はてなキーワード: 天罰とは
〇〇が教えている、こう伝承されていると書物の中で引用を始めたのは宗教で、同じように老師から始まる哲学を継承してきた中国もその後の書物で思想を多く引用している。
ただ、引用は宗教から始まったのではないか、という説は何となくこれなんじゃねーかという感触がある。
面白いことに、西洋の場合顕在的な教えが多いにも関わらず、宗教を違和感なくカルチャーに取り入れている。
日本は潜在的な祟や天罰、徳の文化でそれぞれが思っているだけでいい。
とはいえキリスト教もそれだけで全てが理解できる明快な物語ではない。
かなり不可解でオカルティックなごまかしを含んでいるが、西洋人はそれらを面白がってまずは小説・戯曲内にふんだんにと入りれた。
重要な点として、西洋の小説には嫌になるほどキリスト教が顔を出すという事実がある。
中国人も日本人もおそらく中世まで特に仏教系発想を能や茶の中に取り入れてきたことだろう。
おそらく近代的な映画などに引用作品が少ないのは、日本が西洋文化圏ではなく、キリスト教を引用する歴史と地続きではないからだ。
「日本は車も半導体ももうダメ、これからは観光立国だ」「爆買い! インバウンド! もう日本人相手の商売は終わり!!」みたいな連中が散々イキり倒していたのは今でも忘れられない
そうして駅前にバンバンホテルを建て、五輪だの万博だのIRだのと国策にも乗じて、まだまだ足りないもっと外国人相手に儲けたいと欲ボケこいてたわけだ
「もうこれ以上来ないで」という希望が今まさに叶ったけどねえどんな気持ち? と煽ってやりたくもなるではないか
「苦しくなったから助けてくれ」と急に言われても、今までの勝ち組ヅラはなんだったんだと尋ねたくもなるではないか
そりゃ冷静に考えれば、彼らが今の日本で数少ない勝ち組だからこそ、なんとか生き残ってまた外貨を稼いでもらわないといけない
しかし日頃の態度がちらついてしまい、都合のええやっちゃなと正直思ってしまうのも確かだ
ジャンポケ斎藤が言っていることがすべて。
よく「いじめなんかしているやつにはいつか天罰が下る」みたいな話があるがあれは嘘だ。
そんなことをして上にあるように根本的に何か変わるか?変わらないんだよ。
例え相手が不幸になったとして、自分が不幸のままだったら何の意味もない。
俺自身は、幸いにもほとんど俺のことを知っている人がいない高校に行くことで人間関係が一新され、
でも、いじめられていた時の話は大学以降の友人や今の妻にはどうやってもできない。
思い出したくもないが、それでもふと頭をよぎるときがある。
ジャンポケ斎藤が言うように、俺は今でもいじめてきたやつらを許していない。一生許さない。
恨むこともやめない。幸せに生きているなら不幸になってほしい。
男性と比べ女性は平等でなければならないという拘りが非常に強い
ただし、彼らがこだわる「平等」とは通常使われるそれとはニュアンスが異なり「業」的な感覚だ
つまり
「真面目に生きている人には祝福が与えられるべき」
「かわいそうな人には救いが与えられるべき」
「悪いことをしている人には天罰が下るべき」
女性と比べ男性は「世の中は理不尽であり弱肉強食」という価値観がインストールされているので、上記を男性的価値観で言い換えると
「真面目に生きていても成果に繋がらなければ無意味」
「かわいそうな人は(運も含めた)能力がないからかわいそうな状況になっている」
「悪いことしてても結果を出しているのなら問題ない」
といったところか
この価値観どちらが正しいとか適当かは判断が難しいし、今語るつもりもないが
ともかくそんな女性的価値観で最も重要視されるのは「悪人(=自分が気に食わない存在)が不幸になっているか」だ
悪人(=自分が不快に思っている存在)は「平等」の名のもとに裁かれねばならず、もし自分が不幸な状況であるならば悪人(=自分が許せない存在)はより不幸になっていなければならない
悪人(=自分が見下している存在)が真面目で正しい自分より評価を得ているなんてことは到底許されることではない
そんな価値観だ
なのでスカッとジャパンやそれに類するストーリーは非常に女性受けがいい
もちろん、男性中心のコミュニティである2ちゃんねるで「メシウマ(他人の不幸で飯が旨い)」といったスラングが生まれるなど、男性(的価値観)に上記のような感情がないかと言えばそんなことはない
しかしながら男性的価値観で語られるそれは「人が不幸になることにより相対的に自身の幸福度が上がる(所謂世界ランキング的な考え)」であったり、多重債務者が命がけの鉄骨渡をするのを楽しむようなエンタメ的な文脈であり、あくまで自身の幸福のための「メシウマ」なのだ
なので「悪人」が不幸になっていないことで、自身のメンタルを著しく病んだりすることは稀だ
一方女性(的価値観の持ち主)の場合、この「悪人が不幸になっていない」ことでメンタルを病んだり、場合によっては自傷行為等に至ってしまう程深刻な状況になるケースは驚くほど多い
所謂「学級会」などに代表される男性(的価値観の持ち主)からすれば「いったい何のメリットがあってやってるんだ?」の思われる女性(的価値観の持ち主)や女性(的価値観の持ち主)が多くを占めるコミュニティの事象は、幻想でしかない「平等」を実現するため
「悪人」をより不幸にするため