はてなキーワード: PS3とは
普通にあるけど?
たとえばPS3の週刊トロステーションでは、トロとクロのいつもの掛け合いにTwitterでコメント付けられる。
Twitterと連動! 『週刊トロ・ステーション』PS3向け機能拡張アップデートが本日実施
Twitter連動機能
「トロ・ステーション」の視聴時にユーザーのTwitterアカウントを使用し、ツイートすることが可能です。また、他「トロ・ステーション」でニュースの進行に合わせた他のユーザーのツイート内容を閲覧することが可能です。
というかクロが『それってニコ…』と言いかけてひっぱたかれてた。あとPSVITAの「みんなといっしょ」にもTwitter連携機能がある。
2chやTwitterを見てると、あのブログがソニーの回し者であるかのような流れになってるんだけど、何だか違和感を覚えるんだよな。
なので、とりあえず最近のあのブログのPSVITAタグの中からネガティブっぽい記事をピックアップしてみた。
1月だけでこれだけあるわけだが。
PS3の初期もこのブログはこんな感じだったし、ほんとにこいつソニーからカネ貰ってんのか?その辺はどういう解釈でみんな納得してんの?
12月も…と思ったけど多すぎて後半だけで力尽きた。
つか、あのゲハブログって何年か前にPS3の不振をあげつらうエントリを連発してた記憶あるんだけど、あれもソニーにカネもらって書いてたってことなの?
特に一方のブログのヘッダ画像に使われてたのって、PS3の対抗勢力(当時)だったXBOX360の躍進の象徴みたいなRPGのキャラクターだろ?今はFavicon位にしか名残がないけど、少なくともPS3版発表される頃までは普通にでかでかと使ってたはず。
他にも、もっぱら煽り目的に使われていたSCEIの当時の社長(だっけ?)のAAとかもブログパーツに載せてたよな。
それにXBOX360有名タイトルの代名詞的な位置づけだった某アイドル育成ゲームのファンサイトやってただろ、あそこの管理人。肝心のゲーム自体は全くやってなかったらしいけど。
これら全部ソニーの手のひらの上だったって事なのか?
旧世代ゲーム企画屋が、携帯ソーシャルゲーム遊ぶと何を思うか。
http://dochikushow.blog3.fc2.com/blog-entry-2153.html
自分は正直MHPでもオンラインは(めんどくせー!)と思ったくちなので、これは心当たりがありますね。
ソーシャル一辺倒だと、他人との関係のほうによけいなストレスが発生してしまう。ゲームやるのに「ありがとう」だの「乙」だのいうタイミングなんか考えたりしてしまって、そうなるともう現実の人間関係と何もかわらない。仕事といっしょ、やってることが仕事かゲームかの違いだけで。ゲームするのにそこまで他人に気つかわなきゃいけないの?って気持ちは自分には少なからずある。
そういう意味では、PS3の「デモンズソウル」のオンラインの関係って絶妙な距離感だと思うのです。他人とつながってるけど、そこまで濃いつながりじゃない。ゆるいながらちゃんと他人を感じられるシステムになってて、コミュニケーションにストレスを感じなくて済む、ちょうどいいゆるさ。「みんなでやる楽しさはわかるし、一人でやるのは寂しいけど、気つかってまでゲームをプレイするのはやだ」っていう感覚をいい具合にゲームに取り入れてるように思います。
飲み会でみんながわいわいやってるところで飲むのは好きだけど、自分が話の中心になるとめんどうだからなるべく自分に話がこないようにする的な…? やー非コミュってめんどくさいですね。
要するに利用者に公開内容の詳細が明確に知らされていないのと、利用者自身に公開内容を制御できないって点だけだろ、それ。
しかも公開される内容は、IDと、そいつがどんなゲーム遊んだか、どんな番組を録画したか、程度なんだろ。いやまあ問題っちゃ問題だけど、ソニー側が規約を直してゲーム機のファームウェア(?)をアップデートすれば解決する問題だよな。
調べてみたら、PS3が発売された2006年末からずっとこの仕様だったらしいんだけど、アメリカとかじゃ問題視されてないんだろか。まあ問題視されてたら速攻で修正されてるはずだから、実際は問題視されてないんだろうけど。
というか、発売から今日までの5年間日本の誰一人として気づいていなかったというのが情けないよな。海外だとアメリカや欧州のPS3公式サイトにIDの検索ページとか堂々と公開されてるのに。
今年春頃の情報流出問題の時にもこれを指摘してる人は誰もいなかったみたいだし、なんか日本のゲームってメーカーだけじゃなくユーザー側も予想以上に劣化してるんじゃないか。
一方、モバゲーやGREEに代表されるソーシャルゲームは携帯電話を利用し、ゲーム自体には無料で参加できるのが大きな特徴。ユーザー同士の交流は課金のための重要なモチベーションとして位置づけられ、ゲームを早く進められたり、強くなったりする有料アイテムの購入を促すものが多い。
最近ではGREEの「ドリランド」のように強いカードを集めるタイプのソーシャルゲームが主流となっており、強いカードを得られる可能性がある1回数百円程度のクジ引き「ガチャ」が主な収益源となりつつある。最初は無料で、のちに課金を促すビジネスモデルである以上、競争が激化するにつれ、ユーザーの射幸心をあおる方向へと突き進まざるを得ない。
そういう認識はもう古い、と(多分)ソーシャルゲームの中の人な増田が言ってたような
と思って探したらこれかhttp://anond.hatelabo.jp/20110916113433
そもそも任天堂が相手にしている客層(主にお子様)とソーシャルゲームが相手にしている客層(ケータイ持ってる層)は元々被らないのに
それ以前に、この国での「ゲーム」トピック自体が、真偽とかどうでもいいレベルにまで落ちちゃってるんだよね。とにかくミソもクソも関係無く騒いだもの勝ちな空気が蔓延してる。なぜならデマに踊らされてもぶっちゃけ何も失うものは無いし(実際は当人が自覚してないだけだが)、真相を把握していても何のインセンティブも無いし。
http://www.jp.playstation.com/info/release/nr_20111117_psn_pshome.html
あえて長々と書く。
(特別な自衛手段を講じていない限り)これまでもトルネの視聴履歴はダダ漏れだった。それが今回、web上でより手軽に見られるようになった。
なぜか、「今回はじめて視聴履歴が流出した!」という論調の記事ばかり目について不思議である。「はじめて流出」したのではない。もとからダダ漏れだった。情報までの敷居が下がっただけだ。
以上は単なる事実なんだけど、どの程度の人が把握しているのだろうか。
もちろん、今回のソニーの対応についての良し悪しはまた別問題。
お前ら本当PS3持ってないんだな、と。
「設定の勝利」って言われる話こそ、実は高い技術の勝利じゃね?
「ベン・トー」読んでそう思った。
設定が奇抜であればあるほど、「出オチ」という判定をくだされて終わる可能性が高い。
ニコニコとか超ベストセラークラスだと、別に出オチは出オチとして歓迎されると思うけれど
特にアニメや週刊誌のような作品で一度「出オチ」という評価を下されると二度と復活できない。
「どうせ出落ちだろ」という圧力に耐えて、話を持ちこたえさせ、
そこから再度浮上できるのはそれこそ作者の高い技術が求められるってことになると思う。
なんせ、アニメやラノベは一回パッケージで騙せば済むというものじゃないからなぁ。
というわけで、ベン・トー。
最初私これ絶対1話か2話で切るわーと思ってたけど、今のところ今期アニメで一番面白いと思ってるですよ。
どうせ出落ちだろ、って思う人程見て欲しい作品。 読んでみると王道中の王道を楽しめますよ。
素直に王道やればいい仮面ライダーで学園ものやったあげくイマイチ盛り上がらんというというちぐはぐ感はなんとかならんのか。
なんかマスに近づけば近づくほど、お笑いとか皮肉とかそんなんでまっすぐなメッセージがやりにくく
色物とか腐海のようなゲテモノの世界にこそ純粋まっすぐがあるってのがなんか間違ってる気がする。
参考記事
http://d.hatena.ne.jp/shi3z/20111112/1321057463
一般的に言う良い企画について語ってるもの。普通はこういう企画のほうがいいよね。
逆に言えば奇抜な企画のほうが力技が必要になるわけで、ベン・トーはかなりすごいと思う。
http://blog.livedoor.jp/kashikou/archives/51837848.html
http://raitonoberuteki.blog.fc2.com/blog-entry-9.html
これは「はがない」の記事だけど、「ベン・トー」も余計なことを考えずに美味しく味わえるように作られてると思う。
私も「ベン・トー」と「灼眼のシャナ」を比較して、同じテーマ、同じ中二病ネームの羅列でありながらも
いかに作品が飲み込みやすく作られているか語りたいと思ったけどめんどいのでやめた。
蛇足。おなじアサウラさんがシナリオ担当の「アキバストリップ」がなぁ・・・。
ベン・トー面白かったからこっちも買ったんだけど、うーーーーーーーーーん、って感じでした。
もっとガチでやってほしい。荒いポリゴン絵が服が脱げてもただのお馬鹿としか思えない。
ランブルローズくらいは頑張って欲しい。PS3とかのフルハイビジョンで作りなおして欲しい。
「生徒の自主性を高めるために夕食を用意しない学寮」単に生徒を保護する気がないどうしようもない学校だよね。どこが奇抜な設定?
私はベン・トーについて「設定が奇抜くらいしか特徴がない」といってるやつをDisってんだよ。
一見変わったふうだけど、この作品の魅力は設定面に負ってるわけじゃないって主張をしてんだよ。
タイトルもわざわざわかりやすくしてやってるのに、まだわからんとか頭悪すぎだろ。
お前らの国語能力じゃラノベさえもちゃんと読めないんかもしれんので、口を開くなボケ。特にWelなんとか。
私が言いたいのはこれだよ
設定の勝利って、ベントーは当初本当に売れてなかったのが「設定めちゃくちゃだけど作者の文才は高い」みたいな感じでじわじわと売れていってようやくアニメ化までこぎつけたんだぞ
要するに、ソーシャルがうんたらかんたらという話は所詮は一過性のブームで、そのうちゲーム専用機への回帰が始まるよって話。
でもって、アプリケーション開発の中でもゲームソフト開発はかなり特殊なので、一朝一夕でどうにかなるわけじゃないから、この業界でゲームで真剣に生き残りたければ今のうちに準備しといた方がいいよ、みたいな。
つまりスマフォは、「いつでも遊べる」というカードのみで、今後ゲーム専用機と戦い続けなければならないことになる。携帯ゲーム専用機に関してはそれさえもカードとしては強力とは言いがたい。
しかしそんな不毛な戦いを挑むゲームソフトメーカーなど現れないだろうから、ゲーム専用機とは別のカテゴリの娯楽として存在することになるだろう。それは既存のゲーム専用機の領域を「多少は」食うだろうが、果物にたとえるならば皮の部分程度で、芯に到達することはないはずだ。
AppleにとってもGoogleにとっても、ゲーム機能は自社製品を普及させるための付加価値の一部でしかない。だから万が一ゲーム部分と他の付加価値が競合する事態になった場合、前者を優先することは絶対にありえない。対するゲーム専用機メーカーは、自社製品をゲーム機として普及させるためにあらゆる選択肢を模索するだろう。高価すぎるという批判に対応するためにPS2ソフトの互換機能をオミットしたPS3の例や、販売不振を挽回すべく発売からわずか半年で1万円の値下げ(実質4割引)を実行したニンテンドー3DSといった事例もある。
そもそも、「何でも出来る」がうたい文句のハードやOSが、ゲーム専用機にゲーム分野で太刀打ちできるはずがない。
それは「何でも出来る」はずのWindowsのゲーム分野で主導的なポジションを作り上げながら、その市場の小ささゆえにわざわざゲーム機を発売したマイクロソフトが証明してくれている。
WindowsがインストールされているPCなど、世界中に何億台、下手をすれば十億台以上は存在しているはずなのに、ゲームソフトの売上や販売本数ではゲーム機に完全に負けてしまっているのだから。
これらが今後のスマートフォンにも当てはまることは自明だろう。
といったものがある。
近頃、ゲームを全くしなくなった事をよく実感する。学生の頃にはまっていたMMORPGをはじめとするネットゲームは勿論、Xbox360やPS3にも滅多にゲームディスクを挿入することなく、もっぱらDVDやブルーレイの鑑賞機器として稼働している。PSPやDSに至っては一年以上電源を入れていない。
と言っても、ゲーム自体が嫌いになったわけではない。今でもレースゲームやRPGにはわりと興味があるし、最近読み始めたライトノベルの影響か、ネットゲームに対する興味もやや増してきた。多分、これから先もゲームから完全に意識が遠ざかる事は難しいだろう。また、ネット上ではよく「体力が続かなくなった」という声を聞くけども、それも何か違う。確かに昔の様に丸一日をテレビやモニタの前で過ごせるほどの体力は無いとしても、半日くらいなら問題なく向かえるはずだ。
要するに、モチベーションの問題なのだと思う。ゲームなんてただのお遊び。そういう考えが板に付いてしまった。こんな事を言うと「仮想と現実の区別がついてない」という類いの批判を受けるかもしれないが、それに乗っかって言うなら、ゲームというものは仮想をもう一つの現実として扱うからこそ楽しかったんじゃないだろうか。少なくとも、子供の頃はそうだったと思う。勝った負けたに真剣に一喜一憂し、難題が持ち上がると全力で解こうとしていた。今の様に「暇だな。ゲームでもしようかな」ではなく、学校から帰るやいなや、ランドセルをほっぽり出して友人の家に駆けつけてはコントローラーを取り合っていた。
あの頃の俺にとってゲームは特別な存在だった。当時を思い出す度にその一端は感じられるだろう。しかし、今はもう違うらしい。では「今の自分にとって特別なもの」とは何なのか。ゲームに限らず、同じ様な事を感じた時は特にこの点を思い出して欲しいと思う。