はてなキーワード: デイケアとは
祖母が先日亡くなった。10年前に祖父が亡くなった時、病院提携の葬儀社を紹介され勝手の分からなかった私達はお任せしたけど、何故か自分が受付をさせられてるのに職員は突っ立っていたり、色々と残念で二度と頼むまいと思った。
少し落ち着いてから祖母と母は祖父の郷里の墓参に行き、そこで祖母は転んで腕を折った。顔を洗える様になれば御の字という話だったが、自宅の家庭環境を考慮して頂いて長めに入院出来たお陰でリハビリもしっかりでき、洗顔はもちろん簡単な料理も出来るようになった。とはいえ、介護認定が下りたのでヘルパーさんに入って貰ったり、デイケアに行く様になった。祖父の生前は殆ど外に出掛ける事がなかったのだけど、デイでオセロをしたり、他の利用者のお世話をしたりと生活のハリとなり、通うのが楽しみになったそうだ。墓参に行かなければ、外の世界は知ることがなかったかもしれないし、よいケアマネさんに出会えなかったかもしれない。
私は祖父が亡くなった時、当時はよく今ほど認知度のなかった認知症の祖父がにやにや自分を見てるのを見ると昔の精悍さがなくなっていて悲しくて殆ど実家に寄り付かなかった事を心底後悔した。祖母には出来るかぎり会いに行こうと決めた。そして、極力行ったつもりである。祖母の具合が良くないと聞いて後悔したくないから会いに行った。膝掛けを作り、痛みで眠れないと困るから寝つきが良くなるという匂い袋を持ってお見舞いに行った。入院してから聞けないでいた好きなタンゴも用意していった。祖母は寝ていた。涙が止まらなかったけど、一方的に話し掛けてタンゴを流して、もう少ししたら母が来る旨と誕生日には来るからねと伝えて、ありがとうと言って帰った。地元空港に着いてから祖母の訃報を知った。今生の別れなのは分かっていたけど、やっぱり悲しかった。後悔がない訳じゃないけど、祖父の時の後悔のお陰で少しでも少ない後悔にする事が出来た。葬儀も誠意のある業者に出会えてきちんとする事が出来た。祖父が色々と手を回してくれていたような気がする。二人とも本当にお疲れ様、どうもありがとう。
雇う方からしたら時給10ドルは高いけど、雇われる方としたら10ドルは安いでしょ。
つか日本でも直接雇えばそれくらいでは。シッター派遣会社とか通すと中間マージンかかるからもっと高いけど。
よくフェミ系ワーママが「アメリカはシッター雇うのが当たり前だから女性が楽に働ける」つってるけど、実際はそんな事無いよね。
シッター高いから一般人はたまにならともかく常時なんて雇えないし、
保育園(デイケア)も税金補助無くて高いから子供二人預けたら並みの女の給料なんて吹っ飛ぶ。評判いい所には待機児童もそれなりに居てなかなか入れない。
(実は税金たっぷり投入した激安の認可保育園がある日本はアメリカよりそういう点は楽だったりする。
問題なし度は
の順。ただし治療受けてない人は別。デイケアに来るのは前2つのはず。治療中で自宅療養なら問題ないと思う。
ついでだから書いてみるけど、統失の薬は怖いよ。量にもよるけど、
などがある。オナニー出来ないのは怖いよ。
なるほど、そういうことか。
そこで受けた扱いは衝撃だった。知的障害や精神障害の人たちと一緒にクラッカー詰めの作業をさせられた。
それで月に数千円の「給料」を貰うのだという。
デイケアをすすめられたが見学に行ったらもう治療や社会復帰をあきらめきった感じが嫌だった。
金のことをガタガタいうなといわれそうだけど、福祉のレベルではまさに「娯楽はちりがみに短歌でもかいてろ」ってレベルの生活しか送れない。
障害者=清貧な人が社会とつながることを喜びに思い作業に励まなければならないような風潮が嫌だ。
社会参加っていっても志ある人達しか購入層がないような製品ばっかりだし、
トレンドを追うつもりはないけど、周囲に侮られない程度の身なりは維持したい。
親に子どもは自立しているんだって安心させて歳を重ねてもらいたい。
衣食住足りてネットに接続可能な環境で得たい知識を満足できるように書籍や文献だって読みたい。
自分はもう一生結婚もできないけど、友達の結婚や出産にお祝いの意を伝えるための金銭だって欲しい。
野心が強すぎる、強欲だといわれるけど、「障害者=清貧な人」でいるつもりはない。
だから、医療や福祉の範囲外ではあるけどSSTと体力UPを兼ねてスポーツクラブのプログラムに参加している。
それで体力付いたら内職(下っ端のSOHO)からはじめるつもりだ。
自分はメンヘラで、なんとか自立する方法ないかなと模索中なんだけど、色々とややこしくてめげそう。辛い。
現状としては、親の持ってる不動産の一つに一人暮らししてる。障害者年金を月6万6千円もらってて、そのうち2万6千円を親に渡した残りの4万で食費や携帯代や医療費その他色々を捻出している。日常生活には特に問題なく過ごせている。
自分としてはなんとか働きたいんだけど、親について頭を悩ませている。
働きたいと親に申し出たら以下のことを言われた。
・まずはデイケアや作業所に通って大丈夫そうならハローワークへ行きなさい
・精神障害者への福祉がしっかりしているところでないと駄目
・そもそも病気を治すことがまずなにより大事だから働きたいと思わなくていい
返す言葉が見つからなくて、結局何も言えずに帰ってきて悩んでいる。
結局、親は私がひどい精神疾患を抱えていると認識しているんだなー、と無力感にかられた。いや確かに私は精神科に通っているし、自殺企図やら家出やらやらかしているし、精神的に安定していない。だけど、その行動とか精神的に不安定になったりするのって全部明確な理由があるんだけど……でもそれは親は聞かないし認めない。
主治医に相談したほうがいいのかとも思ったけど、話を聞いてもらえる環境にもっていくのはどう考えても骨が折れることは確定的。精神科の診察には親がどうしたってついてくるし、主治医に話すこともこっそり裏で親に取り決められているから。診察の場ですべて暴露するのもアリなのかもしれないけど、時間的に無理だろう。主治医はとても忙しいから予約したって診察までには数時間待たされる上に話が長くなるとわかれば後日改めて、ということになる。暴露して、その「後日改めて」までの期間に親が黙って待っているわけ……ないしなー。ひとりで診察を受けたいと申し出たこともあったし、何度かそうしたことがあったけど、診察の後の親の怒涛の質問攻めと喋る内容についての指導には耐え切れなかった。
大人しく作業所やデイケアに通うのもきつい。まず、精神障害者同士の会話に入れない。だって病気の辛さとか話されて共感もとめられてもわからないんだ。パニック起こして辛いとか鬱状態でなにもできないのがが辛いとか夜眠れないとか、私には経験がないからわからない。薬の話題を振られても、私はここ数年もらった薬はすべて飲まずに影でこっそりと捨てているし。いくつかデイケアまわったけど、どこも中心は40歳代がメインだったから話題的にもわからないことばかり。よくわからない上に特に興味もない話題をひたすら延々とうなづいて聞き続けるのは苦痛でしかない。
八方塞りってこんな感じなのかな。
そういやアメリカは子供が大きくなると母親が仕事を辞める事が多い、と聞いた。
子供が小さいうちは保育園(デイケアだっけか)に預けて仕事するけど、
子供が大きくなって行動範囲が広くなると母親は送り迎えや付き添いなどで忙しくなり(あちらは車が無いとどこにも出かけられないため)
仕事している暇が無くなるんだとか。
まあある程度裕福な家限定だろうけど。
と言うかうちがそういう田舎だけど、近所の塾の近くで
「学費を考えるとフルタイムで働きたい、でもフルタイムで働くと塾の送り迎えができない」と言う立ち話しているお母様方がいたw
最低賃金の全国ランク、それを下から数えた方が早いとある県の商店街の話。
この町は坂と老人が非常に多い。朝〜夕の間に遭遇する車の1/4はデイケアなどの送迎車だ。
そこは昔懐かしの商店街で、野菜やお肉の量り売り、おいしいにおいのする総菜にきれいな花。
買い物に疲れた老人が談笑するような、椅子のあるスペースもある。
たまたまその商店街の中を通る機会があった。
通路には安売りのチラシが張られており、そこにはこう書いてあった。
年金支給日(◯◯日)は全品△割引!
当たり前と言えば当たり前のビラだが、堂々とチラシにされると結構違和感がある。
老害が何だのと言うつもりはないが、何か胸につっかえる物があった。
あと40年後もその商店街はあるのだろうか
子供というものが投資から嗜好品になって久しい。今は子供に頼らずとも老後が送れる。人生、一寸先は闇だが、蓄えがあればなんとか生活できる。
そこで俺は、蓄えても生きていけない状況が生じればどうなるか考える。
年金を1/100にカットし、医療負担率を増加させた上で、デイケアや老人ホームへの助成を一気に絞る。民間の年金は大幅に規制する。
高齢の生活困窮者が大量発生するが、当然、生活保護は増やさずシーリングを掛ける。安楽死はこれを認めない。自殺した場合は、精神疾患が原因でない限り、自殺税として遺産および墓地や遺骨を含めた遺品の100%を徴収する。
公的セクターの財政が好転することは無論だが、変化はそれだけではない。身寄りのない人間が生きていけない社会では、子供に頼らざるをえない。結婚圧力、養子を含めた子供への圧力はずっと高くなる。なにしろ生きていけないのだから。
子供なしには生きていけない国は第三世界のどこにでもあり、人口を増やすことに大いに成功している。前例もバッチリだ。
極論・暴論であることは疑いない。ここで俺はありうる批判について思いをめぐらす。
政府が投げ捨てた社会保障をだれが負担するかといえば、家庭だ。実質的には子供にのしかかる。低所得層は今まで国が担っていた分を押し付けられ、貧困からの脱出がさらに困難になる。これについては年金と保健の大幅削減によって浮いた金を使うことで再分配可能だ。
一般に高齢になるほど世代内格差が大きくなる。困窮した独身高齢者から制度に殺されていく非情な国だ。だが、政府は独身という生き方を禁止していない。普通の人は生きていけないだけ。
そのくらいやってみろ、そんなに出生率が大事ならな。
レスをどうもありがとう。
「CPU」が早いおかげで元々できる子のように思われるけど、決まり事を「インストール」したり試行錯誤するのにどれだけ努力してきたかってのが分かってもらえないのがいちばん辛い。
うちの子も、新しいことを身につけるのにとても時間がかかる。
「分数の割り算は、学校で学ぶのは、たぶん3回目ぐらいです。その前に家で2回ぐらいやっています」
と言ったら、「そこまでやらなくても」と前の担任には驚かれた。
一旦、身につければ忘れないが、そこまで行くのに人の何倍も時間がかかるところは、本当に理解されない点だ。
「この間やったばかりなのに、なんでできないのか」
と何度も厳しく叱ってしまって、本当に申し訳ないことをしたと思っている。
主治医がいる病院は、都内で、発達障害がある成人のための就労支援デイケアをやっているので、検索すると出てくると思う。
親身になって、話を聞いてもらえて、やっと希望がわいてきた。
アドバイスをいろいろとありがとう。
自分からは気付くことができないので、もう大きくなったら、私の方から提案をしてみるつもりだ。
本当に、どうもありがとう。助かりました。
ばーちゃんにファミコン買ってもらった。
アニメの三つ目がとおるのボルボックがむっちゃ怖かった気がする。
恥ずかしくて大の方に入れないから、男子も全員個室にすべきである。
「男の人はホースがついていて良いわね」とIちゃんが発言したのをまだ覚えている。
「そういうことは言うのやめなさい」と先生。こどものじかんの主人公教師のようなポジションである。
3年は自分の成績も良かった。とうもろこしの絵でなんか賞とった。
成績が下がりオール2とかだった気がする。スーファミ買ってもらったのもこの辺。
2年に一度のクラス替え。このクラスの友達グループが一番遊んだ。
漫画クラブに入る。学校に漫画持ってきてよかったから。スト2の4コマが流行ってたなぁ。
トレースを校内の掲示板に発表してたwトレース疑惑ってレベルじゃない。
ゲームではクロノトリガーとか。友達に「未来世界のダンジョンをクリアしてやんよ」と言われクリアしてもらうが、今思うと自分でやった方が良かったなぁなんて。
みんなポケモンやってた。ゲームボーイも買ってもらった。ケーシィ交換して進化させた。
友達の家でマリオカート64と、スト2、ぷよぷよやった。対戦相手がいて一番楽しかった時期。
早く縦何列もびっしり積んで、偶然連鎖を狙うやり方とか。
あるSくんはアパートに住んでいて、セガサターン持っていた。バーチャ2とか。
そいつの家でエロ本を見せられて、自分の顔を手で隠したのを覚えている。俺もシャイだったんだな。
学校か何かの行事で、みんなで風呂に入った時があって。生えてる生えてないとか色々言い。
あとTくんがプレステのFF7持ってた。ボスを倒してくれって言われてて。
そして、この夏休み明けの2学期から学校をまったく行かなくなる。
始業式は1日だけ行った。
トゥナイト2とか見てたよ。
2年の学校の思い出何もない。
ゲームばっか。鉄拳3はよくやったなぁ。チョコボの不思議なダンジョンとか。
ドリームキャストまで買ってもらう。
ソニックとかやったなぁ。
プレステ2も買ってもらう。
プレステ2のゲームは買わず、GameWaveって本についてたDVDを見てた。
両親がプチ切れる。
テレホーダイに変えて、23時が楽しみだった。
FF11の為にBBUNITを親のカネで購入。でも半月ぐらい立っても届かない。
ソフトはあるのに出来ないもどかしい状況。
ずっとそれ。
いつもイライラしていた。
病棟で知り合った同い年の女の子から、電話が来たりして仲良くなる。
その女の子が死ぬ。家電に電話したが、その子のお母さんから詳しい原因までは勇気がなくて聞けず。
その後、生活訓練施設に3年入り、去年退所した。
今は援護寮で障害年金生活。
料理したりカラオケ歌ったり、運動とか、作業でカーテンレールの組み立てとかをする。
何人かの太り気味な女の子から告白される。でも恋愛ごっこは懲り懲りである。
最近、パソコンの職業訓練でも受けようかなと思って訓練校に行って試験を受けるが、数学は1問も解けなかった。
そのせいではないにしても落選してしまう。
職業センターに行ってみると、委託訓練が良いと勧められてハロワで申込んだ。
新しい生活習慣に慣れるつもりで、受かったら通うつもりである。
改めて見ると、一人っ子だからゲーム機良く買ってもらったなぁ。
家族といえば離れた家に一人で住んでいるかーちゃんしか居ないし、、、親不孝でごめんよ
私の兄は精神障害者である。3、4年ほど前に発症、障害者手帳を交付され、精神障害者となった。
病名は統合失調症。幻覚を見て幻聴を聞いて、異常なほどまでにあらぬ心配をする病気。
兄の場合、3年前がピークであった(恐らく急性期がその頃だったのだと思う)。
それから徐々にであるが、兄にだけ見えていた世界が見えなくなり、普通の人に戻りつつある。
ただ、心配をし過ぎる点のみが、家族の私にも異様に映る。それ以外は何もおかしな点はない。
兄が今現在に至るまで、精神的な支えとしていたのが、サイクリングである。
兄は昔から運動が好きだ。精神病院から退院し、しばらくはデイケアに通っていたが、兄には時間が余っていた。
それまで趣味と言える趣味を持たず、強いて挙げるならば勉強が趣味だと公言していた兄。
父はこれを良くない傾向と考え、勉強をして家に閉じ篭らずに、外に出て運動をするようにと言いつけた。
そうして兄はサイクリングを始め、昨年には大会でそこそこいい成績を残せるまでになった。
また、それと同じくらいの時期に就職が決まった。昨年は良いことが重なったので、良かったなと暢気に思っていた。
私も、家族も、そして兄も。
今年に入って間もない頃、兄に新聞社から取材のお願いが来た。
精神障害者がサイクリングを通じて元気になったという美談を書きたいんだと。
(美談、などとは言っていなかったらしいが、美談が書きたいとしか私には思えない、ので美談と書く)
兄は、匿名且つ顔を出さなければ、という条件付で引き受けた。
しかし、2回目の取材の際、顔も名前も出して欲しい、それが君のためになるから、と記者2人に諭され、兄は断ることが出来なかった。
いつまでもそのことを気にして、食事も出来ない有様。兄の様子がおかしいことに父が気づき、その理由を聞き出すと、
父はすぐに新聞社に電話した。結局顔も名前も出ないことになったけれど、記者はこのことを最後まで疑問に思っていたようだった。
顔や名前を出すことがためになるのだと、本当にそう考えているらしかった。
兄は障害者ではあるが、毎日真面目に仕事をこなし、精度も悪くないので、サポートしている人たちからの評判もいいらしい。
少なくとも、サポーターの人は兄を心配性だけれども普通の人と認識しているようだ。
そのように一定の評価を得ていることもあり、兄は彼らの飲み会に誘われた。
健常者多数に障害者1名の奇妙な飲み会は、楽しいものだったそうだ。兄以外の人間にとっては。
施設の幹部も交えての飲み会は、主に施設で働く障害者への愚痴で構成されていた。
勿論、彼らは兄のことは何も言わない。聞き分けの良い、真面目な、そして割と健常者に近い障害者だと認めているから。
それは、兄にとってはとても名誉なことなのかもしれない。しかし、兄は、こんなにも不愉快になった飲み会は今までになかったと語っていた。
不愉快になるばかりの会だったと。
誰も自分だけでは解決できない問題を抱え、そうなりたくてなったわけではないのに、
皆、ひたすら真面目に働いているのに、サポーターは障害者を儲けるための道具にしか考えていない。
帰宅し、苛立たしげに酒を飲みなおしながら、兄は語った。
障害者って何なのだろうな。社会に疎まれ、利用され、そして庇護されることでしか生きられないのだろうか。
その疑問の答えは恐らくイエス、なのだと思う。腹が立つし、納得は出来ない。
カウンセリングは高いけど、そこは高すぎじゃないのか。
自分が通ってるところは一回3000円だよ。予約状況によるけど時間制限も明確にはない。
あれだよ、地域名 + カウンセリング でぐぐって出てくるようなところはそりゃ高いよ。
精神科でもデイケアとか作業所を兼ねてるような施設が整ったところを探すか、
(ただしこういうところは安価なカウンセリングが受けられるが「ガチ病人」向けなので、
むしろカフェっぽい雰囲気のメンクリでなんとかなる人が行くと逆にヤクの効果で悪化する恐れ大)
オフィス街にある「働くメンヘラ」向けの病院を探しなおしてみては。
仕事ができる状態を目指すことを目標にしたケアが充実してる。特に女性なら限定のケアも受けられるしね。
1対1じゃなくてもいいなら、グループワークみたいなんだともっと安価だし。
ていうか腹が痛くなることに力入れて説明したほうがいいと思うよ。
私は、1965年早生まれ、東京五輪世代です。ひきこもり問題については、多くのひとが、30歳未満、あるいは35歳未満を想定していると思われます。けれども、40歳前後、40歳以上のひとたちの存在については、ただきもちわるくみられるだけで、専門家にしても、当事者にしても、あまり語られていないように思います。
私たちが、思春期から青年期をすごした70年代から80年代にかけて、ひきこもり問題が語られることは皆無に近く、私もそうですが、ひとりでさびしく、えたいのしれない悩みにむかっていました。このところようやく、ひきこもり問題が社会問題として、クローズアップされましたが、もうそのときは、私たちは、青年とはいえない歳になっていました。
わたしは、この歳になっても、自分自身の思春期の問題が解決されたり、思春期葛藤をのりこえているとは思えません。思春期・青年期に卒業していなくてはいけない問題が卒業できずに、今後は、自殺率の高くなる中高年期をむかえるわけで、こころのなかに、累積債務がたまるばかりで、不安でいっぱいです。 現在、語られているひきこもり解決策は、私からみると、20歳前後のひとたちを想定しているように思えます。歳に関係なく共通することもあるかもしれませんが、人格がかたまり、人生の年輪だけが増してしまった、高齢化したひきこもり者の解決策は、個人や家族だけではとうていうかびませんし、専門家の間でも、語られにくい、あるいは良案がみつかりにくい問題なのかなあと思います。
私自身、大学卒業後、何度も就労にトライしたり、精神科・カウンセラー・デイケア・自助グループなどを利用して、専門職をめざしたりして、あの手この手をつくしたのですが、もう万策つきてしまったと感じています。人生が破綻したとおもっています。 私のように、思春期・青年期から引きずっている中高年のひきこもりは、ほんとうに、「終わらない思春期」の問題だと思います。思春期・青年期・中高年期の対人不安や社会不安などが複雑に入り混じった問題について、希望のみえる打開策をもっと社会全体で考える気運があってほしいです。専門家の方には、高齢者グループにしぼって、ひきこもりの打開策を研究していただきたいです。
高齢者グループのひきこもり者たちは、なぜ、ひきこもりから抜けた出せないかというと、数十年前から現在にいたるまで、当事者が単独でもがき苦しみ、若い世代と比べて、ほとんど社会において、ときには専門家においてでさえ、扱いずらい、扱おうとしない問題だったのではないでしょうか。そして、年月を増すごとに、悩みや問題がこじれる一方だったのではないかと思います。
「残りの後半生、わずかでも希望をみいだしたい」「すこしでも、ひとのやさしさやあたたかさにふれてみたい」「えたいの知れない孤独な気持ちをわかってほしい」「すこしでも、おとなとしての自信をもちたい」これらが私のこころからののぞみです。
このように私と似たような悩みやお考えを持っている方、いらっしゃいませんか。個人的には、ひきこもり高齢世代と自称されるかたがたにこそ、インターネットでもその他の手法でも
かくれていないで、ひとりでもやもやしていることを思い切って語ることができれば、みんなで考えあう気運がもりあがるかもしれないと思っています。
小さい頃からゲイであることで辛かった
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大人になってゲイの友達つくったらそこでは楽しくいられたけど根本的な辛さは変わらなかった
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思考回路がめちゃくちゃになりはじめて、このままじゃ死んじゃうと思った
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凄くいやだったけど話さなきゃしょうがないから医者にカミングアウトした
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苦しい、死ぬ、七転八倒、助けて
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「様子を見ましょう」と言われた。そんな余裕ない!
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苦しい、死ぬ、七転八倒、助けて
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今度はカミングアウトしないで、辛さだけを訴えた
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すんなり診断がされて薬が出された
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飲んだ
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想像もしなかったほど気分が晴れた
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通院、薬を飲み続ける
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デイケアとかも参加したりした
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いつのまにか「ゲイとしての息苦しさ」をあまり気にしてないことに気づいた
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「彼女はいないの?好きなタイプは?何フェチ?」みたいな困る質問や会話もそれなりに適当にかわせるようになった
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「友人って選んでいいのかもしれない」と思うようになった
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去ってく友人もいたけど「もっと早く言ってくれればよかったのに」と言ってくれる友人もいた
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「実は私もバイなんだ」とか「ビアンかもしれない」とか自分にだけ教えてくれる人が増えてきた
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こんな風に書くと、精神科の回し者かって思われちゃいますか??
でも、薬の危険性とかヤブ医者や誤診の多さとかリスクやコストはわかってる上で、息苦しさを抱えてるクローゼットなゲイは病院いって薬もらって軽減するのも一つの方法だと思うよ、って言いたい。
自分が、ゲイの友達を作っても根本的な苦しさが変わらなかったのは、ゲイ差別と戦う人達のすごい戦意と積極的な活動を見たこともあったと思う。「みんなすごい。自分にはそんな活動できない。」って思う反面、心のどっかじゃ何ンかよくわかんないモヤモヤしたものを感じてた。そのモヤモヤが自分にとってはちょっと精神的によくない方向に働いたみたい。自分にとってはとどめのモヤモヤになっちゃったみたい。でも今はそういう人達とも普通にやり取りしてるし、やっぱみんなスゲーと思う。えらいよ、みんな。
それと、自分にだけバイとかビアンとか教えてくれる人も出てきたけど、びっくりしたのは自分に「実はぼくはアニメオタクで」って『カミングアウト』してくれた友達が出たこと。「肩身が狭くて人にはとても言えない」って教えてくれた。「今はこんなにオタクブームなのにどうして」と思ったけど、考えてみたら、自分らが「いまオネエブームなのに何ンでゲイは生きづらいの」てノンケから言われちゃうのと同じなのかな?みんな意外なほど秘密もってる、抱えてる。
同性愛は病気でも異常でもないんだけど、同性愛者だからこそ苦しさが募って心の病気を作り出すことはある。自分は息苦しさを感じるゲイにはそこを知って欲しいと思う。「何ンで差別される方ばかりがお金だして病院いかなくちゃいけないの、ゲイばかりが損しなきゃいけないの」っていう思いもあると思うし、すごく共感する。でも、使える道具は使っちゃおうよ?
(ただ、薬を飲み始めても別の問題がないってことでもないの。カミングアウトしてもゲイってことでは突っ込まれなくなってきたけど、今度は「飲んでるその薬ってヤバイやつだったりしないの?大丈夫?」とか「薬に頼るのってどうかなあ」とかいうツッコミがされることは時々ある。)