はてなキーワード: 物欲とは
およそ1年前、ロト6で1等が当たった。
キャリーオーバーがあると最高4億円が当たるロト6。僕の当選金は1億数千万円だったけど、番号確認した瞬間心臓がバクバクになったのを覚えてる。
ロト6は43個の数字から自分の好きな数字を6個選ぶ。(数字の選択を機械にまかせることもできる)
僕は5年前くらいから毎週同じ数字を選び買い続けてた。誕生日など自分に関連のある数字を6つ選んで。
手取り20万台のサラリーマンにとって、突如手にした大金の扱い方なんてわからない。
結婚する予定の彼女と両親以外には当選したことを誰にも話していない。
両親には『百万円以上のたからくじが当たった』と話した。もし金銭で何かあったら言ってくれと伝えてある。
彼女にはいくら当たったかまで伝えた。『せっかくだし何か欲しいものある?』と一応聞いたが、『欲しいものはいっぱいあるけど、私が(高額なプレゼントの)お返しがしにくくなるから、そういうのはやめよう。いままで通りで。』と言われた。
3銀行に決済専用口座を用意して3000万円くらいずつわけた。
1000万円保護までのペイオフは知っていたが、決済専用口座(無利子の代わりに全額保護)の存在は知らなかった。
定期預金にしたってどうせ利子なんて微々たるもんだし。
生活は変わらない。変えてない。
いままで手をつけた当選金は100万円のみ。震災の寄付として少しだけ。
当選金は投資にも回してない。投資信託だけは何年か前から毎月積み立ててやってたけど、これも当選前と当選後では変わらない。
大金を手にしたことが無いので怖いのもあって(ネットで調べてたら、宝くじ当選から失敗した方々の体験談等を多数目にした)、当選直後に自分の中で1つだけルールを作った。
『一ヶ月間だけ当選金を1円たりとも使わない』
一ヶ月、悶々と我慢したら「とりあえず今はこのままの生活でいいや」という結論に達した。
もちろん物欲はある。
今まで『もし宝くじ当たったら何買おう』とかワクワク考えてたこともあったし、当選直後は貪欲にも『ほしい物リスト』とか作ってみたりした。
でも一ヶ月経ったら冷静になれてた。
仕事は辞めてない。サービス残業させられるし、有給も満足にとれない。
しかしながら、1億円があたってから心に余裕が生まれたらしい。
仕事辞めて社会と接点を断ったら、きっと僕はダメ人間になりそうだし。
自慢したくてこの日記を書いたわけじゃないけど、知り合いにはトラブルのもととなるお金の話はできないのでここに書いてみたわけです。
難しい所 例 フィクション わりと家政婦はミタてき状況を想定
客 『可能な限り早急にやってくれ』
私 『(条件をヒアリング)・・・2週間ぐらいでよろしいでしょうか?』
客 『可能な限り早急にやってくれ』
私 『ございます』
客 『じゃあ、そっちは、やってくれないのか?』
私 『法外に高くついたり、常識的ではない手法を使うので違法ではないものの悪評が立ったり、
物理的に不可能ではないものの、社会常識的な生活を営むにおいては実際にはできないという分類に属して問題ない作業だからです。』
上司『そういう時は 営業トークとして、出来る限りやって早くやって2週間です申し訳ありませんと 言い回しなさい』
私 『いいえ、様々な問題が発生するものの、物理的には実行可能ですから、可能かと聞かれれば 上記のような回答をせざるを得ません。』
上司『コミュニケーション能力を身につけなさい。』
私 『お客様の要望を満たしつつ、合理的にかつ、遵法精神などいろいろなことを踏まえた結果 お客様が真に希望される合理的な最短期間は2週間で
お客様が言われるとおり、物理限界 たとえば、世界一クラスと言う意味での真の最短でやるのではなく、妥当な期間で実施し、かつ それでお客様の要望を満たすと回答しているのに
なぜ、必要以上にデメリットがありお客様自身に害が及ぶ方法でただ単に早い期間でやることを希望され
それをやらない事を
なぜ、もっといい方法があるのに、意図的に、意地悪か何かでやらないと思われるのでしょうか?』
上司『だから、できるとほのめかされれば、欲しくなるのが人情だろ?』
私 『はい、そう思います。しかし、尋常ではない手段を勉強したとほのめかしたくなるのも人情ではないでしょうか?』
上司『普通は、そこまでの手段をやる奴はいないから、普通の人はそれに気が付かない。常識に合わせて会話しろ』
私 『修練をしたことが悪かったのでしょうか?』
私 『お客様は、より上のものが欲しいという物欲を押さえていないのに?不公平ではないですか?』
上司『そういうもんだ・・・理解しろ でないと 話がややこしい 一般的に最短の意味は 世界最速のF1クラスの最短ではなく、 普通にできる一般生活 カローラとかミニバンクラスでの最短という意味が省略されているんだ。だれも、最短と言ったら、世界最速での最短でなければダメだなんて言ってないし、思いもしない。』
私 『難しいですね生きるって』
去年、親の遺産を相続して、1億近く入ったから会社辞めてのんびりしている。
ぼろアパートも受け継いだんだけれど、入居者も少ないし、近いうち更地にしようと思っている。
つまり、不労所得みたいのは、全然ない。あるのは、現金のみ。あとは、農地と山林も少しあるけれど、
これまた使い道はないから、売却予定。300万円とかそんな感じだと思う。広い割には価値のない場所。
1億円ちょとあると、すっげーとか思うかもだけれど、あまり働く気もないので、
残りの人生を考えたら(今年で30歳)、80まで生きるとして50年。
つまり、年間200万円しか使えない。結婚してないし、子もいないし、そもそもあまり物欲もないから、
暮らすことは可能だと思っている。都内じゃないし、家賃が安いのが救いだな。
今何しているか、と言ったら、図書館通ったりしている。全然興味なかったはずの農業の本読んだり、天体の本読んだりが面白い。
あとはネットしたり、昼寝したりで、1日が終わっている。
こういう生活を、楽しめる人間だっていうのは良かった。例えば、皆でバカ騒ぎしたりするのは苦手だし、お酒は飲めないし、
衣食住にこだわりもない。あ、自炊はしている。外食高いからね。スマホは高いから、ガラケーのまま。
何かちょっと前に、親からの遺産(賃貸収入か何か)で年間100万円にて過ごしている人の記事を読んだけれど、
なんとなく今の自分の境遇に近くて、ウケた。たぶん、こういう暮らし方している人って、そこそこいるんでしょうね。
今の贅沢といったら、電車に乗って大きな書店に行き本を買って、そのままスタバで読書することかな。
そんな感じで、割と普通の話でした。読んでくれてありがと。
趣味もこれといってない
本読んだりするのも好きだけど、
気に入ってる作家の新刊を少し待ってからブックオフで買うくらい
結婚したいとも思わない
同棲したこともあるけど、
人と住むのに、いつまでたっても慣れない
親元離れて何年にもなるが、
やっぱり一緒に暮らしたいとは思わない
人が嫌いなわけじゃないけど、
密度の高い付き合いができない
物欲が全くないわけじゃないけど、
余分に働いてまで欲しいわけじゃない
認められたいとも思うけど、
棚ぼた的に認められたらいいな、あわよくば、
くらいで努力する気もおきない
お金使わないけど、
これといって貯まらない
なんかスカっとしたいけど、
どうやって発散したらいいのかわからなくて、
いつもなんか楽しくなくて、
不満ででイライラして、
惣菜をバカ食いしたり、
やっぱりなんかイライラしてて
不満ってことは、
なんか足りてないのかな、
とか思うけど、
何が足りてないのかわからなくて、
ってそう見えるらしいけど、
ぜんぜんそんなのできてなくて、
ただ何が足りてないのかわからなくて、
淡々としてるように見えるんだろうけど、
なんか、暴れたり引っ掻き回したりすれば、
それでスカッとするならしたいけど、
なんどかしたことあるけど、
なんの意味もなくて、
市営プールでくたくたになるまで泳ぐとか、
こういうときは旅に出たりすればいいんかな
金をめいっぱい稼げば変われるかな
で、まあ、
でかいことやれば変わるんかな、とか思ってる
戦場に行ってみるとか、
死ぬ気で勉強して稼ぎまくるとか、
でもそれもできないっていうか、
やる気ないっていうか、
覚悟も努力もない、
それが大問題だが、
大問題なのに、
解決する気もおきないっていうか、
がんばれや自分
がんばれがんばれがんばれがんばれ
とりあえず英語かなんかすっぺ
がんばれがんばれがんばれがんばれ
就職氷河期、ワーキングプアの出現、リーマンショック、中国にGDPを抜かされ、そして東日本大震災。
バブル世代以前の日本人とは未だに話が合わないことがあるが、カネやモノを多く抱えてる者ほど偉いって価値観は完全に壊れた気がする。
バブル世代以前の日本人って、経済的には裕福だけど何か全てのモノを貨幣価値で捉えている人が多いな、という印象を持っていた。
でかい家に住むとか、どんな学歴だとか、どんな勤務先で働いているか、どれぐらい資産を持っているかでしか人間を測れない人が多いのかもしれない。
どんな車に乗ってるか?どれだけの人数の女とヤッたか?昔どれだけ無茶な事をしたか?
薄っぺらいし、なんとなく動物臭いよね。
あんまり物欲のない自分はそういうタイプの人を冷めた目で見るところがある。
富を築いて欲望の限りを尽くした人間が行き着く先まで、サンプルがいくらでも転がっているから。それなりの大都市で生まれ育ったもので。
結局痴呆症になって老人ホーム暮らしするようになったら一緒ですよ。
田舎から都会に来たところで、都会で古くから土地や不動産を持ってる人間よりも絶対に裕福にはなれないよ。
テレビや雑誌で流行ってるものに飛びついたところで、本当に価値のあるものは金持ちが嫌がるから表沙汰にはならないよ。
これをやったら大金持ちになる!って本を買ったところで金持ちにはなれないよ。本当に役立つ知識を教えたら金持ちは損するから絶対に教えないもの。
虚勢を張ったところで皆システムの一部。あなたと私の代わりはいくらでもいるんですよ。
凄い人間はいくらでもいるし、あんたのような考えを持った人間と会ったのはこれで10人目ですよ、ってね。
自己顕示欲の強い人間に出会ったらハイハイ凄いですねとは言ってあげるけど俺の目が死んでたらごめんね。
日本って物質的には豊かになったけども、そういう経済大国路線が福島原発の崩壊と中国の経済的台頭によって全否定された。
これっていいことだ。変化することが面倒くさくて現実を見ようとしなかった人達が我に帰った。
自分の頭で物事を考える習慣がない人は未だにどうしたらいいかわからないで、これまでの価値観にすがりつこうとしているね。
もう過去の価値観にすがったところで夢を見ることはできないのに。
物質的な、ハード面は豊かになったけど精神的文化的には発展途上国くさいメンタリティを持っていた日本人が、本当の先進国の国民になるための第二ステージに入った。
人、カネ、モノ、高層ビルの高さと数など、物質的な規模ではもう中国には勝てない。
中国とは違う付加価値を見出してアピールしないと日本は生き残っていけないだろうけども、
その過程で精神面、ソフト面に深みと奥行きが増して精神面が豊かになっていくだろう。
金にならない言葉遊びだと軽視されていた理念や哲学といったものが大事になっていく気がする。
そうしたら、たぶん欧米の人達は日本人を見る目を変えることでしょう。深い話が出来るようになると思いますよ。
部屋晒しスレを見て、あまりのおしゃれっぷりに妬ましくなった。
何であいつら漫画とかパソコンとかフィギュアとか(何に重きを置くかは人それぞれとして)であんなに贅沢できてるんだよ!?
あー、分かってるよ、親の収入の違いだろ?
うちは母親が持病で働けなかったから、中堅サラリーマンの父親一人の収入でやるしかなかったんだよ。
だから自分は中学高校大学と趣味のものはどうしても欲しいものしか買わなかったし、部屋には学校関係のものしかなかったよ!
それが当たり前のものだと思ってたよ。
友人の家に遊びに行ったりしなかったしな!
中には薄型テレビとかあったり、部屋の主が大学生か社会人か知らんが、妬ましい。
ああ、こんな気分になるなら見なければよかった。
世の中知らない方が幸せということもあるんだよな。
改めて思ったわ。
ふー。一通り書きなぐったら落ち着いてきた。
というか、今見返してみると、自分が物欲に取り憑かれていたことがわかるなあ。
おしゃれな部屋だから何なんだろう。
むしろ金がかかるだけじゃないか。
でも、30間近のおっさんが今更おしゃれな部屋とかフィギュアとかを飾るような部屋を作ってどうする?
それに気づいただけでも、今日はよしとしよう。
「知り合いが○○持っててうらやましい」とか思ってる人、物欲に取り憑かれてない?
>行動や価値観まで決定するとなると、同じヒトという種の中に多様な社会や文化が存在してることが説明できなくないすか
>あと個人差も
社会や文化自体,種の特性と歴史でだいたい決まっていて,そのなかに個体全部をみたら統計的に分布すると思っている.伝統をまもる,伝統をつくるという素晴らしい二点もまた種の特性と種の作り出した文化の特性なんでないかなと.
つくるほうは難しくてよくわかっていないが,進化学的に種分化と同様, A という先祖から a と α 種が分岐したり A という先祖から変異して B という種ができたりと同じ傾向がありそう.
個人の行動規範の多様性については僕もしばしば考えるのだが,性欲・食欲・睡眠欲・衛生欲・知識欲・娯楽欲・金欲・物欲みたいなものはわりと普遍的だね.死・傷病・不潔・疲労・欠乏・危険あたりに対する禁忌も.んで,人間の問題はある時刻にどんな選択肢を思いつくかとそのうちどの選択肢を選ぶかに収斂しそうでどちらかというと前者に興味がある.
わかりやすいところだと,技術革新や職人技,芸術や学問(数学とか物理学とか哲学とか語学とか)といったものの価値があると思う.人間の解放に関係するあたり.まあ人間自体を価値あるものとは思わない.人権思想や法は肯定する.たた仏典的なものがなんとなく素敵.
震災以降、なんか妙に物欲がなくなったというか、あんまり物を買わなくなったし、物を大量に所持している状態にも圧迫感を感じるようになった。
それで、本とかゲームとか服とか、今まで集めてたものもすべて売り払ってしまった。本当に、最低限必要な物意外、ぜんぶ。
パソコンの中のファイルも整理した。溜めに溜めたエロ動画も一切捨てたし、百GB単位であった画像もどうせ見ないやと思って全削除。
今あるのは、仕事に必要なソフトとファイルだけ。ブクマもなくなって、Googleリーダーでの巡回サイトも減りに減った。
そうやって煩わしいものを全部捨てていけば、後に残るのは自分にとって本当に必要なものだけだと思った。
で、実際、そうだったんだろうな。
本当にすることがない。
こうなって初めて、心からしたいと思えることが自分には何もないことに気付いた。
だからと言って、何か新しく物を買いたそうとも思わない。
物を捨てたことも別に後悔しているわけじゃない。
朝起きて、ジョギングして、それから仕事のない日は終日散歩。雨の日は本当に家で椅子に座ってるだけ。
アンドロイド端末というのを買ってみた。
LIFETOUCH NOTEというやつだ。
偶然量販店で見かけ、何となく欲しくなったのだ。
普段あんまり物欲がないので、何年かぶりに自分だけの物で3万円を越える買い物をした。
少し高いおもちゃかなとは思ったし、ノートPCを買った方がよいかとも思ったが、たまには良いだろう。
別に管理するほどのスケジュールもなく、Twitterでつぶやいたりするわけでもないので
そんなに有効利用できてはいない。
良かったと思うのは、自分だけの画面を見ながら、こうしてちょっと長めの文章を書けるということか。
特に内緒のメールを出すわけでも、秘密の文章を書くわけでもないけれど
まぁ30も後半になれば、このぐらいの贅沢はしても良いかな。
こんにちは、繁殖マネジメントを専攻しているヒキガエル嬢です。私は学歴も知識もありませんしヒキガエルですが、抱接に関してはプロフェッショナル。今回は、モテるメス力を磨くための4つの心得を皆さんにお教えしたいと思います。
あえてカエル合戦の2~3日後に繁殖池に向かいましょう。そして繁殖池で好みのオスがいたら話しかけ、わざとらしく池を物欲しげに覗いてみましょう。そして「あ~ん! この池、本当にマジでチョームカつくんですけどぉぉお~!」と言って、オスに「どうしたの?」と言わせましょう。言わせたらもう大成功。「産まれた池しか知らなくて! ずっとココ使ってるんですけどぉ~!コイとかザリガニとかいるんですぅ~! ぷんぷくり~ん(怒)」と言いましょう。だいたいのオスも産まれた池に戻る習性があるので、確実に自分も産み落とされた池に戻っているはずです。
そこでオスが「ほかの池にしないの?」と言ってくるはず(言ってこない空気が読めないオスはその時点でガン無視OK)。そう言われたらあなたは「なんかなんかぁ~! 最近、里地里山が人気なんでしょー!? あれってどうなんですかぁ? 生物多様性保全のための活動促進法ですけどわかんなぁぁああい!! 私かわいそーなコ★」と返します。するとオスは「ビオトープとかでしょ?本当に良くわからないみたいだね。どんな池が欲しいの?」という話になって、次の休みの日にふたりで繁殖池選びのデートに行けるというわけです。あなたのメス力が高ければ、オスがザリガニ食ってくれるかも!?
野生のヒキガエルは、Twitterなどはやりません。
3. とりあえずオスには「えー! なにそれ!? 食べたーい寝ていたーい♪」と言っておく
繁殖などでオスがメスにやることといえばいかに腕力が勝っているかばかり。よって、メスにとって迷惑なばかりです。でもそこで適当に「うぜ~んだよ、このバカ!」とか「よくわかんないですけど抱きタコだけはすごいんですねぇ」と返してしまうと、さすがのオスも「このメス、ダメだな」と気がついてしまいます。ダメメスだとバレたら終わりです。そこは無意味にテンションをあげて、「えー! なにそれ!? 食べたーい寝ていたーい♪」と泳いでみるのが正解。たとえ興味がないエサでも、テンションと積極性でその場を乗り切りましょう。積極的に泳いでくれるメスにオスは弱いのです。
いろいろと抱きつかれたあと、「〇〇は〇〇で、〇〇が〇〇なんですね! 覚えたぞぉ! ブフォブフォ!」と瞬膜で瞬きすればパーフェクト。続けて足で他のオスを蹴飛ばしつつ「キュンキュンキュン! キュンキュンキュン!」と言って、「どうしたの?」と男に言わせるのもアリ。そこで「私のDNAに記録しているのでありますっ☆」と言えばメス力アップ! そこでまたオスは「この子おもしろくて多産かも!?」と思ってくれます。私は学歴も知識もありませんしヒキガエルですが、こういうテクニックを使えば知識がない私のようなメスガエルのほうがモテたりするのです。オスは放精したいですからね。
オスと路上で出会ったら、真っ先にミミズを探して「あーん! 私これ食べられないんですよねぇ~(悲)」と言いましょう。するとほぼ100パーセント「どうして? 嫌いなの?ブフォッ?」と聞かれるので、「嫌いじゃないし食べたいけど食べられないんですっ>□<」と返答しましょう。ここでまた100パーセント「嫌いじゃないのにどうして食べられないの?」と言う前にすでにミミズに食いついているので、うつむいて3~5秒ほど間をおいてからボソッとこう言います。「……だって、……だって、コオロギだって食べたいじゃないですかぁっ!」と身を震わせて言うのです。
その瞬間、あなたのメス力がアップします。きっとオスは「なんてコオロギが好きなコなんだろう! 絶対にゲットしてやるぞ! コイツは俺のメスだ!ブフォッ!」と心のなかで誓い、あなたに惚れ込むはずです。意中のオスと付き合うことになったら、そんなことは忘れて好きなだけミミズを食べて大丈夫です。「食べられないんじゃなかったっけ?」と言われたら「大丈夫になった」とか「慣れた」、「生きてるものなら何でもいい」と言っておけばOKです。
ブコメで
( id:a-lex666 )
という意見をもらったのですが違うよ、全然違うよ、とゆいたいです。
あの知事は(誠に残念ながら僕の都の知事なのですが)、津波と地震が天罰だなんだかんだっていう発言をしたのだと認識しています。別に僕は「津波が起きたのはお前らの日頃の行いが悪いからじゃー、物欲じゃー」、とか言ってるわけじゃなくて、
原発事故に関して、ある人たち(反対派の人であったり、プロ市民さんであったり)が他の人たち(東電であったり、政府であったり)だけの所為にしようとしてるからそれが「変じゃないかな」、と思っているのです。
( id:iteau )
というコメももらいましたが、今回の事故も一部の人であったり団体であったりに悪役を押し付けて、多くの国民が「俺悪くないよ、関係ないよ、電気買ってただけだし」みたいに無責任になってしまうことは非常に危険なことだと思います。
みんなそれぞれが責任意識を持たないと、これから先もずっと僕たちは同じような失敗して、またそれを誰かのせいにして学習せずに、失敗を繰り返し続けるのではないかと思うのです。
そんなことを感じるのは自分だけだろうか。
15年程前、今回地震で被災した宮城県の海岸地域に少しだけ住んでいたことがある。
長期出張だったんだが、現場への送り迎えは会社からの指示で同僚がやることに。
で、自分は社用車の割り当てナシ。
スーパーまで買い物に行くにも、車で10分かかる場所だったんだけどね。
鉄道駅までは、歩いて10分なのだが駅前にはセブンイレブンがあるだけ。
ネットはようやくADSLが出始めのころなので、ダイヤルアップだった。
あと通信手段はPHSのみ。
とにかく、欲しい本を買おうと思っても電車に揺られて仙台まで出向かないと
いけないような場所なわけだ。
でも、次第に余分な物欲がそぎ落とされて行くのを感じた。
ものすごくワクワクしてしまうようになった。
すべて閉店しているのが当たり前だった。
そんな経験があるためか、今、東京で街が死んでしまっているのが
もの凄く心地いい。
それに、選択肢の多すぎる東京のライフスタイルにも、もう疲れた。
景気のこととかを無視するんだったら、もうこのまま街が死んでいる状態が
24時間、いつでもお金がおろせて、いつでも買い物ができる状態は
便利だけど、やっぱり異常だと思う。
そうそう、冒頭の宮城県で暮らしていた時、すごく驚いたことがある。
「大震災は天罰」「津波で我欲洗い落とせ」石原都知事2011年3月14日19時34分
石原慎太郎・東京都知事は14日、東日本大震災に関して、「日本人のアイデンティティーは我欲。この津波をうまく利用して我欲を1回洗い落とす必要がある。やっぱり天罰だと思う」と述べた。都内で報道陣に、大震災への国民の対応について感想を問われて答えた。
発言の中で石原知事は「アメリカのアイデンティティーは自由。フランスは自由と博愛と平等。日本はそんなものはない。我欲だよ。物欲、金銭欲」と指摘した上で、「我欲に縛られて政治もポピュリズムでやっている。それを(津波で)一気に押し流す必要がある。積年たまった日本人の心のあかを」と話した。一方で「被災者の方々はかわいそうですよ」とも述べた。
石原知事は最近、日本人の「我欲」が横行しているとの批判を繰り返している。
http://www.asahi.com/national/update/0314/TKY201103140356.html
・中学校卒業してから引き篭っているので、もう21歳なのに、夢の登場人物がぜんぶ中学校の同級生
・テレビとか見たり、音楽なんかを積極的に効いていたのが中学校卒業までなので、好きな曲もそれまでのものばかり
・昔は騒がしいところやテレビが好きだったけれど、無音の引き篭もり生活を続けているので少しの騒音でも、ものすごくうるさく感じる(車の音や、スーパーの店内放送、バラエティ番組など)
・とても涙もろくなった 泣かせる系ヒューマンドラマとかではなくて、昔のディズニー映画とかを見ているとなんとも言えない郷愁感?みたいな感動が押し寄せて涙が出る
・自分の死体が森の中でだんだんと朽ち果てていくさまを想像すると、なんだかホっとする
・寝るのが一番の楽しみ というより寝る直前のウトウトが最高の快感
・昼寝しようとすると50%の確率で金縛りに合うが、慣れすぎて怖くない ちなみに幻覚も見る
・食の趣味が変わった 肉食いてーって思っていざステーキを貪り食っても昔のようにうまく思えない 漬物やナムル、焼き魚、うどん、そばみたいなものを最高においしく感じる
・物忘れが激しい
友人の子供を一日あずかることになった。今までに何度か預かったことがあるから慣れたものだ。また、おれの家にはゲーム機がそろっていて、退屈しないで一日過ごせるというのも子供の親にとっての安心材料のようだ。
が、おれはなぜかその日機嫌が悪かったので、子供の言動ひとつひとつが気に障って仕方がなかった。家にきても挨拶もせず、もう帰りたいだのともごもごと言っている。今なら子供だから仕方ない、と思えるのだが、その日のおれはその態度に腹が立ってしまった。小学一年生だというのにこれはないだろうと思ってしまったのだ。
おれはこの子供に意思表示の方法と物事をお願いする姿勢というやつを覚えさせてやろうと思った。が、これはいいわけでただ意地悪をしたかっただけだ。
おれはWiiでゲームをはじめた。子供は即座に反応し、キャーとか言いながらTVの前に釘づけになった。なんだこれーマリオー、のような独り言にはおれは一切反応しない。マリオできるのーといった問いにはYesNoで答え、おれはひたすらVCのRPGとかマリオカートなどいろいろなゲームを一人で遊び続けた。
子供は、最初のうちはみながら騒いでいるだけで自分も遊んでいる気になり満足していたようだが、マリオカートをはじめたあたりから自分がゲームをできないことに疑問を感じ始めたようだった。
でもこの子供はゲームをさせてください、と自分で言うことができない。今まですべて子供の親がこうしたおねがいをしていたからだ。
マリオカートではかなり盛り上がり、物欲しげな顔でおれのことやコントローラーを眺めたりしていた。おれは、ゲームをやってみるか、とおれから問いかけることはしないように努めた。
昼食の準備をするときは、コントローラーの電池を抜いて放置しておいた。なにやらいじっていたがおれは無視した。
昼食後、しばらく自分で持ってきたレゴで遊んだりしていたが、おれがマリオカートを始めるとまたTVに釘づけになった。ゲームオーバーになると、その都度もう一回やるーと言い、おれは自分でゲームをもう一回やってみせた。おやつの時間になる頃にはストレスがピークに達したのか、泣くまではいかないが、軽くかんしゃくを起こしたりし始めていた。自分がどうしてかんしゃくを起こしているのかは理解できていないようだった。おれは、ゲームをしながら適当に話をしてガス抜きに努めた。
夕方になると、涙をこぼしはじめた。おれは、家に帰りたいのかい、とわざと見当違いのことをいう。子供は、そうじゃない、というがおれが、お母さんもうすぐくるからな、というと、少し落ち着く。お母さんに会いたい気持ちはあるのか、自分が何をしたいのか説明できないようだった。
夜になると子供の親から電話があり、おれは少しずぐっているが大丈夫だ、と状況を説明した。おれはようやくWiiをしまい、子供と無理やりレゴで遊びながら親の到着を待った。親の顔をみると、子供はまた泣き出した。よくあることなので親は驚きもしなかったが、ここで初めて子供は、マリオやりたい、と意思表示をした。親に諭され、マリオをやらせてください、とおれに頼む子供。
うちの父親がさ、さっき俺に
「いっぱい残してやるから」
なんて言ったんだわ。
別に大会社を経営してるわけでなし、無趣味でよく働くとはいえ人を雇わず自分ひとりの自営業だからせいぜい数千万ってとこだと思うんだけど。
かなり堅い職業だし。
平均的な寿命まで生きたとして、俺の親が死ぬ頃に俺も60歳過ぎてるじゃん。
60過ぎたら金のかかるような事業は始めたいとか思わないだろうし、せいぜい欲しいモノ買って、旨いもん食ってってとこじゃん。
今くれるってなら、それなりに欲しいものも食いたいものもあるし、いい女抱きたいって思うけど、なんかさぁ、今だって10代の頃に比べたら物欲も性欲も減退してるし。
60歳過ぎたら枯れてる気がするんだな。
この先、例えば結婚して子育てして、子供の学費に吸い取られ老後の蓄えがぜんぜんない!って状態になったら親の財産は天の恵みなんかもしれんけど。
たぶん子供の1人2人くらいなんとかなるくらい稼げる予定だしさ。
金が無けりゃ2人目なんかつくらんだろうし。
それどころか1人目もおろか結婚もしないだろうし。
かなりの確率で、俺がジジイになったころ使うあてのない金を貰って、俺が死んだときにどっかに寄付だと思う。
あるいは結婚して子供が産まれたとして、俺の子供がジジイになったころに、やっぱり俺の親がしたように使う当てのない財産を譲るんだろう。
で、俺の孫がジジイになったころ、俺の子供から財産分与されるんだろう。
使われずに、通帳の数字の名義だけが変るだけだと思うんだな。
だからさ、残そうなんて思わず自分で使えって言ってるんだけど、ぜんぜん遊ばないのうちの親。
俺だってたいして金がかからんほうだけどさ、せいぜい1人でハイキングに出かけるとか、日帰りツーリングとか、そんな程度だけど、段違い。
トイレで新聞読んだり、移動中に新聞読むのが趣味だっていうレベル。
ほんと馬鹿じゃないの?
あんたの人生なんだったの?
遊びが人生じゃないけどさ。
「どうもーはじめまして」
「はじめまして」
「今日は、生きる目的というインタビューです!あなたの生きる目的はなんですか?」
「そうそう。何のために生きるとか、生きがいとか、これがあるから生きているとか、漠然としていてもいいです」
「そのテーマなんですけど、それを聞いたときからよく考えてみたんです」
「そんな難しく考えなくていいよ?簡単に、生きていてこれが楽しいとか そんなでもいいから」
「はい」
「恐怖です。」
「恐怖?」
「そう、恐怖です。」
「生きる目的が恐怖?」
「はい」
「どういうこと?」
「はい、私の人生を振り返ってみると、私の行動原理が全てにおいて、恐怖を根底においていました。ですから「生きる理由は?」と聞かれたら 「恐いから」としか答えようがありません。恐いから。 恐さからの退き。恐怖からの脱却。恐れからの逃げ。 私の生涯はそこに全てが集約されております。 楽しむとか好きなこととか達成とか勝つとか欲とかそんなもんありません。 あるのは恐怖。恐さを退くためだけに生きてきました。 それ以外はありません。」
「楽しくはないですよ」
「じゃあ死んだらいいじゃない?私なら耐えられない」
「死ぬのも恐いんですよ」
「何が恐いの?楽になれるかもよ?」
「いろいろ恐い。痛そうだし。それに、今の状態って 別に私にとっては特別じゃないからあえて死ぬほどの事でもないんです。 これが普通」
「マゾじゃないです。やはりこういう恐怖におびえるだけの毎日って疲れるんですよね。いくら恐いからとはいえ」
「じゃあやっぱ死ぬ?」
「死なないですよ。恐いから。死ぬことの何が恐いかって、一番は母親です。母親がどうなるかわからない。次は妹です。彼女たちは少なからず私の死に対して悲しむでしょう。 病むかもしれません。それは私にとって耐え難い。今のところそれを越えるほどの恐怖を抱えてはいません。だから私は今生きております。」
「家族のために生きてるってこと?」
「違います。生きるのは普通に生きてます。死なない理由は家族の恐怖に耐えられないからです。つまり自分のためです。」
「よくわからないけど」
「いいんです。似たようなもんですから。私が言いたいのは人のせいにしたくないということだけです。」
「でも家族は人のせいにしてでも生きて欲しいって思ってるんでしょ?」
「決めるのは飽くまで私自身ということです」
「はあ」
「ですからですね、話がそれましたが、私の理想としてはですね、誰も悲しまずに私が恐怖に脅えることなしに、できるだけ早く。出来るだけ早く終わることが出来ればそれが理想なのです。」
「早く死にたいってこと?」
「なんの弊害もなければね」
「親より先に?」
「先には死ねないですね。ですから、恐怖が無い、誰も傷つけない形で、できるだけ早く、です。」
「それって、親が死んで、妹も死んでからってこと?早く無いじゃん」
「一緒でしょ?」
「一緒です。ニュアンスが違うのです。死そのものに対する欲求はありません」
「よくわからない」
「つまり、死を望むわけではなく、生の終焉を望むのです。結果は同じですが、私の目的は飽くまで生にあるのです」
「じゃあそれは置いときましょう。出来ることなら、早く終わりたいこれが私の望みです。私のような人は多いと思いますよ。」
「え、そうかな?みんな長生きしたいんじゃない?」
「そういう人も多いと思います。」
「君は違うっていうの?」
「そうです。おそらく、長生きしたい人は生きていることが楽しい人か、若しくは人生に希望がある人ではないでしょうか」
「生きていて楽しくないの?」
「そうですね」
「全く?全く楽しいことなんて無いって言うの?」
「全くではありません。楽しいこともあります。要は比重の問題です」
「ひじゅう?」
「どういうこと?」
「つまり、よくアンケートでありますよね、四択で、はい、いいえ、どちらかというとはい、どちらかというといいえ」
「うん」
「私はどちらかというといいえ、なのです。楽しいことが、全く無いわけではないけれど、長生きしたいというほどではない」
「じゃあ何で死なないの?」
「恐いから生きてるってこと?」
「全然」
「でしょうね」
「でもさ、これから生きていればいいことあるかもしれないよね?」
「あるでしょうね」
「じゃあもうちょっと生きたいとか思わないの」
「思いませんね。なるべく早く終わりたいです」
「なんで?」
「え、なんの話?」
「つまり、長生きしたい人は人生が楽しいか、希望がある人か、その後半の話です」
「おそらく。」
「希望はないってこと?」
「ないですね」
「でもわからないでしょ?先のことなんて」
「わかりません」
「じゃあ、この先長生きしたいほどのことがあるかもよ?」
「期待はできません」
「なんで?わからないじゃん」
「どういこと?」
「つまり、期待とは可能性の問題です。可能性とは、現状から予測できる今後の見通しです。それが期待です。現状とこれまでから予測する限り今後は期待できないということです。」
「わからない」
「ですから、今までがこうだった、そして今の自分がある。未来を予測する際の基準は過去と今です。」
「うん」
「極端な例を挙げますと、今まで数学のテストが0点で、今日も0点だったその人が明日のテストで100点を取れると思いますか?」
「すごい努力すれば出来るかもよ?」
「0点ばっかり取ってたら嫌いになるよ」
「あるかもしれないよ?」
「可能性はある」
「何パーセントぐらい?」
「…1パーセントぐらい」
「でも先のことなんてわからないじゃん?」
「わかりません」
「はい」
「じゃあその間に希望が持てるかもよ?」
「そうですね」
「じゃあ長生きしたい?」
「したくないです」
「え、なんで?」
「今後あるかもしれないよ?」
「そうですね」
「じゃあ明日宝くじの一等が当たるとしても希望持てないってこと?」
「今の時点でその希望は持てないですし、期待も出来ないですから」
「そりゃそうだよね」
「そりゃそうです」
「でもやっぱり生きていれば良い事あるかもしれないよ?」
「あるでしょうね」
「それでも早く死にたい?」
「早く終われれば最適です」
「でももし良いことあったときに後悔するよ?」
「何故ですか?」
「例えば、今日死んだとしてお葬式ですっごい美人の子が、実は~くんの事好きだったのにー!ってなるかもじゃないじゃない?」
「その時はもう死んでるんですよね?」
「うん。後悔するでしょ?」
「…えっと、じゃあさ、死ぬ直前に告白されたら?すっごい美人」
「死ぬ直前ですよね?」
「うん。後悔するでしょ?」
「死ぬ直前にそんな余裕ありますか?どんな場面かわかりませんけど」
「それ助けてくれないんですか」
「たとえたとえ!」
「例えば、ビルから落ちそうなときに告白されたら、それは不可抗力です。ですから、そこで後悔したりする事と、明日を生きるのに希望を持つ事は全く繋がりません。希望を持っていたところで同じ結果になります。」
「…うーん、なんて言えばいいのかな、じゃあさ、すっごい欲しい物があるとする。何が欲しい?」
「特には何も」
「何も…じゃなくて、例えばなに?趣味とかは?」
「無いです」
「無いの?何か好きなこととかは?」
「そんな、すぐには思いつきません」
「ええ、そう?もういいやじゃあ、すっごい欲しいバッグがあるとする。たとえね?たとえ」
「はい」
「すっごい欲しいバッグがあるとする。すっごいカッコいいデザインで今すぐ欲しい。でも発売は来年なの。それでも今すぐ死にたい?」
「ええと、」
「ほら、長生きしたいでしょ?」
「いいですか、」
「何?」
「とても欲しい物があるとする、それが今は手に入らない」
「そうそう」
「欲しいから、それまで待たないといけない。待ってでも欲しい」
「そう、そういうこと。」
「うん、希望があれば生きているのも楽しいし長生きしたいでしょ?」
「え、バッグだよ?」
「じゃあ何が欲しいの?」
「…じゃあ、物欲がないって事?」
「あります」
「今はないです」
「そう、ですね。そんなには」
「それは程度によります」
「すっごい欲しければ?」
「恐怖を覆すほど欲しいものには、今まで出会ったことがありません」
「出会うかもよ?」
「そうですね」
「じゃあ長生きしたい?」
「期待はできません」
「そうなるか…」
「そうなります」
「さっき、親が悲しむから死ぬのが怖いって言ったよね?」
「はい」
「でも、死んでから君のこと好きだった人がいても後悔できないって言ったよね?」
「はい」
「それって矛盾してない?自分が死んで親が悲しむのは死んだ後だよね?でも君は死んだあと後悔できないって言ったよね?」
「はい」
「やっぱ死んでから後悔するんじゃん?」
「死んでからは後悔できません」
「じゃあ親が悲しむのは?それは死んでからだよね?」
「おかしくない?」
「説明していいですか?」
「うん」
「まず、親が悲しむというのは分かりきっている事です。」
「言われましたから」
「でも死んでみないとわかんないじゃん」
「もしかしたら、悲しむって言ってるだけかもよ?」
「どういうこと?」
「死んでみないと分からない、死んでからの事は考慮してません」
「どういうこと?」
「私が死んでもし親が悲しんだとしても後悔は出来ないという事です。同様に、たとえもし私が死んで親が悲しまなかったとしても安心する事もできないのです。」
「え?わからない」
「私は、私が死んだら親が悲しむから死ぬのは怖いと言いましたよね」
「うん、言った。」
「それは、生きている間の話です。」
「でも親が悲しむのは死んでからでしょ?」
「そうです。」
「じゃあ死んでからじゃん」
「私が怖いのは、厳密に言えば親が悲しむ事そのものではありません」
「どういうこと?親が悲しむ事が怖いのに、そのものではない?」
「はい」
「じゃあ何が怖いの?」
「なにそれ、どう違うの?」
「私は親に、私が死ねば悲しいとあらかじめ言われております。たとえ言われてなかったとしても多少は予測できます」
「そりゃそうだよね」
「だからって、やっぱ死んだ後悲しむのが怖いんじゃん?それは死んだ後の後悔じゃん?」
「違います。いいですか、私が怖いのは予測です。私が死ぬと親が悲しむであろう、病むかもしれない、という予測が堪え難いのです。死への恐怖となっているのです。ですから言ってしまえば、実際に私が死んだ後に親が悲しもうが病もうが知った事ではありません。私はその時死んでいるのですから後悔も何も出来ません。」
「…じゃあさ、もし君が死んで、親が悲しむかどうかわからなかったら怖くないってこと?」
「そうです」
「じゃあ親が悲しまないって言ってたら怖くない?」
「それは嘘かもしれません。私の親に関して言えば、それは無いことが予測できます。とにかく、親の話については生きているうちの恐怖です。死んでからの後悔とは全く違います。」
「よくわかんないけど、君の事が好きだった人がいたとして、死んでから後悔できないって言ったよね。それとはどう違うの?」
「まず、死ぬ前に私は、その人が私を好きだった事が予測できません。」
「死んでから言ったもんね」
「じゃあ死ぬ前に言ったら後悔してたの?」
「死ぬ前に言ったとしても、死んでからは後悔できません。」
「じゃあ例えば、そのすっごい美人の子が死ぬ前に告白してきたら長生きしたいと思う?」
「思うかもしれません」
「じゃあ、長生きしたい?」
「私は今死ぬ前ではありませんし、告白もされてません。その希望も期待もありません」
「…ごめん、私こうやって話していて、ちょっと好きになったかも」
「すっごい美人?」
「うるさい!!」
(長すぎて続きが表示されなくなっていたので分けました。)
続き
テレビはテレビで進化して、ネットはネットで進化するんじゃないかと。
これまでもこれからも。
テレビを見る人間はネットをみないし、その逆にネットに浸かった人間はテレビを見なくなる。
似たようなことがいろんな製品に対して起こる。
というか起こってるように思う。
地方では紙幣が主流だけど、都市部では電子マネーが主流になる。
ちょっと考えれば、日本中で同じサービスを提供するなんて無理だし、効率的じゃない。
田舎でsuicaが使えなくたって、田舎でiPhoneがつながらなくたって、代わりのものがあればいいじゃないか。
なんか高級住宅街とスラム街にわかれてる昔のアメリカみたいだよね。
高級住宅街とスラム街の住み分けと違って、明確な上下関係はないんだろうけどさ。
都市部への嫉妬とか憧れとかもなくなると思う。
みんなが持ってるから自分も欲しい、みたいな物欲はなくなるんじゃないかな。
だんだん、他人に興味がなくなるんじゃないかな。
みんなもう政治とかに興味ないじゃん。
そのうち芸能とかスポーツにだって興味が失せるよ。
他人がサッカーしてるのを見たってさ、「自分がしてるわけじゃねーし」くらいに思うようになるんじゃないかな。
昔、「夜もヒッパレ」って番組がやってたじゃん。芸能人がカラオケする番組。
なんで他人がカラオケする番組なんかやってたのか今じゃ謎だよ。
でも、サッカーに対してだってそう思うようになるよ。
どんなスーパープレーだって、見慣れちゃえばさ。
呟くなら、自分の部屋で、ただ声に出す。
そういう時代になるんじゃないかな。
いいかげんこの世の無意味さに気付くだろ。
すげーな釈尊って。
この境地に2400年も前にたどり着いていたんだもん。