はてなキーワード: セルフケアとは
パラシオーッス
本日は国際セルフケアデー、日本においてはセルフメディケーションの日、スポーツアロマの日、劇画の日、河童忌、日本の旧暦においては地蔵盆となっております。
さて、セルフケアとは自分で自分自身をケアすること、十分な睡眠を取ったり、食事を取ったり、排便をしたり、集団生活と一人でいる時のバランスを取って自分にとって過ごしやすい環境にしたりなど、様々なことを指します。
まぁそれで都合の良いご機嫌ばかり取ってても仕方がないのがセルフケアの深いところかもしれませんね。
割と部屋が汚いだけで気持ちが不思議なことになっちゃうこともあるので、部屋を片付けるところから初めてみると良いかもしれません。
逆逆ゥ‼︎ ジェンダーレス水着はボディポジティヴそのものなの
ジェンダーレス水着は、大人たちの99%が諸手を挙げて絶賛してて
あの頃欲しかった… って言ってる人も多いのよ
彼らは子ども達を性的にまなざしたい一心でレガシーな水着に執着してる
でも当の子ども達も間違いなく喜んでるのは彼ら彼女らの自尊心が低いせいじゃない
自分の毛深い素肌とか肌アレみたいな、あるいは肥満のような悩みは人間だから仕方なくて
好奇の目に晒したくないんだから、だったらカバーしましょうってそれメイクの考え方と同じ
身体の悩みに真剣に向き合ってる証拠だし、つまりはセルフケアなのよね
ずっと昔はロールプレイングゲームとかでビキニみたいなスカスカの防具があって
今は批判されてるのって戦闘なのに無防備なチグハグさがあるからで
自分の体と性を大切にしたいんだったら武装はマシマシにするはずでしょ
自尊心が高いなら当然出てくる考えがボディポジティヴで、いまの子はそれをしてるだけ
昭和とか平成とかとは違って自分を第一優先で考える自己肯定感の高さが備わってるから
まわりから要求される振る舞いには相変わらず振り回されるのは社会だから不可避だけど
精神科医の一部で「(発達障害者などが)セルフケアをしろという圧力がある社会は間違ってるんじゃないか?そもそも障害と見なされる社会が間違ってるんじゃないか?」って話がたまに言われるときがあるんだけど、イマイチ納得できない。
セルフケアが必要だと圧がかかるタイプの人間って「厄介な人」だよ。厄介な人が原因で発生する被害を被るのは同じ場所にいる一番弱い人だよ。
医師はわりとどうあっても強者側だからその辺り実感がなくて「特性があるだけの人(弱者)が社会に包摂されず、コストを自分で支払ってケアしなければいけない社会は問題だ」ってなってるんじゃないかな。
抑肝散が効果がある、と感じる状態であるならば、東洋医学的に解決を試みるのはどうでしょうか。
まず、あなたの状態を東洋医学の専門家で抑肝散のことがわかる人(東洋医学をきちんと勉強した医師や漢方薬局の薬剤師)に相談します。どういう状態であるか、抑肝散のどういう働きが効いていると思われるのかを解説してもらいます。
舌を見たり、手を取って脈をみたりをきちんとしてくれる人に頼りましょう。独特の用語や概念が多く、一度聞いてもわからないかもしれないので、録音させてもらうか紙に書いてもらうといいと思います。
次に、その情報を持って、東洋医学の専門家でセルフケアの指導ができる人(鍼灸師やあん摩マッサージ指圧師で免許取る前も取ったあともきちんと勉強している人)に相談します。
抑肝散があなたに効いていると思われる働きは、ハリやお灸、あん摩や指圧などで同じようなことができます。
抑肝散が効いていないな、と感じたら、飲んで効いてくるまでの間それを試して、自分に合っている方法を見つけましょう。
薬だけに頼っているときよりも楽になるのではないでしょうか。
ただ……漢方や鍼灸などにも流派があったり、その流派を看板に書いてはいけない厚労省の規制があったりします。街で見つけた漢方薬局と、近所の鍼灸マッサージ院で流派が違って、細かいところの話が通じなかったりする可能性もあるのです。
私のおすすめは、「中医学」の流派です。中国で伝統医学を研究しつつ現代に応用している、中国の国家公認です。
理論が統一されているので、中医学を学んでいる医師・薬剤師・鍼灸師・あん摩マッサージ指圧師で話が通じます。
(西洋医学と違って、東洋医学はそれくらい流派が違うと話が通じません……)
などのキーワードでWebサイトを検索してみましょう。相談できそうな診療所や漢方薬局、鍼灸マッサージ院が見つかることを祈っています。
https://togetter.com/li/1424289
雪を鼻息で溶かしてすすって、小水をなるべく体が濡れないようにもらして、身動きできないまま体温を温存して救助を数日まった
20年後にようやくこうして体験談を投稿したが、それ以前は思い出すたびに、あるいはヘリコプターを見るたびに涙がでてしまっていたのだという
それでなんとなく思い出した話
うちの父はもうずっと昔に登山しなくなったのに20年ずっと遭難している
寝て、起きて、本を読んで療養すれば風邪ならなおるのにいつまでもなおらなかった
一生悪くなるばかりで治ることはない、次に発熱したら死ぬ可能性もあるかもといわれた
たしかに熱を出すたびにだんだん自分でできることが少なくなっていった
いつ熱をだすかもしれぬ体で、肺にも負担をかけるから海外への飛行機にのらなくなって、
それでも自家用車を運転して海外から日本にもどってきた子孫の顔を見に行き来した
自家用車はボンベと車いすが載るのに買い替えて身障者マークをつけて
自宅風呂、自宅トイレの順にいけなくなって、要介護認定がついて、うごきすぎて酸欠で失神と失禁してしまう失敗も経た
そうやって発病から20年以上生き延びてとうとう先週寝たきり度C2になった
それでも父は頭ははっきりしている、遺書も書いて、お母さんを助けにきてくれという
脱水のために点滴いれて、そうしたら炎症値がさがってしまった
(酸素飽和度は相変わらず低くて手足すらろくにうごかせないけど、この20年の間におしえてたラインで状況を報告してくれてる)
もちろん世話をしている母はずいぶんと苦労していて、この20年あまり自由がない、
どころか父のためにありとあらゆることをして体力のつづくかぎり奔走した
動けないのに口出しして小言爺さんみたいなとこある
母(も老人)の家事に細かくあれしたかとかこれのお礼を言ったかとか、
物を一つ買うにももったいないなど
子育てにも関与が少なくて、自分や家族の手間を減らすために金を使うこともへただ
母の決定にうんうんと従うとこもあるが、ちょっと大きい金がうごくとなると納得させるのに手間暇もかかる
つまりセルフケアすら上手ではないから介護の段になると嫌がられて当然なのだと思う
でも登山の遭難をみていると父も勇気をもって孤独な一人遭難を20年もつづけているのだなとおもった
ロマンとかじゃなくて、むしろ邪魔なんだけど、汚くていやがられるから恥ずかしいはずの失禁すら、
生き延びるために勇気にかえているんだなぁと