「鳴かず飛ばず」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 鳴かず飛ばずとは

2017-04-16

http://anond.hatelabo.jp/20170416225455

清水亮って一体何者なんだ?

若い頃はスーパープログラマーだったみたい(ソースおぼろげ=ネット黎明期)だけど、

その後は(鳴かず飛ばずの時の)ドワンゴ所属していて、

その後聞いたこともない会社社長か何かしていて、

何が偉いのか、何の部分が持ち上げられてるのか全然からない

2017-03-21

歳をとるのがこわい

あの人が〇〇歳の頃、すげーヒット出して売れてたけど、俺は〇〇歳だけど鳴かず飛ばずだし、なにしてんだろうなーみたいな

下の世代も下の世代でメキメキ実力だしてきて自分見たいのは隅っこに追いやられちゃうし、ここで頑張らなくてはと思うけど、なかなか腰が重いなあ

2017-03-08

いつまでやってんの?

もう33歳になる。

来月から正規雇用にありつく。

この数年、何とか歯を食いしばって耐えたおかげで、ぼちぼち厚待遇仕事に就ける。

インスタグラムから通知が来る。

開くと、それなりに楽しそうな生活の場面を披露する、知り合いたちの写真

その中に

ラ・ラ・ランドの劇中歌コピーするバンドマン動画がある。

彼は今年34歳になる。

私が26歳のときに知り合った。

その頃に始めたバンドは続いてない。

34歳、バンドマン

出会った頃には「潰れかけのショップ経営を建て直した」「いつでもオレには帰る場所がある」と嘯いていた。

一度メジャーデビューはしていたが、全く鳴かず飛ばず

売れっ子に対する斜に構えた評、洋楽ジャズに対する拘りのあるポーズ

泣けるほどみっともない。

音楽映画海外ドラマ話題作品はチェックして、遅れないようにする。

34歳、バンドマン

ローカルコミュニティ広報のお手伝い。クソダサい仕事笑顔でこなす。

もう、あんた死んでるよ。

帰る場所だったはずの店はなくなって、

あんたもう若くない。

できたはずのこともできなくなって、

それでも明日今日と同じ日が来ると思ってる。

いつまでやってんの?

それ、いつまでやってんの?

40歳過ぎてもやれんの?

やれるつもりなの?

たぶん死ぬまで分からない。




別のやつ、もっと重症

34歳、Webライター都内在住。

ライターじゃ食ってけないからバイトとかけもち。

本当はライターがやりたいわけじゃない。マンガが描きたい、ギャグマンガ同級生の間じゃ爆笑王。うすた京介とか松本人志とか、トンがった笑いが好き。っていうかオレの方が面白いし。

死ねカス

自前のブログは丸一年更新なし。キモいプロフ写真は30前の自撮りのまま。

マンガ投稿サイトでは著作権侵害したネタで小ウケ。

ライフワークTwitterクソコラ投稿

ライターの仲間内で「またスベってる」と陰口を叩かれてる。

早く死ねよ。もうお前、マジでゴミから

お前ら死ねよ、死ね、クソが。

2017-03-01

[] #17-2『ヴァリアブルオリジナル制作秘話

「あ、父さん。インタビュー記事載ってるよ。献本だとかで家に届いた」

「え、あれ載せたのか」

父はまるで載らないと思っていたかのような、意外そうな反応をする。

俺はインタビュー記事のあるページを開いた状態にして、雑誌を父に渡した。

父はそれに目を通すと、ため息をついた。

そのため息は何を意味しているのだろうか。

「はー……どうするんだろうと思っていたが、随分な編集しているんだな」

「え、本当はもっと色々あったってこと?」

「色々あったっていうか……いや、お前が聞いてもあんまり面白くない話だし、この内容でいいのかもしれないな」

そう言うと父は本を閉じて、俺に返した。

詮索したい衝動に駆られたが、父に聞いてもロクな答えは返ってこないことを察して、俺は本を一瞥すると近くの棚に放り込んだ。



1.きっかけは『女子ダベ』

フォン:大丈夫ですか。シューゴさんは割とズケズケ言いますから危なっかしい。

ーー大丈夫です。出来る限りリラックスした状態で、素直な姿勢で語って欲しいので。どうしても載せにくい部分は編集します。

シューゴ:それなら、気軽に答えていこうかな。

ーーでは最初質問ですが、『ヴァリアブルオリジナル』はこのスタジオ初のオリジナル作品という試み。そのきっかけはなんなのでしょうか。

シューゴ:そりゃあ、“アレ”だよ。その前にうちが携わってた『女子ダベ』(※1)のアニメが大コケたからだよ。

※1…週刊ダイアリーにて連載されていた日常系四コマ漫画(全4巻)。「女子がダベる(喋る)」ので略して『女子ダベ』。方言女子が出てくるわけではない。没個性作風も手伝い、方言女子を期待していた層からガッカリ漫画代表格として、しばしば挙げられることも。作中の「観賞用の花が、高嶺の花とは限らないだろ」というセリフは、本作をまるで知らない人にすら使われているほど有名。

マスダ:シューゴさん。それもなくはないですが、どちらかというとその時期の企画がそれしかなかったのと、予算の配分がおかしかったのが原因ですよ。

ーーえっ!? その話を詳しく。

フォン:えーとですね。これの前に制作していた『女子ダベ』はそこそこ好評だったんですけど、残念ながら興行的には赤字だったんです。巷では「壮大な雑談アニメ」、「無駄に高クオリティだってよく言われてます

シューゴ:そりゃ、持ってきた企画それだけな上、予算もやたらと多いからな。しかも次の企画を持ってくる予定もないのでスケジュールガバガバ。よほど無能でなければ、時間お金も人手もありゃ良い物できるのは当たり前なんだよ。

マスダ:「作画無駄遣い」だなんて言われているけど、スタジオ内でも「このシーンに、こんなに枚数使うの?」って皆が度々言ってたよ(笑)

シューゴ:ウチが1本作るのにかけている予算が平均○○○だってのに、あのアニメその数倍予算かけているからね。でも元のコンテンツコンテンツだし、ジャンルジャンルから期待値低いし赤字確定。

マスダ:赤字がほぼ確定だと分かっていながら、クオリティだけは上がっていく過程はツラかったですね。

フォン:企画が少ないのは、元請けコンテンツにロクなものがなかったからだと上は言っていました。注目されている原作は他のところに持ってかれているか、既にアニメ化されていたりで。『女子ダベ』は競争もなくすごく安く入札できたので、その分の予算を割いたと言っていましたね。

シューゴ:だからって、その分の予算を一つのアニメに、しか期待値の低いコンテンツに割くかね。まあ、フォンさんが予算決めたわけではないから、ここで言っても仕方ないけれども。

フォン:一つのアニメが多少コケても大丈夫なように、予算ほどほどにして企画数を増やすってのが定石なんですが、上がこれ一つに数本分の予算割こうと言い出したときは何かの冗談かと思いました。

シューゴ:それで赤字になったらこちらのせいにしてきて、次にアニメの話あっても企画くれない、もってこれない。出資してくれる所もないって、バカじゃないかと。

マスダ:ほんと上の方々には企画の確保と、予算の配分はちゃんと考えておいて欲しいですよね。その割を一番食うのは下請け会社なんですから。それが杜撰なせいで潰れたスタジオも数年前にありましたし。

ーーえ、あのスタジオ潰れたのって、『暴力団サンタ』が鳴かず飛ばずだったからだと思ってました。

マスダ:あ、どのスタジオか分かっちゃいます? まあ、アニメのものの売り上げが多少悪くても、関連商品とかイベントなど、製作委員会によるリスクヘッジは用意してあるもんですからアニメが数本コケたくらいで潰れるようなら、それは持ってくる企画以上に、製作委員会がロクなもんじゃないとか、予算の配分がダメなんですよ。

フォン:まあこのスタジオも、そうなりかけてたんですけどね。特にヤバかった時期は、『女子ダベ』の制作も佳境なのに次の企画がまだ用意できていなかった頃です。

(#17-3へ続く)

2017-01-11

若手俳優(既婚者)のリア恋おたくであることに疲れた

推しが結婚をして数年経った。

私は相変わらずリア恋おたくを続けている。

既婚者への恋は不毛と聞くが、相手鳴かず飛ばず舞台俳優ともなると、不毛どころか地獄である

私は推しのおたく歴6年ほどで、出演舞台に全通したり、毎公演長ったらしい手紙を持っていったり、プレゼントボックスしょうもないプレを投げ込むだけのささやかおたくだ。

推しの奥様は女優で、かつかなりの頻度で推しと共演するため、推しの舞台に全通するということは、それだけ奥様を見るということでもある。

推しがツイッターに上げる◯◯が見に来てくれました!という写真にはその◯◯君を挟んで推しの反対側に奥様がおり、奥様のツイッターには後輩と戯れる推しが写った写真が投下される。

ささやかなりにリア恋おたくであるので、推しが別の女性にデレデレな様を見るくらいなら死んだほうがマシなのだが、死にたくないという気持ちよりも推しの姿見たさが勝り、推しと奥様のツイッターをチェックし、予想通り死ぬだけである

薄目を開けるなどしてなんとか推しの姿だけを見ようとしても、写真と同時に呟かれる非リア恋おたくな友人たちの「夫婦かわいい!」「□□と▲▲尊い;;(□□、▲▲には共演した舞台の役名が入る)」というツイートまでは避け切ることはできず、おめーらはりあこじゃねーからいいけどよ!!!と声にだけ出して(ツイートはせず)そっと画面を閉じる日々である



推しに認知されており(ひとえに多いとは言えない推しのファン人口のおかげではある)何十回も接触しているにも関わらず、私は巷で見かける #推しに言われたこと タグのような気の利いたことが一つも言えない。

忘れもしない数年前の初春、その日の接触も推しを前にろくろく舌も回らずどもり続けていると、推しが「そうだ!」と言って裏へ行ってしまった。

生粋ネガティブなのでプレでも突き返されるのか(推しは善良な人間なのでそんなことはしない)と最悪の想像をしていると、


推しが奥様の腕を引いて戻って来て、

「この人が☆☆さん!」と、推し。

「✖✖がお世話になっております!」と奥様。

「ともどもよろしくお願いします!」と、推し。


世間広しといえども推しに配偶者を紹介されるリア恋おたくは珍しいと思う。

動揺しておりその後の記憶は無い。



私は推しが結婚してもリア恋を続け、推しに奥様を紹介されてもリア恋を続けている。

リア恋と自称するからにはできれば推しと付き合いたいのだが、万一願いがかなってしまうとそれは不倫であり、リア恋とは別種の地獄へお引っ越し、というだけのことである


それでも私は引っ越しがしたい。

2017-01-07

http://anond.hatelabo.jp/20170107124627

頑張って考えたろうに全部鳴かず飛ばずで悲しいな

今回ヒットしてよかったな

調子乗るからよくないか

2016-09-13

http://anond.hatelabo.jp/20160913061641

そうかな。そういう例もあるかもしれないけど、俺が弱小作家なら

バカに目をつけられてとんだケチがついたとしても、鳴かず飛ばずよりは遥かに嬉しいと思うね。

誰の目にもとまらなければ腐っていくだけという状況だからこそ、

炎上でもなんでもいいから衆目に触れれば、真っ当な見方をしてくれる人の目にもとまるんだから

ネガティブ方向を気にしすぎなんだよ。

だいたい、そこまでネガティブ批判を恐れるような人は表現活動をしないと思うけど。

2016-08-22

JKのころピンク映画を見に行った

遡ること30年ほど前、

友人と3人で日活ロマンポルノ映画館に観に行った。

今考えてみると18禁なことが何でもしてみたかったんだと思う。

何故か練馬駅の成人映画館へ。

のちのちこの映画館大槻ケンヂの「グミ・チョコレート・パイン」に記述があったので東京中高生がこっそりピンク映画を見に行くメジャー映画館だったのかもしれません。

内容は豪華3本立て

1.高部知子のニャンニャン事件モチーフにした話。干されて「仕事をください。」って言いながらSEXしてた。

2.処女を捨てたい女の子の話。昔はグループサウンズやっててモテモテだったが今は鳴かず飛ばず歌手おっさん初体験をしてた。

3.蒲田行進曲パクリアニキ病院入院して看護婦に言い寄る。でも看護婦は見舞いに来ていた弟分が好きでアニキが毛じらみ持ちなのでアニキ下半身の毛を剃ってSEX。その後弟分と看護婦井の頭公園でアハハウフフと追いかけっこしてEND。

面白かったのでタイトルがわかる方がいらっしゃったら教えて下さい。

調べてみたのですがそれらしきタイトルが無かったのでもしかしたらにっかつではないのかもしれません。

思い返してみるとほとんどSEXしてないし女の子は脱がないしで今の若い子が見たら金返せって言うんじゃないの。

2016-06-17

1.0から学ぶJava

タイトルを見て釣られクマーな皆さんこんにちは

ホッテントリメーカーで作るような煽りタイトルって、みなさんもう見飽きてると思うんですよね。

今調べたらホッテントリメーカー2008年だそうで。どうりでねー。古臭いなーと思いましたよー。

「一から学ぶJava」ってのをね、1.0にするだけでこんなに素敵なタイトルになるんだから面白いですねー。

タイトルを思いついただけだったんですけど、思いついたらやっぱりちゃんと中身も書かないと行けないじゃないですか。やだー

面倒くさいんですけどね。ちょっと1.0から学んでみましょうか。

Java 1.0 1996年1月23日

Javaの1.0がリリースされたのは1996年1月23日ですね。発表されたのが1995年5月23日でJavaの誕生日といった場合にどちらを取るかで揉めることがあります。

かれこれ20年前なわけで、当時のパソコンというとハードウェアはCPU が Pentium 133MHz メモリ16M とかそんな感じだったかなあ。今どきの携帯電話の例としてiPhone 6sを挙げるとCPUが1.85GHz メモリ 2G ってんだから凄いですね。OSは1995年11月23日リリースされたWindows95とかそんな時代背景です。インターネットがようやく一般に普及し始めたところでしょうか。

今から思うと相当弱いハードウェアですけども、そろそろVM方式を採用しても良さそうな、そんな時代でした。インタープリタだと流石に遅い、でもC言語のようなコンパイル言語だと"Write once, run anywhere"とはいかない、という判断もあったのだろうと思います。Javaが純粋なオブジェクト指向言語ではなくintなどのプリミティブ型を持つというのは、当時のマシンスペックを考えた場合、ある程度妥当な判断だったと言えるでしょう。これが後々苦しくなってくるわけなのですが。

Javaを作った会社はSun Microsystems(サン・マイクロシステムズ)というアメリカの会社で、2010年1月27日オラクルにより吸収合併され今はありません。SolarisというOSとSPARCプロセッサでUNIXサーバーの販売で90年代後半までは一人勝ちのような状況だったと聞きます。当時にすでに「ネットワークこそがコンピュータ」(The Network is the Computer)というモットーを掲げてたんだからおかしい。1996年リリースのJavaが標準でネットワーク機能を備えていたのもこのあたりの思想から来ているのかもしれませんね。

当時のプログラミング言語としてC++が挙げられますが、C++でのプログラマへの負担といいますか、ヒューマンエラーの起きやすさといいますか、その辺を改善する目的で開発されたのがJavaだったわけです。

1996年の時点にこんな言語が登場したのですから革新的でした。

いろんな企業がJavaに賛同します。その中にはMicrosoftもありました。この時期、Microsoftは次期のWindows開発用のプラットフォームにJavaを据えようと考えていました。その後、袂を分かつことになるのですが……。

プログラム言語として構文などを見ると、C++を強く意識した構文なのは間違いなく、しかしポインタ演算を廃してポインタを機能を限定した「参照」に置き換えるなど簡素化が多く見られます。C++からはいろんな機能が削られています。関数ポインタ、構造体、演算子オーバーロードテンプレート((テンプレートについては実装が間に合わなかったという話を聞きます))などなど。そのためC++の劣化であるように揶揄する人もいますが、こうしたものを捨てて言語仕様を比較的小さくシンプルに抑えた点は評価に値すると思います。しかし、今でもこうした削減された機能を愛する人からはJavaを腐す要素として挙げられてしまうのでした。

Java 1.1 1997年2月19日

Wikipediaからピックアップすると1.1での大きな機能追加は

といったところです。当初よりJavaの内部文字コードUnicodeで文字を表すchar型は16bitで設計されていました。Unicodeは当時それほど普及しておらず、Unicode対応のテキストエディタさえ少なかったと記憶しています。時代を先取りしていると言えますが、大きな誤算はUnicodeが当初16bitのコードポイントに世界のあらゆる文字を格納しようとしていたことで、漢字圏の我々からすると16bit=65,536程度の空間に文字が全部入るわけないだろ!というものだったが故に早々に破綻し、Unicodeは21bitのコードポイントに拡張されることになるのです。これはまた後の話。

なんにせよ、日本語が対応されたのは1.1からで、日本でのJavaの採用が始まったのはこの頃からと言えましょう。

当時のJavaのGUIはAWTというものでしたが、これを用いたGUIの開発は当時は結構行われていたイメージですね。Visual BASIC でGUIを作るプロダクトも結構あったと思います。GUIのためのオブジェクト指向言語としてJavaが使われていたイメージがありますね。JavaBeansもそのための仕様でした。件のsetter/getterの話題に繋がっていくのですが。

JDBCはJavaとデータベースをつなぐインターフェースです。RMIではあるJava VMから別のJava VMにオブジェクトを送って実行する、といったことができます。こうした機能が用意されたことで、ソフトウェアフロントとしてのGUI、裏方の実装のためのネットワーク機能、データベース機能、さらにはソフトウェアを配布するためのJava Appletという布陣でJavaでのソフトウェア開発が加速していた時代といえます。

Microsoft Visual J++ もこの時代ですよ。

Java 1.1以降のバージョンのものは互換性確認のためにOracle Java Archiveからダウンロードすることができ、今でも入手することができます。もちろん、Java7ですら2015年4月にEOL(End of Life,サポート終了)となっているので、通常利用するのはJava8としてください(本稿執筆時点)。

当時のドキュメントを見るのも一興です。現在と比べると標準APIがかなり小さい。なお、当時のjavadocは今とはデザインが大きく異なります。

  • java.applet
  • java.awt
  • java.awt.datatransfer
  • java.awt.event
  • java.awt.image
  • java.beans
  • java.io
  • java.lang
  • java.lang.reflect
  • java.math
  • java.net
  • java.rmi
  • java.rmi.dgc
  • java.rmi.registry
  • java.rmi.server
  • java.security
  • java.security.acl
  • java.security.interfaces
  • java.sql
  • java.text
  • java.util
  • java.util.zip

この時代であれば、全パッケージを舐めて標準APIを学ぶこともそう難しくはありませんでした。この時代から触っている人間は新バージョンが出るたびに増えるAPIを順に学んでいけたのです。しかし、現代にJavaを学ぶ場合、どのバージョンでは何があって……というのをいちいち学ぶ必要はほぼありません。Java5以前は一緒くたでいいと思いますし、一部のAPIで歴史的経緯があってねーというのを知っていればおそらく十分ではないでしょうか。

Java 1.2 1998年12月8日

strictfpキーワード浮動小数点演算をやる人は覚えておきましょう。JavaはパフォーマンスのためにCPUの浮動小数点演算を扱うことが許されており、そのため実行するCPUによって精度が異なることがあるんですね。まあ今時のCPUだと大丈夫だとは思うんですが。

リフレクション機能ではJavaのクラスを抽象的に扱うことができます。設定ファイルに書かれたクラス名のclassロードして実行する……みたいなことができるんですね。フレームワーク的なものを作る場合には多用することになります。

1.2からは新しいGUIのSwingが採用されました。AWTがOSごとのGUIパーツを用いていたためデザインに違いがあったのに対し、Swingでは統一的なルック・アンド・フィールが用いられるようになりました。まぁ今ならJavaFXを使うのが良いと思います。

初期のJavaはやはりVM方式の実行速度の遅さが指摘されていました。実行時の構文解析を伴わないだけインタープリタよりは早いものの、実行バイナリを作るC/C++よりは遅い、そうした評価です。ここではサン・マイクロシステムズのVMにJIT(ジャストインタイムコンパイラ)が乗ったことが挙げられていますが、JIT自体は別の会社が先駆けて開発していたことは記しておきたいと思います。

JITコンパイラは実行時にJavaのバイトコードを環境のネイティブコードコンパイルして動かす技術です。この後、JITコンパイラ、動的再コンパイル技術、世代別ガベージコレクションを備えたHotspotといった様にJavaVMは進化していきます。現代では実行時の最適化が進み、大きなスケールで見た場合、Javaの実行速度はC/C++での実装と比べてそれほど遅れるものではありません。遅くても倍の時間は掛からない程度といったところでしょうか。

あとは特記すべきはコレクションフレームワークです。皆が多用しているであろうjava.util.Listやjava.util.Mapといったライブラリが整備されたのがこの時なのです。それ以前はjava.util.Vectorやjava.util.Hachtableというクラスが可変長配列の機能を一手に担っていました。今ではVectorやHashtableは使うべきではありません。

Microsoft 離反

Java の開発はSun Microsystems が主導していたけども、すべてがSunのものだったというわけでもなく。Javaには多くの会社が出資していてその中のひとつMicrosoftだったわけですね。

Microsoft の Visual J++ では delegate とか独自機能拡張もありましたけど、裁判で問題になったのは J++ でコンパイルしたclassファイルMicrosoftのVMでしか動かないという部分ですね(他社製のVMで動くclassファイルを作ることもできる)。classファイルがどこのVMでも動くの大事だろ、"Write once, run anywhere"だろ、お前何してくれてんの!と喧嘩になったわけです。当時のMicrosoftブラウザまわりでも独自拡張がやりたい放題、標準規格?なにそれ美味しいの?みたいなスタンスをあちこちで見せていたものです。

結局、この事件でMicrosoftのJavaはバージョン1.1相当でストップ。好き勝手にやれないなら独自に言語作るわーとばかりに.NET フレームワークと C# といった方向に舵を取ります。

JavaがPC上でのUI開発の主力になろうとした勢いはここで潰えます。

Java EE

Java SE とは別にこの時代に Java EEリリースされていることは特記しておきたいですね。これ以後、それまでのCGIに取って代わって、JavaはWebサービスの開発のプラットフォームとして多用されるようになります。

2000年あたりからはJavaはGUI開発というよりは、Webサービスの開発が主流という流れになっていきます。インターネットサービスが非常に発達していった時代、背後ではとてつもない量のJavaのプログラムが支えていたわけです。ただまあ、こうした産業利用は一般的ユーザーの目にはあまり入らないわけです。一般人からすればJavaといえばJava Appletみたいなイメージはずっと残っていたでしょうが、実体としてはJavaといえばServletという時代になっていたわけです。

企業で用いられる社内システムにもServletは多く採用されました。

理由はいろいろ挙げれると思うのですが

というのが大きな理由だろうと思います。JSPというテンプレートエンジンを用いてHTMLを整形してWebページを作り出す、というアーキテクチャある意味では便利で簡単でした。

もっともHTMLの表現力に足を引きずられるため、GUIの機能性という点では後退したわけなのですが。それでもメリットが大きいと判断されたのでしょう。というか、まともにGUIを組めるプログラマがほとんどいないから、GUIのシステム開発がなかなか成功しないってのもあったんでしょうけどね。

iアプリ Javaアプリ EZアプリ

2000年あたりというと携帯電話の普及も取り上げなければなりません。現代のスマホガラケーに比べれば非常に機能は貧弱で、まさに携帯「電話」でした。要するに電話とメールぐらいしかできなかったんですね。

そこにdocomoiアプリJフォン(ボーダフォンを経て現ソフトバンク)のJavaアプリ、auのEZアプリという携帯電話上でちょっとしたアプリが動くよ!というのが乗るようになってきたんです。これがJavaを組込み用途にコンパクトにしたJava MEというものが土台となっていて(正確にはiアプリちょっと違う)Servletと並ぶJava言語の大きなもうひとつの領域となっていました。

iアプリは当初は容量が10k byteまでといった制約があり、容量制限が非常に厳しかったのですが、新機種が出るたびに容量は緩和されていきました。

docomoiアプリ含めiモードによって一世を風靡します。こうした土台を作ると、その上で商売をしたい人がたくさんやってきて、勝手にコンテンツを作ってくれる。docomoはそれらから手数料を取るので労せずして大金を稼げるというわけです。賭場の胴元というわけです。

この賭場が、将来にAppleiPhone, GoogleAndroidに荒らされることになります。docomoがなかなかiPhoneを出さなかったのもiモードという自前の賭場を失うことを良しとしなかったためです。金づるを失ったdocomoSamsungと組んで独自の携帯向けOSであるTizenの開発に乗り出します。そんなTizenですが鳴かず飛ばず。噂ではインドあたりではリリースされたとか、なんとか。

RIA時代

話を2001年に戻しましょう。

Microsoft離反でGUIのプラットフォームとしてのJavaというものは存在感を弱めていました。この分野の復権に寄与したのはJava 1.4 (2002年2月6日)で導入されたJava Web Startです。

Java Appletブラウザ埋め込みで動作したのに対し、Java Web Startではブラウザから起動しつつも独立したアプリとして起動するのです。

Webシステムが企業の社内システムに採用された話は先に述べたとおりですが、やはりWebシステムのGUIというのはHTMLに引きずられて貧弱だったんですね。

端的に言えば入力値が数字かどうか?みたいなチェックがなかなか難しい。HTML上でJavaScriptでやるわけなんですが、なかなか気持よく入力できるような感じにはならなかったんですね。

また、Ajaxによるブラウザのページ遷移を伴わない通信というのが出てきたのも2005年ぐらいなので、入力値に対してサーバ問い合わせするようなことはできなかった。当時だと一旦画面遷移させないとできなかったわけです。

こうした事情から、クライアントサイド、要するにPC側でもっとリッチなUIが使いたい!という要望があったわけです。Webシステム使いにくい!という不満の噴出と言ってもいい。そこで出てきたのがRIA (Rich Internet Applications)というわけです。

Javaは1.0時代のAppletからそうですが、ネットワークを介して別のPCにプログラムを送り込み、そこで動作させるという能力を持っていました。それこそまさにRIAに求められる機能性だったわけですね。

RIAの代表とされるのは

あたりです。三つ巴の戦い、どこに軍配が上がるのか!?と注目されましたが、勝利したのはHTML / JavaScriptでした。

Google MAP で注目を浴びたAjax技術、それまでブラウザでは不可能と思われていた高級なGUIをHTML / JavaScriptで実現させました。もうやめて欲しいですよね。せっかく脱ブラウザの流れが来たと思ったのにまたWebシステムに逆戻りですよ。

RIAが失速した理由として考慮して置かなければいけないのはスマートフォンの台頭です。RIAでは端末を選ばずどこでも同じアプリが動かせる点がポイントひとつでしたが、スマートフォンではそうは行かない。"Write once, run anywhere"を破壊したのはスマートフォンだったというわけです。

しかし、先日インストールなしでアプリを実行するAndroid Instant Appsが発表されたりしまして、結局RIAの思想といいますか、要求というのは今でも息づいているのだなと思った次第です。

Java 5 (2004年9月30日)

1.3 / 1.4 では機能追加はあっても言語構文が大きく変わることはありませんでした。大きく変わったのはJava 5です。この時からバージョニングが変わって1.5ではなく5と表記されるようになりました。

Java5の特徴はなんといってもジェネリクス。それまでjava.util.Listにデータを出し入れするのにはキャストが必須だったわけですが、ようやくキャストから開放され型の安全度がぐっと高まりました。その他に以下のような変更があります。

言語としては随分変わっったわけですが、もうかれこれ10年以上前のことですからこれらの機能が「Java5から導入された」という知識は今となってはあまり必要とされません。これらの機能が使えないJava 1.4で開発をする事案が殆ど無いからです。0ではないのが悲しいところではありますが。

その後

Java 6 (2006年12月11日)がリリースされた後、Java 7 (2011年7月28日) が出るまでJavaは停滞してしまいます。その間にSun Microsystemsという会社がなくなってしまったためです。

Sun Microsystems の経営状況が悪化しており、ついに身売りをすることになりました。身売り先はIBMともGoogleとも噂されましたが結局2010年1月27日オラクル吸収合併されました。

Javaの停滞中にはJava VM上で動く非Java言語も台頭してきました。Scalaなどですね。

やや戻って2007年Androidが発表されます。Androidの開発言語にはJavaが採用されていますが、実行環境はJava VMではなく、ライセンス的な事情でJava(TM)は名乗らない微妙な位置関係にあります。

Java 5 以降で大きく言語仕様に手が入るのは Java 8 (2014年3月18日)です。並列処理を行うためのStream APIと、そのために簡易に関数を定義するためのラムダ式が導入された点が大きいですね。日付APIも刷新されました。

このように、Javaは1.1の黄金時代から今に至るまで利用ジャンルを転戦しながら産業の土台となって支えてきた歴史があります。ジャンルの趨勢により浮き沈みもあります。今後についても決して楽観視はできないでしょう。Javaを学ぶことはプログラミングを学ぶステップとしては意義はあると思いますが、Javaを学べばゴールというわけではありません。プログラム言語次世代へと移りつつあります。業界動向には注視していきましょう。

2016-06-13

青二才記事が気に入らない人はスルーするしかないのよー

http://anond.hatelabo.jp/20160612071123

おいおい頼むのよー

青二才ツッコミするならもうちょっと頑張れなのよー

青二才ツッコミどころ多い記事書くなんてことはみんな知ってんのよー

そんな雑なツッコミもう100万回はされてんのよー

うそんなんじゃ誰もよろこばないのよー

あなたは知らんかもしれないけど青二才って人はもう5年以上こういうツッコミどころのある記事書き続けてるのよー

もう昔からいる人はツッコミ疲れてるしありきたりなツッコミを見るのも飽きてるのよー

そりゃね以前は増田青二才バカ記事に対していかクリエイティブツッコミ入れるかが競われてたのよー

トラバじゃなくて増田からまれたのは、マジレスするやつはバカって風潮があったからなのよー

モヒカンが多いはてな村でも青二才ちょっかいするやつは青二才の心の病気を加速させるからダメっていう話になったのよー

シロクマ医師がそれなりにまじめにコメントしてたけど周りからちょっかい出すなと言われて断念したのよー

上小阿仁村みたいなものでわざわざ関わるやつはバカって扱いになるから恐ろしい恐ろしいなのよー

青二才自身最初はそうやってはてな村炎上PV集めに利用してたけどある程度人気が出てからは手のひらクルーして文句言うやつは通報するぞって言いだしたのよー

周りがいくら面白おかしくても自分へのツッコミで遊ばれてる本人は不愉快から当然なのよー

でも読んでる側としてはツッコミどころいっぱいの記事書いて批判するな通報するぞっていうのはちきりんと一緒だし興ざめなわけよー

記事単体ではツッコミどころ満載で、ツッコミがないとまともなコンテンツとして成り立たないやつがツッコミ拒否したらコンテンツとして終わりなのよー

そんなわけで青二才は一時期鳴かず飛ばずになってちゃんちゃんなのよー

ところがおもちゃとして無駄に読者数が増えてた事情を知らない新人が増えてからは、青二才はしれっとはてなの重鎮みたいな顔をしてまた出てきたのよー

新規参入人間にほめたたえられてるうちにだんだん勘違いするようになっちゃったのかもしれないのよー

その勘違い集大成が、自分レジェンドかいちゃう恥ずかしい記事なわけよー

そういう文脈っていうかー流れみたいなものを踏まえずにー真顔で誰にでもいえるようなつまらないツッコミをされても

から青二才を知ってる人は新人か?力抜けよって気持ちしかならないのよー

はてなの総意としてこの人はもうアンタッチャブルからマジレスしちゃだめなのよー 

今の青二才文章まじめに読まずにすごいですねーっておだててたらお返しにツイッター宣伝してくれるチョロキャラなのよー

そういう返報性求めてるやつばっかが群がって目立ってるだけだから気に入らないならスルーすればいいのよー

スルーするしかないのよー




fusanosuke_n 気にいるとか気に入らないの問題ではない。間違いだらけの記事を上げてそれを信じてしまう人がいる限り突っ込みを入れ続けないと社会のためにならない

そう思うならブログでやればいいのよー。

はてブで言おうが通じないことくらいわかってるはずなのよー。

そういうへ理屈中途半端にこの悪食な豚にからからどんどんぶくぶく肥え太っていくのよー



FTTH 本文に関係ないけど増田ゼロ見てる?

ベアトリスは語尾をのばさないのよー これは咲なのよー




Ri-fie ttp://anond.hatelabo.jp/20160102133922の人かな。

くそんな昔の覚えてたのよー。そういえばブログメルマガ宣伝するのやめてるけどまだメルマガ自体は続けてるみたいで偉いのよー(読んでる人が)

2016-05-27

[]「ナイト・ビフォア 俺たちのメリーハングオーバー

上半期の作品でもかなり面白かった作品なので、なんとなく備忘録的に感想を書いておく。シネマカリテでやってて気になって観に行った。これを書くにあたって調べたら2週間だけの上映だったと知った。もっとやっていいくらいに面白かったと思う。



30半ばの男性3人の群像劇主人公はジョゼフ・ゴードン=レヴィット演じるイーサン友達役にセス・ローゲン演じるアイザックアンソニー・マッキー演じるクリス仕事家族などの問題に対して、それぞれ岐路に立つ。



20歳クリスマスとき、両親を交通事故で亡くしたイーサンを慰めるため、親友2人(アイザッククリス)が「これからは俺たちがお前の家族だ!」と、毎年クリスマスイブを3人で一緒に過ごすようになる。しかし、30半ば。もうみんないい歳。いつまでも若かったあの頃のようには過ごせない。クリスマスを過ごすのはこれが最後と、それぞれが暗黙の了解で決めていた。そんな彼らが最後に過ごすクリスマスを軸とした物語



イーサンミュージシャンを目指していたが、鳴かず飛ばずアルバイトをして食いつなぐ日々。彼女には愛想を尽かされ、別れた。

アイザックは既婚者。奥さんが妊娠中。いい父親を目指し、育児本を熱心に熟読。

クリスアメフト選手。これまで思うような活動ができなかったけど、最後と今年にかける。



イーサンはわかりやすいほどのうだつの上がらなさだが、アイザッククリス事情を抱えている。親友同士だから互いの事情に気付ている。ただ、お互いがお互いの事情を知っているだけに一言、言いたい。けれども言えない。結果的酩酊ドラックで羽目をはずすことで本音漏れる。3人で衝突、周囲とも衝突し、3人とも自分を見つめ直していく。



アイザックのシーンでは男女とも共感できそうなものがあった。子供が生まれたらなかなか羽目を外して過ごすことはできないからと、アイザックは出掛けに嫁から各種ドラックセットを渡される。彼がドラックの力を借りて本音を炸裂させるシーンは男性だけじゃなく女性共感できるのではないかと思う。不安でいいんだ、と。


スポーツでは諦めの年代であり、他の分野では責任のしかかってくる年代、身を固めるには最後年代。考えてみればなかなか重い年代だけど、劇中小気味よく挟まれネタによってクスクス笑い飛ばすことができる。

2016-05-03

ゲーセンクレーンゲームに熱くなる親子を見た

お台場の大型ショッピングセンターでのことだ。息子がクレーンゲームのグッズに興味を示して、どうしても欲しいという。

クレーンで円形の底を流れている細かいグッズを拾い集めて、台に拾い上げるとプッシャーに押されて景品が手元に落ちるというやつだ。

しかも巧妙にグッズが積み上げられ、後ちょっと押せば積み上げられたグッズが一気に手に入るという罠が仕掛けられている。

息子がどうしてもというのでわたしもやってみたが、3回やって動いた距離を見るに少なくとも1000円はかかるであろうことが予想できた。

ここでやめれば300円はまるまる損だ。息子もどうしても欲しいという。

しかし、果たして1000円以上もかけてグッズ(このときトミカのチープ版だった)を手に入れる価値があるのだろうか。



横を見ると明らかに機嫌を損ねた若いパパさんが、子供を急かすように両替へと向かわせていた。

「もういくら使ったと思ってんだ!これで最後からな!」

このやり取りを見るに、すでにそれなりの額をつぎ込んでいるのだろう。

しかしたらわたしも1000円くらいでは取れないかもしれない。そう考えてダダる我が子を他のクレーンゲーム誘導してやり過ごすことにした。



ゲーセンの中をぐるりと見回して、やはり息子がどうしても欲しいというクレーンゲームに2~3度チャレンジしたがまったくもって鳴かず飛ばずだった。

子供現実を教える授業料だと思えば500円くらいなら惜しくもない。

そう思って再び先ほどのクレーンゲームに戻ると、なんとまだ若いパパさんはまだそこにいるではないか。

しかもさっきよりも明らかに機嫌が悪くなっている。

操作ボタンの前にしゃがみ込み、ボタンを押すごとに深い溜息をついていた。

子供はとなりで掛ける言葉もなく棒立ちだ。

あぁ、もうこの人は引けなくなってしまったのだ。



見た目はいかにも真面目そうで頭の良さそうなパパさんである

おそらくはギャンブルなんてものに全く興味がないのであろう出で立ちだ。

しかしたら毛嫌いしているくらいかもしれない。

しかし、得てしてそういう人間に限ってこうした局面において後に引けなくなるのだ。

おそらく彼の心理はこうだ。

今やめれば今までのつぎ込んだ金額が全て無駄になってしまう。

さらに、つぎにやる人間自分の出費を踏み台にグッズを獲得することになる。

それを思うと自分があといくら使おうとも、とにかく目の前の山だけは崩して帰らなくては気がすまないのだろう。

そこには子供の期待に応えようとする姿はない。でなければ子供あんな表情をしているわけがないのだ。



わたしは潔く500円を切り捨てた。

ゲームはさせてもらったのだ。息子と一瞬のドキドキを楽しむことができた。

それを損だと考えるなんて、意地汚い考えだと思っている。

なにせゲーセンの人たちも生活をしているのだ。運良く投資金額以上の景品を手にしてやろうだなんて、泥棒と同じだ。

かくいうわたしは自慢できる話ではない(本当に自慢できる話ではない)が、学生の頃にパチスロで小銭を稼いでいた時がある。

そんなわたしの姿を見て、男子学生数名が興味を持って何度か一緒に足を運んだことがあるが、真面目そうな人間に限ってのめり込んでいった。

相手商売であるあの手この手でのめり込むように仕掛けを用意しているのだ。

簡単にやめられると思っている事自体が間違いだ。

まわりまわってわたしの稼ぎになるのだから直接わたしくれればいいのに。といってもスロットの中の美少女のようなサービスは死んでも返してやらんがな。



ある程度の年齢になっても、こうしたことに免疫がないというのはいかがなものだろうか。

おそらくあの若いパパさんは使った金額に対して爪に血がにじむほど深く後悔をしているだろう。

それが原因でさらにああいったものに近づかなるかもしれない。

だけど、あの手この手で金をむしり取ろうとしてくるのがこの世の中ではないか。

ゲーセン方針やその時やめられなかった自分を責めるのだけでなく、自分がどのような心理に陥ってしまたか、次に陥らないようにするためにはどうしたらいいかということとしっかりと向き合わないと、遅かれ早かれ彼はまた同じ後悔をすることになるだろう。



わたしは隣接するアイスクリーム店を指さし、息子に使わなかったお金でおいしいアイスクリームを食べようと提案した。

息子はケロリとした様子で、満面の笑みで頷く。

なぜだか今日アイスクリームはいつもより少し美味しく感じた。

2016-03-10

どうせトランプなんてワイドショーネタにされるだけで選挙では鳴かず飛ばずだよwwwwwwwwwwwwww

とか言っててすいませんでした

2016-03-03

同人声優」の話

同人音声の闇的な話 http://togetter.com/li/944737

↑のブクマコメントを見ると誤解している人もいるようなので、プロでも発注側でも業界ゴロでもないが一応の事情を書いてみる。




声優」とは

大前提として、「声優」と「同人声優」では身分に大きな違いがある。


しばしば「声優には資格も何もない」と言われるが、実際には

声優事務所通称される、声の仕事に特化した芸能事務所マネジメント契約を結んだ人》

が「声優である例外的なケースを除き、アニメ吹き替え仕事声優事務所無関係人間が受けることはできない。


逆に、事務所契約した経験を持たない人とか、事務所と名乗っているが実際には声の仕事マネジメントする能力を持たない所に籍だけ置いている人は「ネット声優」「同人声優」と呼ばれたりするが、要するに「自称声優」であって、普通の人が「声優」と聞いて連想する、アニメ吹き替え仕事にありつける可能性はほとんど存在しない。

同人ゲームでも音声が付いている率が上がり、また、アプリも音声付きの物が飛躍的に増えたことで、声の仕事への需要は増え、声優ビジネス自体の変化などもあり、「同人声優から普通の「声優」への進路が多少は開けたように見える、かもしれない。その辺は長くなるので省く。




自称声優」はなぜ存在するか

これは簡単。「声優になれなかったから」である

現在日本一般人声優になる方法事実上一種類だけであり、専門学校養成所と呼ばれる専門の養成機関勉強して、卒業時に行われる「所属オーディション」に合格するしかない。

※一応、たまに行われている一般人対象にした大規模公募オーディション実質的にはアイドルオーディション)に合格するという道筋もあるけれども、これも合格後は結局はどこかの養成機関勉強することになる。



さて、養成機関勉強しても、声優になれるのはほんの一握りである

以下の数字モデル化して丸めものなので実数とは何割かの誤差はあるが、まあ、そういうフローがあると思って読んで欲しい。



このうちの「卒業しても声優になれない者:年間3800人」が本題である

簡単に言えばこの人達演技力か才能か外見上の魅力か才能かコミュ力か、とにかく何らかの不足があって、契約を勝ち取れなかった人たちである

その後の進路を更に書くと(再度断っておくが、モデル化した数字であって実数とは小さくない誤差がある)以下のようになる。



最後のものが「同人声優」「ネット声優である

全部足すと年間3800人より多いがこれは



などを含めたら、この位になる、という形である。前者は文字通りだが、後者については補足しておく。

先述のように声優志望者は極端に多く、声優仕事は有限であり、事務所としても芽の出ない人間いつまでも抱えておくわけにはいかない。

本人の人生のためもあり、見込みがない、と判断された人間は、一度契約しても1年とか2年で契約を切られることがよく行われている。業界としての正確な統計はないが、新人声優の半分ぐらいはここで契約を切られる。

最初契約した事務所に切られても、まれには他の声優事務所に拾われてそこで芽が出る人間もいる。が、9割以上の人間にそんなことは起きず、大人しく声優業を諦めるか、諦めずに「自称声優」になるしかない。




同人声優境遇

先に書いたとおり、この人たちは何らかの不足があって「声優」になれず、やむなく同人声優ネット声優になった。

ネットがなかった時代ならば問答無用引退するか、アマチュア演劇ぐらいしか身の置き場がなかったはずである

それが、音声付きの同人ゲームアプリが増えたことで、なんとか声の仕事が回ってきている、というのが実状である


当然、依頼する側にすれば「安く上げる」「無茶が通せる」以外で使う理由はほぼない。

予算があり、真っ当な仕事内容であれば、普通声優事務所に依頼して、知名度や実績のある普通声優を使えばいい話である

さらに言うと、声優事務所は自社や関連会社音響スタジオを持っていることが多く、そういう所に頼めば、多少の追加費用だけで、プロ編集して扱いやすく加工された音声データの形で納品してもらえる。


まとめにあるように『編集とかについてもやってあたりまえでしょ?が浸透しすぎてい』るのは当然だと言える。

「知名度も演技力もないのに使ってやっているんだ。編集ぐらいそっちでやってこっちに手間をかけるな」と言われても仕方ないぐらい立場が弱いということである



以上の内容はかなり単純化しており、実際にはそれなりにまともな事務所所属している人(がそちらでは鳴かず飛ばずに近いので、やむなく同人向け・成人向けの別名義で事務所を通さず活動している)や、それなりの数の作品に出て知名度やファンや定評をある程度掴んでいる人もいる。


それでも、実態としては、プロとしての自覚が持てず、クライアントの言いなりに使われる以外に選択肢がない人が多いのも確かである


「そんな仕事しか来ないなら辞めちまえよ」と言いたくなるのだが、もともと、

「お前声優にはなれねーよ」と言われてそれでも辞められなかった人が大部分なので、そんなにあっさり諦められたら苦労はない。


悪意あるクライアントからすれば、無茶を言って断られても代わりはいくらでもいるし、仮に酷い扱いで相手の心が折れて引退したり絶交されたとしても、養成所の卒業シーズンになれば、また新人自称声優いくらでも生まれるのが分かっているので気にならないのであろう。




「悪幣盛んに世に行わるれば、精金皆隠る」

本来、依頼主が真っ当な思考の持ち主であれば、ビジネス継続性を考えて、演者とはきちんとした信頼関係を構築しようとするはずである。が、そういうところは当然、一度信頼関係が築けた相手との関係を重視することで、結果的に新しい人に依頼する率は下がる。


一方、悪質な依頼主は、言いなりになるような弱い相手を求めて数打ちゃ当たる戦法で声をかけまくることができる。彼らはジャンル愛着も何も持っておらず、

「こっちの水は甘そうだ」と「超低コストで労力も最小限で作れそう」だから手がけているだけである。こういう手合いにクリエイターとしての自負心や、演者へのリスペクトなどを求めても無駄である。評判が悪くなっても、儲かりそうなうちはサークル名や表向きの代表者を変えて同じ事を繰り返すだけだろう。


まり無茶な依頼には、受ける側が毅然として対応するしかない。

だがしかし、それだけの「余裕」を持っている人はそうそうおらず、強く出られるとつい受け入れてしまいがちである。そういう人に

プロとしての自覚を持って無茶なクライアントは断れ」などと説いてもある意味では無駄であるシャア

「ならば今すぐ自称声優ども全てに仕事を授けてみせろ!!」と言い返されるのが関の山だろう。


繰り返しになるが、プロ、つまり本当の声優になれなかった人が、それでも諦めきれずにしがみついているのが同人声優というポジションである他人から「お前プロにゃなれねーよ」と言われた経験がある以上、自己評価が低いのは仕方ないことである

それに、そのまま何の仕事も受けなければ「自称声優」でしかないのが、どんなデタラメクライアントからでも依頼を受けて仕事をすれば、その間は確かにプロであると感じることができる。うがった言い方をすれば、契約トラブルで揉めるのだってある意味でとても「プロっぽい」イベントである



このような構造では、抜本的な解決策は望めない。ジャンル自体が下火になって、業界ゴロっぽい連中が減れば被害も減るだろう、程度のことしか言えない。闇である

2016-02-08

http://anond.hatelabo.jp/20160207203750

研究者を志さずに諦めた、俺と諦めなかった人の10年後の現在

俺、私立文系私立文系大学院歴史専攻)

10年前、無目的大学生だった自分歴史研究出会った。それが滅茶苦茶面白くて、そのまま大学院でも研究したい旨、教授相談したところ、「絶対研究者を志すな、ネットでもいろいろ話題となっているかもしれないけれど、研究を続けても正規研究者になれないぞ、親が大金持ちじゃないかぎり耐えきれなくなって発狂するぞ、ただし、大学院を去って就職するなら、修士課程の2年間だけは就職する前提で面倒を見るよ」、と言われた。

実際、歴史研究とは全然関係ない色々な教授を紹介してもらったし、それが今の仕事ダイレクトにつながっている。

で、教授のすすめに従い大学院1年目から就活をして東証一部上場企業普通に就職した。

一方、苦しそうにそのまま大学院研究を続けた人達がいた。


当時、自分には選択肢は無かった。これ以上奨学金を借りることも非現実的だと感じた。

今にして思うと、厳しい現実に向き合っていると自称している人達は、なれもしない研究者に憧れていただけだった。

そしてそれから10年が経過。現在の状況が分っている人はほとんどいない。

多分実家に帰って鳴かず飛ばずだと思う。Facebookすらやっていない。

就職した人が1人いることは確認できて、一昨年くらいにメールした。

俺の今は、新卒で入った会社から1回転職して手取りが倍になった。学生時代から恋人結婚し、子供も2人いて、もうすぐ郊外に家を買う。

年下ばっかりの新入社員研修から始まってパワハラ上司とか犯罪寸前の関係部門とかアホアホクライアントとか発狂しそうなことがいっぱいあったけど、なんとかした。

これらはあくまで俺が大学大学院所属した私立文系大学大学院のみの状況。国立理系だったらまた別の結果になるんだと思う。


教授の話では、大学院に残った人は誰一人研究者として一本立ちできずにその後非常に厳しい結果になるということだったが、現実はその通りだった。

現在、俺と残った人ではどっちが上か。

確認できない人たちとは比較すら出来ない。

俺は楽しいこと、やりたいことだけを存分にやらせてもらった。

修士課程はたった2年間だけど、不思議ハンターみたいな歴史的発見もできたと(俺と指導教授けが興奮するような超マニアック発見。「これを論文にするときは一応お前への謝辞をくっつけとくよ」と教授が言ってた)。

やりきった。


10年前の俺に言いたい。

人生、手元のカードで戦うしか無いんだから言い訳だけはするなよ。」

「“@@だからできない。@@なのでしたくない。”とか、言い訳だけはするなよ。」

「ただ、できない。やらない。したくない。で十分だ」

「一度でも言い訳をすると、それがお前の魂の奥底にへばりついて、絶対に離れなくなるぞ。それをお前は知っているよな。」

「歯を食いしばっていこう」

2016-01-19

今日SMAPは神になるチャンスを棒に振った

木村挨拶に続いて、メンバーが語り始める。

皆んなが台本どおりの謝罪をし、中居言葉が終わりかけた時


「おい、ちょっと待てよ!」と木村


木村「お前ら本当にこれでいいのか?このまま終わって、頭下げて、それでいいのかよ?」


ハッとするメンバー


中居・・・そうだよな。わかった。

みなさん!聞いてください。

俺たちはこれからジャニーズ事務所SMAPとして活動していきたいんです。その気持ちは本当です。」


香取「俺たちはジャニーさんに認めてもらいデビューしました。

でも、最初全然鳴かず飛ばず事務所からも放ったらかしにされてました。」


草薙「そんな俺たちを飯島さんは本当に一生懸命支えてくれ、ここまで大きく育ててくれました。」


稲垣「俺たちはそんな飯島さんを裏切ることはできません。

そして、僕たちを守ってくれたジャニーズ事務所も、裏切れません。」


中居「でも、今回のメリー副社長のやったパワハラだけは、許すことができないんです。

権力を笠に着て飯島さんを追放するような人の下で働くことはできません。」


木村「だからメリーさん。謝罪してください。

僕たちにSMAPを続けさせたかったら、飯島さんにパワハラ退職強要したことを謝罪し、今後そのようなことをしないとテレビの前で誓ってください。

それが俺たちが解散しないための絶対条件です」


中居「もし、俺たちを解散させるというなら、それは仕方がありません。事務所意向として受け止めます

僕たちが辞めさせられる事でイベントテレビ番組CMなど、本当にたくさんの方に迷惑がかかるかもしれません。

多額の違約金も発生するでしょう。それもすべてメリーさんの謝罪にかかっています

ファンの皆さん、スポンサー各社のみなさん、パラリンピック委員会のみなさん、政治家のみなさん、どうか力を貸してください。

メリー副社長が力で僕たちを押さえつけるなら、みなさんの声を、もっと大きな力を僕たちにください」

木村「僕たちはアイドルとして、みんなに夢と勇気を与えることが使命だと思っています

パワハラで部下をクビにするような人に負けてしまったら、権力に屈して謝罪してしまったら、僕たちはその使命を全うすることができません。

僕たちはこれからジャニーズ事務所SMAPを続けたいんです。

から、これからもまっすぐな気持ちで、笑顔で皆さんの前に立てるよう、応援してください。


メリーさん、謝罪してください。正しいことをしてください。

そして報道各社の皆さん、ジャニーズ事務所から圧力に屈せず、勇気を持って正しいこと、本当のことを報道してください。」


SMAP「これが、僕たちの正直な気持ちです。ありがとうございました。」

ーーーーーーーーーーーーーーー

・・・という熱い展開を期待したんだがなぁ。

2015-12-22

2015もっとみんなに読んでもらいたかった増田10

増田です。選んでみました。



品乳が好きだ。8user

渾身の熱意と愛情を込めて書いた。きっとNGワードに引っかかったんだよね(白目)



初恋は笹舟にのって5user

この頃とくに鳴かず飛ばずで思わず手を出したうんこネタしかも恥ずかしい過去リアルに綴った上に滑った。伸びないほうが幸せだった。



人に迷惑をかけてはいけないっていう教育はやめるべき12user

色々な願いを込めて書いた。でも、本当にこういう世の中になってほしいと祈っている。



昨日目撃した2人組量産型ブス。0user

応援歌のつもりで書いたけどブスって言葉はやっぱりよくなかった。最後のほうでもっと壊れたほうが良かったのかもしれない。



まだら鱗粉12user

こういうの書いてみたかった。



柳に雪折れなし2user

いじめっこ問題が取り沙汰された頃だと記憶している。自分なりの応援歌を書きたかった。



小さいころ幽霊みたいなものが見えた0user

ミステリーを書いてみたかった。



天使の羽4user

爽やかに下衆く決めたかった。



投稿した前後の増田がホッテントリすると1user

源平討魔伝を扱った記事を見つけた嬉しさに任せて書いた。



鳴り止まぬバラードとB!の嘆き3user

ロック文章にあこがれて書いた。



全部自作です。沢山ブクマ頂いた増田割愛しました。

今年は1000超え1回、900超え2回、700超えが3回くらいでした。

全部ノウハウもので、残念ながら増田純文学はいいとこ200が限界でした。

今年も一年ありがとうございました。来年も、みなさんに読んでもらえる増田を目指したいと思います

増田11人集に空席できるのを待ちわびております

2015-11-09

消失点を意識すると写真もっと上手くなる

前回のアイレベルは全く鳴かず飛ばずだったけど、今回も頑張るよ。

実はこの消失点はアイレベルとも密接な関係のあるキーワードなのだ



ブレの無いピンボケのない写真が撮れるようになってきた。

でもなんとなくつまらない、今ひとついい写真にならないっていうレベルの人に向けた内容だよ。



消失点というのは写真の奥行き感を演出するための要素です。

写真の奥行き感は主にこれとピントで決まります

いわゆる遠近法で使われる言葉で、最も奥行きがある場所、奥行き感が消失する場所消失点です。

からない人は遠近法でググッてね。



さっきあげたレベルの人というのは、言い換えると被写体はうまく撮れるようになった人と言えます

それならば、次に大切になってくるのは背景の要素というわけです。

ここで構図の鉄板と言える三分割法を思い出してみましょう。

あなた3分割のラインが交差する部分に被写体を置くようになりました。

それによって、開かれた空間が生まれるようになります

この開かれた空間こそが、写真ドラマ演出する空間になるわけです。



まずは手始めに被写体と対になる交点に消失点を持ってきてみましょう。

奥行ある風景の中に、被写体が浮き出てくるような写真が出来上がりました。

では次に、被写体の真後ろに消失点を持ってきてみましょう。

被写体から放射状に広がる風景が、何か神秘的な物語を語りはじめそうな写真が出来上がりました。

このように、遠近法によって描かれるパースは、被写体を取り巻くストーリー物語り始めます

また、こうしてパースラインが描かれることによって、写真を見る上での視点の動線が作られるようになります

背景→被写体と、見る側の視点が迷うことなく導かれることによって、見る側の違和感が解消されていくわけです。



さて、何も消失点は必ず写真の中に収める必要はありません。

例えば消失点のない左右に平行な線が描かれる写真は、奥行き感の惑わされる不思議写真として描き出されます

このように消失点とは、奥行き感という演出を加える大切な要素なのです。

アイレベルでも触れた話ですが、子供写真を撮るときに大人が直立のままシャッターを切ると消失点は写真の遥か上方向にあることになります

せっかく愛らしい子供が映った写真なのに、その背景はただでさえおもしろみのない平坦な地面がさらに奥行き感の失われたつまらないものになってしまうわけです。



あなた写真ドラマと奥行き感を演出する大切な消失点。

これを積極的に取り入れて、あなた写真ステップアップ!

2015-10-19

消滅会社 AppBankGAMESを終えて、の解説

これは一行で要約すると「ソシャゲブームに乗っかって、リッチでつまんない課金ゲーを作ってブラック労働させたら、会社人間関係崩壊した」というだけの話。

かつてはアプリを作っていれば成功するイメージがあったけれど、最近悲惨なケースも表になるようになりました。

今は「海外に行けば成功信仰があるので、数年したら海外行って野垂れ死んだ話が流行ると思います

誰が争ってるの

消滅会社 AppBankGAMESを終えて・ゲーム作りで大事なこと

を書いたのは、元スクウェアゲームプログラマ代表作はなさそう。聖剣3など有名作品に関わってはいる。

iPhoneアプリブーム黎明期にiNinjaが国内外で中ヒットくらいして、会社を興したことで著名。

あとは国内Unity第一人者でもあり、今ではその辺に転がってるUnity日本語書籍を初めて出した(オライリーウニ本)人でもある。

A-Liaison BLOG: AppBank GAMESを退職していました

を書いたのは、初期はGAEshinobi記事を書いていた頃)、その後iPhoneアプリ開発者として情報発信して有名になった人。

当時の所属はB社という、技術者技術者のために作ったPythonistaの会社で、こっからソシャゲで一発当てるためにブラックに行ったのは悲しい話。

(ただエントリ見るに、受託ビジネスに嫌気が差していた感じが滲み出ているが)

公開情報確認できる範囲で、2014年末の所属は某通話アプリで有名なL社で、G社に行ったっていう話は聞いたことがないけど引き抜かれたの?

今の著名エンジニア情報発信量が下がったら、L社かクッ社のどっちかに入ったと考えてよい。

渦中のI氏については、ゲーマー視点で見るかエンジニア視点で見るかで評価が変わりそう。

結局のところなんなの

宮川氏としてはかつて自分が第一線だったUnityの界隈で教えを垂れているI氏が、自分会社崩壊させたという被害者意識で許せないんだろう。

斧氏としては自分ディレクターとして抜擢してくれたI氏に全責任押し付けて、ブラック環境労働させた上、

退職直前に書いたコードが吊るし上げられていることが技術者として逆鱗に触れたんだろう。

そういうわけでどっちも鵜呑みにしないのが良いと思われ。

AppBank GAMESはずっとヲチってたんだけど、「海外招待頂くほどキレキレ」という時代からスタートアップ特有の過重労働なオレらに酔ってる雰囲気があったので、

ダンジョンアンドゴルフ鳴かず飛ばずだった(マックスむらいAppBankで何度もテコ入れしてもうんともすんとも言わない)時点で、なるべくしてなったなーって感無量です。

ゲーム感想

ダンゴルはパンヤからキャラの魅力とユーザコミュニティを取り去った、長期的に見ると何が面白いのか理解できないゲームだった。

当時作りこまれゴルフゲーは他になかったかブルーオーシャンだと信じて飛び込んだのでしょう、そしたら見事な血の海を作り上げたのですからこれは喜劇です。

それに比べるとトキラビはまだ可能性を感じたんだけど、課金を促すための露骨施策執拗過ぎて、KPIKPI呟きながら作ってそうだなーって印象しかない。

その他の登場人物感想

I氏はかつてのゲーム栄光時代好きな人にとっては、経歴語りが大変ウザく、隙あらば燃やすって人が待機してただけに今回の燃料の役不足にはガッカリした人が多いだろう。

また、マックスむらいは結局流行ってるゲームに乗っかって芸人をやっているだけで、いくら頑張ってもつまらないゲームがヒットさせるほどの影響力はないという事実が分かる。

2015-10-14

ハムスターを箱詰めにして殺すはしごたんが泰葉っぽい

悪意があるとか上から目線とか本気で気にするはしごたんじゃないだろ

あれだけ悪意あるエントリ量産しまくって上から目線で子持ちを叩いてるんだから、人に礼儀配慮要求できる立場じゃないことは重々承知のはず。

そもそもズイショのエントリーにははしごたんらしき人物が現れない。

しろ俺をちゃんとネタしろよ!と怒っていたんじゃないかな。それか賠償金搾り取って未納にしてる家賃に当てるとか。

なんにしても念仏に出来るネタもらって感謝してると思うよ。おかげでやっと本格復帰できそうじゃん。

 

スーパー殺意満々でうろつくはしごたん

いつ犯罪者に変わるかわからないほど、毎日子連れ若い主婦に対して「殺したい」と思っている。誰でもいいんだ。潰れてしまえばいいのに、そしてベビーカーの中の赤ん坊もこの手でわし掴みにして壁にたたきつけて二度と… その可愛い声を出すこともないように、ただの肉塊にして、いやミンチ状態にして、肉コーナーにパック詰めして100円くらいで売り飛ばして「ザマアミロ!」ケケケ、お前らの愛の結晶なんざ、俺にとっては何の価値もねえゴミ以下なんだ…!ってことを、いつか思い知らせてやりたいと思いながら、とりあえず生きてる感じだな…

 

毎日子連れ若い主婦に対して「殺したい」と思っている←思っているだけであるが… (※閲覧注意)。

http://kuroihikari.hatenablog.com/entry/20120511/p1

 

気に入らないハムスターを箱詰めにして飢餓発狂衰弱に追い込むはしごたん

俺はハムスターが好きだ。安いし、犬みたいにうるさくないし、死体の処理も手間がかからない。これからハムスターをとっかえひっかえ飼ってゆくつもりだ。

独房生活 ~天使の面と悪魔の面

http://kuroihikari.hatenablog.com/entry/20061125/1164433888

死んだあとは自然現象のように語るはしごたん

先日の記事で述べましたハムスターが死亡しました。

俺が気付いた時には既に、目を開けたまま横たわり、呼吸が止まっている状態でした。やはり不衛生な監禁生活が良くなかったようです。

 

黒い瞳

http://kuroihikari.hatenablog.com/entry/20061206/1165348301

 

こうやってがんばってがんばって異常性をアピールしたのに鳴かず飛ばずで、現役に粘着するも相手にされず

「そうだ!子持ちに恨み言をいってみよう!2008年のように!」

と書いたエントリーがやっと非難うごうのブクマが集まった。

 

金髪豚野郎」で一斉を風靡した泰葉が「フライディチャイナタウン」を熱唱したように、はしごたんは歌う。

かつて大ヒットしたあの歌、「『子供が産まれて感動した』『おめでとう!』…がどんだけの男女を無気力にさせているか少しは考えろ」を。

そして「ある個人史の終焉」で幸福家族ネット人生を潰したあの日のように、ズイショが潰れる夢を見る。

 

でも今回のはしごたんはトピ主さんに擦り寄ったり、電子書籍を出そうかなやめようかななんて色気を出したりで売名が透けているんだよな。

その辺も泰葉っぽくて、帰ってきたはてなアイドルらしいと思う。

 

繊細チンピラ当たり屋を満足させる謝罪なんてねえよ。

相手にしないのが一番だわ。

はしごたんに「相手にされなかった自分」という新たなアイデンティティを与えてやれるしな。

 

http://anond.hatelabo.jp/20151014112250

2015-08-22

日本Web技術界隈著名人の残念さ具合

日本技術者結構割合はてなを見ていると思う

そういう中で有名な人、について分析をしてみる

人気は勿論わかるんだけど、実績で見ていってみて、冷静に、どういう点で有名になって、今何が凄いのか?という点について考えてみる

### 伊藤直也

新卒ニフティはてな転職して、ブログ時代に知名度をあげる

はてブを作って、はてブユーザにとっては神なのかもしれない。はてなCTO

その後、グリー転職し、スマホ事業部長。2015年の大赤字化したグリー

経営問題はあったのかもしれないが、明らかにスマホ事業の苦戦はスマホ事業責任者であった、伊藤直也氏が作ったものだと言ってもおかしくはないと思う

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1009/07/news070_3.html

http://image.itmedia.co.jp/news/articles/1009/07/yuo_naoya_04.jpg:image=http://image.itmedia.co.jp/news/articles/1009/07/yuo_naoya_04.jpg

そして、今はフリー、とかいって優雅に寿司を食いながら技術系の人にインタビューしたり、技術顧問かいって格好をつけているけど、新しい技術にちょこっと手を出し、マスターしたつもりになっているだけで、肝心のプロダクトを出して、それがヒットしたとか、そういうものが無いので、正直何が凄いのか分からない

知名度だけが先行して実力が伴わなかった最たる例であるように感じる

はてな自体PVキーワードリンクスパムはてブブックマークページのペナルティ扱い等、伊藤氏が作った仕組みによって、大きく下落していることも忘れてはいけない。

### 宮川たつひこ

ライブドアブログを作った後シックス・アパート転職

MovableType潰して、Plagger鳴かず飛ばず

http://kessan-kanpo.blogspot.jp/2015/06/13.html

食えなくなったので、Cookpadに逃げ込んだ、というイメージ

この人も人気はあるにせよ、技術観点以外での実績というものがない

### あまちゃん

技術系の人に人気があった、というだけで、具体的に何をどうしたとか、JavaScriptを作った人でもないのにそれっぽく扱われている事にかなりの違和感があった。

ヒットプロダクトがずーーーーーーっとない状態。お花のFacebookプレゼントサービス鳴かず飛ばず

新しく作ったサービスも、200万PVを超えたとかいうことでニュースになっていたけど、200万PVでは到底食えないし、日本トップサービスPVからしてみれば誤差の範疇

http://jp.techcrunch.com/2014/04/21/140421-kactel-pictory/

一向にiOS版が出てこないし、やはりプロダクトを作るのに向いてない人なんじゃないのって思ってしまう。

というか、センス無いよ、と思い続けて5年以上、やっぱりセンスなかったな、という印象。

----

まあ要するに私がいいたいことは、人気、知名度と実力は必ずしも一致せず、

本当にトップサービスやヒットサービスをやっているような人ほど、いちいちブログなんか書かずにプロダクトに集中したり、コードを書いているよねっていう話です。

10年も前からはてな界隈では有名人だけど、今は没落している人が多いように感じるのは、実際の所、実力が無いのに過剰評価されていたことの証明だとは思う。IPO直後の株価のように、やはり実態は平均化される。

勿論、人気も実力のうち、であることは承知してはいるが、実力がないのに過大評価されている状態を見ると、なんとも残念な気持ちになってしまうのでした。

2015-07-31

私が増田になってゆく

増田を始めたきっかけは、なんとなく、だった。

先にはてなブログ登録していたもの鳴かず飛ばずで、なんとなくはてなブックマークも始めて、なんとなく匿名ダイアリーを覗くようになっていた。

アノニマスダイアリーから増田と呼ぶのだということすら、当時はまだ知らずにいた。

好き勝手なことばかり書いてあるみたいで、なんとなく、自由がここにあるような気がした。

なんとなく、ちょっとした出来事を書き込んだ。

ブクマがついた。

しかった。



それから日常のどうということない思いつきや、過去のあんなことこんなことを少しばかり脚色して書き込んだ。

ブクマがつかないこともあるけれど、それなりにたくさんのブクマをつけてもらえることもあった。

調子に乗った。

実体であること、日記であることを心掛けていたつもりだったけど、少しずつ箍が外れてきた。

妄想空想、どこかで見聞きしたようなこと。

できるだけおもしろくなるように、できるだけ共感してもらえるように。

時には煽るように。時には見下すように。

こういうエントリーはあの人なら好きなんじゃないかな。

こういう変化球はどうだろう。



自分日記、記録として書き始めたはずが、いつしかブクマカの人たちにいかにしてブクマしてもらうか、という目的意識に変化していた。

怖くなった。

自分意思はいったいどこにあるのだろう。

はてな匿名ダイアリー」には、無数の、多様なエントリーが並んでいる。

私のエントリーもその中に溶け込んでいる。

もはや私が書いたものか、他の誰かが書いたのか、見分けがつかない。

私が書いたわけでもないのに自分が書いたように錯覚することもあれば、

自分が書いたエントリーでも自分が書いたという実感がないものもある。

私の日記の一覧を見ることもできるけれども、本当に私が書いたものなのかあやふや文字列ばかりがずらずらと並んでいる。



増田とは有象無象の集合意識の総体だ。

誰もが増田であり、増田はどこにでも存在する。

時に夫であり、時に妻であり、時に上司であり、時に部下であり。

あそこのあの子も、向うのあの人も、みんなみんな増田だ。

世界増田で満ち満ちている。

増田とは一にして全、全にして一、王蟲のような概念だ。

私は増田に触れてしまった。

私が増田になってゆく。

2015-07-01

新人を育てられる漫画編集

編集部を異動することになったので、若手の編集と一緒に飲みに行くことが増えた



そいつ担当している新人鳴かず飛ばずだという話を聞き、

新人の育成について話をしていたのだが、

どうも若い編集は「アイデア出しに非協力」なやつが多い



放っておけば大どんでん返しや、すごい設定が思いつくと考えているようで、

そりゃあ鳴かず飛ばずだわと思った



確かにほうっておくだけで素晴らしいキャラや話を生み出せれば最高だが、

そんなのは本当に才能がある人しかできない

から俺達は打ち合わせで「こんなキャラがいい」とか「こんなトリックはどうだ?」というアイデア提供するんだ



それは「アイデアをそのまま使え」という意味ではなく、「アイデアってのはこんな風に考えるんだよ」という、

考え方のトレーニングなんだ

考え方を学んで、アイデア自分なりに調理して話に、キャラに組み込む。それが大事なんだ


新人のうちからこれをやっておくことで、ダメ担当に変わったとしても、自力で話が作れるようになる

売れっ子作家新人編集がついても大丈夫なのは、そういう理屈なんだ



そもそも「話がいいか悪いか」なんて、新人友達や、なんちゃって批評家でも出来る仕事なんだ

俺達の仕事批評家ではなく、いかにして面白い漫画をつくる手伝いをするか、だ



から作品ネタでもいい、例としてどんどんアイデアネタ提供してあげて欲しい

それが雑誌未来につながるんだ

はてな村奇譚が毎日ホッテントリに入ってウザいって言ってた人らって

はてなブロガー毎日漫画企画毎日ブクマしてホッテントリに入れてるのに鳴かず飛ばずな現状をどう思ってるんだろ。

おなじブロガーがやってると叩かないのかな。日和見だね。

それともはてな村奇譚平均50ブクマに対して、ホッテントリに押し込んでも10ブクマ行かない影響力の無さに黙っちゃってるのかな。

2015-06-16

岩松了は胡散臭くて好き

インスタント沼をさっき見た。

茨城土浦あたりのぶっ飛んだ謎の町工場を借りて、撮影。胡散臭さをより感じさせる感じが、すごい岩松了に似合ってた。




麻生久美子演じる主人公編集長を勤めていた雑誌が「HATENA

都会の女性向けファッション誌。売り上げは鳴かず飛ばず。なぜだか心霊特集をくむなど、突飛なことをやったもの廃刊

この辺の下り楽しい

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん