴力や暴言」を振るってこない。
だからこそとてもタチが悪い……。やり返される隙を与えるような攻撃はしてこない。
というよりも、そもそも人の話に聞く耳をまったく持ってくれないので、何をどう言っても会話にならない。
とにかく会話がまったく成立しない。何を言っても「自分が正しくてお前が間違ってる」の一辺倒でどうにもならない。
http://www5a.biglobe.ne.jp/~with3/gyakutai/morahara/morahara.htm
まあ、全然うまく説明できていないけど、↑ここに書かれている事には、本当によく思い当たるフシがある。
当時は「親の言うことなんだから自分が悪いに決まっているんだろう」という気がしてならなかったが、今では判断能力も身について父親がしてきたことは暴力だということが分かるようになっている。
そういう経験があるからこそ、「子供の立場を無視した親にとって都合の良すぎる主張」は許せない。
理不尽な目に遭ってきた親もたくさん居るのだろうけど、それと同様に、私のように親から理不尽な目に遭わされて人生を壊されているような人も世の中にはたくさん居るということも頭に入れておいてくれれば、自分のような人間は助かる。
最初に言っておくと、私は中学生でも高校生でもない。大学生だ。もひとつ言うと、ハタチもとっくに過ぎた大学院生だ。
なんだけど、将来を思って動けば動くほど、「大人になりたくない」という今更な幼稚な悩みがどんどん大きくなっていく一方だ。
楽しく人生を過ごしている自分が見えない、というのが唯一で最大の原因。仕事に追われてプライベートの時間がどんどん削られて、仕事から帰ってきたらてきとーにネットみて寝るだけ、休日もやりたいと思っていることは一杯あるけど寝て体力を回復するのを優先させてしまう。そんな姿が容易に思い浮かべられてしまい、このままでいたいと願ってしまう。
身の回りやTwitterなんかを見ていると、大人も大人なりに今を楽しんでいるように見える。楽しいことがひとっつもないなら、きっとみんな生きていけないはずなので、もちろん大人でも楽しいことはあるだろう。けれど、昔ではなく今が楽しいと言う人はおらず、あの頃がよかった、昔の方が楽しかった、と言う人ばかりのように思える。きっと自分もそう思ってしまうんだろう。
とすると、大人(社会人)になるより大学生の方が楽しいっていうんなら、やっぱり大人なんかになりたいと思えない。今のままでいたいし、今にしがみついていたい。
「楽しくなくてもいきていかなくちゃないんだ。みんなそうやって生きているんだ」と言うかもしれないけど、それを否定しているの。それが嫌だって言ってるの。そんな社会おかしいじゃん。そんな社会になんて出たくないよ。
でも、そんなことはできるはずもなくて。できたとしても、それは「社会不適合者」でしかなくて。
だから私は、まあ、大人になるしかないんだと思う。これは仕方ない。今は、大人か社会不適合者かのどちらかしかないんだから(違う道もあるにはあるが、それは才能か運に恵まれた人しかなれないものすごく狭い道でしかない)、私は大人になるんだと思う。とっても嫌だけど。
今の私たちには、楽しくない大人になるしかまっとうでいられる道は提示されてないんだから。
でも、できるなら。できるなら、私たちよりも後に大人になる人たちには、こんな「楽しくない大人なんて」って思って欲しくない。今の私たちではダメみたいだけど、これからの人達にもそういう思いはして欲しくない。こんな思いをする人なんて絶対少ない方がいい。
だから、私は、大人になるしかないんなら、「今が楽しい」って言ってあげられる大人になりたい。
一番だとは言えなくとも、「今が(今も)楽しいよ」「だから安心して大人になっていいよ」って言える大人になりたい。
狭い窓から社会を覗いてみているだけだから、これから実際にどうなるかわからないけれど、今の情勢やそこから推測される未来を考えると、きっとこれからの人たちは私たちよりもさらにつらい世の中を生きていかなくちゃなくなるんだろうと思う。
そんなつらい世の中で、さらに楽しさが少なくなる大人になりたいだなんて、だれが思えるだろう?
すくなくとも、私は無理。今でだって躊躇しちゃうもん。絶対無理。
希望持てない上にさらに辛くなるっていうんだから、そんなの逃げるしかないじゃん。最悪(究極的には)死ぬしかないじゃん。
だから私は、そういうこれからの人達のために「今が楽しいよ」「安心して大人になっていいよ」言わなくちゃないんだと思う。言えるような生活をしたいと思う。
ここで改めて言っておかなくちゃならないのは、私は未来に希望を持てないでいる、ということだ。失望と言っていいと思う。
世の中をよくするためには、世の中を悪くしないためには、これからの人たちのためにはどんなことができるんだろう、ということを考えた時に、失望に失望を重ねて、撤退線を繰り返した結果、私個人でもまわりの10人くらいの人達のためにすぐにでもできるだろうと思ったことが「今が楽しいと言うこと」だった。(これを読んでいて「どうしてそうなるの?どうしてそれしかないの?」と思われたところがあるかもしませんが、それはこれに起因することではないかと思われます)
どんな職につこうが、現在の世の中やこれからの世の中に対して自分ができることなんて、きっとたかがしれているんだと思う。
少なくとも、大規模な改変をするには数十年かからなきゃできないだろう。現在の生活水準にしがみつこうとしている中年以降の人々の抵抗もあるだろうし。
大人にならなくても多くの人が社会不適合者にならずにすむ道を作るのは、他の人に任せたい。
政治的、または社会的システムを改善させるのも、他の人に任せたい。
経済をうまく回していく仕組みを作るのも、他の人に任せたい。
技術的な面で世の中をより生きやすくするのも、他の人に任せたい。
歌や小説や漫画やアニメや映画やスポーツや、というような大くくりでの「エンターテイメント」でみんなの心をなぐさめたり希望を持たせたり楽しませたり癒したりするのも、他の人に任せたい。
こういうのは、結局(ちょっとタイムリーなアニメのことばをつかうと)「きっと何者にもなれない」自分には多分無理だから。そういう人になれるという夢は、もうない。
そんな矮小な自分でもできることが、多分「今が楽しい」って言ってあげることなんだと思う。
少なくとも、私がまわりの「何者にもなれなかった」大人たちにして欲しかったこと、言って欲しかったことがそうだったんだと思う。まわりの大人たちみんながそう言ってくれていれば、こんな風に社会に出ることにおびえなくてすんでたはず。
これからの世の中に対しては悲観的だけど、それでも楽観主義者でありたい。
「昔も楽しかったけど、今もちゃんと楽しいよ」「多分きっと、これからも楽しいよ」「だから、君たちも安心して大人になっていいと思うよ」って言ってあげられるようになりたい。
だからというかなんというか、その、感情が爆発しそうになって勢いで書き始めたから具体的な方法なんて考えて無くて、さらにどんな展開と締め方にするかもまったく考えていなかったので、論理性がない上にこんなオチになってしまうのは我ながら不服なんだけど、
彼と知り合ったのは、2007年の秋だった。
当時病院のシステムを作るSEをしていた私は、福岡で行われたとある大学病院のプロジェクトの飲み会で、初めて彼と会った。
第一印象は、「かっこいいなぁ…」だった。
だからといって積極的に話しかけるわけでもなく、「ちょっとイケメンなプロジェクトのメンバー」の彼とは、
その後2ヵ月半の間、特に関わりを持つことはなかった。
彼に関して私が知っている事は、岡山の子会社から本社に出向してきていることと、
後から知った事だけれど、彼は東京に来ていた時に私を見ていて、「あのスタイル良い子、誰?」と
私の同期に聞いていたらしい。それを知った私は、「気になったのは、見た目だけ!?」と少々膨れたが、
彼が私を見ていてくれたことが、ちょっとだけ嬉しくもあった。
当時、SEは全員、専用のインスタントメッセンジャーを使っていた。
そのメッセンジャーには、その時の気分や居場所などを書き込める機能があり、その日私は
今でこそ普通に乗れるようになったものの、当時私は大の飛行機嫌いだった。
眠気と戦いながら仕事をしていると、突然メッセージの画面がポップアップした。
数秒考えて、それがあの「ちょっとイケメン」だという事を思い出した。
ひさしぶりー。
今?後ろにいるよー。
嘘。今キョロキョロしたでしょ。
ちょwwだましたんですかー!ひどー!
そんなやりとりが最初だった。
その後、夜遅くまで残業をしていると、彼からメッセージが送られてくるようになった。
仕事の話だったり、会社の人の話だったり、プライベートの話だったり。
仕事の合間のそのやりとりのおかげで、嫌だった遅い時間までの残業も、苦にならなくなっていた。
そんなやりとりを続けて1ヵ月半たったある日。
今度の金曜日、そっち行くよー。
というメッセージが飛んできた。
そして、そのノリで二人で飲みに行くことになってしまった。
正直、憂鬱だった。
元々人見知りする私は、メッセンジャーで会話はしているものの一度しか会ったことのない人、
しかも6つも年上の男性と二人で飲みに行くなんて、考えられないことだった。
会話、続かないだろうなー。
そう言い聞かせて、終わらなかった仕事を翌週の自分に丸投げし、会社を出て、待ち合わせ場所に向かった。
実は、4ヶ月前に一度会っただけの人の顔を覚えている自信もなかった。
でも、待ち合わせ場所で私を見つけた彼は、本当にうれしそうな顔でにこっと笑って、私に駆け寄ってきた。
夜の7時に待ち合わせをしていた。途中で店を変え、結局お開きになったのは朝の4時だった。
会話が続かないどころか、会話が途切れなくて9時間も話し続けた。
それから彼が東京に来る頻度も増え、仕事が終わる時間を合わせて、同僚にはバレないように
二人で飲みに行った。
そして、私が出張で岡山に行った事がきっかけで、付き合うようになった。
東京と岡山の遠距離恋愛だった割に、お互い出張が多かったので、平日は頻繁に会うことができた。
だいたい東京か、プロジェクトの定例会が行われる福岡で会っていた。
とは言ってもお互い仕事が忙しく、仕事が終わってから会おうとすると既に深夜になっていることもあった。
それでも彼は、必ず時間を作って会おうとしてくれた。会えない時でも、必ず電話をくれた。
私は電話が嫌いで、用件だけ話してすぐ切ってしまうことがほとんどだったし、それまで付き合っていた恋人とも、
長電話をすることはほとんどなかった。でも彼となら何時間でも話すことができた。
彼はとても穏やかな性格で、彼と一緒にいると、普段忙しすぎて殺伐としていた心が安らいだ。
一度虐殺器官を読んだ人(=自分)が内容を思い出すためのもの。
第一部
1
死者の国の夢と、そこに現れる死んだ母さん。
2
僕は「濡れ仕事屋(ウェットワークス)」として、二〇一〇年代後半に頻発する内戦をおさめるため、「レイヤーワン」を殺してきた。レイヤーワン――罪の多寡とは無関係に、それを殺すことでもっとも効率的に争いを終結させられる標的。
仕事で殺してきた数多くの(時に罪のない)標的のことは少しも心に留まらないのに、プライベートでの、母に対する医療行為の打ち切りを決断したことで、僕は気を病んでいる。
3
仕事で、二人の標的AとBを殺すように命じられ、異国に入る。標的Bについての情報は、上司から与えられているはずなのだが、それが上司の意図により隠されている。
4
標的Aはその国で虐殺行為を率いていた為に、ぼくの手により暗殺される。
ぼくは標的Aに、なぜそのようなことをしたのかをきくが、彼はしきりに「わからない」と繰り返す。
標的Bはすでにそこにはいなかった。
第二部
1
彼はしばしば「地獄は頭の中にある」と言っていた。
ぼくの父も、かつて自殺したのだった。
標的B――ジョン・ポールを追って、僕らは殺しを繰り返してきた。彼は内戦から内戦へ渡り歩いているようだった。
だが、ぼくらが暮らすアメリカは、「ドミノ・ピザやペイムービーのリピートの平和」か支配し、戦火とは無縁だったのだ。
2
ペンタゴンに召集される。
そこで「ジョン・ポールは軍とは無縁の文人、学者でいる」、「しかし、彼が関わった国は決まって内戦が起こる」と聞かされる。
彼は今度、ヨーロッパに入ったらしい。
ぼくの新たな任務は、チェコで彼を追跡すること。
3
死者の国の夢――「死体は物質にすぎない、生きた人間も」と母さん。
幼少時、僕は家の中で母さんの視線を感じ続けて育った。その視線から逃れるために、「濡れ仕事屋」を始めたのだった。
4
ジョン・ポールと関係を持つらしい女、ルツィアと接触する。チェコ語の講師をしている彼女の生徒として。
ルツィアに、「言語は進化によって獲得された『器官』である」という話を聞かされる。
5
チェコ・プラハで行方をくらませた人間(ジョン・ポールもそうかもしれない)のIDの追跡可能性はゼロらしい。
9・11のテロとの戦い以後、認証を繰り返さなければ買い物も交通機関を利用することもでしないのに。
ルツィア曰く、「ジョン・ポールはもともとMITの学者だったが、いつからかDARPAの研究(ぼくが使う武装、SOPMODを作ったのもDARPA)をするようになった」
6
ルツィアの部屋からの帰り、若者におそわれるが返り討ちにする。おそらくは、ジョン・ポールの協力者。
IDトレースによれば、かつてジョン・ポールとルツィアが密会していたとき、彼の妻子はサラエボで核に吹き飛ばされた。
第三部
1
死者の国の夢――夢の中のプラハでは、例の虐殺が発生していた。
その夢でも、母さんが現れる。
「母さんは意識はなかったけど、内蔵は動いていた。そして、ぼくが医療行為の中断を認証した。
……母さんが死んだのは、ぼくが認証でイエスと言ったときだったんだろうか?」
「あなたは、任務での殺しでは「それは政策が決めたことだ、自分が決めたことじゃない」と、責任の重みから逃れられた。
でも、医療の中断の責任からは逃れられない。あなた自身の決断だから。
……そう思っている。もしくは、中断をする前から私は死んでいたと信じたがっている。
けれど、本当は、私だけじゃなく、あなたがころしてきたすべての人々が、あなたの決断によって死んだ。
私を殺した罪を背負い込めば、あらゆることが帳消しになると思っているの?」
2
夢の虐殺後の静けさとは裏腹に、プラハのあるクラブには、生き生きとした騒々しさが満ちている。
そのクラブでは、IDを認証せずに支払いできる紙幣(みなくなって久しい!)を使うことができる。
「プライヴァシー(認証されない)自由と、テロの自由からの恐怖はトレードオフ。自由の選択の問題」
3
ジョン・ポールの妻子がサラエボで核の熱で蒸発したとき、彼女はジョン・ポールと不倫し、セックスを楽しんでいたという罪の告白。
罪悪感の対象が死んでしまうということは、いつか償うことができるという希望を剥奪されること。
死者は誰も許すことはできない。
4
「濡れ仕事」で数々の骸を見、中央アジアからワシントンに帰ってくると、母さんは事故で死んでいた。が、彼女の心臓は再び動き出した。――危険な軍隊へ行ってしまったぼくへの復讐として、ぼくに生き死にを決断させたかったから?
決断の材料を探す為に、母さんのいえ――ぼくの生家でもある――に行く。
かつてそこでも母さんの視線を絶え間なく感じながら、ぼくは育った。
見つめられることの安堵は、(認証され続けることの安堵は、)息苦しさの表面にすぎない。
結局、母さんの残したログは見ずに(ロックがかかっていて、他人が見ることはそもそもできなかった)、ぼくは母さんの「死」を決断する。
――母さんの視線の「気圧」から逃れたくて、ぼくは母さんを「殺した」んじゃないのか。
5
僕の告白に対してルツィアは、
「人間は生得的に善ね利他行動を行える。あなたの、お母さんを「殺した」決断も、本能による利他の行動。だから、あなたは許されるべき」
ルツィアとの帰り道、気を失う。
ジョン・ポールによる電撃を食らって。
6
とらえられた僕は、ジョン・ポールと会話をする機会を得る。
虐殺の言語は、僕の装備を作ったDARPAが協力した研究により生まれ、僕の殺す対象を選ぶのと同じシステムを利用してる。
7
ルーシャスは、〈計数されざる者〉という、ポールの協力者集団の一人だったのだ。
〈計数されざる者〉は認証を嫌う。プライバシーと平和はトレードオフの関係にあるはずなのに、実際は、認証をすればするほどテロが増加している。
それは、世界の人々が、自分のことにしか興味がないから。ドミノ・ピザとビデオクリップの平和に浸っているから。すぐに手にできるはずの現実に手を伸ばそうとしない奴らばかりだから。
ジョンとルツィアは去る。
僕はルーシャスに殺されかかる。その寸前のところで、ウィリアムズに助けられる。
第四部
1
旧印パ国境地区。そこにいるらしいジョンをとらえるように命じられる。
2
痛いと「感じる」ことはなくても、痛いと「知覚する」ことはできる。人をためらうことなく殺せても、その殺意を自分のことのようには感じない――僕は「濡れ仕事」をこなせるように、DARPAによって、そのように調整されている。
――「殺される」前の母さんと同じ、希薄な意識だ。僕が「濡れ仕事」をするために必要な、意識の希薄さ。
この殺意は、本当に僕のものなのか、僕が「殺す」前、母さんが本当に「死んで」いたのか、僕にはわからない。
3
4
ジョンを文化顧問として雇った、ヒンドゥー原理主義国、ヒンドゥーインディア。
その少年・少女の兵を、「他人の殺意」で殺しながら、ジョンのもとにたどり着き、彼をとらえる。
5
ジョンは、
「私が行っている「虐殺の言語」と、きみが施されている「「他人の殺意」による殺人」は同じだ。どちらも、良心を抑制する」と。
ぼくは、
「あんたには内通者がいるな。政府部内に。僕らの面子か、もっと上のほうだ」
ぼくらアメリカと同等の技術を持った敵によって、列車が襲われる。ジョンは僕たちによる拘束から逃れる。
僕たちも敵も、痛みを「知覚」するが、感じない。体の部分が吹き飛ばされても、戦闘は続く。お互い、「ハンバーガーになるまで弾と火薬をたたき込むしかない」。
リーランドはミンチになりながら、死の間際まで、冷静で希薄な意識で戦い続けた。
第五部
1
インドでミンチになったリーランドは、商品と違ってメタヒストリーを持たないから、つなぎ併せて一つにして、棺に納めるだけでも一苦労だった。
それでも、ミンチにさえならなければ、認証によるメタヒストリーを僕らは持つ。母さんもそうだった。
母さんのメタヒストリーがプロテクトされていなければ、僕は母さんを「殺す」か否かの決断を、認証の蓄積によるライフログを手がかりに探すことができた。
リーランドがミンチになった戦いがきっかけで、ジョンとの内通者が発覚する。
2
発覚した情報を手がかりに、ヴィクトリア湖へとジョンを追う。そこは、誰も追おうとしない人工筋肉のメタヒストリーの行き着く先。
〈ヴィクトリア湖沿岸産業者同盟〉は、人工筋肉の利権を得るために、独立しようとしている。
3
ジョンがいるはずのゲストハウスにルツィアを見つける。
ルツィアを探してゲストハウスに入ると、ジョンが待ちかまえていた。
4(物語のコア)
ジョンは、
「虐殺も利他も、進化によって得たモジュールという点で同じ。むしろ両立すらできる。生存のための大量虐殺というのもありうる。たとえば、食料を多部族から奪って自部族の仲間を生きながらえさせるためだったり」
ルツィアは、
「あなたは、サラエボの奥さんや子供を失って絶望しているから虐殺の言語をばらまいているのね?」
ジョンは、
「いや、愛する人々を守るためだ」
――そうだ。ジョンがいたどの国も虐殺に見回れていたはずなのに、彼の過ごしたアメリカとチェコでは、それが起きていない!
5(物語のコア)
ジョンは、
「人々はみたいものしか見ない。だから、いくら認証しても、テロはなくならない。
ならば、テロで爆発するはずの憎しみがこちら、アメリカやチェコといった先進国に向く前に、彼ら同士で憎しみあってもらおう。――そのために、虐殺の言語をふりまいた」
ジョンは、ぼくらの世界へのテロを未然に防ぐため、虐殺の旅を重ねた。
ルツィアは僕に、ジョンを殺さずに逮捕するように言う。僕らの世界の平和は、ジョンによる無数の死者の上に成り立っているのだと、みんなが知るべきだと。
と、ルツィアがヘッドショットを決められて死ぬ。
ウィリアムズによって。
「なぜ殺した」と僕。
「妻と子のためだ。彼女らは、この世界が虐殺の上に成り立っていることを知らなくていい。
ドミノ・ピザを認証で受け取る世界、くそったれの平和な世界を、俺は彼女らのために守る」
ウィリアムズはジョンを殺したがっているが、僕はルツィアの最後の言葉の通りに、ジョンを生きてアメリカにつれていき、証言の場に立たせたい。
ジョンとともに、逃げる。
「おまえを逃がせばまた、虐殺の言語を振りまくのだろう?」と僕。
「いや、死んだルツィアの望んだ通り、世界に真実を知らせよう」
タンザニア兵と合流しようとするが、それはタンザニア兵になりすました、僕の「濡れ仕事」の仲間だった。
彼がジョンを射殺し、僕の任務は(アメリカからすれば)成功裡に終わる。
〈エピローグ〉
……僕は、プロテクトがあるためにライフログを見られなかったのではない。ただ、漠然とした恐怖があって、ライフログの閲覧を申請しなかっただけだ。
僕は幼いころ、常に母さんに監視(ID)されているような気でいたが、母さんのログを読んでみると、必要最低限にしか、僕の存在が記述されていない。
母さんの記録の中に生きていたのは、圧倒的に父、自殺したはずの父だった。
僕は、ジョンからもらった手帳を元に、虐殺の言語を語る。虐殺の言語でもって、ルツィアの願い通り、真実を世に知らせるのだ。
そして、世界にとって危険な、アメリカという火種を、虐殺に突き落とす。
僕はこの決断を背負う。ジョンがアメリカ以外の命を背負おうと決めたように。
☆改変版
ジョンは、
「いや、私は米国内の後ろ盾を失った。深層構造の原理を知られれば、たかが言葉だ。応用されるのも時間の問題だろう。マスコミや政府公報で、いくらでも虐殺の言語を打ち消せるさ。
だが、私は〈計数されざる者〉という新たなバックアップを得られた。認証に対して憎悪を抱く、世界的な組織だ。この力を使えば、私たちのすむ「こちら側」を静寂に保つことができる」
「なにをするつもりだ?」
僕の「濡れ仕事」の仲間が、僕がジョンの答えを聞く前にジョンを射殺し、僕の任務は(アメリカからすれば)成功裡に終わる。
〈エピローグ〉
僕はジョンに、「真実」が書かれたテキストファイルを渡されていた。
それを世界に知らしめ、僕たちが虐殺の上にたっていることをみんなが理解することがルツィアの願いなら、僕はそうするべきなのだろう。
公聴会で、ぼくはジョンの件で見聞きしたものを語る機会を得る。
ジョンから渡された「真実」をオルタナに浮かべて話そうとする。
すると、僕が見ずにいた、母さんのライフログをオルタナに突きつけられる。――これが、〈計数されざる者〉、ジョンが最後に得た力か。
幼少の僕は、母さんに監視(ID)され続けていたと思っていた。しかし、母さんのライフログには、あまりにも父ばかりがいる。彼の死語ですら。
それを皮切りに、次々に、アメリカの全議員、いや、オルタナをつけているすべての人々の視界に突きつけられる、真実のログ。世界からアメリカに憎悪の数々が向けられているという真実。〈計数されざる者〉のルーシャスは言っていた。プライバシーの提供と、テロとのトレードオフの不均衡は、みたいものばかりを見ることによって起こると。認証の中に閉じこもり、ドミノ・ピザとビデオクリップの平和の外を知ろうとしないことで起こると。
ふと、アメリカはもう死んでいるのだと思った。母さんに視線を返せない、父さんのように。憎悪を浴び続け、しかしそれを無視しているアメリカは、死んだ父さんと同じだ。
……だが、アメリカに憎悪を向ける小国とて、自分の窮状をしらしめようと騒ぐばかりで、他の小国を知ろうとすらしていないのだ。僕が母さんのログを見ようとしなかったように。
ジョンが行った、〈計数されざる者〉の力の改変。それは、小国の内部で争いを起こす虐殺の言語よりも規模が大きなものだった。互いに無視しあっていたずの、小国と小国の視線をぶつけ合わせる。そして、小国同士で戦争を起こすことで、「こちら側」の平和を保とうとするものだった。
ジョンの考えと僕の考えは違う。
母さんが僕を見ないのは、父さんというすでに存在しない項があるからだ。アメリカからの存在しない視線を小国が期待するように。
存在しないものを、存在しないと意識させること。僕にはそれができる。ジョンから得た「真実」の欠片、虐殺の言語と、僕のマザータン、アメリカで語られる英語によった。
街のヒエラルキーでいったら、最上級の高層マンションが駅前にある。
庶民には夢のまた夢だ。
今日は、ドン・キホーテで、日常品の買い物をしてきたんだ。ちょっとした食べ物やトイレットペーパーだ。
レジで並んでいるとき、毛玉のついたジャージを着た夫婦らしき人が前にいた。
並んでいるときは、気にしていなかったのだが、ふと気が付くとお店を出てからしばらくして、その夫婦の後ろを歩いていることに気が付いた。
帰る方向が同じようだ。
ドン・キホーテの黄色い袋を両手に持った夫婦は、どこに住んでいるんだろう。
服装から想像できるようなところに住んでいるんだろうなと勝手に妄想していた。
しかし、この妄想はあっさりと裏切られて、私の夢は一気に崩れた。
毛玉ジャージの夫婦は、冒頭に述べた最上級の高層マンションの入り口に消えていったのだった。
あれだけの億ションに住んでも、ジャージでドンキなんだ。デパートでお買い物ではないのか。
そんな生活はうわべだけであって、所詮、人間が食べるものなんて大した差はなく、服としてはジャージが一番楽なのだ。
ビル・ゲイツ氏は、
と、言ったとか。
私もあなたと同じく特に拒絶感は沸かないタイプだったし、どういうわけかそのうちの一人と交際して結婚までしたw
私の見解では、多分彼らにとってそれは「シモネタ会話の延長」なんだと思う。
シモネタが1対1で話せるフランクな関係→じゃあ、自慰してますよ~ってアピっても引かれないか!?どうだ!?・・という感じで
よりプライベートなシモネタを赤裸々に見せても引かれないかどうか、あなたとの関係性とか距離感を測っているのではないかな。
記事中の彼は「実はさっき自慰してたんだよね」という微妙に奥ゆかしい言動から「堂々と宣言してから自慰しに行く」というあけすけな態度にエスカレートしているけど
そのようにだんだんエスカレートさせていけば最終的にはあわよくばオナ見せスカイプやセフレ関係になれるかもしれない、と考えているのかもしれないよ。
そんなことどうでもよくなるくらいのことがあったので書く。
完全自己満な、
彼女にフラれた。
彼女は、俺の何も知らなかった。
いきなりメールが来たのだ。
別れようと。
そんなメールでなんて無粋な別れ方するような、
頭の悪いヤツじゃない。
そして俺のことを愛してくれていた。
別れることになるだろうとは、夢にも思わなかった。
予約したディナーはどうする。
そういうことを考えてしまっていた。
今まで、それが悩みだった。
どうやって別れるかが。
意図せず舞い込んできてくれたのだ、チャンスが。
付き合って1年たつが、仕事のことを含め実はあるプランを立てていた。
プライベートの時間を割くということは、そのプランに邪魔だったし、
俺は四股をしていた。
身勝手なことだが正直四人も相手してられなかった。
そして、別れた彼女ではないその中の一人が、俺は本命と考えていたのだ。
他にも色々な事情があり、縁を切りたくなった。
だから悩んでいたのだ。
「本当に愛しているよ」と言った俺の言葉を、
傷つけたくなかった。
フラれたのは
そう思っていた矢先だった。
俺がフラれるということは、
俺にとって最高の構図だった。
殺したいと思った相手へ自分が手を下さずとも、相手が自殺してしまうような。
別れた理由は俺が特段わるいことしたわけでもなく、
心のすれ違いのようなものだ。俺からすれば取るに足らないことだったが。
とにかく、決定的に俺に過失があるわけでなく、
俺は被害者となりえた。
泣いたふりまでした。
俺の性格の悪さを。
俺の本当の考えを。
俺が演じ切っていたことを。
俺がうまく取り繕っていたことを。
俺が本当はそこまで愛してなかったことを。
彼女は俺のことを何もしらなかった。
彼女は本当に頭が良かった。
頭脳明晰だし、様々な方面の知識へも明るく、
それだけじゃない、
ステークホルダーとの付き合い方、やりとり、かわし方。
どれをとっても、同じ年の女性でここまでやりきれる人は見ない。
そこに惚れたんだが。
だから、洞察力も半端ではない。
付き合っていけないと察し、別れるに至ったわけだ。
俺は今までいろんな女性をだましてきただろう。
本当に愛しているわけでもない女性でないのに、虜にしてきた。
でも今回は初めて見破られたのだ
「愛している」というクセに、二人がずっといるための最善の行動をとっていないことを。
正直驚いた。
そこまで気付いてくれたかと。
何の手を下すまでもなかった。
弁解もした、真実味を出すために。
但し、深追いはしなかった。
真実には気付かないでいてくれたのだ。
今、何に興奮しているかって、
ここまでうまく物事が運ぶと思っていなかったからだ。
付き合うとか別れるとか、
今回も思ってもいないことが発端で、俺の理想的状況に達した。
彼女は手玉に取られたことにも、気付いていない。
完璧にこなした。
そして恐らく、彼女が最も傷つくのは
それをうまく隠し通せて、
どうにか、知られずにすんで。
本当に良かったと思っている。
全てがうまくいった。