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はてなキーワード: 閾値とは

2012-01-04

http://anond.hatelabo.jp/20120103211405

いちおう、一つだけ確認。

世の中、何事にも例外はある。

事実意見を分けて書くトレーニングはそれなりにやってきたつもりで、これまで書いた文章で全称記号をつけてまで断定した記述はしてないはず。

日本最大最強企業であるトヨタなんかは、組織の大きさにも関わらずイノベーション継続する能力を維持できているように見える(内情は知らないけどね)。

これは同意見でトヨタは凄いと思うよ。ただ、(内情は知らないけどね。)も同立場で、トヨタ人材画一的トヨタ人材なんじゃないか邪推している。

まり認識の歪みは承知だが、「QC活動万歳!」「下請け明日からコスト50%減で作ってね」といったイメージ

大野耐一生産性向上運動サプライヤー企業との共同開発研究も大きく、そこらへんのホワイトカラーの貢献度で言えば小さいものだと思うけれども。

最近イノベーションは「イノベーションプロセスから生まれる、という話がある

紹介された「art of innovation」であるが、どうもIDEOというシリコンバレー企業の話らしい。

創発型のプロセスであれば、ワールドカフェ手法であるとか色々知ってはいるが、それが凡人からイノベーションを起こせるというプロセスならば大歓迎。

個人的には凡人からイノベーションは生まれ得ない、むしろブレーキと思っているが。

東大の」「優秀で」「意識の高い」学生

内なる組織改革か、外なる自己追求か。その閾値はこのカギ括弧にあると思うのだが、「東大の」はまあ明確だ。

それでは、「優秀で」は?「意識の高い」は?

私自身について言えば、

優秀:「話してみると、優秀なのが伝わってくる」「天才型」「期待している」とかいう評判は聞く。平均から見たら優秀な思考能力だと思うよ。

   ところが、外に出るとなると、なにか武器が足りない気がする。

意識の高い:インサイドアウトな状態ということだろうか。これまたよくわからない。

ちなみに、採用担当が「こいつは優秀だ」と思うやつ、オレは優秀でないと思うことが多いんだけど、どうなのかなあ。

強いて、絶対的な優秀という意味では、トラックレコードというのだろうか、

テニサー副部長といった肩書き、全国大会という実績、会計士という説明可能な資格こういったわかりやすい指標がホンモノの優秀なのかも。

2011-11-18

http://anond.hatelabo.jp/20111118163410

その、「妥協点」って考えが変なんだよ。

別に妻じゃなくても良いけど、Aさんにとっての事実が、「なんとか還元水を飲まなきゃガンになる」であった場合、「飲むな」と言うのは「ガンになれ」と同義だからね。

ここで「還元水を飲まない」地点に「合意」を求めると、「還元水とガンには何ら関連性は無い」と認識してもらわないといけない。

今は判りやすく「なんとか還元水」をもってきてるけど、これが福島産のお米だろうが一緒。

「食べろ」と言うのは、「折れろ」リスクを取れ、と相手に迫ることなんだよ。

から、相手の正義に干渉しない場合、こちらが折れるしかない。


・絶対に水道水は飲まない → OK/NG

福島産のお米を食べない → OK/NG

子供には弁当と水筒を持たせる → OK/NG

・外出時は肌を露出させず完全防備 → OK/NG

なんとか還元水を買う → OK/NG


相手の行動の是非に関わらず、相手の宗教を信じて付き合う事は、ある程度出来る。

自分デメリットは精々がお金時間、評判程度だ。

が、誰にだって閾値はある。

その閾値を超えたとき、相手に譲歩を求めると言うのは、相手にリスクを取れと突きつける事だ。

この時、「正しい事」を相手に納得させずに、「妥協」してもらう?

あり得ないだろ?

ガンになれって言われてるようなものからな。

http://anond.hatelabo.jp/20111118134436

いや、是非は別として思い違いは無いと思うよ。

閾値の問題でしょ。

怪しい還元水とか買ってこないのであれば無問題と言う人も居るし、

産地を選んだ高額の野菜とか無駄遣いだって人も居るし、

そもそも低線量の放射線を怖がることを馬鹿だと断じる人も居るだろう。

んで、それぞれについて、対象の人は「正しい」と思って行動しているわけで、

合意」のためには、相手の正義を折る(「何とか還元水」の無意味さを説く)必要がある。

2011-10-27

http://anond.hatelabo.jp/20111027105958

作者の名前が「正美」だから女性作家と思ってる

そういう勘違い居たなぁ、小学生の頃。

名前だけじゃ判別の難しい人多いからね。

作家名を作品に合わせて(少女向けか、少年向けかとかで)複数持つ人も居ると言うのにね。


腐向け臭いがあっても、バトルしてればおk

基準がよく判んないよね。

個人的にはサンデーの「アラタカンガタリ」が、段々と作家個性が出てきてしまって、少女マンガになってきてる実例だと思うんだ。

漫画家は「ふしぎ遊戯」の人って言えば通じるだろうか。

散々と変な路線で引っ張った「犬夜叉」は、それでも少年漫画だなって思えるんだから、なんか閾値はありそう。

2011-10-01

sp モードメールスパム

スマートフォンに変えてからキャリアメールアドレス宛にスパムが大量に来るようになった。

原因がわからないのでかなり気持ちが悪いのだけどどうしようもない。

ところで sp モードメールtwitter でいうところの report for spam機能をつけるわけにはいかないのだろうか?

ワンタッチ匿名でのスパム報告と削除ができて、docomo がその情報を元にフィルターを作ってくれればかなりよい精度でスパムがはじけると思う。各キャリアメール以外をすべてフィルターするみたいなほとんどばかげた設定よりもかなりましになると思う。例えば、いわゆるスパムではないのにわざとスパム報告をするといった嫌がらせが起きたとしても、報告数の閾値を1000くらいにしておけば十分だと思う。

現在ではスパムメールトラフィックうちわずかな部分しか占めていないと予想されるので、docomo がそういうシステムを作るメリットがないのだろうと思うけど何とかならないかなと思う。

2011-09-06

http://anond.hatelabo.jp/20110906192716

非処女の方がセックスする閾値が下がってるからヤりやすい。

からセックス至上主義の男にとっては非処女の方が好ましい。

2011-08-14

http://anond.hatelabo.jp/20110814020913

>一番の疑問が、美味しんぼコラはネット上で絶賛された、ということですゼロどころかプラスとして認知された。

 

しかしたらはてブしか見てないかもしれませんが、アルファルファの下のコメントには

 

ふたばのコラ勝手に使うな

 

というようなコメントも少なからずあったりします。

 

>というカオスラウンジを叩く上で用いられる個々の批判は適用されるはずなのに、なぜこの差が生まれたのか。

 

自分が考えるのは個別の罪に対してはネットユーザ大分、寛容というかルーズなのではないかと思っています

それらが合わさって閾値を超えたりすると許容範囲を超えるのでは?という感じです

 

例えばニコニコゲームの実況動画は法的にグレーですが、基本的にそれだけで叩かれまくるということはありません。

しかし、プレイヤー動画から自分ブログに誘導し、アフィを貼ったりすると炎上する場合があります

 

またアフィブログ自体も叩かれますが、いちいち個別の記事でアフィ云々という批判はされないかと。

 

あと前のエントリに書くべきでしたが、水濡れアートや踏み付けアート自体はコラではないので

「金稼ぎに使われた悪意のコラージュ」としてくくるのはちょっと厳しいかなと思います

2011-08-13

なぜ現代アートには糾弾が相次ぎ、美味しんぼコラは受け入れられるのか

何これクソワロタwwwwwwwwwwwww

これね。

現代アートはあれだけぶったたかれて、原作改変パロ系コラージュ作品が受け入れられる理屈全然からいから誰か教えて。

原作へのリスペクトはなく、アフィブログ転載された時点で両者は「金稼ぎに使われた悪意のコラージュ」という点で極めて同一の存在になっているはず。

 *

http://anond.hatelabo.jp/20110813025538は要するに「現代アート美術作品として格式ある評価を得ることが気に食わない」ということか。

クラス女子ジャンクな曲が「国民アイドルソングと呼ばれることが許せない」っていうアンチAKBに近い考え方で合ってるだろうか。

「俺が評価したくないものが、他人に美術作品として(あるいは国民アイドルソングとして)評価されてるのが許せない」っていうのは浅ましくて穢れた考え方だなーとしか思わないなぁ。

 *

http://anond.hatelabo.jp/20110813025958の考え方だと明らかにミクやこなたが素材になっていると、パロディ元が分かる現代アートならば許せるってこと?

多分君は許す気ないと思うからそんな理由で怒ってるんじゃないと思うよ。

 *

id:qadapの考え方だと現代アート美味しんぼコラの改変の手法それ自体は問題なくて、芸術家露出に対する嫌悪感がある、ということなのか。

手法自体を叩いている人が多いか的外れだと思うし、なぜ芸術家が嫌われるのかまでの説明がないと理解できないな。

 *

id:tyokorata理屈というのは例えば社会的に見ればいじめ行為も、コントであればお笑いとして許容される、というような理屈か。

現代アート美味しんぼコラは共に社会的には犯罪であるけれど、元ネタが誰もが理解できるもので、笑いが取れているから許されていると。

許すかどうかを決めるのは「大衆」かな。もし大衆マンガ同人誌踏み付けで笑えるなら、踏みつけアートも許していいということ?仮定の話をしてもしょうがいか

*

id:temtexアート権威なの?やるべきこともやらないなら叩く、ってのは既にそれなりの実績を持った人間がいうならかっこいいけど素人が言ってもなぁ。

ただオリジナリティへの回帰の流れは来ると思うけど、もはやアナログ絵画CGには勝てず、CG芸術らしさを宿すことができるかどうかが課題だろうね。

*

http://anond.hatelabo.jp/20110813100051は大して叩かれてないからそう思うわけで。みんなアフィブログ見て、おかげで彼らは推定月収100万近く稼いでるわけで。

*

http://anond.hatelabo.jp/20110813110155が今のところ一番納得できた意見

美味しんぼはそこまで好きじゃないけどああいうコラはまず嫌悪感がくる。でもそういう人間が少数なら絶賛され、多数なら糾弾されると。

とするとそれは物の価値論理倫理ではなく、声の大きさが評価を決める、衆愚社会そのものだとも思うんだけどね。

*

http://anond.hatelabo.jp/20110813141721、おぉこわいこわい。ミスってたよ。

本当に多数から叩かれたものは誰も見なくなって廃れる。アフィブログはうるさい少数派が叩いている一方で、物言わない多数派がアクセス源になっているから成立していると思うけど。

「多数派もきっと叩きながらアフィブログを見ているんだ」と考えているならそれは見解の相違だね。ゲハブログの一部を除けば現代アートほどアフィブログ嫌悪されている印象はないんだよ。

*

id:leveleid:ululunの考え方は「ふたば(や2chアフィブログ)はオレ達」で、アート界隈の人間は「オレ達じゃない」という文化の壁から、利用されたという敵意が生まれたという考え方で納得できる。

「オレ達」という曖昧ながら強固な連帯意識文化意識がどこから生まれて何を拠り所にしているんだろう。そしてなにのためにあるんだろう。

*

現代アートに「オレ達」がブチぎれたように、美味しんぼ原作者は一連のコラ群にブチ切れてるかもしれない。(あまりネットが好きな作者じゃなかったから快く思っていないだろう)

またアフィブログは金稼ぎのために話題のネタを集めているだけかもしれないし、「オレ達」という保証はどこにもないわけで。

から現代アートは「オレ達じゃない」から怒るが、美味しんぼコラをアフィブログに載せるのは「オレ達」だから許せるってのは、何を根拠にそう考えているのか理解できなくて、すごく違和感がある。

*

http://anond.hatelabo.jp/20110813145112。しっかりしたレスポンスを頂いてしまうと申し訳なく思えてくる。ありがとうございます

財産」に対する所有意識の根拠、が一番謎なのかもしれない。上手く説明する方法はないのかもしれない。

*

id:vidの、現代アートは「オレのもの」が可視化されているために敵意が生まれ、コラは「誰のものでもない」ように見えるために受け入れられるというのは一理ある。

でもそれは傍観者主観しかなくて、製作者にしてみれば匿名人間に弄り回されていたら、「オレのもの」が勝手に「誰かのもの」にされたと考えて敵意が生まれるんじゃないかな?

コピーライトの有無は「オレのもの」にされたという事実自体は変えないと思う。

けれど一定ネット不文律を守れば、「誰のものでもない」と錯覚されて、大多数の空気に許容される、ということか。

*

「オレのものだと主張する」「金稼ぎに利用する」を両方満たすとネットの多数派の怒りが爆発する、というのは現象から逆算するとかなり正解に近いようで、決定的な何かが欠けているという感じ。

*

いくつかまとめて。

id:himajin774 心理的に直接金銭のやり取りがあるか、というのが重要なのはわかる。

ではアフィブログが金稼ぎの為に無断転載を繰り返して運営している、と踏まえた上でコラを見たら評価が変わるか?というと恐らく変わらないと思うので、そこは本質ではないと思う。

他のポイント総合して、怒りを感じる閾値を超えた、ということは考えられるけど。

id:md2tak も同様で作成者と販売者が別だったら、水濡れアートや踏み付けアートを許せたか?というとそんなことはないと思うので、そこは本質ではないと思う。

金稼ぎまでしていなければ、水濡れアートや踏み付けアートを展示するだけだったら、怒りは爆発しなかったのかもしれない、という可能性はあるかも。

id:lefu はあえて書いていないけど、コラ画像作成の場となっているふたば広告収入を得ているという視点が抜けている。「アフィブログ」の方が設定としてわかりやすいから省いただけで、最初から金稼ぎの道具になっていると思う。

広告収入」が金稼ぎの手段として認知されているのは、アフィブログに対してよい感情が抱かれていないことから自明だと思うけど、もちろん「直接商品を販売していないからOK」という人も一定数いるんだろう。

id:guldeen のような指摘のために、両者の労力がほぼ変わらないコラージュで、また原作へのリスペクトが感じられない題材を選んでみたんだけど、それでも両者に違いを感じる、ということだろうか。

*

本題と関係ない部分。

id:nagaichiカオスラウンジカオスラと呼ぶやつは擁護か身内、カスラジ、カスウジと呼ばないやつは敵だ」みたいな面倒臭い考え方の人がいるから敢えてボカしたけど、結局認定ラッシュ食らったか意味がなかった。

カオスラウンジネットの総意として敵であり、叩かない人間は擁護工作だから黙らせろ」と考えてしまう人は、いちいち突っかかってこなくていいからお互いに不干渉でいましょう。

2011-08-11

http://anond.hatelabo.jp/20110811163121

「成人」で線引きすることに合理的な根拠

何をもって成人とするかという極めて政治的なやり取りで20歳って決まってんだから数字に大した意味はないよ。



「成人」で線引きすることの実際的な利益

一応、何か問題起こしても本人の問題であって親の問題ではないという事になっとる。

自分責任とれるから、酒やタバコを飲喫して良い。性的コンテンツに振れてよい(まぁ、これは18歳か)という事。



18歳解禁にしたとして、不利益受ける人っているんだろうか

アホな飲みかたして、周りに迷惑かける奴が増える。

20年もありゃ、大体の社会倫理は覚えるだろって事になっとるが、

仮に社会倫理学習線形で近似するとして、閾値下げて社会倫理の薄いやつを野に放っても仕方ないだろ。

学習効率を上げるか何かして、現在20歳と今後の18歳で社会倫理学習が同程度にできるなら、今後の18歳解禁は有り。

オランダとか、ものによっては閾値低いが、あれは社会倫理教育が十分行われているからこそ。



で、学内で酒飲むなってのは、実際は年齢の問題じゃなくてTPOの問題だな。

いくら成人だろうが、職務中に酒飲むなって事でしかないよ。

ゼミに酒あっても、夜中とかしか飲まんだろ。普通は。

ただ、それを昼間から飲む野郎が出てきたからの対処じゃないかね?

なんつーか、学生自治って概念はもう陳腐化したのかねぇ…。

というか、自治会が体制寄りになったというか。

そこは自治会が抗議するべきだろと思うがw

2011-07-29

http://anond.hatelabo.jp/20110729120007

「氏か育ちか」論争?

成熟優位説と学習優位説のなんと意味のない事か

せめて輻輳説とか環境閾値説で説明したまえよ

行動の傾向を述べるならパーソナリティで論ずればいいのに

厳密にやりたきゃ概念間の連合や、行動分析で説明すれば良い

知性なんて古びた仮説的構成概念なんかクソ食らえだな

もちろん、学習のみで形成されるなんてのも勘違い乙だ

2011-07-19

http://anond.hatelabo.jp/20110719001347

最近学生は引っ込み思案で質問をする閾値を教える側が下げてやらんといけないそうだと聞く.

2011-07-14

http://anond.hatelabo.jp/20110714025156

結局のところ「ちゃんとした格好」の閾値問題だろうけど、閾値が高いことによる弊害が目立つ昨今、閾値を高く保とうとするほうが空気読めてないのではないかなと思う

http://anond.hatelabo.jp/20110714005754

イケメンカワイイ彼女といちゃついてるのとか見ると、

腹ワタが煮えくり返るくらい不快なんだけど、そういうのも見ない権利があるんだろ?

イケメンは部屋から出ちゃいけない。少なくとも公衆の面前でいちゃついてはいけない。



まあ「見るのが嫌ならお前がどっか行け」って話だけど、

不快感を抱く方が排除されるのと、不快感を与える方が排除されるのは、

何が閾値になってるんだろうか。単にマジョリティマイノリティってだけか?

http://anond.hatelabo.jp/20110713192144

元増田です

第一に気付いた時には閾値超超えてるっていう恐怖があります

というか私みたいな情報弱者はたぶん閾値超超えるまで絶対気付かない。


第二については、長い時間残ることだけが怖い訳ではないです

それに第一にも関連しますが閾値超えなくてひっそりとロングテールの片隅に残っている方が怖いです

たとえ半年で消えたとして、その間にどれくらいの誤解を受けるのか考えただけでゾッとします。


第三についてはその発想はありませんでした。

そういうものなのですね。勉強になりました。

少し安心しました。


第四です自分名前検索する人はいると思います

そういう人が会って直接弁明できる人ならいいけれど、連絡の取れない相手だったり、ひっそり心の中に溜めておくようなタイプ人間なら気味が悪いです

連絡も取れないような遠い人間に何を思われてもいいではないか、とは頭ではわかっていますが気味が悪いのは事実です

それと、こういうことが学生とかの間でいじめのツールとかに利用されるようになったら嫌ですね。

2011-07-13

http://anond.hatelabo.jp/20110713184727

可能性はゼロではないが、ありえない。



第一に、情報の進行速度なんて閾値超えるまではゆっくりとしたものなので、

大概が閾値越える前に潰せる。



第二に、そういった情報は一生ネットに残る方がめずらしい。

情報としては存在するかもしれないが、やがてインデックスされなくなり、検索もされなくなる。



第三に、そういったトラブルがあった場合ウォッチャー犯人側に食いつく。

語られてた”キャラクター”に対して炎上しているのだから、無関係の本人に食いついたところで美味くもなんとも無い。

キャラクター”に最も近い、語っていた人間に興味がシフトするのは自然な事。



第四に、あんたの人脈はこんな事ぐらいで崩壊するほど脆いの?

2011-07-10

http://anond.hatelabo.jp/20110710041420

元増田です

100mSvが基準値なんだ。しか閾値あり派ですね。それならただちに逃げる必要はないですね。

閾値あり・なしにかかわらず「事実」として100mSv以下での健康影響は確認されてません。ということはつまり統計的に影響が検出限界以下ということです

閾値」仮説というのは「検出限界以下」であることを「なし」だと断言するという立場です。まあどちらにしても「気にするほどの影響はない」ことでは一致するのでそこの違いを重視しても意味はありません。

私自身は個人的には閾値はあると思ってます放射線が引き起こす「DNAの損傷」に対しては人体は修復能力を持っていて、それを超えたところで影響が増大するのは明らかだと思われるからです閾値以下では影響は「ないというわけではないが、皆無に等しい」というのが本当なのではないかと。まあ、とはいっても門外漢の憶測です

私なんかは、建前重視で、1mSvプラスでも気にしますがw

飛行機にも年に数回しか乗れなければCT検査も受けられない、外国にも移住できない(世界平均の自然放射線は2.4mSv/年。日本は1.0mSv/年)ような話ですが、まあそうなさりたいならお好きになさっては。

あの時の政府発表はとにかくウソくさかった。

真実というのは、真実味があるように伝えないとダメなんです

ウソでも真実味があるように伝えるのが文系のテクニックですよ。それを真実ウソくさく言ってどうするんですか。

私はあれは非常に「真実味」があるように感じられました。それをウソくさく感じる感性自体が理解できないとしか言いようがないです

私が危惧していたのはそんなことではなく、3号機・4号機の使用済み核燃料が本当に露出して全部溶融したら東京も壊滅じゃないかと思ったわけです

これも、政府が最悪の事態とその影響度をきちんと説明していたら、そうはならなかったわけでしょう。

はっきり言って、「政府には把握できていなかった」というのが本当のところだと思います東電現場内閣との間には、東電経営幹部・保安院・閣僚と何段階も「非専門家」を通した伝言ゲームが行われていたわけで、しか現場は大混乱だったし、かといって頼みの安全委員会もアレだった(これがまず問題なわけですが)し、事実の後追いをする程度の能力しか実際問題としてなかったと思います

といいますかね、「政府東電隠蔽している」という人たちって、どんだけ東電政府過大評価してるんだって思うんですよ。停電と爆発と放射能で計器が作動しない・狂った・なかなか見に行けない状況で、現場ですら正確な状況をろくに把握できなかったというのが正しいと思います。要するに隠蔽できるほど事実を把握できてなかったわけですよ。逆に言えば「隠蔽してる」という人は、「政府東電隠蔽できるほどの事実を知っている」というほどに、現実を楽観視してるんだろうな、と思ってました。

http://anond.hatelabo.jp/20110710024122

風向きなどの運が最悪でも、検出限界以上の健康被害が100mSv被曝する前に逃げる時間はいくらでもあったでしょう。

100mSvが基準値なんだ。しか閾値あり派ですね。それならただちに逃げる必要はないですね。

私なんかは、建前重視で、1mSvプラスでも気にしますがw

基本的に政府対応は「情報公開」という面では及第点

文系のオレからするとあれは、落第点ですね。あの時の政府発表はとにかくウソくさかった。

真実というのは、真実味があるように伝えないとダメなんです

ウソでも真実味があるように伝えるのが文系のテクニックですよ。それを真実ウソくさく言ってどうするんですか。

直ちに影響はない」という表現は、説明としての表現としては最悪ですよ。今でもそう思っています

受け手恣意解釈によるブレ幅が大きすぎて、言わない方がマシなレベルです

「最悪の事態が生じても東京に住んでいる人は逃げる必要は全くありません」とハッキリそう言いきるべきだった。

だって事実あなたが言うとおりそうなんだから。そうでしょ。なぜそう言わなかったのか。要するに説明下手です

見ていて、やたら数値を低く低くみせようと必死だった。普通逆でしょう。

数値は大目にとって、同時に、それでも大丈夫というところきちんとロジカルに説明しないと安心できません。

リンクした記事もそういう意味で「大本営発表」ということですウソとホントかは関係なく「ウソくさい」という意味で。

あの記事にもタイトルに「数値にウソはないかも」と書いたとおりです

(1)福島第一原発-日立間は、100Km離れていることを言えばよかった

(2)3/15に大量に放射性物質放出された影響で高い数値がでているが、他の日は全然なので、これは一時的なものだと言えばよかった

(3)全部の野菜が同等程度に汚染されていた場合、これこれの数値になるが、全く問題ないと言えばよかった

あと、最悪のケースについて語らなかったのがいけない。

いつまでたっても、最悪の座標が決まらいから、最良と最悪の間がとれなかった。

想定外」という言葉を使ったのもよくなかった。

いちど発表した内容も、コミットメントされないのではないかという印象がきわめて強くなった。

私が危惧していたのはそんなことではなく、3号機・4号機の使用済み核燃料が本当に露出して全部溶融したら東京も壊滅じゃないかと思ったわけです

これも、政府が最悪の事態とその影響度をきちんと説明していたら、そうはならなかったわけでしょう。

私が逃げたいと思った理由は、ひたすらウソくさい政府発表とメディア報道にこりゃだめだと思ったから。

渦中にいると判断にバイアスがかかるから、いちど「安全圏」に身をおいてからゆっくり状況を判断したいと思った。

理系あなたとはどうもツボが違うみたいw

2011-06-30

http://anond.hatelabo.jp/20110630191231

閾値の問題だよ。

チビとかハゲも嫌って人もいればOKって人もいる。

というかそもそも、チビハゲってのは今となっては好みの問題みたいなもんでしょ。

2011-06-28

http://www.nurs.or.jp/~ogochan/essay/archives/3259

(コメ欄に書いてみたのだが、承認制なのか出てこないのでこちらにも ← 他のコメは載ってるようなので、意図的に無視された模様)

(さらにブコメでもっと適切な資料が出てきた http://www.escj.or.jp/news/2006/061020_gijyutsu.pdf via comma3 http://b.hatena.ne.jp/comma3/20110629#bookmark-48771386)

こんにちは

結論(熱中症になったら全く意味がない)には全く異論はないのですが、交流系統場合、専門外のひとが想像しないいろいろとややこしいことがあるようで、「90%超えたら不安定になる」は必ずしも嘘とも言い切れないようです(個人的には95%ぐらいまでは平気なんじゃないかと思ってますが)。

ちょっとわかりやすい資料がないのですが、例えば古い論文で恐縮ですが、以下の文献をご参照ください。

http://ir.lib.u-ryukyu.ac.jp/bitstream/123456789/5588/1/No26p75.pdf

これは沖縄電力の例なので、東京電力とはまた事情が異なりますが、ポイントとしては「安定状態と過渡状態がある」ということと「過渡状態に陥いった時に、回復できるかどうかは系統の余裕(追記: 及びバランス)に依存する」という内容についてのシミュレーションである、ということです。想定されているのは「事故」で、例えば漏電や地絡などといった事故が発生した場合発電機系統から離脱します(過渡状態)。そこから安定状態に持ち込むための制御ができるかどうか、という問題だと思います

図8(←誤り: 図6)以降が事故からの復旧のシミュレーションで、横軸が時間、縦軸が周波数ずれになります。で、並列同期運転している交流発電機ですが、周波数ずれが一定を超えるとどんどん系統から外れていってしまうことがわかります。もちろん、総供給量もその分減ってしまますので、需給が逼迫していると、ほっとくとどんどん発電機が離脱してしまい、最終的には全域停電につながる、というストーリーもありえます。(追記: もちろん、そうならないように安全回路が施してあります想定内事故であればその回路で切り替えるので、一般の利用者が気がつかない間に過渡状態から回復するはずです。)

と、いうわけで、一般論として間違いであると断ずることは難しいと思います。もちろん、過渡安定度がどの程度あるのか、という点については東京電力に聞かないとわかりませんが、閾値があるわけではなく、100%に近づくにつれリスクが徐々に高くなる、ということだと理解しています。あとはリスク(どの種類の事故がどの程度の確率で起きるか)の見積りになりますので、そこをどう見積って最大供給量を出しているか、というところがわからないと、何とも。

まぁ、自分素人に毛が生えた程度の非専門家なので、間違ってるかもしれませんが、ご参考までに。

# ああ、専門外ゆえに全く間違ってるような気もしてきた‥‥‥

# 専門家に突っ込んでもらえるだろうか(増田にはそういう人少なそうだけど‥‥‥)

2011-06-19

http://anond.hatelabo.jp/20110619013427

だいたい同意するけど、東京電力ダメ東北電力が問題なかった理由はこれでは説明できないよね。

まあそりゃ全部を説明しようとはしてないからね。ただまあ理由は非常に単純で

これに尽きるんじゃないかな。

あともしかすると元々、東北電力社長の多くが東北大出身であるように地元出身の社員が多いだろうし、外からの批判を「ノイズ」として切り捨ててしま閾値は少し高めだったかもしれない。

まあでも、東北電力がよかったというより東電がアホすぎたという方が正しいんじゃないかな。俺の知る限り東電(や関電)は本当に最低な社風みたいで、一緒に仕事したことがある人でよく言う人っていないよ。基本的に社員は机の上の書類書きしかできなくて、現場のことはメーカー手取り足取りしてやらないとわからんくせに偉そうに言いまくってる、技術系でもそれなのに事務系はそれに輪を掛けてひどい、とね。今回の事故の経緯を見てればまんざら嘘でもないことがわかるよね。早い話、福島第一の所長はまともだと評価されてるけどそもそも事前の対応を怠ってたり作業員労働環境を悪いままにしてたり、悪い面も目立つわけで、逆に言えば優秀な人でさえその辺に目がいかなくなるような土壌だってことでしょ。安全文化根本的になってないんじゃないかな。

2011-06-14

最近、周りの人がずいぶんと「考えている」ような気がしてびっくりする。彼ら彼女らはすごい。

追い込まれているからなのかどうかは知らないけど、とても能動的で意欲的にさえ映る。

それに比べて自分はかなり「考える」ことが苦手だ。ちょっと失望してしまうくらいに。残念な閾値しか「考える」ことを使いこなせていない気がする。

機械的に処理することならそれなりの力はあると思う。言われたことなら、まあできる。当たり前のことだけども。

考えることと処理することの違いって、結局は自己表現をするか否かに寄るんじゃないだろうかなんて思い至った。

責任がどうこうということもあるけれど、同じくらいに人からの評価や、もっと単純なもので目が怖かったりするんじゃないかな。

個性は平坦で刺激に乏しいけれど、代わりに平穏を享受してくれる。すごく安全で退屈な場を用意してくれる。

有難いことじゃないか。それがいいかいかはさて置いて。

なんか書きたいと思ったことが横にずれていったけど、まあいいや。おわり。

2011-05-27

[]http://anond.hatelabo.jp/20110527105528

あなたが感じている熱量の低さは多分その通りだと思う。



フラクタル」は閾値を超えられなかった。それは売上にも表れている...これも確かに事実かもしれない


からこそ、閾値を超えられる作品を次回作で出してくれるのではないかと期待しているのです


そして熱量が一定を超えた瞬間の作品を見たいと私は思うのです

2011-05-21

http://anond.hatelabo.jp/20110520213547

一番安全側はECRRの2相モデルで、閾値なしが社会的にも合意された現在の国際標準、

閾値ありは原発推進に都合が良いように振った危険側の見積もりなのでは?

2011-05-20

http://anond.hatelabo.jp/20110520205747

えっと閾値の数値はこれでいいかな。

http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_Key=09-04-01-08

福島市のガン死人数がこの事故でどのくらい増えるか、ということなら、算定は俺にはできない。少なくとも、区域ごとの年齢分布と蓄積放射線量のデータが必要じゃない?

多分再来年あたりに予測値の論文が出るかもしれないけど、今予測するのは意味がない、というか予測しても桁数レベルの精度も期待できないと思う。

ところで、閾値仮説が異端であるというソースはあるの?閾値仮説がおかしい、という意見は当然あるだろうけど、異端とまで言っている人がいる?「○○でない」と証明するのは難しいけど「○○である」と証明するのは簡単なのはわかるよね?

…と思って検索したら「閾値仮説は異端である」という主張のサイトを見つけた(http://d.hatena.ne.jp/gyou/20110513)。いや、人間どんな思想信条を持とうと、また発表しようと、それはその人の自由だよねw

いずれにしても、

閾値ありか閾値しか、という議論が起こるということ自体が低線量被曝の危険性がはっきりしていない(=明確にわかるほどの危険性がない)ということを表していると思うが。

という俺の主張は閾値仮説が異端であろうとなかろうと変わらない。なぜ異端でないという証拠や福島市のガン死人数の予測が要求されるのか理解できない。

あなたは、言いたいことだけ言って面倒な作業は他人にやらせるタイプですね。そんな印象を俺は持ちました

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