2つの領域に強みを持つ人材(パイ型人材)を目指すべきみたいな増田が上がってた
あれ、10年前くらいから流行ってるんだけど、ちょっと独り歩きしすぎな気がしてる
http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/hpbb200301/hpbb200301_2_006.html
平成14年7月には,第一次提言として,「世界トップレベルの研究者の養成を目指して」が取りまとめられた。
同提言においては,これからの研究者にとっては,自らの専門分野にいたずらに閉じ込もるような蛸壺的な専門性ではなく,
周辺の専門分野や全く異なる専門分野を含む多様なものに関心を有し,既存の専門の枠にとらわれないものの見方をしながら自らの研究を行っていく能力が重要
(中略)
そこで,同提言では,「幅広い広い知識を基盤とした高い専門性」こそが,これからの時代の研究者に必要とされる「真の専門性」であると指摘している。
でもこれ、割りと多くの人事系・人材系の人が一般層に向けて言ってる気がする
聞こえは一見良さそうにみえるんだけど、凡人に2領域なんて無理なんだよ
(あるいは得意領域があっても「未だ足りない」と悩み続ける)
しかも周囲からは「経験者」って扱い受けるから、半端な二領域で苦しくなる
T型なら個人的に良いと思うよ
専門領域外は「知識として知ってるけど一人で担当できるほどではない」ってくらいが丁度いい
「(これしか)できない」ってのは場合によって結構良いもんだ、頼られないし
「喫煙後45分間」も大学構内に立入禁止 北陸先端大が全面禁煙に踏み切った理由
https://www.excite.co.jp/News/smadan/E1509591737132/
上の記事を読んだ。なんとまあ喫煙後45分は呼気から有害物質が検出されるから受動喫煙防止のため立入禁止なのだそうだ。
もちろん私は一定の分煙に関しては異議を唱えるつもりはない。ネカフェで喫煙ブースに泊まることになった時はあまりの臭いに辟易した経験もあるし。
しかし、今回のJaist全面禁煙や、居酒屋含む飲食店全面禁煙の流れはあまりに常軌を逸していると感じる。
「タバコの臭いを嗅がないでいられる権利」ばかりを尊重しすぎて、「タバコを嗜む権利」を脅かしていないかということだ。
「タバコの臭いを嗅がないでいられる権利」に正当性をもたせるのは簡単である。「臭くて嫌だ」と主張すれば済む。さらに一般の人が受動喫煙として害になるか検証されていない、服についた煙の微粒子やら呼気に含まれる有害物質についても、化学物質過敏症の人の被害を引き合いに出せば、被害者を簡単に創出することが出来る。
しかしながら「タバコを嗜む権利」の方は、「タバコを吸いたい!」といった子供じみた権利の主張以外に何が出来るというのだろうか。結局非喫煙者の支持をとにかく得にくい構造になっているのである。
こうして「被害を受けない権利」だけが尊重され、「する権利」は衰退していく。
この構造は、現在日本のあらゆる場所で表出していないだろうか?
保育園では子供の金切り声による騒音を避けるため、園児たちは二重サッシで仕切られた室内でこじんまりと遊ばされている。
こういった流れが進行しているのも、活動的で主体となりやすい子供や若年層が減少し、一方で客体となりやすい高齢者が増えたのと無関係ではないだろう。
どんどんと窮屈になる日本。他人の多少の迷惑を許容する代わりに、「する自由」に満ちた社会のほうがずっと心地よいと思うのだが。
ずいぶんしゃべる人だな、テンション高いなと思いつつ今となっては新人には無理だろっていうのをどんどん押し付けてきた。
働き始めてすぐだったからこういうものなのかな、大変だなとうっすら思いながらなんとかひとつずつこなしていったけれどそういう自分に対して周囲は助けることもなく、「あの人についていくとヤバイよ」みたいなことをいう。でもさ、新人でそれで何のしようもない。それが本当なのかな?とか思って、薄ら笑いでおかしなこという上司にへらへら笑って、そういうもんだって夜遅くまで飲み会に付き合った。お酒を飲むのは好きだけどその上司と飲むのはめんどくさいな、と途中から思い始めた。でも最初から3回目くらいまではこれが社会人ってもんだろうから、と自分をだましながら付き合った。
こういうときに最初からNOっていえるやつがいたのかな、って今となっては思う。
その後そいつにひどいセクハラされて、そういう自分が気持ち悪くて死にそうになってたら陰でそいつが私のことをあることないこと吹聴してることが判明して反論しようと思う時期にはそいつは鬱病だといって長期療養に入っていた。こっちが入院したかった。
はやくしんでほしいりすと。
yunitaro 女性というだけで攻撃されるって男の知り得ない世界なんだよね。僕は奥さんなりから教えてもらったけれど、その手の接点がない人は一生気がつかない。専用車両に関する意識のズレも、この辺りに起因しているのかも
なんで一方的に損なわれ続けていた権利を取り戻すことを容認されないのか?まったく話になら無さすぎて申し訳なくなってきた
男性優位社会があまりにも根深い問題なんだなってよくわかりました
多分俺らが生きてる間には解決しないだろうな
無理だ、男女に平等なんてあり得ない、どちらかが常にこう延々不満を持ち続けるんだろうね
2008年というと谷川流がギリギリ健在で、時雨沢恵一、高橋弥七郎、鎌池和馬、支倉凍砂、竹宮ゆゆこ、ヤマグチノボルあたりが売上上位にいた頃だぞ。
だいぶメンツは変わってると思うが。
えらい
ちゃんと起きて仕事に行った
えらい
ちゃんと働いてきた
えらい
えらい
皿洗いはできてないけど
これからちゃんと化粧落として
シャワーあびて寝るぞ
えらい
ちゃんと髪も乾かすんだ
えらいぞ
明日もがんばろうな
アフリカやアジア諸国のような開発途上国に資本が投入されて先進国化が進む一方で、現在の先進国でアメリカのような1対99化が進むのなら、それはそれで民主主義を踏まえつつ個々人の能力も正当に評価した結果できた社会なのだから、まさしく人間が望んだ社会の体制となるのかもしれないけれども、一方であまり評価されずに消えてゆくのかもしれないと思う人間としてはどうなのだろうかとも思うわけですよ
ランチに関しては、金額的にはそこそこ贅沢していますが、あまり店のバリエーションがないので、似たようなところばかり回っていてちょっと飽きてきています。お金の使い道としては、あまり洋服とかで無駄遣いしてないつもりですが、交際費やエンタメに使うお金が少なすぎる気がします。「交際費が少ない→友達が少ない」「エンタメ費が少ない→流行の映画や音楽を知らない」みたいな感じかな。貯金はそこそこしていますが、お金を使わないのがいいこととは限らないのでもう少し潤いのある生活をしたいなぁ。
貯金ってどれくらい?
漫画村について思っていることをつらつらと。
漫画村の利用者は、倫理的に問題があるが、完全に合法だと考えている。
完全に合法だという根拠は、著作権法第119条3項。いわゆる「映画・音楽を、違法にアップロードされたと知りながらダウンロードするのは違法」という奴で、「映画・音楽」以外のデジタルコンテンツを違法にアップロードされたと知りながらダウンロードするのは、この条文を適用して違法とはいえないし、他の条文も当てはまらない、と考えている。なので漫画村で漫画や週刊誌等のコンテンツを読むのは完全に合法だろう、という考え。
そもそも著作権法に上記の修正が入ったのは結構最近で、改正が2009年、施行は2010年。映画業界と音楽業界のロビー活動によってデジタルコンテンツダウンロードの悪質さが認知され、映画と音楽については「違法にアップロードされたと知りながらダウンロードするのは違法」という形に落ち着いた。
その際に出版業界がなぜ枠組みに入らなかったのかについて、まずひとつは業界団体の危機感の薄さが挙げられる。デジタルコンテンツに関する理解が2009年代に出来ておらず、それ故に政治的な取り組みをしなかったのは業界団体の落ち度である。
もう一つは、法律の考え方として、できるだけ既存権利を規制しない方向での改正を目指す、というものがある。法律によって今まで合法だった商売が急に違法になる、というような、権力による民間への介入は許されるべきではない。なので明確な悪事のみを規制する方向で改正するのが基本であり、業界団体等のアピールがなければそもそも絶対に改正しない。映画業界と音楽業界のみを規制対象にする文言として「録音され、又は録画された著作物」という表現が法律で用いられているが、本来であればただ「著作物」としても良いところを、無駄に対象を広くしないように気を使っている。その結果、出版業界が省かれ、結果明確に合法になったといえる。
倫理的問題というのは、映像・音楽のダウンロードが明確に悪質であるから規制対象になったにも関わらず、書籍のダウンロードが悪質でない、と考えるのは難しく、業界団体が正当に悪質性を表明していれば書籍のダウンロードも違法になっていたであろう、と個人的に考えていて、悪質であるのに合法なので行為するというのは倫理的に問題のある行為だ、という論理の帰着による。所詮倫理観の問題なので、個人個人の倫理観次第だと思うから他人を批判するつもりはないが、自分では使わない、というだけの話だ。ただ、もしこの論理において別の解釈があり、同じ前提に立った上で別の解釈によって倫理的に問題がない、という結論に帰着できる方がいれば、好奇心としてぜひ教えて欲しい。
なお、積極的に利用している人を非難する立場ではない、というのは書いた通りだが、出版業界の業界団体については積極的に非難したい。結果として出版業界にダメージを与えていて、著者を含む立場の弱い人達を苦しめているのは、出版業界の業界団体の怠慢に帰する可能性が高いと考えている。自分が著者ならば裁判したいくらいだ。