2023-02-21

もっと売れてもよかったあの頃のバンド3選

さっき昼飯の弁当を買いに外に出たら寒すぎてサムシングエルスになった。


ここでいう「サムシングエルス」というのは我々の世代ではけっこう売れたバンドで、私が最初に知ったのはNHKみんなのうた」で流れてた「反省のうた」という曲だった。

けっこういい歌だなーと思って聞いてたのを思い出す。

しかしその後、鳴かず飛ばず解散危機となる。


そんな中、「電波少年」というテレビ番組企画の中で「ラストチャンス」という曲を作成してミリオンセラーオリコン1位を取る。

この曲をきっかけにめちゃめちゃ売れた。紅白にも出た。我々の世代サムシングエルスを知らない人は少ないはず。

こうやっていい曲を作ってるバンドが売れるのはいいことだと思う。


けど、最近ふと思うことがある。

もっと売れてもよかったミュージシャンが他にもいたよね。

ちょっとしたきっかけがあれば第二のサムシングエルスになっていたかもしれないバンド

もっと売れてたらもっと長く活動して良い曲を作り続けてくれたかもしれない。


というわけでここでは私が思う、もっと売れてもよかったミュージシャン勝手に選出するよ。


3位 ブラッツ・オン・ビー (1990-1999)

ラッツ・オン・ビーも最初に知ったのは「みんなのうた」だったと思う。

私が好きなのは3rdアルバム『ゆらふわ』で、あの頃はヘビーローテーションで聴いていた。

一番のお気に入りは「アポロ

もの悲しいメロディーがとても好きだ。


他にも、「世界を変えて」や「ゆらり ふわり 行こう」も好きだった

あんまり知られてないと思うけど、名曲が多いと思う。

なんで売れなかったんだろう?


2位 ザ・カスタネッツ (1987-2000)

ザ・カスタネッツは知っている人も多いと思う。

一番有名なのはアニメGTOエンディング曲「ねない ねない ねない」かな。


私が好きなのはムーンパレス」や「僕はそれがとても不思議だった」。他にもいい曲がたくさんある。


そこそこ売れた印象だけど、やっぱり大半の人が知らないという意味で、もっと売れてもよかったのではと思う。


1位 中村一義 (1997-2003)

中村一義はけっこう売れたしコアなファンがたくさんいるが、メジャーにはなれなかった。

オリコン13位の「セブンスター」が一番有名な曲かもしれない。

オリコン16位の「新世界」もいい曲だ。


私が一番好きなのは永遠なるもの」だ

「すべての人たちに足りないのは・・」のところの歌詞がとても好き。


中村一義は私にとって「青春」と言い換えてもいいものである

1stアルバム金字塔』を初めて聞いたときの衝撃は忘れられない。

これはミスチルを超えるぞ、と本気で思った。


でも、そうはならなかった・・そうはならなかったんだよ・・ロック・・

から、この話はここでお終いなんだ。

  • 本人が楽しそうだったから別にいいと思うけど100s始めたときにはだいぶ才能枯れてたじゃん 商業的に安定して楽曲を産み出すタイプのミュージシャンでもないしね

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