2020-07-14

どこにでもいる大学生がこの半年で変わった話

 先にいっとく!!!!ちょ~~~~~~~!!!クソ長くなる!!!

私怨私怨!!!!!悔恨!!!!!5箇条にまとめようとしたら失敗した5箇条の御誓文か?????

567で見えてきた色んな人の裏表に疲れてしまった大学生乙女ゲーと地下ドルオタクの話!!!!!!同じ大学に通う人から身バレ防止のためここから大学描写ボンヤリとしたものになりますコメントでの特定はおやめください。大学は生徒の多くが望んだであろうオンラインじゃない講義ができるようにどうにかこうにかがんばってるはず!それに私が対応できなかっただけで大学は悪くない。家に引きこもるのが社会的批判されることがない・堂々と引きこもって自分のやりたいことできる今をその時間が欲しかった人が心から楽しめますように!!!

誤字脱字はすいません。

いままで約20年間、数学物理化学の類いばかり熱心に取り組んできたので私には正しい日本語が使えているのか、日本人であるのに自信が無い。

大量のレポートに追われたまま、脳直で文章を打ち込んでいる状態なのでご了承願いたい。

 私は本当にどこにでもいる地方国立大学二年生だ。つい2時間前まで教師を目指していた。

もし同じような境遇にいる子がいたら私みたいにならないよう、こんな文章があったな、ぐらいの軽い感じで覚えておいてほしい。

いくらでも手段はあるので諦めないで欲しい。

読んでくださった皆さん、こんな考えの人間がいるんだ、へぇ笑ぐらいに思って頂いて結構です。ここまで打ち込んでおいて自分でも文章稚拙さが”マジで”やべぇ……とおもっていますが暇な方最後まで読んで頂ければ幸いです。

①去年~今年2月の話

 学部一年生だった去年は将来の夢のため、周りの友達よりは長い時間勉強していた方だと思う。

趣味だったイラストサークルにも加入し、高校が同じだった友達学部に一人もいないながらも他学部に進学した高校クラスメイトと協力しながら大学に慣れていった。

サークル友達とは週に1回は誰かの家に集まりピザを頼んだり、学食で何時間も話したり。大人数で端から見たらアホみたいなやりとりを繰り返すあの空気感が好きだった。

安心できるバイト先も決まって、サークル内の人間関係に多少の不満はあったが今思えば望んでいた大学生活そのものだったかもしれない。

 私の将来の夢が教師になったのは大学受験が終わってからである。もともと物理という科目が好きで将来は数学系の研究ができればと思っていた私は理系学部に進んだ。(身バレ防止のため明確な表記は避けさせて頂きたい)

私の大学受験サポートをしてくださった先生は、私が進学した大学の同じ学部出身の方だった。

有名な塾があるような都会ではないので、毎日高校の授業が終わってから校内に他の生徒が誰もいなくなるような時間まで、その先生担任先生大学理科を学んでいた購買のおばちゃん……色んな人に見守られながら勉強した。

私が受験合格し、心から喜んでくれた職員室の先生方を見て、先生達みたいな大人になりたい・この高校で同じように生徒を見守れるような先生になりたいと思った。

これが理由で、理系学部に進んだ私は自分学科の必修科目に加え教育学部の必修科目も履修するようになる。

もちろん授業が倍になるなら試験レポートも倍になるということで確かに大変だったが全然苦じゃなかった。

1年間やりきった。成績も上々でモチベーション入学当時と変わらず、今まで友達と呼べる友達が2~3人だった私の人間関係がどんどん広がっていくことに喜びを感じながら春休みを迎える。このころは人と連絡を取り合うのも一緒に出かけるのも大好きだった。

2020/02~04の話

 

 2月、実習も終わって大体の友達実家に帰った。私も電車で何時間もかけ実家へ。

電車の中では咳をした人がにらまれているのを何度か目撃した。

実家の周りは見渡す限り山!!!!!緑!!!!!!という空間が広がっていて私はそれが大好きだ。その頃、ニュースではコロナウイルス話題が取り上げられ始めていた。まだ大丈夫な感じはするけれど、実家のある高齢化の進んだ小さな村で広がったらとんでもないことになる…と危機感を持ち始めたのはその辺りだった。

 

 その後の展開はある意味予想通りだった。大学は次年度のガイダンスを予定通り行うと宣言していたがすぐに中止となった。4月からの授業はいつも通り行うということだったが私はそのメールが信用できなくて、下手に実家から動くことも不安で、結局大学へは移動しなかった。やはり、授業開始は5月からという一斉メールが届いた。教科書を買いに大学へ行くこともできなくてAmazon教科書を用意した。

 友達出身も都会のほうで、2/3月はよく連絡を取り合っていたものの、みんな地元友達ショッピングセンター居酒屋に遊びに行くようになったらしい。もうその頃にはみんな地元友達毎日のように遊んでいたらしくてラインzoomも使わなくなっていた。

私はというと同じように地元に帰っていた同級生はいたが、もし自分たちが感染していたらという恐怖から会うことをやめた。クラスターが進学先で発生していた子は自宅から一歩も出なかったという。その頃から私は人と会うことの必要性に疑問を感じていた。元からオタク気質だったことも原因かも知れないが、友達とのSNS上でのやりとりが少なくなっても特に私に影響はない。自分がひねくれた人間であるとは自負しているがまさかここまでとは、自分でも思っていなかった。どれだけニュース危惧されていても・どれだけの芸能人が亡くなっても、それぞれの地元で遊び続ける大学友達理解できなくなった。

ほとんどの大学友達とは連絡を取らなくなっていたが片思いしていた先輩とは毎日のようにラインした。毎日ライン来る度に小躍りしてた。

4月後半、家にこもり続けた私は全く暇を感じなかった。本を読んだりお菓子を作ったり、他にも筋トレメイク同人誌を作れるレベル二次創作もした。自担(地下)の過去映像を見て1ライブできるぐらいにはダンス練習した。(クソデカ過大評価

しろ今までよりも忙しくさえ感じていた。5月になれば今までのように勉強漬けの毎日が始まる。だからこの何かをしていても誰からも途中で遊びに誘われない、家に勝手ピザだのウーバーだの頼まれ友達勝手に上がってこない・勉強しなくても公的に、なんとなく自分感覚自分を許すことができるこの時間人生夏休みとして思いっきり使おうと毎日何かしらしていた。今までのみんなでワーワーする時間も大好きだったけれど、この過ごし方も最高だった。

大学近辺に借りたアパート電気・ガス・水道すべて止めた。

2020/05

5月になった。オンラインでの講義が始まった。大体の講義を受ける度に一つずつレポートが増えていく。

今はもう慣れたけれども最初は“マジで地獄だった。

連日徹夜は当たり前、朝8時までのレポートを7時に提出して1時間仮眠を取ると1コマ。またレポートが積まれていく。私の要領が悪いだけかも知れないと感じていたが、初日には同じクラスのほぼ全員でzoomでの会議しながらみんな半泣きでレポートをこなした。みんな同じだった。家から出るななんて言われていたがその日食べるものを買いに行くことすら厳しいレベル課題が出るのだからから出ることが本当に、絶対、多分無理。

オンライン講義が始まってまだ慣れなかった一週間、実家にいるのに私は一歩も自室から出ることができなかったのだから、それ+家事である帰省していない友達もっと大変だったと思う。私はその一週間スマホを触れなかった。そんな時間があるならレポートをやったし、私の性格だともし今暇そうで遊び歩いている人を見たら理不尽イライラしてしまいそうだったからだ。そんな自分性格は今でも嫌いだ。人はそれぞれなのに、SNSみえる部分はその人の日常におけるほんの一部分なのに。

 そのうちテンプレートを作ったり教科書を読み込んだりすることで余裕を持てるようになってきた。教育学部の授業も生徒との関わり方など、本当に学びたかたことを学べるのが嬉しくて真面目に受けた。苦手だった英語せっかくだから少し取り組んだ。友達と話していたりご飯に行っていた時間を全て勉強に充てた。目が回るほど忙しかったが一日を一秒も無駄にしていない感じがして、4ぬほど充実感があった。多分ランナーズハイみたいな状態になっていたと思う。この頃の私の思考、今考えると狂ってる。怖ッ

そうやって暮らしていたら、片思いしていた先輩に彼女ができた。友達から聞いた。3日泣いた。

なんでも4ぬ程忙しかったり課題が出ていたのは私の大学では理系教育学部医学部薬学部だけだったらしい。文系その他は相変わらず課題なんてない、流しておけば講義が終わるから余裕なんて状態だったらしい。悔しかった。先輩は地元で飲んでいたらその子出会ったとかなんとか、先輩と仲が良かったサークル男子が教えてくれた。マジで無理だった。

こんな世の中なのに先輩は毎日飲みに歩いていた事実も、もうちょっとで付き合えそうだったのに私はダメでその飲みの場にいた女の子は良かったことも。先輩は付き合ったら長く続くタイプらしいのでもう諦めた。悔しがっていることを知られたり、先輩に彼女ができた事実を知っているということを悟られたりするのが嫌でしばらくインスタをログアウトした。対面授業が再開して会ったら、知らなかった!よかったね!おめでとう!と言おうと決めた。

インスタをログアウトしたので特に仲の良い2人以外とは関わらなくなった。

正直、一旦距離を取りたい人間関係もあったためなんとも思わなかったが家族以外の人と言葉を交わさなくなってから他人に会うことに抵抗を覚え始めた。さすがにやばいと思った。

メンタルボロボロのまま毎日徹夜レポートを書いた。エクセル演算した。勉強しても充実感はなくて朝7時に起きて授業を受けて次の日の4時に課題を終わらせて寝る、余裕がある日は推し夢小説を読み漁った。オタクでいられたのでガチ夢女に戻ることでメンタル回復した。多分推しのグッズ、末代まで「捨てるな!」って書いた紙と一緒に保管。

2020/06

コロナ騒ぎも日常化して、実家のある村にも日常が戻ってきた。近所のおばあちゃん達にはまだ実家にいることがバレ、実は大学をやめたのではないかという噂がすぐに広まった。これはギャグ。もう私の家では笑い話。インターネットオンラインという言葉をおばあちゃん達に理解してもらえなかったのでもしかするとまだ大学やめたことになっているかもしれない。つらい。

リアル人間関係からほぼ身を引いていたため、ツイッターフォロワーと夜な夜なTLを巻き込んで会話しながらレポートを書く。それは変わらなかったし確か6月の中盤まで、私は靴を履いていない。つまりから一歩も出なかった。5月からミリも変わらない暮らしをしていた。

大学からある日アンケート回答のフォームが送られてきた。匿名フォームで、今帰省しているのか・そうならば実家は通学可能距離にあるのかという内容であった。正直に送った。

私の周りでは実家帰省したままだという人がほとんどだった。

しかし次の日の授業で衝撃を受けた。今回のレポート提出は手渡し以外認めないと教授は言った。とても口が悪いので書くこともためらわれるが、このご時世でそれって狂ってんじゃないのかと思った。事情メールして渋々だったが郵送させて頂いた。

その後も何人もの教授大学に行く用事を作った。全て郵送やらメールやらファイル共有やらで代わりに提出を認めてもらった。正直メールファイルを添付すればいいものばかりだったので助かったものの、もし私が他学部実験科目がある生徒だったら?サンプルを取りに行くために泣く泣く地元から大学へ向かった友達もいた。このまま実家講義を受けていたら落単するのではないかと、なんとなく恐怖心を持った。

もし町から町への移動がそのように咎められるものでなくなりつつあったとしても私の地元はどうだろうか。

教授気持ちはわかる。高校部活演劇部だった私は裏方としてであるけれど人対人でなければ伝わらないことがあるということを何度も学んできた。絶対こんなに課題を出すよりも対面で、お互いの表情や空気感を読み取りながら講義を受けた方が1000倍伝わる。教授達が沢山努力していることはわかっている。でも一つだけ、ちょっとだけ考慮してください。アンケートで回答したみたいに、今は大学に通学できない距離暮らしている子もいますWord文書気持ちが伝わりにくいなら、手書きどうでしょう。「今すぐ」や「今日中に」大学プリントを取りに来るように伝えるのではなくPDFを配布してみませんか。

この頃、一通のメールが地下ドル垢のDMに届いた。7月オープン予定でコンカフェを開く予定なのでキャストとして働いてみないか・お店で働く子達で地下アイドルグループを作ろうと思っている、ということだった。声をかけてくださったのは去年地下ドル現場でお会いしたことのある方で事務所経営してるとかなんとか…ということは知っていた。しかし怪しいと思い事務所名や名前鬼のよう検索した。本物だった。メイド服に憧れていたのでコンカフェには興味があった。どれだけいろいろな事情を抱えていてもステージに上がれば夢を見せてくれるきらきらした地下アイドルも大好きだ。かつて片思いしていた先輩も同じ地下の子が好きだったっけ。

しかし私に沸いてきたのは不信感だった。なぜこの時期なのか、私の推しでさえライブ自粛しているのに、都会でなければ成立しない「コンカフェ・地下」をなぜ今始動させようとしているのか、意味がわからなかった。

その頃だった。コンカフェ店舗を構える予定の歌舞伎クラスターが発生したのは。

もういつもなら暗示や占いの類いは良いものしか信じないご都合主義頭だが、こればかりは神様がやめろと言っている気がした。だから断った。

それでも何度もDMがきた、見学だけでもいいとかなんとか。

断った。挙げ句の果てにブロックした。

捨て垢から見に行ったが、コンカフェは無事にオープンしたらしい。地下ドルグループもできたみたいだ。某メイドカフェでも感染確認、こんな世の中なのにメイドが働いているのってどうかと思った。大人が信じられなくなった。あとグループの曲は普通に私の趣味雰囲気じゃなかった。(←これはお気持ち表明)

ということで先輩が好きなアイドルにはなれませんでした。前に現場に一緒に行ったことがある。

いつか地下で活動してそうだな、とか、そうなったらチェキ撮りにいくねとか言われたこと多分一生覚えてるけど、アイドルにはなりませんでした。(超怖いガチメンヘラコーナー)

2020/07と今日の話。

そんな感じで相変わらずレポートに追われる毎日実家で送っています最近は本当に仲の良い2人と連絡を取り合うくらいで、レポートにも慣れてきて二次創作を適度に楽しみながら暮らしています

私はこれでも勉強趣味に…ってそれなりに外に出なくても毎日充実してる。それぞれの生活もあるんだし、私みたいな生活しろなんて誰にも思わない。それでも東京毎日感染者出てたり、私の実家に近いところでもじわじわ感染確認されていたり、5月から世の中変わってないみたいだ。友達の住んでる市は勝手ロックダウンしたらしくもう当分大学には戻れないとか。

そしたら今日大学からメールが来た。私はちょうど課題をやっていた。

8月頭から対面での授業を再開するって、教育学部が中止と予定していた介護実習や高校での実習も開講する予定ですって。受講を希望するなら今すぐ登録を、また必要書類大学窓口で手渡し以外認めないって。期限は5日後。

実習も8月に開講する科目も、教育学部以外の学生教員免許を取るには必須で1科目でも落としたらもう4年間で卒業するチャンスはほぼないかもしれない。

から私はどうする?

教師は今後10年間で必要なくなるなんて記事ネットはいっぱいある。

多分これから教育ネットが主流になる。

メールが来てから時間、ずっと私はなけなしの脳みそフル稼働させて考えた。

県内感染者も増えているのに?移動中に感染する可能性は?土日ですら授業あるのにいつ動く?

介護施設も高校も、もし大学の誰かが感染していたら?大学のある場所感染者が増えたのは先週の後半。これが決定したのは先週の始めらしいか明日になれば対面での講義中止のメールが届くのでは?社会的にどう?教師になることを諦めたらいい?そんなに簡単に1年半の努力は捨てられる?距離を置いていた大学のみんなにいきなり会うの?

私今まで通り大学生活送れる?

もうどうでも良くなった。大学ですら信用できない気がしてしまった。

なんて、こんなことが頭によぎって考え込んでしまうし、しまいにはこんな文章を書いてしまうのでもしかすると私の本当の夢、なりたいもの教師じゃないのかも知れない。

私が弱いだけだと思う。本当になりたい!と思っている子ならこんなこと考えずに書類出しに行くだろうから。対面での講義にもどることを喜ぶはずだから

ということで、私は先生になる夢を諦めることを決めた。

意思が弱くどうしようもない救いようがない根性ひねくれた人間なのでもしかしたら、明後日には電車に乗って実習に必要書類を出しに行くかもしれない。8月はどこかで実習しているかもしれない。教師になることを諦めたまま

  • 途中で切れてたのでごめんなさい、続き。 ということで、私は先生になる夢を諦めることを決めた。 意思が弱くどうしようもない救いようがない根性ひねくれた人間なのでもしかした...

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