「政治的無関心」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 政治的無関心とは

2023-09-28

インボイスは何年も前から騒がれてるのに今さらもっとから騒がなきゃダメだよ」と冷笑しているネット軍師くん

やっぱ政治的無関心って罪だわ。

2022-11-07

anond:20221107161336

それが正常な世界なんですよ、ということが改めて政治アカウントたちに広まって欲しい。

ここ10年は政治的無関心減ってきたとか、フィルターバブルのせいで勘違いしたたとこある。

2022-05-29

逆張り」は全否定すべきではない

(耕論)「逆張り」の引力 飯間浩明さん、鳥居みゆきさん、田野大輔さん

https://www.asahi.com/articles/DA3S15307664.html



逆張り」が話題だけど、田野さんがネット民批判されているのも当然。逆張りというのは、この社会で生きづらさを感じている人の心の叫びであったりする。そうした要素を全て削ぎ落として、ナチス研究文脈だけで、「逆張り自己顕示欲の塊の厨二病患者」みたいに切り捨てれば、当然感情的に反発する人は出てくる。


逆張りは、文脈によっては左派リベラル権力抵抗批判する際に用いる方法だったりする。すくなくともかつてはそうだったし、安倍政権期の改善自殺者の減少など)を一つも認めようとしない左派もそうだ。「逆張り」の全否定は、「みんなが正しいということに黙って従おう」という、政治的無関心をもたらしかねない。


個人的には田野先生文章より、鳥居みゆき文章の方が心に沁みた。なんか言及する人が少ないのが残念。みんなもっと読もう。

2022-01-30

民主主義法治主義サステイナブルじゃないよなぁ

今の世の中、国際的な争いなんかを見ても、コロナ対策とか少子化対策とか国内的な問題ごとを見ても、高い実行力や問題解決能力を見せているのは往々にして強権的な政府を持つ国だ。

民主主義的な縛りで強権を発揮できない国はいつもいつも後手後手に回って国力が衰えていっている。

一方で、じゃあその民主主義で人々が幸福になれているかと言えば、そりゃあ独裁国家で生きるよりは恵まれているんだろうけど、結局、権力者優位には変わりない。

完璧民主主義なんて絵に描いた餅で、人々は政治的無関心に陥り、制度はハックされ、民主主義というフィールドの中で上手いこと立ち回れる政治家金持ちばかりが私腹を肥やす

そうした権力者による腐敗を正すのはいだって革命のような民衆による抵抗暴力行使だったけど、『法の支配』が行き届いた現代先進国ではそうした暴力行為は他ならない民衆自身によって忌避される。

からルール悪用し、ルール作りそのものに介入してくるような権力者根本的な形で対抗する術は、法治主義国家にはない。

民主主義が国を縛るから国家は強い政策を取れないし、法治主義民衆を縛るから人々は国の腐敗を止められない。

結局、民主主義国家の持続可能性は低く、ズルズルと弱く、そして腐ったモノになることが運命づけられている。

……と、ここまで言っておいてなんだけど、でも俺は民主主義先進国に生まれることができて良かったと思っているよ。

富国強兵なんかのためにたった一度の人生を使い潰されるのなんてごめんで、俺は趣味自分の周りの狭い繋がりを最優先にして自由自分人生謳歌したい。

ブラック労働も、産めや増やせやも、クソ喰らえだ。

デモとかも自分が気に入らないモノが叩かれていたら痛快に思うけど、それで交通が止まって会社に行けなくなったら「邪魔なんだよあいつらよ~」って悪態をついてしまう。

国家の行く末を憂いての崇高な革命運動よりも、自分日常が滞りなく進行することの方がよっぽど大事だ。

そうやってこの国の未来よりも目先の平和と安寧を優先できる民主主義法治主義が俺は心の底から大好きだよ。

でも同時に、せめて、それらの制度? 国家体制? が未来に対する不正義を内包していることくらいは自覚するべきなのかなと思う。

民主主義法治主義をまるで理想的国家体制の如く喧伝するのではなく、俺達は自分達の明日のためにそれらの制度を使って未来を食い潰していることにちゃんと思いを馳せるべきなんじゃないかな、と。

2021-09-30

anond:20210930000122

操作』ではなく『説得』という意見が出ているが、線引きの難しい問題というのは認めた上で、個人的にはそこまで好意的には見られないなぁ。

子供判断能力を十分なものと認める立場なら『説得』と言っても良いと思うけど、実際に増田含め多くの子供達が年相応の政治的無関心のままに流されて投票したことを思えば、これは『操作』と言った方が適切だと思うよ。

現実選挙でも、いい大人になっても政治リテラシーの低いままの馬鹿をターゲティングにした選挙活動が横行しているが、やはりそういう手法民主主義国家では眉をひそめられるべきものでしょ。

Nちゃんリアル政治家とじゃ利己心や悪意の有無という違いがあれど、結果として起きた現象は同じだと思う。

2021-09-22

大学生だが、日本未来に本当に希望が持てない

現在大学生をやっている者だ。

大学生活とコロナ禍がちょうど重なって楽しくないとかそういったことはもう諦めの域に入ったのでどうでもよい。

1番の問題は、日本という国そのものの将来に希望が持てずいることだ。

私たち世代は、生まれた時には高度経済成長バブルも既に遠い過去の物になり、義務教育では少子高齢化の話をされてきた。数年前(18歳になって)有権者として政治に参加できるようになったが、白票を投じるだけで国政に対する意見自体を持てないままだ。

少子高齢化、伸び続ける失われた10年(今は失われた30年なのか?)、その他社会問題が積み上がっているが、これらはほとんど全部が私たち世代がどうすることも出来ないうちに積み上がった問題だ。

まれた時点でそれらの問題存在していたし、選挙権を得るまでに解決兆しほとんどなかった。解決が難しい問題だし、上の世代の怠慢だと切り捨てることもできないだろう。ただ、積み上がった問題を突然有権者になって押し付けられてしまったというような感覚もある。

若者政治的無関心の理由の1つは、自分たち政治に関わる年齢になった時点でどうにもならない問題が積み上がっていることを成長過程で悟ったこと。また、それらが中高生の頃に見ていて解決されそうもなかったこと。これらの理由ではないかと思う。私自身はこういった理由政治への期待感が持てない。

どの政党が良い悪いではなく、日本問題政治解決される気がしない。

2021-06-19

anond:20210619001741

自民も立民も登録制ネットサポーター募集してるので、そういうとこから参加してくと良いと思うわ。

どの政党支持者であれ政治的無関心層よりは政治参加する人が増えると良い。

2021-06-17

左翼とかネトウヨとかリベラルとか意味がわからない

これは教養政治的無関心からくるんだろうけど自分右翼左翼とかリベラルだとか、そういうとこに身を置く思考をしていないのでなぜそんな領域を持ち出して論戦してるのか意味がわからない時がある。利害関係だけをはっきりさせるだけではダメなんだろうか。というかそれを明らかにするのをめんどくさがっている、あるいは自分利害関係を明らかにしたくない、みたいな汚職汚職の上に堆積して今があるような気がする。やはり最後暴力で洗浄しかないのか?

2021-04-09

太田市長選は地獄の三択

アラサー太田市育ち、そのまま地元就職。大して政治に興味はないが、色々な選挙には一応毎回行っている。

市長選があることは知っていた。現職の清水氏は多選で箱モノ行政気味なところが支持できないと思って、清水氏以外に入れようと思っていた。告示日にポスター看板を見て呆然とした。

立候補者こちら。

町田としみつ氏:新人/NHK受信料を支払わない方法を教える党(元N国党)

清水まさよし氏:現職/無所属/通算7期(合併前3期+合併後4期)

ときお氏:新人/無所属/ウェブサイトなどの届出なし(ポスター看板には訴訟?の陳述書が貼ってあった。)

太田市のことを考えて、清水氏には入れないつもりだったが、太田市のことを考えれば清水氏に入れるしかない。

これが政治的無関心の末路なのか。有権者政治に無関心になった結果、政治家も政党有権者に無関心になった。国会与党選挙について批判した野党も、結局勝てる選挙しか興味がない。

群馬は元々自民党がとても強い地域だし、現職清水さんが相当有力で(だからこそ多選になっているのだが)まともな対抗候補であっても今までも勝てなかった。

からと言って、あるいはどんな政治的な駆け引きがあるにせよ、主要政党が誰一人として推薦候補を立てなかったのは、太田市有権者に興味がないということなんだろうな。それもまた今までの俺たちの政治的無関心が招いた結果なのだから自業自得か。

投票は日曜だ。どれを選んでも、地獄に繋がる選択しかないが、出来るだけマシな地獄を選べたらいいなと思う。

2020-11-19

合衆国大統領選挙不正への眼差しと態度について

 以下の記事のごときものは、自分管理するブログを持っているから、そこで書いて発表すれば良いのだろう。だが、私のブログは人の訪れるものでない。そこでよりは人の目に触れて、多くの人に読んでもらえもするかと想像して、ここに投稿する。

 大統領選投票日以降、いわゆる確実な証拠を挙げよとの要請を口にして、あちこちから報告される選挙での不正に関心を向けることを否定し、さら不正に目を向けながら、大統領選帰趨について論評することを控えるべきであるとする人たちがいる。

 この眼差しの持ち方と態度を守る人たちの中で、次のような人たちのことは、私は特に気にしない。例えば、バイデン民主党候補応援している者、トランプ大統領の退場を望んでいる者。これらの者たちがそうあるのは当然のことであろうから

 私が気になるのは、トランプ応援しているし、トランプ大統領の2期目に期待していると口にして、しか不正への関心を抑制し、それから視線を外して、どちらの候補大統領になるか、もはや自分たちの論評すべきものでない、と口にする者たちである

 代表として上念司、奥山真司の二人の名前を挙げておこう。とは言え、この二人に限るわけではない。彼らは、他の者たちよりは多少は筋道立てて、先の眼差しと態度をとる理由説明しているから、私には扱いやすいのである

 ところでお気づきの人もあろう、私は Youtube虎ノ門ニュース、アメ通 Live をこの一年、大変勉強になると感じて視聴してきた。加えて、上念司チャンネル文化人放送局DHC テレビニュース女子なども、興味深いと視聴を続けてきている。ついでに加えれば、SakuraSoTV とか、古是三春篠原常一郎チャンネルさらにはラジオ文化放送局、おはようちゃんなども、同じ関心に叶うところから視聴している。つまり私は、これらが人々に伝えて、解説する時局、情勢の認識批評が、現状の政治社会を、他のところでのものよりよく捉えていると評価しているし、自分理解を形作る参考にしているのである

 さてそれで、先の二人が自らの態度について言うところは、いくつかの論点から成り立っている。ここで彼らの議論論点全てを取り上げはしないし、そのまま辿ることもしない。同意できるところをあらかじめ挙げておけば、未確定情報に振り回されないようにすべき、選挙不正の論評にいたずらに促されて米国への評価自体を損なってはならない、などの主張を、私もしかるべきものとひとまずは同意しよう。

 だが、総評的にか、つけたりなのか、まるで根本的な姿勢の取り方の如きに、私たち米国大統領選挙権があるわけではない、他国指導者選択であって自分たちの指導者を選ぶわけではない、かように申し立てるところは、さしあたって尤もなことと感じながらも、何かうまくいなされた気分を覚えてしまう。

 さらにまた、不正については、裁判で決することができるのだから、その判断を待つべである不正は訴えることができるのである裁判を起こす権利が彼らにはあるのである三権分立が云々と教え諭されるところになると、いやどうも不正目眩して冷静さを見失っていましたと反省させられる。

 がしかし、先のいなされた気分の中で、この反省を自らに強いてみると、何かおかしものしかもどこか剣呑さを持ったものが潜んでいる不安に、私は囚われるのである

 それが何かと自らに問うてみるに、例えばこんな風に先の主張を言い直してみよう、すなわち、他国重要政治選択は、他国民の決めることであって、こちらが論うことではない、他国政治不正については、他国政治制度か、なんらかの強固な社会規範解決するのを、こちらはただその行く末を見ているべきである、まずはこのように言い換えてみよう。

 そして、他所の国や社会存在していると知らされたり、生じつつあると報じられたり、行われる可能性があると訴えられる不正について、私たちは須く他国政治解決に待つべきなのである他国政治社会能力に期待すべきなのである、このように答えて恬然自若としているべきなのであろうか、このように問うてみよう。

 この記事主題であり、私が気にかかるところの、大統領選挙での不正に対する眼差しと態度に沿うならば、この問いに対しては、然りそうあるべきである、と肯定的に答えることになろう。

 ここに私の不安は、むくむくと大きな黒い影となって、私の胸を塞いでくる。

 なんとなれば、それならば中国でのウイグル人の例の話題や、香港のことも、同じような態度をとって、それらは中国政治選択政治能力処置すべきことであって、不正だの不正義だのと感情を昂らせるようなことではない、中国政治解決に期待して、その帰趨を見ているべきなのである、このような主張も肯定してしまうことになるからである

 中国共産党独裁で、人権もないが、アメリカ民主主義国で、権利と法とがあり爾斯く斯くと言っても、なんの反論にもならない。何故なら、不正からは目を逸らして、ことの成り行きを待とうと説く者たちは、その態度から当然引出される主張として、バイデン大統領就任することになったならば、そうなった米国を見据えて、どう米国と接していくか、どんな外交技術でもって日本国益を実現させていくか、このことに注視せばならないとも力説しているのである

 ここで再び指摘しよう、それならば中国の例の件についてもまた、中国でどんな推移を経ていくのか、それを見定めて、その上で、どう中国と接するか、どんな外交でもって日本国益を実現させていくか、その工夫に腐心すれば良い、かように唱えるのが主張するところに忠実な態度であると言わねばならないかである

 我々は米国民ではない、だから米国大統領選について、なんら口を開くことはできない、物を言ったとしても、なんの意味もない、かように言うならば、これと同じくまた、我々は中国人民ではない、中国人民の状況について、なんらの口を開くべきでもなく、他所の国の我々が何かを指摘したとしても、なんの意味もない、このように言うべきことになるからである

 名前を挙げた二人についてみれば、上念司不正に対する感情を、自らにおいても他者においても、抑制せねばならないと留意するところから、先の態度を唱えているように見受けられる。その抑制理由も、私かに慮れば、納得できないものでもなく思える。しかしながら、政治への冷静さを得るための距離を取らんとして、政治的無関心・アパシーへと導く主張に近づいているように、私は思うのである。そして私がこれについて恐れるのは、政治不正への無関心を理屈だてる主張の、その一歩先に、人々の無関心によって批判されることなく、剥き出しの欲望自由になっている、そんな地平が広がっていると考えているかである

 他方奥山真司については、私の貧しい知識ながら理解する地政学よりして、選挙での不正といったものも、人権侵害といったものも、そうした政治価値に反することや、あるいは何かしらの理念に悖ることなどは、さしあたって考察の中になく、いやおそらく関心を向けるところですらなく、そんなことはどうであっても、つまり習近平中国共産党独裁国家らしいあり方をし続けていくのに対して、またバイデン米国民主党主導で営まれていくのに対して、日本国が自ら所持し、かつ国際的に構築できる政治的な力・リアルなパワーを行使して、日本国益を実現していく道筋を見つけることが、彼の主たる関心であり、もしかしたらそれが全てではないかと思える。

 いつ頃までのことであったろうか、昔は、ジャーナリズムというものが言われていて、それを実践するに努めたテレビ新聞報道では、何かしら政治不正が行われている国が、ことの重要性に応じて、熱心に取材され、分析され、そして批評されて、テレビ番組や新聞記事となっていたものである

 一つの話題が集中的に報じられるときには、国際世論喚起という風に目的づけか性格けがなされたもので、問題ある国に対して、国際社会には厳しい批判非難が湧き起こっているぞと感じさせて牽制を与えることで、その国の不正が深刻なものとならないように働きかけるのだ、そんな意義づけもなされていたと覚えている。

 今から思えば、そうした国際報道も国際規模でメディアを利用しての政治工作、そんなものと感じないでもないが、たとえそうであれ、米国の今回の大統領選挙では、こんな不正、こんな暴力、こんな悪事が行われているのだと、盛んに話題にするならば、外国でそんな風に言われてしまっていることが、よしやごくわずかなものとしても、それなりの牽制になるだろうと、やはり私は思うのである

2020-05-18

anond:20200518095432

政治的無関心が増えて、投票率が下がれば下がるほど創価学会存在意義が増す

 

正しい

 

>「政治のことをよく分かってない芸能人が口出しするんじゃないよ」って今回の動きも一部は学会員の人たちのものだろう

 

バカがよくやる因果関係の錯誤。

悪い事件が起こったとき、そこに意図陰謀があると考えてしまう。

逆に考えるんだよ。学会員にそんな策謀を巡らせる能力があるとお前は思うのか。ねーよ

政治的無関心が増えて、投票率が下がれば下がるほど創価学会存在意義が増す

政治のことをよく分かってない芸能人が口出しするんじゃないよ」って今回の動きも一部は学会員の人たちのものだろう

検察定年延長に乗っかった芸能人たちには学会員からの猛反発(あいつをテレビに出すな等のスポンサーに対する抗議)が予想されるんだけど

幸いなことに当面はテレビ番組なんて再放送オンパレードだろうから学会員がそうやって動いてもあまり意味はない

とりあえずは「芸能人政治に口出すな」と言われたら「宗教団体政治に口出すんじゃないよ」と返してあげよう

2020-05-12

解脱世代

・車やブランド物に興味がない→財産への欲がない

出世役職に関心がない→名誉への欲がない

恋愛に全く関心がない→性欲に惑わされず自らを律する

コミュ力重視→他者を慈しみ怒りの感情を捨てる

政治的無関心自分境遇社会のせいにせず、自分自身が変わろうとする

・酒やタバコ消費量低下→快楽に溺れていない

2020-05-11

anond:20200511170726

政治的無関心が染み付いていることがありがたいのですか?

2020-05-10

「猫と漫画の話だけしてる最高インターネットになってほしい」って良識的ではないだろ

はてブでもTwitterでも、政治社会問題の話はやめて猫と漫画の話だけしてるインターネットになってくれみたいなこと言う人がちょいちょい現れてスターなりRTなり集めるじゃん。

しかもそれが良識ある落ち着いた意見みたいな扱いでさ。

クソおかしくない?

堕落してるけど本音、みたいな扱いならまだしも、政治的無関心や衆愚化を促すのは良識ある意見ではねえだろ。

2019-04-08

anond:20190408215823

スマホ投票できるようにする

政治的無関心をなくす

これができれば投票率は上がるよ多分

2018-01-05

世代

1920年代1930年代まれ

戦前世代

青少年期に日中戦争太平洋戦争体験し、1920年代まれ徴兵経験する。

終戦時の年齢は6歳から25歳。

高度経済成長期(1954-1973)には15歳から53歳

安定成長期(1973-1991)には34歳から71歳。

バブル時代(1986-1991)には47歳から71歳で管理職および経営トップを担う。

定年(60歳)は1980年から2000年まで。

現在は80代・90代。

バブル時代総理大臣を務めたのは中曽根康弘(1918生)・竹下登(1924生)・宇野宗佑(1922生)・海部俊樹(1931生)。

それ以降も小泉純一郎就任まで、1920年代1930年代まれ総理大臣が続く。

1940年代まれ

1960年1970年安保闘争ベトナム戦争に対する反戦運動1960年代後半に過激化した学生運動などを大学体験した「全共闘世代」。

1940年代後半生まれ戦争終結による第一ベビーブームで生まれた「団塊の世代」。

高度経済成長期(1954-1973)には5歳から33歳で、主に青少年期を過ごした。

安定成長期(1973-1991)には24から51歳。

バブル時代(1986-1991)には37歳から51歳。

定年(60歳)は2000年から2010年まで。

現在は70代。

歴代首相では、麻生太郎(1940生)・小泉純一郎(1942生)・菅直人(1946生)・鳩山由紀夫(1947生)。

1950年代まれ

上の世代反面教師政治的無関心が増えた「しらけ世代」。

1950年代前半生まれ団塊から引き続き人口の多い「ポスト団塊」。

1950年代後半生まれ人口の少ない「谷間世代」。

高度経済成長期(1954-1973)に幼少期・青少年期を過ごした。

安定成長期(1973-1991)には14歳から41歳。

バブル時代(1986-1991)には27歳から41歳。

定年(60歳)は2010年から2020年まで。

現在は60代。

歴代首相では、安倍晋三(1954生)・野田佳彦(1957生)。

1960年代まれ

従来とは異なる感性を持つとされた「新人類」。

1960年代前半生まれは引き続き「谷間世代」。

1960年代後半生まれバブル時代就職した「バブル世代」。

幼い頃からマンガアニメゲームバラエティ番組洋楽などに親しんだ「元祖サブカル世代」「オタク第一世代」。

高度経済成長期(1954-1973)に幼少期を過ごした。

安定成長期(1973-1991)には4歳から31歳。

バブル時代(1986-1991)には17から31歳。

現在は50代。

1970年代まれ

バブル崩壊後の不景気就職した「就職氷河期世代」「ロスジェネ」。

1970年代前半生まれは、団塊の世代による第二次ベビーブームで生まれた「団塊ジュニア」。

安定成長期(1973-1991)に幼少期・青少年期を過ごした。

バブル時代(1986-1991)には7歳から21歳。

現在40代

1980年代まれ

出生率の低下が問題となりはじめた時期に生まれた「少子化世代」。

1980年代後半生まれは、脱・詰め込みの教育を受けた「ゆとり世代」。

ただしゆとり教育のもの1980年から施行されている。

安定成長期(1973-1991)に幼少期を過ごした。

現在は30代。

1990年代まれ

物心ついた頃からPCインターネットが普及していた「デジタルネイティブ」。

ゆとり教育を受けた「ゆとり世代」、および不景気下で育ったために無欲と言われる「さとり世代」。

現在20代

2017-11-29

anond:20171129215910

なるほど、政治的無関心が腐敗につながるというのが実証されたわけだな

2017-10-08

立憲民主党選挙公約について

先日、立憲民主党選挙公約を発表した。私は立憲民主党結党に心を揺さぶられた者の1人として、選挙公約の発表を心待ちにしていたのだが、実際に選挙公約(ここで見れる → http://cdp-japan.jp/teaser/pdf/pamphlet.pdf)を目にして、ある1点についてかなり失望した。立憲民主党議員定数の削減を主張していたかである

ここ数年、議員定数を削減すべきであるという声が様々なところから噴出している。例えば今回の衆院選では、現時点で立憲民主党の他、日本維新の会希望の党議員定数の削減を明確に選挙公約として打ち出している(なお、自民党公明党社民党自由党共産党日本のこころについては、選挙公約確認したが議員定数削減文字確認できなかった)。議員定数削減を主張する政党が出てきている背景には、言うまでもないが、他の政策を実現させるための財源を提示しなければならないという考えがあるだろう。何かと問題を起こし、国民からヘイトを集めがちな議員への報酬カットすることは多くの国民をスカっとさせるので、議員定数の削減は財源を確保できて支持も獲得できる、まさに一石二鳥政策になるわけである。だからこそ、ポピュリスト政党の道具に利用されることが多い。

しかしながら、議員定数の削減には非常に大きなデメリットがある。結論を先取りすれば、(1)議員1人当たりの有権者数がより増大する、(2)議員政策への習熟度が低下する可能性が高くなる、(3)野党がより淘汰される可能性が生じる、の3点が問題点として浮上する。順に簡単解説しよう。

1つ目の点については、議員定数議論される際に必ず問われる問題であるそもそも、他の先進民主主義国と比較しても、日本議員の数は決して多くはない。単純に日本人口1億2800万人を今回の選挙で争われる定数465で割ると、国民27万5200人につき国会議員が1人という計算になる。多国におけるこの議員1人当たりの人口を例に挙げていけば、イギリスでは4万4000人、ドイツでは118000人、フランスでは6万8000人、オーストラリアでは9万8000人、アメリカでは57万8000人(アメリカ例外か)である。ちなみにロシア23万2000人、韓国は16万2000人である。国際比較すれば、日本議員の数がそこまで多いわけではないことがわかるだろう。単純に考えれば、議員1人当たりの国民の数が多ければ多いほど、議員立法府)と国民の間の距離は遠くなる。ますます政治的無関心が増大するのではないだろうか。

2つ目の点についてはあまり触れられることがないものの、極めて重要問題である内閣提出法案ほとんどである我が国においてしばしば忘れられがちではあるが、議員所属する国会は唯一の立法機関である。そして議員は、様々な委員会所属し、その場で政策に関する議論を行う。とりわけ自民党が長期にわたって与党の座にある日本では、野党議員はこの委員会において行政のチェックを行うことになる。活発な議論や厳格なチェックのためには、与野党委員がそれぞれ政策にある程度精通している必要があるのは言うまでもない。しかし、議院定数が大きく削減されると、1人の議員所属しなければならない委員会の数が多くなる。首相閣僚議長(41人)を除いた議員の数は424人。現在常任特別委員会の総定数は985なので、1人あたり2.32の委員会所属することになる。仮に、日本維新の会が主張する定数3割カットが実現したとすれば定数はおよそ300になるが、その場合首相閣僚議長を除いた259人が委員会を受け持つことになるので、1人当たり3.80の委員会所属する計算になる。そうなれば議員は今よりさらに忙しくなる上に、政策への習熟度の低下は避けられないし、相対的に、政策過程における官僚の影響力が強まるのである。我々有権者は、議員選挙でクビにできるが官僚はクビにできない。だからこそ、政治主導が求められたのではなかったか

3つ目の点は、あくまで予想に過ぎない。議員定数を削減しようとした場合、1ケタ程度であれば、小手先選挙区定数変更でどうにかなるだろう。しか日本維新の会が主張するように、3割(127人)削減とまでいくと、選挙制度を抜本的に改革しなければならなくなる。そうすると、次の選挙制度はどうなるだろうか。仮に現在の並立制の比率を維持するとすれば、大体小選挙区200と比例代表100程度になるだろう。小選挙区制が大政党に有利で比例代表制が小政党に有利なことはよく知られている。しかし、比例代表制選挙区地理的規模が大きくなるほど、そして定数が小さくなるほど大政党に有利になることは以外と知られていない。あくまで予想だが、この選挙制度で戦えば、少数野党は現状以上に淘汰される可能性がある。さら問題なのは比例代表を廃して単純小選挙区制採用するか、もしくは小選挙区制比率現在より高くすることである。そうすれば先程と同じく、小政党は淘汰されるであろう。現在政治状況で、淘汰されるであろう政党がどの政党かを想像することは容易である

ここまで述べてきたことは、全て民主主義の根幹に関わる問題である。1つ目の点は政治立法府)と国民距離がより離れることになりかねず、2つ目の点は官僚優位と更なる立法府権威低下を促進しかねず、3つ目の点はマイノリティ代表する少数政党立法府から排除に繋がりかねない。ここで再び立憲民主党に戻ろう。立憲民主党枝野代表は、演説において「右からでもなく左からでもなく、上からでもない草の根政治」を目指すと述べた。のであれば、以上3つの問題点を招きかねない議員定数の削減などを選挙公約に掲げるべきではない。たかが(と言っては何だが)数十億円の財源確保のために、民主主義根本を揺るがすような主張を行うことには、私は賛同できない。私は一刻も早く、立憲民主党議員定数の削減公約から削除し、その他の代替案を掲げることを望む。

2017-06-03

政治をこじらせるとおかしくなるのでないか

ホッテントリヘイトスピーチしばき隊が同時に上がっている事に気が付いた

ヘイトスピーチ>「失うものばかり」後悔の元「突撃隊長」

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170602-00000082-mai-soci

しばき隊界隈が作ったハッシュタグ #安倍を吊るせ 案の定炎上

https://togetter.com/li/1116257

正直言って右だろうが左だろうがどちらもおかし

以前から思ってた事だけど、やたら盲信的・攻撃的になったりと政治関わるとおかしくなるのではないか

俺が人事だったら絶対に採りたくないな

やはり積極的政治的無関心を通すのが正義

2015-09-09

政治的無関心

ニュースを見ても、政治家に関して報道されるのは叩かれるような言動だけで、良いことをしても目立たない。

政治家を真っ当に評価しようとすると、何をやってきた人か、どういう思想の人かをよく調べて、

他の人と比較するなど様々な角度から検討する必要がある。

その上でできることは選挙で1票入れることだけ。結果に影響することは実質ない。

コスパ悪い。

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