はてなキーワード: 東海道とは
来月で25歳になって、被選挙権を得る俺が本気で日本を立て直すための戦略を考えてみた。
・法人税減税。
・消費税増税。どう考えても仕分けや埋蔵金みたいな小手先の策で対応できるとは思えないので、
・札証、名証、福証等の地方取引所、東工取、東穀取のような商品取引所を大証に統合。
大企業中心の東証に対する、地方、新興、商品主体の取引所に再編。
・製造業の大規模投資の税制優遇。韓国台湾のハイテク産業に対抗する。
・林業の近代化。林道整備、機械化、製材所、流通経路を含めた改革のバックアップ。
北方領土は2島返還で手打ち。経済水域は割と広いので名を捨てて実を取る。北の備えを南西にシフト。
・本気で常任理事国を目指す。新興国にインフラ売り込みをがんばる。
・FTAの推進。同時に利権の温床になっている中小農家の淘汰してJAを解体。専業農家、企業参入を優遇。商品作物輸出を図る。
・ミサイル防衛の推進。
・核武装はしない。維持費用がヤバイのと、不謹慎な話だけど世界で唯一の被爆国という立場を外交に生かすため。
・次期主力戦闘機はF-35を買う。三菱にはT-4後継の練習機の生産で仕事を維持。同時にこっそりF-3開発推進。
・F-35はVTOL型を購入して、いざとなったらDDHを軽空母にするぞというポーズを取る。
アメリカ空母で着陸訓練をさせてもらう。ただし、本気でやばくならない限り軽空母保有はしない。
・普天間基地の下地島移設。基地問題と防衛力維持の両立を図る。
・陸自のヘリの国産化。UH-X、AH-XはOH-1ベース。がんばれ川崎。
・若年層が高齢者を支える仕組みは限界だと思うので、同世代内の相互扶助の仕組みみたいなのができないか考えてみる。
・少子化なのに小児科医、産科医の不足、保育所の不足。よくわからないので詳しい人に頼む。
具体的には、
・首都圏高速道路網(圏央道、外環道、中央環状道)の整備。渋滞の緩和
・中央リニア完成と同時に伊丹空港を縮小してビジネスジェットの拠点に改装。国内線は関空に。
・なにわ筋線を建設して関空アクセスの改善。関空を西日本のハブ化。
北陸は名古屋とのアクセスを考慮して米原ルート。リニアがあれば東海道のキャパも問題なし。
石油・天然ガスの中東依存脱却と、製造業の競争力強化の観点で考える。
・地球環境変動のメカニズムを研究するための衛星、スーパーコンピュータ予算を増やす。
・ただし京速計算機みたいな無駄遣いはしない。東工大のTSUBAMEみたいな効率的なヤツをたくさん作る。
・安全保障と絡めて、早期警戒衛星の開発。ミサイル防衛の強化と宇宙開発の官需を作る。
・というか、有人宇宙開発やろうぜ。
・大規模な風洞実験室を北海道に整備。航空宇宙産業の強化と、地方振興を同時に図る。
・これらの財源は、排出権取引みたいな馬鹿らしい枠組みから離脱して捻出。
・レアアース代替材料の開発推進。
・広い領海を生かして海洋資源の調査推進。
・まともなNPO/NGOが活躍できる仕組み作り。昔バイトしたときの経験から考えて、
名誉欲の強い定年退職じじいや、勘違い主婦、自分探しの若者しかいないのが原因。
まじめな失業者や無職がNPO/NGOに参加していると職歴として認知されるような空気を作る。
最近警察がやってる路上駐車の取り締まりや、飲酒運転の罰則強化なみにしつこく政府広報すれば空気は変わる。
解雇規制の緩和するからには引き替えになる政策が必要だし、起業の増加につながるかもしれない。
・選挙区の一票の格差是正。都市部や若年層に不利すぎる現状を打開する。
・官僚に政策を丸投げせずに党でシンクタンクを保有して政策立案能力を高める。
働き口の少ない文系ドクターの受け皿になって、ドクターの雇用問題を考えてますよアピール。
以上、長文失礼。
http://en.wikipedia.org/wiki/Megalopolis_(city_type)#Asia
追記:とは言え、この「東海道メガロポリス」ってあれか。高度経済成長期にめっちゃ栄えた地域の事だべ? 太平洋ベルト地帯とかも含めての話だべな?
だとすれば、その頃は確かに、大分県も新日鉄だの昭和電工だのがバンバン進出して来て、他県からも人口が流入して、市街地ではほとんど方言も消え失せてしまった程だからなあ。他の県の市街地ではどうなのか知らんけど。
そんで今じゃ、市街地ではない所から市街地の高校に通う事になった子は、最初の1ヶ月ほど、方言を珍しがられるという目に遭う。
論旨
近年、鉄道の特急車両に「喫煙室つき全車禁煙車」が増えてきているが、分煙の観点で善し悪しがある。従来の「喫煙車・禁煙車、双方ある」という編成でも、分煙についてはある程度達成できている。また、非喫煙者(特に、嫌煙者)からすれば、むしろ従来の編成の方が満足度が高い場合もあるのではないだろうかと思った。
1つの提案として、指定席予約時に「準喫煙車」枠を設けてはどうだろうか。現在の、禁煙車か喫煙車かという二元選択ではなく、元喫煙車の現禁煙車や、喫煙室を併設する車両を明示的に選択・拒否できる制度を作れば、嫌煙者にとっても、喫煙室での喫煙を前提に乗車する人にとっても、満足度が向上すると考えられる。
赴任先の仙台から、実家のある関西へ、東北新幹線&東海道新幹線で帰って来た。
東北系新幹線は、全車両禁煙になってからソコソコ時間が経った。今日もうっかり元喫煙車に座ってしまったが、黄ばみは取れないもののニオイはずいぶん無くなってきた。これなら、うっかり元喫煙車当たってしまっても(僕はもう)大丈夫だ。
対して、東海道(・山陽)新幹線は、N700系の登場に伴って、徐々に「禁煙車+喫煙車」から、「全車禁煙車(喫煙室あり)」へと移行している最中である。
極めて個人的には、非喫煙者で嫌煙者であるが故に、禁煙や分煙が進んでくれることはたいへんにありがたい。ただ一方で、東海道・山陽新幹線ぐらいは喫煙車・喫煙室が残っていていいとも思っている。ビジネス移動向けの交通手段であるし、東京~博多の乗り通しはないにしても、東京~広島や名古屋~博多などの4時間級の乗車はあるだろう。その間、喫煙できないのは苦痛だろうと察する。
ところで、(N700の、当然禁煙車の)指定席に座っていたものの、時々スーツ姿の男の流動があって、時々ほのかにタバコのニオイがする。そうか、喫煙室に通っているから人の流動があるし、喫煙室の空気をスーツが吸ってくるからタバコのニオイが漂うのかと、妙に納得してしまった。
喫煙者や喫煙環境に慣れてしまっている人には気付かないかもしれないけれど、喫煙環境にいるだけで服にかなりのタバコのニオイが付着している。実際、私の隣席の同僚が、タバコを辞めてからも長らくタバコのニオイを漂わせていて、正直に言えば快くなかった。もっとも、「パチ屋に行くからなぁ……嫁さんに変なウワサを流さないでよ!?」と念を押されてしまったが、たしかに朝鮮玉入れ屋のヤニ臭さも尋常でない。
ここで話は冒頭に戻るのだが。
東北系新幹線が全車禁煙車になった当初、「禁煙車で」と指定席を取ったものの、つい先日まで「喫煙車」として営業していた車両を指定されて、ずいぶん困った。禁煙車には違いないけれど、明らかにヤニくさい。そして指定席だから……変更できないことはないけれど、動けやしない。
(注: 仙台以北に便利な、「はやて・こまち」は全車指定席で「のぞみ料金(相当)」なし、しかも「(MAX)やまびこ」より激早なので、仙台~東京方面の出張は、ふつう「はやての指定席」を取る。)
東海道(・山陽)新幹線では、従来(N700系以前)は、禁煙車を指定すれば禁煙(専用)車に、喫煙車を指定すれば喫煙(専用)車に座ることができたし、原則的に禁煙車の中でタバコのニオイに遭遇することはなかった。もっとも、禁煙車に座りながらも時々喫煙車のデッキに喫煙しに行く人は従来からいたし、車内扉の開閉時に喫煙車から禁煙車へ煙が流入することも従来からあったけれども。
しかし、禁煙車の中(一部分)に喫煙室を併設したことによって、「隣の人が『喫煙前提』の人だった」みたいなことが生じないだろうか。そして、その人が連れてきてしまうニオイで不快な思いを生じることはないだろうか。
禁煙・分煙・嫌煙の問題を挙げていけばキリがないかもしれない。というよりも、キリがないだろう。ただ、東北系新幹線と東海道(・山陽)新幹線のケースを通じて思った提案として、指定席予約時に「準喫煙車」枠を設けてはどうだろうかと思う。現在の、禁煙車か喫煙車かという二元選択では、嫌煙者が元喫煙車の現禁煙車や、喫煙室を併設する車両に割り振られる可能性がある。逆に喫煙者にとっても、喫煙室から遠い座席に割り振られて不便な思いをしている可能性もある。
喫煙ないし遭煙の可能性を明示的に選択・拒否できる制度を作れば、嫌煙者にとっても、喫煙室での喫煙を前提に乗車する人にとっても、満足度が向上すると考えられる。
予約システムの改修に関しても、現時点では喫煙車・禁煙車, 普通車・グリーン車のフラグしかないのかもしれないが、将来的に全車禁煙車が当然の環境になってくれば、現状の「喫煙車」フラグを「準喫煙車」フラグとして読み替えるだけで、それなりの対応が可能になると思われる。
禁煙者・喫煙者・嫌煙者のそれぞれにとって主張や思いはあるだろうが、いかがだろうか。
まぁあれだ。たいていの事と同じで、物事には別の側面がある。
新しい土木事業の多くには、産官「しか」喜ばないという裏がある。新しい土木事業を拒むという選択肢には、枯れていくという裏がある。すでに新幹線の利用率が飽和しつつあるということは、それが
ってこと。代替が無く、伸びシロも無い。東海道新完成はすでに就業から40年以上。山陽新幹線は30年か?日本の他の鉄道よりはるかに高いストレスを毎日がんがん与えられて、橋脚、トンネルあらゆるところにがたが来ている。抜本的な補修をしようにも、代替線がないから夜にちまちまするしかない。
新幹線の横に同じ新幹線を引いても仕方ない。じゃぁ、リニアってのは、そんなに素っ頓狂でもない。用地買収の問題は新幹線もリニアも同じ。
ところで福岡新空港ってどこに作るんだろうと思って、ドン引き。何も決まって無いんじゃない?つーか、海ノ中道案のひどさに衝撃。
阪急梅田の駅を出てすぐに僕は母さんからからいいつけられた通り、すぐにタクシーをひろって田岡さんの家へと向かった。田岡さんは母方の遠縁に当る人だった。母さんと田岡さんは親しくしていることもあり、僕も時々会うことがあるのだが、母さんの何に当るかになんてまったく興味がなく、ただ遠縁の親戚としか知らなかった。
大阪に来て田岡さんと会ったのにはちょっとした理由があった。
僕はここへ来る一週間前、ネットの友達と約束をしていたのだ。その約束というのは、"今から10日以内に大阪で落ち合おう、ただし携帯やインターネットは使わずにね。"というちょっと変わったものだった。この友達とは以前からメールやチャットなどでよく馬鹿話をしていた。"いつか会いたいね。"なんて話を時々していたのだが、一週間前の夜は二人ともやけに盛り上がって、いわゆるその場のノリというやつで、そんな約束をしてしまったのだ。今考えれば、ちょっと馬鹿な約束をしてしまったと思いもしたが、携帯やインターネットが当たり前の生活を送ってきた僕にはそんな待ち合わせが新鮮に思えた。
そして会えたら一緒に高野山に行ったり、もし時間に余裕があるなら、伊勢から名古屋へ行こう、と決めていた。しかし、どちらも大阪に詳しくないしお互いどこに住んでいるのかもしらない。当然、到着時刻もわからない。待ち合わせに困った僕は、田岡さんの氏名と住所を友達に告げたのである。
「じゃ大阪へ着き次第、そこへ電話をかければ君のいるかいないかは、すぐ分るんだね?」と友達は念を押した。田岡さんが電話でつかまるかどうか、僕にもわからなかったので、もし電話で連絡が付かなかったら、郵便ポストにでもメッセージを入れておいてくれるように頼んでおいた。
お遊びリバイバル
梅田(うめだ)の停車場(ステーション)を下(お)りるや否(いな)や自分は母からいいつけられた通り、すぐ俥(くるま)を雇(やと)って岡田(おかだ)の家に馳(か)けさせた。岡田は母方の遠縁に当る男であった。自分は彼がはたして母の何に当るかを知らずにただ疎(うと)い親類とばかり覚えていた。
大阪へ下りるとすぐ彼を訪(と)うたのには理由があった。自分はここへ来る一週間前ある友達と約束をして、今から十日以内に阪地(はんち)で落ち合おう、そうしていっしょに高野(こうや)登りをやろう、もし時日(じじつ)が許すなら、伊勢から名古屋へ廻(まわ)ろう、と取りきめた時、どっちも指定すべき場所をもたないので、自分はつい岡田の氏名と住所を自分の友達に告げたのである。
「じゃ大阪へ着き次第、そこへ電話をかければ君のいるかいないかは、すぐ分るんだね」と友達は別れるとき念を押した。岡田が電話をもっているかどうか、そこは自分にもはなはだ危(あや)しかったので、もし電話がなかったら、電信でも郵便でも好(い)いから、すぐ出してくれるように頼んでおいた。
誰か暇な人続き考えて下さいませんか?w
友達は甲州線(こうしゅうせん)で諏訪(すわ)まで行って、それから引返して木曾(きそ)を通った後(あと)、大阪へ出る計画であった。自分は東海道を一息(ひといき)に京都まで来て、そこで四五日用足(ようたし)かたがた逗留(とうりゅう)してから、同じ大阪の地を踏む考えであった。
予定の時日を京都で費(ついや)した自分は、友達の消息(たより)を一刻も早く耳にするため停車場を出ると共に、岡田の家を尋ねなければならなかったのである。けれどもそれはただ自分の便宜(べんぎ)になるだけの、いわば私の都合に過ぎないので、先刻(さっき)云った母のいいつけとはまるで別物であった。母が自分に向って、あちらへ行ったら何より先に岡田を尋ねるようにと、わざわざ荷になるほど大きい鑵入(かんいり)の菓子を、御土産(おみやげ)だよと断(ことわ)って、鞄(かばん)の中へ入れてくれたのは、昔気質(むかしかたぎ)の律儀(りちぎ)からではあるが、その奥にもう一つ実際的の用件を控(ひか)えているからであった。
自分は母と岡田が彼らの系統上どんな幹の先へ岐(わか)れて出た、どんな枝となって、互に関係しているか知らないくらいな人間である。母から依託された用向についても大した期待も興味もなかった。けれども久しぶりに岡田という人物――落ちついて四角な顔をしている、いくら髭(ひげ)を欲しがっても髭の容易に生えない、しかも頭の方がそろそろ薄くなって来そうな、――岡田という人物に会う方の好奇心は多少動いた。岡田は今までに所用で時々出京した。ところが自分はいつもかけ違って会う事ができなかった。したがって強く酒精(アルコール)に染められた彼(かれ)の四角な顔も見る機会を奪われていた。自分は俥(くるま)の上で指を折って勘定して見た。岡田がいなくなったのは、ついこの間のようでも、もう五六年になる。彼の気にしていた頭も、この頃ではだいぶ危険に逼(せま)っているだろうと思って、その地(じ)の透(す)いて見えるところを想像したりなどした。
岡田の髪の毛は想像した通り薄くなっていたが、住居(すまい)は思ったよりもさっぱりした新しい普請(ふしん)であった。
「どうも上方流(かみがたりゅう)で余計な所に高塀(たかべい)なんか築き上(あげ)て、陰気(いんき)で困っちまいます。そのかわり二階はあります。ちょっと上(あが)って御覧なさい」と彼は云った。自分は何より先に友達の事が気になるので、こうこういう人からまだ何とも通知は来ないかと聞いた。岡田は不思議そうな顔をして、いいえと答えた。
青空文庫より拝借