はてなキーワード: 頭痛とは
同期がウザい。本当に申し訳ないけど、心の底からウザい。
いや、全然悪い子ではないのはわかってるけど、私とは全く反りが合わない…
私はあの子と違って浮いた話もひとつもないし、パチンコとか嫌いだし、面白い話ができるわけでもないし、話題も全く合わないのになんで向こうはつまらないとか思わないのだろう…
そもそもベタベタするのって好きじゃないし、彼氏に依存しすぎな所も嫌だし、何よりも本人はちょっとからかってるつもりなんだろうけど、時々ものっすごい失礼な物言いになるのが本気でイラッとくる…
何なの?こっちがいじられキャラで何も言わないからって何言っても許されるとか思ってんの??
時々本気で喧嘩売られてるのかな今?^^て思うよ?
あとごはんの食べ方汚いのも嫌です、なんでもかんでも混ぜて食うの本気でやめてください
お金のためにたくさん働くのは立派だと思うけど、それだったら私なら外食とパチンコをやめます
つーか米ぐらい自分で炊けばいいだろ…
多分近くにいすぎるし、いつも一緒にいるから余計腹が立つんだろうと思うので私は距離を置きたい
頼む!優しくしたいんだ!仲良く穏便にやっていきたいとも思ってる!!だから距離を置いてくれ!!
こんな事考えるのわがままなんだろうなあ…
贅沢を言っている自覚はあるけど、だからってイライラするのがなくなるわけじゃないし…困る…
職場では穏便にいたいから何も言えないでいるけど…そろそろ本当に限界だよ?
あなたがやめたら同期誰もいなくなっちゃうし一人にするなんて許されないよ?とか言われたけど
こんな将来性もないバイトで一生やってけるわけねーだろこちとらとっととまともに就職してーんだよ
あー辞める時なんて言おう…そう遠い日じゃないんだけどな…
ここ数ヶ月仕事もプライベートもうまくいかず、ずっとイライラしている。
かといってそんな荒んだ心を癒してくれる存在のはずの彼女(同棲中)は仕事の愚痴ばかり言い、詳細を聞いてもはっきり答えず泣くか当たられるばかりでこちらのストレスなぞ露知らず。そして性格がだらしなく、掃除が出来ない。物忘れも健忘症レベルで、小さいことも大事なこともすぐ忘れそれの尻拭いをさせられるので癒されるどころかストレスが増す。気分転換にと外を歩きゃ当たり屋紛いに絡まれ文句を付けられる。唯一安らげる通勤時や昼の外食時は金切り声で叫び暴れる子供とそれを全く注意しない親、音洩れ野郎、携帯大音量ババア、ヲタ話を大声で恥ずかしげもなく2ch語で会話するニコ厨、そんなのに毎日のように遭遇する。
そんなこんなで今日ついに限界が来たのか、立ってるのもキツイくらいの頭痛が襲ってきたのでちょっと早めに帰らせてもらい、彼女もまだ帰ってきていないので頭痛薬を飲んで横になった。少し落ち着いて、音楽でも聞こうかとプレイヤーを再生したらハイロウズの日曜日の使者が流れてきて、普段カラオケも行かない自分が大熱唱を始めてた。
追い込まれている自分の現状と歌詞が重なり、今まさに励まされているようで、歌っている途中で涙が溢れ声が詰まった。
ブルハの頃ヒロトは好きで、ハイロウズになってちょっと離れていって、クロマニヨンズはノータッチだったけど、色々聞いて見ようかな。
The burnout cycle (Jono Bacon, Nov 2010) (PDF) の一部より。
燃え尽きの最初の段階としてよく見られるのは、自分の価値を証明したいという欲求です。
その根幹には、自分の仕事が軽んじられているという不安感があります。
燃え尽き症候群の患者は、自分の価値を証明するため、より多く働こうとします。
長時間働くことは燃え尽き症候群の初期段階に見られる兆候です。
自分がいかにたくさんの結果を出しているかを証明しようとして、
頑張って長く働くこうとします。
夜遅くまで働きつづけることも珍しくなく、
オープンソースソフトウェアの活動の場合はさらにそれが顕著です。
たくさん働けば自分の価値をもっと分かってもらえるという信念のもと、
午前2時や3時まで働いたりもします。
この段階になると、眠ること、食べること、友達と遊ぶことなどは単なる「娯楽」であり、
自分の価値を証明しようという欲求があまりにも強い状況であり、
より多く働くことが最優先事項になります。
誰かに誘われても、断ることに抵抗を感じません。
また、働きつづけることに抵抗を感じなくなります。
深夜や早朝に働くことは珍しくなく、
この段階では、異変に気づいた身近な友人や家族から、大丈夫かと尋ねられるようになります。
ただやることが溜まっているだけだと言って、彼らの気遣いを聞き入れません。
この段階では、仕事へのこだわりが強くなることにより、
それまでの価値観において大切にしていた、友人や趣味といったものを脇にのけるようになります。
仕事でよい結果を出すことが、成功をはかる唯一の指標になります。
人付き合いや家族と時間を過ごすことが、もはややりがいのある大切なことではなくなります。
むしろそうしたものは、やりがいある仕事へのさまたげになる、と考えるようになります。
もっと働かなければならないから、と言い訳するのに抵抗を感じなくなります。
いつ尋ねてもダメだと言うので、友人から誘われることもなくなっていきます。
この段階では、不信感、狭量さ、攻撃性が顔を出してきます。
同僚がバカでとるに足りないことばかり言うように見え、
どんどん生じてくる問題の原因として、
時間が足りない、同僚が無能だ、仕事の分配が不公平だ、と文句をつけるようになります。
睡眠不足により疲れがたまり、ジャンクフードとカフェインのせいでかなり不健康な状態になっています。
自分を情けなく思うと同時に、まわりは自分のつらい状況を理解してくれない、と感じます。
他人に向かってわめいたり手をあげたりするようになり、
口喧嘩をしかけることが増え、謝罪することに抵抗を感じるようになります。
生きることがつらいと感じるようになります。
他人との接触や人付き合いを最低限に抑え、
燃え尽きが進行していくという感覚をやわらげることが重要になってきます。
酒を飲むこと、あるいは薬に頼ってストレスを解消しようとします。
何に頼るかはそれぞれですが、通常よりも深くそれにのめり込みはじめ、危険な兆候が出はじめます。
友人、家族、同僚からみて明らかにおかしな奇行をするようになります。
本来のその人でなくなったということが、近しい人の目にはっきりと分かります。
身体的に疲れ果て、頭痛、肌荒れ、意欲の低下など健康上の問題が生じます。
対人関係にプレッシャーを感じ、とくに深夜、鬱が強くなります。
自分の人生が、機械的で感情のない歯車の連続のように感じられます。
自分の価値を誇示したいという願いも弱くなり、諦めてもいいかと思うようになります。
より頻繁に酒、薬、過食、異常性欲、その他の奇行、破壊衝動などに逃げ込むようになります。
鬱がさらに進行します。
この段階では、失望感、喪失感、消耗感を感じ、将来を楽観視する理由をほとんど見出せなくなります。
単位は「人本」じゃねえよ。
n[人]×m[本/人]=nm[本]
だっつうの。
もーこいつも糞どうしようもない馬鹿だし、レスしてるhttp://anond.hatelabo.jp/20111226014247こいつもスーパー馬鹿だし(「交換法則」を証明しなきゃいけないとかそういう問題じゃねえ)、なんで日本ってこんなに馬鹿だらけなの?マジ頭痛くなってくる。こんな馬鹿ばかりだからこんな糞どうでもいい話でいつまでも議論(笑)してられるんだな。
こんな計算は、意味から考えて、順序を交換できないのは明らかにおかしいんだよ。掛け算が先にあるんじゃねえよ。交換できて答えが自然な演算規則として掛け算が適切だったというだけ。指導要領とやらが絶対の糞お役所根性丸出し野郎と、教科書(笑)が絶対の糞マニュアル思考野郎と、ただの馬鹿。こういう奴らをなんとかするために教育があるんじゃねえのかよ。糞が。
電子出版だけれど、アメリカができてるからって日本でも簡単にできると思うなよ、と。
もうちょっと、ばかにするだけじゃなくて、日本の出版社の実情とかちゃんと理解してあげようよ。
まぁ今回の訴訟のような、言い訳とも言えないような見苦しい真似をされると、もうこいつらほうっておいて先に進みたい、と思う気もわかるけれどさ。
素晴らしい作品を作れる人のモチモチベーションは大事にしたいです。
津田さんあたりが「僕は裁断されても気にならないなぁ」って言ったってなぁ。
私は別に津田大介の本とか弘兼憲史の本がなくてもいっこうに困らないけど、東野圭吾が本気で本を書けなくなるのは困るんだわ。
彼らが納得して仕事できるように持っていくって目標を早々に切り捨てるのはもったいないでしょう?
あんまり拙速にやると、逆に出版社やメーカーが防衛意識で協力しちゃうかもしれない。
一昔前ののケータイ小説やら今のアニメみたいに「2話ごとに課金」とかが標準になって本より高いかねを払わされるみたいな方式になるのもいやだし、
「ユーザーが買わなくなるだけだろ」っていう意見もあるけれど、「価値のある作品」は少数なんだから、
そららを供給できる所が、出し渋り始めたり、値を釣り上げたらどうしようもない。
いくら他の本が安かろうが、電子書籍で出ていようが、読みたい本がどれもレベル低いとか興味から外れたコレジャナイのばっかりだと困るんです。
すでに本でも星海社新書とか双葉社の一部がひどい事になっていて、これは経営苦しいからその手の読者を掴みに行ってるんだろうなーと思う。
多分今急いで電子書籍はじめてもこういうところしか来ないと思う。
そもそも、今の電子書籍リーダーやらなんやらの普及率がアメリカと日本で違いすぎるでしょ。
スマートフォンの普及率を見て大言壮語してるんですかね? PCユーザーの普及率や利用時間とか見て「できる」と言ってるんですかね?
日本じゃまだ準備できてないよ。 ヘビーなネットユーザーは自分の体感で好き勝手にモノを語ってるけれど、全然無理ですよ?
何を根拠に電子書籍をやれと強弁できるのか、数字を根拠に説得していただきたいところですね。
作者型を情緒的で話しにならないとバカにするくせに、はてな民の大半が、データの一つも持たずに、情緒的に批判してるだけ。笑わせんなボケ。
あれ見てわかると思うけれど、バブル期ですら余程のことがないと成功しないよ?
出版社でもメーカーでもいいよ。今みたいなご時世に、しかも数値的には明らかに低い状況で、
リスクを取って成功する道筋をどうやって立てればいいのか言ってご覧?
今回の訴訟は馬鹿げている。それは間違いない。でもこの話はそこで終わりだ。調子に乗ってそれ以上ピーチクパーチク言ってんじゃねぇ。
そこから一足飛びにさっさと電子書籍にしろとか喚いてるバカを見ると頭痛がする。
確かな需要があるのにやりたくないとでも思ってんのか? 需要なんてないんだよ。
まだ無理なんだよ。バブル期ならともかく、先行投資すら出来る状況じゃないよ。
お前らがそうだからといって、大々的にそっちの流れに移行できると思ってたら大間違いだよ。自分がドマイナーだって認識を持てよ。
その前に「堂々と」こちらのテリトリー侵害をやられたら困るんだよ。おとなしく待ってろ。
いわゆる東京大阪比較は主題ではない。「なんでやねん」の意義を主張したい。
会話の中で許される応答が否定と肯定の2つしかなかったらと考えると恐ろしい。
私にはとてもじゃないが耐えられない。
きわどい話には、どっかの小鷹さんみたく「え、なんだって?」とスルーするしかなくなるだろう。
阿呆のふりをして、逃げることばかり考えるだろう。
相手の機嫌を損ねたくないばかりに、ヘラヘラと追従するだけになるだろう。
否定の拳をふりあげては、振り下ろす場所とタイミングに悩んで頭痛持ちになるだろう。
冒頭の宣言を覆すようでなんだが、やはり東京に出てきて少し戸惑ったことは事実だ。
お互いに肯定ばっかり。だよねー。ですよねー。
あほらしい話がどんどん膨らんでいって、変なノリが形成される。
一度出来上がったノリが、誰も崩せないところまでいって、みんなで赤信号わたるみたいな
「誰も望んでない結末」みたいなのを何度か経験させられた。
相手の会話の途中に異議を挟むと、すぐ喧嘩になってしまうというのもあった。
「なんでやねん」さえあれば、と思うことが度々あった。と言うか結局すぐ使うようになった。
こうして俺の大学デビューは結局関西人キャラということになってしまった。
ツッコミを期待してのボケとかそういうのは中級者以上の話なのでかんがえなくていい。
もっと初歩的な話だ。「なんでやねん」はそもそもなんのためにあるのか、だ。
「でもポジティブフィードバックは返しませんよ」の2つを兼ねる。
話が脱線したりずれそうになったときに、制止をかける役割を果たす。
その上で、この「なんでやねん」は否定や反論ではないてんが重要である。
さらに相づちを打つ側の自己完結的な行動として扱われる。
つまり、話し手はこの「なんでやねん」にいちいち応答する必要がない。
否定されたわけでもないから、ただちょっと相手の反応が芳しくないというのを察して、
話のテンポを落としたり、少しコースをかえたりという微調整をすればいい。
「なんでやねん」は会話の受けてにとって無くてはならないものだと思う。
「なんでやねん」があることによって、相手に相槌を返しやすくなる。
相槌というのはそもそも話し手の会話のテンポをコントロールするためのものだ。
「うんうん」「なるほど」「それでそれで」など加速する方向はみなさんもよく使っているだろう。
ただし、減速が必要になる時もあるのだ。
会話の中に、この装置が組み込まれていないと、なにかと困る。
こちらについても「ちょい待ちや」とか「おいおい」とか「そんな阿呆な」とか色々あるけれど
やはり「なんでやねん」が一番便利だ。深く考えずに使っても、あんまりカドが立たない。
漫才とかのせいで、アクション付きの攻撃的な言葉と勘違いされているが、
実際は会話のカドを丸め、とんがりにキャップを被せるような使い方をするものなのだ。
というような話を今日の飲み会で熱く語ってドン引きされました。
話がヒートアップする前に、誰かが「なんでやねん」と言ってくれさえすればこんな事には・・・。
余談。
会話が苦手な人は、なぜ自分がそれを苦手としているか、という時に
「心にないアクションをとるのが嫌だ」とか
「相手の意見が理解できなかったり、違和感を感じる時にどう反応すればいいかわからない」
そういう時には、何も考えずに「なんでやねん」という言葉を使うといろいろ捗るぞ。
(もちろん、ポジティブフィードバックのみの会話に親しんでいる方々など、
少しの制止にも不快感を示す方々もいるけれど、そういう人達とは付き合わなければいい。
肯定のみの世界で生きるなんて私には息苦しくて耐えられない)
あとね、これはいわないほうがいいと思うんだけどこの際だから言っちゃおう。
他人の話に軽くでも異議を唱えるってものすごい快感なんだわ。最も手っ取り早い自己表現だしね。
逆に、ずっとYesの返答を続けるのってストレスなんだわ。コントロールされてる感じするでしょ。
だから「なんでやねん」ってのが会話に混じってると聞き手の健康を守る効果があると思うのね。
さらにいうと、「なんでやねん」という反応があるお陰で、話し手側も安心ってのがある。
滑り覚悟でボケてもいいし、ちょっとキツめや喧嘩腰の物言いを「試してみる」ことが出来る。
来週末は心療内科の2回目。
仕事で壊れてもう二ヶ月。壊れるなんて弱いやつだけ、なんて思われているのが辛い。人は簡単に壊れるものだ。
この文章も治療の一環なのかもしれない。ポメラも使って、やたら文章を書くように薦められたので、とにかく毎日いろいろ書いている。今思い出して書くとそのときに気づかなかったことが見えてくる。
僕は手を抜いたつもりはない。責任感もあったはずだ。でもやがてそれらが潮が引くように心から消えて行った。そのうちに頭痛と吐き気が止まらなくなり、手はしびれ、足が動かなくなった。
仕事が面倒になった。仕事ってナンだろう。誰かが僕を底で使うと決めたのだから、自分はそこでつぶれるほど全力を出さなければならない。
そしてつぶれたのだから、仕事は達成したのだろう。もう僕はまともじゃない。しゃべると支離滅裂だし、作業は単調だ。
こうやって文章だとまだまともなんだろうか。それを知りたくて増田に投稿した。
あの時、助けて欲しかった。僕が欲しいのはチャンスじゃなくて、助けなんだよ。
・西洋医学に対して~と、頑なに現代医療のことを「西洋医学」と蔑称する。
・●●の語源はギリシア語で云々、と名称にさも権威があるかのように自称する。イメージ戦略からか何故かギリシア語が多い。
・トータルで、全身の調和、身体全体を見て、と個別部位に集中しない治療であることを強調する(頭痛に対して足などかけ離れた部位に刺激を与える治療などに根拠を与えるためと思われる)
・その一方、癌やアトピー、更年期障害など現代医療で劇的に改善ができない特定病因に効果があることを匂わせる。癌が含まれる確率は非常に高い。
・自然治癒力を高め、という一節が入る場合が多いが、その医療行為が具体的に自然治癒力の向上にどう効果があったのかを示すデータがあがったためしはない。
・自然、ナチュラル、ロハス、といった耳触りのいい言葉が多用されるが、それらの単語を厳密に自己定義することは無い。大体がその医療行為にとって都合のよい状態をもって"自然"と称することが多い。
・どこかのオマージュなのか「近年見直されている」という接頭語がつく。
・現代医療(西洋医療と記述される)と併用されることは薦められないが、同種の代替医療との親和性は高く、単独の代替医療行為だけで医院が開業されていることは稀である。
ttp://anond.hatelabo.jp/20111025181753 (この記事はただの私の愚痴だからトラバは貼らないよ)
↑の人ご苦労様です。
↑の人は、多分社会人経験をされているせいか、かなり責任感が強いのか、少なくとも他人のことを悪く言わない良い人なのだろうなぁ。
私はあまり偏差値の高くない中学の教師を教師やってるけどすごくよくわかる。というかコレでもだいぶ控えめに書かれていると感じる。
煩わしい人間関係とか、頭痛くなる研修について書かれてないし、個人の事情についても愚痴らしきことが書かれていない。誠実だ。
ゆとりのない生活をしてるせいで家族を十分にかまってやれず、家庭内不和に陥りかけていたりと夢も希望もありゃしない生活を送ってる。
自分で言うのも悲しいが、子供の手本となるには役者不足というかむしろ最悪のモデルであると思っている。
だから、子供たちを胸を張って叱ったり励ましたりも出来ない。むしろ下手に口を開くと呪詛を投げかけてしまいそうで怖い。
そもそも、こんなことを言いたくないけど子供どころではない。
私(34です)より若い先生がうつになりかけた時ですら、私を含めてみんなで十分にフォローしてあげることが出来なかったくらいだ。
まして大人よりずっと難しくて、手間も時間もかけなければいけないはずの子供に対して十分なフォローなど出来ない。
したくないのではなくて、出来ない。申し訳なく思うけれど、言い訳してでも逃げないと自分がもたないと感じている。
教師の不祥事がニュースで取り上げられるたびに「ああ、この人も壊れちゃったか・・・」と思ってしまうくらいだ。
世間の人は、なんであんなに教師に対して厳しいのだろうか。私もだけどやっぱり学校や教師に悪い思い出を持っている人が多いのだろうか。
教育崩壊についてよく子供がダメに成ったとかいうけれど、子供は悪く無いと思う。
親だってよくネットで騒がれるほどひどい人は少ない。(たまにDQNネームの子がいて、その子の親はやっぱりちょっと・・・と思うことがあるが)
割合的には結構真剣に子供のことを考えてくれている親のほうが多い。
「大変でしょうけど」とこちらを気遣ってくださるなど、わが子のことだけでなく他人に思いやりもある親が多くて、それが励みになっているところもある。
一番の問題はやはり教師である私たちに在るのではないか。私がこうした期待や励ましにに十分に応えられてないのがつらい。
ここまで自分で書いてみて、意外と他人の悪口を書けないものだなと思う。
↑の人もそうだったのかもしれない。
しんどいとかツライとかあいつが憎いとか感情をぶちまけられれば楽なのかも知れないけれど、
やはり、いつも子供に対してキレイゴトを教えている手前、この一線を超えたら戻れないという恐れもある。
ままならないな。
一度病気で休職した後復職したが、来週また休職届を出すことにする。場合によっては退職するかもしれない。
みんな、休職したときは、できるだけしっかり休んだほうがいいぞ。
下り坂に入ってる時は、自分ではその下りを止める手段ってない。
引き潮に飲まれた時逆らうな、という教訓は知っているんだが、
どこまで後退するのかが分からないのが恐怖で、自分はそれに耐えられなかった。
以前の自分は、自分で言うのも何だけどすごい頑張ってたと思う。
でも、今の自分からみて、あそこまで戻るのはどう考えても無理だ。
かつての自分は超人パワーみたいなのがあって、それがある時いきなり失われたみたいな感じなんだ。
周りのみんなは、ちょっと調子崩してるだけだと思って、善意から頑張れって言ってくれる。
少し休んで、また元の調子に戻ってくださいね、って励ましてくれる。
で、自分もそれに応えようと思うんだけど、ほんとに無理だ。
がんばろうと思っても身体が動かないし、無理やり机にかじりついてると頭痛とか吐き気がしてしまう。
もっと休めばよかった。
少し無理して会社復帰したけど、今の自分がどれだけダメに成ったかを思い知らされるだけだった。
定時までも働くことができない。
あきらかにみんなに気を使わせている。自分はみんなの足を引っ張っている。
貢献するどころじゃない。マイナスだ。それでもみんなは優しくしてくれている。
本当は、みんなの気持ちに感謝スべきなのに、心が狭くなっていて、ただ自分が惨めだとしか思えない。
優しいみんなを嫌な気分にさせているのがつらい。
産業医にもさんざん大丈夫だっていって業務復帰をOKしてもらった手前、
やっぱり駄目でしたと言いがたく、復帰後も大丈夫だって繰り返してたけど、
どう考えても最近は自分が嘘を付いているという気分になって落ち込む。
家に帰っても、家族には大丈夫だとしか言えない。でももう限界だ。
休職して、何もやる気が起きずにぼーっとしている間、何も言わずに世話をしてれた。
やっとのことで恩返しができると思ったのに、頑張れなかった。
今日家族からせっつかれて、家族が無理やり、という形で休職の願いを出すことになった。
本来、この判断だって自分がやるべきだった。家族に言いたくないことを言わせてしまった。
不甲斐ない。申し訳ない。
いろんな人に世話になったのに、その恩をひたすら仇で返すような状態になっている。
自分の中で負い目がどんどん積み重なっていくようで息をするのもしんどく感じる時がある。
全く眠れないし、よく金縛りになる。も
ここで休職したり退職するのは、さらにその恩を踏み倒すようでそれだけは、と思っていたが、
返す見込みがない借金を繰り返すのはもっと駄目なことだ。
上で書いたけど、その判断さえ自分にはデキなかった。いつまでもうじうじと悩んでいるだけだった。
何も出来ないくせに、プライドだけは高くて、デキないことを出来ないという事もできない意気地なし。
私の父親は東大卒で途中までエリートだったが、途中からアル中になって家族みんなを苦しめた。
私はそういう父親を嫌悪して今まで頑張ってきたのに、今ほとんど同じ状態になっている。
私自身、アルコール受け付けない体でなかったらアル中になってたかもしれない。
芸能関係の人間やエリートが覚せい剤に頼ってでも自分を保とうとするらしいが、そういうものに頼りたい気持ちもわかる。
今は家族がいるが、将来見捨てられるかもしれない。きっとそうなるだろう。
家族に見捨てられたら、もうどこまでも落ちぶれるかもしれない。
どこかで留まりたい。でも今は無理だ。
私は東大卒でもないし、父みたいに高給取りでもなかったから大して蓄えもない。
仕事がなくなったらすぐに貯金もなくなってしまう。父の時のように祖父の支えを期待することもできない。
子供がいないことだけが今となっては救いだけど、どうしたらいいのか分からない。
それでも、とにかくもうコレ以上は無理だ。 どうしたら良いのか分からない。
もうちょっと、やわらかいレスポンスはもとめてもだめなんでしょうか。
>「無駄だからやんなさんな」? 「面倒だけどいいぞもっとやれ」?
ただ、私は、すでに書いたように、過呼吸、頭痛とか、適応障害になって健康被害まで出たので、
もう対応するだけのパワーがありませんでした。泣き寝入りですよ。私は。
対応するパワーと、価値を見出している人はがんばっていただければと思います。
ただ、まあ大変なことですから、外野がどうこう言ってもご本人の側で面倒なことも多いでしょうし、
可能な範囲でがんばっていただければ、と思っています。
>「正直ネタにかこつけて仕事の話グチりたかっただけなので細かいところは追求しないでください」?
そういう言われ方をするのはあまり気持ちのいいものではありませんので、
ご配慮いただけませんか。
ちなみに、さっきコメント書いた人間とおなじ人間ですけれども…
まあ、こういうのって要するに、
たぶん、上司は、いまだに、自分のやったことは正しいと思っていて翻えらないんだよね、ああいうのは。一朝一夕では。
未熟でわがままな人なのだろうし。
まったく、ぼくよりも、はるかにバカだったくせに、どの口がいうか、って感じだけど。
(本当に死ねとは思ってないけど)
ただ、まあ、世話をしてくれたところもあるし、迷惑をかけたことがないわけでもないので、
それは確かにそうなんだけれども、そこだけ過剰にとりあげられて、未熟だなんの、っていわれても、
ほんと、むかつくよね。
結局、こっちは元上司の発言に対して、
過呼吸やら頭痛やらで適応障害になるまで、我慢して、もうこれ以上はむりだわー
せっかく書いたので、ここに吐き捨てておくことにする。
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今の悩みは以下が一番近い、むしろそのままの自分を言い表している。
# 回答がまったく助けになっていないのが酷い。
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怠け癖が再発してしまったのでしょうか? | 教えて!goo プラス - 教えて!goo
http://oshiete.goo.ne.jp/plus/q/114966
"去年は問題なく日々を過ごせていたのですが、
今年5月あたりから仕事トラブルで一時的に仕事ができなくなり、6月には仕事も回復したのですが思うように仕事がはかどらなく、現在はいつもの4割程度しか仕事がこなせていません。
デスクワークが大半を占める仕事をしているのですが、気が付けばインターネットに集中し、時間が過ぎて仕事を思うようにこなせない後悔の日々が続いています。
自己管理がしっかりできないようであれば自営業を辞め、収入は少なくなりますが再就職を検討したこともありました。
現在は危機感を感じることが非常に弱く、以前のように仕事を数日間で切りつめてやる日々ができなくなり仕事に集中できない人間になっています。
生活は悩んでいないように振舞っていますが、いざ机の前に座ると仕事を考えたくない自分がいます。"
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うつか怠けか。それが問題。
これまでの自分の症状は明らかに「うつだ」と自分でも認識できていたから、
なんとなくこれまでの対症方法で対処できていたような気がするし、それで納得できていた。
納得できていないのは自分の問題だとしても、分かっていてそれを変える(制御する)ことが「できない」。
しかもなぜ「できない」のか、理由を説明することができない。
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第4回 これってうつ病?それともなまけ? | Think IT
http://thinkit.co.jp/article/108/4
"従来、うつ病になりやすい人は、仕事熱心、秩序を愛し配慮的できちょうめんな人と考えられていました。従来型のうつ病は、まじめで会社に忠実な中高年が発症し、罪悪感が強いのが特徴的です。"
"しかし、最近増加している若い世代のうつ病は、自己愛的で、社会のルールをストレスと感じ、仕事熱心ではない傾向を持つタイプで、現代型うつ病やディスチミア親和型うつ病などといわれています。もともとやる気に乏しく、熱心に何かに取り組んで認められた経験のない人が多いのも特徴です。友人とはうまくいくが、仕事のノルマや上司との関係など厳しい社会生活で簡単に壁にぶつかり、うつ状態に陥ってしまいます。 "
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ここまで言われると腹が立つ。そんな気軽にうつになったりしない。
これまでは"憂鬱""焦り""不安""希死年慮"とそれに伴う"睡眠障害""動悸"などだったが、
最近はそういった症状が鳴りをひそめ、代わりに"怠け"が台頭してきた。
急速に"怠け"が増え始めたのは2011年6月から。7月が現在のピークだが、9月はそのピークを超える見込み。
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岡野憲一郎のブログ:気弱な精神科医 Ken Okano. A Blog of an insecure psychiatrist: うつ病再考 (2) 怠け病は本当にないのか?
http://kenokano.blogspot.com/2011/02/2.html
"まず「欝ではなく怠けだ」という人たちはある典型的なプロフィールを持つことが多い。それは「仕事に関しては意欲がわかず、職場に行こうとしても様々な精神的、身体的症状のためにそれが出来ないが、趣味やそのほかの自分が興味の持てることに関しては積極的である」というものである。これでは確かに「うつ病」という診断を下すことには違和感が生じるのも無理はない。しかしこのプロフィールはすでに「健常人」と異なるところがある。それは「症状」の存在だ。普通私たちは意欲のわかないことは、ただそれをしないだけである。特に「症状」など起きない。たとえば確定申告のための書類を書くのが面倒くさい時、私たちは単純にそれを先送りするだけだ。その書類を書こうといざ机に向かうたびに、頭痛や吐き気やゆううつな気分になるということは普通起きない。しかしそのままにしておくと経済的、社会的な制裁があることを知っている。すると確定申告を我慢して行うか、あるいは制裁を甘んじて受けるかの二者択一となる。(中略)そこでもしA君を「こら、遊んでばかりいずに、働け!」と怒鳴りつけたとする。ここで二つの可能性がある。ひとつは重い腰を上げてハローワークにいくか、仕事を探そうとすると「症状」に襲われてしまい、それが出来ないか、である。後者の場合はA君は病院にいき、その症状に応じて診断を受けることになる。このA君の特徴をひとことで言い表すならば「なすべきことを強いられると、症状が出てしまう人」ということになる。でも、である。これって立派に病気なのだ。少なくともこれまでの精神医としての経験からすれば、そうなるのである。症状はあたかも意図的に作り出されているようだが、「気を取り直せ」とか「しっかりしろ」とか「たるんでる」とか「気のせいだ」とか「怠けだ」といっても、それはどこかに消えてなくなるわけではない。症状がそこにあって、ある程度は目に見えて、以上のような声賭けや恫喝をもってしても決して消えることがないとき、私たちはそれを病気、と呼ぶのである。"
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これを病気とされて薬が増えたり休養を勧められたりしてたら、
いつまで経ってもこれから先に進めやしない。
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岡野憲一郎のブログ:気弱な精神科医 Ken Okano. A Blog of an insecure psychiatrist: うつ病再考 その(7) かくしてうつは誤解される
http://kenokano.blogspot.com/2011/02/7.html
"原因のきっかけへの取り違えは、実は患者の家族にも、そしてここが重要なのだが、患者自身にも起きる。心のうつの原則を一番信じているのは、実は患者自身である。"
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半分合ってる。
"これはうつだと断定してくれる"ことを期待する自分と"うつじゃない"と抵抗する自分がいる。
ここでも矛盾とそれに伴う葛藤が生じている。
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岡野憲一郎のブログ:気弱な精神科医 Ken Okano. A Blog of an insecure psychiatrist: うつ病再考 その(11)結論
http://kenokano.blogspot.com/2011/02/11.html
"私は「結構昔もこんな人が社会のどこかに隠れていたんだろう。」という議論が好きだ。とにかく昔はいろいろなことがイーカゲンだった。"
"私は「最近の社会人は未熟だ」から「怠け方、甘え型のうつが広がった」と考えるよりは少しすっきりする。というのも「近頃の若い者は・・・」という議論は昔からいつの時代もあったのだ。それほど若い者が難題にもわたって未熟になっていたら、おそらく現代人は江戸時代や奈良時代、縄文時代の人間よりよほど未熟でだらしなく、甘ったれと言うことになるだろう。"
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まったく結論になっていないけれど、この結論が一番救われる気がする。
たぶん昔から私みたいなのはいて、今はただそれがうつとして扱われるようになったということ。
ひきこもってないだけまだマシ。
問題だと思って悩んでいるだけまだマシ。
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【0406】休職して遊びまわっている部下は擬態うつ病でしょうか
http://kokoro.squares.net/psyqa0406.html
"この方はうつ病ではないと思います。ご指摘の通り、擬態うつ病でしょう。そう考える理由が、遊びに関しては十分以上のエネルギーを注いでいるということにあるのも、ご指摘の通りです。"
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そういう意味では、自分は今の生活の全てを仕事に振り向けようとしている。
平日帰宅後はできる限り早めの就寝をして中途覚醒分の睡眠時間を取り戻すようにしている。
土曜日は各病院を回り、日曜日は一日のんびりするようにしている。
と書くと、擬態うつをごまかそうとしている心のあらわれなんだろうか。
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http://kokoro.squares.net/psyqa0200.html
"具体的な対応の仕方は微妙な点も多く、個々のケースによって変わってくるのはもちろんですが、原則としては、その職場での許容範囲を設定し、それを本人に明確に伝え、許容範囲を超えた場合には厳しい態度で接するべきであると私は考えています。
"
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これを自分からお願いする、というのはおかしいか。どれだけマゾなんだ、自分。
でも、叱ってくれる上司を求めているのかもしれない。
父性を求めているのか。立派なメンヘラだなぁ。
たぶん結局答えはない。
20代女性です。私はipodがないと不安なんです。音楽をいつもボリゥムを最大にしてイャホンで聞ける状態でなければ電車に乗ることができません。出掛けに忘れたりする事があってとても不便な思いをします。その場合はたとえ約束があっても取りに戻ります。そうしないと音楽をイャホンで聴いていない状態で外出を長時間続けると背中やこめかみ足の裏掌に汗をかいてきます。不安で顔を上げることができません。なるべく他人に見られないように脇をしめて肩幅を縮めて両肩のラインより後頭部を上に出さない心持ちで早足になっていきます。そうして早くこの状態から逃れるためにipodのところへ向かいます。この時が最も危険で心臓の鼓動も早くなり耳鳴りと頭痛で倒れそうになってしまいます。光の粒が頭の周りを囲むようにたくさん浮遊しながらジグザグに降りてきます。その数が段々増えてくるとまた動きも早くなり、見てはいけないと思いながらもつい目で追ってしまい眩暈を起こして転んだ事もあります。また出かけるときになってipodを用意していると充電が不十分ですぐに電池が切れてしまいそうな時があり、出かけるのを中止してしまう事もあるのです。出先で電池が切れてしまったら恐ろしくてどうしていいのかわかりません。ですから電池が満タンの時でも常に充電するためのコードを持ち歩いています。コードはカバンの底の進行方向右手のポケットの中とカバンの外ポケットの中と肩掛けベルトの中に(縫い目をほどいておもて地と裏地の間にはさみ込んで軽く縫い合わせてあります。我ながらとてもうまく考えたものだと思います。)、それぞれ計3本を常に持ち歩いていて不測の事態に備えています。しかしご存知かもしれませんがipodは充電式なので電池が切れてしまった場合はたとえこうして充電コードを持っていてもコンセントがなければ意味がありません!そのことを考えるとまた掌が湿ってきて心臓も早くなり息を吸っても苦しくなって耳も聞こえなくなってきて頭が朦朧としてきてしまいます。みんな他の人は平気なのでしょうか? 私だけがこんな風になっているのでしょうか。
最近よく思うのですが耳にイャホンやヘッドホンをつけてなくっても音が直接聞こえる新しいバージョンのipodが出ていてみんなはそれを使っているので平気なのではないでしょうか? そしてその新しいバージョンは直接頭脳に音楽が聞こえてくる仕組みでもちろん手術で頭の中に埋め込まなくてはいけないでしょう。高いのではないでしょうか。今の私には新しいバージョンで手術を受けるだけのお金が用意できないでしょう。でもとっくにみんな多くの人がその手術で新しいバージョンになっていてそうしたらどんなに楽しくて快適でいやなことがひとつもない暮らしなんだろうと羨ましくて悲しくなってきます。相談できる友人にも聞いてみたのですがそんなことはないと私だけではないと言ってくれるのですが私はやっぱり信じられないのです。その友達がイャホンをしていないのに音楽が常に流れているように楽しそうに笑ったりしているのを見ると憎くて裏切られた気持ちになってきます。私だけが新しいバージョンの知らせを受けていないのでしょうか?ご存知かもしれませんがipodはパソコンに繋げると時々新しいバージョンのお知らせが来たりします。ある時私は間違ってその時のお知らせをいいえでクリックしてしまったのです。その日からお知らせがくる回数が随分減ってしまっているようなのです。その友達のパソコンを覗いたことがあるのですが私に来ているよりもたくさんのお知らせが来ているのです。もちろんそう言って見せてくれるように頼んだのですが友達は意地悪でそんなことはないと見せてくれなくなりました。どう考えてもその時を境にパソコンのガードが固くなったとしか考えられません。クリックでいいえをしてしまった(たとえ間違っていたとしても)場合はその人に絶対に情報を教えてはいけないというようなお知らせも同時に送られているのかもしれません。私はしてしまったのでもうそのお知らせも見る事ができませんが。どうかいいえをクリックしないままでそのお知らせを見せてもらえないでしょうか。そしてあたらしい最新の直接聞こえてくるタイプのバージョンのipodの手術を受けさせてもらえないでしょうか。万一お金が高くて足りない場合もこれからちょっとずつ貯金をしていくのでその具体的な情報が知りたいのです。お願いします。
さあ?あるかもしれない。頭痛持ちではある。
http://anond.hatelabo.jp/20110731073856
別れた直後はもう心がぐちゃぐちゃになって、やっぱり彼女が大好きで、自分から別れを切り出したのになんでこんな思いをしてるんだろうってわけがわかんなくなった。
帰りの新幹線でずっと泣いて、家についても泣いて、朝起きたら、何も考えてないのに涙が出てきた。
もともと関係は破綻してたし、お互い好きだなんて言っても、結局別れるしかなかったんだと思う。
僕の望むような幸せな関係は、どうやったって元彼女とは得られなかったんだから。
それに、お互いまだまだもやもやが残ってるから、連絡は取り合いながら、徐々に心の整理をつけていこうね、って話になってる。
どちらかが熱烈に、やっぱりやり直したいって言えば、通じるような気がしてる。
だからなんとなく、心の余裕は取り戻せてきた。
でも、これからどうするか、なんてまだわかんなかった。
いま積極的にアプローチしてくれている職場の女性がいるけど、その人とどうするのかも、正直まだ考えられない気持ちだった。
付き合うかどうか決めれなくても、ただ、好きだって思ってくれてるのが心地よかった。
その人とのこれからの関係は、大学の先輩風に言うなら「ゴールポスト狙い」っていうか、ぎりぎりまで危険なにおいを嗅ぐ程度で、踏み込まない関係でのらりくらりいきたいなって思ってた。
だって俺は、まだ誰と一緒にいたいのかわかんないし。
どっちに対しても失礼だから。
それでもやっぱ、目の前にいる人に心が惹かれていくのは当たり前で、しかも元彼女と違ってめちゃくちゃ可愛い。
職場では長い時間一緒だし、一緒にいない時間はなんだかずっとあの子のこと考えてしまう。
付き合うとか、将来とかわかんないけど、好きかどうかで言えばそりゃ好きなんだなって思う。
それに、やっぱりあの子と付き合いたいから別れた、ってのが正直な気持ちだと思うし。
で、あの子、かなり積極的で、彼女と別れたって言ったらうちに来た。
なにか起きても曖昧にして逃げ切れるって思ってたしね。
「どうなの? これからどうするの?」って質問がくることは想定してたし、そうなったら「別れはしたけどまだ彼女のことも引っかかってるし、いまの気持ちのままだと失礼だと思う」とか言えばいいんだと思ってた。
セックスはしないだろうし、さすがに上記のようなステップを踏まずに「抱いて」って言うことはないと思ってた。
まだまだのらりくらりいけるだろうって思ってたから、部屋飲みしても大丈夫かって思って部屋にあげた。
ところがですね。
お互いかなり酔ってたし、まあ、ようするに俺がいきなり押し倒されるという展開になった。
何の話しててなんで押し倒されたのか、こまかいところははっきり覚えてない。
押し倒したのはあの子で、キスしたのは俺からだ、ってあの子は言ってる。
どうだったんだろう。
で、そのままいっぱいキスして、バッと彼女は起きて、「ねえ、私のこと好きなの?」って聞いてきた。
うん、好き、とは言えなかった。
でも、好きじゃない、まだ決めれない、とは言えない空気になってた。
「彼女とは別れたけど、お互いの気持ちの整理のために連絡はまだ取り合ってる。
それに、付き合うからって結婚とかまで考えられるか、と言えば今の時点ではそこまで言えない。
それでもいいなら付き合いたいって思うし、好きなのは好きだ」
って言った。
付き合うことになった。
そして、そのまま続行。
おっぱいだけの関係になった。
Bくらいだと思ってたのに、Dもあった。
元彼女Aだったし。
よく覚えてないけど、すごくねむくて頭痛くて、そのまま二人で寝た。
朝起きて、彼女は隣で寝ていた。
またいっぱいキスした。
彼女、耳が弱かった。
耳をなめたり咥えたりして、またおっぱい触った。
セックスになれてなくて、結局慣れなかった元彼女と違って、この子は慣れていた。
すごく感じてた。
そのうち彼女が、「お願いなめて」って言った。
びっくりした。
どれだけセックスに積極的なんだろうってびっくりしたし、今までのセックスの経験を感じさせて、なんだか複雑だった。
長いことおっぱいなめた。
今まで一人としか付き合ったことない俺としては、衝撃的だった。
昼に彼女は帰っていった。
一日たって、改めていろいろ思い出す。
それはとても嬉しいことだし、あんな素敵な子と付き合えるんだって思うとすごくどきどきする。
もう、連休終わって職場で会ったらどう接したらいいんだろうって考えてにやける。
やっぱり好きなんだなって思う。
とりあえず彼女とうまくいってる間は復縁とか、そういうことは考えないつもりにはなった。
でも、きれいに精算できてるともいえない気がする。
あと、彼女が男性経験がそれなりにあることを知って付き合ったから、それそのものは何も思わない。
でも、もともと俺は処女厨だし、「お願いなめて」を思い出すと、だんだん複雑な気分になる。
そして、お酒でこうやって流れた自分って、けっこう最低だなって思う。
こんなことには絶対ならないって自信があったし、お酒飲んでそういう風に流れてしまうってよく聞く話が、自分にも起きるって思ってもいなかった。
自分も結局、ただの男で、肉の誘惑にはやっぱり勝てなくて、元彼女が好きだなんて思ったりもしながら新しい彼女作ってるギャップが気持ち悪くなった。
でも、そういう矛盾とか、流されていく弱さとか、ああ、自分ってかなり人間らしいんだなってのが笑えてきた。
他人事のように自分を見つめると、笑えるし、愛おしいし、最低だって思った。
でも、まだセックスはしてない。
結局買わなかった。
そこまでやっちゃったら、自己嫌悪はもうちょっと増えるんだろう。
まだ、しないほうがいいんじゃないかなって思って買わなかった。
けど、買わなかった結果、もっと最低なことになるかもしれないなって思う。