はてなキーワード: カタールとは
どう思う?
個人的にはカタールにはサッカーしにきたのにサッカー以外の問題を定義してどうすんだ?お前らの目的は純粋にサッカーを楽しむことじゃねえのか?
政治的要素を絡めんじゃねえ!
って感じだけど。
https://anond.hatelabo.jp/20221123155759
家で看取ると決め帰宅させた夜はカタールワールドカップ日本代表初戦だった。サッカー中継と天気予報と「ダーウィンが来た!」が好きでいつも食い入るように見つめる猫だったが、ソファの下でコの字のまま横たわる彼女の視線の先に日本代表が映っているのか定かではなかった。
目の大きな猫だった。晴れた午後に窓の外をじっと眺める澄んだ水晶体は、何かを見ているというより、宇宙全体を感じ取っているかのようだった。哲学者のそれというより、哲学そのものだった。
ベッドにつくのを察知するとどこからともなく現れてお腹の上に乗ってきた。薄明かりの中、目尻の少しつり上がったその目いっぱいに黒目を広げる彼女の顔は、紛れもなくあの宇宙人の顔だった。「宇宙で一番かわいい宇宙人だね」そう言って抱きしめると首のモーターがブンブン駆動した。
具合が悪くなる数週間前から、普段はほとんど鳴かない彼女がこちらに向かって一心に「ニャーオ、ニャーオ、ニャーオ」と鳴き続けることがあった。「ごはんー」でも「だっこー」でもないのは明らかだった。「なになにどしたー」と抱きあげるとモーターが唸りを上げた。
床にぐったりと体を横たえる彼女がまた同じ泣き方をした。声は小さくかすれ、顔を向ける体力もなかったが、目だけはこちらをまっすぐ見つめ、一生懸命鳴き続けた。「ヒャーホ、ヒャーホ、ヒャーホ」その時突然、彼女が何を言ってるのかわかった(気がした)。「ここにいるよ!」だった。「ここにいるよ!ここにいるよ!ここにいるよ!」どっと涙が溢れた。そうだよ、お前は今、ここにいるよ!
たしかに彼女はそこに存在した。この広大な宇宙の片隅のこのちっぽけな部屋に、三年というほんの刹那だったけれど、たしかに彼女は存在したんだ。そのことは一生忘れないよ。
早朝、「ニャ」という声を聞いた気がして目が覚めた。チェストの下に横たわる彼女の横っ腹に手を伸ばす。温かい。柔らかい。そして彼女はスーッと息を引き取った。呼吸の間隔が長くなっただけではないかと思い、彼女を抱き上げだらりと垂れる頭をこちらに向けると、その大きな黒目の中にもう彼女はいないことが、驚くほどはっきりとわかった。
亡骸というよりは抜け殻だった。何かに向かっていこうとするような、毅然とした顔つきのまま、温かく、柔らかく、モフモフで、しかし中に彼女はいなかった。
ずいぶん前にデヴィッド・ボウイが先に帰ったから、着いたら遊んでもらいな。
くしゃみをしても合いの手が聞こえてこない。スリッパで爪とぎをするバチバチした音も、キーボードに座って鳴らすビープ音も、伸びた後ろ足の爪がカチカチ立てる音も、ピチャピチャと水を飲む音も、首の鈴も、モーター音も、何もかもが聞こえない。
彼女のいないこの星は、ヒトが住むには静かで寂し過ぎる。
尾辻かな子 on Twitter: "JR大阪駅の御堂筋口。こんな広告が…。2022年の日本、女性の性的なイラストが堂々と駅出口で広告になるのか…。 https://t.co/nsNlJCMiEr"
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/twitter.com/otsujikanako/status/1596276961059344384
そろそろポストコロナなんだから外国人観光客も来るだろうし、日本人はもう少し国際社会から自分達がどう見られるか、気にした方が良いのでは。
例えば、いまワールドカップをやっているカタールや、出場国のオランダ、イラン、フランス、サウジアラビア、デンマーク、チュニジアなどの公共空間で、もしこれと同じ広告を出したらどんな事態になるか分かっているのだろうか。
結局その「政治的」か否かを判断するのは誰なんだって話なんじゃないかね。
「何事も政治と無縁ではない」は政治厨の偉そうなお題目だがことFIFA関係では一蹴できるものでもないと思うわ。
正直なところ今のタイミングの「スポーツに政治を持ち込むな」は「FIFAが許さない政治的パフォーマンスがダメだ」にしかならんのよ。
2020年アフリカ系アメリカ人のフロイドが警察に殺された事件に対してドイツのブンデスリーガで抗議パフォーマンスが行われた時、
FIFA President Gianni Infantino adds: "For the avoidance of doubt, in a FIFA competition the recent demonstrations of players in Bundesliga matches would deserve an applause and not a punishment.
(訳)FIFA会長のジャンニ・インファンティーノはこう付け加えた。「疑義を避けるために言えば、FIFAの大会においては、ブンデスリーガの試合での選手による最近のデモンストレーションは罰ではなく賞賛に値するでしょう」
全文を見るとこの直前に競技規則の適用は競技主催者に委ねられていると言った上でこう付け加えているので、つまるところ規則の罰則を与えないようにとFIFAが直々に示唆したわけね。
それでこれは「政治的」ではないんですかね?この会長、賞賛(applause)に値するとか言っちゃってますけど。
FIFAはSTATUESで人権の尊重(第3条)を掲げ、あらゆる種類の差別は固く禁じられ(strictly prohibited)る(第4条1項)としている一方で、
FIFAの目的に影響を与えるものを除い(matters affected by FIFA’s statutory objectives)て政治や宗教には中立を維持する(第4条2項)としている(FIFA STATUES 2022)。
これ自体は2020年時点でも存在しているのでフロイド事件の抗議についても政治的中立性を守らなければならないはずで、
適用除外に言う目的(statutory objectives)とは同第2条に制定されている目的が具体例だと思うが基本的にはサッカー関係の運用についてでありこの件で関係あるとも思えない。
これをFIFAが「政治的/非政治的」または「許される/許されない政治性」だと判断できるというなら何と傲慢な価値観だろう。
そもそもFIFAという組織が公式サイトに"SOCIAL IMPACT"という項目を作って、そこで政治団体のように"Sustainability"(持続可能性)"Safeguarding and Child Protection"(児童保護)"Human Rights & Anti-Discrimination"(人権と反差別)などと高邁な政治的理念を掲げている有様である。
あくまでサッカー競技の運営上必要だからだと言うならそれ以外の「政治をスポーツに持ち込むな」という理屈も分からんでもない。
「加盟団体や試合上の差別は競技の発展という目的上許さない。しかしそれに関係ない差別には何も言わない」のならそれはそれで一貫してもいる。
しかしFIFAときたら"SOCIAL IMPACT"などと言い出すのだからその理屈は罷り通らんってわけ。
会長は「西欧はカタールに道徳を説く前に3000年を反省しろ」と言うがよくもまあこんな状態のFIFAの人間がこんなことを言えるものだと感心したよね。
フロイド事件への抗議が許されるのはFIFAが大会中に行っている反差別デーとかいう政治的キャンペーンに合ってるからなんかね?
FIFAが掲げている政治的な綺麗ごとは正しくてFIFAに都合の悪い話は大会の場で排除されるべき「政治」なのか?
政治がそんなに嫌なら一々そんな高尚な政治的理念を掲げるなよ。なーにが"SAY NO TO RACISM"、"SHOW RACISM THE RED CARD"だよ。
それともこの明らかな西欧由来の「アタラシイカチカン」は非政治的で正しく中立的で普遍的な価値観なんですか?そりゃポリコレ超えてんな。
普段リベラルのダブスタや傲慢性を糾弾する人までもが、FIFAの欺瞞を無視して「FIFAも正しい」ってブコメに賛同してる様はあまりに滑稽だわ。
サッカー・ワールドカップの開催国、カタールの人権状況をめぐって、EU=ヨーロッパ連合の議会、ヨーロッパ議会は、大会の開催準備で、多くの外国人労働者が死亡したとされる状況を非難する決議を採択しました
巡る態度でTwitterとかで叩かれてるね。
いっそ、日本共産党主催のサッカー大会開催したりサッカーチームを組織(チーム名は『JCPレッドパージズ』とかどう?)しちゃえば、色々擦ってくる連中も涙目で敗走するのにね。
どうして賢ぶった文体で不興を買おうとするんだろ?
あれって、もし自国チームにマイノリティ出身の選手がいても負けを祈っていいものなんだろうか?
マイノリティの活躍を支援するというリベラルのもう一つの希望が果たせなくなるんじゃなかろうか。
ドイツのリベラルも、マイノリティ選手がいるだろうに関心低下しちゃっていいのかな。
ウェルト紙は「消極的なドイツが日本相手に恥をさらした」と非難。フランクフルター・アルゲマイネ紙はスペインとの次戦を控え「もう敗退の危機」と報じた。
ドイツでは、カタールが出稼ぎ外国人労働者や性的少数者の人権を侵害しているとして観戦をボイコットする動きも広がる。市民らのW杯への関心は初戦敗戦でさらなる低下が危惧されている。