「纏足」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 纏足とは

2018-05-28

anond:20180528203029

大分昔の伝説だろうに、纏足が悪行という概念があったのか。

anond:20180528200311

まりの苦しみに、頭と足がくっつくくらい身体を折り曲げるのを何度も繰り返す、みたいな感じらしいよ。

一説によると、纏足という悪行を広めたために、纏足よりも苦しい思いをして死んだとか。

[]李煜

937年に生まれる。

中国五代十国時代の「南唐」の第三代国主

政治に関しては全くの無能だったが、芸術家としては優れた才能を見せ、華やかな宮廷で贅沢をしながら素晴らしい詞を作っていった。

彼が作らせた文房具は、いまなお中国史上最高の品質と謳われ、後世の文人たちに珍重されている。

また、お気に入りの宮女の足を縛って、黄金で作られた蓮の花の上で踊らせたことがあり、それが「纏足」のはじまりであるという。

当然ながら国としては衰退し、あっけなく宋に攻め滅ぼされて、幽閉された。

その後、彼の詞は深い憂愁と望郷の念とが入り交じる作風へと変化し、皮肉にもさらに高く評価されることとなった。

978年、李煜の詞を聞いて激怒した宋・太宗に、あまりの苦しみに身体を何度も折り曲げて死ぬという「牽機薬」という毒を盛られて亡くなった。

2018-03-01

君はどう解釈するか

登校中の18歳女子高生の靴を無理やり脱がせつま先を口にくわえる 41歳の男逮捕 愛知東海テレビ) - Yahoo!ニュース

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180228-00002607-tokaiv-l23

ブクマ

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180228-00002607-tokaiv-l23

豊橋市内の歩道で登校中の女子高校生(18)の右足の靴を無理やり脱がせ、つま先を口にくわえるなどの暴行をした疑い

靴を無理やり脱がせた、ここまではOK、みんなの共通認識だ。

その後犯人がくわえたのは何か。つま先だ。

果たしてそのつま先とは。ここで解釈が別れる。

被害者の足のつま先派

n-styles 脱ぎたてのつま先を人にしゃぶられるのが大好きな人と今回の加害者マッチングさせるサービス必要

blue0002 あーこれ映画で見た。榮倉奈々の足を豊川悦司なめてたわ

misomico つま先だけ食べるゾンビパンデミックの始まりかも知れない

kmaebashi こいつは「つま先をくわえる」という変わった性的嗜好の持ち主ではなくて、女子高生のつま先を「無理やり」くわえることに興奮するんだろう。電車痴漢とかと同じだ。

脱がせた靴のつま先派

gendou お靴を咥えたおじさん 追っかけて 裸足で駆けてく ららら〜らら らららら (春だし

cleome088 これ靴を咥えるじゃなくてその前段階の女性を脅して怖がらせて言う通りにさせることが性的興奮と思ってるだけだからカツアゲ犯とかブラック社長とやってることは同じ。逮捕されて良かった。

questiontime 靴を舐めるのが気持ちいか犯罪なのではない。相手に無理強いするから犯罪

tsutsuji360 未使用の靴だとダメなんだろうね。

判断保留派

myaoko 足のつま先なのか靴のつま先なのかで量刑番付レベルが変わってくる気がする。どっちだろ?

どっちとも取れる派

richest21 確か『纏足』ってその匂い臭い)がすごく魅力的でその爪先で掴んだお菓子を爪先ごと咥えたり纏足で履いていた靴に酒を注いで飲むのがすごく粋なことだったんでしょ?今回のは無理矢理なのがダメなだけで

事件想像を超える状況であり、犯行がどのように進んだのか想定しにくいことと、足にも靴にもつま先が存在することが解釈が別れる要因か。

2018-01-03

anond:20180103183152

これ書いた日本人は、西洋人は胸部細少なる事を尚ぶ故に胸を成長させないようコルセット巻いてると勘違いしている

(恐らく纏足と同じようなものと思っている)が

勿論西洋人コルセット巻いてるのはそんな理由じゃないので

この日本人勝手勘違いしてるだけ

2017-11-10

適切な靴のサイズがわからない

成長期から靴がでかくなって、靴ずれしがちなのもあって大学生くらいには28cmの靴を履いていた。

社会人になって冷静に考えると27cmでちょうどいいなってなった。

最近4Eの靴を試着したら25.5cmがちょうどよかった。

よく考えたら27cmの靴も足先まで履けてなくて、歩いたら前後にずれる靴も多かった。

今まで纏足気味になってたのかな。

でも28cmだと思ってたのが25.5cmになるのが全然納得いかないんだよなあ。

2017-08-02

足の大きさと優劣マウンティングについて

アメリカドラマとか見てると、時々足の大きさでマウンティングとってるシーンが出て来る(そんな頻繁じゃないけど)。

足が大きい男は他の男よりも自信満々になれるようなので、日本でいう女性同士の巨乳マウンティングに近いのかもしれない。

でも国内にいて日本人男性同士で足の大きさでマウンティングとってる人は全く見たことない。

女性で足の小さい人を美しいとする文化中国纏足とかがあるけど、日本でもほんのちょっとはあるっぽい。

でも足の小さい女性が美しいという感覚あんまりないように感じる。

足の大きさで人の美醜をはかってる人っている?

2017-05-18

補足解説 ともあれ、ハイヒールは滅ぼさねばならない。

ともあれ、ハイヒールは滅ぼさねばならない。

http://anond.hatelabo.jp/20170516141639

↑ これの筆者である。私がこのエントリを書くにあたって意識したのは、共産主義ファシズム、ラディカル・フェミニズムだ。そこにミソジニーの味を加えてみた。

ついでに、最近話題ポリコレも組みこんだ。その点ではリベラル思想も汲んでいる。

文章はいい加減だし、今日日本において実現可能性はゼロだと思うが、この主張自体はマジメに唱えているつもりである

  

  

"自由"の抑圧こそが必要

たとえば、労働問題について考えてみよう。

過労死するほど働く自由」と「過労死するほど働かない自由」の両方を労働者に与えれば、それで十分だろうか?

私はそうは思わない。読者諸君も、一部のリバタリアンを除けば、「過労死するほど働く自由」を認めないはずだ。

  

過労死するほど働く自由」なんていうものは、たとえそれを望む労働者がいるのだとしても、決して認めてはならない。政府長時間労働を厳しく規制し、それを抑圧することが必要だ。

人が趣味や遊びをやりすぎて死ぬというのは愚行権範囲で、一応は自由だと言えるかもしれない。しか労働問題においては、そういう権利適用するべきではない。

  

長時間労働は、それをやる自由とやらない自由の両方を認めてしまった場合ブラック労働環境の中で強制的にやらされて苦しむ人が続出するのが明らかである

女性労働するときハイヒール・化粧についても、これと同様のことが言える。

  

「上から改革」が必要

明治時代日本でも、あるいはどこかの後進国でもいいが、近代化過程では必ず「上から改革」がある。

旧弊に従う自由も、旧弊に従わない自由も、どっちも認めましょう」という生半可な方法では、おそらく近代化を達成できない。国民はややもすると旧弊に従おうとするからだ。だから政府が強権的に指導し、旧弊排除することで、国民はようやく新時代適応できる。

  

たとえば女性差別がひどい国では、政府女子教育権利提唱しても、おそらく多くの国民はそれに従おうとしない。

権利を与えるだけでは、都市部のごく一部の家庭が娘を学校に通わせるにとどまるだろう。貧困層田舎にまで女子教育を普及させるには、政府国民権利を与えるだけでは不十分であって、その権利行使することを国民義務付けなければならない。

  

重要なのは政府国民全員に強制することである

「おらが村では女子教育なんてやらない」とか、「うちの家庭は伝統的な女性にふさわしい育て方をしたい」とか、そういう保守的な反発をするのは男性だけではない。母親祖母も「女はかくあるべし」と考えている。「女子学校に行かせる余裕なんてない。家の手伝いをさせたい」と思っている毒親もいるだろう。

そして女子児童は、当人まだ子であるため、自分がどういう価値観に従うべきかを判断できずにいる。

ここにおいて「多様な価値観尊重せよ」などという主張は有害だ。政府旧弊にまみれた価値観をきっぱりと否定しなくてはならない。

  

当然ながら現代日本で、後進国近代化するときのような強権的なやり方は適さない。とはいえ、政府会社のお偉いさんが主導しなければ何も改善しないというケースが多いのも事実だろう。

たとえば就活会社説明会服装自由と言われたら、参加者は皆がスーツを着てきたという笑い話がある。こういう未開社会のごとき状況を改善するためには、「必ず私服を着ろ。スーツを着るな」という強権的な命令必要だ。

から改革をおこなって、下々の者は全員一斉に従う。――今日でもこれが最も現実的手段なのだ

  

ポリティカル・コレクトネス必要

私はなにも女性からハイヒール・化粧の権利を奪おうというのではない。会社官庁ではそれを禁止しろと言っているだけである

前回に書いたとおり、ハイヒールも化粧も、やりたい人だけがプライベート時間に楽しめばよい。(短髪はすぐに伸ばせないけれども、それならカツラをつけて好きなヘアスタイルにすればよい)

  

私がこのように主張するのは、リベラル思想の影響を受けたからだ。

もし本物の極左ファシストであれば、プライベート時間にもどんどん介入し、ハイヒール・化粧を完全に禁止するであろう。しかし、私はそこまで厳しい統制には反対である

  

近年、女性蔑視の"萌え絵"等が問題になっているのをよく見る。

そのときリベラル側の主張は、「女性蔑視表現政治的に正しくない。プライベートでその表現を楽しむ自由制限するつもりはないけれども、公共の場所ではちゃんとポリコレ配慮せよ」というものであった。

私はこれに賛成だ。そしてそうである以上、ハイヒール・化粧もまた、公共空間から追放せねばならないと思う。それらのものは非常に女性蔑視であるからだ。

  

もっとも、ハイヒール・化粧は女性たちが好んで選択しているという場合が多いだろう。

女性主体性尊重しましょう」――これがリベラルにとっての錦の御旗なのだ

しかし、私は世のリベラルほど無邪気になってその御旗を掲げることはできない。前回に書いたことの繰り返しになるが、女性ハイヒールや化粧を好んで選択することは、被差別者がなぜか自分の受けている差別肯定するという現象からである

被差別者が望むならば差別を受ける自由はあるのか? 被差別者であればその差別正当化してよいか? これはきわめて難しい話である。ただ一つ言えるのは、ここにポリコレ的な問題意識を持たないリベラルは、よっぽど鈍感か、よっぽど不誠実ということだ。

(この意味では、リベラルを気取っているフェミニストなんかより、ラディカル・フェミニズムの方が先鋭的になって突っ走っている分だけ、かえって正しい認識を持っている。)

  

ミソジニー必要

私は歴史に詳しくないため、このさきは与太話しか書けないが、昔の中国には纏足という習俗があった。

そしてこれはあまり知られていないことだが、お上纏足強制していたわけではない。とりわけ清朝漢民族のこのバカらしい習俗忌避し、それを禁止する傾向にあった。にも関わらず人々は好んで纏足選択し、競うようにその美しさを賞賛していたという。

女真族満州族)の建てた清朝纏足禁止令を出しても止めようがなく、結局、義和団の乱以後の近代国家への動きの中で反対運動が起こり、まずは都市部罰則との関係で下火になった。しかし隠れて行われ、中国全土で見られなくなるのは第二次世界大戦後のこととなる。最終的に絶えた理由として、文化大革命反革命行為と見なされたこともある。このため、現在でも70歳以上の老人に一部見受けられる。

Wikipedia纏足

孫引きになってしまうが、以下のような話もある。

当時、女性が嫁に行くと、嫁ぎ先では何よりもまず最初に、花嫁の足を調べた。大きな足、つまり纏足をしていない普通の足は、婚家の面目をつぶすものだ。姑は、花嫁衣装の裾をめくって、足を見る。足が十二、三センチ以上あったら、姑は裾を投げつけるようにして侮蔑をあらわし、大股で部屋から出て行ってしまう。婚礼に招かれた客は、その場にとり残された花嫁に意地の悪い視線を投げかけ、足を無遠慮に眺めて、聞こえよがしに侮蔑言葉を口にする。母親なかには、幼い娘の苦痛を見るにしのびなくて纏足を解いてしまう者もいる。だが、成長した娘は、嫁入り先で屈辱を味わい世間非難あびると、母親が心を鬼にしてくれなかったことを責めるのである

ユン=チアン(張戒)/土屋京子訳『ワイルド・スワン』上 1993 講談社刊 p.19-20

http://www.y-history.net/appendix/wh1303-082.html

この引用で注目するべきは、姑や母親たちが纏足を推進していたということだ。

そして子供とき纏足を痛がっていた娘自身も、親に纏足してもらえてよかったと考えていることだ。

  

さらに言うと、纏足は、男性中心の社会から女性たちが悪弊強制されていたという観点だけで語ることはできない。それは女性自身が願望するところの"オシャレ"でもあった。

纏足は、女性の誇りだった」「女性は肉体で動くから、痛みに耐えれば、高貴でよりよい人間になる」「母から娘への 女性になるための教え」「痛みを通して、身体を使って、女性成功する」「足をより小さく、洗練して優美にすることで、女性は大きな誇りを感じた」

http://coconutpalm.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/--10---0239.html

西洋女性を苦しめたコルセットにしても、きっと纏足と同様、女性自身が望んでやりたがるオシャレという側面があったはずだ。

これはまさしく、現代日本女性が「ハイヒール・化粧はめんどくさい。強制されるのは嫌だ」と考えていながら、一方ではそれをやりたい願望を持っていて、結局それが手放せなくなってしま自家撞着するのと同じ心理だ。

ハイヒール・化粧をやるかどうかに関して、「女性主体性尊重しましょう」とか「強制にならないかぎり両方自由です」ということを言っているリベラルは、あまりに鈍感かあまりに不誠実か、そのどちらかのために、この観点を見落としている。

無論、健康面やそれにかかる手間を考えれば、纏足コルセットよりもハイヒール・化粧は随分とマシである。ただ、それは差別過酷ものから軽いものになったというだけだ。進歩はしているけれども、まだ差別を克服できていない。

から我々はさらなる進歩のため、おしゃれをしたいという女性の願望を抑圧しなければならない。ハイヒール・化粧を好んで選んでしま女性性(女性らしさ)は、政治的に正しくないのである。逆にそれを憎悪するミソジニーこそが政治的に正しいのだ。女がオシャレをやめることで初めて男女平等を達成できると私が主張するのは、この洞察に基づくものである

なお、議論はここにおいて、私が冒頭に書いた長時間労働問題につなげることができる。「過労死するほど働く自由」を是認しようとする資本家知識人は、プロレタリアの敵である。我々はこれを打倒しなくてはならない。

この理論適用すれば、女がオシャレをする自由是認しているリベラルと一部のフェミニストこそ、女性差別の温存を図っている連中だと言えるだろう。

  

終わりに

twitterをなにげなく読んでいたら、たまたま的確な言葉を見つけた。

リベラリズム本質的価値-自由平等など-は、どこにあるのか? 逆説めくが、リベラリズム自体はその本質的価値原理主義の激しい攻撃から救えるほど強くはない。 リベラリズムがその重要遺産を生き延びさせるためには、ラディカルな左派の同志愛による助けが必要となるだろう。

スラヴォイ・ジジェクbot @SlavojZizek1949」より

https://twitter.com/SlavojZizek1949/status/864981669509332995

前回のエントリは、穏健なリベラリストから散々顰蹙を浴びた。それは投稿前に分かっていたことだ。

しかし私は、どちらかと言えば多分「ラディカルな左派」寄りの立場から、まじめに女性差別撤廃せよと主張したつもりである

ジジェク言葉どおり、リベラルはここからの援護を受けなければ、その遺産を存続させることさえできないであろう。

2017-05-15

ハイヒール滅びろ

ヒールを履かなきゃならない理由果たしてこの世にあるのか。

脚がきれいに見えるって、誰の為に脚をきれいに見せなきゃならんのだ。

かの悪名高き纏足と何が違う。

もうパンプスハイヒール義務化するのをやめよう。

フラットシューズを履こう。

それの何が問題だ。

マナーから履かなきゃならない?

マナー礼儀大事だ。

でもハイヒールマナーである理由って何だよ。

そもそもマナーって何だ。

敬意の表明を形式化し、人付き合いを円滑にする為の道具だ。

これをやっとき問題ないっていう便利道具。

で、パンプスでなきゃ絶対に表明できないマナーって何だ。

ハイヒールは本当に人付き合いを円滑にしているか

笑顔の裏で営業の人が、ハイヒール殺意の波動を送っている。

外回り職員が、早足の上司を後ろから刺す妄想をしている。

それでもヒール必要か。

フラットシューズで働けたらいいのに。

それができない理由って何だよ。

フラットシューズマナーになれない理由って何だよ。

マナーって何なんだよ。

爪先立ちの不安定な靴を履けるかって話か?

ヒールを履いた女の方がそそるかって話か?

ふざけんな違うだろ。

画一されたドレスコードを守るだけの常識があるかって話だろ。

痛みを耐え忍ぶ事を強制するのがマナーか。

痛みを伴う社会常識は守るに値するのか。

互いを敬うマナーを推奨するなら、爪先立ちの靴から労働者解放する事が筋じゃないのか。

フラットシューズマナーに加えてくれよ。

から笑顔相手と向き合える靴を履かせてくれよ。

これは我儘なのか。

風呂に入るのや毛を剃るのが面倒とかいうのとは話が違う。

風呂剃毛修行せずとも出来るが、ハイヒールはいきなり履けやしない。

革靴は電車ホームの間にも中々落ちないが、ヒールの踵は側溝に挟まる。

世の中皆がperfumeじゃない。

あれはヒールで踊る事を選んだ人達だ。

私に選ぶ権限はなかった。

「履きたくなきゃ履かなきゃいい。

 でも履いていないと、履いている人間と比べて不利になる。

 だから仕方ない。

 皆、履かざるを得ない。

 結局、互いを縛るのは互いに過ぎない」

正論に見えて何の解決にもなっていない。

「どうすべきか」の答えはもう少し先だ。

現状は囚人のジレンマ

AさんとBさんがそれぞれヒールを[履く、履かない]。

履かないBさんの評価相対的に下がって、社会的に不利になる。

ゆえに[履く、履く]という構図が不利益を防ぐ均衡なわけだが、

実際のところは[履かない、履かない]で公益は最大だ。

まり現代社会におけるヒールの着用は効率的ではない。

我慢するぐらいなら履かない方が良いに決まっている。

でもリスクが怖いから[履く、履く]になってしまう。

じゃあ囚人を解き放つにはどうすればいい。

履かなくても不利にならない状況を作るしかない。

からフラットシューズドレスコードに加えよう。

フォーマルフラットシューズを開発しよう。

フラットシューズが正装になれば、ヒールと並んだ時に顔をしかめられる事もなくなる。

ヒールを嫌々履く意味もなくなる。

「履きたくて履いてる人もいる」と別の人は言う。

そりゃそうだ。

履きたきゃ履けばいい。

だが履かなきゃならない理由にはならない。

カレー辛口は訓練すれば食べられるが、誰もが食べなきゃならない道理はこの世にない。

全員がスカーフを巻かなきゃならないわけでも、サングラスをかけなきゃいけないわけでもない。

履きたい人間否定する必要はない。

履くのが苦痛だという人間権利も守れたらwin-winだという話だ。

メガネの形、腕時計の素材、

それらが選べるなら靴の種類だって選ばせてほしい。

サンダルスニーカー許可しろって話じゃない。

フラットシューズで働かせてくれって話である

身だしなみを巡る問題にはそりゃもう色々と感情的な要素が絡んでくる。

自分は守ってきたのにとか、嫌でもやるのが社会人とか。

だが、これらの意地や怒りは良いものか。

これらに従う事は、少しでも何かを良くするか。

最初から無い方が良かったものじゃないのか。

他人の足を引っ張るより、辛い経験を皆で過去に葬った方がいいんじゃないのか。

から叫びたい。

ハイヒールを履かない事の何がそんなに問題だ。

ハイヒール義務をなくしたら核爆発が起こるのか。

ヒールをやめたい」「ヒールでないと正装に見えない」

「なら正装の条件を変えよう」「慣習を逸脱するのは良くない」

堂々巡り議論はもう沢山だ。慣習が変わればすべて片付く話だろ。

最初違和感がある、或いは見苦しく思えても、定着すれば問題にはならない。

からフラットシューズを履こう。

フラットシューズ万歳

フラットシューズを履かせてくれ。もう私の足は限界だ。

2017-01-07

足のサイズがでかいせいで生きづらい

ちなみに女。

から足がデカかった。横に幅広いとか甲が高くて靴が入らないとかじゃなくて、純粋に足がデカい。成長期には、買った靴が1年も経つと履けなくなるなんてことが多々あった。だから靴を買う時はちょっと大きめのを選んでゆったり履いてた。たぶん、それがいけなかった。

押さえつけるものが無い状態だったからなんだろうけど、足はそのままぐんぐん大きくなっていった。気がついたら25cm強。

高校入学時にローファーを買おうとしたんだけれど、大体のお店には25cmまでしかサイズが置いてない。けれど当時の私は25.5がジャストサイズだった。「革靴は履いてるうちに革が柔らかくなるので大丈夫ですよ」という言葉を信じて、窮屈だけど25cmのローファーを買った。

纏足ってこんな感じなんだろうな」と思いながらそれを履いて登下校していた。そしたらまあ靴ズレするよね。

もとから巻き爪だったのもあるんだけど、左足の親指が完全に膿んで変な色になった。学校指定で履いてた白ソックスの指先が赤緑色に染まってまじグロかった。

それがトラウマになってるから今はもうキツイ靴は履かないようにしてる。あれから更に足は成長したのか、25.5cmの靴でもデザインによっては入らない。

女物の靴ってたいてい25.5cm(LLサイズ)までしか置いてないのよ。おかげでちょっと新しい靴欲しいな~で探し始めて10件くらいまわって諦めるなんてことも。

もちろんそういうデカサイズの靴の専門店は世の中に存在する。だけど私の住む田舎には無いし、高い交通費を払って高い靴を買うほど靴に執着はない。

ちなみにお手軽価格サイズ展開が豊富なのはしまむらです。けっこうな回数お世話になってる。ただやっぱ値段相応品質デザインなのよね。

周りの友達パンプスとかショートブーツとか可愛らしい靴を履いてる中、私は男物のスニーカーを履いて歩いている。

2016-07-28

ファッション』というコミュニケーション障壁 2

ファッション』というコミュニケーション障壁

http://anond.hatelabo.jp/20160724235331

こちらを書いた増田です。

ブクマいただいて感想を書いてみたい

  

①女は先天的ファッション分かるとか無いか

 これはそりゃそうだよ。だってさ、首長族なり、纏足なりっていうファッション日本人には分からないけど、その文化の奴らは皆理解できている。これを先天的だと言い張るのはおかしい。

 ただ、俺が言いたいのは「女がファッション規定している」ってこと。男がしたいファッションを女が評価するのではなく、女が評価するファッションを男が矯正されているってこと。女が先天的に持っている「こういうファッションの男とならコミュニケーションしてやるよ!」っていう上から目線押し付けウザイってこと。

 そりゃ、言葉には出さないけど、女はリア充向けファッションリア充男だけとつるみ、清楚系ファッションお兄系ファッションをできる男をセレクションしてる。つまり、女側が暗に男にファッション要求しているわけ。

 これができない俺みたいな男に対して、「あいつはヤバイ」という目を向ける(生理的嫌悪感ハゲ馬鹿にしたり)。そういう目を女が向けると、女のシグナリングを受け取れるつるんでいる男達も俺みたいな奴を「やばい奴として扱う」わけだ。

 よーするに、不可触賤民とかそういう差別なんだよな、ファッションって。

 だからファッションとか嫌い。

 やってることが首長族が首長くない奴に差別するのと同じ。論理的じゃないでしょ、首が長いからどうこうって。文化でなんとなく規定されてるだけで根拠が無い話なわけで。

 なのに、論理的じゃないのに差別するから嫌い。

 本質的に俺が言ってることって、「えた・ひにんみたいな差別やめろよ」ってのと同じ。文化的差別って論理いから異常だよって。

  

学歴収入だけで凄いみたいな価値観は狭い

 科学発見は世の中変えるけど、ファッションは何も変えないから。ファッションレベルアップしても人類レベルアップにならないけど、科学レベルアップは人類レベルアップにつながる。

 昔は人口の95%以上が農民だったらしいが、緑の革命肥料改革遺伝子組み換え人口の2%以下の農民人間が養えるようになった。こっちのほうが圧倒的に人間として素晴らしいとしか俺には思えない。

 ファッションで何かかわるの?差別が拡大されるだけじゃん。

  

ファッション科学的だ!

 科学的とかどうでもいいけど、差別的なのはクソだろ。

2016-01-13

ハイヒールが好き

ハイヒールが好きだ。おしゃれだからスタイルが良く見えるから。好きな作家がいい女はハイヒールを履くものだと書いていたのを鵜呑みにしているから。

だかハイヒールはとにかく歩きづらい。走れない。

靴を下ろした初日は確実に靴擦れができる。

高かったのに何日履いてもいつまでも足に合わないことがある。

かかとのマメが潰れると死ぬほど痛い。

やっと足に馴染んできたと思ったら今度は伸びすぎてガパガパになる。

ヒール部分が削れてカツーン!カツーン!と鳴り出す度に修理が必要になる。

ヒールマンホールの小さい穴にはまって靴が脱げて恥ずかしい思いをする。

ファッション的に裸足で履きたいがそうすると足が臭う。

パンプス靴下はどうやったってはみ出すか脱げるかするので履きたくない。

ストッキングを履くと滑りやすくなって歩くたびにカパカパ脱げる。

立ってるだけで疲れるので電車で席を譲りたくなくなる。

足が疲れすぎてスーパーでの買い物を断念してやよい軒で夕食を済ませる羽目になる。

馬鹿馬鹿しいのは誰に強制されたわけでもなく自分で好きでやってるってこと。自分自分纏足してるみたい。ハイヒールは確実にQOLを低下させる。

2015-10-25

http://anond.hatelabo.jp/20151025020403

男は走る必要が有るからじゃね?

女は走るのに適さない方が社会的には都合がいい

ハイヒール纏足も歩きにくいだろ?

2015-07-13

http://anond.hatelabo.jp/20150713053656

なるほど、ヒールってのは昔の中国でいうところの纏足的な役割を担ってるわけか!

http://anond.hatelabo.jp/20150712235930

日常的にすき好んで買って履いてるのに纏足なんてふざけたこと言ってんじゃないっていってんの!

2015-07-12

ヒール纏足とか笑わせんなよ

夏フェスは足場悪いからヒールで来るなよ→ヒールで来る

明日結構歩くからヒールで来るなよ→ヒールで来る

荷物多いからヒールで来るなよ→ヒールで来る

スピードあわせるの面倒だからヒールで来るなよ→ヒールで来る

お前それ履くと身長抜かれてやだから超厚底やめてくれ→ヒールで来る

もうほんと笑わせるなよ

2014-01-03

http://anond.hatelabo.jp/20140102183901

現代でその言葉を使えば差別に当たるだろうけど、当時はそもそも黒人白人という存在がいなかったので、「人種差別」に該当するかはかなり怪しい。

比較対象が同じ日本人しかいないので、「色が白い」=「外に出て日焼けすることがない」=「裕福な階級」という事から出た言葉だろう。似たような事例は外国でも存在する。例えばヨーロッパでは「青い血」という表現があり、これは「高貴な者」を意味する。日焼けしてない白人は、青い血管が目立つ事から来ている。

「足が小さい」=「歩く必要がない」=「貴族階級」ってのもあるね。ヨーロッパじゃ足を小さくするために、冷水で冷やした足を無理やり小さい靴にねじ込むってことをしていたし、中国ではさらに極端な形で「纏足」があった。

まあ、階級差別とは言えるかもしれない。

2013-05-19

パンプスは女体への拷問、責め具 ドレスコードから外れれば良いのに

いくら土踏まずに補助を入れようが、つま先やかかとに補助材入れて保護しようが、中敷きしようがパンプス履いて長時間つの苦痛、短時間歩くのも苦痛

纏足と同じような類

合うパンプスなんてデパートや靴屋回ってもない

履かない男と履いても痛くない人は他人の痛みなど平気な面してドレスコードパンプスを加える

 

スカーフはあれこれ問題となっているのにパンプスは問題にはなりにくい 

自分が好きで履いてるのは、きつくなったらすぐに脱げて他の靴履けるけど、ルールに強制させられるのは辛い」

レディになんかならなくてもいい 男の足フェチを満たす為になる素敵な女性など真っ平ご免だ

優雅に歩くよりも、急いで歩きたい

何よりもジョギングしたいのに、パンプスで出来た魚の目が痛い

パンプスなんてコルセットと同じように廃れていってしま

2011-01-11

http://anond.hatelabo.jp/20110111015803

いや、21は割といるぞ。

身長と相関があるからといってすぐに纏足認定するのはどうかと思う。

というか、纏足認定してどうしたいの?

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん