友達が居ない人間関係が続けられないと発言している友人の近くに居て、実際傷つけられたことがあるし、相談されたこともある。
そういう人たちは本当に些細なことが積み重なって人間関係は崩れていく。友人が増えるたびにそういう人たちの優先度は下がっていく。
例えば誕生日プレゼントを返さないとか、傷つけるような発言を平気で言うとか、言葉選びがおざなりなど様々だ。
突っ込まれそうだけれど、もちろん誕生日プレゼントを必ず返せとか返さないから許せないという話ではない。
返されなくてもその人の生活が豊かになるならそれでいい要らなければ捨ててほしいと思って渡している。
けれど普段からおざなりに扱われている相手にそんな祝福をするような気持ちで居られるだろうか、「何を選べばいいのかわからない」と言い訳をして何もしないくせに、
自分の誕生日には祝われないと委縮する相手に消耗させられるばかりだ。
そういう人たちは大抵「人を傷つけたくない」と思っている、一般的なやさしい人だ。
意図して攻撃的な発言をしているわけではない、自分が正しいと思っているだけなのだと思う。
自身の正しいの理論上に相手を巻き込もうとしてるから結果的に消耗させるのだ。
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そういう人たちに向けて以下に今までおこなった返答を載せていく、参考になれば幸いだ。しかしけして友人が居るのが良い事、正しい事とは思わない。
その上で今いる大切な友人を失いたくないと思っている人に届くと嬉しい。また、関係性と時と場合によるということも留意してほしい。
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自分が行っていたそういう人たちと会話する時に気を付けている事
・全部肯定する
→自分が正しいと思って話をしているため対等性を保つためにまともに会話するとものすごく疲れるため表面上の関係でも良い場合は全肯定するのが一番
・距離を置く
→そういう人たちが友達が居ないと言う所以でもあるが、心を守るためなので仕方がない。
・褒める
→そういう人たちが一番求めてるのは自身への肯定であることが多かったため褒めると満足してもらえる。
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対等で居るために疲れるタイプの問題が多い気がする。多分私自身も心の中で競ってしまっている部分があって結果そういう事に疲れてしまっているのだと思う。
けれど相手が自分を尊重しないのにどうして相手を尊重しないといけないんだろうと思ってしまう自分も居る。
私は友人の為になら自分にできることを尽くして上げたいと思えるほど慈愛に満ち溢れてはいないけれど、幸運にも優しい友人に恵まれている。
参考になるかはわからないし私は私で心に余裕を持ちたいと思うがどうか、相手も人であり、思想があるということを尊重してほしい。その人自体を理解しようとしなくていいから。
そこまで「友人がいない人」が承認欲求に飢えているのならそいつは精神のバランスを欠いてきているので離れることに罪悪感を抱く必要はない
ありがとう、何度かそういう人に出会って離れるたびに辛かったけど少し楽になった