はてなキーワード: ピストルとは
ウクライナ情勢を受けて、日本も核兵器を持たないとロシアや中国の侵略に対抗できない!という意見をよく見かける様になった。
確かに、被侵略者が侵略者に対して核攻撃をするに違いないと侵略者側が思えば核武装によって、侵略行為をためらわさせる効果はあるのではないかと思う。
ただし、いくら核兵器を持っていても、どうせあいつらには撃てないと思われていれば(または本当に撃てなければ)抑止力として効果は無い。
日本の場合、核ミサイルを持っていたとして、中国が尖閣諸島に上陸したら北京に打ち込むだけの覚悟は出来るだろうか?
もちろん北京に核ミサイルを撃ち込んだら、その数倍、日本に中国からの核ミサイルが降り注ぐ可能性があるわけだが、その損害を覚悟してでも撃てるだろうか?
とかと考えていくと、損得計算が出来るまともな頭脳をもっていたり、例え1人の国民の為や例え無人島の為に全国土が焦土になっても構わないという強い意志が感じられない国が核兵器を持っていても、
侵略側からすれば、どうせ撃てないだろ?って足下を見られて終わりだと思う。
(映画やドラマで、ピストルを持った素人が人を撃てないような描写があるが、あれと同じ)
結局、損得では無く狂った人間、失う物がない人間に、まともに計算が出来る人間が核武装で勝てるか?(侵略を抑止できるか?)というと、多分勝てないと思う。
本当に狂っている奴はどうしようも無いが、狂った人間を装っているだけの奴であれば何らかの落とし所はありそうだが、それは核武装なのかと言われたら、そうでないように思う。
侵略を意志決定している連中の欲望の大きな部分が経済的な物であれば、現在国際社会が行っているような経済的な締め付けが一番効果的かと思う。
あなたがした行動の原理を説明してくださいと言われて、明快に説明できる人であればあるほど、人とのコミュニケーションで理不尽を被ることが多くなると思います。というのも、世の中には自分の行動原理に対して無自覚的、あるいは全くもって自信が無い、という人が多すぎるように思うからです。
AさんがBさんに告白して、結果は残念だったとしてもそれは理不尽だとは言わないでしょう。それは、恋愛に対する個人の自由という前提の元、Bさんの行動原理は、Aさんのことを(他の人間と比較して)よく思わなかったから、という明快なものだからだと思います。ここでAさんがBさんに「なんで振ったのか」と言うのは間違っているように感じます。つまりBさんはAさんに対して、「あなたの事が気に入らなかったからだ」と言えばいいからです。それに対して「でも優しくしてくれたし、デートもしたじゃないか」と醜く食い下がるとすれば、「それは対人間の一般的な気遣いである範疇だと私は思っています」とこう言えばよろしいと思うのです。
こう質問されてこう答えられることが自分の行動原理について明確に認識してるということだと思います。さらに、最後の言葉を言う自信が無い人が多く日本にいるように感じられますが、それは自分の感性に自信が無いからなのでしょうか。そもそもこの状況で自分の感性に自信が無いというのはおかしな話です、というのもここは完全に主観のテリトリーだからです。恐らく最後のセリフを言い切らない人は、なにか日本共通の「認識」があってそれとズレているかどうかを気にしているのでしょう。この2人のコミュニケーションは2人の世界で完結していないとおかしいので、日本共通の認識を取り出してくるなんて馬鹿げたことです。
ともかく、僕は相手がある程度どんなことをしてもその人が行動原理に対して、それを明確にしてなおかつ自信をもっていれば、道徳的にどんな良くない理由だろうが、尊重したいと思う人間です。それを理由に人間関係を切る事だって当然あるでしょうが、その行動に怒りを覚えたりはしません。「行動原理」が違うだけで、そんなことはよくある事だからです。
ただ、自分の行動原理が明らかでない、あるいはそれに自信を持ってない人間と対峙した時、この世界の理不尽さに直面することになります。それは言わばボクシングの会場にピストルを持って入ってきてるようなものです。いくらルール通りに戦っても殺されてしまっては意味がありませんね。ソクラテスの弁明に描かれるソクラテスのように、それを受け入れる心の強さを人生を通して持てるのは理想でしょうが、多くの人間にとってそうはいかないでしょう。それに対して自分の弱さを嘆かざるを得ないことが理不尽そのものです。なぜなら相手はそんな事考えもしないから。
これに対する対処法など多分ないのでしょうが、少なくともそういうことを考える人間がここにいることを明示しておくのはなにかの役にはたつと思っています。
元増田だけど追記というのもちょっと大袈裟だからセルフトラバするんだけど
まず何故、刀なのか、という疑問のようなものは考えているうちにわかったような気がする。
当時の戦争参加者にとって勝利とは戦争に勝つだけでは十分ではなくて
どちらかの陣が崩れることで、追撃戦や乱戦になるのだと思う。
このときおそらく長槍による攻撃から刀による攻撃へと切り替わる瞬間が訪れるのだと思う。
元増田で言いたかったことはそういう近接戦、あえて例えるなら長槍での戦闘が
近代戦で言うところのマシンガンによる攻撃だとすると、それよりもっと接近したピストルでの
攻撃へと移り変わる時になぜ打撃武器ではなくて刀だったのか?という疑問だった。
この理由はこのトラバの冒頭に書いたように敵の首を挙げなければならなかったからだろうと思う。
統合失調症には「させられ体験(別の力で動かされる、考えや意志を外から支配されるという症状)」がある。
集団ストーカーとは、100%犯罪と認識出来ないように、言い逃れ部分を必ず用意して行う緻密に計算されたズル賢い犯行である。
その言い逃れ部分の何%は、被害者にとっては言っていることがおかしいと取られかねない罠が仕掛けられている。
例えば、ナイフを持つ者が白昼街中をうろうろしていたら100%危険と思うだろう。だが草刈りをするふりで鎌を持っていても不自然ではない。それがお年寄りだったらなおさらだ。
集ストのアンカリングは、北朝鮮の外交カードのように、情勢を見比べてチキンレースを仕掛けて来る。
それと同じで集ストは被害者の周辺情報は本人より調査済であり印象操作で被害者をどちらの方へ持っていこうともできる。ほとんどの場合は罠を用意した被害者が苦しみに溢れた絶望へと誘おうとする。
人によってカードは異なるが何枚も用意し時々により変化させる。人の心理を先読みし混乱させ、あるいは恐怖させ心理的に追い込んで行く。
それにより行動を制限し、この被害者はここまでのカードが有効で、それ以上の行動は出来ないと判断すれば毎回切り札として使用し制限させる。
言わば人間を調教しているのである(注:表面上法律内で)が、時には荒っぽい事もし従わせようとする。
ストーカーと言うとただ四六時中つきまとっている気持ち悪い馬鹿な人間を想像するが、我々が壊滅しようと戦っている者共はかなり緻密に心理を読み計算し
ブラフ、ダミーを使い自分達が作った落とし込みの穴に落としていくか?ゲームのようにシナリオを作り書き換えながら進めていく。
北朝鮮は衛星打ち上げと称して弾道ミサイルの実験をやるようだが、集ストも二面性のある恐怖による脅し、逃げ道のある恫喝、二面性のある見せしめを機に応じて試み反応を見る。
そして行動を制限し自殺へ導くべく段階を踏んで追い詰めて行く。
その為にアンかリングやガスライティング、コリジョン、ノイズ、ブライティング、そしてテクノロジーを合わせて苦悩の道を示唆していくのだ。
何故この犯罪が非道か、残忍かというのは、それを時間をかけてたっぷり苦しみを与えて、最後に死を与える鬼畜にも劣る犯罪である。
・・・バギオ市内に入るが早いか、比島人の凄まじい怒りの罵声が待ち受けていた。
「ドロボー」
「ゲット、アウェイ」
ありとあらゆる罵声と投石の嵐を、出来る限り姿勢を低くしてくぐり抜け収容所へ向かった。
(中略)
途中、比島人は沿道の至る所で我々の通るのを待ち受け、家から飛び出して来て、バギオ市街にも増して激しく、
「バカヤロー!」
「ドロボー!」
と声を揃えて大声で怒鳴る。
女子供までが、さも憎々しげに
と首を切られる真似をするかと思うと、侮蔑を表す彼等特有のしぐさで親指を立て、
「ゲット、アウェイ!(出て失せろ!)」
と繰り返し、大小の石がトラック目掛けて飛んできた。
(中略)
(貨車に乗り換え)途中停車する毎に比島人の憎悪のこもった眼差し、怒声、投石の嵐が続いた。
(中略)
後日収容所で聞いた話では、投石で頭を割られた兵隊、酷い者はピストルで撃たれて死人まで出た貨車もあったという。
しばらくして小さな町に入ると、鉄道の沿線には黒山のように住民が並んでいる。
列車が近付くと一斉に石を投げてきた。
(中略)
小石がパラパラと頭上に飛んでくる。
女達までが私達に向かって舌を出し、首を叩きながら喚いている。
ドロボウとか、パタイ(死ね)という言葉が、コーラスのように響いてくる。
(中略)
何のためか列車が野原の真ん中に停車したので、ホッとしてシートを取ると、住民達はここにもいっぱい居て相変わらず石を投げつける。
一人の老婆が近寄ってきて、
と言いながら、ビンロウの実を噛んで、真っ赤な口から血のような唾を吐き出し、憎しみを込めて叫ぶ。
肉親の誰かが殺されたのか、或いは家を焼かれたのか、家財でも奪われたのであろう。
「お前達はマニラで殺されるんだ!」
そう繰り返している。
私達もあのサンフェルナンド上陸以来、比島の住民達にしてきた事を考えると、その罪の大きさを思わずにはいられない。
途中、いくつかの集落を横切った。
彼等は、床の高い粗末な家の窓から顔を出し、黙ったまま、私達に軽蔑の目を向けていた。
彼等は、時々空に向けて小銃を放った。
それには度胆を抜かれた。
この罵声だけ覚えている。
(日本人射ち殺せ!)
こんな心だろう。
平和を取り戻した猥雑な街。
人が溢れている。
マニラの港に着くと、何百人ものフィリピン人男女が待ち受けていた。
ハングハング(首を締めろ)
石だけではない、ビンやコップを割った凶器も飛んできた。
最後の強烈な禊だ。
街を通過する時は、日本兵は頭を抱え、路上から飛んでくる石や、薪を投げつける老婆や子供から身を守らねばならなかった。
「バカヤロー!」
とか、「死ね!」とか叫んでいる。
ところが、Millare軍曹が立ち上がって、
「He is a good man! He is good!」
と怒鳴っている。
これには有り難かった。
(中略)
途中、フィリピン人が待ち構えていて、
「ドロボー!」
とか、「バカヤロー」
とか怒鳴っている。
どうしてこんなに怒鳴られるのか。
マヤントクでの住民との交歓の後だけに、狐につままれた思いであった。
バギオの街では・・・(中略)現地民が我々を見て、
と罵声を上げる。
(中略)
しばらくして貨車は動き出す。
「バカヤロー!」
「ドロボー!」
と叫ぶ声が聞こえる。
所々に陸橋があったり丘の高いところがあると、この下を通る時が大変である。
現地人が橋の上や丘の上に石を持って待っている。口々に、
「ドロボー!」
「バカヤロー!」
「パタイ!」
と叫びながら石を投げつける。
(中略)仲間の中には石が当たって血を流してるものもある。
住民がパラパラと家から路上に駆け出して、手を振って何か大声で叫んでいる。
私達はテッキリ戦争が終わったので、喜んで我々を歓迎するために、家から飛び出したのだと思った。
我々は彼等の姿を見ると、ニコニコして手を振った。
ところがこれが大間違いで、彼等は形相恐ろしく、口々に、
と言っているのである。
なかには石を投げつけようとする人もいる。
「バカヤロー!」
「ドロボー!」
「ヒトゴロシ!」
と罵声を浴びせられ、石を投げられた。
私達は頭を抱え荷台にしゃがみ込んだ。
石が頭に当たり血を流す人もいた。
現地の人を略奪し殺し、平和な国土を戦場にしてしまった私達日本人は、どんなにされても文句の言える立場になかった。
前方の沿道の両側にビッシリと住民が群がっている。
彼等はトラックが近付くと、老人から子供に至るまで、一斉に喚声を上げた。
拳大の石がいくつも飛んできた。
中には、手を首に持ってきて、水平に動かし、お前達は絞首刑だ、とジェスチャーで示す者もいる。
この調子では、フィリピン全土が、日本軍に対する恨みの炎で燃え上がっていよう。
無蓋列車はなおも南へ南へと進んだ。
そして、何度か、現地民の罵りと投石を受けた。
「バキャヤロ!」
「ドロボー!」
現地民が我々に叫ぶ侮辱の日本語は、とりもなおさす日本の占領時代に我々が彼等に使っていた言葉の仕返しであった。
「パタイ!」
「ヤマシタ、パタイ!」
「日本人を殺せ!」と投石する現地民の怒りを、我々は無蓋列車の中で、首をすくめて我慢した。
(石をもて追われる如く)敗残の身を、私は車中で目をつむっていた。
(証言者その2)・・・ところが思いもかけない次の言葉で、冷酷な現実の実態を思い知らされた。
ジェスチャーを交えて投げ飛ばす彼等の言葉は、相手を侮辱する時に使う日本語の、
「バカヤロー!」
「ドロボー!」
なのであった。
しかも、罵倒するだけでは飽き足らず、彼等の中には青竹を振りかざして殴りかかってくるものもいたし、私を目掛けて、小石を投げるものもいた。
(中略)
それなのに、まるで泥棒猫でも打鄭するように、青竹の一部がささくれだって裂ける位の勢いで、殴りまくる人もいた。
筋肉の脱落した痩せた体を目掛けて、ビシリ!ビシリ!と打たれる度に、不思議に肉体的な痛みは感じなかったけれど、まるで心臓に五寸釘でも打たれるような激烈なショックを受けた。
そして、その時、身に滲み通るような敗戦の惨めさをつくづく感じたのであった。
人家のある所を車が通っていくと、我々は罵声を浴びせられ、小高い家の庭先で洗濯をしていたオカミサンは、矢庭にタライの中の石鹸水を浴びせかけたのであった。
(中略)
遠い金網の外側にはフィリピン人がたかって、拳を振り上げたり、唾を吐きかけたり、日本人へ憎しみを表しているようであった。
沿道のフィリピン人達は、私達の乗ったトラックを目掛けて、石を投げつけ、日本語で、
「バカヤロー!」とか、
「インバイ!」
この付近のフィリピン人の家を我が物顔で横取りして、作物を荒し廻った私達だから、どんなにされようとも仕様のない事だと思う。
(中略)
駅につけば付近の住民がギターを持って、貨車の周囲に集まってきて、何かタガログ語で歌い、罵り、嘲笑う。
バギオに近付くにしたがって、現地民達が増えてきた。
「ギロチンOK」
「ドロボー!」
と口々に喚きながら石を投げつけてくる。
手を頸に当てて引き斬るような手真似をしては、唾を吐きかけ、バナナの皮などを投げつける。
(中略)
事実、日本軍は彼等の財産である家々を強制的に使用し、床や壁を剥がして家捜しをしたり、燃料の代わりにして荒らした。
ときにはゲリラやスパイと見なして、善良な市民さえ射殺した(注、斬首だろうに)。
寒風のごとき日本兵と、太陽のごときアメリカ兵では比較にならない。
途中で、シビリアン達が口々に
「ドロボー!」
「バカヤロー!」
と盛んに私達のトラック目掛けて投石したが、フルスピードで走り抜けてくれた。
(中略)
(列車に乗り換えた後)停車駅では無蓋列車に座らされ投石を防ぐ。
相変わらず
「バカヤロー!」
「ドロボー!」
の罵声と共に投石するシビリアン達。
情けない。
日本兵など、人間でもっとも下等な存在だからね(日本兵≠日本人)。
強姦ばっかしやがって!
パタイだよ!
フィリピン人達の怒りは、俺の怒りでもある。
強姦魔!
恥知らず!
ケンペースケベ!
ちんこ斬っちまえ!
以上のお話によって、郷田三郎と、明智小五郎との交渉、又は三郎の犯罪嗜好癖などについて、読者に呑み込んで頂いた上、さて、本題に戻って、東栄館という新築の下宿屋で、郷田三郎がどんな楽しみを発見したかという点に、お話を進めることに致しましょう。
三郎が東栄館の建築が出来上るのを待ち兼ねて、いの一番にそこへ引移ったのは、彼が明智と交際を結んだ時分から、一年以上もたっていました。随したがってあの「犯罪」の真似事にも、もう一向興味がなくなり、といって、外ほかにそれに代る様な事柄もなく、彼は毎日毎日の退屈な長々しい時間を、過し兼ねていました。東栄館に移った当座は、それでも、新しい友達が出来たりして、いくらか気がまぎれていましたけれど、人間というものは何と退屈極きわまる生物なのでしょう。どこへ行って見ても、同じ様な思想を同じ様な表情で、同じ様な言葉で、繰り返し繰り返し、発表し合っているに過ぎないのです。折角せっかく下宿屋を替えて、新しい人達に接して見ても、一週間たつかたたない内に、彼は又しても底知れぬ倦怠けんたいの中に沈み込んで了うのでした。
そうして、東栄館に移って十日ばかりたったある日のことです。退屈の余り、彼はふと妙な事を考えつきました。
彼の部屋には、――それは二階にあったのですが――安っぽい床とこの間まの傍に、一間の押入がついていて、その内部は、鴨居かもいと敷居との丁度中程に、押入れ一杯の巌丈がんじょうな棚があって、上下二段に分れているのです。彼はその下段の方に数個の行李こうりを納め、上段には蒲団をのせることにしていましたが、一々そこから蒲団を取出して、部屋の真中へ敷く代りに、始終棚の上に寝台ベッドの様に蒲団を重ねて置いて、眠くなったらそこへ上って寝ることにしたらどうだろう。彼はそんなことを考えたのです。これが今迄いままでの下宿屋であったら、仮令たとえ押入れの中に同じような棚があっても、壁がひどく汚れていたり、天井に蜘蛛くもの巣が張っていたりして、一寸その中へ寝る気にはならなかったのでしょうが、ここの押入れは、新築早々のことですから、非常に綺麗きれいで、天井も真白なれば、黄色く塗った滑かな壁にも、しみ一つ出来てはいませんし、そして全体の感じが、棚の作り方にもよるのでしょうが、何となく船の中の寝台に似ていて、妙に、一度そこへ寝て見たい様な誘惑を感じさえするのです。
そこで、彼は早速さっそくその晩から押入れの中へ寝ることを始めました。この下宿は、部屋毎に内部から戸締りの出来る様になっていて、女中などが無断で這入はいって来る様なこともなく、彼は安心してこの奇行を続けることが出来るのでした。さてそこへ寝て見ますと、予期以上に感じがいいのです。四枚の蒲団を積み重ね、その上にフワリと寝転んで、目の上二尺ばかりの所に迫っている天井を眺める心持は、一寸異様な味あじわいのあるものです。襖ふすまをピッシャリ締め切って、その隙間から洩れて来る糸の様な電気の光を見ていますと、何だかこう自分が探偵小説の中の人物にでもなった様な気がして、愉快ですし、又それを細目に開けて、そこから、自分自身の部屋を、泥棒が他人の部屋をでも覗く様な気持で、色々の激情的な場面を想像しながら、眺めるのも、興味がありました。時によると、彼は昼間から押入に這入り込んで、一間と三尺の長方形の箱の様な中で、大好物の煙草をプカリプカリとふかしながら、取りとめもない妄想に耽ることもありました。そんな時には、締切った襖の隙間から、押入れの中で火事でも始ったのではないかと思われる程、夥しい白煙が洩れているのでした。
ところが、この奇行を二三日続ける間に、彼は又しても、妙なことに気がついたのです。飽きっぽい彼は、三日目あたりになると、もう押入れの寝台ベッドには興味がなくなって、所在なさに、そこの壁や、寝ながら手の届く天井板に、落書きなどしていましたが、ふと気がつくと、丁度頭の上の一枚の天井板が、釘を打ち忘れたのか、なんだかフカフカと動く様なのです。どうしたのだろうと思って、手で突っぱって持上げて見ますと、なんなく上の方へ外はずれることは外れるのですが、妙なことには、その手を離すと、釘づけにした箇所は一つもないのに、まるでバネ仕掛けの様に、元々通りになって了います。どうやら、何者かが上から圧おさえつけている様な手ごたえなのです。
はてな、ひょっとしたら、丁度この天井板の上に、何か生物が、例えば大きな青大将あおだいしょうか何かがいるのではあるまいかと、三郎は俄にわかに気味が悪くなって来ましたが、そのまま逃げ出すのも残念なものですから、なおも手で押し試みて見ますと、ズッシリと、重い手ごたえを感じるばかりでなく、天井板を動かす度に、その上で何だかゴロゴロと鈍い音がするではありませんか。愈々いよいよ変です。そこで彼は思切って、力まかせにその天井板をはね除のけて見ますと、すると、その途端、ガラガラという音がして、上から何かが落ちて来ました。彼は咄嗟とっさの場合ハッと片傍かたわきへ飛びのいたからよかったものの、若もしそうでなかったら、その物体に打たれて大怪我おおけがをしている所でした。
「ナアンダ、つまらない」
ところが、その落ちて来た品物を見ますと、何か変ったものでもあればよいがと、少からず期待していた彼は、余りのことに呆あきれて了いました。それは、漬物石つけものいしを小さくした様な、ただの石塊いしころに過ぎないのでした。よく考えて見れば、別に不思議でも何でもありません。電燈工夫が天井裏へもぐる通路にと、天井板を一枚丈け態わざと外して、そこから鼠ねずみなどが押入れに這入はいらぬ様に石塊で重しがしてあったのです。
それは如何いかにも飛んだ喜劇でした。でも、その喜劇が機縁となって、郷田三郎は、あるすばらしい楽みを発見することになったのです。
彼は暫しばらくの間、自分の頭の上に開いている、洞穴ほらあなの入口とでも云った感じのする、その天井の穴を眺めていましたが、ふと、持前もちまえの好奇心から、一体天井裏というものはどんな風になっているのだろうと、恐る恐る、その穴に首を入れて、四方あたりを見廻しました。それは丁度朝の事で、屋根の上にはもう陽が照りつけていると見え、方々の隙間から沢山の細い光線が、まるで大小無数の探照燈を照してでもいる様に、屋根裏の空洞へさし込んでいて、そこは存外明るいのです。
先まず目につくのは、縦に、長々と横よこたえられた、太い、曲りくねった、大蛇の様な棟木むなぎです。明るいといっても屋根裏のことで、そう遠くまでは見通しが利かないのと、それに、細長い下宿屋の建物ですから、実際長い棟木でもあったのですが、それが向うの方は霞んで見える程、遠く遠く連つらなっている様に思われます。そして、その棟木と直角に、これは大蛇の肋骨あばらに当る沢山の梁はりが両側へ、屋根の傾斜に沿ってニョキニョキと突き出ています。それ丈けでも随分雄大な景色ですが、その上、天井を支える為に、梁から無数の細い棒が下っていて、それが、まるで鐘乳洞しょうにゅうどうの内部を見る様な感じを起させます。
「これは素敵だ」
一応屋根裏を見廻してから、三郎は思わずそう呟つぶやくのでした。病的な彼は、世間普通の興味にはひきつけられないで、常人には下らなく見える様な、こうした事物に、却かえって、云い知れぬ魅力を覚えるのです。
その日から、彼の「屋根裏の散歩」が始まりました。夜となく昼となく、暇さえあれば、彼は泥坊猫の様に跫音あしおとを盗んで、棟木や梁の上を伝い歩くのです。幸さいわいなことには、建てたばかりの家ですから、屋根裏につき物の蜘蛛の巣もなければ、煤すすや埃ほこりもまだ少しも溜っていず、鼠の汚したあとさえありません。それ故ゆえ着物や手足の汚くなる心配はないのです。彼はシャツ一枚になって、思うがままに屋根裏を跳梁ちょうりょうしました。時候も丁度春のことで、屋根裏だからといって、さして暑くも寒くもないのです。
三
東栄館の建物は、下宿屋などにはよくある、中央まんなかに庭を囲んで、そのまわりに、桝型ますがたに、部屋が並んでいる様な作り方でしたから、随って屋根裏も、ずっとその形に続いていて、行止ゆきどまりというものがありません。彼の部屋の天井裏から出発して、グルッと一廻りしますと、又元の彼の部屋の上まで帰って来る様になっています。
下の部屋部屋には、さも厳重に壁で仕切りが出来ていて、その出入口には締りをする為の金具まで取りつけているのに、一度天井裏に上って見ますと、これは又何という開放的な有様でしょう。誰の部屋の上を歩き廻ろうと、自由自在なのです。若し、その気があれば、三郎の部屋のと同じ様な、石塊の重しのしてある箇所が所々にあるのですから、そこから他人の部屋へ忍込んで、窃盗を働くことも出来ます。廊下を通って、それをするのは、今も云う様に、桝型の建物の各方面に人目があるばかりでなく、いつ何時なんどき他の止宿人ししゅくにんや女中などが通り合わさないとも限りませんから、非常に危険ですけれど、天井裏の通路からでは、絶対にその危険がありません。
それから又、ここでは、他人の秘密を隙見することも、勝手次第なのです。新築と云っても、下宿屋の安普請やすぶしんのことですから、天井には到る所に隙間があります。――部屋の中にいては気が附きませんけれど、暗い屋根裏から見ますと、その隙間が意外に大きいのに一驚いっきょうを喫きっします――稀には、節穴さえもあるのです。
この、屋根裏という屈指の舞台を発見しますと、郷田三郎の頭には、いつのまにか忘れて了っていた、あの犯罪嗜好癖が又ムラムラと湧き上って来るのでした。この舞台でならば、あの当時試みたそれよりも、もっともっと刺戟の強い、「犯罪の真似事」が出来るに相違ない。そう思うと、彼はもう嬉しくて耐たまらないのです。どうしてまあ、こんな手近な所に、こんな面白い興味があるのを、今日まで気附かないでいたのでしょう。魔物の様に暗闇の世界を歩き廻って、二十人に近い東栄館の二階中の止宿人の秘密を、次から次へと隙見して行く、そのこと丈けでも、三郎はもう十分愉快なのです。そして、久方振りで、生き甲斐を感じさえするのです。
彼は又、この「屋根裏の散歩」を、いやが上にも興深くするために、先ず、身支度からして、さも本物の犯罪人らしく装うことを忘れませんでした。ピッタリ身についた、濃い茶色の毛織のシャツ、同じズボン下――なろうことなら、昔活動写真で見た、女賊プロテアの様に、真黒なシャツを着たかったのですけれど、生憎あいにくそんなものは持合せていないので、まあ我慢することにして――足袋たびを穿はき、手袋をはめ――天井裏は、皆荒削あらけずりの木材ばかりで、指紋の残る心配などは殆どないのですが――そして手にはピストルが……欲しくても、それもないので、懐中電燈を持つことにしました。
夜更けなど、昼とは違って、洩れて来る光線の量が極く僅かなので、一寸先も見分けられぬ闇の中を、少しも物音を立てない様に注意しながら、その姿で、ソロリソロリと、棟木の上を伝っていますと、何かこう、自分が蛇にでもなって、太い木の幹を這い廻っている様な気持がして、我ながら妙に凄くなって来ます。でも、その凄さが、何の因果か、彼にはゾクゾクする程嬉しいのです。
こうして、数日、彼は有頂天になって、「屋根裏の散歩」を続けました。その間には、予期にたがわず、色々と彼を喜ばせる様な出来事があって、それを記しるす丈けでも、十分一篇の小説が出来上る程ですが、この物語の本題には直接関係のない事柄ですから、残念ながら、端折はしょって、ごく簡単に二三の例をお話するに止とどめましょう。
天井からの隙見というものが、どれ程異様な興味のあるものだかは、実際やって見た人でなければ、恐らく想像も出来ますまい。仮令、その下に別段事件が起っていなくても、誰も見ているものがないと信じて、その本性をさらけ出した人間というものを観察すること丈けで、十分面白いのです。よく注意して見ますと、ある人々は、その側に他人のいるときと、ひとりきりの時とでは、立居ふるまいは勿論もちろん、その顔の相好そうごうまでが、まるで変るものだということを発見して、彼は少なからず驚きました。それに、平常ふだん、横から同じ水平線で見るのと違って、真上から見下すのですから、この、目の角度の相違によって、あたり前の座敷が、随分異様な景色に感じられます。人間は頭のてっぺんや両肩が、本箱、机、箪笥たんす、火鉢などは、その上方の面丈けが、主として目に映ります。そして、壁というものは、殆ど見えないで、その代りに、凡ての品物のバックには、畳が一杯に拡っているのです。
何事がなくても、こうした興味がある上に、そこには、往々おうおうにして、滑稽こっけいな、悲惨な、或は物凄い光景が、展開されています。平常過激な反資本主義の議論を吐いている会社員が、誰も見ていない所では、貰もらったばかりの昇給の辞令を、折鞄おりかばんから出したり、しまったり、幾度も幾度も、飽かず打眺うちながめて喜んでいる光景、ゾロリとしたお召めしの着物を不断着ふだんぎにして、果敢はかない豪奢振ごうしゃぶりを示している、ある相場師が、いざ床とこにつく時には、その、昼間はさも無雑作むぞうさに着こなしていた着物を、女の様に、丁寧に畳んで、床の下へ敷くばかりか、しみでもついたのと見えて、それを丹念に口で嘗なめて――お召などの小さな汚れは、口で嘗めとるのが一番いいのだといいます――一種のクリーニングをやっている光景、何々大学の野球の選手だというニキビ面の青年が、運動家にも似合わない臆病さを以て、女中への附文つけぶみを、食べて了った夕飯のお膳の上へ、のせて見たり、思い返して、引込めて見たり、又のせて見たり、モジモジと同じことを繰返している光景、中には、大胆にも、淫売婦(?)を引入れて、茲ここに書くことを憚はばかる様な、すさまじい狂態を演じている光景さえも、誰憚らず、見たい丈け見ることが出来るのです。
三郎は又、止宿人と止宿人との、感情の葛藤かっとうを研究することに、興味を持ちました。同じ人間が、相手によって、様々に態度を換えて行く有様、今の先まで、笑顔で話し合っていた相手を、隣の部屋へ来ては、まるで不倶戴天ふぐたいてんの仇あだででもある様に罵ののしっている者もあれば、蝙蝠こうもりの様に、どちらへ行っても、都合のいいお座なりを云って、蔭でペロリと舌を出している者もあります。そして、それが女の止宿人――東栄館の二階には一人の女画学生がいたのです――になると一層興味があります。「恋の三角関係」どころではありません。五角六角と、複雑した関係が、手に取る様に見えるばかりか、競争者達の誰れも知らない、本人の真意が、局外者の「屋根裏の散歩者」に丈け、ハッキリと分るではありませんか。お伽噺とぎばなしに隠かくれ蓑みのというものがありますが、天井裏の三郎は、云わばその隠れ蓑を着ているも同然なのです。
若しその上、他人の部屋の天井板をはがして、そこへ忍び込み、色々ないたずらをやることが出来たら、一層面白かったでしょうが、三郎には、その勇気がありませんでした。そこには、三間に一箇所位の割合で、三郎の部屋のと同様に、石塊いしころで重しをした抜け道があるのですから、忍び込むのは造作もありませんけれど、いつ部屋の主が帰って来るか知れませんし、そうでなくとも、窓は皆、透明なガラス障子しょうじになっていますから、外から見つけられる危険もあり、それに、天井板をめくって押入れの中へ下り、襖をあけて部屋に這入り、又押入れの棚へよじ上って、元の屋根裏へ帰る、その間には、どうかして物音を立てないとは限りません。それを廊下や隣室から気附かれたら、もうおしまいなのです。
さて、ある夜更けのことでした。三郎は、一巡ひとまわり「散歩」を済ませて、自分の部屋へ帰る為に、梁から梁を伝っていましたが、彼の部屋とは、庭を隔てて、丁度向い側になっている棟の、一方の隅の天井に、ふと、これまで気のつかなかった、幽かすかな隙間を発見しました。径二寸ばかりの雲形をして、糸よりも細い光線が洩れているのです。なんだろうと思って、彼はソッと懐中電燈を点ともして、検しらべて見ますと、それは可也かなり大きな木の節で、半分以上まわりの板から離れているのですが、あとの半分で、やっとつながり、危く節穴になるのを免れたものでした。一寸爪の先でこじさえすれば、何なく離れて了い相なのです。そこで、三郎は外ほかの隙間から下を見て、部屋の主が已すでに寝ていることを確めた上、音のしない様に注意しながら、長い間かかって、とうとうそれをはがして了いました。都合のいいことには、はがした後の節穴が、杯さかずき形に下側が狭くなっていますので、その木の節を元々通りつめてさえ置けば、下へ落ちる様なことはなく、そこにこんな大きな覗き穴があるのを、誰にも気附かれずに済むのです。
これはうまい工合ぐあいだと思いながら、その節穴から下を覗いて見ますと、外の隙間の様に、縦には長くても、幅はせいぜい一分ぶ内外の不自由なのと違って、下側の狭い方でも直径一寸以上はあるのですから、部屋の全景が、楽々と見渡せます。そこで三郎は思わず道草を食って、その部屋を眺めたことですが、それは偶然にも、東栄館の止宿人の内で、三郎の一番虫の好かぬ、遠藤えんどうという歯科医学校卒業生で、目下はどっかの歯医者の助手を勤めている男の部屋でした。その遠藤が、いやにのっぺりした虫唾むしずの走る様な顔を、一層のっぺりさせて、すぐ目の下に寝ているのでした。馬鹿に几帳面きちょうめんな男と見えて、部屋の中は、他のどの止宿人のそれにもまして、キチンと整頓せいとんしています。机の上の文房具の位置、本箱の中の書物の並べ方、蒲団の敷き方、枕許まくらもとに置き並べた、舶来物でもあるのか、見なれぬ形の目醒めざまし時計、漆器しっきの巻煙草まきたばこ入れ、色硝子いろがらすの灰皿、何いずれを見ても、それらの品物の主人公が、世にも綺麗きれい好きな、重箱の隅を楊子ようじでほじくる様な神経家であることを証拠立てています。又遠藤自身の寝姿も、実に行儀がいいのです。ただ、それらの光景にそぐわぬのは、彼が大きな口を開あいて、雷の様に鼾いびきをかいていることでした。
三郎は、何か汚いものでも見る様に、眉をしかめて、遠藤の寝顔を眺めました。彼の顔は、綺麗といえば綺麗です。成程彼自身で吹聴ふいちょうする通り、女などには好かれる顔かも知れません。併し、何という間延びな、長々とした顔の造作でしょう。濃い頭髪、顔全体が長い割には、変に狭い富士額ふじびたい、短い眉、細い目、始終笑っている様な目尻の皺しわ、長い鼻、そして異様に大ぶりな口。三郎はこの口がどうにも気に入らないのでした。鼻の下の所から段を為なして、上顎うわあごと下顎とが、オンモリと前方へせり出し、その部分一杯に、青白い顔と妙な対照を示して、大きな紫色の唇が開いています。そして、肥厚性鼻炎ひこうせいびえんででもあるのか、始終鼻を詰つまらせ、その大きな口をポカンと開けて呼吸をしているのです。寝ていて、鼾をかくのも、やっぱり鼻の病気のせいなのでしょう。
三郎は、いつでもこの遠藤の顔を見さえすれば、何だかこう背中がムズムズして来て、彼ののっぺりした頬っぺたを、いきなり殴なぐりつけてやり度たい様な気持になるのでした。
四
そうして、遠藤の寝顔を見ている内に、三郎はふと妙なことを考えました。それは、その節穴から唾つばをはけば、丁度遠藤の大きく開いた口の中へ、うまく這入りはしないかということでした。なぜなら、彼の口は、まるで誂あつらえでもした様に、節穴の真下の所にあったからです。三郎は物好きにも、股引ももひきの下に穿いていた、猿股さるまたの紐を抜出して、それを節穴の上に垂直に垂らし、片目を紐にくっつけて、丁度銃の照準でも定める様に、試して見ますと、不思議な偶然です。紐と節穴と、遠藤の口とが、全く一点に見えるのです。つまり節穴から唾を吐けば、必ず彼の口へ落ちるに相違ないことが分ったのです。
併し、まさかほんとうに唾を吐きかける訳にも行きませんので、三郎は、節穴を元の通りに埋うずめて置いて、立去ろうとしましたが、其時そのとき、不意に、チラリとある恐しい考えが、彼の頭に閃きました。彼は思わず、屋根裏の暗闇の中で、真青になって、ブルブルと震えました。それは実に、何の恨うらみもない遠藤を殺害するという考えだったのです。
彼は遠藤に対して何の恨みもないばかりか、まだ知り合いになってから、半月もたってはいないのでした。それも、偶然二人の引越しが同じ日だったものですから、それを縁に、二三度部屋を訪ね合ったばかりで別に深い交渉がある訳ではないのです。では、何故なにゆえその遠藤を、殺そうなどと考えたかといいますと、今も云う様に、彼の容貌や言動が、殴りつけたい程虫が好かぬということも、多少は手伝っていましたけれど、三郎のこの考かんがえの主たる動機は、相手の人物にあるのではなくて、ただ殺人行為そのものの興味にあったのです。先からお話して来た通り、三郎の精神状態は非常に変態的で、犯罪嗜好癖ともいうべき病気を持ってい、その犯罪の中でも彼が最も魅力を感じたのは殺人罪なのですから、こうした考えの起るのも決して偶然ではないのです。ただ今までは、仮令屡々しばしば殺意を生ずることがあっても、罪の発覚を恐れて、一度も実行しようなどと思ったことがないばかりなのです。
ところが、今遠藤の場合は、全然疑うたがいを受けないで、発覚の憂うれいなしに、殺人が行われ相そうに思われます。我身に危険さえなければ、仮令相手が見ず知らずの人間であろうと、三郎はそんなことを顧慮こりょするのではありません。寧むしろ、その殺人行為が、残虐であればある程、彼の異常な慾望は、一層満足させられるのでした。それでは、何故遠藤に限って、殺人罪が発覚しない――少くとも三郎がそう信じていたか――といいますと、それには、次の様な事情があったのです。
東栄館へ引越して四五日たった時分でした。三郎は懇意こんいになったばかりの、ある同宿者と、近所のカフェへ出掛けたことがあります。その時同じカフェに遠藤も来ていて、三人が一つテーブルへ寄って酒を――尤もっとも酒の嫌いな三郎はコーヒーでしたけれど――飲んだりして、三人とも大分いい心持になって、連立つれだって下宿へ帰ったのですが、少しの酒に酔っぱらった遠藤は、「まあ僕の部屋へ来て下さい」と無理に二人を、彼の部屋へ引ぱり込みました。遠藤は独ひとりではしゃいで、夜が更けているのも構わず、女中を呼んでお茶を入れさせたりして、カフェから持越しの惚気話のろけばなしを繰返すのでした。――三郎が彼を嫌い出したのは、その晩からです――その時、遠藤は、真赤に充血した脣くちびるをペロペロと嘗め廻しながら