はてなキーワード: 森元とは
俺の嫌いなものを勝手に好きになって「not for meって言え!!」とかアホかと
じゃあお前俺は森元が大好きだから叩くなよ、これからはnot for meって言えよ?って言ったら従うのかよ
オタクのくせにnot for me強制してくるやつとかマジ意味不明
「人の価値観を尊重しろ」とかリベラルみたいなこと、オタクの癖に言ってんじゃねえよ
not for meはポリコレだろ
叩かれて然るべきものなの
最高に糞みてーな気分になるな
こいつらやたらと切り抜きがどうこう言ってるけど本当にこいつら自身が全文読んでるのか?
そもそも糞みてーになげー挨拶の一部であり、他人の発言と前置きして女性という属性をこき下ろしてるし
しかも後任がより爺で韓国などの諸外国を貶める発言をTwitterで繰り返してるキチガイだろ
真偽不明だけどこいつも森が叩かれてるのを不当だと思ってるような記事出てたけどさ
そんなに難しい事言ってないわ
2- 人種、宗教、政治、性別、その他に基く、国もしくは個人に対する差別は、いかなるかたちの差別であっても、オリンピック・ムーブメントへの帰属とは相入れないものである。
森会長が辞任するらしい。理由は「女性蔑視発言をした」ということだ。
彼の発言が女性蔑視かどうかなんかはここでは気にしても仕方がない。ただ、マスコミの論調がものすごく短期間に「女性蔑視と取られる発言をした」から「女性蔑視発言をした」に変わっていったのは見て取れる。
最初は「あれ?これ、女性蔑視じゃないですか?」と問うわけでもなく「森会長が女性蔑視(っぽい)事言いましたよ!」と言って、切り貼りした記事を公開する。
「実際になんて言ったか全部調べてきちんと検証しようぜ!」とは言わないで「女性蔑視(っぽい)!けしからん!追い出せ!」とシュプレヒコール。
そしていろんな口を経由しているうちに(っぽい)が消えてしまい「女性蔑視だ!許すな!追い出せ!」になり、最終的に「女性蔑視と取られる発言をした」と書いたマスコミが市民の支持を得ましたからとでも言わんばかりに「女性蔑視発言をした」と断定している。
ように見える。
この流れってマジで怖い。あぁ日本人ってこうやって戦争始めたんだろうな、とすら思う。
何にせよ、森会長は神の国発言のときもそうだけど、マスコミが切り貼りした記事で完全に雰囲気だけ決まって、誰も検証しないままに追い出している。
これってマジで怖いと思わん?
というか政治家たち年取りすぎじゃない?
そら意識をアップデートするとか難しいよね。普通に60歳定年制を厳格に適応するだけでも、新陳代謝が働いて日本の政治が良くなると思うよ。
パッと見たところ下記3つのよう。
3.川淵氏を氏名したのは森元会長。適正な選任でない。選任方法をオープンにすべき。
1について、気持ちは分かるが年齢、性別で判断するなら女性差別する人と同レベルと思う。性別や年齢などに囚われず役割に対し能力や信頼性などで判断すべきと思う。
2について、個人的な政治思想がオリンピックの会長職に関係するのだろうか?個人的にはしないと思う。あと、川淵氏が右翼とも個人的には感じない。
関係者皆が満場一致で決まることはまず無い。皆必ず多少の不満はかかえながら、しょうがないと思いながら進めなければならない。
皆を納得させるには頭の良さや口の上手さといったスキルだけでなく、実績を背景にした信頼感が重要。
実績の無い人がどんなに正しい意見を言っても中々受け入れられない。この時間が無いなかそれは致命的。
実績の少ない若手や、今まで上層部に少なかった女性だと適任者は少ないだろう。(今後、適任となる女性を増やすべきとは思うが)
故に今回は川淵氏が私は適任と思う。
森元叩きをオリンピックの開催にかこつけたのでその理論で行くなら人権的に最悪なジェノサイドを行っている北京冬季五輪も問題視しないといけないのになんでそっちは無視してるの恣意的だよねと嘲笑われてるだけだぞ?
森元の発言が五輪の理念に反しているとか言ってるけれど、独裁国家での五輪開催を認めて弾圧を看過してきたIOCは五輪の理念に反してないの?
森元氏の発言及びその謝罪会見が袋叩きにされている一方、色々とアクロバティックな擁護も出てきて、基本的に「はあ? 何言ってんだよ?」という感じではあるんだけど、もうちょっと微妙に気持ちの悪い感覚があるので整理しておく。
…
以下は意訳なんだけど、
・「確かに発言そのものは問題、その反省を込めて、だからこそ現在の職責を全うしてほしい」
・「自責の念が強すぎて、むしろああいう感じの会見になってしまった」
・「そもそも、当該の発言が批判されているのはマスメディアの切り取りが原因で、ちゃんと全文を読めば森元氏はむしろ女性の活躍に期待している」
…という感じで、どれだけ多次元的な擁護の理屈をひねり出せるか、未知の競技が芸術点を争って火花を散らす。
どこかのバカがトンチンカンなことを言い始めたとき、たまたまそいつが権力を持っていたりすると周辺が頑張って支援しようとすること、それ自体はどの共同体でもあるんだけど、今回のケースで特に気持ちが悪いな、と思ったのは、なんていうか、擁護してる人たちに発言のリスクを取ってる自覚が全然感じられないことだな、と俺は思った。
一つの発言に対する基本的な反応が批判的なトーンで形成されているとき、逆に支持を表明することはいわば逆張りなわけで、自分にも延焼するリスクがあるわけじゃんな。っていうか、俺なんか小心者だから、多数派と同意見です、って口をそろえるときでさえ「でも、本当にこっちが正しいってことでいいのかね?」とかって不安になったりするんだけど、まあ置いといて、とにかくマイノリティに乗っかることには、本来危険が伴う。
じゃあ、今回森元氏を擁護していた人たちにその危険を冒している覚悟がうかがえたか、っていうと、あんまりそういう感じもしないんだよな。「まああいつら、まともじゃねえもんな」っていう色眼鏡はガッツリかかってるんだけど、それだけじゃなく、擁護って選択肢が普通に合理的な判断として成立してるっぽい。「ここはしっぽ振っといて全然安パイでしょ」的な感がある。
これは「(私の立場的には)ここはしっぽ振っといて全然安パイでしょ」と補足されるんだろう。政治的にはそりゃそういう判断もあるだろうけど、極論さ、「数字の2は偶数だけど(私の立場的には)奇数です」ってことはないわけじゃない。今回の件って、ある意味森元氏本人の発言以上に周縁部の度が過ぎてるというか、言論って空間において、逆張りするのがそんなノーリスクでいいんか、と俺はシンプルに驚いた。
まあ、会長は辞意を表明されたので、その辺の合理性の判断も実際に正しかったかどうかはまだわからないんだけど、例えば客船が航海中に大洋のど真ん中で船体に大穴が空いて物理的にはこれから沈みます、ってとき、普通は真っ先に脱出しようとするんだけど、「いや、大穴が空いたからこそ頑張って航海を続けてほしい」って船室で言い張ってたやつがいて、そしたら船が奇跡的にそのまま進んじゃって…みたいなことが、計られつつあった(というか、今回は無理かもしれないが、似たようなことはこれまで何回か起きていた)としたら、なんかすげえな、と思った。
…
良識ってやつはたぶん、「いや、あの発言は普通にクソだぞ」ってことをずっと言い続けないといけないわけで、大変だけど大事だよなあ、と思う。
非難というカウンターがないと、奇態な理屈でこねられた擁護ってなんとなく霧散してうやむやになるんだろう。だから、「お前あんときこんなこと言ってたよな。そのケツ拭いてから死ねよ」ってのは前提として大事なんだけど、ここから全然話が変わるんだが、それはそれですげえ怖いことだな、って感じもするんだわ。
それは、健全性をこの社会にもたらすってことの裏表として、悪辣な言動を割りの合わないものにする、非合理的な行為として定着させることがあるからで、それが達成されるまで、いわば双方で自分の主張に対する賭け金を釣り上げ続けてる状態に突入するわけじゃんな。今回の事例は、(俺の眼には)「健全性」対「時代錯誤で調子っこきのジイサン&とりあえず擁護しとけば最後は結局得になるでしょサポーター」って構図に見える。今回はたぶん後者が降参するだろうし、その方がいい。でも、将来的には別の局面で、「おいバカ」「なんだバカ」って言い合ってる状態になって、お互い自分が合理的だと思ってるわけで、それがどっちかが血反吐はいて「すいません、もう勝負続ける体力がありません」って土下座するまで続くのかよ、と思うと、それもすげえな、と思う。
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いや、なんで体力切れ前提なんだよ、そうじゃなくて純粋に客観的な大義が達成されて悪弊が倒されるんだよ、って反論もあるだろうし俺もその方がいいと思うけど、なんかそう前進的な事例ばっかりでもないっていうか、なんか、最後のゴール地点に到達するまで、どれだけ精神上の流血があるんだよ、と思うと勝手に結構げんなりする。ぶっちゃけ、今回の事例は問題として解法がちょろい方だよな、これ以上の難問、対立を人間の知性は解けるのかな、その論争に参戦するのってお互いに言葉でしばき合うより良いことなのかな、とか思っちゃう。
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たぶん、俺みたいな「この世に正しさはもたらされるべきだけど僕は疲れるのも自分が誤答するのもイヤなので何もしません!」みたいな連中に負けずに戦ってきた人たちの手で、普通選挙とか女性参政権とかアパルトヘイト廃絶運動とか成されてきたんだろう。後から「お、なんか世の中平等になってんじゃん。すげーな」とか言ってフリーライドしてる立場なので申し訳ないな、ってのと、でも疲れたくねえしな、ってのがいま一人の市民として結構あるな、というのが今回の森元氏の件で思った。