はてなキーワード: オッカムの剃刀とは
これは作品を批判するとかそういう事を意図してるわけじゃなくて(私もかなり楽しんだ。傑作だと思う)
最終回まで見た結果残った「もやっとした物」をどう取り扱っていいのかよくわからなくて書いてみる、と断った上で。
「魔法少女 まどか☆マギカ」は従来の「魔法少女」という物を一つ一つ壊していくことによって出来上がっている作品だ。
そして壊し尽くしたところに劇的な展開によって「魔法少女」の再構築を見事成し遂げたした作品でもあるだろう。
この破壊と再構築の手法は素晴らしいとしか言いようが無い。多くの人の興味を引きつけネット上に「祭」を呼び寄せたのは放送延期など他の要因はあれど作品自体のクオリティによる所は大きいと信じる。
ところが、その再構築した「魔法少女」というものはまどマギ前にあった「魔法少女」というものでしかない。これを端的に表すのが12話Bパートのほむらとキュゥべえの会話だ。
だとしても証明しようがないよ
君が言うように宇宙のルールが書き換えられてしまったのだとすれば
今の僕らにそれを確かめられる手段なんてないわけだし
最後にたどり着いた世界(それは、本作以前からあった「魔法少女」の世界)からみたらこの作品が12話かけて描いてきたものはオッカムの剃刀によって一刀両断に切り落とす事ができるものであり、その構造は作中でかなり自覚的に表されてる。そしてそれは、これまでの出来事に意味があったのだろうか、という身もふたもない疑問につながってしまう。こんな所にたどり着くために、わざわざ「魔法少女」というものを一旦破壊し尽くす事が必要だったのか、と。
個人的にはそれは否定される事であってちゃんと答え(それは、まどマギ以降の「魔法少女」作品のスタート地点たるような)が用意されていると思ってるんだけど、うまく整理できなくてもやもやしている。どうしたもんだろう。
http://d.hatena.ne.jp/AntiSeptic/20091001/p1
いやまあ、なんというか。消毒氏はhttp://d.hatena.ne.jp/ohnosakiko/20090930/1254321315に対してオッカムの剃刀よろしく「アンタの解釈は違うよ、だって××は○○と解釈すればそれでいいじゃんwww」と説明して見せている。もちろん、「なぜ○○と解釈したほうがいいか」という理由つきで。
物語の解釈なんて、ただ説明をつけるだけならいくらだって言える。(これは物語ではないが、)いろは歌の隠された真の意味はこれこれ、この詩集の隠された意味はこれこれ…とかいうように。しかしある解釈がそういう「だって私こう思うもん!」といった感想文や妄想ではない「まともな解釈」となるには、「なぜそのように解釈しなければならないか」という確かな理由がなければいけない。たとえば、「○○解釈では十分に説明できない△△が、××解釈では整合性を持って説明できる」というようなことがあって、初めてその××解釈は有効になるわけだ。
こんなことはいうまでもないことだし、だからこそ消毒氏もきちんと説明を怠らない。ところが、ここで批判された大野なんちゃらという人はそこのあたりがまるでわかっていないらしい。
ohnosakiko 2009/10/01 21:40
いやー、見事に一歩も進みませんねwww
<大文字の他者>は言語活動を支えるものだということを書いているのに、どうしても「規範」という概念で理解したいんですねぇ‥‥
後に出てくる「規範」も、<大文字の他者>が立ち現れる象徴界のごく一部なんですが‥‥
まあでもしょうがないという気がしてきました。
普通何冊か読んでやっとわかりかけるようなことを、ブログ記事の一つ二つじゃとても無理ですわやはり。説明している方もシロウトだし。
ごめんごめんw 忘れて下さい。
だから「『共通基盤』なんて常識とか規範とかそんなものしか考えられない」という消毒解釈に抗する「ここにおいて『なぜ』消毒解釈でなく<大文字の他者>~解釈を採るべきなのか」という理由はどこに存在するのだ(笑)。理由が存在しないのなら、当然、「『規範』という概念で理解」すべきに決まっている。
というより、本来そうした「なぜか」を了解することこそが、「わかる」ということなのである。特殊相対性理論は本を読まないとわからないくらいむずかしいが、結果としてそれなりにでも「わかって」いるのなら、少なくとも「なぜこの理論を正当とせねばならないのか」「なぜニュートン力学よりもこの理論を採らねばならないか」は説明できる。それは「ブログ記事の一つ二つ」でちゃんとできるのであり、「シロウト」でも十分にできるのだ。ではなぜ、そのくらいのこともできないのか?
それは「わかっていないから」だ。本人は「何冊か読んでやっとわかりかける」などと書いているが、実はなにも「わかって」いない。きっと何冊も読んでいるうちにその解釈を覚えてしまい、そのことを理解と混同しているのだろう。
小学生が「光速がなにものよりも速い、速度は30万キロメートル毎秒」というのをただ覚えたって、ちっとも「光速のことを理解した」ことになりはしない。かれは他人に光速を説明する能力など持っていないだろう。もちろん、そんな状態で物理話に首をつっこんでも、「見事に一歩も進」まないことはいうまでもない。
いやはや、どういうつもりで「理解したいんですねぇ‥‥」だの「一部なんですが‥‥」なんてほのめかし、草を生やしているのか。残念、というほかない。
ああ、「叩かれて当然」は「叩かれるのが自明」という「結果」の話でしかない、ということ?
タイトルが「ダメな理由」とあったから、「叩かれるべきだ」という判断を含むものと読んだんだけど、そうでないとしてもなんかちょっとおかしいと思うなあ。
単に「自明である」「結果としてそうだ」ということなら、ホモセクシュアルだって割と「嫌悪されるのが自明」な扱いを受けてきたじゃない(だからこそ今までホモの権利を訴える運動があったわけで)。それを「法的にアウトな趣味・性癖は嫌悪されるのが自明」みたいな論法の根拠の一部として持ち出してくるのはやっぱ捩れてないかな。
そういう論法とは離れた元増田の価値判断として「ホモは差別されるべきじゃねえよ」って話ならわかるんだけど、増田の意見に沿えば、これは「価値判断」の話じゃなくて、そもそも単純に「結果」としてロリコンが差別されることが自明だ、っていう話をしてたんだよね?じゃあ何でホモに対してはそういう事実を認めないのかって話になるじゃない(そもそも俺は、そうやって「差別されることが自明」みたいな言い方でマイノリティの問題を論じること自体にあんまし賛同できないんだけどさ)。
結果と価値判断の話がごっちゃになっているか、あるいはホモが差別されてきたことへの理解が足りないか、そもそも同性愛者を引き合いに出したことにあまり意味が無かったか(オッカムの剃刀を使うべきだったか)、のいずれか、あるいは複合なんじゃないか、て思ってしまうのだけど、邪推・誤読が激しいかしら。
ライフハック(笑)の増田ダイアリー(http://anond.hatelabo.jp/20071107131654)を読んでると、スイーツ(笑)なんて言葉があったので反応してみる。
GODIVAのチョコレートみたいな、オッカムの剃刀を地でいくようなスイーツに優れた商品がそのまま世の中に出てくるなんて事はやっぱり例外なんだよ。
大抵、普通のお店で普通に優秀な人たちがお菓子作ると凄いのが出来るんだよ。凄いおいしくてごちゃっとしたのが。
大体、おいしいスイーツをお菓子会社に発注した時点で手に入ると勘違いしてる奴多いような気がするよ?
ちょっと薄い味の材料が沢山使われてたらそれだけでスイーツおいしそうで禿同しちゃうじゃない?
材料が上がってきたら、それを元に見た目を追求する人がどれだけいるの?
大体そのまま材料をミキサーに丸投げして調理入っちゃうんじゃないの?
パティシエがいいように素材の味を変えちゃうなんて話もよくある話だけど、その上で苦言を呈す人がどれ程いるの?
大体、その時期は発送時期のつじつま合わせるのに忙しいんじゃないの?
スイーツがおいしいは皆知ってるけど、それは本当は誰が考えるの?
実際にお菓子を作るのが好きな人たちに丸投げする人もいるけど、それで本当にいいものが出来ると思うの?調整しなくていいの?
パティシエが考える事なの?違うよね?どうせ他人のお菓子だよ?
そもそも、要件定義以上にお菓子のことを共有してるの?
むしろ、スイーツを担保するのがパティシエの仕事の『全て』なんじゃないのか?
いや他にもカステラとか包装とか、決めなきゃいけない事は機能以外にも沢山ある事は知っているよ。
知っているけど、最終的にお皿にフォークを添えてスイーツを出されたらお菓子の包装なんてユーザーには関係ないんだよ。
出力されたスイーツがどれだけ大切に包まれているかまでお菓子屋さんは担保しねぇよ普通。
勿論注文してから3分以内とかそういうレイヤーの話じゃないんだよ。
どこの誰だか知らないが、スイーツ(笑)だなんて笑ってくれるな。
簡単に笑ってくれるな。
ライフハック(笑)の増田ダイアリー(http://anond.hatelabo.jp/20071107131654)を読んでると、ユーザビリティ(笑)なんて言葉があったので反応してみる。
iPodみたいな、オッカムの剃刀を地でいくようなユーザビリティに優れた商品がそのまま世の中に出てくるなんて事はやっぱり例外なんだよ。
大抵、普通の会社で普通に優秀な人たちがWebサービス作ると凄いのが出来るんだよ。凄い多機能でごちゃっとしたのが。
大体、ユーザビリティの高いデザインをデザイン会社に発注した時点で手に入ると勘違いしてる奴多いような気がするよ?
ちょっと薄いグラデーションが沢山使われてたらそれだけでユーザビリティ高そうで禿同しちゃうじゃない?
デザインが上がってきたら、それを元に使いやすさを追求する人がどれだけいるの?
大体そのままデザインのテンプレ丸投げして開発入っちゃうんじゃないの?
開発会社がいいようにデザイン変えちゃうなんて話もよくある話だけど、その上で苦言を呈す人がどれ程いるの?
大体、その時期はシステムのつじつま合わせるのに忙しいんじゃないの?
ユーザビリティが重要なのは皆知ってるけど、それは本当は誰が考えるの?
実際にシステムを利用する事業部に丸投げする人もいるけど、それで本当にいいものが出来ると思うの?調整しなくていいの?
デザイン会社が考える事なの?違うよね?どうせ他人のシステムだよ?
そもそも、要件定義以上にシステムのことを共有してるの?
って考えると、そこの責任を持つのはWebディレクターだよな。
むしろ、ユーザビリティを担保するのがWebディレクターの仕事の『全て』なんじゃないのか?
いや他にもサーバーとかネットワークとか、決めなきゃいけない事は機能以外にも沢山ある事は知っているよ。
知っているけど、最終的にHTMLとCSSが吐き出されたらサーバーのOSなんてユーザーには関係ないんだよ。
出力された画面がどれだけ快適かまで開発会社は担保しねぇよ普通。
勿論0.3秒以内とかそういうレイヤーの話じゃないんだよ。
どこの誰だか知らないが、ユーザビリティ(笑)だなんて笑ってくれるな。
時代によって変遷するベーシックな部分と、そのシステムを使う事業部、ユーザーのスタンダードを見切った上で画面を構成するのは結構大変な仕事なんだよ。
だって俺以外にそんな事本気で考えてる奴はいないんだよ。
事業部に任せると、事業部の偉い人のスタンダードになっちゃって凄いのが出来ちゃうんだよ。
まずメニューの文言からして意味が判らないんだよ。そういうのは。
納期と予算っていう絶対的な制約と、「もういいか、こんなんで。。。」っていう諦めたい気持ちのせめぎあいだよ。
それでもな、「システム使ってる時間が減ってちょっと暇な時間が出来た」って聞けた時はすげー報われるんだよ。
「原稿入力が締め切り前に全部終わった。びっくりしてる」なんて聞いた日には心の中で赤飯3合炊いちゃうんだよ。
簡単に笑ってくれるな。
もうね、元人文学徒としちゃ「歴史学は追試ができないから科学ぢゃない」とか飽きてるわけですよ。
素朴ポパー儲かよ。アホくせえ。クーンとかファイヤアーベントとか嫁。
もしくはd:id:leeswijzerの『系統樹思考の世界』(ISBN:4061498495)嫁。安いから。
それすら買えない貧乏人にして独善主義者ならd:id:leeswijzerのコメント欄で「歴史学は反証がー」とか言ってこい。な?
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