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2011-11-23

コピーコピーコピーで記事の体裁をなしていないJ-CAST

今更言っても無駄だと、それがJ-CAST連中のやり方だと言ってしまえばそれまでかもしれない。Jカス絡みでこんなのはよくある事だ。けどやっぱり今回の仕業にはあまりにも目が余る。

これについてだ。

「今のアニメはコピーのコピーのコピー」「表現といえない」 押井守監督発言にネットで納得と逆ギレ (1/2) : J-CASTニュース

この記事は、朝日新聞社サイトで連載されている小原篤の連載コラム「アニマゲ丼」を発端として書かれてるもの

こちらがそれ

asahi.com(朝日新聞社):「若者は夢を持つな」と監督が言った - 小原篤のアニマゲ丼 - 映画・音楽・芸能

そもそもは11月12日東京芸術大学で開催された、「第2回 映像メディアサミット LOOP-02 マンガアニメ映像メディア学的再考」というセッション押井守が参加し、トークした内容が大本になっている。

その模様はユーストでアーカイブとして見れたが、20日までの限定配信で現在は見れない。


まず「アニマゲ丼」の記事は、見出しが示しているように「若者は夢は持つな」という旨の発言を軸にしている内容である事がわかる

以下引用

asahi.com(朝日新聞社):「若者は夢を持つな」と監督が言った - 小原篤のアニマゲ丼 - 映画・音楽・芸能

 「やさしい、というのは、励ますとか慰めるのとは違う。『親身になれた』という意味で、それまでは若者のことはどうでもよかったのが目を向けるようになったということ。で、若い人のことを考えれば、本当のこと、残酷なことを言わざるを得ないと思い、ちょうどそのころ中学生高校生と話す機会がたくさんあったので、こういう話をした。あなたたちは限りなく凡庸で無名で何の個性もないんだ、『一人一人がかけがえのない存在だ』なんて大人のウソを信じるのはやめて、早く幻想を捨てろ、夢を持つな、あなた方の未来にいいことなんて何一つないんだ――というところから始めたらどうでしょうか、と」

 なんて身も蓋(ふた)もない、と思いましたが08年8月11日の本欄で私は「スカイ・クロラ」について「あまりに救いのない、というか身も蓋もない結末ではありませんか」と書いていたのを思い出しました。

ここが「アニマゲ丼」で一番取り上げたい部分なのだろう。

この押井守の主張に関する是非は置いておくとしても、この記事自体はバイアスがかかっている気がする。

実際の講演は第2部「アニメーション日本戦後社会ロボットサイボーグアンドロイド、そして人間」というタイトルが付けられている通り

パトレイバー攻殻機動隊監督した者として押井ロボットアンドロイドのあり方を問い、技術論を語り、さらに原発の話題にも振れていくところが主体の講演だった筈だ

ここのスカイクロラの部分はほとんど寄り道であって、「アニマゲ丼」の記事を書いた小原篤主観として誇張気味に書いている節がある。

いわば押井の講演内容からコピーしてトリミングして、そこに小原自身の主観を交えながら書かれている記事だ。

J-CASTはそこから更に、何故か突然「萌えアニメ」「ハーレムアニメ」などと言った単語を挿入し、押井守が今の萌えハーレムだらけのアニメ業界に苦言しているようにも取れる記事を書いている

それが冒頭のURLなのだが、かなりおかしい。

まずアニマゲ丼から押井が今のアニメに苦言しているという部分を引用する

asahi.com(朝日新聞社):「若者は夢を持つな」と監督が言った - 小原篤のアニマゲ丼 - 映画・音楽・芸能

そして現実劣化コピーに過ぎない実写と違い、「現実に根拠を持たない」アニメは珠玉の工芸品となり得、アニメはその根本から細部までコントロール可能であるがゆえにその力を使ってアニメ監督は、全世界・全歴史に向けて自分の言いたいことを完全な形で言えてしまうという誇大妄想の極限を味わうことができる。これは悪のにおい、危険なにおいがする。ゆえに若い人をひきつける。しかし僕の見る限り現在アニメほとんどはオタク消費財と化し、コピーコピーコピーで「表現」の体をなしていない。

これはどちらかというと、アニメ監督をすることで「誇大妄想の極限を味うことができる」部分に目が行くと思うのだが

前後をぶっちぎって、今のアニメほとんどはコピーのコ(略)の部分に脊椎反射している人間が多いようだ。

しかしこの記事のこの部分は全貌するとこうなっている

asahi.com(朝日新聞社):「若者は夢を持つな」と監督が言った - 小原篤のアニマゲ丼 - 映画・音楽・芸能

 押井監督は、日本人科学技術の表面的な受容と円滑な運用のみにかまけ、その技術の核たる思想、技術ゼロから立ち上げる思想を持たなかったことが今回の原発事故を生んだと指摘。様々な当事者認識を改めるために今回の事態をヒロシマナガサキに続く「第3の原爆」と呼ぶべきだと訴えました。「技術の思想」の欠如は、ロボットに「かっこよさ」のみを求めるアニメ製作者の思考にもあてはまる、と自作機動警察パトレイバー」をもとに批判を展開し、そして訴えかける核を持たない日本アニメは、その表層を細緻(さいち)に描き込み磨きあげることで「極東の島国の珍なる文化」として世界に地位を獲得したと分析工芸品的に細部を作り込みたがるその日本人的な意識が、細緻(さいち)な映像表現に好適なロボットアンドロイドサイボーグなどへと向けられた結果、肉体や自意識をめぐるテーマへと結びつき、つまりアニメという表現形式が発展過程テーマをはらんでしまったのだと説き明かしました。そして現実劣化コピーに過ぎない実写と違い、「現実に根拠を持たない」アニメは珠玉の工芸品となり得、アニメはその根本から細部までコントロール可能であるがゆえにその力を使ってアニメ監督は、全世界・全歴史に向けて自分の言いたいことを完全な形で言えてしまうという誇大妄想の極限を味わうことができる。これは悪のにおい、危険なにおいがする。ゆえに若い人をひきつける。しかし僕の見る限り現在アニメほとんどはオタク消費財と化し、コピーコピーコピーで「表現」の体をなしていない。あと、ユニコーンガンダムのツノはアイデアとして面白いけど、だからどうなの?

 ってな話を約2時間、相変わらず、とうとうとまくしたてたのでありますが(上のまとめは少々わかりやすくかみ砕いてますメモをとるのが疲れました。私はそれより、新作の話はないの?って聞きたかったんですけど。

ここで「アニマゲ丼」の記事は終わる。

訓練された押井信者(笑)ならば、ここは「ああ、最後はいもの押井で終わりだな」と、顔をほっこり緩めるところだろう。

「アニマゲ丼」としてはこれをオチの部分にしたかったに違いない。

アニメはコ(略)などはほんの極一部分にしか過ぎないし、これだけでは押井真剣に憂いているのかどうかもわからない。

さて、J-CASTの方を見てみよう

「今のアニメはコピーのコピーのコピー」「表現といえない」 押井守監督発言にネットで納得と逆ギレ (1/2) : J-CASTニュース

朝日新聞2011年11月21日付けの電子コラム「アニマゲ丼」で、押井さんの東京芸術大学大学院映像研究科での講演(11月12日開催)を紹介した。講演で押井さんは

「僕の見る限り現在アニメほとんどはオタク消費財と化し、コピーコピーコピーで『表現』の体をなしていない」

と語ったという。つまり制作者には新たな創造性や、作品を通じて訴える思想的なものが欠如し、過去にヒットした作品の焼き直しばかり。例えば「萌え」が流行すればそうした作品ばかりになっている。また、今のアニメオタクと呼ばれるファン層に媚びたものが多く、こうしたことから表現」が制作から無くなった、という批判だ。

確かに119月から始まった20本近い新作テレビアニメを見ると、さえない男性主人公の周りに美少女が群がる「ハーレムアニメ」が驚くほど多く、過去にヒットした「ハーレムアニメ」作品と共通する内容がかなり多い。

突然どこからか「萌え」「ハーレムアニメ」という単語が出てきた

それどころかかなり履き違えて解釈しているのではないか

押井が言いたいのは「アニメという現実に縛られない媒体を使うことで、監督自己主張を完全な形で広められる。こりゃたまんねえ(快感)。でもそこまでやる奴ぁもうほとんどいないよね」という事を言いたかったのでは?これも俺の主観ですけど。

どちらにせよ「オタク消費財」や「コピーのコ(略)」が萌えアニメハーレムアニメだけを指しているというのは暴論だろ

その発言の直後に出てくるのはガンダムUCだし

J-CASTはあくまで「ネットでそう反応されてる」と言い訳のように使ってる

「今のアニメはコピーのコピーのコピー」「表現といえない」 押井守監督発言にネットで納得と逆ギレ (2/2) : J-CASTニュース

今回の押井さんの発言についてネットでは

萌えクソアニメの乱発は誰が見ても異常」

アニメ業界が飽和しすぎで、コピー品を粗製乱造しなきゃ回らなくなってる」

「売らなきゃ食っていけないからな。安定して売れるのがオタク向け萌えエロ

などと納得する人もいるのだが、現在主流となっているアニメのファン達は、自分達の趣味趣向、好きなアニメを批判するのは許せない、と激しく反発。しか理論で立ち向かえないからなのか

押井アニメくそつまんねーんだよ」

押井信者向けの消費財じゃん」

などといった作品批判や、人格批判へと発展し、大混乱となっている。

これでJ-CASTの記事は終わる

J-CASTとしては、「ネットでは押井守萌えアニメを非難していると言ってる」として、そこを拡大解釈しまくってこんな記事を書いたのだろうか

そもそもそのネットってのはどこのネットを指してんの?2ch

ちなみにニュー速+では

【話題】「今のアニメオタク消費財と化し表現の体をなしていない」押井守さんの発言でネット上は騒動に

というスレッドが立ったが、それはJ-CASTの記事を受けてのものだったし、★4まで伸びたがそれ以上の次スレは立っていない。(追記、★6辺りまで伸びたっぽい?)

一体どこで"大混乱"になってるのか全然思い辺りが無いんですけど。

押井守東京芸大での講演が、「アニマゲ丼」がダイジェスト記事にしている時点ですでにコピーだし

それを読んで、どこかのネットでは「押井守萌えアニメ馬鹿にしている!」と憤慨しているならさらに劣化コピーで伝わるべきもの全然伝わってない

その劣化コピーをさらに劣化コピーして記事を作ったJ-CASTはまさに「コピーコピーコピー」だ

こんなのを個人ブログでやるならまだしも、企業ぐるみで金を回しながらやってるんだから狂ってるよJ-CASTは。

2011-11-18

あー

http://anond.hatelabo.jp/20111118162715

横だけど。そういや知り合いの父親は自分正義折ってるわ。

宗教でも還元水でもないけど、なんかPC電磁波カットするちっこいチップシールとか、あとなんか子どもの育て方に一家言あるセンセイとの話し合い会とかなんかそんな。



父上の金だし大した金額でも手間でもないし、「それを行ったことによってかえって害になる」ってものでもなかったので、ま、別にいっかなーそれで気が済むなら的な感じで黙認されていたようだ。

子どもらとして母に対するスタンスが「やりたきゃやればいいけどこっちは付き合わないかんね」で一貫していて(子育てのセンセイのあれこれとか)、過剰に「○○センセイが××と言っていたからやんなさい」的な押し付けがあった場合は「あーハイハイキコエナーイ」ってしてたか「ぅるっさいわ、だいたい××ってそれじゃこれこれこうこうでダメじゃん」と明確に拒絶するかしてたので「かえって害になる」余地はなかったという部分もある。ので結局止んだとのこと。

電磁波チップかいっこいちまんえんとかのぼったくりで、そんな金あるならみんなでステーキでも食べにいきゃいいのに…と思ったもんだよ。そこんちはステーキ食いにいく金とか別途ホイホイ用意できるレベルの家だったから、仮にステーキ食ったとしてもチップは買ってただろうけどな。

いやー金持ちはこわいねー。でも確かに素敵に平和な家だったよ。子どもはみんな逃げたけどな。



今?

犬飼い始めて金をそっちにつぎ込むようになったって。すごい値段のペットフードアレルゲン除去)とかしつけ教室とかたまの外出にはペットホテルとかトリミングとか。

出て行く金額は電磁波チップの比じゃないらしいけど、こっちのがなんつうか健康的だよな。

犬かわいさに子どももぼちぼち休暇に家に寄りつくようになったそうだし。

2011-07-14

http://anond.hatelabo.jp/20110714172757

社会人になったら損得付けて交友関係をトリミングするというのも大事

同窓会なんてしてる暇があったらもっとコネ広げるべき。

2011-05-09

ユッケ騒動で思ったこと

今回のユッケ騒動に関しての問題のほとんどは、表面のトリミングをしなかったという一点だけだと思うんだが。

体内は無菌(無菌の意味の取り方にもよるが)なんだから、もちろん表面の汚染を最小限にするのは重要だけど表面を削ぐか表面を焼くかするのが一番重要だと思う。

包丁が触れてない部分は火が通ってなくてもそれほど怖くないイメージ

牛タタキとかに恐怖はない。

食中毒を怖がっていたら、魚の刺身だって食べられないじゃん。

逆に、最近ファミレスで多い半生のハンバーグはちょっと怖い。

ところで、ユッケはとにかくとして、ホルモン刺身で食わせる店が信じられないんだが。

消化管の中はお腹の中にあってもあれは体内じゃなくて体外だろ?

新鮮っていうのはつまり、ついさっきまでウンコ入ってたとこなんだろ?

レバ刺しだって肝臓って管で腸につながってるんでしょ?

そらユッケどころじゃなく怖いわ。

2011-05-08

http://anond.hatelabo.jp/20110508194848

そもそも トリミング以前に死亡確率食中毒確率が異常すぎる。

生物処理ときでそこまで毒性の高いものが作れるとも思えない。

ふぐの内蔵でもここまでいかないですよ。

同時多発ってのがキモですよね。これは納品物自体に問題があったとしか思えない。

http://anond.hatelabo.jp/20110508194848

店舗で菌が移ったなら、なんで同時多発的に起きたか不思議じゃない?

卸も店も両方共トリミングしてなかったらしいけど

http://anond.hatelabo.jp/20110508192815

表面が汚染されたとしても、中まで直ちにその汚染が広がるわけじゃない

から適切にトリミングをすれば、客に提供する肉が汚染されている可能性は

小さくなると思われる

 

個人的には特に根拠は無いのだけど、ホルモン等の加熱用の肉から

ユッケ用として(?)提供された肉に、店舗で菌が移ったのではないかと思っている

 

から菌が検出されなかったってのはおそらく検査前に消毒をしたから

つまり店は自分のところの問題を隠蔽しているんだな

これも全く勝手想像だけれど

http://anond.hatelabo.jp/20110508170637

殺菌に関しては詳しくありませんがトリミングした手袋したりして未然に大腸菌は防げる物なのでしょうか?

管理体制で防げる問題防げない問題あるとおもいます。納品物自体が問題でありそれが偶発的にえびす焼き肉に納品されたのであれば

えびす焼肉自体が被害者なきがしてなりません。

やはり2回目の若干ぶちぎれ気味の会見が本心なんじゃないでしょうか。

2011-04-14

http://anond.hatelabo.jp/20110414054102

東北電力から借りた電源車のケーブルが合わなくて繋げないとか

あれは確かにちょっとお粗末だったと思うね。

ただ、完全停電で真っ暗闇の上に通信も半途絶という極限状態においては人的ミスは一定量発生しうることを考慮すると、全交流電源喪失時には電源車を手配するという手順になっていた以上、「どの原発に対してどのタイプ電源車を手配する」というのがマニュアル化されていなかったのは「マニュアルがクソ」とも言える。配線関係ってマニュアル化されてないとスゲーややこしいからね。

……っていやちょっと待てよ。事前の想定として「全交流電源喪失時には電源車を手配するという手筈」だったんだよな。まさか「全交流電源喪失は絶対絶対絶対発生し得ないのでマニュアル上でも電源車呼びますとすら書いてなかった」なんてことにはなってないよな。もし後者なら現場を責めるのは酷だ。

民主関係で言えば、避難指示段取りの不味さかな

これは結果論で言えば段取りは良かったと思うよ。20キロ避難勧告30キロを自宅待機ってのはつまり、20キロは今のうちに逃げた方が得策で30キロは今後避難区域に入る可能性があり、それより外は概ね避難区域に入る可能性は低い、ということ。実際これは現在時点で見ても、風向きによって30キロ圏外で1ヶ所例外が出た以外は大体妥当な範囲になっている。避難区域は広すぎても良くない(老人は避難すること自体が負担になるので下手すると放射能以上に避難自体で命の危険がある)ので、避難区域の設定自体はかなり良い仕事だった。

まあその設定の説明が上手く行ってたかというとちょっと微妙な感はあるね。枝野の会見をフルで見てた身だとちゃんと説明してたのは知ってるんだが、会見動画を見てないと記事になる時にトリミングされる(しか読売産経捏造同然の悪意に満ちたトリミングをする)ので、トリミングされても要点が削られないよう「どこが大切か」ってのをきちっと伝え損ねてたというのは否定し難い。

あと国内外からの物資・協力の申し出への受け入れ対応が遅かったとか。

これは早かったよ。対応自体は阪神なんかと比べても歴代最速クラスの早さだと思う。

ただ、現地が自衛隊でも入るのが困難なほど交通寸断されてたり燃料が無かったり、そもそも何が足りないのか知りたくても現地と連絡が付かなかったり、あと米軍病院船かしてあげるよとか言ってくれたけど港が津波で壊滅してて接岸できる場所が全くなかったり、そういうのがあったので対応の早い遅いに関係なく投入したくても出来なかったのはきつい。

結局誰が政権やってても自衛隊が経路を開拓するまで身動きは取れなかった。

そういう意味では自衛隊10万人投入は良い判断だったと思う。多分"まっとうな感覚"の政権なら4万人くらいの投入に留めたはず。実際事務方も渋ったようだし。10万も投入したらひと段落ついた時点自衛隊は疲弊でボロボロになって1年くらい防衛力は大幅に低下するけど、結果的にはこの無謀とも言える投入決断自衛隊の怒涛の働きでかなり助かってるはず。

個人的に民主が不味かった点と言えば、菅が不用意に谷垣氏へ大連立を打診したことだと思う。

谷垣氏は政策通で自民時代の政策への責任も口にしていて与野党協力にも積極的な人だったけど、自民党内でのあまり基盤が強くなく、自民自体は(下手すると民主以上に)政策通は少なく政局色が強い。俺は当初から大連立谷垣氏が飲んでも自民党としては絶対無理だろうと思っていたし、だから谷垣氏の立場が悪くならない程度に付かず離れずで協力を求めるしかなかったはずだった。にも関わらず頭越しに谷垣氏に大連立を求めたことで、自民党の中でも協力穏健派だった谷垣氏の立場を決定的に悪くし、結果的に自民党の中でもこの非常事態を理解せずに政局路線を押す大島たい馬鹿を台頭させることになってしまった。

大島やらが馬鹿なんて前々から分かってたことなんだから、こいつらを台頭させないような立ち回りを民主側も考慮すべきだった。

2011-03-04

就活する人へ

就活お金がかかってないですか?

私は、証明写真を安くする方法がないかと思ってネットを探していたら

いい方法があったのでここに書いておきます

1枚あたり5円位になるのではないかと思います。

結構出来がよくて、お店で撮ったものと見分けがつかないほどものが出来ます

よかったら参考にして下さい。

1. 証明写真画像CD-Rに焼いてくれる証明写真屋を探して
 証明写真を撮りましょう。
  (私はキタムラで撮りました。)
2. 『証明写真をつくろう!』ってソフトダウンロードして
 インストールして、1.のCD-R証明写真画像を読み込ませよう。
 読み込ませる時に、プリントするサイズは"L版"、証明写真サイズは"履歴書サイズ"にしよう。
 "パスポートトリミング"ではなくて"オートトリミング"の方がよかったと思います。
 証明写真画像が横を向いている場合は、"編集"の"90度回転"をしよう。
 後、"表示"の"出力設定"の"高度な設定"の"写真写真の間隔"は1mmにしないと6枚印刷にならなかった。
 で最後に、"名前を付けてファイルを出力"を実行しよう。(出来た画像はこんな感じ http://bit.ly/ekA2Pd)
 http://bit.ly/dVBqiE
 (関係ないかもしれないが、最新版だと同時に4枚しか印刷できなかったので同時に6枚印刷できたver2.9.0をお奨めします。)
3. で作成された画像セブンイレブンに持って行って、コピー機の所で通常の写真として印刷しよう。
 (セブンイレブンで作った証明写真の方がキタムラセルフ証明写真機よりきれいでした。)
4. で最後にハサミか裁断機写真を切り分けましょう。

2011-02-25

http://anond.hatelabo.jp/20110225214518

なぜトリミングするかねえ。

君が書いたののはこうで、これからは君は竹内久美子科学的な実験が行えると思っていると読み取れる。

科学的な実験竹内久美子あたりがやってそうだ)

それに対して僕は科学的な実験を行う能力など竹内久美子はないと主張しただが

2011-01-03

http://anond.hatelabo.jp/20110103164026

私も猫を飼う身なので提案したい。

私の家の猫も爪切りどころかブラッシングすらまともにさせてくれない。

なので、家の近くの獣医に定期的(3か月に1回位)にトリミングに連れて行く。

いでに簡単な健康診断+爪切りもしてもらう。

費用は約1万。

兄も家族も大人だと言うのであれば、上記の様な対応をするよう「誓約書」を書かせてみてはどうだろうか?

(別に行かなくても自分でやるようになってくれればそれでいい)

まずは一度、獣医相談してみるだけでもいいかもしれない。


正直なところ、この問題の根本は「猫」ではなくて「家族」だと思う。

いろいろと限界に近いのだろうが、だからこそ話し合いをした方がいいと思う。

2010-11-01

無断転載のアレ

考えてたら訳わかんなくなってきた。

とりあえず黙認を自覚しているからって権利に寛容になるって言うのは意味わかんない。

それってさらに権利侵害広めるってことじゃないのか?

二次創作転載してもらって有名になりたいって、結局他人のふんどしじゃないのか?

原作者権利を本当に考えて言ってるのか?

あと思い出したこと。

携帯待ち受け投稿サイトで「転載禁止だったら教えてください」って言うのが結構あった。

無断なのは間違いないとして、縮小してトリミングして無断配布したうえでそんな事言っちゃうのか・・・

しかもそういう奴いっぱいいるのか・・・と軽くカルチャーショックだった。

ちなみに二次創作ではない。そして作者についての情報は無し。

真っ当な紹介サイトもあるんだろうけどこんなんも多いし、紹介してもらいたいから転載可の人にはこういうところは迷惑ではないのだろうか。

2010-10-23

シーズーをおすすめする5の理由

シーズーの顔はとにかく可愛い

中国犬(シーズー、パグペキニーズなど)は愛嬌のある顔の犬が多い。

シーズーは黒目しかないのか?と思うくらい黒目が大きく、瞳もぱっちりしている。

時々上目遣いにした時白目がちらっと見えるともうたまりませんぜ。

シーズーは極めて穏やかな性格が多い。

もちろん犬にも個性があるので、犬によるが他の小型犬に比べて無駄吠え噛み付き癖が少ないと思う。

ダックスフンドやプードルは元々狩猟犬(諸説あり)で狩りを得意としてきたが、シーズーは中国の宮廷で長年愛され続けた為のんびり穏やかな性格になったのではと思う。

穏やかなだけではなく、けっこう社交性もあって人懐こい。とってもチャーミングなわんこである。

でも、宮廷犬だっただけあって変なところで頑固でプライドが高い部分もある。

でもそういう高慢ちきなところもただの抱っこ犬じゃないシーズーの魅力だと思う。

  • ほどよく小さい

シーズーの平均的な身長は20~30cm、体重は5~8kg(ウィキペディアより)

うちの犬も6.8kg。これは小型犬では大きい方で、ずっと抱っこしようもんなら筋肉痛必須。

でもその程良い大きさの存在感が安堵感をもたらしてくれる(と、思う)

あと家庭内で飼うには手頃な大きさだと思う。

犬を始めて飼う人に真っ先におすすめしたい理由がこれ。

シーズーはとにかく抜け毛が少ない。

もちろん日々のブラッシングケアしてこそだが、他の犬種だったらもう抜け毛で一匹犬が作れるぜという換毛期でも、シーズーはほとんど抜けない。

ただし抜ける犬と違い、長毛が伸びるだけ伸びるので年に何回かトリミングに連れてってやらないと別の犬種だろってくらいボサボサになる。

その長毛を手入れしてやると犬種図鑑に載ってるようなシーズーになれる。

でも大体どこの家でもめんどくさくてカットしちゃうんだけどね。

説明など要らない。「シーズー 仔犬」でグーグル画像検索をしてほしい。

私は犬オタなのでどんな仔犬も可愛いと思っているけど、シーズーの仔犬は「仔犬時代がすげえ可愛い犬種」トップ3に入ると思う。





一向にシーズーブームが来そうにないから、せめてと思って書いてみたよ。

シーズーってやっぱり年寄りとかが飼ってるイメージなのかな?

めちゃくちゃ可愛いのに・・・。

ちなみに、この記事に猫派の人は空気を読んで「猫じゃダメなの?」ってトラックバックしてくると思うから先に書いておきます。

「シーズーがいいんです!」

2010-08-03

模写とトレスの違い?

以前からトレス疑惑の問題は上がっていたけど、また新たに出ましたね。

それについてはでもまあ特に言うことはないのです。

自分がよくわからなくて困っているのは、許容範囲のこと。

自分ツイッターとか、自分アイコンを必要とするサービスでは、主に「自画像を『~風』に描いてみた」ものを使っています。

少し前までは、安易に適当な猫の画像トリミングしたものなんかを使っていたんだけど、ちょっとだけ自己主張してみたくなったもので。

そこで、キャラを模写(というより本当に「似せて描いてみた程度」)しつつ、服や髪型、色を自分っぽく変えて描いて、それをアイコンにしているんだけど

ふと、疑問に思ったんです。

自分がやっていることももしかしたら著作権侵害していることになるんだろうか?

自分場合はなんの利益もないわけだけど、既存のキャラクター風の絵を描いて、それを自分が描きましたということもだめなんだろうか。

法的に、というよりは、道徳的に、ということで問題になっているのでしょうか。

アニメ絵をそのままアイコンにしている人もいるわけだから、くだらない次元の話なのかもしれないけど、本当のところどうなんだろう。

構図だけ引っ張ってきてもトレス(実際は模写であるかもしれなくても)と言われ非難されるのを見ていて純粋不思議に思ったのです。

自分アイコン場合も、参考画像と輪郭やポーズはほとんど同じなので気になります。

どなたか詳しい方がいましたら教えてください。

2010-01-25

はてな日記にもmixiにも書けないけど、どこかには書きたかったので匿名で書く。

 先日、身内が亡くなり、その身内が抱え込んでた爺様の遺品を数十年ぶりに見る事が出来た。

 爺様は戦時中、とある通信社カメラマンとして所属していた。「会社辞める時に、自分が撮ったネガとか、他のカメラマンが撮ってて面白そうなネガとか色々と紙焼きしてきた」そうで、その写真が数十年を経て出てきた。

 真珠湾第一次攻撃で空母を離艦する戦闘機写真やら大和写真やら、連合艦隊空撮図、南方戦線スナップ昭和天皇マッカーサーの2ショット(これは教科書に載ってるのと同じ。紙焼きの方はトリミングしてないけど)、極東軍事裁判東条英機などなど…。ネガの紙焼き100枚ちょっと。紙焼きだから複製といえば複製なんだけど、それでも日本近代史の濃縮ジュースを原液で飲んだような。何枚か大日本帝国海軍検閲済、とタグが貼られた写真もあったから、原本に近い紙焼きも混ざっているのかもしれない。

 最期の方に、爺様の日記というか随筆が残っていた。自分が書いた記事や撮った写真新聞を賑やかして、それを読んだ何百人何千人かは戦場に狩り出される事になって、そして死んでいった事が悔やまれるといった内容だった。戦中戦後、引き続けて通信社新聞社記者カメラマンを続けている同僚先輩は何人も居たけど、戦時中自分が行った報道自分としては戦犯行為であり戦犯会社に勤め続けたくないとも。



 この写真の束は、爺様の生き様証明と後悔が綯交ぜになった代物らしい。お焚き上げして爺様の供養をするべきか、だれか有識者の方に見てもらうか、ちょっと考えている。

2009-11-08

ジャンルが分からない掌編(修正)

薄闇に覆われた交差点は、混ざり気のない静寂に包まれていた。立ち込める朝霧が全てを洗い流したのかもしれないし、遠ざかりつつある宵闇がたくさんのモノを持ち運んでいってしまったのかもしれない。

歩道に立ち尽くしていたのは私ひとりだった。

車の往来は先ほどからずっと皆無。厳冬を前に冷え込んだ外気は、小鳥の囀りさえも拒んでいるように感じられる。

まるでこの交差点だけが世界から切り取られてしまったかのようだった。私を取り囲むようにして範囲設定、トリミングを行い、まったく同じ画像でありながら完全に異質のモノと化した画像の上に貼り付けて合成する。

この交差点は、ともすると異界なのではないのだろうか。あるいは異界と繋がりかけた、もしくは異界がぱっくりと口を開いた、そんな境界線に接しているのではないだろうか。

思ってしまうほどに、私はその人物から目を離すことができなくなっていた。スクランブル交差点の中央に悠然と佇む野球帽。深く下げられたつばのせいでその表情はまったく読み取れない。口許にだけ、離れているにも関わらず認識できてしまう下弦の月が浮かんでいた。微笑はすなわちそれだけでその人物の全てを表していて、その性差、年齢、思想など、ありとあらゆる特徴を飲み込みながらも絶対的に人物が普通ではないことを放ち続けていた。

その人は、間違いなくどこかがたがっていた。狂ってしまっていた。例えば目の前で子どもが出血しながら蹲っていようとも、老婆が胸を抑えて苦しんでいようとも、子犬が訳もわからないままに溺れようとしていようとも、確実にその微笑を揺るがせないままじっくりと観察するような人物だった。そうであることを、吊り上げた口角と纏わせたオーラで私に伝えてきていた。

そう、間違いなくその人物は私に伝えてきていた。

その事実が恐ろしくて、意味が分からなくて、戸惑い、混乱して、私はただ人物を注視することしかできなくなっていた。

確か、深夜まで続いた仕事をやり終えて、肉体的にも精神的にもボロ雑巾のような状態になってしまっていて、人を物のようにしか扱わない酷使に悲嘆に暮れながら家路についていたはずだった。不意に視線を上げた途端に、交差点中央の人物と向き合ってしまったのだ。その瞬間に私は世界から切り取られてしまった。

一体なんだというのだ。

どうして私がここにいるのか、どうしてここに招待されなくてはならなかったのか想像することさえできなかった。それは私には望まれていない行為だった。人物の微笑みが深くなる。

相手の意図は不明だったし、そうであるから不用意に動くこともできなかった。私は人物に恐怖を覚えていたのだ。本能的な、動物的な、原始的な、野生的な、抗いようのない根源から呼び起こされる畏怖の感情。なにをされるのか、なにを期待されているのか、なにが待ち受けているのか、その一切が不明だった。そして私は、この場から離れなければならないと、ただそれだけを強く強く感じ取っていたのだった。

変化は瞬間に起こった。車道信号が真っ赤に点灯して、急にとうりゃんせが鳴り響き始めた。電子音の、少し間延びしたような不愉快な旋律。驚き、周囲を見渡した私は、視線の先に目にしたモノに更に目を見張ってしまう。

いつの間にか私と同じように信号を待っていたらしいたくさんのヒトが、一斉に交差点に向かって歩き出していたのだ。その夥しい人数。圧迫されるような人口密度に、私は今の今までまったく気がつかなかった。気がつけなかった。

人々は私の脇を通って対岸へと移動していく。何も喋らず、無駄な動作は一切せず、まっすぐ前を向いたまま一心不乱に先を目指す。それ以外に、この交差点ですべきことなんてないだろう? 遠ざかっていく背中が、向かってくる虚ろな眼差しが、そう物語っているようだった。ざわりと背筋を悪寒が走りぬける。

視線を、交差点の中央に立っている人物に戻す。変わらずその人はそこに立っていて、ニヤニヤと意味深な笑みを浮かべてきている。

ここがどんな場所か分かっただろう?

知らず知らずの内に、私は頷き返してしまっていた。張り付いた笑みは一層壮絶なものに変化していく。

なら、どうするべきか、お前は知っているだろう。さあ。ほら。

私の足は動かなかった。それに、人物は少し不思議そうな素振りを見せる。

どうした。なにを躊躇っているんだ。分かっているのだろう? ならば、するべきことがあるじゃないか。

固唾が咽喉を流れ落ちる。握り締めた掌には、じっとりと汗が滲んでいる。それでも、私の身体は固まったままだった。私の身体は、私という人格の意思が及ばないところで確かに交差点中央の人物に反旗を翻し続けていた。

様子に、人物が浮かべていた微笑が崩れる。口許に詰まらなさそうな感情を宿すと、直後に苛立ちをあらわにした舌打ちをした。

同時に、行き交っていた人々の、まっすぐに前を向いていただけの人々の首という首が、身体がぐるりと回転して、その数百の双眸が一身に集中する。

誰も何も言わない。何も思っていない。ただ私を私であると認識して、立ち止まり、直視してきているのだ。異物がいると。こちらの世界に属していないのだと。

眼差しが突き刺さる。射抜いてくる。遠く対岸の歩道から、あるいは交差点の中央から、私のすぐ間近から、まだ立ち尽くしている背後の歩道から、虚ろな瞳孔が私を見つめている。観られている。

がくんと膝が砕けそうになった。頭からざああっと漣を響かせながら血の気が引いていき、首筋に、両肩に、背中に、胸に、じんわりと汗が滲んでいく。

心臓が早鐘を穿ち始めた。破裂せんばかりに伸縮を繰り返す臓器は、鈍い痛みを伝えてきている。

呼吸も苦しくなる。肺がうまく膨らまない。浅く繰り返し繰り返し空気が出入りするばかりで、徐々に視界まで霞み始めてしまった。

まずい。呑まれる――

「どうかしましたか?」

声が頭上から聞こえた。唐突に鼓膜に音が戻ってくる。視界に映るのは、随分と明るくなった足元のタイルだ。胸に手を当てたまま、私はそっと頭を持ち上げた。

人がたくさん交差点の前に立ち尽くしていた。路面を車が勢いよく往来している。雑踏が聞こえ、喧伝が聞こえ、小鳥の囀りが微かに耳に届いてきた。

私は傍らに視線を移す。老婦人が心配そうに見つめてきていた。

「お気分でも悪いのかしら?」

「……いえ、少し立眩みが。もう大丈夫です」

「そう? 顔が青いようだけど」

大丈夫です。ありがとうございました」

答え、ぎこちなく微笑むと、納得はできなかったものの老婦人の心労はそれ以上かけてもらう必要がなくなった。

顔を持ち上げて、大きく息を吸い込む。空には太陽が照っていた。吐き出した息と共に、強要されていた緊張が溶け出していった。

車道信号が揃って赤く点灯する。交差点にはまたとうりゃんせが鳴り響く。

動き出した人垣に併せて歩き出した私は、行き交う人ごみの中にあの微笑が浮かんでいるような気がして仕方がなかった。



(追記)

コメントありがとうございます。ジャンルに関して、確かに幻想というのなら当てはまるかもしれませんね。どうもです。



近代小説に疎いのが問題なのかなあ。現代の、それも国内の小説しか読んだことがないのは思考を狭めているのかもしれない。

2009-10-08

法華狼と言う人が、奇妙なことを言っている

法華狼と言う人が、奇妙なことを言っている。明々白々赤裸々に保守を自称する人のことを、ブログタイトルなどで使ったネタフレーズを根拠に「自称中立」と揶揄して批判を行なっているのだ(http://anond.hatelabo.jp/20091006175940)。

ふつう、人の思想的な立ち位置というのはその人がする自己説明の総体や実際の主張を分析して判断するものであろうから、ブログタイトルの数単語で判断を行なう必要はないのだが、なぜか法華狼は(数々の批判を浴びているのに、今も)それを修正していない。

そして今度も、実に不思議なことを言い始めた。

■[ネット][トンデモ]JSF氏のつまらないトリミング

引用時に意図して排除したとは思いたくないが。

(~引用部分略~)

とりあえず引用された文章に限っても、「まず」と表現しているように、受け手責任が問われていない状況へ異議をとなえただけなのだが。受け手責任が優先的に問われるという主張は、送り手にいっさいの責任がないという意味を持たない。

(http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20091007/1254926909)

しかし、法華狼は前日にこう書いている。

そもそも私が違和感を表明したのは【俺が自分を「中立」などと言ったことはなくても、それを『勝手に読み取る』超能力の持ち主らしいので、そっとしといてあげましょう。シッ、チカヨッチャイケマセン。】*4という主張に対してであり、実際に「中の方」「中心」と自称していることも指摘した。他方面で別の自認をしているだけでは不十分だ。

plummet氏が反論するには、「中の方」「中心」という自称が「中立」を意味しないことと同時に、誤読責任自分にないことを説明しなければならない。

(http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20091006/1254809484)

受け手責任が問われていない状況へ異議をとなえた」「受け手責任が優先的に問われるという主張」の人が、それをせずにまず「反論するには説明責任を果たせ」といっているわけだ。

しかも「中立」に関しては説明もなにもない。法華狼は「『中心』と自称していることも指摘した」というが、これは実はブログタイトル世界の中心で左右をヲチするノケモノ 【勃興編】」の話であって、とても思想的中立と直接関係するとはいえない。なぜなら、それは既存作品を基にしたネタに過ぎないのだから(いや、元ネタがあることは思想意味を持たぬ根拠にならない、という主張も可能ではある。が、それとてあくまで思想意味づけを補強する明確な傍証―たとえば、実際行なわれた主張との組み合わせとか―があってのことで、それもなしに「世界の中心で=思想的中立」とできるわけはない。それでは片山恭一小説さえ思想的中立の本ということになってしまう)。

法華狼はこの辺をごまかすために「世界の中心で」を「中心」にトリミングして、誤読の可能性を増やしながら「誤読責任自分にないことを説明せよ」というのだ。

これで「JSF氏のつまらないトリミング」「引用時に意図して排除したとは思いたくないが」だの書ける感覚が全くわからない。第一、自分を「中心」とする思想といえば、ふつう中華思想」のことである。なぜ法華狼は「中心」=「中華思想」でなく「中心」=「思想的中立」と誤読しているのだろう。誤読しているのは法華狼ただ一人なのではないか?

さて、「中心」が用を成さないとすれば「自称中立」の根拠は「中の方」という1フレーズしかない。法華狼には、この3文字が他人の思想立ち位置判定に重要であるらしい。他人のプロフィール自己分析、またはその主張本体よりも、である。これもいわゆる「中の人」のもじりでしかないのだが、法華狼はすでにそう説明されてなお「反論するには説明責任を果たせ」と言っている。やはり、まことに奇妙というほかない。

------

ついでに言えば、上記の「そもそも私が違和感を表明したのは【俺が自分を「中立」などと言ったことはなくても、それを『勝手に読み取る』超能力の持ち主らしいので、そっとしといてあげましょう。シッ、チカヨッチャイケマセン。】*4という主張に対してであり」というのは嘘である。

>俺が自分を「中立」などと言ったことはなくても、

プロフィールブログタイトルで「中の方から」「世界の中心で」左右をヲチと称しながら、そう自認されているのは以前から違和感がありました。

(http://d.hatena.ne.jp/plummet/20090928/p1)

本来の文章を読めば分かるとおり、「違和感があ」るのは「プロフィールブログタイトルで『中の方から』『世界の中心で』左右をヲチと称しながら、そう(=『中立を自称したことはない』と)自認」することに対してであり、「以前から」そうだというのである。決して書き込み2日前の「自称もしていないことを『自称した』と勝手に読み取りするらしい者はほっとけ、という主張」に対してではない。どうやら思想的位置だけではなく、ご自分感覚もうまく把握できないようである。

2009-10-07

http://anond.hatelabo.jp/20091007172325

更に視点を出すなら撮影した写真画像をどうしたいか……ってのもあるかなと

ツイッターだの、mixiだのに投稿して公開~

それこそ携帯カメラで十分。データの移動の問題とかもあるけど

SDカードとかもついてるのでそれに保存すれば良し。

ポイント画像の大きさを取りすぎない事、かと。

トラバ元の方もかいてるけどこういう用途ならiPhoneは結構優秀

~あとで何となく「PC上で」見返す~

これも割と携帯カメラで十分だったりする。

コンデジ画像サイズを並かそれ以下くらいにしてもいいかもしれない。

トリミングとかもするならその分のサイズは確保しとく必要はあるけども

~L版くらいのサイズでプリント

コンデジで十二分です。ブレとかが気になるならデジイチでもいいかもしれんけど

どっちがぶれにくいかは結局使い方だったりする。

~A4くらい迄引き延ばす~

このくらいにすると写真の雰囲気が変わって結構面白かったり。というのは置いておいて

このサイズでもわりとコンデジで奇麗だったりします。

くらい場所でISO感度上げてるとすこしノイズが目立つかなぁという印象。

撮影対象によってはデジイチの方が便利でしょう

ポスターサイズで撮ってやるぜ!~

ここまでいくとデジイチ使うのをお薦めします。やっぱ受光部の大きさは大事。

~番外;レタッチするぜ~

これもやっぱり画像ノイズとか無けりゃ無い方がいいので、デジイチを薦めたい。

レタッチで解決出来ると言えばそうなんだけど、ね。

~まとめ~

写真を話のタネ・ネタにしたい……携帯カメラ

写真アルバムを作りたい……コンデジ

写真を作品にしたい……デジイチ

なんのひねりもねぇ。

コンデジデジイチの選択について

http://anond.hatelabo.jp/20091006210805

 今年デジイチコンデジ両方買った増田が来ましたよ。

 ツッコミをモヒモヒして待ってたのに、はてブばかりが伸びてる割にトラバツリーがイマイチ伸びてないように見えるので、増田からも。

使い方の違い

 基本的に「コンデジ」と「デジイチ」を「使い方」という面から差別化するなら、前者レンズカメラに据え付きであり、後者レンズを替えられる、というのが最大の違いとなる。因みにこの分け方の場合、「一眼レフ」ではないオリのE-P1だのパナのGH1だのは、後者。こいつらは「レフ」と表現されるミラーを持たないからデジイチにしては薄くて軽いが(ミラーってカメラの中で斜めに寝た状態にあるから、場所喰うんよ)、ファインダが光学じゃないから、気をつけろ。ファインダが光学である利点は、↓とかを参照。無論、ファインダがデジタルであることのメリットもまたある。

http://medt00lz.s59.xrea.com/wp/archives/480

 は置いといて、コンデジの場合、レンズが据え付きだから、後で替えが利かない。「画質がいいですよ~」とか店で言われたのをそのまま受け取ってGR3とか買っちゃうと、運動会でガキが豆粒にしか写らなくなるので注意だ。一方、やたらズーム率の高いデジカメ買っても、所詮今の高画素カメラであればトリミングさえしてしまえば十分だったりするので、用途によってはオーバースペックになることもある。ただ、コンデジの場合多数派は後者で、要するに「誰でも何でも撮る」ことを優先していて、ズーム率も高いしシーンモードも色々ある、ことが多い。

 自分も、コンデジを買うなら「汎用性」を重視すべきだと思う。ほぼフルオートで、ズームで構図とる以外はほぼカメラ任せでも、とにかく常時携帯して何か見つけたら撮るくらいの気持ちで付き合えば、かなりお気に入りの存在となるはずだ。その場合、広角端を意識して買うべし。さっきも書いたが、ズームはある程度まではトリミングで誤魔化せるからな。

 逆にデジイチレンズが交換できるのが、逆に、あれ撮りたいこれ撮りたいとかなってレンズ無限に買い出すと、レンズ1本でコンデジ2~3台レベルなんてのは普通にいくらでもあるので、財布に気をつけろ。概ね、こうしたレンズ選びは「何を撮るか」の目的に合わせたものになると思う。被写体がはっきりしている場合には、向いているだろう。最初にキットレンズからはじめて、撮る目的が色々見えてきたら、というのはレンズを選ぶ感じか。

暗さとの戦い

 室内とか曇天とか、ちょっとした悪条件でカメラシャッタースピードはすぐ落ちるので、特にコンデジ携帯だと家で子供とかぬこを撮る場合に大いに苦労する経験をされた方は多いだろう。

 シャッタースピードは、当然のことながらカメラが受け取る光の量に比例する。逆に言えば、同じ明るさでもカメラで受け取れる光の量を増やせばシャッタースピード稼げるわけで、受け取る量は「レンズ口径を広げる」か「素子を大きくする」ことで実現し、このいずれについてもデジイチコンデジを大きく凌駕する。ただ、素子の大きさに制約のあるコンデジにおいても、素子の形状や光の受け取り方を工夫することでこの制約を突破する試みは存在し、全社の代表格として富士のEXRシリーズ後者の代表としてソニーのExmor-R採用コンデジがある。

 無論、それでもデジイチとの性能差は大きいのだが、どうせ室内で子供とかバシャバシャ撮っても、A4にすら引き伸ばさず、せいぜいL版でアルバムに収めるくらいなんだったら、コンデジのこの辺りの性能が高いヤツでシャッタースピード稼げば、十分歩留まりのよい撮影になるだろう。それでも「画質がいい方がいい!」だったら、基本デジイチレンズキットでそんな明るいのは無いので(例外:パナソニックのGF1→キットレンズが20mm/F1.7)、レンズを別途見積もるのを忘れるべからず。

遊びとして

 少なくとも今現在の話として、コンデジは、現下の不況画素数競争の終焉、携帯撮影文化の定着という逆風の中で絶賛苦戦中である。そうした中で、(特にソフトウェア的な)技術だけは着実に進化を遂げる中で、進化の袋小路的な変態機能が各社から繰り出されている。カシオの超高速連写、ニコンプロジェクタ内蔵、富士3Dコンデジなど、言わば「ガジェット的」方向性が見出されるコンデジは多い。こうした機能に「釣られてみる」のも悪くは無いだろう。

 一方、デジイチというか伝統的なカメラにおいては、伝統的な遊びとして、テレコンやワイコンマクロレンズフィルタ(クロススクリーンキラキラ夜景とか、NDフィルタで滝の流れを撮るとか)などによる様々な表現手法が存在する。こうした機材による撮影表現遊びは、ハマると愉しいだろうと思われ。

コンデジは「カメラが絵を記録してくれる」もの、デジイチは「自分意図を切り取る」もの

 色々と違いを述べたが、最大の違いはここかも知れない。

 コンデジはともかく、結構オート化している。高級なものはある程度マニュアル機能も充実しているが、そういうのはむしろ、デジイチを持ってる人が軽さや機動性を求めて購入するものだろう。

 確かに、シーンの操作やズームなど、撮影者の意図入力されるものだが、大きな方向性としてはプログラムシフトだの絞り優先だのシャッター優先だのよりは、カメラが「勝手に決めた」設定で撮影が行われ、カメラが「勝手に」補正し、時にはカメラ勝手に顔色まで認識してくれた上で、絵として記録される。AFファインダの敏捷性も高くないので、タイミング的な意味でもある程度カメラに「引っ張られる」部分はあるだろう。というと何かコンデジ駄目じゃん的な印象はあるが、実際「カメラが決めてくれる」気持ちよさ、みたいなのは、確実にある。暗所などの弱点はあるが、記録としての歩留まりは確実に今のコンデジは確保してくれるだろう。

 で、デジイチの方はというと、これも一部にはオート機能がオプション的に充実してたりはするものの、総じてはある程度以上「撮影者の意図」を反映する機材である。観光地とかで「シャッター押してください~」と声を掛けてデジイチを渡す人は、普通はいない。

 絞りをコントロールしてボケを付けたり付けなかったりとか、わざとシャッター速度を最適からはずして流し撮りとかをしてみたりとか、ピントを被写体の目に合わせてみたりとか、色のバランスを変えてみるとか。こういう機能は、ある程度コンデジにもあることはあるが、制約が付いてるケースが大半である。言わば、コンデジが「メニューから選ぶ」もので、デジイチが「自分で組み合げる」もの。ただ、センスがなければ、機材がいくら良くてもヘボいものしか出来ないという意味で、間違いなく敷居は高く、挫折したら投資無駄になるリスクもあろう。

 そうは言っても、素子とレンズの質の高さでしか実現できない絵はあるので、金と目的があるなら、デジイチに挑んでみるのも良いかな、とは思われ。

2009-09-24

トレスコピペ

 自分趣味イラストを描いていて、ちょっと前は広告デザイン(要はチラシだ)の仕事もやっていた。

 でまあ、仕事はともかく、趣味でやってる程度だと、基本相手の許諾を得るか、模写してるくらいだと特に気にもならない。自分は文句が怖いのでやらんけど。

 今回の騒動にしたってあんだけ細かく模写するには腕もいるだろうに大変だよなあと思ったが、これは絵を書く人間にしては珍しいようだ。どうも正面きって、

「だってよ う じ ょの(ピー)イラストとか(ピー)な(ピー)の(ピー)イラストとか平気でのっててだよ、写真の模写はいかんというのはどうなんだろうか。だいたいそれをいうなら二次創作なんて全部模写なんじゃないの。児ポ法は駄目といいつつ二次創作はOKなのに、ただの模写が許されないというのはなんか変じゃないの?

 そのへんのダブルスタンダードはどうなのよ一体」

 と聞きたいのだが聞けない雰囲気がある。ていうか増田で書いていても大炎上しそうで怖い。神さまそっとしといてください。

 

 で、なんで自分がそんなに抵抗ないんだろうと考えたのだが、自分はもともとCAD屋だった。いかにして早く、正確に、図面を書くかという商売だ。検定とったけどありゃトレスコピペ地獄である。むしろコピペというかなんつうかあの業界の書き方というのはある種人間限界に挑戦してると思う。おかげで今でもイラストを見るとああここ四分割して書いて回転コピーしてとか、なんでフォトショップイラストレータートリミング機能がないんだとか、無いものねだりをはじめる。

 部品やなんかは登録しといて使いまわすのが当たり前だ。ていうかでないと仕事にならない。一々ねじなんか書いてられるか。

 一応図面も著作物に入ると思うがこの違い。

 世の中は立場が違うとこんだけ違うものかと思う。

2009-09-19

まとめサイトの正しさを検証するにはどうしたらいいんだろうね。

http://2chart.fc2web.com/tereto.html テレビ東京伝説

ってページがあって、現時点で200以上のブックマークを集めているの。中身は「世間が沸き立った重要事件の時に、テレビ東京だけは特別番組を流さないでいた」というのが中心なんだけど。

下の方見ていったら、こんなことが書いてあるのね。

これが、テレ東クオリティ

みんな知っているとおり、総選挙ってのは衆議院議員選挙のことで、過去に行われているのは2009年2005年2003年2004年総選挙なんて行われていない。

もうちょっと調べてみると、これは2004年に行われた参議院議員選挙のことだったみたい。

参考 http://election-japan.blogspot.com/2004_07_01_archive.html

総選挙の改選議席数は480、参議院議員選挙の改選議席数は121ってことを考えると、議席予想的中が総選挙参議院議員選挙かってのは、「すごさ」に結構な違いが出てくると思うわけ。

「そんなの、ちょっと用語を間違っただけじゃない」って反論はあると思うし、それにも一理あると思う。でも、一個不正確なところがあったら、ほかもどれだけ正しいんだか、気になってくるのが普通じゃない?

そうすると気になるのが、ページ下部にある「民放各局の同時刻の映像をとらえた(らしき)画像」。他局がみんな臨時ニュースだったり特別番組だったりを放送しているときに、テレ東のみ旅番組とかアニメとかが流れている、ってシチュエーションなんだけど、「これ、ホントなの?」ってこと。

見たところ、最近ニュースでも右上に「アナログ」って出てないから、デジタル放送キャプチャして4:3にトリミングしたかなにかしてるんだよね。でも、デジタル放送ってチャンネル変えてから表示されるまで数秒のタイムラグがあったりするわけで、「完全に同時」をはかることは出来ないんじゃなかったかな? そうでないにしても、極端な話、テレ東がそのときに特別番組を放送していたって、ほかの時間帯に放送されていたアニメ画像をそこにはめ込んでないって保証はないよね? 検証するには、2ちゃんねるテレビ実況板のそのころのレスの様子を探せば、状況証拠にはなるんだろうけど。

とりとめが無くなっちゃったけど、結局、これらのテレ東伝説がすべて本当なのかどうかは分からない。一般的な話をすると、インパクトがある画像や、衝撃的な話だったりすると、どうしても「本当であって欲しい」って気持ちが見た人、聞いた人の中に生まれちゃうのは、しょうがないことだと思う。そのときに、それを押しとどめて「もしかしたら違うのかも」って気持ちを呼び起こすきっかけになるのは、「2004年総選挙はない」みたいな、元々自分が持っていた知識なのかもしれない。今後、何でもチョチョッと検索したらそれなりの情報が出てくる世の中で、自分の頭の中に知識を持っておかないといけない理由ってのは、検索結果の真偽を確認するためのチェックサム的な機能をキープするためかもしれないね。

2009-09-18

もーらーとーりーあーむー

25%だのJAXA廃止だの記者クラブだのトリミングと飛ばしと無茶振りではよく騒ぐ割に、静香ちゃんの本気で国難クラスの暴走っぷりが華麗にスルーされてるのは何故なんだぜ

一番懸念されていた社民党が物議を醸しそうな平和系とか経済系とかではなく無難で持ち味が活かせそうな女性関係の無任所大臣という絶妙な配剤と空気の読み方をしてほっとしたのも束の間、真の地雷国民新党だったでござるの巻

2009-05-08

http://anond.hatelabo.jp/20090508190853

フィクション作品からレイプ描写をなくして現実レイプ事件が減るのなら、それもアリかも知れんね。

統計相関関係なら適当トリミングして主張すれば見かけ上成り立つ恐れがあるからな。そういう隙はうかつに作らないほうがいいと思う。

2009-04-12

http://anond.hatelabo.jp/20090412132436

>それ、証言じゃないの?余計な話だが、リンク先はSSのミューラーとゾンタコマンドのミューラーの証言を、知ってか知らずか混同したりしてるね。wこういうのはお里が知れるんで、削除したほうがいいよなぁ。

その「証言」が真実としてまかり通って来たと言ってるんですが、あなたはこれらの証言を全て信じているのですか?

中にはニュルンベルク裁判「真実」とされた事も多数あるんですよね。


>誰か「無い」って書いたかい?要は「俺」と話をしろってこったよ。あなたのイメージする「正史派」じゃなくて。キライなんだろ?そういうの。

安心しました。ガス室から逃げないで下さいね。ガス室のような大量殺戮装置がなければ絶対にその数字は達成不可能ですから。


>元 赤十字国際委員会 派遣員 モーリスロッセ

ソースBBCインタビューでしょ。BBCはこれまでにもホロコースト関連に関して明らかに嘘と判明している事でも事実として放送した事もあるし、かなりいい加減だよ。

裁判所は「虚偽である」と結論しているね。だから裁判結果から見れば、間違ってるのはあなた。前にも出したよね、判決文。

法律名前が「虚偽のニュース流布禁止」ですからね。で、裁判がすすんでいくうちに戦況が変わって

最終的にはツンデル無罪ですよ?訴えた法律自体が「憲法違反」になり、引き続き本も出版されてる。発行を阻止しようとした裁判で結局、差し止めも逮捕もできなかったという事は原告の負けといっていいでしょう。

ツンデル裁判で、なんでそこまで威丈高になれるのか。ツンデル側が赤十字架空レポート引用したとされる部分も全く提示出来てないし



>、記録に残したい言葉だけを質問すれば、それのみが残るて事だと思うがね。どういう文脈で語られた証言なのか、それがハッキリしなきゃなんとも言えんわな。(こういうのは「トリミング」と呼ばれてて、史料を扱う際にはやっちゃイカン事のひとつと言われておるよ)

そっくりそのままあなたにお返ししますよ。


じゃあ私もツンデル裁判記録を訳したリンク紹介します(2回目ですが)

http://revisionist.jp/holocaust_trial.htm

面白いのは正史派の雄・ヒルバーグがコテンパンに論破されているところですね。

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