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はてなキーワード: 火山とは

2012-02-08

http://anond.hatelabo.jp/20120207083427

安全地域なんかどこにもないから~」という言葉で誤魔化すのは、ただの現実逃避じゃないのか?

うん。現実逃避っていうか、思考停止だと思うけど、個人的に地震に関しては北海道関西九州安全圏じゃないと思うし、

同じ考えの人が結構いるという実感もあって「移動先を考えるのが面倒だからじゃない?」と書いた。

実際に震災直後から広範囲で地震火山変調があったしさ。

自分だけは安全と思ってる人もいるだろうけど、国ごと見切りをつけるかどうかで悩んで思考停止してる人も多いだろうってことです。

どっちにしろ正気ではないかもね。

2011-12-09

まあしかしアレですよね、早川センセが火山噴火については「逃げるかどうかの判断は個人に委ねられるべき」的な事を言ってて、

じゃあ逃げなかった人には何らかの支援がなされるべきだと考えているのかどうか分からなかったのですが、

ふくいちがぽぽぽぽーんした後の言動を見るに、逃げない人に対しては切断処理ぶちかまして呪詛を投げかけてOKてことですよねアレ。

もしくは、言い訳会見をみるに、逃げさせる為にはオウム呼ばわりしようとドンだけ脅そうとOKてことですよね。

水伝を信じるなと指図するな、というた口で自分はそれですか、どのみち全く個人の意思を尊重するだの何だのといった発想ゼロですねあのひと。

なんかもう国語社会科の成績が悪い僕ちんは「パネェっス」としか言えません

2011-11-21

http://anond.hatelabo.jp/20111121105409

むしろ「放射線被害なんかない」と信じている人よりも、「放射線被害はあるんじゃないかと思うけど、経済リスク等を考慮して、放射線被害リスクを受け入れる」という人のほうが多いんじゃね?

そりゃ、そういう人は「多い」だろうが、それは「飛行機に乗る」のと一緒で、実態としての被害は無いと判断したんだろ。

今程度の線量なら、タバコの方がよっぽど危険だよ。

火山地帯に住んでる人の方が、全然放射線浴びてる。

2011-11-18

http://anond.hatelabo.jp/20111118113610

ちなみになんだけど、そういう人にとっては、放射能なんかよりもストレスの方が絶対体に悪いので、海外移住ジオススメ。

ラドン温泉とか危険(笑)から火山地帯とかの自然放射線量が高い地域は避けるべきだよね。

中国核実験の現状がよく判らないから、あっちの方に移住したくないし、スリマイルやらチェルノブイリの影響範囲も不可。

大分、限られるんじゃないかな?

2011-11-10

プリンこと早川先生って

そもそもどういう評価の人だったんだろう。

火山が専門らしいけど、どんな評価されてたんだろう。

で、いま、ネット上であんな感じになっているのを周囲の人はどんな風にみてるんだろう。

2011-09-21

恐竜家族という番組最終回覚えている?

10年以上前NHK教育でやっていたアメリカ産の恐竜が主人公のドラマ

脚本皮肉たっぷりなのによくできていて、胸にぐさっと刺さるようなエピソードが多かった。

恐竜にも思春期があって、リストラがあって、バカの壁があって、妙に人間くさい。

最終回は、滅亡のお話科学の力を過信した恐竜政府だったか、その黒幕大企業が、火山の大噴火の引き金を引いてしまい、火山から噴出した噴煙で太陽の光がさえぎられてしまう。もちろん、大幅な気温の低下がおこり、氷河期が到来。氷河期は、恐竜文明破壊し、恐竜は滅亡していった。

もう日本では、再放送できないよね。多分。

2011-09-08

猫の感じ

http://anond.hatelabo.jp/20110908093243を可能な限り段落を再現してエキサイト先生翻訳して頂きました!



長い間、私は暗箱にいます

私が箱の外部で聞いた誰かのコメントによれば、劇薬を含んでいる小さなボトルは、この箱に位置します。ボトルは完全に密閉されますが、ハンマーボトルの近くに配置します。また、彼らは、ハンマーがある時に倒れるだろうと言いました。

いつになるかは「ある時間です?私は知りません。このまさに瞬間に?あるいは遠い将来?恐らく、それは既に来ました(私はそれに関して考えたくありません)。誰もハンマーに影響することができません。独立事象として、それは、見込みで50%倒れるでしょう。見込みはちょうど50%です。ひょっとしたら、ボトルは壊されるかもしれないしあるいはだろう。自分に関して、死者、あるいは、生きている。

私は言わなければなりません、状況はどれくらい恐ろしいですか。

私は、猛烈な憤慨を持たないようにはすることができません。私の人生(私のための最も重要な問題)は、私から完全に離れており、単純な図、FIFTY PERCENTに単独で依存します!あまりに恐ろしい。

さらに、私は、それは完全に不合理であると思います(そして)。私は、ちょうど50%で見込みを維持する多くの方法で束縛されます

視覚。箱は、任意の光から完全に保護されます。それは、ボトル装置を見つけるおよび破壊することから私を回避するためにあります。完全な暗さ。私は完全な暗さにいます。したがって、今、私は、自分アウトラインさえ見ることができません。恐らく、それは奇妙に思えます。暗さは私に私の体自体の存在について疑問を抱かせます

聴覚の知覚。恐らく、私が上に言及した理由から、完全な遮音は使用されます。私は、私自身の音声さえ聞くことができません。私はメカニズムを知りません。まず第1に、私は、何も見ることができないとともに、どのようにそれを調査することができますか。したがって、これは恐らく推測だけです、私の鼓膜はこの箱の中の包囲の前に破損されました、あるいは、ある特別の資料は箱の壁に使用されます

とにかく、光と音の保護であまりによい暗箱では、ちょうど用語が示すように、私の視覚的・聴覚の知覚は死んでいます

たかも一層の確認が必要かのように、私を極度に圧迫する巨大な疲労は私のための別の拘束物です。それらは努力から私を回避するために私にある種類の筋弛緩剤を与えたように見えます。私が同じ姿勢から変わることができないとともに、私の触覚はほとんど麻痺しています

光はありません。音はありません。匂いと味は信頼性が低い。触覚は不調にあります。私は操り人形に似ています。すべての五感は私のコントロールが不足しています。あまり残酷です。完全な拘束物。それらが睡眠薬を与えていた場合、私は望みます。私は、外傷のない苦悩にいると思います。私の生活(私の存在(自体))は完全に無視されます。そのような屈辱は私の正気を維持します。そのような屈辱けができます

自分の生および死をコントロールする権利は完全に奪われます。私はそのような状況を嫌います。私の生活の連続性の中核決定要素は完全に依存します、で、単独で、で、純粋な見込み。誰からでも完全に遠方に、意志があります。私は再びそれを嫌います。私はそれを嫌います!

なぜ私は、そのような箱で囲まれなければなりませんか。そのような途方もない箱では、なぜ私は、そのような完全な拘束物を備えた、生命不安および死にいなければなりませんか。

不合理です残酷です

私は孤独です。私は、中身がなく、水平に感じていますか。すすり泣かないようにすることが困難です?番号私の孤独はるかに深い。私は空間の海でいます。私は一人です。完全に孤独です。孤児として、私はこの無限の暗さに向けられました。私は絶対零度の中で震動しています

この箱に展望はありません。暗さだけがここにあります。私はボトルハンマーを感じることができません。私は壁、底および天井をまた感じることができません。それらはそこにあるに違いありません。しかし、私の五感がすべて奪われます。何もないように、私は感じます。それらのものがいくつかの意味を持っている一方。

正直に話して、私は、箱にいるかどうかそれほど分かりません。私は、私の姿が存在すると確信します。私は考えています。私は空想しています。それは証拠である、私の独自性を示すこと、呼ばれる、自我あるいは意識、あるいは心、固体ですしかし、独自性はありますか、本当に箱で囲まれる?それが別のスペースで浮かんでいることはありえますか。私はそのような疑問を除去することができません。

恐らく、私がここでであるものは、宇宙に結局浮かんでいるか、あるいはマリアナ海溝の底に横になっています。あるいは恐らくキラウエア火山の穴から下降して行くこと。

私には、箱(私を囲んで)がどのようにか知る方法がありません。私の感覚はすべて死んでいます。私は、ここに、箱の内部があるかどうか判断することができません。

私は、本当に生きているように、それに加えて、確かではありません。私には、そんな単純なものを確認する方法がありません。恐らく、50%の見込みは私を越えて既に通過しました。恐らく、私は既に死んでいます。私はまだ、恐らく生きています。浅くて、筋弛緩剤を注入された、呼吸する、弱い心臓の鼓動。あるいはそれらのすべての停止(単に去る肉大型丸薬)。

私は私自身の身体をコントロールする任意の能力を奪われます。誰が私の心が重大な活動を継続する身体に存在すると言うことができますか。五感は完全な暗さで毒されました。それらは感覚器として機能することができません。私は、真実を知る見込みがありません。恐らく、どんな推測も一人で作り上げられます。私を包む状況および自分独自性は恐らくプログラムされた回転プレーのコンポーネントです

私の存在に関して、私は振る舞いを決定することができません。私は、それを認めることを嫌いますしかし、私は変動の最中です

私は、誰かが私を見つけることができたらと思います。私は、誰かが箱を開くことができ私がいかがか言うことができた、らと思い、私がどういう人か決めることができました。私の内側にそうするのに十分な力はありません。私ができるのは孤独の中で震動し続けることです

もし神ならば、私は言うことができるでしょう「そこにさせる、軽い。」私は、それが不可能なことを知っていますしかし、私は、私がそのように言うことができたならばどれくらい素晴らしいだろうか思わざるをえません。

私自身の自由意志!それは、自分を取り巻くすべての変動を固定することができました!

同時に、切望は影を生産します。箱が開かれるなら、私は見つかり観察されましょう。その結果、私の姿は決定されるでしょう。実を言えば、私は決定を心配しているという事実から視線をそらすことができません。

一人で生きているか死んでいるかどうか判断することができませんが、私は死を恐れています。残念ながら、私は死者として決定します。私は受理することができません。まだ、私は感じることができません。私は特定の現象として死を想像することができません。恐らく、そのため、私は死を恐れています

いいえ、それは私に制限されるべきではありません。高潔なキング。致命的な殺害者。規則的な人々。すべての同じ。恐らく、悪い疾病の年上の人々あるいは患者は、十分に真実の死に近いある想像を持つことができました。しかし、それでも、死の特定の経験を知ることができません。

結局、死は圧倒する重要性を備えた最終仕向地です時間意識は絶対的な不可逆性を持っています。死にはさらに変更することができない完全無欠さがあります。それが儀式の通過点あるいは顕著な印象的な出来事でも。

私自身、ここの私の心はそうです、そのときは消えられるだろう、どれ、私がいかがかが決定されます。それらが生ぬるい水(私はその中で温度を感じることができない)から奪う場合、私は、大気に身をさらさないようにはすることができません。

私はそのような不可逆変化を恐れています。それは死の決定に制限されていません。さらに、非常に心配しているので、私は生きていて決定されます

自分現在存在は、無限ポイント上に立っている小さく小さな幻覚に似ています。それほど大きくない。それほど小さくない。それほど長くない。それほど短くない。拡張はありません。収縮はありません。ユニークな単一のポイントで立っていること。それは数学上正確です。私は、自分同一性に関する混乱があるそのようなポイントでとどまるゴーストのようなものです

ポイントは同時(ある位置で既存でない)に座標の飛行機ですべての位置で存在します。ある出来事が生じれば、その瞬間においては、それは、すべての地空(あたかも私の招待がバスから降りるかのように、出来事がその中で生じた)中の単一のポイントに私を集中させるでしょう。関係なしで。ポイントと私がものだったとしても。

幻覚(それはそのようなポイントでとどまった)は、等しい程度に対して、実際で霧のように消されているの可能性を持っています

さて、私はすべての配当通過時間の中で既存です。そして、私はすべての自然を持っています。同時に、私は孤独からそれを受けています、私はすべての自然から離れています。私は、誰かが私を見つけることができることを望みます。同時に、私は非常に心配しています、私はどこにいてそれ、私はその瞬間にいかがでしょうか。

私は原因と結果の法則から解放されました。私は常に永久に決定しません。

2011-09-07

ねこきもち

箱の中がすっかり暗くなってしまってから、もう随分と時間が経ちました。

入れられる以前に小耳に挟んだことなのですが、どうやらこの箱の中には猛毒の入った小瓶が置かれているそうです。小瓶は口を溶接されて密閉状態にあるものの、すぐ側には振り上げられたまま固定された金槌が設置されていて、その金槌とある時間がきた途端に振り下ろされるのだそうです

そのとある時間なる時がいつを指すのか、私には全くわかりません。いまこの瞬間にもその時が来ているのかもしれないし、あるいはもっと先のことだったり、考えたくないことではありますが、もう過ぎてしまったことだったりするのかもしれません。金槌は誰の影響を受けるでもなく、独立した一つの事象として、完全な確率五十パーセントで振り下ろされることになっているのです。小瓶は割れてしまうのかもしれないし、割れないままかもしれない。私は死んでしまうかもしれないし、生きたままいられるのかもしれない。

まったく、とんだ状況の中に押し込めてくれたものです

激しい憤りを覚えずにはいられません。私の生死という何よりもの大事項が、私はもとより誰からの手も離れて、唯一、五十パーセントなどという無機質極まりない確率だけに委ねられているなんて。ほとほと酷いにも程があるのではないのでしょうか。

加えて理不尽まりないことに、この五十パーセントという確率をより厳密なものにするために、箱に入れられた私には様々な枷が与えられたのです

例えば視覚について。小瓶と装置が見つかっては壊されかねないとのことから、箱には完璧な遮光が施されることになりました。完璧な暗闇。暗黒と呼んでも差し支えのない暗さが用意されたのです。よって私には、少し先の様子はもちろんのこと、私自身の輪郭さえ視認することができません。そこに本当に私の身体があるのかどうか、馬鹿げた話ではありますが、疑いすら持ち得てしまえる暗さなのです

また聴覚についても、同様の理由からか、自ら発した声さえ聞きとれない程に徹底した遮断が施されています。どのような原理が働いているのかは不明です。そもそもなにも見えないのですから、確認のしようがありません。ですから以下は推測になりますが、もしかしたらここに入れられる前に鼓膜を破られたのかもしれないし、あるいは箱を形成する外壁に特殊な吸音板が使用されているのかもしれません。

兎にも角にも、防音吸音共に優れすぎた暗い箱の中で、私の視覚聴覚は文字通り死んでしまっているのです

極めつけとばかりに、全身を支配する身じろぎひとつ取れない虚脱感もまた、私に与えられた枷のひとつでした。暴れないようにとの理由から、箱に入れられる際に何かしらの弛緩剤を投薬されたのでしょう。半ば強制的に同じ姿勢のまま横たわらねばならなくなったので、次第に皮膚感覚麻痺していきました。

何も見えないし聞こえない。嗅覚も味覚もあてにならない上に、触覚までも機能不全に陥った。つまるところ私は五感を全て支配されてしまった木偶のような有様を晒しているのです非情まりない状況です。これほどまでに不自由を徹底するくらいなら睡眠薬を投与してくれたらよかったのにと思わずはいられません。一つも外傷を与えられないまま生殺しにされている気分なのです。私という生命存在について、これ以上ないほどに蔑ろにされているという屈辱感が、辛うじて私の精神を狂わせず律してくれているのです

私は、私の生命を、その生き死にを決定する何よりも重大な決定権があからさまに奪われてしまっていることが憎い。生命の存続を決定づける要素というものが、たった一つ、誰から意図から独立した、純粋まりない確率にだけ寄っているという事実が、憎くて憎くて堪らないのです

どうして私はこんな箱の中に入れられなければならなかったのでしょう。こんな馬鹿げた箱の中で、徹底して自由を奪われたまま生死の恐怖に怯えなければならないのでしょう。

こんなに理不尽なことがあっていいのでしょうか。こんなに残酷なことがあっていいのでしょうか。

はいま、とても孤独です。胸にぽっかり穴が開いたとか、むせび泣いてしまうとか、そんな孤独よりももっと深淵にある、一面の虚空とでも言うべき孤独感にやられてしまっているのです。すごくすごく、ものすごくさびしいのです。独りぼっちのまま、永劫の暗黒に投げ出されてしまったものですから絶対零度にも等しい肌寒さに打ち震えることしかできないのです

箱の中からは一切の遠近感が失われています。暗黒だけが広がっていて、どこかにあるはずの小瓶と金槌は当然のごとく、箱の壁も底も天井も全て消えさってしまたかのようです。無論、実際にはそこにあるのでしょう。けれども、ありとあらゆる感覚器が閉ざされ麻痺してしまった私には、当然のようにそこにあるはずの物ども(実際にはそれ自体に何かしらの存在意義が与えられているはずなのに)が、ないも同然になってしまっているのです

正直に告白しましょう。私にはもう、箱の中に私がいるという前提にさえ自信が持てなくなってきています。確かに私というもの存在している。こうして取り留めもないことを考え、あるいは空想している私の自我ないし意識とか精神などと呼ばれている唯一性は確保されている。けれども、その唯一性が本当に箱の中に閉じ込められているのかどうか。本当はもっと違う、どこか異質な空間を漂っているのではないか。疑念を払拭し切ることができないのです

しかしたら、いまこうしてここにある私は、どこか遠く宇宙の果てを漂っているのかもしれませんし、マリアナ海溝の水底に横たわっているのかもしれない。あるいはキラウェア火山の火口からマントルの方向に向かって沈下しているのかもしれません。

私には私自身を覆う箱がどうなっているのか知る術がないし、五感が死んだままではここが箱の中なのかどうか判別がつかないのです

加えて、いまここにある私が本当に生きているのかどうか。そんなことさえも私には確認する方法が与えられていません。ともすれば私は、二分の一の確率をすでに通り過ぎてしまっているのかもしれないのですから。私はもう死んでしまっているのかもしれませんし、運良く生き残っているかもしれません。弛緩剤を打たれた身体で浅い呼吸と僅かな拍動を続けているのかもしれないし、その全てが停止したままだらんと横たわった肉塊になっているのかもしれません。

私は私自身の肉体を自由にできるだけの力を奪われてしまっているのです。私という思考が生命活動を続ける健全な肉体に宿っているなどと、一体誰が認めてくれるのでしょう。完璧な暗闇に毒された五感は、すでに感覚器としての意義を失くしています。私にはもう本当を確かめるだけの機会さえ与えられていないのです。ありとあらゆる想定は、もしかしたら私自身が作り出した捏造なのかもしれない。私を巡る様々な状況や、そもそもの私という唯一性についても、プログラムされたロールプレイにすぎないのかもしれない。

私という存在について、口惜しいことに、ゆらぎの只中にある私には振る舞い方を決めることができないのです

叶うことなら、誰かに私を見つけ出してほしいくらいです。私を閉じ込めた狭い箱をこじ開けて、私がどうなっているのかを観測して、私の有り様を決定して欲しい。私にはもうそれだけの力が残されていませんから。身動きも取れないまま、孤独に身を震わせ続けることしかできないのですから

全能の神であれば、光あれと呟くこともできることでしょう。無茶な願いだと承知のうえですが、そう告げることができたのならどんなによかっただろうと感じずにはいられません。

自身を巡るありとあらゆる不確定なゆらぎを自らの意思で確定できるなんて!

あこがれは、しかし一方で臆病な陰影を生み出すものです。箱が開かれ、私が見つけられて観測され、結果的に私の有り様が決まることについて、嘘偽りなく告白すると、確定されるいまに不安を感じていることから目を逸らすことができなくなるのです

生きているのか死んでいるのかさえも自分自身では確かめようのない私ではありますが、それでもやっぱり死ぬことは怖いのです。死んでいると決定してしまうことが生理的に恐ろしいのです。どうしても受け付けられない。きっとそれは私がまだ具体的な死という現象を体感することも想像することもできていないからなのでしょう。

いいえ、なにも私に限った話ではないのでしょう。人徳有望な仁君名君であっても、極悪非道殺戮者であっても、遍く存在する人畜無害一般人であっても、誰だってそうだろうと思うのです。年老いた人や、病床に伏せる難病患者であるのならば、もしかしたら限りなく近しい想像を働かせることが可能かもしれません。が、それでもやはり具体的な体験については一生不明なままだと思うのです

結局、死とはゆるがせにできない圧倒的な意味を持つ終着点だと思うのです時間というもの、あるいは意識というものが絶対的な不可逆性を有しているように、たとえそれが儀礼的な通過点や他に類を見ない印象深いイベントであったとしても、決して覆すことのできない絶対的な事柄に違いないのです

私は、いまここにある私という思考は、私を巡る様々な有り様が決まった瞬間にここから存在しなくなります。頭までどっぷりと浸かった、熱くも冷たくもない、温度を感じることのできない完璧ぬるま湯を抜かれてしまって、否応なしに外気に触れざるを得なくなってしまからです

そんな取り返しの付かない変化が恐ろしい。死んでいると決定づけられるだけに限らないのです。私にはもう、生きていると決まってしまうことさえ不安不安でたまらないことなのです

きっといまここにある私は、永遠とも感ぜられる点に留まった小さな小さな幻想のようなものなのでしょう。それ以上広がることもなければ縮まることもない、伸びることもなければ短くなることもない。拡散することも閉塞することもない、数学的に正しい唯一一点に留まったまま自己同一性勘違いしてしまった幽霊のような存在なのでしょう。

その点は、座標平面上の至る所に存在し、同時にとある一箇所には存在していないのです一心同体も同然となった私のことなんて気にも留めないで、ある特定の事象が起こった瞬間に、その事象が起こったありとあらゆる時空間の中のたった一つに、まるでバスから降ろすかのようにして私を収束させるのでしょう。

またそんな点に留まってしまった幻は、実物になる可能性も、霞となって消え去る可能性も平等に有している。

はいま、どんな時空間にも存在し、ありとあらゆる性質を有していながら、同時にどんな性質からも見放された孤独に苛まされています。誰かに見つけて欲しいと願う一方で、その時一体私がどこにいるのか、どのような姿になっているのかが不安でならないのです

因果の理から放たれてしまった私は、何時迄経っても不確定なままなのです

2011-08-08

闘争だ。いまは闘争の時代なんだ。学生運動とか、安保闘争とか、運動母体が負け続けてきた闘争がまた激しく再燃しかけているんだ。

人々はインターネットを介して集う。演説は、なにも集会で行う必要がなくなり、どこであってもいつからでも、聴衆になることができて発言者になれる。

不鮮明な熱量は確かに大きくなり続けて、いつの日にか火山みたいに噴火するのかもしれない。大きな大きなうねりになれば、何かが変わって勝つこともできるのかもしれない。

運動母体が得る始めての勝利。仮にそれが実現したらどういう状態になるのだろう。勝者は敗者を虐げ、新たな秩序を打ち出すことができる。権力者になることができる。

もし運動母体が大勢に打ち勝つことができて、その後権力を握り得たとして、その権力を行使する主体は誰になるのだろう。

広がりに広がったネットワーク媒体だろうか。それとも旧来どおり中枢をなす人物たちによる統制なのだろうか。

侃々諤々としたネットワーク上の民意による体制が築かれたとしたら、なんだかSFっぽいなあって思う。

もちろん、個々人の判断を礎に据えているとは言え、その総意としてまとめ上げられた一個の意見が――とかなんとか考えたけど、法律も似たようなものじゃないねえ。

神様が生まれるかと思ったけど、そんなことなかった。いや、それとももうすでにたくさんの神様がいると考えてもいいのかもしれない。

違うか。ファジーなプログラムがあるだけか。超高性能なコンピュータマシンが、無数のプログラムを起動させているだけなんだろうな。

仮想現実マトリックス世界観。少し違うのは、コンピュータを形成しているのがその中で蠢いている無数の意思であることか。

私たちの総意で汲み上げられた倫理なり良識なりに、私達自身が縁どられて生きている。個体を律して、安定を育む。度を越すと、それらに縛られてしまう。

不思議な感じだ。同調圧力とか、空気を読むといったこと。あるいは偏見とか、典型的ものの捉え方というもの想像すると、無機質な無生物によって個人が支配されてるような気がしてくる。

法則と呼ばれるようなものって、だからやっぱり神様に近いなあって思う。神様の残り香見たな。そういうものによって私たちは支配されているし、自然だって規制されてる。

すごいなあ。でも、いつか根本的に常識を覆してしまうような、例えば星を継ぐものにあった大々的な発見があれば面白いなあって思う。そういうことがあってほしい。

ところで、星を継ぐものに書かれてた、新たな化合物発見って、どこで回収される伏線なんだろう。あれだけ気になる。どういうことだったんだろう。

2011-07-27

http://anond.hatelabo.jp/20110727164957

ダムだって環境破壊するし、生態系をごっそり変える可能性があるし、決壊の恐怖がある。

火力発電だって化石燃料の採掘や消費が世界に及ぼす影響について、いまだ完全な調査がなされていないし、事故による周囲を巻き込んだ爆散も予想できる。

風力に至っては、風に干渉することにより、世界気象に影響を与える可能性だって捨てきれない。

(雨を降らす技術そのものはあるが、積極的にそれが使用されないのは、気象への影響が懸念されるから

どんなのもにもリスクはあるが、それでも放射性物質を巻き散らかすよりはマシって議論でしょ。

安全無害な完全無欠のエネルギー、なんて誰も喧伝してないでしょ。


そういう事を言い出せば、温泉の利用だって「正しい」かどうかはわからんし。(地震火山活動に影響を与える可能性とかさ)

2011-04-09

日本復興への課題(2/3)

http://anond.hatelabo.jp/20110409164209からの続き)

捏造される隠蔽

気象学会気象庁

今回の未曾有の原子力災害に関しては、政府災害対策本部の指揮・命令のもと、国を挙げてその対策に当たっているところであり、当学会の気象学・大気科学関係者が不確実性を伴う情報提供、あるいは不用意に一般に伝わりかねない手段で交換することは、徒に国の防災対策に関する情報等を混乱させることになりかねません。放射線の影響予測については、国の原子力防災対策の中で、文部科学省等が信頼できる予測システムを整備しており、その予測に基づいて適切な防災情報提供されることになっています。防災対策の基本は、信頼できる単一の情報提供し、その情報に基づいて行動することです。会員の皆様はこの点を念頭において適切に対応されるようにお願いしたいと思います。

不確実な情報で混乱させないように注意されたし、という日本気象学会から会員への呼び掛け。自粛要請はない。

火山防災に携わってきた小山真人静岡大教授は、かつて雲仙岳の噴火で火砕流危険を伝えることに失敗した経験をふまえ、「通知は『パニック神話』に侵されている。住民は複数の情報を得て、初めて安心したり、避難行動をしたりする。トップが情報統制を命じるのは、学会自殺宣言に等しい」と話している。

マスメディアや一部の研究者ネットユーザーはこれに猛反発した

また、気象学会の方針とは関係ないのだが、時を同じくして別の事実が発覚したIAEA要請により気象庁放射性物質拡散を連日予測していたが、国内には公表していなかったというもの。マスメディアなどはやはりこれを徹底非難した

日本政府が公開しないことについて内外の専門家からは批判が上がっており、政府原発事故に関する情報開示の在り方が改めて問われている。

被ばく医療に詳しい長崎大学の長瀧重信名誉教授は「国は、どれぐらいの被ばくが予想され、どれぐらいの危険があるかをもっと公表し、住民と共に避難などの対策を決めるべきだ」と話すなど、今回のような予測データの公表の在り方を巡ってはさまざまな意見があり、今後検討の対象になりそうです

本当にめちゃくちゃな話です。これは国民に対する裏切りであり、情報隠蔽と言われても仕方ないと思います。気象庁によれば「要望があれば公表したい」とのことなので、はやく公開して欲しいと思います。ていうか要望するに決まってますやん。

では、何故政府はこれを公表しなかったのか。

つまり、この予測は極めて精度の低く、しかも観測によって裏付けられていない机上の予測原発から数千kmとか数万km離れた外国では参考になるかも知れないが、原発から1000km圏内の国内ではあまり参考にならないので公表しなかった、という。これは納得できる説明だと思われる。

例えば、東大教授早野龍五はその1週間以上も前からprediction(予報)よりもpostdiction(検証)すべきだと主張している。

どこの誰だか分からないが、高エネルギー加速器物理が専門というbunogetoも同意見

東工大助教の辰己創一は気象学会気象庁を擁護している。

偏向報道

では、この政府による説明が如何に報道されたか

枝野官房長官は4日午後の記者会見で、「少なくとも隠す必要のない情報。誤解を生まない説明を付けて、公表すべきだった」と述べた。

政府は公表しなかったことを反省した、というだけ。枝野の説明とか、予測はあくまで予測なのだからあまり信用すべきでないという研究者の声も全然紹介されていない。

つまり、本来はさほど重要でない、というよりも誤解を招き易い情報を公表しなかっただけなのに「隠蔽」と批判され、何故公表しなかったのかをちゃんと説明し、それを支持する研究者もいるのに報道されない。こんなバカな話があるか。

阪大教授菊池誠読売の記事を批判している。

というわけで、読売新聞の説明は不十分、というよりもミスリーディングで、これのために誤解が広まったようです。さて、読売新聞記者はこれをどういうつもりで書いたのか。本当に意味を知らなかったのか、あるいはわざとやったのか。単に説明不足では済まないように思いますが、どうでしょうか。

日本研究機関シミュレーションがなかなか発表されないのは問題なのですが、だからといって外国シミュレーションを見て「なんの目的で、どのように行なったか」を調べもせずに「大変だ大変だ」と大騒ぎするのも、まずいでしょう。それは結局「デマ」以外のなにものでもありません。これをなんの注釈もなく紹介したマスコミや「大変だ」と大騒ぎしたジャーナリストなどは、情報を読む能力がないだけでなく、「デマの発生源」にもなっているわけですから反省してもらいたいものです。訂正なり反省なりがない限り、僕ならその人たちの言うことを今後信じませんね。

次の産経の記事も大同小異。

ドイツ英国フランスオーストリアなどの気象当局や原子力当局が、福島第1原発から放出された放射性物質拡散状況を独自に予測ホームページ上で公開し、注目を集めている。こうした背景には、1986年に起きた旧ソ連チェルノブイリ原発事故放射性物質欧州に飛来し、飲料水野菜などが汚染されたことがある。国際原子力機関IAEAから要請を受け、日本気象庁放射性物質拡散予測を行っているが「仮定の数値のため、予測精度が低い」として5日まで非公表にしてきたのとは対照的。インターネット上では「日本政府は頼りにできない。貴重な情報源だ」などと評価する声が多い。

読売と異なり、産経では日本政府気象庁予測を公開しなかった理由も紹介している。ただし、専門家意見は紹介せず、「日本政府は頼りにできない」というネットユーザーの声を紹介。ド素人ネットユーザーからの評価なんてどうでもいいだろ、バカ。

安全と危険

切り捨てるべき可能

政府東電がより多くの情報を公表提供するだけならば、さほど問題はない。しかし、それを国民に周知させるマスメディアは、周知させるべき情報を精選しなければならない。

一例として、中部大教授武田邦彦提言を見よう。

このようなときに、「学問」の本質が判っている学者はどういうふうに発言するでしょうか。「学問的に、わたくしの研究では100ミリシーベルトぐらいまでは大丈夫だと思います。しかし一部に、100ミリシーベルトを浴びると1000人の内に5人から10人の人がガン(過剰発がん)になるという結果もあります。もともと学問は、真実が判っているわけではないので、皆さんはできるだけ放射線に被曝しないように気をつけてください。学者は新しい知見があれば論文を出すことができますが、皆さんの健康は損なわれると元に戻ることはできません。従って、国際放射線防護委員会で決められたように安全という意味では、「1年間に1ミリシーベルト」を目安に生活設計をされた方がよいと思います。お役所も市民を守るのが役目ですから法律に基づいた値で市民健康を守ってください。」今、福島市で行われていること、学問的に言えば「人体実験」ということができます。つまり学問は「100ミリシーベルトから大丈夫だ」ということを断定的にいう事ができないのですから学者自分の判断で勝手に被曝量を決めるということは、学問本質に反することなです

通説では人体に危険がないとされている100ミリシーベルとの被曝でも、人体に有害だとする研究が一部にあるという。しかしだからと言って、

従って、国際放射線防護委員会で決められたように安全という意味では、「1年間に1ミリシーベルト」を目安に生活設計をされた方がよいと思います。

などと忠告することは完全に間違っている。100ミリシーベルとの被曝ならば人体に危険がないと証明することは、悪魔の証明に近い。考慮する必要のない可能性まで考慮していたら、人は何も出来なくなってしまう。

例えば、被災地で「外国人窃盗団」「雨当たれば被曝」などのデマが広がっているという。

では、これがデマだと証明することが出来るだろうか。「外国人窃盗団が横行しているが、警察が把握できていないだけかも知れない」「雨に当たれば被曝するが、現在科学が観測できていないだけかも知れない」という可能性は決して皆無でない。しかしだからと言って、そのような皆無に近い可能性を警察や現代科学よりも信用するのは完全に間違っている。

これは原発事故についても同様だ。福島原発暴走して日本ブラジルを一つの穴で繋いでしま可能性も、月が明日地球に落下する可能性と同じく決して皆無でない。しかしそのような考慮すべきでない可能性を、たとえ「可能性」としてでも発信したならば、異常な状況にあって判断力の低下している人たちは少なからず混乱するだろう。

いや、彼らが言っているのは可能性の話なので。原発事故に関しては、必ず最悪の事態を想定して書いて、その上で現状はこうですよ、というのは正しい報道の仕方だと思います。日本のように「安心です、安全です。逃げなくていいです」って新聞テレビが言っちゃ駄目ですよね。海外メディアの取り上げ方は、全然問題ないと思います。不安を煽るのではなくて「ここまでになる可能性はあります。ただし、現状はこういう状態なので、今は安心してください」とやればいいわけですから

これも大いなる幻想によるものだ。毎日様々な事象について「これこれこういう可能性もあるが、しかしこれこれこういう理由により現在は安全だ」と報道しても、人々が正しく理解できるとは考え難い。

強調すべきは何か

プレゼン用語に「take home message」というものがある。「これだけは覚えて帰って欲しい要点」の意味だ。そして結局のところ、国民が覚えて帰りたがっているのは、現在自分は安全かどうかということでしかない。その要点のみを強調し、必要でない情報を強調しないことは決して間違いでない。

ベルリン弓削雅人】国連放射線影響科学委員会(事務局・ウィーン)のワイス委員長は6日、福島第1原発事故について「チェルノブイリ原発事故(1986年)と、米スリーマイル島原発事故(79年)の中間」との見解を示した事故の国際評価では「レベル6(大事故)」に当たる。AP通信が伝えた。

ワイス委員長は「(第1原発事故は)チェルノブイリほど大規模ではないが、スリマイルより深刻であることは確かだ」と述べた。チェルノブイリは「レベル7(深刻な事故)」と最悪の評価を受けている。

一方、第1原発太平洋に面しているため、「放射性物質の大部分希釈され、人体への影響は少ないだろう」と説明。事故の初期対応については「チェルノブイリの時とは大きく異なる」と指摘し、「妥当」と判断した

こういった報道を、ある福島県民は次のように批判する。

マスコミは「福島危険」「放射線は身体に悪影響」しか報道されていない節があります

後付で「このレベルでは身体に害はありません」と言うだけ。パニックを抑えるなら言う順序が逆では?「放射線の数値が通常より若干高い値を示していますが、体に影響のある数値ではありません。各地の数値は~」と言うのが報道仕事はないのでしょうか?

「ただちに健康に影響を与えるものではない」-。野菜飲料水などから基準(規制)値を超える放射性物質放射能)が検出されたとき枝野幸男官房長官が繰り返し使った言葉だ。この言葉に「ただちに影響がなくても、何年か後に影響が出るんだろう」と思った人も多いのではないか。実際は現在までに検出された値では将来的にも健康への影響はなく、「ただちに」という言葉を使ったことに疑問を投げかける専門家も少なくない。

政府は「ただちに影響ない」でなく「影響ない」と断言すべきだ、という他に類を見ない批判だ。しかし、もし「影響ない」と断言すれば、政府は将来における危険可能性を隠蔽し偽りの安全を演出している、と批判されることになるだろう。問題は政府が「ただちに」を使うかどうかでなく、マスメディアがそれを「安全だ」と報道するかどうかでしかない。

http://anond.hatelabo.jp/20110409165941へ続く)

2011-04-08

http://anond.hatelabo.jp/20110408094818

別に地震けが怖いわけじゃねーじゃねーかw

ほらよ勝手に調べやがれ!

地震

地震調査研究推進本部 地震予測地図ウェブサイト全国版

http://www.jishin.go.jp/main/yosokuchizu/index.html

津波

海に面していない都道府県

岐阜県群馬県埼玉県滋賀県栃木県長野県奈良県山梨県

原発

全国原発マップ

http://www.green-act-saitama.org/genpatsu/genpatsu-map.htm

降雪

今冬と近年5冬期の累加降雪深の比較全国マップ

http://www.yukicenter.or.jp/infosnow/japan.htm

今冬と近年5冬期の最大積雪深の比較全国マップ

http://www.yukicenter.or.jp/infosnow/japan1.htm

火山

活火山のない都道府県

http://kazan-net.jp/kazandata/kazandatanovolcanopref.html

犯罪

都道府県人口規模別による犯罪分布表(平成22年11月)

http://www.pref.shiga.jp/c/anzen/data/files/22_11zenkoku.pdf

Amazon

代金引換の配達が可能離島一覧表

http://www.amazon.co.jp/gp/help/customer/display.html?ie=UTF8&nodeId=747424

お急ぎ便(全国版)配達不可地域

http://www.amazon.co.jp/gp/help/customer/display.html?nodeId=200138030

ハザードマップ

国土交通省 ハザードマップポータルサイト

http://disapotal.gsi.go.jp/index.html

おまけ

最も安全な都道府県ってどこなんだよ

http://www.news30over.com/archives/2647032.html

地震こわい

1.そんなに大きな地震が起こらない

2.津波にやられない

3.近くに原発がない

4.台風で大きな被害を出さない

5.雪がたくさん降らない

6.火山の被害もない

7.犯罪が少ない

8.アマゾンが届く

こんな理想郷国内にあれば教えてくれ

2011-03-29

http://anond.hatelabo.jp/20110329173527

発電量100倍くらいにしないと役に立たないっぽいけど、仮に火山帯に作りまくったとしてそれだけの発電量を賄えるもんなんだろうか。

2011-03-23

これから起こりそうなこと

地震発生から12日、これから起こりそうなことと対策のメモ湘南

2011-03-22

東日本沖で起きた巨大地震について」について

この日記で論じているのは、下記のページの文章についてです

東日本沖で起きた巨大地震について http://sk01.ed.shizuoka.ac.jp/koyama/public_html/etc/EastJM9.html

地震学者の性質

地震が発生したとき地震学者は《大変なことが起きてしまいました。》と勿論思うけど、その一方で「地震キター!これで論文5〜6本書けるから、私の学会での地位も安泰だ」とも思ってしまう者です


東日本沖で起きた巨大地震について」書かれた小山先生も《大変なことが起きてしまいました。》と思う一方で、「チキショー!これが富士山大爆発だったら俺のテリトリーだったのにい」とほんの少し、本当にほんの少しだけど、思ってしまったでしょう。


小山先生の著作

Amazonで「小山真人」と入力して検索すると解りますが、小山先生は以下の本を書いたり監修されたりしてます

先生の次の本は「《東日本全体の地殻歪が再配列不安定化》している。それに伴って富士山の活動も活発化してるため、いつ噴火してもおかしくないのだ」という内容になります


その本の狙いの一つは「富士山噴火が近いので、観測・研究のために予算を投じるべきだ。ついては私、小山真人研究予算をつけなさい」というものです予算の確保も研究者重要仕事の一つであり、また、自己主張が強くなくては学者としてやっていけないので、このことは恥じることでも何でもありません。


火山」と「地震」の違い

さて今度は Google で「小山真人」を検索して、

を見てみましょう。


画面を下の方にスクロールしていって論文タイトルを眺めると、小山先生の専門は「火山であることが解ります先生の専門である火山」と、先生が「東日本沖で起きた巨大地震について」で論じられた「地震」の間には以下の大きな違いがあります

科学的な観測が可能になってからは噴火の記録がない富士山は「いくつかの火山」には含まれません。2000年に噴火した際に素早い避難で被害を抑えた有珠山などが噴火予知しやすい火山になります


地震予知が不可能なのは地震学者が怠慢なためではありません。日本全国をカバーする満足な観測網がなく、地震発生時のデータが取れないためです。それでも「ある地域での大地震は周期的に発生する」という仮説のもとに粗い精度で「200年〜300年周期で大地震が発生する」と言っているのです


このロングスパンの周期を突き止めるために、小山先生のもう一つの専門である歴史地震」が用いられています。古文書に記された地震に関する文書を調べ「吉原では灯籠が倒れたという記述があるから震度は6ぐらいだな」と見当をつける研究です。ひたすら古文書にあたり、いつの地震のものかはっきりしない記述年代の見当をつけ、震度の見当をつけ、震源地を探っていくという考古学に近いものが「歴史地震です


小山先生の予知で解らない点

地震予知現在レベルは「地震は、いつか、どこかで、必ず起こる」というものです。にもかかわらず《歪の再配列にともなう地震火山噴火が、今後数年かけて東日本全体で起きていくことになるでしょう。》と断言できる理由が解りません。


今回うごいた太平洋プレートに沿った部分に歪みが生じているというのなら解ります。《実際にインドネシアでは》と小山先生が挙げている事例は、同じプレート境界で地震が続くことを示しています。なのでこの文章の主旨が「太平洋プレートの境界で、今回うごいていない、十勝沖・根室沖、伊豆諸島沖で大規模地震が続く可能性がある」なら理解できます


もし歪みが異なるプレートもしくは内陸の活断層に生じると言いたいのであれば、同じプレート境界での地震を挙げるのではなく、内陸部で大地震が発生している事実、もしくは隣接する異なるプレートの境界で大地震が発生している事実を挙げなくてはなりません。


それでも地震火山噴火が東日本全体で起きるという理由は何なのでしょう。現在地震学で、そのような知見が得られるのでしょうか。


もし《歪みの再配列のために地震火山活動が起こる》と言いきれるだけの知見があるなら、どこに歪みが生じていて、それがいつ頃解放されるのか言えるのではないでしょうか。「どこで解消されるか解らないけど、とにかく東日本のどこか」というのは、一体なんの根拠があって断定できるのでしょう。


から安心して良いという話ではありません

小山先生が挙げられたプレート図を見れば解りますが、日本はいくつかのプレートがぶつかる地点に位置しており、大地震が起こりやすい国です


しかしこれは、昨日今日そうなった訳ではなく、ましてや東北地方太平洋沖地震が発生してそうなった訳ではなく、日本列島が形成された頃からずっとそうなのです東海大地震については、何十年も前から「いつ起きてもおかしくない」と言われ、東南海南海地震についても警戒が続いています。


なので東北地方太平洋沖地震によって《地学的に平和で安定した時代は終わりを告げた》わけではなく、日本に住む以上は「地震は、いつか、どこかで、必ず起こる」状態にあります


地震に対して備えるのであれば、地震のない日が何年も続いても、日々備えを怠らないことが重要となるでしょう。大地震が起きたからと言って慌ててパン・カップラーメントイレットペーパーを買い占めるのとは、異なる態度が重要です


小山先生テーマに「防災」もあります事実淡々と述べて行く中で防災意識が高まらず、歯がゆい思いをされたこともあるのではないでしょうか。そうした思いが、今回のようなある種「煽っている」文章を書かせているのではといます。


結論

要するに何が言いたかたかと言うと

ということです

2011-03-21

最悪のシナリオかいうけどさ

炉心融解とか全然最悪じゃないよね?

ロシアが支援だいって北陸をそのまま占拠して、関東米軍どんぱち初めて、そこに国内不穏分子とかが発電所破壊テロとかしたりしてさ、そんな事をしていたら東海地震とかがきたり、富士山が噴火して東京に降灰60センチかになって、火山活動が活発になってる南九州あたりで喜界島カルデラあたりからも吹き出して、活発な噴火をしているキラウエアがさらに吹きあがって北太平洋プレートやべぇ!とかいってたら過去最大の隆起とかしているイエローストーンが60万年周期の大爆発をおこして、成層圏まで上がった灰のせいで5年ぐらい太陽光が地表に降り注がなくて、平均気温が-70度平均とかになって地球上の生物の97%が死滅してしまうより、全然最悪じゃないよね。だから全然復興できるよ。明日太陽でんじゃん。余裕だろ!

2011-03-17

http://anond.hatelabo.jp/20110317131622

なるほど。

ジェット気流だとすると火山シミュレーションの流用とかかもね。

素人考え的には、チェルノブイリデータから見ても、ちょっと違うよなあ。

地表近くの風って天気図で表されるものより頻繁に方向変わってそうだし、低層重要っぽいですね。

2011-03-13

はっきり言えば、地球温暖化の議論が活発な頃から分かっていた地球地殻活動の活発化による地温や海温の上昇と言うことからマントル以下の熱膨張や地殻の変動が大きいと言うことはある程度確定的状況だったわけだ。

近年海外の大型地震の頻発や火山活動の活発化は、偶然ではな地球活動の周期的な活発化による物で、偶発的な物ではなく連動はしてないが関連して大きな活動現象の一側面であると考えた方が良い。

断層地域では、これで終わりと言うよりも、1,2年内に数回の地震を覚悟した方が正しそうだ。

2010-11-02

http://anond.hatelabo.jp/20101102011806

人間の集合体としての「国」に対して「好悪」を前面に出すというのはどうなのか。

どうもリアリティがないんだ。

感情としてはわかるんだが、そういった感情が適切であるとも思えない。

アホに対して怒ってもしょうがないというか。

風邪をひいたらウイルスとか病原体に対して怒るか?

火山が噴火したら山に向かって怒る、みたいだ。

2010-09-01

http://anond.hatelabo.jp/20100901162527

それを言ったら関東自体、火山灰が多くて人には住みづらい土地だった。

京都だって地相がいいってだけで、実際には熱気はこもるし海は遠いしで住みやすい土地ではない。

日本全体が、水と緑は豊富だけど平地がすくなく、ほぼ山岳地帯で農業には向かない、住みやすいとは言えない土地

2010-08-01

http://anond.hatelabo.jp/20100801001323

wikipediaによると

山火事の原因は主に2つに分かれる。1つが自然発火で、雷や火山の噴火などが原因となり発生する。

まれにだが、枯れ葉同士が風でこすれあい、その摩擦で発生する火災もある。

もう1つは人間によるもので、たき火やタバコの不始末、放火焼畑農業などが主因。

猛暑だから山火事になることはない。

むしろ、乾燥のため、自然発火しやすいのが理由じゃないかな。

2010-07-21

おぱんちゅを下ろし可愛いつの丸みをおびたおしりを露にし、ぼくのお口に腰掛けるあずにゃん

なんて綺麗なんだろう…

小振りだが弛みのないあずにゃんの魅力的なおしりに見とれていると

「ふぅ…」という小さいため息の後に

あずにゃんのもはや「すじ」といっても遜一のない無毛のおまんまんから噴水があがって

ぼくの口の奥に叩き付けられてじょろじょろという音がたつのにゃん

次第にあずにゃんのため息が何かを我慢しているような声になって

その瞬間あずにゃんおまんまんとは違うもう一つのきゅっと佇む肛門から「プスーッ!」という

にわかには信じがたい音が個室の中に響くのにゃん

ああ、あずにゃんみたいな可愛いおにゃのこでもウンチはするんだな

という興奮のなかとうとうお待ちかねだったあずにゃんの排便タイムリアルタイム観察するのにゃん!

あずにゃんの喘ぎ声が次第に大きなものになり、双丘の中に息づくすぼまりがゆっくり広がっていくのと同時に

肛門周辺の筋肉が段々と盛り上がっていき、あずにゃんのお父さんやお母さんのものには及ばないけど

火山の噴火口をちょうど逆さまにしたような形にぷっくりと膨らむのにゃん

そしてあずにゃんのおしりの穴が伸びきるとミチミチ肛門と摩擦を起こすような音と同時にあずにゃん

プリチーで健康的なバナナ型のうんうんがおしりの谷間からコンニチワするのにゃん

ぼくのお口にうんうんを産み落としたあとは、急速にすぼまっていくあずにゃんのおしりの穴

産み落とされた未だに熱を持ってホカホカと湯気をあげるあずにゃんのうんうん

その瞬間だけあずにゃんおしっことうんうんはぼくだけのもの!

排便を終えてお腹すっきりしたあずにゃんはそのまま学校

一部始終を見終わった一人きりになったぼくは感極まってあずにゃんのおうちの便器に生まれてきてよかった

自分の便器としての人生乾杯するのにゃん!


あずにゃんにゃん!あずにゃんにゃん!



あずにゃん

できればぼくにあずにゃんアワビと菊のお世話もさせてほしいのにゃん…

特に菊のほうは丹念にお世話してあげるのにゃん

トイレットペーパーの代わりにあずにゃんの菊のお世話を買って出た以上は手抜きはできないのにゃん!

あずにゃんウンチする度、ぼくのベロであずにゃんの菊を清めるのにゃん

あずにゃんの中心の穴付近から皺にそって念入りにウンチをなめ取ってあげるのにゃん

口の中に広がるあずにゃんの酸っぱいような、苦いような排泄されたばかりのあずにゃんウンチを楽しみながら作業するのにゃん

次第にあずにゃんの菊は見た目上は綺麗になるけどこれじゃまだまだなのにゃん

今度はあずにゃんの直腸にまでベロをねじ込んで、未排泄のウンチをかき出してあげるのにゃん

排泄の後の直腸内には排泄されなかったウンチが貯まっている事があるのにゃん

あずにゃんに排泄のスッキリ感を味わってもらうためにも、

そしてあずにゃんウンチをぼくが味わうためにもこれは見過ごせないのにゃん

あらかたあずにゃんの腸内に塊が無くなったら、あずにゃんの腸壁までぼくのベロで綺麗にするのにゃん

アナルも異物があると膣と同じように濡れてくるというのはどうやら本当みたいで

まるで砂漠を何時間も歩き回った旅人がわき出てくる泉にむさぼり付くように

しつこくあずにゃんの次々としみ出てくる腸液を喉に流し込むのにゃん

そこであずにゃんに「あの…そろそろ…」ってまさかのストップがかかっちゃうのにゃん

にゃんにゃん…、あずにゃんの菊に一分でも、一秒でも長くぼくのベロで味わってたかったのを見抜かれたのにゃん…

でもこれで終わりじゃないのにゃん

あずにゃんの菊を清めてあげる仕事に終わりはないのにゃん!

あずにゃんの菊は逃げないのにゃん!

また次あずにゃんウンチするときまでしばしのお別れなのがちょっと寂しかっただけなのにゃん


あずにゃんにゃん!あずにゃんにゃん!

2010-06-11

結局さ、人間が誰かに「生きろ!」とか「繁栄しろ!」って言われてないんだからさ、

全て人間勝手にやってることで、

 

そこら辺に落ちてるゴミを積極的に拾う ことも、

木を植えて緑化を進める ことも、

動物を殺して食べる ことも、

植物を採って食べる ことも、

  

森林を伐採して、賃金収入を得て食にありつく ことも、

人間の行いとしては同じって事でいいんだよね?

 

でも、木を切りすぎると いろんな影響で

人間にとって困る」環境なっちゃうかもしれないからやめろって言ってるんだよね?

人間の為に、自然を大切に!って言ってるんだよね?

 

でも、無駄に割り箸作って燃やしても、別に全くの「無」になるわけじゃないじゃない?

人の手で伐採できる量より、圧倒的に多くの植物が1日に、トータルで物凄い量 成長しそうじゃない?

竹なんて、そりゃあもうすごいらしいじゃない?

それにほら、エネルギーって保存するらしいじゃない?

 

古代には、雷とか火山とかで全く止まらないような大規模な山火事とかが いくらでもありそうじゃない?

人間がひーこら言って一生懸命刈った樹木より圧倒的に大量の植物が、一瞬で灰になったりしてそうじゃない?

でもその度に全ての動物死滅してたわけじゃないじゃない?

 

大規模な山火事に、消防士一生懸命 ホースでぴゅ~っと水をかけてるのに全く消えそうにないニュース映像なんかさ、

どうみたってキャンプファイヤーの火を水鉄砲で消そうとしてるような滑稽さがあるじゃない?

 

大量な核兵器を使えば地球を壊せそうだから、人間の方が強い っていう錯覚から「地球さんを僕らが守らなきゃ!」って、ずいぶんあなた上から目線だけど、

地球壊れたら人間おしまいなわけで、それはドロー 引き分けじゃない? 別に人間の方が強いわけじゃないじゃない?

 

結局、みんなが思ってる以上に 人間なんて ちっぽけなゴミクズな気がするじゃない?

そんな、45億年もくるくる回り続けてる地球先輩に 人間ごときが何かできると思うことすらおこがましい気がするじゃない?

青虫が葉っぱかじっちゃったーくらいのもんなんじゃないの?

 

森林が消滅!とか言ったって、本当に消滅したら E=mc² しちゃうでしょ? 

その分、何かになって、その分 どこかの森林が成長するためのCO2として、今まで自分が吸収した分 どこかで大放出してんじゃないの?

 

あとほら、人間ってわりと賢いじゃない?ハイテクとかしちゃうじゃない?

問題を解決する手段を、本気になればすぐ造り上げるじゃない? 地球の気候が変わったら、それに応じて対策練るでしょ?きっと。

海面が○○メートル上昇!つったって、ほらあんた、すみやかに引っ越そ。ね?いいから引っ越しましょうよ。

 

ようするにさ、そんな自意識過剰にならないで 適当にやりましょうよ、適当に。 ほっといたってなるようになるでしょ きっと。

  

っていう、何の根拠も無い、漠然とした感覚がずっとあるけど、 どれひとつとして実証できないし、どこかの数字もあてにならないし

なにより、

 

そんな事を言ってると、人間に怒られる。

 

  

だから僕は完全に無視することにしたんです。

2010-04-18

なぜ同じコンテンツを繰り返しているのだろう。

エヴァとかガンダムとか、映画ドラマバラエティー番組

何年も何年も同じ物をこねくり回して

新たな解釈が!とかスピンオフ!とか3Dでリメイク!とか

なんつうか、こう、お話そのものが広がるわけでもなく広げたいわけでもなく、

商業的にも内容的にも、こじんまりと当たり外れが小さい物が作られていく。


 偉大なるマンネリ

今、バカ売れしている小説だって良くも悪くも安心して読める内容で

大地震火山噴火、猟奇殺人幼児虐待

現実の世の中が、なんだかおかしな方向に進んでいる中で

みんなは何処にも行きたくないんだろうか。

それともただ僕の目線が止まったままなんだろうか。

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