はてなキーワード: 社畜とは
こういうタイプが上流工程に上がってきたら、一瞬でIT業界の貴族階級たるホワイト職場でも一瞬でブラックになるから困る
「就業規則ではこうなってるんですけど!!!!!!」とか「一つのミスが大きな事故につながる!!!!!」だの
「俺がチームをまわしてる!!!!!!」だのと、こういう面倒なタイプが入って来て、それまでサボりながら持ちつ持たれつでやってたチームが1年で瓦解したという経験がある。
つーかよー、現場の技術者やってただの技術力を未だに誇りにしてるような意識高い系を最上流の職域に雇うなっつーかフロントに出すなよ、オナニーそのものの要件定義や設計して取引先がドン引きしたりとか激怒したりとか、ベンダーの悪口電話口で平気でかまして大問題になっても、顔真っ赤にして技術がわかってないからそんなことが言えるんだ!!!みたいに喧嘩しだすんだぜ、なんで雇うんだよ、こんな奴。
俺がPMやってた時代ならこんなエンジニアいたら、虐めて潰すか、速攻交代してもらってたぞ、マジで。
挙句の果てにPMOもやる!とか言いながら無駄な承認フローや定例会を3つも4つも増やすし報告チャート6重とかにしだして効率ガタ落ちだったし。
若いエンジニアは気を付けような、こういうタイプがいる案件に当たったら速攻逃げろよ、胃袋ハチの巣みたいになるぞマトモに付き合ってたら。
自覚がない増田は、今すぐIT業界から出ていくか、一生下流やっててくれ、頼むから、意識高いこと言いたいなら脳外科いって、改造手術でも受けて先天性のアスペ直してから出直してこいボケが
わたしはうたプリが好きで、でもある時期しんどくなってしまって離れてしまった。それでもうたプリは続いていて、大好きな四ノ宮那月くんは今もみんなの前で歌って踊って、誰かの彼氏なんだろう。わたし1人離れても、たいした傷じゃないんだなと思っていた。コンテンツはそういうものだと思っていたのだ。たった1人の注ぎ込んだお金、時間は小さなもので、別の人が埋めてくれるような穴なんだろうなと。
逆に、応援していたものが終わることなんて、生きてきて何回も経験した。漫画だったり小説だったり、ドラマもそう。好きなスポーツ選手の引退、バンドの解散もあった。
全部わたしの手の届かないところで起こってて、どこか他人事のような気がして、悲しいと思いつつ何日か経てば忘れてしまって、また時間が経って「そうそう、応援してたんだよね」とか言える思い出になっていた。
長期出張で心が本当にボロボロになった時にアニメを見てハマって、アプリも始め、手を出したことのなかった若手俳優さんの応援も始めていた。ハマって約一年。この一年が長いのか短いのかわからないけど、とにかく働いて得たお金を注ぎ込んでいた。元気をたくさんもらって、頑張ろうと何回も立ち上がる勇気をもらっていた。バンドのライブにしか行ったことのなかったわたしが生まれて初めてペンライトを買って、それを振って応援した。ファンレターも初めてちゃんと書いた。ドリフェスに起用されてる、俳優さんを見るために舞台のチケットを初めて自分でとって、観劇に行った。初めてだらけだったけど、本当に生きている実感があった。出不精で人見知りのわたしが、こんなに人のいる場所に出て、たくさんお話ができる人もできて、夢みたいだなんて思ってた。握手とか行脚とか、今はいけないけど、勇気が出たら行きたいと思っていた、むしろ今年のささやかな目標にしていた。
でもドリフェスは終わるらしい。
全く心が動いていない。
状況が飲み込めていない。
知りたくない。
なにが足りなかったんだろうとしか思えない。
コンテンツは永続的なものじゃないことは知ってるはずだった。アプリのアクティブユーザーが少ないこととか、ツアーの席が埋まらなかったこととか、思い当たる節は沢山あって、でもわたしなりに沢山応援していたつもりだった。わたしの応援じゃ、足りなかったのだろうか。
うたプリから離れた時、誰かが埋めてくれたような小さな応援じゃ、ドリフェスというコンテンツは支えきれなかったんだろうか。
特番は観ていない。
いい知らせではないだろう。
記事中にある「生産性の低い(=売上には貢献してない)サービスを行う社畜」も給料はもらってるわけよね。んで彼らの給料の原資はって言うと、生産性の高い労働者のあげた利益にあるわけだ。
つまり、増田の言ってる論旨は「売上になってない労働者にも金を渡せよフリーライドさせろ、それが日本の雰囲気作ってきただろ」ってことになるわけだけど、その説得を向けるべき先は「金を稼いでる、金を持ってる人たち」なわけね。なにせ彼らにぶら下がろうとしているわけだから。
で、そんな説得可能だと思う? 自分が逆の立場だったら受け入れる?
「生産性改革」ってのを、世間はどうも「日本全体で豊かになろう!」みたいなものだと考えてるし政府も承知のうえでそういうミスリードをしようとしているけれど、実際にはそれより以前に「足手まといを切り捨てて見殺しにしようZE」だよ。もちろん、それは、ある意味正しい。なぜならそういう切り捨てをしない限り、普通の人々は絶対に目覚めないから。国際競争の中で前線についていく気なら、競争のルールをみんなで思いしる必要はある。
これは別に社会全体で弱者切り捨てをしろってのとは、また別の話だよ。2倍利益を上げたひとに1.1倍の報酬しか渡さないのは間違いだって話。再配分は政府がやるべきで、私企業にそれを求めるべきではない。じゃないと雇用流動性もクソもない。