はてなキーワード: 夫婦別姓とは
若い人だと大学生のなかでも優秀な人達とプロジェクトを一緒にすることもある。
その人達の7割位くらい投票には行かないという姿勢なんだけど、理由を聞くと
・自分は政治に詳しくないのに、中途半端な知識で投票する行為は失礼だと思う。
・夫婦別姓などはわかりやすいし、変わったほうが良いと思う。だけど経済政策のほうが大事で、その観点だと現与党と野党でどちらに任せたら成功するかはわからない。だから無責任に投票しない。
というような回答がくる。
こういう回答をする気持ちはわかるし、彼らが投票には行くようなモチベーションを持たせる自信はない。
そもそも経済の話も難しすぎる。頑張って掲げた政策を理解したところで選挙中に掲げた公約なんて守られないし、守らなかったことで罰則もない。
それなのにわざわざ調べて投票先を決めるなんて馬鹿げているよ。投票に行くのも面倒くさいし。コスパが悪すぎる。
政治に関心がない人にとっっては、こんなにリアルな行かない理由があるのに、国民主権とか、一票の重みとか説いても響かないとは思う。
一部の人達は「政治に関心がないのは平和な証拠で良いことだ」と、選挙に行かない人を肯定したりしているしね。
なんかモヤモヤしているので書いてみました。
根本的な話として
政治家や予算のリソースがどれだけあって、どの案件にどれだけリソース使いますっていう年間?計画が発表されてないのが問題な気がしてきた。
重要案件を上から順に組み合わせたらリソースの98%使う計画になってます、
残り2%では重要案件入らないから、今年度はそこで軽微な案件処理します。
みたいになったら入れてやってもいいかなって感じはないでもない。
今共産党が表現規制の問題でオタクから総スカンをくらってますよね
で、思ったんだけど、ここで立民でも国民でも「ウチは表現規制はぜったいしません!」と大々的に発表すれば、
一気にオタク票が集まるんじゃないかと思うんだけど、なんでそれをしないんだろうっていうね。
もちろん、「TPOや公共表現や年齢制限などのゾーニングは別問題として議論…」ってのは、注釈としてあっていいと思うし。
これを一部の議員はともかく、党戦略として行わないってことは、オタク票を軽視しているってことだよね。
でも、実際のところオタクって票田としてどれくらいのポテンシャルをもってるんだろう?
「表現規制反対を党戦略として打ち出したことで投票する理由がそれなりにありそうな層」ってことで考えよう。
もっと簡単に言えば、今回の騒動で「改めて共産党はねーわ」って感じた層(かつ、投票に行く層)。
これが具体的に何万人くらいいるんだろう?
単純にコミケの合計動員数が75万人くらいいるわけで、重複を考えても少なくともそれくらいは見積もっていいと思う。
もっと広く考えると1994年のジャンプの発行部数は653万部で、ドラゴンボール、スラムダンク、幽遊白書で育ってきたよって大人が653万人はいるわけですよ。
そんで、よく票田として言及される対象に農協があるけど、農家をやめた人も含む農協の正組合員で425万人、現時点の農業従事者は150万人程度にしか満たないわけ。
ちなみに日本の一大産業である自動車関連産業(部品関係とかディーラーとかも含む)の就業者数で542万人、
公明党のバックである創価学会の会員数は「公称827万世帯」だけど、実態としては200万人くらいだと目されている。
これらの数字を考えても、オタクの票田って決して無視できるようなものではないと思うんだよね。
俺だってそこまで胸張ってオタクと言えるようなもんじゃないけど(漫画・ゲームは買ってるけどアニメはここ数年見てないし)、
直接自分の生活に関係なさそうな夫婦別姓や憲法改正より表現規制反対のほうが個人的にはプライオリティーが高いわ。
何が言いたいかっていうと、枝野か玉木は一刻も早く「表現規制にははっきりと反対、児ポだろうが犯罪だろうが非実在で被害者不在の表現は、少なくともエビデンスなしに感情論で規制したり、世論の操作で自主規制を促したりしない」と明言してくれ。
先にそれ言った方に票入れるから。
[最高裁判所裁判官国民審査の『重要性』と、誰も教えてくれない『棄権の方法』 #seiji - Togetter](https://togetter.com/li/423004)
要約するとこんな感じ
白票=信任になるのに対し、棄権=信任にも不信任にもならない。
3人は自分の信念に沿って「この裁判官の判断はおかしい!」と思い、裁判官Aにバツを付けて投票。
残りの7人は「よくわからないから」と何も書かずに白票を投票。
こうなると投票数10に対して過半数を満たせないので、裁判官Aは罷免されない。
もし「よくわからないから、ちゃんと考えている人の意見が通るようにしよう」と思ったら棄権するのがベストになる。先の例で7人が棄権していたら投票数3に対して裁判官Aは3つバツがあるので罷免される。
それでは「この裁判官の判断はおかしい!」と思う人はどういう根拠があるのか。
[夫婦同姓「不当な国家介入」 最高裁判事4人が違憲判断:朝日新聞デジタル](https://www.asahi.com/articles/ASP6R56BLP6RUTIL044.html)
リンク先の判決では「夫婦別姓を認めないのは違憲じゃないの?」という訴えに対し、最高裁では「いやいや合憲だよ」という結論に達した。
しかし重要なのは「全員一致で合憲と判断された」のではないこと。4人の裁判官は違憲だと判断した。
そうなると当然議論の余地はあるわけで、一般の人にも「この裁判官の判断はおかしい!」という意見が生まれる。
ちゃんと考えて「この裁判官の判断はおかしい!」とバツを投じた人の意見は、何も考えずに投じた白票で薄まってしまう。棄権することもできるのに周知されていない。
先のTogetterに書かれているが、投票所で「棄権します」と言ったら「じゃあ何も書かずに投票してね」と言われるケースが散見されるとのこと。
つまり、投票所のスタッフも「棄権≒白票」だと思っている人が多いということ。
何度も言うが棄権と白票は違う。白票=信任であり、「裁判官全員ちゃんとやってて(・∀・)イイネ!!」という意味になってしまう。
先のTogetterは10年近く前のことだが、今でも同じような状況なのかを確かめる為にも、期日前投票で「棄権します」と言ってみた。
受付「あ、向こうで仰ってくださいね」
どうやら国民審査の投票用紙を渡す係の人に言えということらしい。そりゃそうか。
係の人「あ、ええっと…すいませーん!ちょっとー!(他の係の人を呼ぶ)」
係の人「(他の係の人に)こちらの方、国民審査を棄権するそうです」
他の係の人「わかりました」
これで国民審査の投票用紙を渡されることなく、期日前投票は終わった。
このやりとりで思ったのは、やはり国民審査を棄権するのはレアケースなんだろうなってこと。
ちゃんと考えてバツを付けた人の票は、何も考えずに白票を入れてる人にかき消されているんだろうなってこと。
中にはもちろん「何も考えずに全員バツ」で投票してる人もいるだろうけど、それでも「何も考えずに白票」の方が多いんだろうなってこと。
同性婚の法制化については、自民党は憲法やパートナーシップ 制度に言及した上で「慎重な検討が必要」と回答。立憲・共産・国民・社民・れいわは「賛成」としています。
死刑制度の廃止は、共産党と社民党が「賛成」で、立憲・国民・れいわは「要検討」、自民党は「死刑を廃止することは適当ではない」と反対しました。
選択的夫婦別姓の導入に関しては、自民党は「氏を改めることよる不利益に関する国民の声や時代の変化を受け止め、その不利益をさらに解消」するとしながらも、賛成か反対かを明言せず、立憲・共産・国民・社民・れいわは「賛成」でした。
これは「自民党の異常性」を強調したいようなんだけど、それはおかしい。「保守勢力は党としてまとまっているのに、リベラル・左派勢力は同じ意見なのに全くまとまっておらずバラバラ」ということしか意味していない。野党はまさに、「小人は同して和せず」と孔子が批判しているものそのものだ。自民党の出している価値観を、国民常識から外れた異常な少数であるかのように示するのはよくない。逆に左派、こうした価値観が日本では(少なくとも投票に行くような人たちの間では)多数派なんだ、と言う事実から出発しなければだめだろう。