「早生まれ」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 早生まれとは

2011-12-31

http://anond.hatelabo.jp/20111231182558

俺も小学校の頃はいじめられっ子で(何しろ両親低身長かつ未熟児かつ早生まれという、フィジカル面で完全に終わってる子供だった)、中高時代も概ねスクールカースト下位だったけど、こういう感じでいつまで経ってもぐちぐち言ってるような人間には育たなかった。

分岐点はどこだったんだろう。

2011-12-28

眠れないので、誰にも話したことのない話をする。

眠れないので、誰にも話したことのない話をする。それは僕の人生についての話だ。

僕の一番古い記憶は、二歳のときものである。祖父に手を引かれた幼い自分が、夏の祭ばやしの中でぼうっと立っている。そんなはっきりとしない風景のような記憶

その夏祭りと同じ年、祖父はまだ50代という若さで死んだ。大の酒飲みでもあった祖父が居酒屋からの帰り道に道路のど真ん中で泥酔して寝ていたところ、通りかかった車にひき逃げされたのだそうだ。犯人は結局見つからず、警察役人的な処理の仕方に家族は憤りを感じたらしい。そういうこともあり、僕の一番古い記憶は、僕がもっている祖父に関する唯一の記憶でもある。

ただ、この祖父との夏祭り記憶はおそらく後から作られた記憶なんじゃないかと、僕自身は思っている。なぜなら、祖父に手をひかれている記憶のなかの「幼い僕」は、記憶の観察者である「僕」のほうを見ているかであるふつう自分自身の記憶であれば、自分の顔がその記憶風景の中にあるはずがない。僕が一番古い記憶だと思っているその祖父との思い出は、一人称記憶ではなく、三人称写真的な風景なのだ。多分、祖父が死んでずっと後、僕が物心ついた頃に祖父との夏祭り写真をみせられたか、もしくは親類が思い出を語ってくれたことで自分の中で作られた記憶なのではないかと思っている。

祖父に関するもう一つ記憶に残っている話がある。それは僕の父が語ってくれた父の記憶だ。祖父がひき逃げされた数ヵ月後、御巣鷹山日航機墜落事故がおきた。日本中の人々の関心を呼んだその事故報道を見ながら僕の父は一人の目撃者や証言者もなく数ヶ月で忘れさられてしまった祖父の事故を思い、命の価値は同じはずなのにどこか不公平だと感じたそうだ。その話を父から聞いたのは僕が中学生くらいのときだったと思う。多くの人の命が失われた大きな事件なのだからそんな田舎ひき逃げ事件より注目を集めるのは当たり前じゃないかと、思ったのを覚えている。

僕の話に戻ろう。祖父との夏祭り記憶の次に覚えているのは、幼稚園の庭のすみで幼なじみ男の子と二人、もくもくと遊んでいる僕の姿だ。これも記憶というより、印象といったほうがちかいかもしれない。幼稚園では他にも友だちがいたはずなのだが、僕はいつもその幼なじみとばかり遊んでいた。他のこどもたちは幼稚園の庭の真ん中でみんなで仲良く遊んでいる。ただ、僕とその幼なじみけが庭のすみっこで別のことをして過ごしている。そういう記憶だ。

僕は自分マイノリティであるという漠然とした自意識をもっている。そういう自意識はおそらくこの幼稚園時代からもっていたのではないかと、特に理由もないのだが、なんとなくそう思う。はっきりとは覚えていないのだが、そんな幼稚園時代を過ごしたという印象だけ残っている。

その後僕は幼なじみと同じ小学校にあがった。幼なじみをKと呼ぼう。小学生になった僕はKのほかに、新しくJという友達ができた。Jは別の幼稚園に通っていたのだが、帰り道がKと僕と同じなので自然と仲良くなったのだと思う。なにをして遊んでいたのかはあまり具体的に記憶にないが、学校の帰り道やお互いの家、近所の公園などで過ごしていた記憶がある。たぶん、他のこどもたちも同じように過ごしていたんじゃないだろうか。幼稚園のころよりかは幾分交友関係が広り、幾分マイノリティでもなくなった。

だが、マジョリティではなかった事だけは確かだ。小学生だったことがある人はわかるかと思うが、子供のなかでは子供なりのカースト的な階層があるものだ。上位階層に所属しているのはもちろんスポーツが得意な子供である野球サッカーではエースで、なおかつ顔がカッコイイというWという同級生がそのカーストの頂点で君臨していた。僕は早生まれということもあってか運動がまるきりダメで、そのためカーストの中では下位に位置している存在だったが、意識して階層の外にいるように、つまり上位のやつらやその友人たちとはあまり接触しないように過ごしていた。交友関係が広がったとはいえ、マジョリティだとは言えない存在だった。要するに僕の自意識マイノリティのままだったのである

スポーツがまるでダメと書いたが、そのおかげでマジョリティになれなかった僕はスポーツというものに対してどこかしら卑屈な感情をもっている。マジョリティへの嫉妬が、スポーツができないという事に転嫁され、それがスポーツそのものへの憎悪に近い感情になり、その結果スポーツは僕にとって禁忌になった。自分がどこからしら劣っているのはスポーツができないからであり、その元凶であるスポーツには近寄ってもいけないという発想である運動ができない子供はみな同じような感情を抱くものなのだろうか? スポーツが僕の中で禁忌であるというこは特に誰にも話したことはないので、他の似たような子供はどう感じているのか正直よくわかない。

これは成人した後、それも社会人になってからの話だが、会社の同僚と学生時代部活の話をしているとき、僕はおどけた調子で「運動したら負けだと思っている」と当時ネット上で流行していた言葉をもじってスポーツに対しての卑屈な感情冗談めかして言ってみたことがある。だが、その時話をしていた元サッカー部という同僚がそれを素直に受け取ってしまい、おそらく彼には僕と同じようなスポーツに対してのコンプレックスがないのであろう、結果、彼の気分を害してしまった。その人自身は運動会系というより文化系人間だったので、僕の原体験を共有できるもの勝手に思ってしまった自分が悪いのであるスポーツに対して当たり前のようにコンプレックスをもたない人間を目の前にし、自分はやはりマイノリティなのだと再認識をした。

子供時代の話に戻ろう。

僕達の育った町は自然あふれる田舎でもなく、かといってビルが屹立する都会でもなく、よそから引っ越してきた人達がつくったマイホーム国道鉄道沿いに立ち並ぶ、いわゆる郊外と呼ばれる場所だった。「だった」と過去形で書いたが、現在でもその風景は変わっていない。駅の前には商店街や、小さな個人書店や、同級生の親がやっている歯医者国道沿いにはファミリーレストランや大きめのおもちゃやさん、そして西洋の城を中途半端に模したラブホテル。この国のどこででも見られるような平凡な風景だが、誰にでもそうであるように子供の頃の僕にとってはそこは唯一の場所であった。

他の小学校のことはよくわからないが、僕の通っていた小学校には他の町に遊びに行ってはいけないという「きまりごと」があった。僕の家は隣町との堺がちかく、同じ町の友達の家に遊びに行くのにも隣の町を一部横切っていったほうが近いといったようなところに僕は住んでいた。「きまりごと」はまもらないといけないと素朴に信じていた小学生の僕は、友達の家に行く途中隣町をちょこっと横切るだけでも、ちょっとした罪悪感を感じていたものだ。まして電車にのって別の町まで買い物に行くなどどいうのは親同伴でなければ許されない事だと、そう固く信じこんでいた。

断章

2011-11-07

2009/12/21 22:53

>何かできないことがあったときに「あぁ…早生まれから。他の子より育ちが遅いから」「仕方ないね」「かわいそうに」と親から言われることによって、それが本人の中にも内面化されるんではないかという分析だった。

えー、ご存じの通り(ですよね?)早生まれの私ですが、敢えて「異議あり!」と言わせて頂きます^^;というのは僕の場合、親から言われたことはなくて、自分で後から早生まれは損だ」と思ったからなんです。もし敢えて親のせいにするのであれば「早生まれなんだから仕方ないよ」ぐらい言って欲しかったな、ということになるのかもしれません。

経験談の一例ですが、幼稚園から小学校にかけて、周囲に比べてダントツ運動能力が低かったんですですが、高校を出る頃にはいつの間にか体力テストなんかでは全国平均を普通に超えられるようになってました。まあ元々運動や外遊びが好きな子供ではなかったですけど、別にその後人と比べて特に運動していたわけでもなかったので。で、子供の頃は実年齢の差がかなり大きかったのではないかなということに気づいたのはかなり後になってからでした。無駄運動苦手コンプレックスを持ってたもんだと後悔したものです

ところで、N さんが誰だか見当がつかない私です

2009/12/23 01:06

そういえば、悪名高き私の母校では全学年を通して異様に4・5・6月生まれが多かったです。僕はどちらかというと年齢以上にガキなので、周囲のマセ具合に余りついて行けなかった記憶があります(苦笑)

あと聞いた話だと、少年サッカー英才教育世界では、選手がやはり4・5・6月生まれに偏っていたので、選抜に誕生月を考慮するようになったとかいう話も聞いたことがあります

そういうことから、すくなくとも一部の分野においては、無視できない程度の影響があるのかなとは思っています。ただ、どれも男の場合の話であるのは事実ですね。女性はその辺どうなのか、面白いデータがあれば欲しいですね。たぶん誰か既に研究してるんでしょうけれど。

例のあだ名ゆえにあのお方が「Nさん」であることを完全に失念していました^^;まあ、何となく「先輩」が女性であるという先入観があったのも事実ですが(何でだろう?)。まあでも確かに、女性だったらおめでたの話があるのにもかかわらずお酒を飲んでいるはずがありませんね。

いずれにせよ、おめでたいことで。

2010/06/03 23:09

そういえばドイツでもシュレーダー政権ができたてのとき首相が党の実力者を追放して一波乱という一幕がありましたね。そのときの状況と今の日本の状況は似ているのかどうか……。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%BC%E3%83%8C

2010/06/14 01:06

たぶん noctifer さんの同期の「実家尼崎の人」がデジタル化したデータ持ってると思いますよ。僕も自分が 3 回生ときの録音をその人にもらったので。

ちなみにこれ、一年掛けて準備したのに散々ボロクソに言われた演奏で、僕の中ではまさに「黒歴史」だったんですけど、5 年ぶりに聴いてみたら意外にも、自分としてはそれなりに納得のいくものだったので愕然としました。あれ以来自信なくして楽器だんだん触れられなくなってたのはいったい何だったんだろう……、と。というか音楽以外すべてにおいても自信喪失してしま悪循環に陥ったきっかけみたいな一件だったので、あれをもっと早く聴いてればひょっとしたら少しぐらい人生変わったかもなー、なんて思ってます。要はその録音を聴かなかったこと自体が「黒歴史」でしたという情けないお話ですが(苦笑)。

2010/06/15 02:00

ああなるほど、定演以外の録音でしたか。そりゃさすがに尼崎の人に頼んでも持ってないですよねえ。

ところで全然関係ないですが、今日聴講した某研究会で、僕の2年下の「ヘアスタイルが独特の人」に会いました。彼は今年D3でしたっけ?月日が経つのはなんとやらとはこのことですね。

都合が許さず彼の晴れ舞台を見られなかったのはなんとも残念です。こんど会ったらよろしくお伝え下さい。

2010/06/30 02:49

明日(もう今日仕事なのに眠れないので思わずひとこと。

前回までの大会と違って、今回は自分が主力選手と同世代だから身につまされるものがありました。仮に自分にあの方面の才能があったとしても、この段階で最盛期なんてとても無理だろうなとか思うと、前回大会までとは違った意味で感慨深いです

それでよく考えてみれば、サッカー選手生命から考えて、僕らと同世代の選手ほとんどは今回が最後のチャンスだったわけですよね。今までよりも、負けて悔しがる選手の姿が一歩だけとはいえ身近に感じられて、その分切なくなりました……。

2010/09/07 22:14

論文添削するには内容を理解できないといけないわけですから、それをタダでやってくれる人となると本当に貴重ですよね……。

思うに、大人に言語を教えるのは経済的にも効率がよくないですよね。色々な場に応じてそれなりの言葉かいができて、なおかつ幅広いスタイルの文章を読んで書ける人なんて、なかなか語学教師をやろうとは思わないでしょうし、そういう人を雇うには相当なお金がかかって当然、生徒の側もそれだけの教師を探すには苦労するわけですから

子供の頃から母語の習熟に準じて第二言語を(できれば複数)学べると、言語というものを相対化できるという意味でいいんでしょうけどね。(現状は英語崇拝と英語憎悪二極化およびその裏返しとしての日本語特殊論、そしてそれ以外の外国語への無関心がはびこっていて本当によくないと思う今日この頃

2010/09/11 11:27

こんにちはー。

絶対音感」って能力、実は個人的には言語能力と近いんじゃないかなと思ってるんですよね。少なくとも僕の場合は、ですが。実際、無調性に近い音楽を聴いていると途中で音がわからなくなったりずれてしまうことが多いですし、無調性は無調性でもそれなりに慣れているウィーン学派系よりも、あまり聴かないブーレーズとかのフランス現代音楽系とかのほうが苦手だったりするので。

あと、E-dur と F-dur を間違えることはほとんどないのに D-dur と Des-dur の区別にはたまに自信がなくなることがあるなど、多分にピアノの鍵盤(というか頭の中でつけている「読み仮名」的な音名)に引きずられる傾向があるんですね。いってみれば、日本人は /t/ と /d/ の区別には苦労しないが /l/ と /r/ には苦労するというような話なんですが、まいさんはそういう傾向ってないですか?

そういえば、高校生ぐらいの頃は基準音を 2Hz ぐらいの単位で聴きわけられたものでしたが、古楽を聴くようになって以来その能力はほぼ完全に破壊されてしまいました。

ちなみに僕も音に「色」のイメージがありますけど、その正体はかなり情けないものでして、おそらく子供の頃に買ってもらったおもちゃの鉄琴です。一音ごとに色分けされていたのですが、その印象を未だに引きずっているんですよね。

2010/10/04 01:13

こんにちは

個人的には欧米でどうして "Hentai" 文化があんなに抑圧されてるのかが気になりますねー。ホラー世界では日本よりよっぽどどぎつい表現社会的に許容されている風土で、ポルノの方面になるとフィクションであってもある種の表現はまかりならぬ!というのは、日本に生まれて暮らしている限り根本的にどこかで理解できない面があると思うのですが、だからといって「ピューリタニズムの伝統」で片付けてしまうのも一方では乱暴な気がするんですよね。

似たようなことは、捕鯨問題とかその他の文化摩擦のときにも色々感じることではありますが、その辺のことで「住んでみてわかったこと」って何かありました?

なんか日記の内容よりも個人的な興味優先の質問ですみません。

2010/10/04 21:35

>実際には日本エロゲ守備範囲の広さはそんなのを凌駕しうるわけですが、それでもアニメでは女性はそのように子どもっぽく可愛く描かれる事が多い(ただでさえ若く見えるアジア人ベースにしているのでなおのこと)

なるほどありがとうございます。確かに現代の日本人はおしなべて幼形成熟的なものが好きですね。女性に限らずジャニーズ系とかも結構そういう気がしますが。向こうから見れば余計子供に見えるというのは盲点でした。

しかし個人的にもっと疑問なのは、その "Hentai" 文化を変なものとして片付けるのでなしに、禁止してしまおうという考え方の方なんですよね。そしてそれを日本でも禁止せよと圧力をかける動きもあるようですし。米国は基本的に他者に寛容を是としているのだと思ったら、ときどきいきなりその逆の面が見えることがあるので、いったいあのあたりはどういう感覚なんだろうなあと思いまして。

2010/10/05 00:03

>考えられるのは、ひとつ宗教的背景。

うーん。やっぱりそれなんでしょうかねえ。だとすると捕鯨と "Hentai" はちょっと性質が異なる問題なんですね。

どうも最近英語圏メディアを読むようになればなるほど、日本に対する悪意や蔑視が一部高級メディアにでも平気で蔓延していることに気づいて憂鬱なんですが、その根っこは必ずしも一つではなさそうですね。

やっぱりこういうと何ですけど、欧米アラブ違和感を持っている(あえて「蔑視している」とは言わない)のと同じような意味日本から欧米(といっても色々温度差はあるでしょうが)を見たとき違和感があるんだなあと最近思うんですね。あんな趣味を持っているぐらいなんだから当然私は西洋かぶれ的人間なんですけど、例の "The Cove" 以来やっぱりあばたはえくぼじゃなくてあばたなんだなということにようやく気づきだしたわけでして、その背景には最近ちょっと興味を持ちつつあるんですが、どうもなかなか一筋縄はいかなさそうですね。欧米の天地は複雑怪奇なり。

ところで話は変わりますが、意外なところで結婚ラッシュが始まりそうな噂を耳にしました。詳しくはそのうちお聞き及びになると思いますが……。お楽しみ(?)に!

2010/12/21 22:18

あれ、あそこバーベキューだめになったんですか?「新条例」がなんなのか気になります

2011/03/07 23:25

どうもお久しぶりですー。

>知らない人が20人以上という状態で3時間おしゃべり持ちこたえたのは我ながらよく頑張ったと思う(たぶん英語スキルというより社交スキルの問題)。

純粋に質問なんですが、こういう状況ってよくあるんですか?

最近あちらこちらで、アメリカでは(あるいは「国際社会」では)そういう状況で人間関係を作れるかどうかがものをいう、そういう場でやっていけないと通用しない、みたいな主張をよく見るもので。

本当だとしたら語学力以上に絶望的に高い壁だなあと思いつつ、そういうことを書く人は大抵すごく社交的だからたまたまその人の回りでそういうことが起こりやすいだけのようにも思えるし、その辺の真相が少し気になってまして。

2011/04/07 08:36

確かにkeinなら冠詞ですけど、英語だとkeinはnotではなくてnoですからねえ、うーん……。

ちなみに僕もnotが副詞だって初めて知った、といいますか、そんなこと考えたこともありませんでした。

2011-09-22

http://anond.hatelabo.jp/20110920153700

その異様なプライドの高さがいけなかったんだろうな。

俺の場合小学校時代は勉強意味とか全く理解してなかった(親が親だしな)上に、早生まれかつ未熟児運動神経終わってたので部活とか全くダメだった。

幼少期にプライドが全く育たなかったせいで雑草魂みたいな感じになったな。まあ、打たれ強くなった反面、育った過程の悪さは大人になってかなり効いてくるんだけどね。

2011-06-21

http://anond.hatelabo.jp/20110620224845

思い切り心当たりあるぞwwwよう同級生。誕生日が来たら30歳だろう。俺は早生まれからまだ29だよ。お前はどうだ?

あー、ここで自然関東弁が出てくるようになってしまったとはね。卒業してから時間が経ったものだな。

2011-03-21

http://anond.hatelabo.jp/20110321113851

たった数万円を出す事に躊躇したり(それより仕事とか子供学校とかの方がネックだろ常考

避妊する事を「ガマンする」と表現したり、となんかDQNっぽいのに

早生まれを避ける為にバースコントロール」とか言ってる辺り、増田の人物像が掴めない。

http://anond.hatelabo.jp/20110321113851

そもそも3月に子作りする人少ないケドね。

生まれる子が1月生まれ(早生まれ)になってしまから、それを避ける人が多い。

結構「4月生まれが多く、3月生まれが少ない」というように、バースコントロールする夫婦が多いから、

そんな統計無いよ。

http://www8.cao.go.jp/shoushi/whitepaper/w-2006/18webhonpen/html/i1113300.html



結婚件数が減る(首都圏でも実家被災地でそれどころじゃねーとか)だろうから、その影響は出そうだけどね。

バースコントロールする夫婦は意外と多いよ

http://anond.hatelabo.jp/20110321110315

妊婦乳幼児連れが放射能不安疎開する・疎開しないなんて話もあるが、

金銭的・物理的負担がある「疎開」となると、かなり躊躇する。

交通費だけでも数万円かかるし。

しかし、「子作り行為を避ける」(=禁欲なりコンドームを付けるなり外出しする)というのは

物理疎開なんかより、はるかにハードルが低い。

ガマンするだけ、費用ゼロ円の対策。

自分はもう子供2人いるか経済的理由で子供作らないつもりだが

仮に「子供1人だけで、もう1人だけ作ってもいいかなあ・・・」という場合

(数年前の自分シチュエーション)でも、こういう状況だと

「様子見て、放射能が落ち着く数ヶ月はガマンしよう」と思っちゃう。

そもそも3月に子作りする人少ないケドね。

生まれる子が1月生まれ(早生まれ)になってしまから、それを避ける人が多い。

結構「4月生まれが多く、3月生まれが少ない」というように、バースコントロールする夫婦が多いから、

今回の放射能騒ぎがバースコントロールに与える影響って、無視できないと思う

2010-11-15

スタジオアリスに騙されるな!

なんか仰々しいタイトルだが、実はバカネタ


世の中の風習として「七五三」というのがあり、

「七歳は女の子」「五歳は男の子」が七五三する、というのが

共通コンセンサスになっている。


ここで問題なのは「三」の扱いで、

「三歳の女の子」が七五三するのは共通コンセンサスになっているが、

「三歳の男の子」が七五三するのかどうか、については

「する派」「しない派」の二説に分かれている。


で、11月が近づくと、「OK Wave」とか「Yahoo 知恵袋」とか

大手小町」とか「ウィメンズパーク」のようなQ&Aサイト

「三歳の男の子七五三をするものなんでしょうか?」という質問がなされるのが

「年中行事風物詩」化している。

(「人力検索はてな」は異様に男性比率が高いため、そのような質問がされることはない)


で、回答者コメントもてんでバラバラで、

地域によるんじゃないですか」とか

「財力あればすればいいし、無理してしなくても・・・」とか

「上の子がいれば一緒にすれば・・・」とか

早生まれだったら無理にさせなくても・・・」とか、てんでバラバラ。


見たところ「3割はする」「7割はしない」という感じのようだが、

なんとなく「昔は『しない』が標準だったのが、徐々に『する』が増えてきている」ように

見受けられる。


で、なぜ「する」が増えているのか、という点についてだが、

これは仮説であるが

スタジオアリスが3歳男子写真を推奨しているから」

という気がする。

伝統的には、袴着用の意味合いがある5歳男子に対して

3歳男子場合意味合いは薄いようだが、スタジオアリスHPだと

いろいろな理由つけて3歳で撮影するように推奨している。


喩えて言えば、以前は誰も知らなかった「恵方巻き」が、コンビニ業界の必死の売り込みで

いつの間にか「定着」してしまったのと、同じ状態。


・・・ということで、3歳男児のパパママ

スタジオアリス」には騙されないようにしましょう(冗談

2010-09-24

娘も女になる

娘は小四、早生まれだから小三でも通用する。

風呂はもう2年前くらいに一緒に入らなくなった。

娘と出かけてそこが混んでいると、はぐれたくない娘は手をつないでくる。

最初は袖をつかむのだけど、ふと手をつないでくる。



漏れは恥ずかしい。



何回目かのデートTDLに行ったとき、

シンデレラ城のアトラクションで「行こうよ」と何気なく差しだした手が握られて、

女の子の手って握ってもよかったんだっけ?)みたいなときめく罪悪感。

今日ポケモン祭りに言ったのだけど、あまりに気恥ずかしかったので、

「本当のこと言うと、○○と手をつなぐの恥ずかしいんだ」「なんで?」

「なんとなく…悪い意味でじゃないよ」と言ってしまった。

そのあとも手をつないで歩いたけど。

いつか「境界線の日」が来るんだろうな。突然。

2009-11-24

高齢ひきこもり問題

 私は、1965年早生まれ東京五輪世代です。ひきこもり問題については、多くのひとが、30歳未満、あるいは35歳未満を想定していると思われます。けれども、40歳前後40歳以上のひとたちの存在については、ただきもちわるくみられるだけで、専門家にしても、当事者にしても、あまり語られていないように思います。

 私たちが、思春期から青年期をすごした70年代から80年代にかけて、ひきこもり問題が語られることは皆無に近く、私もそうですが、ひとりでさびしく、えたいのしれない悩みにむかっていました。このところようやく、ひきこもり問題が社会問題として、クローズアップされましたが、もうそのときは、私たちは、青年とはいえない歳になっていました。

 わたしは、この歳になっても、自分自身の思春期の問題が解決されたり、思春期葛藤をのりこえているとは思えません。思春期青年期に卒業していなくてはいけない問題が卒業できずに、今後は、自殺率の高くなる中高年期をむかえるわけで、こころのなかに、累積債務たまるばかりで、不安でいっぱいです。 現在、語られているひきこもり解決策は、私からみると、20歳前後のひとたちを想定しているように思えます。歳に関係なく共通することもあるかもしれませんが、人格がかたまり、人生の年輪だけが増してしまった、高齢化したひきこもり者の解決策は、個人や家族だけではとうていうかびませんし、専門家の間でも、語られにくい、あるいは良案がみつかりにくい問題なのかなあと思います。

 私自身、大学卒業後、何度も就労にトライしたり、精神科カウンセラーデイケア自助グループなどを利用して、専門職をめざしたりして、あの手この手をつくしたのですが、もう万策つきてしまったと感じています。人生破綻したとおもっています。 私のように、思春期青年期から引きずっている中高年のひきこもりは、ほんとうに、「終わらない思春期」の問題だと思います。思春期青年期・中高年期の対人不安社会不安などが複雑に入り混じった問題について、希望のみえる打開策をもっと社会全体で考える気運があってほしいです。専門家の方には、高齢者グループにしぼって、ひきこもりの打開策を研究していただきたいです。

 高齢者グループひきこもり者たちは、なぜ、ひきこもりから抜けた出せないかというと、数十年前から現在にいたるまで、当事者が単独でもがき苦しみ、若い世代と比べて、ほとんど社会において、ときには専門家においてでさえ、扱いずらい、扱おうとしない問題だったのではないでしょうか。そして、年月を増すごとに、悩みや問題がこじれる一方だったのではないかと思います。

 「残りの後半生、わずかでも希望をみいだしたい」「すこしでも、ひとのやさしさやあたたかさにふれてみたい」「えたいの知れない孤独な気持ちをわかってほしい」「すこしでも、おとなとしての自信をもちたい」これらが私のこころからののぞみです。

 このように私と似たような悩みやお考えを持っている方、いらっしゃいませんか。個人的には、ひきこもり高齢世代と自称されるかたがたにこそ、インターネットでもその他の手法でも

かくれていないで、ひとりでもやもやしていることを思い切って語ることができれば、みんなで考えあう気運がもりあがるかもしれないと思っています。

2009-06-15

熊谷俊人 千葉市長が誕生したわけだが

まずはご当選、おめでとうございます。

 

http://www.kumagai-chiba.com/profile.html

全然関係ないけど、俺と同学年で早生まれなので俺より若いw

NTTコミュニケーションズ出身ということで、業界的にお隣の会社

こうやって若い人が活躍していく姿をみながら、ああ自分はなにしてるんだろう的に忸怩たる思いをしながら年を重ねていくことになるんだろうなあ。

自分にがっかりだよ。うん。

2009-01-18

そろそろ20歳だしなんか書くか。

あと一ヵ月で20歳になる。

自分早生まれなのでみんなと比べて20歳になるのが遅い、だけどまだ心の準備というか整理がついていない。まだまだ子供だ、というのが抜けない。

成人式に行って、中学時代の友人を久しぶりに見た。

就職した人、大学に行ってる人、フリーターそしてニート

みんな体が成長するので当然だが、中学生の時と比べて髪が長くなったり、肩幅が大きくなったり、背も高くなったり、見た目がものすごく変わっていた。

でも、中身がものすごく成長したように見えた人はいなかった。

中学生の頃に比べたら自分の考えを確立している人もいただろうけど、自分を含め大人と一括りに出来るものはいなかった。

自分の中で確立している大人とは程遠い自分がいて、大人ではない大人になりそうで怖い。

論理力、文章構成力もないまま大人になっていいのか。

ただ誕生日を迎えるだけで大人になる事に違和感を覚える。

ただ誕生日を迎えるだけで大人と一括りにされるのに違和感を覚える。

色々な民族で成人の儀式があって、日本成人式が成人の儀式にあたると思うんだけど全く中身がないように感じる。

ただ懐かしい面子で集まってはしゃいで、抽選会して。

どっかの民族と比べたら楽なもので、良かったと思う反面本当にこれで良かったのかと思う部分もある。

僕は大学偏差値で選んで、数学が出来ないからという理由で文系にいって、勉強もろくにしないで、めんどくさがりで、単位も全然なくて、ものすごく10代を無駄にしてきた。

あと一ヵ月で能力が格段に上がるわけないし、意識が完全にコロッと変わると思えない。

でも、大人と認知される歳になるわけだから、あと一ヵ月で少しでも今までの自分から変われるように努力はしたい。

2008-08-20

夜の動物園に誘われた増田男と非オタな年上女友達

夜の動物園に誘われた増田男と非オタな年上女友達

今日は、仕事休みで、今は、PCにむかって他の増田たちのエントリ眺めてる。

暇なんで、自分のことについて考えてみることにした。

夜の動物園に行って、

別の日にデニーズで食事しながら女友達過去話【元カレとの結婚話が無くなったこと】を聞いて、


実はその後、海を見に行こうとも誘われビーチへ行って、

昨日、それぞれの職場がそれほど離れていないので、ダメ元で仕事帰りに呼び出してみたら会うことができて、


で、今、その女友達からちょこちょこメールが入ってくるようになっている。



出会ったのは、今からおよそ1年前。

きっかけは、記述の通り市民団体の活動に参加したのがきっかけ。

当時は、名前を知っている程度だった。

ホントつい最近まで、会うことすらなかった。


それがどういう訳か、マメに連絡するようにる。

始まったのは、この2ヶ月くらいっていうか、今かも。



なんか、他の増田エントリみてると、自分のスペックを考えるだけで、恋愛とか結婚とかから話が遠ざかる。

でも、そろそろいい年齢だねと、周りからささやかれる。

そんな時に出会ったのがこの女友達


これは、恋に発展する可能性があるのかどうかって考えてみてるんだけど…

正直今は、恋愛が怖いと思っている。これには訳があるんだけど。


いちお、スペック書いておく

増田男=僕

27♂ 中小企業正社員 380くらい/年



夜の動物園に誘ってきた年上女=女友達

30(早生まれなので事実上2歳年上)♀ 公的団体の嘱託職員 800くらい/時間

2008-06-20

http://anond.hatelabo.jp/20080620191355

早生まれ1984年生まれなので、元増田とは学年が1つずれるんだけど、ほとんど同じ世界を見ているはずなんだけど、1点だけ違和感ポケモンやってるやつは、自分の周りでは少数派だった気がする。

ポケットモンスターなるものは、自分よりも下の世代が夢中になるものであって、自分たちが夢中になってやるものではない、という意識で見ていた。

学年一つ違うだけで、こうも違うものなのかな。

2008-06-05

非コミュ努力してないという思いこみ

これとかこれとかを読んで思ったこと。


この手の話題が出ると必ず、「普通の人」は人間関係の維持に多大な労力を払っているという論が出てくる。これは大抵の人が肯定することのようだが、ここから程度の差はあれ「非コミュ努力していないのだから自己責任」という論に繋がっていきそうでどうも怖いものを感じてしまう。

確かに、非コミュ努力しない結果非コミュになったのであれば、「その選択も含めてお前の自由だ」と言われても仕方ない気はする。しかし自分の記憶をたどってみるかぎり、とてもそうは思えない。人間関係には常に悩んできたし、人間関係以外のことで悩んだことはないと言ってもよいくらいだが、結果として多数派に解け込むことはどうしてもできなかったのだ。


俺は幼稚園に入るか入らないかの頃から周囲に対して浮いていた。物心ついた頃には、周囲の同年代の子供の話についていけないのが当たり前だった。語彙も話題も全然違った。だが、それが当たり前だと思っていたのだ。俺は早生まれだったこともあって実際に精神的に幼稚だったのだろう。周囲が「聖闘士星矢」や「ドラゴンボール」を見始める頃、俺はまだ「にこにこぷん」を見て喜んでいた。

その差がいつまでも縮まらないばかりか、ついにどんどん年を重ねるに従って拡大していってしまった気がする。俺が女の子と一言でも口を聞こうものなら「エロい」だの「怪しい」だのと囃し立てていた奴らが実は自分の誕生会に女の子を呼んでいたことにツッコミを入れられなかった頃、コミュ格差はさらに確固としたものとなっていたように思う。

中高生になるとますますひどくなった。俺は私学の男子校にいたのだが、こんなところに来る奴の大半は4月・5月生まれで、早生まれの俺は周囲より明らかに未熟だった。人間関係が急にしんどくなった。部活人間関係に悩まされ、自分の趣味での腕の拙さに悩み、それで精一杯の学生生活を送っているつもりだった。だがその間にませた奴らは、女子校文化祭やらグループ交際やらに手を出していたらしい。一方で俺は、中学生の間にはついに「彼女」というものがいったいなんであるのかということすら理解できなかった。小難しい本を読んで「人生とはなんぞや」などと考えていればそれで満足だったのだ。


その後の惨状はネット上で多く語られていることなので繰り返さない。ただ何にせよ、これまでの人生のどこかで挽回するチャンスというものがあったようにすら思えないのだ。問題意識が同年代の周囲とは常に周回遅れで、俺が真面目に何を主張しても大抵の場合は「幼稚な奴」と馬鹿にされるだけだったのだ。馬鹿にされることに腹を立てて真面目に考えれば考えるほど、さらに「幼稚だ」「未熟だ」と馬鹿にされた。そうして劣等感が積もり積もっていってどうにもならなくなっていったのだ。


確かに的外れだったことは認めよう。しかし、周回遅れのテーマに対してであれ、常に必死で考えて努力してきたのだ。俺は人間関係以外のいろいろな分野では多かれ少なかれそれなりの結果を出せているし、「人並み程度に努力する」というのがどういうものなのかも理解しているつもりだ。その俺が、どれだけ必死で考えてどれだけ必死で取り組んでもどうにも対応できないのが人間関係だ。誰かが「ハードウェア処理できなければソフトウェアエミュレートしろ」と言っていたが、あいにく俺のCPUはそれほど優秀でないらしく、話に乗るタイミングもつかめなければ、とっさに気の利いた応答もできない。まるでお手上げだ。


お願いです。頼むから、「非コミュ自己責任」だけは勘弁してくださいよ。「あんたは運が悪い」と言われるならまだ諦めもつこう。他の分野で挽回することもできる。しかし「努力不足」と言われては、今までの俺の苦労はなんだったのかということになってしまうのですよ。

2008-04-21

妊娠するなら秋口かいな

なんてアホなことを考えたりする。一ヶ月くらいの早産でも四??五月生まれにしておけば、園児小学生などの世界では有利だし、親も同学年の子との比較において精神的優位に立てる。逆にこの季節からしばらくの間の妊娠は一月??三月の早生まれ確率が高くて最悪だと思う。

2008-02-24

http://anond.hatelabo.jp/20080223093706

79年早生まれで今年度29歳になったばかりだけど、氷河期世代に入れてもらえないのか?

自分は33歳の奥さんと結婚して人並み程度の暮らしはできているからいいけど、消息不明な友人とか多い。

2007-06-06

多分蛇足。

http://anond.hatelabo.jp/20070606151621

http://anond.hatelabo.jp/20070606151902

http://anond.hatelabo.jp/20070606152210

http://anond.hatelabo.jp/20070606160927

環境とか関係なく、生まれつき、勉強の向き不向きってあると思うんですね。

少なくとも私の両親は勉強が苦手ではない人間で、私も弟も(そういえば両方早生まれです。)塾やら家庭教師やらにはほとんどお世話になりませんでしたが、勉強落ちこぼれることも辛いと思うこともなく、結局勉強では苦労してきませんでした(もちろん徹夜試験勉強かしましたけど、それはある意味楽しいイベントですよね)。

勉強って理解できると楽しいものです。何かを学び習得するというその楽しさを、私は自分の子供には知っていて欲しいと思います。勉強って分らないと辛く厳しいわりに、長々と人生に関わってきますし、少なくとも自分の子供勉強が辛くてたまらなかったり、勉強が嫌で嫌で仕方がないようにはなってほしくないんです。子供に対して、「どうして分らないのかが分らない」という無力感を感じたくないんです。

もちろん遺伝が全てというわけでもなく、勉強に向いていない子供が生まれる可能性だってありますし、その時私はどう思うのか、とは考えます。

頭がよけりゃあ何でもいいのか、という質問の答えはもちろんNOです。結婚相手は優しい人がいいなあ、くらいの勢いで、できれば頭がよい(というか勉強を苦にしない)人がいいなあ、と思うだけです。

生きていくのに、あるいは頭の回転に、勉強の出来は関係ない、という言葉には同意です。でもできることに越したことはありませんし、勉強で身を立てるのが最も簡単で楽な道だとも思うのも、確かです。

http://anond.hatelabo.jp/20070606143458

遺伝よりも。


遅生まれ早生まれってものっそい関係有るからなるべく4,5月に生まれるように計算して。

教育環境が大事だから育児する人に教えるのが上手い人が良い、金持ちを選ぶと教育環境金をかけれて尚ベター

2007-02-18

"子供"は合法的に犯罪が許されるのだろうか

私は"子供"が嫌いだ。

と言ったら、母性に欠けるだとか社会とズレている人だとか差別をしている人だとか思われるだろうか。

私は小学生の頃に教室で同級生に痴漢を受けた。

====

背の高い、狐みたいな顔をした奴だった。同い年に見えたが実際は早生まれかもしれない。

授業と授業の間に教室間の移動やトイレに行く時間があるのだが、

私が廊下を歩いていると奴は後ろにそっと近より、さっとスカートをめくった。

この気持ち悪さをわかってもらえるだろうか。

スカートなので布一枚しか視線を隔てるものがない。

物心つく前の自分にはそれはもう本当にただ単純に「気持ち悪いこと」でしかなかった。

保健室の前、運動場、挙句の果てには校長室の前ですれ違った時まで。

痴漢は続いた。

ちょうどその頃自分は小学校の体育の授業で性教育の初歩の初歩を習った所だった。

「セイシが女の子にあるランシとくっついて赤ちゃんが生まれます」

それだけ習っていたので、自分は

「もしこの男が這わせている指にセイシがくっついていて自分の体に入って赤ちゃんができたらどうしよう」

と本気で心配していた。そう考えていたことは誰にも言わなかったが。

本当に幼かったんだと思う。

痴漢にあっていたのは自分だけではなかった。

同じクラスのひとつ年下の女の子たち((確か当時自分は小学四年生くらい))もみんな被害にあっていた。

親や先生に訴えたら話を聞いてくれた。それは恐かったねと同情してくれた。

だけれどなかなか状況は変わらなかった。「話はしたんだけどね」の一点張りだった。

先生から耳打ちをされた。「あの子位の年頃はみんなするものよ。ちょっとぐらい我慢しなさい」

そして何度もの懇願のすえに男は私たちのクラスから姿を消した。謝罪も何もなく。

後日私は親の都合で引越しをした。

そしたらそこにはあの男が平然といた。

そして警戒していたもののやはりスカートをめくられてしまった。

何も変わっていなかった。何も解決していなかった。悔しくって涙が出た。

「"小学生"だからしかたないよ」という言葉が響いた。

「言ってもわからないんだから仕方ないじゃない」「可哀想な人だから許してあげようよ」

"小学生"は合法的に犯罪を犯すことが許されているのだろうか?

今なら周りの大人の対応や言葉の選び方が悪かったのだとわかる。

だけども、あちら側にまったくの責任がなかったとはどうしても思えない。

社会に出る以上、どんな年であっても社会ルールは守らなくてはならないし

ルールを破ったならばルールを知らなかったとしても罰せられなければならない。

そして例えばそういった人の親や保護者も、社会に出す以上責任を負う義務があると思う。

普通学校での教育が適さないならその人に合った学校に入れて

その人に合った教育を受けさせなければいけない。

人間は誰だって欠点を持っている。

大人だってコミニュケーションが苦手だったりするのはざらにある。

だけども「設計図」つまり例えばDNA的な点などで

どうしても治らない本人にも誰にも非のない成長の時期があるのはまた別の話だと思う。

努力ではどうしようもないものがある。しかしそれは過ちを犯す言い訳にはなりえない。

自分が将来子供を授かったとして、もし堕胎可能な時期にその子が男の子小学校に通うとはっきりわかったら

私は間違いなくその子を堕胎する。育てて行く自信がない。

自分や自分の子供が傷つくだけならまだいい。苦労しようとかまわない。

だが、自分以外の見知らぬ誰かの人生を狂わせてしまうのではないかと思うと怖くて仕方ない。

匿名だからこそ言えることだが、自分は「社会に出るのに不適切な時期の男の子隔離されるべきだ」と考えている。

もちろん、社会に出る訓練をしてそれでもどうしようもないとわかった後に。

例えば一月の男児突き落とし事件も、男性には前科があったはずだ。だが繰り返された。

わかっていたのにどうして防げなかったのか。

男の子は確かに生まれながらに不本意なハンデを背負っている。

しかしそのハンデが言い訳になるような社会のままでは差別もなくならない。

まだたった17年しか生きていなくて知らないことのほうが多い自分だが、いま思うのはそういうことだ。

- 転職ならen
- 派遣ならen
 
1ページ中1ページ目を表示(合計:21件)