はてなキーワード: オオカミ少年とは
は?完全に結果論じゃん。
ごくまれな結末を取り上げて常に従えとか言いだす男の人って・・・乙。
むしろ大したことなくても逃げろ逃げろと言うオオカミ少年的な繰り返したから「まーた今回もか」と思わせて被害を増やした責任は感じないの?
勧告通り仕事投げ出して逃げて大津波が来なかったら、その損害の責任取れんの?
この話のスケール拡大したら日本列島に住むこと自体が間違ってるんじゃねえの?
こんなこと言うのは後知恵だよな。
そりゃ逃げないと確実に死ぬと事前に分かってたら誰だって逃げるよ(笑)
逃げないと死ぬか死なないか未確定な段階じゃ逃げないのが当たり前。
逃げ遅れて極めて低い確率で死ぬリスクより、逃げて高い確率で仕事を失うリスクの方がよっぽど怖い。
仕事を失ったらどうせ死ぬわけで。
逃げずに津波で溺れ死ぬ確率と、逃げて仕事失って野垂れ死ぬ確率なら、後の方が低く見積もって何十倍も高いわな。
逃げないに決まってるじゃん。
※先にとりあえずこれを読んでください。「STOP!今そこにある「漫画・アニメ禁止法案」」 http://svcm.2-d.jp/
昨年、単純所持禁止を争点にしなおかつマンガ・アニメ規制にも踏み込んだ改正案は出されたものの今の政局故にこう着状態が続いている児童買春・ポルノ禁止法について、特にマンガ側からよく出てくる話として
「「児ポ法と言う名の核ミサイル」が飛んでくるかもしれないのにマンガ・アニメ業界が危機感を持ってくれない!」
と言うのがある。確かに漫画家を中心とした表現規制反対運動は有害コミック騒動やマンガ防衛同盟とその発展となるNGO-AMIがあったけど、前者はともかく後者に関してはこれと言って動きもなく事実上瓦解状態と言っていい。
それではなぜか?と言われると様々な問題があるけど、一番の問題は
事だろう、正直創作活動を続けると児ポ法に限らず外部の情報はどうでもよくなるのだ。そしてもう一つが
つまりはこれまでの表現規制反対運動と言うのは「お前も一緒に汗をかけ」と負担を強要してきた節がある。特に創作現場にいる側としてはものづくりだけでいっぱいいっぱいなのにこういうのを考慮しないで運動を押し付けられては離れていく者が出てくるのも仕方が無いのではないか、もしくは不安を煽るオオカミ少年として表現規制反対運動は見られているのではないか?
では、どうすればいいのかと言うと色々あるんだけどとにかく盛り上げたいと言うのであれば市民運動かつボランティア的な考えではなくもう少しビジネスライクで負担をかけない形で問題に参加させる道を模索した方が良いのではないかと言う気がする。
オオカミ少年効果の話をしてるだけだろ。
帰り道にオッサンに絡まれる
私「と、言うわけで今すぐ迎えにきて!」
彼「えーうそ、なにされたのー?
ばっかだなーシカトしないからからまれるんじゃんかー」
私「(イライラ)いいから迎えにきてよー」
彼「おっけー、今むかってるとこー」
私「いやーしかしきもかったよー(数分経過)んで、いまどこー?」
彼「いや、おうちのPCの前」
私「は?うそ、(私が怖い思いをしてるのに)信じらんない!」
がちゃっ
数分後・・・
数回目の電話に応答
私「なに?(キレ気味)」
彼「いまどこなの?俺駅まできてんだけど(家にいるって言うのは嘘だったらしい)」
私「コンビニだけど」
彼「お前のためにこんな遅くに出てきてやってるのになんなんだ。むかつく!」
がちゃっ
まぁ、上記のような流れで今ちょっときまずいかんじ。
とりあえずあやまったけど。
そもそも、普段、「もう向かってる」とか言いつつ 実はまだ家とかいう前例が何回もあるから、そーゆーうそ信じちゃうっていう。まったくオオカミ少年はこれだから・・・ブツブツ・・・精神状態に余裕がある時は それが嘘かどうか見極めるくらいのことが出来るけど今回はまったく余裕なんて存在しなかったし・・・ブツブツ
つか、元はと言えば、あの絡んできたクソ親父がわるい!
あー、踏んだり蹴ったりってこの事か。
ある村に、羊飼いの少年がいました。彼はいつも退屈で仕方ありませんでした。
ある日、彼は「オオカミが来たぞー! オオカミが来たぞー!」と叫びました。
村人はフォークや鎌を持って、何事かと駆けつけてきました。
しかし、実際にそこにいたのは、臆病な一匹の醜い羊で、オオカミの姿などどこにもありません。
「いや、あれはオオカミだ。醜い羊の皮をかぶったオオカミだ」。少年はこう言い訳しました。
村人はすっかり騙されて、その醜い羊を捕らえて殺しましたが、中にはオオカミは入っていませんでした。
「いや、オオカミが醜い羊の皮をかぶっていたのではない、オオカミが醜い羊に化けたのだ。いずれにしても危険だ」。少年は嘘の上塗りをしました。
こんな事が何度か起きるうちに、村人は、醜い外見の羊をオオカミだと思うようになりました。
他の村人が醜い外見の羊を飼っていようものなら、勝手に取り上げて殺そうとしたり、そうしないまでも「あいつは狼を飼ってる」と噂を流してしまうのです。
醜い羊を飼っていた飼い主は「こいつはオオカミじゃない、羊だ!」と抵抗しましたが、「見るからに迷惑だ!いつ我々の羊を襲うか知れないし、そんな危険なケダモノを平気で飼ってるのか!」と言って、無理矢理その羊を奪っては殺していくのでした。
「ほら、こいつは羊の肉じゃなくて草を食べてるじゃないか。なんでこいつがオオカミなんだ?」いくら反論しても、村人達は聞く耳を持ちません。「たまたま腹を壊して具合が悪いだけだろう。元気になればきっと俺たちの羊を襲うに違いねえや」。
そんなある日、本物のオオカミがやって来ました。
村の羊たちは、そのオオカミに次々と殺されてしまいました。
村人はそのオオカミを捕らえようとしましたが、逃げられてしまいました。
その代わりに、村では一斉に、醜い羊狩りが始まりました。
しかも今度は、醜い羊ばかりでなく、抵抗する飼い主まで一緒に血祭りに挙げられたのです。
村人たちは幸せでした。自分たちの羊を狙う醜い羊と、その醜い羊の飼い主は、もう村にはいないのですから。