2020年06月27日の日記

2020-06-27

anond:20200626222935

太平洋戦争」がアメリカ視点から呼び方に過ぎないのは明白だが、かと言って大東亜戦争実態に即しているとも言いがたい。ハワイミッドウェイニューギニアオーストラリアセイロンマダガスカル、そしてインド洋での海戦など、「東亜」の名を拡張して呼ぶのは無理があり過ぎる。

anond:20200626133912

城崎温泉って確か市民は半額以下の値段で入れるよね

張り紙かなんか見て羨ましいなーと思ったのよく覚えてるわ

anond:20200627002820

そういうのはだいたい

周りの大人が語るエピソードが刷り込まれ記憶創造されるやつ

子供の頃の大富豪ルール

思い出しながら書いてみる。

大貧民」という名称もあることや、8切りなどのローカルルールは、大学で多彩な出身の人たちと出会うまで、存在すら知らなかった。

このルールで特徴的なのは大富豪富豪は、大貧民や貧民へ、最小札ではなく連番やペアになる札を返すことが普通だった。

これによって連番つづきの場か複数枚つづきの場かの調整ができ、大富豪組対富豪組のようになり、順位の入れ替わりは多かった。

anond:20200627002538

小さい頃の記憶は覚えてる人はほんとよく覚えてるよ

幼稚園の頃の記憶を詳細に覚えている友人とかいる(見ていた大人記憶と照らし合わせてもなんら矛盾ない)

[]6月26日

腰抜かすぐらい給料が下がることになった。

しかも俺の仕事ぶりとか、コロナウイルスの影響とか、業績の悪化とか、一切関係なく。日本法律が変わったことによる仕方ない変更(と会社は言っている)

マジでありえないと思い、無料相談所に電話かけたがどうも合法らしく、本当にそういう法律らしい。

いやいやいやいやいやいや…… こんなん法律の方がバグっとるやろ……

はーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

いやあ。

俺この半年ぐらい頑張ってたんだけど、その結果がこれかあ。

いやもうさ。仕事自体は割と評価してもらえてるのよ、これと関係なくコロナで規模縮小があったか白紙なっちゃったけど、それでも僕が頑張ったからこそ次に繋がれるところまでは頑張ったのよ、その事実があるだけにこの結果が辛すぎる。(なんかここ変だ。拡大が無くなっただけで現状は維持できてる)

頑張ったことが報われないのは、まあしょうがないんだけど。頑張ったことと一切関係なく、ただただ上からこうして奪われるのつらいわ。

なにこれマジで? 本当に?

ふぁああああああああああああああああああああああああああ。

こんな状態仕事モチベーション維持できるわけないじゃん。

辛すぎる。下がる額が額だよ。ちょっと信じられん。

こうなるんだ、ちょっと俺頭悪かったわ。こんな簡単給料って下がるんだ。しかもこんな量。

なんでこんな法律作ってんの? 頭おかしいでしょ。こんなに下がるんだ。っyマジでか。

うそだあ……

どうしたらいいかさっぱりわからない。

本気で辛すぎる。

コロナのアレで下がるとか業績が悪化してとかならまだしも、法律!? 法律給料が下がるんだ。こんなに直接影響があるなんてさっぱりわかってなかった。

あーーーーー自己責任自己責任自己責任自己責任自己責任自己責任自己責任

はいこち自己責任になりまーす。

自己責任大盛りくださーい。

自己責任自己責任自己責任自己責任自己責任

自己責任でーす。

ゲーム

ゲームなあ、ゲーム……

寝る前にポケモンスマイル歯磨きするわ。

寝れる気がせんけど。

座ってるとケツが熱い。

メッシュ椅子だったらケツ扇風機だったんだがなあ。

座椅子クールなケツにする方法ってない?

震える少女のやつさ。

自分主義主張に都合が悪いからって、自宅に押し掛けてヤクザまがいの脅しをする奴は論外だが、

それとは別に、何十年前の古い映像うつっているのは私ですって名乗り出るのどれくらい信憑性あるんだとは思うわ。

まだ年頃ぐらいならまだ信じられるがあんな小さい頃の記憶なんてあてになるのか。

「&」って上手に書ける?

絶対変なバランスになるんだが

anond:20200626071732

声の幅広すぎだよな

ちゃん声優って感じがしてて好きだわ

ドル売りしてるわけでもねえしな

anond:20200626211232

お、おい、、(汗

向こうは絶対に忘れないぞ。

日本はいろいろ良くしてやったのに、いざこっちの本国が危なくなって青息吐息の時に後ろからグサっと刺しやがって、、、 くらいに思ってるハズ。

おかげで大帝国崩壊しちゃったし....

ストラテラ飲み始めて半年経った

日が経つの早いなぁ

まりイライラしなくなったしイライラしてもすぐ忘れられる

何より気持ちが落ち着いている

余計なことを考えなくなった気がするのだが文字通り本当に考えなくなった

自分仕事趣味のこと以外何も考えてない

親とすら連絡も取らないしネット友達とも会話がないしSNSもやらないので交流が一切ない

今思うとADHDより社会的孤立の方が問題なのかも知れないな

こんな人間でも仕事があるだけ有り難い

旅行にでも行けたらいいんだがこんなご時世なのが辛い

プライベートがつまらいか仕事で充実感を得ようとすると無駄な欲が混じるから仕事も上手くいかなくて充実感は得られず疲労感だけが増し休日身体を休めることしかできずプライベートがつまらいから〜(はじめに戻る)

anond:20200626233315

ワニとの差はどこにあったのか?

ワニの方を見ていないから知らないんだが

需要はないし元気もないし涙すら出ないし人間やめたい

フェミニストレイシストはどうしてガンダムを観ないの?

ガンダムって根幹にあるテーマが「差別」だから、観れば得るものも多いのに

無理なのに涙すら出ない

泣いてスッキリさせたいのにそれすらできなくなってしまってて無理

anond:20200626104244

JR沿線民としては、月末の5,000円消費する日として定着している

https://www.jrepoint.jp/campaign/0060000318

国立新美術館の「古典×現代2020」に行ったんだけど、現代美術ってつまんねえなといまさら

菅木志雄

宣伝動画で「来る人は美術館に石ころがあると考えませんから」なんて言っているけど、感覚が半世紀くらい遅れてんじゃないのこの人。いまどき美術館に石ころがあった程度で、なんも思わんわな。それとも現代美術ファンは、美術館に石ころがあったらびっくりするの? そんなんだったら、徳川美術館で水石「夢の浮橋」見たら、腰抜かしてしまいそうだな。まして国立新美術館美術館ではなくて、美術館詐称する展示場なんだが。

川内倫子

いい写真だと思うよ。インスタで流れてきたら迷わずいいねを押すだろうね。その程度。

棚田康司

円空と並べて展示してつらくなかったのかな? 作品の持つ力の差が歴然と感じたが。まあ、本人やファンが満足ならいいけど。

鴻池朋子

皮緞帳は粗大ごみしか見えんかったというのは置いておくにしても、刀剣とのスケールの差が大きくて「組み合わせた壮大なインスタレーション」と感じ取るのは難しいな。現代美術ファンは器用だ。なお刀剣展示の照明ダメじゃね。刃文見える?

田根剛

中では唯一作品を展示していなかった。仏像展示の演出お仕事。動く照明と録音された声明だけのインスタントでチープな演出。本物の宗教儀式が、さまざまな工夫を凝らして神秘性を演出しようと努力しているのに比べれば、子供だましみたいなものだ。

しりあがり寿

おもしろパロディではある。こっちはツイッター映えか。アニメーションは途中までしか見てないから何とも言えない。

皆川明

印象うすい

横尾忠則

さすがに力のある作品で見応えがある。ただ、「針のない時計は〇〇(忘れた。時間の超越とかそんなんだった気がする)を意味します」みたいな作品解説を読んで、深いなあなんて思わなきゃならないとしたら、俺には現代美術は無理だ。

古典の方は見応えあるよ。念のため。

追記

古典×現代2020」について、古典側も含めて、もう少し詳しく書いてみる。

仙厓×菅木志雄

仙厓の作品は掛軸1つ。円相図といって単なる○が書かれている。○には悟りや真理、仏性宇宙全体などと宗教的歴史的にいろいろな含意があるようだ。添えられた賛がいい。「これくふて御茶まひれ(これ食ってお茶を召し上がれ)」。

洒脱だねえ。かっこいい。この作品初めて見たんだけど、賛を読んで、ふわっと心が軽くなるような感じがして、ああい作品を見たなあと。

それに比べて菅の作品。それっぽい思わせぶり以上の何かだとは思えないな。解説聞いたら納得や感動するの、これ?

花鳥画×川内倫子

川内写真は数が多くて辟易した。いちいちつきあってられんわというのが1番の感想。前回インスタ云々と書いたけど、でかく引き伸ばした写真とかもあり、それはそれででかい会場で展示する意味はあるのかもしれない。ただちゃん選抜してくれ。花鳥画の方は6幅なんだよ。

花鳥画の方で目を引いたのは、森蘭斎筆/梁田象水賛の牡丹図(神戸市博物館蔵)。背景に大きく描かれた太湖石は伝統的な描法。手前の牡丹西洋画の影響をうかがわせる陰影がついている。でありながらうまく調和していると思う。おもしろい。賛は読めんかった。誰か教えて。

円空×棚田康司

棚田作品には全然目が行かなかったんだよなあ。円空いいなと思ってただけだった。荒々しさというか生々しさというか、そういうのがいいよね。というわけで、棚田作については何も言えない。

いちおう言っておくと、もともと円空あんま好きじゃなかったし、今回で好きになったというわけでもない。それでも円空ばっか見てたのだ。

刀剣×鴻池朋子

mitimasu 冷たいドブをさらって原石を見つけるのが楽しくないなら向いてない/刀剣は手に取って角度を変え光の当て方を変え…という見方ができない以上、どこの展示もそんなもんだと思うけど?国立新が特にひどいのか知らんが

刀剣の展示は、1つ1つに小さなスポットライトが当たっていて、それを刃文のところに乗せるように見ると刃文が浮かび上がるようになっているのよ。そして横にスライドしながら刃文を見ていくと。刀剣博物館でも東博でもなんでも、刀剣展示ってのはそういうもの

今回の展示ではそのスポットライトがなかったはず。だから見えない。

ひょっとしたら俺が見落としていただけなのかもしれない。また、刃文の見えない展示もありだよねってことなのかもしれない。いずれにせよ、日本刀にそれほど興味ないからなんでもいいんだけど。

会場内で配られていた「アートのとびら×作品リスト」なるガイドブックに、別の機会での皮緞帳の展示の写真が載っていて、それで見るとこの作品なかなかよさげなんだよなあ。ライティングが異なる。あと中央にぶら下がって振り子のように揺れていた首がないのがいいのかな。

そのガイドブックには、「同じ部屋に展示されているのは、美術品としてケースに入れられている刀剣です。刀剣はかつては武器、または切る道具でもありました」とある。これ書いた人って、刀剣の展示を見て、自分の体が切られるようなぞくぞくする感覚を味わったことがないのか。もうちょっと古典作品としっかり向き合おうよって思う。

仏像×田根剛

前回子供だましだと書いたけど、ツイッターみると評価高いのよね。意外だ。

他の作家と違って、この人は作品制作せず、仏像の展示演出を手掛けている。演出手法は光と音で、具体的に言えば動き変化する照明と録音された声明だ。

立体物の屋内展示で照明が固定されているということに以前から不満がある。屋外ならば太陽位置で影の付き方が変わって見え方が違ってくるからね。たとえば上野国立西洋美術館に行く楽しみの1つが、今日ロダン地獄の門がどんな表情を見せてくれるのだろうかということだったりする。

から今回の田根の試みのうち、照明を変化させる、動かすという点自体評価したい。ただその変化のさせ方や動かし方については、もう少し考えがあってもよかったのかもしれないと感じた。

正面下方から照明を当てる瞬間があるけど、これはいい、というか正しい。お堂に安置された仏像は、下の方に置かれたロウソクの火に下から照らされる。だから仏師もそれで映えるように仏像を作っているはずだからしかし、仏像の周囲にいくつかのピンライトがあって、それが上下に等速度直線運動してるってのはどうなのって思った。

まあ、しかし照明の方はまだいい。音の演出の方はちょっとひどいのではないか。録音された声明スピーカーで流しているんだけど、音響についての工夫がまったくないのね。仏像向かって右手、部屋の奥の方にスピーカーがあってそこから流れているんだなってのがわかる。どこからともなく聞こえてきて展示室内を包み込むような感じに聞こえるとかそういうの全くないの。音響について完全になめてる。

さらに言うと、仏像の展示位置が低いと思う。立って見ると正対するほどの高さ。一般仏像は高い位置に据えて、仰ぎ見るもの。その下からの角度で見て映えるように造られているはず。この仏像の一番映える角度がどのあたりかは知らない。しかし今回正面から見て違和感を覚えたから、下からの方がいいと推測する。そういった点、たぶんこの人なにも考えてない。

北斎×しりあがり寿

出品しているのが大きく2種類で、うち1つがアニメーション。これは半分くらいしか見てない。なにも惹かれるところがなかった。

もう1つは、冨嶽三十六景のパロディちょっと可笑しなほぼ三十六景」で、いくつかの作品元ネタ北斎作と並べて展示していた。

北斎の冨嶽三十六景は三十六景といいつつ、追加があって全部で46図ある。一方パロディ版が全部でいくつあるのかしらないけれど、きっちり36ではないからなのか「ほぼ」とついている。三十六景といいつつ平気で10枚追加したあげく、三十六景のまますました顔をしているところの江戸っぽさ(前近代っぽさ)と、きっちりでないので気になって「ほぼ」とつけてしま現代っぽさの対比が興味深い。

それはさておき、このパロディけっこういいのだ。うまくて唸らせるし、おもしろくて笑わせる。

でもね、「和紙インクジェットプリンタ」なんだよ。実物見意味なんて全くないからね。前回「ツイッター映え」と書いたのはそういう意味も含んでいる。なんつーか、いろいろ退化してるね。

乾山×皆川明

ツイッターで見かけた感想なんだけど

伝統×現代アートという切り口から伝統的な作品の「もの」性を再発見していく展覧会だと思いました たとえば皆川明×尾形乾山の展示を見て、私は初めて乾山の器の「素材」を認識しました そうか、これは焼き物だったんだ!という新鮮な驚きがありました

ちょっとびっくりしたよね。乾山見て焼き物だとわからないような〇〇〇がありがたがってるのが現代美術ってことなのかな。

このコラボレーションは2種類に分けることができて、1つは独立ケースに乾山作が収められており、その上に大きく平たい円筒状の布(皆川作)がぶら下がっているというもの。6セットあった。これは両作を同時に視野に納めるのが難しく、あまりうまくいっていないように思えた。

もう1つは、小さな様々な端切れが継ぎ接ぎされた数メートルはあるかという布の上に、ところどころ乾山作の陶器陶片が置いてあるというもの。ごちゃごちゃしたものの上だと乾山は映えないなというのが感想だけど、皆川明、というかそのブランド「ミナ ペルホネン」は明らかに自分ターゲットではない(というかそもそも初めて聞いた)ので、これが素敵だという人がいるなら、その感想についてどうこう言うつもりはない。

乾山の作品では「色絵石垣文角皿」(京都国立博物館蔵)がお気に入りモダンな味わいがある。かわいくてすてきだ。

https://syuweb.kyohaku.go.jp/ibmuseum_public/index.php?app=shiryo&mode=detail&list_id=267439&data_id=20219

蕭白×横尾忠則

この展覧会に行った理由蕭白蕭白が4作出てたら行かざるを得ないよね。で、行ってみたら現代美術作品がつまらなくて、ひどい言い方だけど抱き合わせ商法にあったような気分になったわけ。

新出の游鯉図の眼がリアリティあって見事だった。群仙図屏風(東京藝術大学蔵)が、個人的蕭白と言えばこうのって作品で大好き。

宣伝動画のなかで横尾は、人間本質・魂の表現蕭白作品の中にこめられた重要メッセージで、現代人が見失ったものだみたいなことを言っているんだけど、これ賛同する人ってどれだけいるんだろ。まったくピンとこない。

そのほか

kei_ex 増田近代美術館のドイグ展とか行くとどう思うのか気になる(コンテンポラリーだけど、手法比較古典

行ったよ。特に第1部はすてきだなと思う絵が多かった。ただ基本的個展っていまいちよね。いろんな人の作品が見れた方が楽しいな。そのなかに数点ドイグがあったら、より魅力を感じたかもしれない。個人詩集よりアンソロジー読んだ方が楽しいし、好きな詩がより映えるよねみたいな感じ。個展だとその作家をどのように位置づければいいかもわかりづらいし。いまああいった絵を描きつつ評価されているというのは、いったいどういうことなんだろ。

yama_bousi 現代美術自分好きな人は、淺井裕介氏、高松和樹氏、蔡國強氏、ちょっと古いのではキースへリング藤城清治氏、あとドール世界とか凄いなあ、と思う。現代美術とは違うがぴろぴと氏は大好き。

おお、ありがとう積極的に見に行くことはしないだろうけど、いちおう名前は覚えとくわ。

もうシノブちゃんの声が誰だったか忘れてしまったよ

anond:20200626234819

黒人というだけでリアルに殺されるような国よりよっぽど治安がいいはずの日本でこんな傾向なのは不思議

国民性しか言えないのではないか

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