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2021-02-14

都市の衰退の特徴メモ

価値創造の土台としての都市

都市の過密化は、日本を売る、生産力に背景があったとすると

グローバル化した社会において、それは、いつの間にか意味を失って空洞化した。

都市という箱があるのに、価値を生み出せないジレンマバブル崩壊後に経験し、その後やがて

箱がなくても価値を生み出せることに気が付かないまま、箱のある日常価値を生むと信じる時代がつづいた。

箱のなかにいることで感染が広がるコロナになって、狭苦しい箱のなかで3密回避を強いられ、ようやく都市という過密な箱の価値見直し始めた。

満員電車に乗って、都心高層ビルに通う価値がわからなくなってきた。

おそらく古今東西都市というのは、本来、そういう閉塞的なものではなくて

外に開かれ、多様な価値交錯する場所だっただろう。路地裏があり、道を外れれば新たな発見があった。

しかし、日本都市にはそういう機能は失われていて、

たか中学校教室空間のような状態になっている。

巨大だけども、同じ箱のなかで似たような人が似たようなことを考えている。

どこにいっても似たようなものを売っていて、郊外イオンがある景色が同じだ。

どんな価値創造するか

何を売るか。その命題もまたモノからサービスへとテーマが移っていった時代に、あいまいになり

明確にとらえることを怠ってきた。ブランドとして売るべき価値をしっかりとらえるようになってきたのは

ここ10年の話。しかし、それでも「日本すげー」的なナルシシズムへの囚われから脱却できないどころか、ますますまり込んでいる傾向がある。

価値創造動機

かつての日本プロダクトアウトの発想でモノを売れた。市場価値グローバルスタンダードは自社が確立し、人々を自社製品をとりこにさせる意気込みがあった。

70年代後半ウォークマン世界を席巻したソニー典型だ。

このマインドが亡霊のように世代成功体験として引き継がれ、さまよい続けた結果、マーケットイン(あるいはゼロベースから

スタートする設計思想がはぐくまれない世代が全世代蔓延した。

明治期には世界とりわけ西洋文明に対する学びの動機付けは強烈なものであったが、それによる成功体験財産となるにつれ

徐々に失われ、渋沢栄一時代の渇望はもはや存在しない。世界で何が起ころうと関心がない。先進国コロナワクチン占有され、途上国必要インフラリソースもなくあえいでいるというのに、オリンピック開催にまい進しようとしている姿は森元というより、日本社会自体老害化を象徴している。

かりにもSDGsオリンピックを謳うのであれば、途上国へせめて超低温冷蔵庫無償プレゼントくらいしてアピールしてやるべきだが、外務省国際協力実態としては

インフラ輸出などさまざまな分野においてここにきて、世界各地で中国オセロの白黒をひっくり返されているのが実情だ。

端的にいって、日本国際協力ニーズのつかみ方が根本的に間違っている。日本式ありき、であり、自分が思い描いた「日本すげー」「日本式」が売れることがとにかくプライド

それがいかにも押しつけがましい。しかもそんな態度が煙たいのに本人気が付かない鈍感さがセットで。

それは無自覚プロダクトアウトであり、状況の変化に鈍感でニーズを何も学ばない老害だ。

都市というのは、そういう老害ウイルスにあふれていて、都市にいればいるほど、人間ダメになる気がするほどだ。

コロナ危機が立ち止まらせたもの

コロナ危機というのは、幸いなことに、過密への忌避都市への忌避を通じて、都市がこれまで生んできた価値への反省を呼び起こす、とてもいい機会になった。

郊外地方、あるいは場所を選ばないグローバル社会バックグラウンドとしての価値、ということだけではなくて、

何を価値創造するか、売るか、ということにも立ち止まって考える機会を与えたと思う。

また、東京という超過密な箱のなかで行われるオリンピックというイベントをめぐって、さまざまな欺瞞矛盾が浮き彫りになった。

なにより浮き彫りになったのは、都市の箱の価値無自覚に信じつづける自分たち自身日本社会全体の老害化だったと個人的には思う。

森元っていうのは、その意味で、象徴しかなくて。

メモなので。適当におわります

2018-02-27

社会人になると簡単モテる理由がわかった話。

学生モテないのはある意味しょうがないのだ。

これは経済学的に考えればわかる。

女子大生の「恋人がほしい」という需要に対して、「私はどうですか」という供給はいくらでもある。

いわゆる供給過剰である

女子大生はたくさんの供給のなかから、いくつかを選ばなければならない。

ここで選択基準となるのが「差異」、つまりほかとの違いである。

選択基準となる差異には主に3つある。

機能デザインストーリーだ。

家電を買うときを思い浮かべてみればわかる。

人々は機能デザイン、そしてストーリー(こんな思いで作りましたとか)を見て買うのを決める。

恋愛における機能は優しさ、デザインは見た目、ストーリー出会いである

この点、機能コモディティ化している。

そこでデザインとなるのだが、これは持っていまれものなのでブサイクだと勝負にならない。

そうなるとストーリーなのだが、暴漢に襲われているところを助けたぐらいしないと、出会い方に差異は生まれない。

しかし、こんな出会い方は偶然じゃないと引き起こせない。

供給過剰における恋愛市場は、必然的イケメン一人勝ち状態となるのだ。

だが、これが社会人になると話が変わってくる。

なぜなら、給料をもらえるようになるからだ。

給料が手に入ると、それを元手に、設備投資ができるようになる。

給料による設備投資で、機能デザインを磨くことができる。

まり社会人になって初めて、設備投資による競争可能になるのだ。

さら社会人になって変わることがある。

それは恋愛市場が完全な自由市場になるということだ。

学生恋愛市場は、特に男性にとっては、非常に限定的ものだ。

そこでは自分の±5歳ぐらいの女性しか取り引きできない。

これは政府によって市場が統制されていて、自由な取り引きができないようなものだ。

しかし、社会人になると完全な自由市場になる。

±50歳の女性と取り引きできるようになり、顧客候補無限に増えるのだ。

設備投資と完全な自由市場、これが社会人になってモテるようになる理由である

私は今、3人の女性下半身を独占している。

いずれも既婚のアラフォー女性である

既婚のアラフォー女性は、ほぼほぼセックスレスである

まり需要に対して、供給がない。

そこで私が「どうですか、セックス」と供給をすると、「そういえば、セックスが欲しかった」と私のことを買うのである

このようにして供給がない場所に、自分一人が供給することで、下半身を独占することができる。

重要なのは市場の独占である供給過剰な場所で似たようなプロダクトをリリースしても何もいいことはない。

そして、市場の独占をするためには、プロダクトインでやらなくてはいけない。

マーケットインではダメなのである

例えば、マッチングアプリのようなものマーケットインである

マッチングアプリにいる女性は「私は性を求めています」という需要顕在化している。

そこに対して供給をするのは一見効率的に見えるが、顕在化している分、他者供給ができる。

そうすると結局、競争が起こり、市場の独占は難しくなるのである

プロダクトインで需要を掘り起こし、下半身市場を独占するのが得策だ。

私は社員数1万5000人の会社に勤めており、そこにはアラフォーの既婚女性はいくらでもある。

彼女らに対して「若い男とのセックスどうですか」と供給する。

セックスレスであり、まったく供給がないので、私は彼女らの下半身を独占できる。

再び書くが、私は3人のアラフォー女性下半身を独占している。

機能デザインを磨いた男が、「若い男との未知なるセックスどうですか」というストーリーをたずさえて現れる。

これによって彼女らの需要を満たし、下半身を独占したのである

私は現在24歳だが、30歳まではこの戦略恋愛市場サバイブできるだろうと踏んでいる。

何度も書くが、重要なのは需要を掘り起こし、市場を独占することだ。

もちろん「供給がない若い女子大生」を狙ったっていい。

完全な自由市場なので、どの層をターゲットにしてもいいのだ、このスケベ!

2017-04-05

http://anond.hatelabo.jp/20170405211155

デブキャラおかんキャラ、ちょいウザキャラなど)として生き残りをかけるのはよい方法だけど、本人が目指すキャラがそうじゃなくてブスと言われたくないと思ってると、社会的評価とうらはらに精神が病んでいくんだよね。

世間需要自分をあわせるマーケットインじゃなくて、自分需要としてくれる人を探すプロダクトアウト型に戦略を変えた方がいいよ。

 
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