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はてなキーワード: 保坂和志とは

2019-06-04

ミステリー小説最高。純文学ゴミ。もういい加減認めろよ

純文学好きな奴なんて非モテのやせ我慢だってさあ。

大御所保坂和志ですら山田悠介よりつまんねえんだぞ。

このジャンル自体価値ねえよ。

2018-03-16

ただ自然が綺麗だっていう小説が読みたい

ヘッセ郷愁を読んで思った

自然が綺麗だって小説が読みたい。

こういうのってどうやって探したらいいのか分からない。


書店ちょっと探したら

自然綺麗!悩み飛んだ!すっきり!自然サイコー!」って感じのクソみたいな内容か

私たち自然からまれ云々、だから自然は大切云々」みたいな説教臭い内容

みたいなのばっかだった。


そういうのじゃなくて、ただそこにあるものが美しいっていう感じのが読みたい。



※追記

朝起きたらなんかいっぱい来てた。

また積本が増えていく 紹介してくれたみんなありがとう

メモ

『アルジャーノン・ブラックウッド』

『森敦「月山」』

『「ウォールデン森の生活」』

セルマ・ラーゲルレーヴの「ニルスのふしぎな旅」』

国木田独歩武蔵野』』

梨木香歩

池澤夏樹のスティライフ

徳冨蘆花自然人生』 』

野呂邦暢「鳥たちの河口」』

『『アイヌ神謡集』』

保坂和志『季節の記憶』 』

『神々の山麓

『「白いタカ」(エリオットアーノルド

2018-02-21

anond:20180220163818

『アルジャーノン・ブラックウッド』

『森敦「月山」』

『「ウォールデン森の生活」』

セルマ・ラーゲルレーヴの「ニルスのふしぎな旅」』

国木田独歩武蔵野』』

梨木香歩

池澤夏樹のスティライフ

徳冨蘆花自然人生』 』

野呂邦暢「鳥たちの河口」』

『『アイヌ神謡集』』

保坂和志『季節の記憶』 』

『神々の山麓

『「白いタカ」(エリオットアーノルド

2018-02-07

教養豊かな人なら読んでいて当然の日本文学102選(戦後編)

三島由紀夫金閣寺』『豊饒の海

谷崎潤一郎細雪』『鍵』

川端康成山の音』『眠れる美女

坂口安吾堕落論

梅崎春生『幻化』

武田泰淳ひかりごけ』『富士

佐多稲子『樹影』

安部公房『壁』『砂の女』『箱男』『密会』

大江健三郎性的人間』『万延元年のフットボール』『同時代ゲーム』『懐かしい年への手紙』『さようなら、私の本よ!』『美しいアナベル・リィ』『水死』

中上健次千年の愉楽』『日輪の翼』

開高健『輝ける闇』

高橋和巳邪宗門

大西巨人神聖喜劇

安岡章太郎ガラスの靴・悪い仲間 』

小島信夫『うるわしき日々』『残光』

庄野潤三プールサイド小景静物

津島佑子『火の山―山猿記』『ヤマネコドーム

稲葉真弓半島へ』

古井由吉『杳子・妻隠』『槿』『白暗淵』

後藤明生挟み撃ち』『壁の中』

黒井千次『群棲』

藤枝静男『田紳有楽空気頭』『悲しいだけ・欣求浄土

倉橋由美子夢の浮橋

田中小実昌ポロポロ

色川武大狂人日記

金井美恵子『愛の生活・森のメリュジーヌ』『タマや』

富岡多恵子『波うつ土地・芻狗』

河野多恵子 『みいら採り猟奇譚』

石牟礼道子『苦界浄土

村上龍コインロッカー・ベイビーズ

村上春樹回転木馬のデッド・ヒート』『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』『ノルウェイの森』『ねじまき鳥クロニクル

高橋源一郎さよならギャングたち』『ジョンレノン火星人

笙野頼子『母の発達』『金比羅』『だいにっほん、おんたこめいわく史』

車谷長吉『鹽壺の匙』『赤目四十八瀧心中未遂

玄侑宗久アブラクサスの祭

池澤夏樹マシアス・ギリの失脚

保坂和志カンバセイション・ピース

堀江敏幸河岸忘日抄』

多和田葉子『雪の練習生』『尼僧とキューピットの弓』『雲をつかむ話』

阿部和重アメリカの夜』『ABC戦争』『無情の世界』『ニッポニア・ニッポン』『シンセミア』『ピストルズ

松浦理英子ナチュラルウーマン』『犬身』

中原昌也ニートピア2010』

町田康夫婦茶碗

舞城王太郎好き好き大好き超愛してる。』『九十九十九』『ディスコ探偵水曜日』『淵の王』

綿矢りさ『かわいそうだね?』

金原ひとみマザーズ

中村文則『何もかも憂鬱な夜に』『教団X』

柴崎友香『その街の今は』

岡田利規わたしたちに許された特別時間の終わり』

川上未映子愛の夢とか』『あこがれ』

水村美苗本格小説

前田司郎『愛が挟み撃ち

諏訪哲史ロンバルディア遠景』

本谷有希子『嵐のピクニック

磯崎憲一郎『往古来今』

青木淳悟『私のいない高校

朝吹真理子『きことわ』

小山田浩子工場

今村夏子『こちあみ子』

滝口悠生『高架線』

高橋弘希『指の骨』

崔実『ジニのパズル

2018-01-19

エッセイでは話題の飛躍を楽しみたい

最近柄谷行人エッセイを読んでたんだけどさ、

なんか話題がめちゃくちゃ飛ぶんだわ。

あの「貧しさ」の側に立った柄谷行人ですら、というかさ。

とにかくポンポン話題が飛ぶのよ。

まあ目先の話題は飛びつつ根底テーマはつながってるんだけど。

俺がインターネットエクスプローラーに求めてたのもそういう飛躍なんじゃないかと思うのよ。

別に昔のネットは良かったなんていうつもりはない。

昔はクソだったってこと、昔を知ってるやつほど知ってるはずだからな。

ただとにかく、今俺は話題がヒュンヒュン飛ぶネットエッセイを読みたいです、そういう話なんですよ。

もちろんネットじゃなくてもいい。

ただその意味では俺はネット可能性みたいなのを信じていて、

ネットにはそういうのがゴロゴロ転がってるんじゃね?そう思ってる。

まあ本だと最近なら保坂和志エッセイが真っ先にあがるんだろうし、俺もあれはあれで大好きだが、

あれは半分計算からな。

というかさらに言えば、「半分計算」って塩梅計算してるからな。

まあ、そんな感じだわ。

2017-10-19

私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!』と『私のいない高校

1年ほど前、内部から突然わいてきたもこっちかわいさに基づいてわたモテに注目していたんだが、

あれよあれよという間に(一部ネットで再び)絶大な人気を誇るコンテンツになってしまった。

俺も夢中になっているうちの1人で、

ここまで漫画の新作を楽しみにする、というのはこれまでの人生でなかった。

俺はもともと保坂和志とかを熱心に読むタイプなんだが、

「その界隈の最右翼」たる青木淳悟『私のいない高校』となぜだかダブらせて読んでしまっていることに気がついた。

『私のいない高校』ってのは一言で言うととにかく凄い不思議小説で、

さしたる個性がない教師とさしたる個性がない留学生との関係を中心に、

さしたる個性がないクラスメイトが描かれ、さしたる事件もないまま学生生活が送られる・・・という話で、

文字に起こすと何がおもろいねん、って話なんだけど、あるタイプのわたモテ読者は読めばピンとくると思う。

魅力的な個性派揃いのわたモテ(ってアイロニーなく書けることに少し感動)とは一見対照的なんだけど、

学生生活の細かな事象への眼差しとか、

あとこれは些細なことだけど舞台千葉県であるとか(千葉県には「ヤマ」がない、というエピソードが冒頭にあざとく挿入される)、

学生が主に女の子であるとか、一応修学旅行にヤマらしきものがもってこられるところとか、

色々とオーバーラップするところがある。

ちょうどコインの裏表として読んでいる、とでもいうか。

わたモテを読んでいると、自分がもこっちでもなく、主要キャラクターでもなく、無論うっちーでもなく、その他モブでもなく、しかし神の視点でもない・・・

そんな不思議な、要は幽霊ってことなんだけど、ポジションに置かれている気持ちになるんだけど、

それと近い感触がこの小説を読んでいると起こる。

まあ、おれはもこっちが好きだしおれはもこっちなんだが。

興味があるひとがもしいれば読んでみてくれ。

2016-01-02

保坂和志言葉をとりあげてつぶやいていく Twitter アカウントが人気だ。

彼は文筆のプロであるわけで、仕事についてストイック姿勢を持っているわけだから、そこでとりあげられる彼の言葉はどれも至言みえる。だからみんな、彼の言葉お気に入り登録し、リツイートをして他人へと共有したがる。

そんな光景を見ていて、ぼくはちょっとした悪意をふくむ欲望かられた。そのアカウントをハックして、保坂和志言葉なかに、こっそりとぼくの言葉を紛れ込ませたい、と。

おそらく大多数のひとはぼくの言葉が混ざっていることなどに気づかないだろうから、ぼくの言葉は多くのひとびとに重く受け止められることだろう。

そんなひとびとをぼくは笑いものにしてみたいと思ったのだ。

2014-07-24

文章うまいへた

 暇だからむちゃくちゃ書く

 いきなり浅田次郎の『お腹しませ』の跋から引用するんだけど「貴き母国語司祭たる小説家は、その記す言葉の一句一行に責任を負わなければならぬ」って、これなかなかカッコイイこと言ってるけれども、浅田次郎文章だってたいがいひどいときはある。語彙は豊富だけど脂っこすぎるから格調が損なわれちゃって、なんだか下品だなーって思っちゃう瞬間も多いよねってわりと共感してもらえると思うんだけどどう?

 で、こういう話をしてると必ず横から口を出してくる手合いがいて、言うことには「最近小説家文章レベルが低すぎる」。こういうやつには気をつけなきゃいけない、なにしろこいつはそんな侮蔑的なことを言いながらむかしの小説をあんまり読んでないからだ。たしか百田尚樹はおそろしいくらい下手な文章を書くし、現在まで残ってるむかしの小説家作品の多くはたしか文章が上手くて、そのうえたとえば川端とか百閒とかの異常な怪物がぐーんと平均値を上げちゃってるもんだから勘違いする。ひどい文章を書く作家作品は当然のように消費されただけで現在まで読み継がれてるものは本当に少ないってことくらい考えればわかるんじゃないの? 面白いことは否定しないけど、三十年後の子供が『永遠の0』とか『ビブリア古書堂の事件手帖』とか『容疑者Xの献身』とか読んでるわけないじゃん。だいたい残ってるひとでいってもひどい文章作家ってのは残念ながらちゃんと存在していて、ほら太宰治とか田山花袋とか小林秀雄とか超ひどいじゃん。あ、でも内容は面白いと思うよ、田山花袋以外の2人はね。

 まあ浅田次郎は「小説家なら上手な文章を書け!」とは言ってなくて、素直にちゃんと読むと「小説家文章日本語を使うひとにとってはお手本なんだから、せめて間違いのないように書かなきゃいけないなあ」って意味しかないんだよね。だから話はもうとっくに逸れてるんだけど、なんか言いたいこと思い付いたか文章うまいへたの話を続ける。

 そもそも無機的な文章小説文章うまいへたってぜんぜん別問題で、都市伝説レベルの話で好きなんだけどさ、三島由紀夫ってもともと官僚だったんだけどすぐ辞めたのね。ちゃんと東大出てたくせにぜんぜん仕事できなかったんだって。なんでかっていうと三島の書く文章がかっちりしすぎてて、官僚にとっての必須スキルである「余地を残す」文章を書くってことがまったくできなくて、まあ言ってみれば文章がうますぎて向いてなかったんだってさ。これはさすがに誰かが作った伝説というかいたずら話だと思うんだけど、三島文章って異常に人工的でみっちりしてるから何となる「あーわかるー」ってなっちゃう。改めてなかなか好きな作り話だ。

 たとえば誰だろう、最近でいうと朝吹真理子って年齢のわりに文章がうますぎてサラブレットってこういうことかあって感心するんだけど、このひとがふだんの小説エッセイで使ってる文章で書いた報告書ってたぶん読みにくいよね。いや、なんでそこでひらがなつかうんだよって苦笑いしてる上司の図ってめっちゃ想像できてかなり笑える。だいたい文章文学)ってのは芸術なんだから美しくなければ嘘でしょう? ってみんな大好き古井由吉先生松浦寿輝との往復書簡でさらって書いてたけれど、まあそこまで大上段からカッコイイことは言えないけれども、まあ言ってることはわかるじゃん?

 芸術なんだから判断は割れちゃうんだよ。日本人フェルメールが好きってよく言われるし、高校生はなぜか「はしか」のようにラッセンを好きになっちゃう時期を迎えるものだけど、美醜の基準なんてひとによって違って当たり前なのよ。モーツァルトサリエリの格付けは「アマデウス」がしちゃったけど、ヴェートーベンシューベルトのどっちが上って難しくない? って書くと「おまえさっき太宰が下手だって言ってたじゃん!」とかひどいのになると「山田悠介! 山田悠介!」なんて連呼されちゃうんだけど、山田悠介うまいへたじゃなくて「間違ってる」からダメだよ。とかいうと「保坂和志! 保坂和志!」って返ってきそうでキリがないのでいいわけをやめる。

 何が言いたいかって実はまったくの逆で、それでも文章うまいへたって、きっと存在してるんだよね。いや少なくとも自分のなかでは間違いなくあるんだよ。同じことを何回も言わないで済ませられるかとかね。何気ない言葉の選び方とか、リズムとか句読点の位置とか改行のタイミングとか語順とかセンテンスの長さとかほんといろーんな要素が絡み合いすぎてて、たとえばリーダビリティって文章のうまさに入るのって言われちゃうともう答えはまったく出ない。でも個人的には入らないと思ってるって結論だけはちゃんとあるんだ。

 そろそろみんな気付いてると思うけれども自分なりにうまい文章を書きたくて書きたくて、読み返して「わあ、おれって文章うめーじゃん!」って思いたくて自分なりに努力してきたんだけどまったくダメで、下手でどうしようもない文章なんだけど文章を書くのは好きで、だから深夜にこんな下らない長文を書いてストレスを発散しているんだけど、まーまず間違いなくこの文章は読み返さないよね。ひどいから

 文章書くのってなんていうか心地よい行為だと思うし、こんなところに文章書いてるくらいだからみんなもきっと文章を書くことが好きで、だからさー、なんていうのかな、小説家とか関係なくってこうやって日常的に文章を書いているおれたちなんかはさ、上手な文章を書きたいなっていう欲求を誰しも持っているんじゃないかって思うし、その欲求には忠実になってもいいと思うんだよね。

 あー、文章うまくなりてーなー。

2011-07-19

人生を半分投げた

人生を半分くらい投げたらロックンロールな気分は消えて、酩酊したいような気分で、でも別に学校行きたいなんて思うわけもなくて、ああ最後までなんかちょっと違う感じだったよなとか思いながら、最初から最後まで医学生ぽくないって言われたこと思い出しながら、なんとなく憂鬱な気分で、でも留年してくそ暇な時間を過ごしているときにおれは別に暇だとか退屈だとか感じていなくて確かいつもこんな感じだったよなって思う。わけわからない気分。勉強するつもりで買った本は全然頭に入らなくて、いやレトリックの本はなんとなくあたまのなかで形にはなったんだけど特に文章としてまとめられるような感じじゃなくて、なんにもわからなくなっちまった憂鬱な気分を抑えるために外に出て歩いて、いつも思い出すのは運動好きな体育教師が心を病んで辞職したこと。結局運動健康になるし憂鬱な気分を吹き飛ばすけれども、一時しのぎのものにすぎなくて、最低な今日。時々凄くはかどる日があるけど今日はぜんぜんそんな日じゃなくって、何がどうなのか僕はわからなくて人生の何にも向いていないような気がする。こうやってひきこもってへんてこな文章を書いて永遠に無視され続けるんだって、もちろん保坂和志が書いたように小説がそういう感情を負の側面に持っていくということは確実にあって、覗き込む心が覗き返してきてそのせいで頭が痛くなり心が暗くなり心配事があふれだす。自己啓発本読んで片付けようとした部屋は相変わらず汚いままで、明日になったら全部捨てようとかそんなことを思う。捨てよう捨てようと考えてずっと捨てられないのは僕の部屋がいろいろな余計なもので溢れているせいで、殆どものは捨ててしまえるのになって思う。だけどおれはぜんぜんすててこなかった。そういう事なんだと思う。永遠に読むことのないであろうドイツ語プリントルーズリーフビニール袋を捨てることが出来なくて、いい加減に捨ててしまわなければと思う。僕はものに囲まれすぎた。こいつらが思考をごちゃごちゃにする、なんてことはなくて、いや、ないのかどうかはわからないが、相互作用でどっちがどっちというわけではないのだろう。いずれにせよおれはとても物を片付けるのが苦手だから物は少ないほうがいい。有名なコピペ鉄道模型を捨てられて、殆ど全てを捨ててしまった夫のように、スーツケース一枚だけの荷物にしてしまえばいいのだ。父は僕にボランティアにいくのはどうだろうと思った。たしかにそれは納得出来ることだったが、ボランティアボランティアを求めているのであって、おれの更生を求めているわけではない。できればシェアハウスでどうにかこうにか生きたい。思い出した、昔のこと。長距離走でおれは結構得意だったから前の方走っていて、後ろのヤンキーがぜーはーいいながらスピードをあげてきて、苦しそうな顔をしながら走って粘ってくるのがすっごいつらくなって、おれは走るのが辛くなった、別にペースをあげたからとかそういう話じゃなくて、なんだか泣きたくなってしまったのだ。それでおれはちょっとだけペースを落として、彼の声が聞こえないところまで下がったら、おれはこのまま頑張り抜こうとかいう気持ちが無くなってしまった。別に同情しようというのではない。ただそれがおれにとってはつらかったのだ。同じことが今も起こっている。年上の再受験生がひいこら言って、生活かかっていて、そんな中でおれはなんだか嫌になってしまって、そういう競争を強いるしくみが・・・。もちろんこれは軟弱なのかも知れない、真っ先に潰されるのかも知れない。そして長距離走のときみたいに、おれはどんどん転げ落ちていくのかも知れない。

 
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